第二十三章 ベータ

第305話 リーダー

桜咲刀は、黒色の鞘に桜色の柄糸。ピンクと考えてしまうと、可愛過ぎるような気もするが、もっと淡く、落ち着いた、まさに桜色と言ったイメージの色なので、それ程気にはならない。

鞘には渡人のエンブレムが入っている為、またしてもセイドルの手には乗せられず、抜刀して見せる形になる。


「これは……鉄…じゃあねえな。銀でもねえ。

またまたよく分からない材料で打たれた刀だな。」


「またしても、特殊な能力を持った刀でな。能力は確認済みで、何度か振ってはみたんだが…こいつ自身の性能はどうか知りたくてな。」


「使ったなら体感しているのだし、分かるだろう?」


「何となくはな。真水刀と同じような性能だと感じたのは感じたのだが、専門家の意見を聞きたくなるのは、冒険者をしていれば分かるだろう?」


「分かる分かる!アタシもそういうの気になっちゃう!」


「そういう事なら…」


ペトロの言葉に頷いたセイドルが、上から下までゆっくりと桜咲刀を眺める。


「どんな素材で作られたのかは分からないが、見た限り、この刀もかなり腕の良い職人の作品だと思うぞ。

刀としては、鋭さよりも粘り強さに重きを置いている。スパッと斬るよりも、丈夫さを重視した刀だろうな。ただ、重視をしてはいるものの、丈夫さに特化しているとは言い難い。全体的に高くまとまった性能だが、中でも丈夫さが他より高い…というイメージだ。」


「分かりやすい説明で有難い。つまり、十分使える刀…という事だな。」


「そういう事だ。シンヤの言うように、こっちでこのレベルの刀を手に入れるのは、まず無理だろう。」


「それを聞けて安心したよ。」


俺は役目を終えた真水刀をインベントリに入れて、桜咲刀を腰に携える。どんな刀なのかを調べる為に、何度か振っておいて良かった。


「それにしても…たった二ヶ月程で、あの真水刀を駄目にするなんて、やはりSSランクのモンスターというのは、強いのだな。」


「強いなんてものじゃあ無かったぞ。強力な助っ人が居なかったら、危なかっただろうな。」


「シンヤがそこまで言うって事は、余程の相手なのだろうな…やはりシンヤとニルは、冒険者の中でも別格だな。

いつか我等も、同じ位置に立てるよう、頑張らねばな。」


「そろそろ良いかしら?」


俺とセイドルの話が終わったのを見計らって、プロメルテが声を掛けてくる。


「武器の話になると長くなるのは分かるけれど、休憩も十分取れたから、先に進みましょう。」


「「はい…」」


俺もセイドルも、集中し過ぎていたようだ。ターナの息も整っており、汗も引いている。

違和感の無かった真水刀を持ち替える事になるとは思っていなかったが…戦闘中に、いきなり斬れなくなった!という事にならず良かったとしておこう。


そこから数十メートル先まで壁伝いに進むと、やっとロックミミックの姿が見えなくなった。


「この辺りの地面は平坦ですね。」


「そろそろ下りられるかもしれないな。」


「またモンスターの死骸を落として確かめてみるか?」


「いや。その死骸に寄せられて、通ってきた道に居た個体が来ても困る。ここは俺が調べてみる。」


「どうやって調べるのですか?」


「下りてみるのが一番早いだろうな。」


「危険です!下りるのであれば、私が行きます!」


まあ、言うとは思っていたが……やはりニルが猛反対してくる。


「いや。聖魂魔法もあるし、俺なら直ぐに退避出来る。行くなら俺が最善だ。防御系の魔法も掛けていくし、心配は要らない。」


更なる新手が現れる可能性もあるし、絶対に安全だという保証はどこにも無いが、誰かが行くしかない。

この中で、最も素早く動けて、ステータスが高く、単体で逃げ切れる可能性が高いのは、恐らく俺だ。となれば、俺が行くのが最善策。


「ですが…」


それでも食い下がろうとするニルの頭を、ポンポンと撫でる。


「大丈夫だ。無事に下りられる可能性が一番高いのは皆分かっている事だ。それに、ここから皆が援護してくれるなら、大抵の事は跳ね除けられるさ。」


実際、ロックミミックは見えないし、新手が来るならとっくに来ているはず。それが無い時点で、危険はほぼ無いと言っても大丈夫だろう。多分……


全員の準備が整った段階で、俺はロープを腰に巻き付け、下へと下ろしてもらう。飛び下りても良かったが、地面が安全かも分からないし、ターナが言っていたように、未知を恐れる事はとても大切な事。慎重に行ける時は、慎重に行くべきだ。


地面へと近付いたところで、地面を確認し、大丈夫だと分かったところで、やっと着陸する。


「…………………」


ランタンの光、俺が立てる音や振動。それらの情報は、俺を中心として、円形に広がっていく。

しかし、暫く待っても、特に何かが起きる様子は無い。


「大丈夫そうだな。」


俺は上を見上げて合図を出す。


一人ずつゆっくりと下りてきて、やっと地に足を付ける事が出来た。


「何も居ない…みたいだね。」


ペトロの耳でもモンスターの存在は確認されなかった。


「ロックミミックに気が付かれるかもしれないから、少し先まで進もう。」


一応、ロックミミックとは距離を取って下りてきたが、気が付かれたら、ここまで見てきた量が、一気に迫ってくるかもしれない。そんな地獄絵図は想像するのも嫌なので、暫くの間は静かに、奥へと進んだ。

その間も、特に何かに襲われる事は無く、順調に歩が進む。


「ここまで離れられたなら、一先ずは安心かな。」


ペトロが一息吐きながら安全を伝えてくれる。


「周囲に壁を作って、一休みしましょうか。」


「そうだな。腹も減ったしな。」


ターナの提案を受けて、魔法で簡易的な安地を作り出す。

残念ながら、食事に関しては、匂いの出るものは危険なので、火は使えない。当然、料理などできるわけが無い為、ヒュリナさんが用意してくれた、乾燥物や、おにぎりのような、比較的匂いの無いものを中心に食べる事になる。


「最近は街を中心にした、簡単な依頼が多かったから、こういう食事は久しぶりだね。」


「普段は食べないようなものだからねー。」


「私としては、エルフに馴染み深いお米が食べられただけで幸せよ。シンヤさんに会えて良かったわ!」


「その言い方だと、俺に会えてというより、米に会えて…と聞こえるのだが…?」


「え?そうかしら?全然そんな事思っていないわ。気にし過ぎよ。」


プロメルテよ。目を逸らしながら言われると、むしろ真実味が増してしまうのだが…

暗い場所で気が滅入るかと思っていたが、イーグルクロウの五人はいつもの調子で話をしてくれる。

警戒していないわけではない。その証拠に、音を聞き逃さないようにと、ペトロの耳は、ずっと忙しそうに動き続けている。

こういう場所で、雰囲気まで暗くなっていくと、本来のパフォーマンスが発揮出来なくなる事を知っているのだ。

ゲームのキャラクターならば、ボタンを押せば必ず同じ動きをして、常に同じ事が出来る。

しかし、ここまでに見てきたこの世界の住人は、キャラクターでも、NPCでもない、普通の人達だった。

それはつまり、病は気から、ではないが、精神的な浮き沈みが、結果に大きく関わってくるという事だ。雰囲気作りというのは、意外と戦闘において大切なものなのだ。言葉を変えるなら、士気しきとでも言えば良いだろう。


「それにしても…予想を遥かに越える深さだったわね。」


「ヘルライトまで居るとなると、普通の冒険者には下りて来るのは難しいだろうね。僕達だって、シンヤとニルがいなければ確実に引き返していたところだし。」


「ここに落としたのは苦肉の策だったとはいえ、悪手だったかしら…」


「悪手だったとしても、事実落としてしまったのだから、今更どうする事も出来ないよ。今は、このよく分からない横穴についての方が重要。どこまで続いているのか分からないし。」


「ガイガンダル平野には、他に地下に続くような穴とかは無いのか?」


「考えてはいるけれど、僕達が知る限り、それらしい場所の話は聞いた事が無いね。

ただ、ガイガンダル平野はとてつもなく広いからね。未だに発見されていない…という可能性も無くはないと思う。」


地割れ自体は、北東方向へと真っ直ぐ伸びている。

地割れの延長上に横穴が続いているのであれば、ガイガンダル平野の下を、進んでいく事になる。どこまで続いているのかは分からないが、もしかしたら、当初の予定よりも、ずっと遠くまで歩かなければならないかもしれない。

幸いなのは、横穴に入ってから、北東を向いて右側の壁には、分岐するような穴が見えない事だろう。

この先も同じかは分からないが、今のところ、迷う心配は無い。もし、アリの巣状に分岐が多くなった場合、なかなか大変な調査になってくる。


「ニル。悪いが、マッピングを頼んでも良いか?」


「分かりました。」


ニルは俺の言葉に、直ぐ反応して腰袋から取り出した紙にマッピングを始める。


「シンヤさんとしては、マッピングが必要になるかもしれないと考えているのね…?」


「念の為にな。壁や地面を見る限り、自然に出来た穴に見える。鍾乳洞しょうにゅうどうとかに入った事は何度か有るが…自然に出来た穴が、ただただ真っ直ぐ続いている事は少ない。というか、見た事が無い。

この先も真っ直ぐな道が延々と続いているとは考え難いかと思ってな。」


「それもそうね…人工的に作られた物なら、まだしも、自然に出来た物は、私達、人の予想など遥かに超える場合が多いからね…

マッピングするなら、左手側の壁も調べながら進む方が良いわよね?」


俺達は、地割れを下り始めてから、反対側の壁を一切見ていない。光量を抑えたランタンしか使っていない為、反対側の壁まで光が届いていないのだ。

地割れで見た反対側の壁までの距離は数十メートル。光量を上げれば、光は確実に届く。しかし、俺達が進んでいるのは右手の壁沿い。光を届かせるには数十メートルを照らし出す光量が必要になる。それはつまり、前方、後方、上方に対しても同じだけ光が届く事を意味する。

ヘルライトのように、光に敏感なモンスターが他にも居る可能性も高いし、分岐が酷いならばまだしも、今はマッピングの為に危険度を増加させる必要は無い。


「分岐点が現れたらにしよう。」


「…シンヤさんは、本当に慎重なのね。

やると決めると、とことん大胆になるのに。」


ソロプレイヤーにとって、というのは何よりも大切な要素なのだ。

自分に対処出来ない状況に出会った場合、逃げるしかない。どれだけ対策を講じたとしても、ソロプレイには限界が有る。

俺のミスをカバーしてくれる仲間が居ないのだから、たった一つの小さなミスが、窮地きゅうちに立たされる原因になる事だって山程あった。

特に、ソロプレイヤーとして活動し始めた時は、そういうミスで何度もキャラクターリセットを体験し、その度に心が折れたものだ。

このシンヤの体が、何号機なのかなんて、数えられない。

余計な危険は背負わない事。甘えた行動を取れば、この世界のモンスターは、確実に命を取りに来る。それを嫌という程に思い知らされてきたのだから、慎重にもなる。


逆に、好機というのを逃さない。これも大切な事だ。好機だと判断した場合は、思い切り、大胆に踏み込む。この判断は非常に難しいが、好機を掴めなければ、永遠に目的を達成出来ず、消耗戦になり、いつかは負ける。

そんなプレイヤー生活を続けていれば、何となくやらなければならない時と、そうでない時の判断力というのは、自然に身に付くものだ。

普通、命が懸かっていると、そんな危険な綱渡りはしない、若しくは、その判断力を養う前に死ぬ者が多い。しかし、俺の場合、それをゲームの中で身に付けられた。

それは幸運だった。


そういった戦闘スタイルというのか、生き方というのか…それが染み付いている為、プロメルテから見れば、慎重なくせに、いきなり大胆な事をする、よく分からない奴に見えても仕方ない事だ。

これを口で説明したところで、理解出来るとは思えないし、俺が逆の立場だったら、理解出来ないと自信を持って言える。

だから…


「そうか?俺なりに考えてはいるんだが…」


という曖昧な返答になってしまうわけだ。


「シンヤさんの場合、それで成功するから不思議なのよね。」


「うんうん。それはよく分かるよ。アタシも不思議に思う。」


「ご主人様ですからね!」


何故かニルが自慢気に胸を張る。


「相変わらず…ニルはご主人様大好きなのねー。」


「なっ!」


「んー?」


「……………」


プロメルテの口撃に、ニルは真っ赤になって俯いてしまう。


「その髪飾り…すっごく大切にしているみたいですし、シンヤさんから貰ったのですか?」


「は、はい…」


「良いなー!すっごく綺麗で、よく似合っていますよ!」


「あ、ありがとう…ございます…」


こんな真っ暗闇の中でも、女性陣は楽しそうで何よりだ。


そんな中、リーダーのドンナテが俺に声を掛ける。


「シンヤ。お腹が落ち着いたら、先に進むつもりだけれど…その前に決めておきたい事がいくつか。」


「そうだな。このまま進むわけにはいかないだろう。」


「ヘルライトが出てきたって事は、Sランクのモンスターも潜んでいる事になるし、毎回さっきみたいに、一気に突破出来るとは限らないからね。

陣形、役割…その辺りの事を、もう一度しっかり決めておこう。」


「分かった。」


「まずは、五人と二人で進むのではなくて、七人で進むようにしなければならないよね。」


イーグルクロウと、俺とニル。という構図ではなく、七人で一つのパーティとして進みたいという事だ。


「折角人数が集まっているのだから、しっかり連携の話をした方が良いだろうな。」


「そうなると…シンヤ。この依頼が終わるまで、このパーティのリーダーを務めてくれないかな?」


「俺が?」


「うん。」


ドンナテは真剣に言っているが、パーティとしての動きや、指示は、俺よりドンナテの方がずっと向いていると思う。

ソロプレイヤーだった俺より、ずっと五人でやってきたドンナテが指示を出す方が、皆動きやすいはずだ。


「俺はドンナテがやるべきだと思うぞ。イーグルクロウの皆だって、その方が動きやすいだろう?」


「僕達は、チュコの街唯一のSランク冒険者だから、唐突に他の人達と一時的なパーティを組むことも多いから、それぞれ動き方は心得ている。

だから、そもそもそんなに指示は出さなくても大丈夫。

逆に、僕達では、シンヤ達二人に対して、指示が出せないんだよ。遠慮とかじゃあなくて、単純に自分達より強い人達の力量なんて測れないからね。指示を出すのに困ってしまうんだ。

どこまで出来て、どこから出来ないのか、それを判断出来ないんだよ。

何よりも、シンヤ達二人の思考や動きの速さに付いていけない。

だから、頼んでも良いかな?」


「そういうものなのか…?」


俺がリーダーとして指示を出せば、イーグルクロウの動きは、寧ろ悪くなる気がするのだが…


「色々なパーティの合同クエストって、シンヤは受けた事有る?」


「一応…何回かは有るぞ。二回…いや、三回くらいだが。」


「その時、全体の指揮を取っていたのは、どういうパーティだった?」


「一番ランクの高いパーティのリーダーだったな。」


「うんうん。そうだろうね。そのパーティが一番強いだろうから。場数も踏んでいるだろうし。

自分より下のランクの人達は、自分の通ってきた道の途中に居るんだから、どれくらい出来るか、どこから出来ないか、何となくでも想像出来る。無理な指示が減るんだ。」


「つまり、強い奴が指揮を取れ…って事か?」


「ソロの人に指揮を任せる事は無いだろうし、指揮を取ろうとしている人の性格も有るから、全てが、そのパターンと同じとは言えないけれど、シンヤの場合、指示は出し慣れているからね。」


ドンナテは、ニルの方を見る。


確かに、二人で居る時は、俺が指示を出して、ニルがそれに従う。

プレイヤーだった時は、完全なソロだったが、今は違う。指示は出し慣れている。


「そこまで言うなら…取り敢えずは俺が指示を出すよ。

やるからには最善を尽くすつもりだが…無理そうだったり、何か有れば、ちゃんと言ってくれ。」


「それは勿論だよ。」


ちゃんと出来るか、不安だが…ずっとリーダーとしてやってきたドンナテが言うのだから、信じる事にしよう。


「さてと…それじゃあ、早速リーダーとして、陣形の指示を出してもらおうかな?」


「そ、そうだな。」


笑顔で言ってくるドンナテ。


ドンナテはやはり、Sだな。間違いない。

優しさ有りきだから、文句は言えないが。


「シンヤさんが指示を出してくれるの?」


「うん。その方が良いと思ってね。皆はそれで良いかな?」


「我は問題無い。」


「ある意味当然よね。」


「アタシも賛成!」


「私もそれで問題ありません。」


ドンナテの言葉に、全員が納得して賛成する。


「それじゃあ、よろしくね。」


「お、おう…」


緊張するぜ…


「それじゃあ、まずは、陣形から決めようか。

前衛はセイドル。その後ろにドンナテ。ここは固定だな。」


「僕とセイドルには、それしか出来ないからね。」


「それに特化しているという事だ。

セイドルのズッシリとした防御力は、守りのかなめだし、ドンナテの重い一撃は、攻撃の要だ。外す選択肢は無いさ。」


「素直に返されると、照れてしまうね…」


「守りは我に任せておけ!」


「次に、俺、ペトロ、ニルが中衛だ。」


「中衛が三人?」


ニルはセイドルとは違うが、高い防御力を持っている。前衛でも十分に戦える…というか、前衛が普通だ。

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