第300話 顔合わせ

五人部屋に十三人は流石に狭い……場所を変えた方が良かったかな…


レンヤ達とイーグルクロウの十人はベッドの上に二人ずつで座り、後から入ってきた俺、ヒュリナさんは椅子、そしてニルは気を利かせて俺の後ろに立ってくれている。


商談となると、他人の居ない場所の方が良いだろうという事で、宿の部屋にしたが…とても息苦しい感じにしてしまった……まあ長話にはならないだろうし、良いか!


「まずは紹介からだな。」


「そちらの方々は、イーグルクロウの皆様ですね。

そして、こちらの五人は、最近イーグルクロウの皆様が面倒を見ているという期待の新人冒険者五人組ですね?」


「えっ?!僕達だけじゃあなくて、レンヤ達の事も知っているの?!」


「街の噂を知っておかなければ、商人と言えませんからね。」


「これは……本当に優秀な方なのですね。」


「いえ。そのような事はありません。私などまだまだです。

と、その前に、まずは自己紹介からですね。

改めまして、私はヒュリナと申します。」


イーグルクロウとレンヤ達が、返すように改めて自己紹介をして、一先ず顔合わせを終える。


「これで互いの事は分かっただろうから、早速本題に入るぞ。」


「はい。」


「まずは俺から。

ヒュリナさんに幾つか用意して欲しい物があってな。」


「私に揃えられる物であれば、必ず揃えますよ。」


「一応、昨日のうちにリストにしておいた。」


俺はヒュリナさんに、自分が思い付く物を書いたリストを渡す。


「………これは、山登りの装備ですか?」


「いや、ガイガンダル平野の奥に有る地割れの下に入ろうと思っていてな。」


「とてつもなく大きな地割れと聞きましたが…それで、ロープがこれ程までに必要なのですね。」


「そういう事だ。ただ、俺はそういう事についてはほぼ素人でな。どんな物が必要になるか分からないんだ。

そこで、ヒュリナさんなら、何か思い付くかと思ってさ。」


「そうですね……山登りをする人達の装備ならば、何度か見た事が有るので、それとなく分かるのですが、地割れを下りるというのは初めてですので、私の知識が役に立つか分かりませんが、必要になりそうな物も追加で揃えてみますね。」


「助かるよ。」


「いえいえ。この程度出来なくては、専属商人を名乗れませんからね。」


「…実は、そこで…という話なんだが…」


俺は話が終わるのを待っていたドンナテに視線を向ける。


「ヒュリナさん。僕達イーグルクロウも、シンヤ達と一緒に地割れの下へ向かいたいんだけれど…登山用の装備はろくに揃っていないんだよね。だから、俺達の分まで用意してくれないかな?…という相談なんだけれど、どうかな?」


「そうですね……五人分追加という事ですね。

装備を揃える事は可能ですが…全て揃えてお渡しするのに、二日は掛かると思います。それでよろしいですか?」


リストに何かを書き込み、答えるヒュリナさん。手には、例のプレゼント。しっかりと使ってくれているらしい。


こういうところを見ると、嬉しくなってしまうものなのだなー…


「二日で用意出来るの?!」


予想以上の早さに、ペトロがビックリしている。


この世界での登山というのは、何か別の目標があって、仕方なく…というイメージが強い為、登山用グッズは、そこまでの需要が無い。

俺が渡したリストの物を用意するだけでも、それなりの時間を要する。中には、特注品になりそうな物もあるし、自分で揃えようとすれば、下手をしたら一週間とか掛かるだろう。

それをたったの二日で用意しようと言うのだから、驚いて当然だ。

しかも、ヒュリナさんの場合、それを本当に用意してしまうのだから、更に驚きだ。


「特別用意するのが難しい品はありませんので、それだけ時間があれば可能かと。他の街からも取り寄せなければならいとなると、二日では無理ですが、リストにあるものと、私が用意しようとしている物ならば、この街に全て有りますので。」


「言っただろう?ヒュリナさんは優秀だって。」


「確かに優秀だな…」


「そんなに褒めても、お代はきっちりいただきますからね?」


「ははは。流石は腕利きの商人さんだね。大丈夫。代金はきっちり支払うから。」


「ありがとうございます。これからも贔屓ひいきにして頂けると嬉しいです。」


そう言って無邪気むじゃきに笑うヒュリナさん。コネ作りも確実に行っている。


「それで…レンヤ様達は、どのような御要件で…?」


「俺達も、いくつか用意してもらいたい物がある。揃えるのはシンヤさん達の件を片付けてからで構わない。」


レンヤは、冒険者として必要になる物を、いくつかヒュリナさんに頼む。


「……これならば、簡単に用意出来ますので、二日後、シンヤさん達に装備を渡すタイミングで、同時にお渡ししますよ。」


「えっ?!」


ヒュリナさんの言葉に、ペトロがもう一度ビックリしている。


「ほ、本当に用意出来るの…?」


「はい。大丈夫ですよ。必ず用意致します。」


「ほえー…凄いなー…」


ペトロは異星人でも見るかのような目でヒュリナさんを見ている。


ヒュリナさんは、俺の方を見ると、小さく頭を下げる。


レンヤ達の依頼した品は、わざわざヒュリナさんに頼まなくても、そこらの店で簡単に手に入る物ばかり。

普通の商人でも、その依頼がコネを作るための依頼だと気が付いた事だろう。当然、ヒュリナさんも気が付いて、コネを作る為の場を設けた俺に頭を下げたのだ。


「ヒュリナさんには悪いけれど、正直な話、商人と呼ばれているような人達って、皆、守銭奴しゅせんどだと思っていたわ。どの人もそんなに変わらないって。

でも、そうじゃあない人も居るのね。」


「え?今の話で、何でそんな事になるの?」


プロメルテの考えが読めなかったペトロが、素直に質問する。


「シンヤさんのリストを見れば分かるでしょう?

見た限り、特別高い物は無いし、ハッキリ言って、ヒュリナさんはそれ程に儲からないと思うわ。

それなのに、五人分の追加を簡単に引き受けて、その上で、二日後までに用意すると言ったのよ。

ある程度、客の要望を叶えるのも商売だけれど、金額以上の事は、その後の儲けが見えていないと、しないのが商人だと思っていたから、そうじゃあない人も居るんだとビックリしていたのよ。」


「なるほとねー。そこに更にレンヤさん達の依頼まで受けて、二日となると、かなり忙しくなるもんね。」


「ふふふ。商人は儲ける事が仕事ですから、守銭奴という意見も間違いではありませんけれど、全ての人が、お金だけを見ているわけではありませんよ。

私の商人としての師匠である、うちのギルドマスターから……商人は、と取引をしているのではなく、と取引をしている事を忘れるな。とよく言われました。

商人をしていると、その言葉の意味を痛感する事がとても多いです。

数字だけを目で追っていると、必ずどこかで痛い目を見る事になるのですよ。

商売というのは、人と人との間で行われるものですからね。私も、相手の方と上手くコミュニケーションを取れず、何度か痛い目を見ました。」


「ヒュリナさんが?」


「今は、シンヤさんのお陰で、こうして笑う事も増えましたが、元々は、ずっと無表情で、人見知りが激しかったのです。

商談自体は出来ても、相手をずっと緊張させてしまったり、どうしても事務的な会話しか出来なかったりと…」


「えっ?!全然そんな人には見えないよ?!」


「ありがとうございます。そう言って頂けると、自分も変われたのだと、自信がつきます。」


「シンヤさんが勧める以上の人だったわ。本当にこれからもよろしくね。」


「はい。こちらこそよろしくお願いしますね。」


そう言って笑うヒュリナさんの髪が、ひょこひょこ揺れる。


「という事で、話は纏まったし、装備が整い次第、地割れに向かうとしよう。」


「分かった。」


装備が整うまでは、動く事が出来ない為、その日は解散となり、レンヤ達はイーグルクロウの五人と共にギルドへと向かった。次のクエストでも受けるのだろう。


俺達は、当初の予定では、そのままカビ玉の研究に行くつもりだったのだが、ヒュリナさんが直ぐに動きたいからと商業ギルドに向かった為、一時保留することにした。

俺とニルだけでも進められるが、ここまでやったのだし、ヒュリナさんも完成まで見たいだろう。


久しぶりに、その日は宿でゆっくり過ごす事にして、翌日の朝。


「おはようございます!」


「あれ?今日も来たのか?」


「だ、ダメでしたか…?」


元気な挨拶と共に現れたヒュリナさん。


「いや、そんな事はないが、装備の用意は大丈夫なのかな…と。」


「私が出来ることは今のところ無く、待つだけなので、大丈夫です!」


当たり前の事のように言っているが、普通に異常な事だと思う。

ヒュリナさんが嘘を吐く理由など無いし、本当の事なのだろうが…どうやったら、あれだけの条件で、半日の猶予を作り出せるのだろうか……


「そろそろ形になるというところで止めてしまっていたので、気になって気になって…」


「いや。大丈夫なら良いんだ。

そろそろ形も出来上がりつつあるし、今日で完成させてしまうとしよう。」


「はい!」


こうして、午前中に、ヒュリナさんと例のカビ玉を作り上げ、新たなアイテム、強酸玉を手に入れた。


「で、出来ました!」


「ああ。完璧だな。」


「やったー!」


ヒュリナさんはその場でぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ。

ニルが少しビックリしていたが、直ぐにヒュリナさんと一緒に喜んでくれた。


「思っていたよりも、ずっと大変でしたが、その分嬉しさも倍増です!」


「これを売買するのは難しいだろうに……金にならない事を、ここまでさせて良かったのか?」


「私が望んだ事ですからね!それに、こうして新しいアイテムが作成される瞬間に立ち会えたのですから、ずっと貴重な体験を出来たと確信していますよ!」


「それなら良かったよ。」


「あ!そろそろ時間です!私は商人の仕事に戻りますね!」


「昼飯は良いのか?」


「とーっても魅力的なお誘いですが、今日は遠慮させていただきます!」


「頼んでおいてだが…あまり無茶はするなよ?」


「これくらい無茶の内に入りませんよ!ではまた後日!」


慌ただしく走り去っていくヒュリナさん。

無茶というよりは、活き活きしている…のか?


という事で、翌々日の朝、ヒュリナさんが全ての品を揃えたという事で、全員、商業ギルドへと足を運んだ。


「凄いわね…本当に七人分用意するなんて…」


「はへー…こんな人を専属商人にしているなんて、シンヤさんって……嫌な人だね!」


「満面の笑みでそんな事を言わないで欲しいな。ペトロ。」


泣くぞコラ。


「これで宜しかったでしょうか?」


ギルドの個室にズラリと並んだ装備一式。しっかりレンヤ達の依頼した物も並んでいる。

当然全て新品。傷一つ無い。


「これにダメ出し出来る人が居るとは思えないよね。」


「完璧過ぎて、寧ろ怖くなるわ。

私達が破産する程の請求なんてしないわよね?」


「そんな事はしませんよ。適正価格ですから。」


俺達は揃えられた装備を一通り確認したが、非の打ち所など無く、要求以上の答えをくれた。


「本当に助かったよ。」


「いえいえ。」


「それじゃあ、レンヤ達はここから別行動という事になるが、大丈夫か?」


「ギルドやクエストの事は理解出来ましたし、私達で出来るクエストをこなしておきます。」


コハルには流石にSランクのクエストは危険過ぎる。レンヤ達だけを連れて行くのは少し違うし、そもそもこれはレンヤ達には関係の無い依頼だ。

レンヤ達はレンヤ達で、別行動してもらう方が良い。

レンヤ達もそれを理解して、自分達でやれる事をやっておくと言ってくれているわけだ。


ヒュリナさんにぼったくられるわけでもなく、装備を揃えた俺とニル、そしてイーグルクロウの五人は、ガイガンダル平野へと向かった。


「イーグルクロウは、ベータとやらを討伐する為に、どこまで行ったんだ?」


「アタシ達が止めようとした時は、まだ地割れの外に居たの。」


「外に?」


「捕まえようとして、逃げ出したベータは、街中を抜けてこのガイガンダル平野まで来た所で止まったの。」


「この平野の上に立ち続けていたのか?とてつもなく恐ろしい状況だな…?」


「ええ。だから、直ぐに私達で止めようと、何度か挑戦したのだけれど、歯が立たなくてね。

その後、アーテン婆さんと一緒に止めに来て、大戦闘を繰り広げた末に、倒せないと理解して、どうにか、この下に落としたの。」


「その後依頼が出されたが、我らに止められなかった相手に挑むような奴は居なくてな。放置されていたという事だ。

つまり、我等も地割れの中へ下りた事は無いのだ。」


「なるほど…」


まあ、Sランクの冒険者に倒せない奴を、俺こそは!と突っ込むバカは居なかっただけ良かったと言えるだろう。


「誰かこの地割れ内を調査した者とかは居ないのか?」


「出来た当初は何人か入ったみたいだけれど、死者が出てからはそれも無くなったらしいわ。」


「モンスターか?」


「いえ。滑落かつらくよ。」


上から見ただけでも、恐ろしく深い縦穴だ。滑落した者は、二度と地表には出てこられなかっただろう。

そんな場所に入るなんて…身震いしたくなる。


「さてと…下りるのは良いが、戻ってくるのがいつになるかは分からない。覚悟は良いな?」


「準備完了だよ!行こう行こう!」


いつも元気なペトロの掛け声。暗かった空気が少し明るくなった。


土魔法で作り出した岩にロープを縛り付けて、それぞれが地割れの中へと放り投げる。


「ゆっくり下りていけば良いから、無茶はしないように気を付けよう。

モンスターも居るだろうし、最悪、上に戻る事も考えつつだね。」


「こんな暗闇に潜むようなモンスターは、厄介なものばかりだし、慎重に行かないと、全滅も有り得るわね。」


こちらは検知出来ないが、向こうは暗闇の中で俺達を一方的に検知出来る…ということも考えられる。


全員がロープに捕まり、地割れの壁面をゆっくりと下っていく。

数メートル壁を下っていくと、直ぐに太陽の光は届かなくなり、壁の材質も柔らかいものから固いものへと変わる。


「想像よりもずっと深いかもしれませんね。」


ニルが言葉を発すると、その言葉が地割れ内に反響しながら遠ざかっていく。


「音の響きからすると、まだまだ下までは遠そうだね。」


「あまり騒がず、下りていきましょう。声の反響でモンスターが寄ってくるかもしれないわ。」


モンスターに見付かる心配は有るが、ランタンに火を灯し、視野を確保する。壁や、下がどうなっているのか分からないと、その方が怖い。

ただ、火を灯したら灯したで、光の届く範囲外から、突然恐ろしいモンスターが襲ってくる…なんて想像力が働いてしまって、それはそれで怖くなってくる。こういう時は想像力が恨めしい。


壁は下りても下りても垂直なままで、何か特別な物も見えない。

一応、全員がランタンを灯している為、互いの事は認識出来るものの、それ以外は何も見えず、反対側にあるはずの壁も見えない。

聞こえてくる音も、シュルシュルとロープを使って下っていく音だけ。


「……ちょっと待って!」


数十メートル壁を下ってきたところで、ペトロが全員の進行を止める為に声を出す。


騒がないと言っていたのに、全員に聞こえる程の音量。ペトロが、声を張り上げてでも、進行を止めようとしたということは、何かヤバい状況になる可能性を感じたのだろう。


「下に何か居る。このまま進むと、多分ぶつかる。」


「生き物か?」


「うん。かなりの数だよ。」


「一度足場を作った方が良さそうだな。」


「私がやります。」


ターナがロープに掴まったまま、片手で魔法陣を描いていくと、茶色に光り、壁から岩の足場が出てくる。

全員が余裕で乗れる程の広さだ。


全員がその足場に乗り、一度落ち着く。


「ペトロ。どこだ?」


「見えないけれど、直ぐ下、壁にビッシリ張り付いていると思う。」


ペトロは兎人族で、耳が良い。俺達では拾えない音を拾っているのだろう。


「避けて通るのは無理そうか?」


「恐らく無理かな。かなり広い範囲から音が聞こえてくるから。」


「何かは分かるか?」


「ちょっと待ってね………」


そう言って、足場の外側に頭を出して、耳をピクピクと揺らすペトロ。


「多分、ケイブバットだと思う。」


ケイブバットは、Cランクのモンスターで、デカい蝙蝠こうもりだ。

真っ黒で短い体毛に、真っ赤な目、尖った耳。

全長は一メートル程もあり、闇魔法を使うモンスターで、群れる習性が有る。

Cランクで、単体はそれ程強くはないが、かなり好戦的なモンスターで、ここから下っていくとしたら、必ず戦闘になるであろうモンスターである。


「どうする?無理矢理通ろうとしたら、かなりの数が襲ってくると思うよ。」


「だからと言って、叩き起こしたりしてしまえば、一斉に襲い掛かってくるだろう?」


「普段なら対処出来ない事は無いと思うけれど、この暗闇の中でとなると、かなり厳しいわね。」


「なるほど。ヒュリナさんは、それでこのアイテムを用意してくれていたのか。」


俺は腰袋からピンポン玉程度の大きさの、丸い陶器のような物を取り出す。

その陶器は、中が空洞になっており、いくつかの穴が空いていて、中に小さな緑色の魔石陣が入っている。


「それは、音が鳴る魔具だったわよね?」


「ああ。魔力を込めると、中から風が吹き出して、音を鳴らす仕組みになっているらしい。」


口笛と同じで、穴を風が通り抜ける時の音だ。


「これに魔力を込めて、どこか違う場所に投げたら、ケイブバット達がそっちに釣られてくれないか?」


「あー。そういう事ね。確かに、全部とまではいかなくても、かなりの数のケイブバットが引き寄せられるかもしれないわね。」

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