第302話 暗闇の中 (2)

何体か倒した後、周囲からの物音は聞こえず、近場の敵は倒せたのだと判断した。

その後、俺達は壁を再度下り始める。

幸いな事に、壁を下り始めてからは、足だけモンスターが出てくることはなかった。


既に地表からは数キロメートル程下りたはずなのだが、未だ底は見えていない。


「この高さを落ちて、本当に人形は無事なのか?」


「アーテン婆さんが間違いないと言っていたから、恐らく無事だと思うわよ。」


「アーテン婆さんは、口が悪いところもあるけど、嘘を吐いたりはしないからね。」


「そうか…ここまで来たら、底まで下りないとな。」


上を見上げると、既に出入り口の光は、小さく見えるだけになっている。


それから更に、ゆっくりゆっくりと壁を伝って下へと向かっていくと…


「また何か居るみたいだよ。」


ペトロが動きを止めて、俺達に止まるように合図する。


「次はどんな相手だ?」


「んー………あれだと思う。」


ペトロが下を向いて指で示す。


下の方を覗き込むと、真っ暗な闇の中、小さな光がいくつか漂っているのが見える。

ここからではよく見えないが、恐らく、壁に張り付いているわけではなく、空中を漂っている。

よく見ると、赤、水色、青色の三色の光を放っており、イルミネーションみたいでかなり綺麗だ。


「モンスター….なのか?」


「………………もしかして…あれって、ヘルライトかな?」


ドンナテの言葉で、皆顔を見合わせる。


ヘルライトというのは、Sランクモンスターの名前で、要注意のモンスターだ。

俺は見たことは無いが、話には聞いたことがあるモンスターで、姿形を一言で言い表すならば、超絶デカいクリオネだ。

なんと全長は三メートルもあり、人より全然大きい。

それなのに、ヘルライトは空中を漂う事が可能で、そでのような、翼膜のような物をフワフワと揺らしながら漂い続けるモンスターだ。

暗いところを好む為、深く暗い洞窟等の奥に住み着き、光に誘われて近付いて来た者を捕食するらしい。


全身がジェル状の、半透明な何かで出来ていて、物理攻撃はほぼ無効。

魔法攻撃ならば有効だが、ヘルライトも魔法特化のモンスターであり、バンバン魔法を撃ってくるとの事だ。

洞窟の中に入って出会った場合、即時撤退する事が望ましい。


遠くに見える光が、そんな危険な生き物だと、ドンナテが言った為、そんな不運があるのかと、顔を見合わせていたのだ。


「もっとしっかりした足場があるなら、それなりに戦えるとは思うけれど…このまま下りて行って、戦闘になれば、無事では済まない…かな。」


「それなら、ここから魔法で攻撃したらどうかな?相手は下に居るんだし、ここから放てば、重力でそのまま落ちていくと思うけれど…?」


「それでもし倒せたとしても、一体か二体くらい。残りのヘルライトが一斉に魔法を撃ち込んできたら、僕達に逃げ道は無いよ。

下手に刺激して、足場の悪い場所で戦闘になったら、僕達の方が圧倒的に不利だから、出来れば戦闘を回避したいかな。」


「壁に穴を開けながら下へ向かいますか?」


「あの光までの距離は分からないが、ここから壁に穴を開けて、下へと堀り進めるとなると…何日掛かるか分からないぞ。魔力も大量に必要となるし、現実的ではない。」


「そうなると、横をすり抜けるくらいしか思い付かないわよ?

それこそ現実味が無い気がするけれど…」


「単純にすり抜けるのは無理だろうね。光に敏感なモンスターだということらしいから、光を消していけば…って、Sランクのモンスターが、そんな単純なわけないよな…」


俺達は一度足場を作って頭を捻る。

持っている装備から考えて、ヘルライトを無視して通り抜けるというのは無理だろう。

可能性が有るとしたら、聖魂魔法で一掃する…くらいだろうか。

ただ、こんな縦穴で、大爆発に似た魔法を放ったら、俺達が生き埋めになる可能性が高い。何か他に方法が有れば良いのだが…


「ご主人様。ヘルライトというのは、スライムに似た組織で構成された生き物なのですよね?」


「俺も見たことは無いから、ハッキリとは分からないが、恐らく似た組織で構成された生き物だとは思うぞ。

ただ、空中を漂えるという事は、スライムよりもずっと希薄な組織だと思う。」


「希薄な組織……霧みたいなものでしょうか?」


「どうだろうな…ジェル状の何か、と聞いたから、もっと膜みたいな物とかかもしれないな。」


風船とかビニールのような物か、ニルが言っているように霧状なのか…答えは見てみないことには分からない。


「もし、水分量が多いならば、ご主人様の雷魔法か、私の氷魔法でどうにか出来ないでしょうか?」


「氷魔法……確かに、それなら工夫次第で上手くいくかもしれないな。」


ヘルライトがSランク指定されているのは、物理攻撃が効かない事と、魔力量が多い事以外にも、既存の魔法では大ダメージを与える事が難しいからだと言われている。

火、水、木、土、風…この五属性の魔法の中で、最も効果的な魔法が、火魔法だと言われている。

木、土魔法は、物理攻撃寄りの攻撃であるため、効果が薄く、風魔法はフワフワとしているため、上手く当たらずかわされてしまう。最も効果が薄いのが水魔法で、ノーダメージとまではいかないが、それに近い効果しか期待出来ないらしい。

光、闇魔法の特殊な二属性については、情報が無くて分からない。

光に敏感なモンスターだと言うことだし、光魔法に可能性を感じるが…この真っ暗闇の中で、特大の光魔法を使えば、光が地割れ内を照らし出して、起こさなくて良いモンスター達も起こしてしまうだろう。

地割れの長さは、約五百メートル。その中に居るモンスター全てを叩き起して戦闘になるのは絶対に避けたい。

同様の理由で火魔法も出来れば使いたくはない。

唯一それらの条件をクリア出来るのが、闇魔法。

だが、闇魔法一発では、火力が足らず、下に見えるヘルライト全てを始末するのは難しい。


という考えから、手詰まりになっていたのだが、俺とニルは、新しい属性の魔法を手に入れている。

そして、相手の体を構成している組織が、水分のような物である場合、どちらも弱点となりそうな属性だ。

しかし、光を出してしまう事を考えると、雷魔法は使えない。

結果として、氷魔法が最も効果的に相手を黙らせる事が出来るはず。


毎日、雷魔法と氷魔法を練習していた為、俺もニルも、新しい魔法をいくつか覚えている。上級の魔法は解放されていないが、中級の雷魔法と氷魔法ならば使える。


中級魔法の威力で倒せる相手ではないが、工夫を加える事で、一気に倒せる可能性は有る……はず。


もし、それが不発に終われば、聖魂魔法を下に一度放ち、モンスター達が集まってくる前に、もう一度使って外へ出る。

これで、完全に八方塞がりという状況へ陥る事は無いはずだ。聖魂魔法で外に出る際、今まで見てきたモンスターがどうなるのかは気になるところだが、これだけ暗い場所に住んでいるという事は、太陽の光が苦手なはずだし、外まで追い掛けてくる事は無いはず。

ただし、聖魂魔法を使った時には、地割れそのものが崩れる可能性もあるから、判断は慎重にしなければならない。


「なになに?何か良い案でも浮かんだの?」


ペトロが俺とニルの会話に気が付いたのか、興味津々で近付いてくる。


「一応、打開策になるかもしれない案はな。」


「なになに?!どんな案なの?!」


ペトロの声に、全員が俺の方を向いた為、一先ず、氷魔法が使えて、それが打開策として使えるかもしれないという事を伝える。


「氷魔法…」


「そんな魔法が有るなんて、初めて聞いたわね。

シンヤさんとニルは、本当に何でも有りなのかしら?」


「自分ではそんなつもりなんて無いが…色々と成り行きでな…」


「成り行きで新しい魔法を…いえ、今はそんな事を言っている場合ではないわね。もうシンヤさんだから…で、納得しておくわ。

それよりも、どうやってあの光るモンスター達を討伐するかよね。」


少しずつ、俺への対応が雑になってきている気がする…


「氷魔法の事がよく分からないんだけど、単純に氷を生成する魔法なの?」


「いえ。それだけの魔法ではありませんね。

単純に氷を生成して撃ち出す事も出来ますが、どちらかと言うと火魔法の反対というイメージです。

火魔法のヒートは火を作り出すのではなく、空気を温める効果があります。

逆に氷魔法には、空気を冷やす効果のある、コールドという魔法があります。

つまり、氷を生成する魔法というよりは、冷やす魔法と表現する方がしっくり来ます。」


正確に言えば、火魔法も、氷魔法も、それの元となる物が無くても、火や氷を作り出せる為、生成する魔法というのも間違いではないと思う。

火というのは、あくまでも酸化反応であり、燃える元となる物が無ければ、当然現れる事など有り得ない。

氷も、水を冷やす事でしか生成しないはずだが、それを瞬時に作り出している。

科学的には有り得ない現象を起こしている為、それも魔法の効果であると思う。

つまり、冷やす、もしくは熱する効果と、生成する効果、この二つの効果を持つ魔法、と表現するのが正しいだろう。


ただ、それをニルに説明した場合、そもそも酸化反応というのは何なのか…という事になり、酸素の事や結合の事など、本格的な化学の授業をしなければならなくなる。その為、感覚的に理解しやすい様に冷やす魔法だ…と結論付けたのだ。

一応、ニルには、両方の効果を持つ魔法ではないか…という話をしたが、どう違うのかハッキリとは理解出来ていなかった為、そう考えるようにと言っておいた。


またいつか、時間が有る時にでも、原子論の話をニルにしてやっても良いかもしれない。ニルは賢いから、直ぐに理解出来るだろうし。


「つまり、相手を直接冷やして、凍らせる事が出来る…って事で良いのかな?」


「はい。実際に、フリーズという中級氷魔法は、直接相手を凍らせる事が出来ます。

但し、私が使えるのは、中級氷魔法までで、ヘルライトにどれだけ効くのかは分かりません。」


「効果範囲は?」


「そうですね……フリーズという魔法は単体に対する魔法ですが、フリーズフィールドという中級氷魔法は、範囲魔法です。恐らく…ギリギリ下に居るヘルライト達を全て範囲に入れる事が出来るかと思います。タイミングを外してしまうと、まずいかもしれませんが…」


ヘルライトはフワフワ漂い、僅かに動き続けている為、最も離れた位置に居るタイミングで魔法を放てば、範囲から出てしまう個体が現れる可能性がある。


「一気に倒すのが理想だから、使うならフリーズフィールドの方ね。」


「はい。ですが、範囲が広くなる分、威力が落ちてしまいます。

フリーズで倒せるか分からない相手を、範囲魔法で倒せるかは、更に分からなくなりますよ。」


覚えた魔法は、全て効果を確かめてみたが、氷魔法も雷魔法も、他の属性よりも殺傷能力は高いように感じた。

雷魔法は感電するから当然と言えば当然なのだが、氷魔法も、かなり強い。

フリーズという魔法を、モンスターに試してみたところ、全身が完全に凍り付いていた。相手のモンスターのランクが低く、魔法の耐性が高くなかったからだと言われればそれまでだが、人に使えば即死級の魔法だろうと思う。

フリーズフィールドも、フリーズより相手を凍らせるまでの時間が長かったが、十分に強かった。だから可能性が有るわけだが…


「私達も、ヘルライトと戦うのは初めてだから、その魔法がどれくらい効くか分からないわね…」


結局、ヘルライトの情報が無ければ、本当に効くのかという答えは出ない。


「引き返すならば、ここだよな。」


「そうね……Sランクのモンスターが約十体。足場は悪いし、倒せるかどうかも分からない。

引くならここでしょうね。」


「でも……」


「ああ。ここで引いたところで、次に来た時に何か別の対策が取れるとも思えない。そもそもヘルライトの生態が分からぬ以上、対策が取れないからな。」


どうやらイーグルクロウの五人は、戻るより進む事を選んだようだ。


こういう所はSランク冒険者だと感じさせられる。


保身的に動き続けるパーティには、絶対に到達出来ない場所。それがSランク。

危険な場所に敢えて飛び込むような、無謀とも取れる気概が、彼等には有るのだ。

当然ながら、勝率がゼロパーセントならば引き返すだろう。だが、勝率がゼロではないのならば、それに賭けるのだ。


「一応、もしもの時は、死ぬ程痛いかもしれないが、上に戻る手段を用意出来る。」


「死ぬ程痛くても、死にはしないなら、もう迷う必要は無いね。」


「だな。」


イーグルクロウ五人全員が、行くことを決めて頷く。


「よし。そうと決まれば、後はどうやって、下の光るモンスターを倒すかだな。」


「シンヤさんは、何か考え付く?私達よりも氷魔法については詳しいだろうし。」


「そうだな……」


先程から考えているが、思い付く手段はあまり多くない。


「思い付く手段は二つ。

一つ目は、一体ずつおびき寄せて、氷魔法で討伐する。

単純だが、上手くいけば簡単に処理出来る。問題は…」


「どうやって一体ずつおびき寄せるか…ということだね。」


「ああ。魔法を撃ち込む、弓を撃ち込む…色々と方法は有るが、一体だけを確実におびき寄せられる手段が分からない。

そもそも、おびき寄せられず、いきなり魔法を撃ち込んでくる可能性もある。」


「そうなってしまったら、氷魔法どころじゃあ無いよね。」


「しかし、氷魔法が効くか分からない以上、一番現実的かもしれないな。こちらから行くより、向こうに来てもらう方が、俺達としては有難い。」


「もう一つは?」


「今、俺の持っているアイテムの中に、水玉みずだまという物がある。

衝撃を加えると、中に溜め込んだ水分を一気に放出するアイテムでな。」


強酸玉を作った時に、ただの水を含ませたカビ玉もいくつか作っておいたのだ。何かに使えるかもしれないと。

特に、雷魔法や氷魔法に対して相性が良さそうだったし、無駄になる事はないだろうと。


「これを投げ付けて、あの一帯を水分で満たすんだ。

ターナ、プロメルテ、俺は水魔法を使おう。」


「一帯を水で満たすって……空中よ?」


「一瞬で良い。その瞬間を狙って、ニルが氷魔法を発動させ、全てを凍らせるんだ。」


氷魔法は、単純に氷を生成するよりも、水の有る場所を凍らせる方が、威力としては高くなる。これは既に実証済み。

つまり、フリーズフィールドだけでは、ヘルライトを凍らせられるか分からないが、そこに水が大量に有った場合、水ごと凍らせる事が出来るのではないだろうか…という事だ。


「つまり、氷魔法を信じて、それに賭けるか、近寄ってくる事を信じて誘い出すか…という事ね。」


「そういう事だな。どうする?」


イーグルクロウの五人は、顔を見合わせた後、俺とニルを見る。


「信じるなら、あんなフワフワしたモンスターの行動より、ニルの魔法に決まっているわ。」


「迷いなど無い。」


「決まりだな。」


ニルの氷魔法に賭けると決めた俺達は、ヘルライトに近付く為に、再度壁を下る事にする。


光に敏感な相手である為、ランタンの光は消し、完全な闇の中を下へと進む。

時折聞こえてくるロープを下る音だけが、感覚を支配していく。


ヘルライトの姿が、少しずつ大きくなってくると、その姿がよく見える。

半透明でジェル状にも見える体の組織。その表面を移動している赤、水色、青色の光。

見た目はクリオネに似ているが、顔?のような部分に光が集まっており、そこを狙えと言っているように見える。


離れた位置に見えるヘルライトが、フワフワと浮いていると、光に誘われたのか、何かのモンスターが近寄ってくる。暗すぎてどんなモンスターかは分からないが……


バチンッ!


近寄ってきたモンスターらしき何かが、顔の部分に接近した瞬間、水面を強く叩いたような音がして、モンスターが消える。


捕食されたらしく、ヘルライトの体内でもがいているのが見えるが、抜け出せる様子は無く、少しして動かなくなった。


捕食の仕方は、まるでチョウチンアンコウだ。


ヘルライトの姿が見える位置まで来た俺達は、ヘルライトの光で、微かに見える互いを確認し、静かに足場を作り出す。そして、その上に、光と音が漏れないようにドーム状の蓋をした後、中で明かりを灯す。


「なかなか戦慄する光景でしたね…」


「何を食ったのか分からないが、あれの二の舞は嫌だな。」


「でも、ここまで近付けたわ。」


「水分を多く含む体に見えましたが…やはりやってみないと分かりませんね。」


「どうせ分からないんだから、一気にドーンとやっちゃおう!」


「私は…責任重大ですね…」


「大丈夫大丈夫!シンヤさんも居るし、最悪死ぬ程痛いかもしれないけれど、外に出してくれるらしいからさ!」


「…死ぬ程痛いというのも怖いので、確実に決めないといけませんね。」


「信用してるからねー!ニルちゃん!」


「頑張ります。」


「オウカ島での一件でもそうだったが、重要な役割を押し付けて悪いな。ニル。」


「いえ。このように重要な役割を頂けるのは、私にとって、望外ぼうがいの喜びです。必ずや成功させてみせます。」


「ああ。頼むぞ。」


「はい!」


ニルは、気合いを入れる為なのか、腰から赤と青の宝石が付いた二本のかんざしを取り出した後、髪を纏め、簪が『X』になるように結い上げる。


ドンナテ、セイドル、ペトロに水玉を渡し、俺、ターナ、プロメルテは魔法陣を描き始める。


「準備は良いか?」


全員がコクリと頷く。


「今だ!」


ズガァン!


俺の声と同時に、ドーム状の蓋をドンナテが豪快に破壊する。

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