第299話 地割れ

暫く見ていると、レンヤ達は、全部で五つのトラップを、それぞれ離れた位置に仕掛け終える。


「何をしているのでしょうか?」


「まさかあの罠でどうにかしようとは思っていないわよね?」


「丸見えだが…」


黙って見ていると、レンヤがコハルに何かを説明し、コハルが頷くと、レンヤ以外の者達が、罠を仕掛けた場所から左右に二人ずつで広がっていく。


レンヤから見ると、目の前に罠、その奥に部下とコハル合わせて四人が見えている状態だ。


スモールラットは、この平原で最も数の多いモンスターらしく、探さなくても見付かる程だ。

四人が歩いていくと、地面の上を素早く動き回るスモールラットが数匹、逃げようとしている。四人はそれを取り囲む様に移動し、逃げ道を塞ぐ。

ダメ押しで、コハルがヘロヘロの矢を逃げ道の方へと放つと、敏感に反応したスモールラットが、最も手薄な、レンヤの方へと走ってくる。

追い込み漁みたいなものだ。


ただ、逃げ出してきたスモールラットは、ベアトラップの上は通ろうとはしない。鼻が利くモンスターだし、鉄の臭いに気が付いたのかもしれない。


しかし、レンヤとしては、それで十分らしい。


ガンッ!!


レンヤの手元が茶色に光ると、逃げようとしていたスモールラットが、石に潰される。


そこで初めて、罠の意味を理解出来た。


罠は、スモールラットの逃げ道を限定する為の障害物として使われていたのだ。

これだけ広く平らな地形で、障害物が一切無い場所だと、魔法や弓でスモールラットを倒そうとしても、縦横無尽じゅうおうむじんに、そして俊敏しゅんびんに動き回られると、攻撃を当てること自体が非常に難しい。

そこで、四人とトラップを使って、逃げ道を限定し、そこに鬼人族でも使えるような、初級の簡単な魔法をタイミング良く撃ち込む。

魔力は殆ど消費せず、単純にスモールラットを狙うより、確実に攻撃を当てることが出来る。


罠自体も、障害物としての意味で使われているが、罠としての効力が無いわけではないので、逃げ道を通らず、罠に掛かったならば、それで良しだ。


「やっぱり、レンヤ達はかなりのやり手だね。平野で獲物を捕らえるのって、初心者にはなかなか難しい事なんだけれど、あっさり成功か。」


ドンナテは満足気に頷いている。

ただの力試し的な内容だったし、クリア出来るだろうという予想の元で行われていたようだ。


「どうでしたか?」


サクッとスモールラット五匹を討伐したレンヤ達が、戻ってくる。


「十分だね。地形的な有利不利を理解しているし、その中で打てる確実な手法を選んでいるし。」


「ありがとうございます。」


「冒険者というのは、使えるものならば何でも使う。

その場にあるもの、持っているもの、敵の持っているもの。本当に何でもね。

騎士とかが見ると、ずるい戦い方だと言うけれど、正々堂々なんて言葉をモンスターに言ったところで、聞いてくれるはずがない。」


「寧ろモンスターというのは、使えるものならば何でも使う戦い方代表みたいなものだからね。」


「手段を選んでいては、こちらが殺られてしまう。」


「レンヤ達は、そういう戦い方に慣れているみたいだね?」


「忍というのは、そういう戦い方を延々と学んできた者達の集まりですからね。敵からの罵倒ばとうは、賞賛と同じだと、私達は教わってきました。」


「想像していたよりも、ずっと過激な訓練を受けてきたんだね…

でも、冒険者も似たようなものだから、寧ろ良かったと言えるかな。正直、そういう戦い方だけなら、教える事なんて何も無いと思う。

ただ、冒険者の戦い方というのは、一つだけじゃあないからね。

次は、僕達の戦い方を見せるよ。」


「はい。お願いします。」


ドンナテが言うと、セイドル、プロメルテ、ペトロ、ターナが、自然とそれぞれの位置に動く。


セイドルは盾プラス直剣で先頭。その後ろに大剣のドンナテ、ドンナテの右斜め後ろにダガーのペトロ。ドンナテの後ろに弓のプロメルテ。そして一番後ろに魔法使いのターナ。


「丁度良さそうな相手が居るね。」


少し先に、Bランクのモンスター、グリーンスネイルが見える。

全長一メートル程のカタツムリで、風魔法を使用してくるモンスターだ。海底トンネルダンジョンでも見たやつだ。


Sランク冒険者のイーグルクロウから見れば、それ程強いモンスターではないが、ボーッとしていて良い程弱い相手でもない。


グリーンスネイルは、ゆっくりと平野の上を動き回っており、目の前に居る二体以外は、近くには居ない。


「冒険者の戦い方の基本は、前衛、中衛、後衛に役割を分けて戦う。」


グリーンスネイルを前にしながら、ドンナテは説明を始める。


「基本的には、盾のような防御力の高いメンバーが、先頭に立ち、相手の攻撃の大半を受け止める。

相手の攻撃を一身に受ける為、盾を持つ者が圧倒的に多いけれど、中には、盾を持たない人も居る。その辺はそれぞれの好みや、パーティ全体を見て決められるから、どちらが良いのかというのは時と場合による。

僕のような大剣は、攻撃力の肝だから、確実に相手を倒す一撃を狙う事が重要だね。」


ドンナテの説明に、同じ立ち位置を任されているレンヤの部下が、頷きながら話を聞く。


グリーンスネイルはイーグルクロウが近付いて来たところで、敵とみなし、魔法による攻撃を開始する。


ゴウッ!ガキッ!


しかし、それをセイドルが盾を使って弾く。


「忍っていうのがどういうものなのか、未だによく分かっていないけど、イーグルクロウの中で言えば、多分、アタシの立ち位置が一番近い役割を持っているかな。

相手の動きや仲間の動きを見ながら、隙をチクチク突いたり、相手の死角を取ったり、一番、戦闘中の移動が多いね。

素早く的確に動かなければならないから、軽装備の人が多いかな。その代わり、一番物理的な攻撃力が低いから、手数と位置取りで相手を翻弄ほんろうするのが役目だね。」


ペトロは説明しながらも、グリーンスネイルの後方へと回り込み、ダガーを振り、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

一撃が軽く、致命的な一撃とはいかないが、ダメージになるし、グリーンスネイルとしては、前方以外にも気を回さなければならず、気が散る。

だからといって、ペトロに狙いを定めても、イーグルクロウの中で最も身軽で素早いペトロを捉える攻撃など、グリーンスネイルは持ち合わせていない。

何より、目の前で待ち構えているドンナテの大剣が、それを許さない。ペトロに向かった瞬間に、一撃で勝負が決まってしまう。


「私の役目は、コハルにも少し話したわね。」


「はい!」


「最も距離の長い物理攻撃を放てるのは、弓。特訓次第では、かなり遠い的にだって、的確に射る事が出来るようになるわ。

パーティの中で、遠距離で攻撃を放てるのは、弓と魔法だけ。そこがしっかりしていなければ、パーティとしての攻撃力はガクッと落ちてしまうわ。

的確に、遠い相手にも有効な一撃を放てる。これの持つ意味はかなり大きいわ。

それと、弓使いの役目は他にも有ると話したわね?」


「魔法使いの援護と、全体の指示ですね。」


「ええ。よく覚えていたわね。

ただ、魔法使いの援護は、ペトロと私二人の仕事。全体の指示は私とターナ二人の仕事よ。上手く分担してやっているのだけれど…コハルの場合は、弓と魔法の両方を担う形になるから、一人か二人がコハルを守る為に動いてくれるはずよ。

そこで何より大切なのは、その人達の事を心の底から信じる事。もし、その人が役目を果たせず、死んだ場合は、コハルも確実に殺されるわ。

それを知り、納得した上で、信じ切る事。とても難しい事だけれど、これが一番大切な事よ。」


「信じる…」


今のコハルにとっては、結構難しい…というか、苦しい言葉に聞こえるだろう。だが、背中を預けるという事は、つまりそういう事なのだ。


「魔法使いは、近付かれると、とても弱いです。

私一人でモンスターと戦おうとしても、かなり難しいと思います。

特に、私は魔法のみを使用する魔法使いという立場なので、尚更弱いです。

ですが、魔法というのは、どんな状況をも覆す可能性を持っていたり、物理攻撃とは異なる攻撃力や、効果を生み出すものです。

何が起こるか分からない以上、近付かなければ攻撃出来ない武器と比較すると、圧倒的に狙われる可能性が高い位置になります。」


実際、ターナが魔法陣を描き始めると、それに反応したグリーンスネイル二体は、ペトロを無視してターナへと攻撃を集中させる。野生のモンスターでさえ、当たり前のように、優先的に排除しようとするのが魔法使い。それだけ厄介な存在であり、重要な存在となる。


「全ての陣形は、相手を攻撃するのに特化した形でもあり、魔法使いを守る為に適した形でも有るのです。」


そう言葉にされると、確かに、見方によっては、相手を追い詰める陣形でもありながら、ターナをいかに守るかの陣形にも見えなくはない。


何度か、その場だけのパーティを組んだ時も、似たような構成が殆どだった。

一番接近されたら辛い魔法使いが一番後ろ。こんな事は当たり前だと思っていたから、疑問にも思わなかった。


そう考えてみると、初心者時代、パーティを組んでも、なかなか安定してモンスターを倒せないパーティが沢山あったが、魔法使いが中衛に居たり、攻撃はし易いが仲間から守り難い場所に居たりする事が多かった。

あれは、仲間が自分を絶対に守ってくれるという信頼が無かったから、背中が気になったり、一人で変な場所に立っていたりしていたのか。


「信頼というのは……何度も何度も仲間と危機を乗り越え、経験を積まなければ育ちません。

簡単な事ではありませんが、これが出来なければ、冒険者としては長生き出来ません。」


「…………」


コハルは、無言でイーグルクロウの戦い方を見詰めているが、今、何を思っているのだろうか。


結局、説明しながら、危なげもなく簡単にグリーンスネイルを討伐してしまうイーグルクロウ。

この五人が相手にすると、とてつもなく簡単な相手に見えてしまうが、一般人にとっては、逃げる選択をする程のモンスターだ。


「どうでしたか?」


「…我々忍は、裏方が全て。やはり、こうして聞いてみると、戦い方が大きく違いますね。そこまで考えながら戦えるか、少し自信がありません。」


「実際に戦っている時は、そこまで考えてはいないぞ。

その場の空気や、仲間の声を聞いて、自然に動けるように、何度も戦いをこなしてきたというだけのことだ。

特に、わがのように、最前線に立つ者は、視界には基本的に敵しか映らないからな。連携や指示を聞き逃さなければ、そのうち動けるようになる。」


「全ては経験という事ですね。」


「経験を積む時に、何を考えれば良いか、という話だからね。それさえ分かれば、後は実戦あるのみさ。」


ドンナテがそう言った後に、平野の先に視線を向ける。


レンヤがその方角を見ると、Cランクモンスター、ラッシュカウが見える。

、バリバリ実戦経験を積んでもらおうか、と言いたいらしい。


「なかなかの突進力を持ったモンスターだから、気を付けるんだよ。」


ニコニコしながら言うドンナテ。やはりなかなかのSらしい。


それから、コハル含めて、レンヤ達五人は、何度もモンスターとの戦闘を行いながら、歩みを進めた。

コハルにとっては、非日常といえるモンスターとの戦闘。かなり苦戦していたが、さりげなくレンヤがカバーしていたり、他の部下達も気にしていたから、ぎこちないながらも、四人とコハルは連携を取りながら戦闘を行えていた。


「うんうん!最初にしては悪くないと思うよ!コハルちゃんと四人の連携がまだぎこちない気がするくらいで、十分戦えると思う!」


「これでコハルの弓が使えるようになれば、もっと戦い方の幅が広がって、もっと楽に戦闘が進められるわね。」


「コハルの努力次第…という事だな。」


「う…が、頑張ります!」


コハルの戦闘力が問題なのは、最初から分かっていたこと。俺から見ても、それなりに冒険者らしく見え始めていたし、悪くない。

そもそもの身体能力を禁止して戦う方法は、鬼人族の持つ身体能力を隠す意味でも必要な事だ。コハルが頑張れば、その分レンヤ達も自分の力を調整する余裕が生まれる。

そこまでいけば、もし、神聖騎士団の手下が街に紛れ込んでいても、即バレてしまうという事は無いだろう。


「さて、そろそろ地割れの近くだし、時間も押してきたから、僕達でモンスターの相手をするよ。」


イーグルクロウの皆が先頭に立って、周囲のモンスターを蹴散らしながら進んでいく。

こうして見ると、やはりSランクの冒険者だ。Aランクのモンスターもちょこちょこ出現するが、危なげもなく討伐している。

素材が手に入ってラッキー!くらいの感覚だ。


「シンヤさん。あれが地割れよ。」


暫くそんな感じで進んでいると、プロメルテが正面に向けて人差し指を伸ばす。


「………んー?」


どこの事を言っているのかよく分からない。


俺から見ると、相変わらず緑色の地平線が伸びているだけに見える。

弓使いで、エルフ…視力が良過ぎなのでは…?


「近付けば分かるよ。」


ドンナテに付いていくと、やっとその地割れというのが見え始める。


「地割れ…っていうレベルか…?」


見えた地割れは、長さが約五百メートル。幅は数十メートル。地割れと表現するにはあまりにデカ過ぎる。

下を覗き込むと、真っ暗で底は全く見えない。


「凄いな…こんな地割れどうやったら出来るんだ?」


「いつから有るのかは分からないけれど、大昔に地震があって、その時に出来たらしい。その地震のことは、僕達も知らないんだ。」


「で……この中にベータとやらが居るのか?」


「魔法を駆使して、この地割れの中に落としたんだけど…」


「この深さの地割れに落ちたなら、下で壊れているだろう?」


「いや。アーテン婆さんが言うには、確実に作動しているらしいよ。」


「作動状況を知る事が出来る魔具が有るんだって。仕組みはよく知らないけれど。」


「つまり…ベータを破壊するには、この地割れを降りるしかない…という事か。」


真っ暗な地割れの中をもう一度覗き込むと、風が通り抜ける音がして、背筋がゾクッとする。


「降りるのはそれ程難しい事では有りませんが、戻れるかどうか怪しいところですね。」


「降りるのは難しく無いって……ニル、どうやって降りる気なの?」


「え?それは、ご主人様と一緒に飛び降りて、風魔法を使えば……」


ニルは自分が何を言っているのか理解したのか、途中で言葉と表情を止めて、固まってしまう。


「ニルちゃん……もうニルちゃんもそっち側の者になってしまったんだね…アタシは悲しいよ…」


「そ、そんな事は……」


全員が俺の顔を見る。


何これ。虐めかな?虐めだよね?先生!虐めの現場に居合わせています!助けて下さい!


「俺を見るな俺を。何も言っていないだろう?」


「ご主人様は、高い所から飛び降りたりするのに躊躇が無いので…いつの間にか私まで…」


「いや、理由があって毎回飛んでるからな?!無意味に飛んだりしないからな?!

ここは真っ暗で底が見えないし、飛び込む気は無いぞ?!」


「「「「えっ?!」」」」


「驚愕するな!ニルまで酷いぞ!泣くぞ!泣いちゃうぞ!」


「冗談だってばー。たまにはシンヤさんも虐めないと、不公平かなってさ!」


「酷い奴らだな!?」


「ごめんごめん!許して!」


「許す!」


「許すの早っ?!」


と、やり取りして笑い合ったは良いが、この地割れを実際に下りていくとなると、それなりの装備が必要になる。

どこまで続いているか分からないし…今から、取り敢えず下りてみるか!というのは無理そうだ。


「周囲を照らす物と、ロープ、後は、セナが針氷峰を登る時に作ってくれた装備があれば、何とかなる…か?ロープを固定しておく場所は魔法で作れば良いし……」


「ヒュリナさんがいらっしゃるので、色々と聞いてみてはどうでしょうか?」


「確かに!やっぱりニルは優秀だな!明日聞いてみて、道具が用意出来たら、下へ下りてみるとしよう。」


「はい。」


「僕達の分も頼んでくれないかな?邪魔になるなら遠慮するけれど…」


「邪魔になるわけが無いし、ヒュリナさんの事だから、簡単に用意してくれると思うから、頼んでおくよ。いや…折角なら、明日ヒュリナさんと顔を合わせてみないか?ヒュリナさんとしても、この街で繋がりが出来るのは嬉しいと思うし。」


「聞いた話では専属商人だと思ったが、我等が関わっても大丈夫なのか?」


「独り占めするなんて、あまりにも勿体ない才能だからな。是非会って欲しい。」


「そういう事なら、明日会ってみるよ。」


「よし。それなら、朝一で宿に来てくれ。レンヤ達もヒュリナさんに顔を売っておけば、商業ギルドとの繋がりが出来て、今後の活動が楽になるはずだから、一緒に来てくれ。」


「ありがとうございます。是非。」


という事で、その日はそのまま街へ戻り、翌日。


「おはようございます!」


宿に現れたヒュリナさん。


「今日も元気だなー。」


「はい!」


ひょこひょこ揺れるチャームポイントが今日も可愛い。


「ヒュリナさん。作業に移る前に、会って欲しい人達が居るんだが、良いかな?」


「会って欲しい人達…ですか?構いませんが…」


「助かるよ。」


俺とニルはヒュリナさんを連れて、レンヤ達が泊まっている部屋に向かう。


コンコン…


「連れてきた。入っても良いか?」


「はい!」


中から返事が聞こえてきた後、扉を開くと、五人部屋に十人が入っている。

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