第298話 ガイガンダル平野

ペトロとプロメルテの話を聞く限りでは、想像以上に厄介な人形だ。


「もし、人形をどうにかしてくれたなら、それなりの報酬は用意してあるからねえ。受けてくれると嬉しいのだけれど。」


正直に言ってしまえば、こんな厄介なクエストを受ける気にはなれないが…

イベントの通知の事、イーグルクロウにレンヤ達のことを頼んだ事……受けないわけにはいかないだろうな。

それに、魔族の事をよく知っている人物に会えたのは、ある意味ラッキーだったかもしれない。

ホーロー達が探りを入れていて、かなり危険な状況だという事は分かっているし、もしかしたら、アーテン婆さんから何か聞けるかもしれない。それも含めて考えれば、受けても良いクエストだろう。


「…分かった。出来る限りの事をすると約束しよう。」


「ひっひっひっ。有難いねえ。本当に助かるよ。」


簡単に言えば、アーテン婆さんと、イーグルクロウの尻拭いだが…この街に滞在している間に受けるクエストとしては、悪くないはず。


「クエスト自体はギルドで受けるとして……アーテン婆さん。いくつか聞きたい事が有るんだが。」


「私に答えられる事なら、何でも答えてやるさ。何が聞きたいんだい?」


「魔族の事についてなんだが、十年前からいきなり魔界の状況が変わったと言っていたが、それからはずっと同じような状況なんだよな?」


「私が魔界に居たのは随分前の事だからねえ。今現在どうなっているかは分からないけれど、変わってはいないと思うよ。

魔界から抜け出した魔女とは、たまに手紙をやり取りしているけれど、未だに追われている魔女も居るみたいだからねえ。」


「アーテン婆さんは大丈夫なのか?」


「私は今のところ平気さ。イーグルクロウの五人が色々と手を回してくれているからねえ。」


「えっ?!アーテン婆さん気付いていたの?!」


アーテン婆さんの言葉に、ペトロが驚いている。どうやら、アーテン婆さんには内緒で手を回していたらしい。


「ひっひっひっ。まだまだあんた達に出し抜かれる私じゃあないよ。

まあ、助かっているさ。イーグルクロウが庇ってくれていれば、外に情報が漏れる事はまず無いからねえ。」


「…アーテン婆さん。そんな秘密を俺達に話しても良かったのか?」


「ペトロ達から話は聞いていたし、この目で見て、信頼出来ると思ったから話したのさ。それが原因で悪い事が起きたら…自分の見る目が無かったと諦めるさ。ひっひっひっ。」


口角を釣り上げて、楽しそうに笑うアーテン婆さん。

肝がすわわっているというか、いさぎよいというか…


「十年前からって話だったが、その頃何かあったのか?」


「そうだねえ…何か関係が有るのかは分からないが、十年前と言えば、魔王様の信頼を受けていたアマゾネスが、魔界を出たという話があったねえ。

詳しい事は知らないけれど、任務だとか、厄介払いされただとか、色々な噂が飛び交っていたのを覚えているよ。」


現在、アマゾネスの族王をやっているヤナシリからも、十年前に、母親と共に魔界を出たという話を聞いた。

俺達も、その理由となった任務内容までは聞けなかったが、何やらとてつもなく大切な任務だということは知っている。

そんな大切な任務を預かっているアマゾネスが、魔王に厄介払いされたとは考え難い。なのに、帰ってきたら堕ちた貴族などと呼ばれてさげすまれていた。


「魔界の、大きな事を決めるのは、全部魔王なのか?」


「全部とまでは言わないけれど、最終的にどうするか決めるのは魔王様だねえ。

魔女の研究に関する禁止令の撤廃も、魔王様が直々に出した命令だったはずだよ。」


「真逆の政策を打ち出すなんて、同一人物とは思えないが…」


「魔界を出る前に何度か魔王様を見掛ける機会があったけれど、あれは間違いなく魔王様だったよ。

何があって、どうしたら魔王様の考えが真逆になるのかなんて、私が知りたいくらいさ。」


「……何かあったのは間違いなさそうだな。」


「そうだねえ。私達下々の者には知らされないような何かがあったのは間違いないだろうねえ。」


「……分かった。もし、何か他にも思い出したら、また教えてくれ。」


「魔族の事を知って、どうするつもりなんだい?」


「さっき言った、魔族の友達を助ける為に必要になるかもしれなくてな。」


「そうだったのかい…こんな婆さんの記憶が当てになるかどうか分からないが、何か思い出せたら、また話をしようかねえ。」


「ああ。頼むよ。ベータだったか?人形の方は俺達の方で何とかしてみるよ。」


「お願いするよ。」


アーテン婆さんから、何か話を聞くことが出来れば、アマゾネスの事も解決出来る糸口が見付かるかも…という淡い期待を抱きながら、店を出て、その足でペトロ達と一緒に冒険者ギルドへと向かう。


「えーっと…あ!これこれ!」


ペトロが掲示板から、アーテン婆さんの依頼書を剥がして持ってくる。


「超古い依頼書だな。」


「ずーっと達成されずに残っているからねー。」


持ってきた依頼書は、日焼けして黄ばんでおり、ヨレヨレ。一応内容は読めるけれど…書き直すとかしないのだろうか。


「クエストランクはSか。俺達でも受けられるな。」


「場所は…ガイガンダル平野…ですか?」


「ガイガンダル平野は、この街から北東に向かった先にある平野の事だよ。」


俺達が依頼書を確認していると、横からドンナテが話しかけてくる。


「買い出しは終わったのか?」


「たった今終わって、戻ってきたところだよ。

レンヤ達もそろそろ終わって戻ってくるところだと思うよ。」


「レンヤ達は上手くやれているのか?」


「用途の分からない道具がいくつかあったみたいだけれど、セイドルが説明したら、直ぐに理解していたよ。

それ以外は特に問題は無さそうだったかな。

僕達が教えられる事なんて、直ぐに無くなっちゃうくらいに優秀だよ。」


「それなら一安心だな。」


「それより…アーテン婆さんの依頼を受けるのかい?」


ドンナテは、俺の持っているボロボロの依頼書を覗き込んで聞いてくる。


「ああ。色々とあって、受ける事にしたんだ。」


「僕達が撒いた種だから、自分達で処理するべきなんだけれど…」


「何もせずに街に留まるより、クエストの一つや二つ消化した方が俺達の為にもなるから気にするな。

それに、解決出来るとは限らないし、やってみるだけやってみようと思っているだけだからな。」


「二人に解決出来ない案件なら、この街に解決出来る者は居ないだろうね…」


「買い被りすぎだ。多少腕に自信があっても、俺とニルで出来る事には限界があるからな。」


実際に、二人だけだと、出来ない事は山のように有る。

例えば、索敵やトラップを見付ける等のスキルについては、俺もニルもあまり高くはない。他にも、圧倒的な防御力や、全てを押し潰すような力強さも無い。

五人、六人と人数の多い冒険者パーティならば、それぞれの役割を果たす事で、簡単にクリア出来る問題も、俺とニルの二人だと、限られた手札を上手く利用して切り抜けなければならない。

単なるゴリ押しで切り抜けられるような問題ならば良いが、そうではない場合の方が圧倒的に多い。


「まあ、善処はするさ。」


「ガイガンダル平野には、いつ行く予定?」


「そうだな…特に急ぎの用事は無いし、明日からでも、周辺の地形や、生息しているモンスターの調査を始めようかと思っているが。」


「…それなら、僕達も同行して良いかな?当然、レンヤ達も。」


「俺達としては、現地を知っているイーグルクロウの皆が来てくれるのは有難い限りだが…大丈夫なのか?」


「レンヤ達が受ける討伐クエストも、ガイガンダル平野に生息しているモンスターでね。モンスターのランクは低いし、多分数分で片付いてしまうだろうから、その後は、調査を手伝うよ。

レンヤ達の能力は、そういう時にかなり役立つと思うけれど、どうかな?」


「最高の提案だな。

レンヤ達が大丈夫そうなら、明日、昼過ぎから早速行ってみるとしよう。」


「集合は、ここで良いよね?」


「ああ。」


ドンナテも、自分達の尻拭いを、俺とニルだけにさせてしまうのを申し訳なく思っているのだろう。

俺とニルには無いスキルを持った者達が、同行してくれるのであれば、非常に心強い。

迷うこと無く了承した。


翌日。


午前中はヒュリナさんとアイテムの製作だ。


ベージュモールドの給水量や、形状に対する放水の違い等を、繰り返し何度も確認していく。

モールドの塊に、そのまま給水させ、放水させた場合、ホースから水を勢い良く出したような形で放水されるのに対し、粉末状にすると、霧状になる。粉末の荒さを調整すれば、霧状ではなく、水滴が飛び散るようにも出来るし、割と応用の幅が広い。


吸収させる物や、使用する状況によって、どれを使用するかを決められる。


「それとなく形になってきたな。」


「そうですね…後は、実際にアシッドスライムの粘液を吸収させて、水と同じように作動するかを確認した方が良さそうですね。」


どうやら、ヒュリナさんも楽しんでくれているようだ。


「それをやるのは明日にしよう。危険な粘液だし、色々と準備してから行いたいからな。」


「明日も来て良いですか?!」


「ここまで来たら最後まで完成させたいわな。」


「はい!」


「ははは。明日もよろしく頼むよ。」


「ありがとうございます!」


ヒュリナさんが頭を下げると、チャームポイントも同時に頭を下げてくれる。


「こちらこそ。

ヒュリナさんが手伝ってくれたから、色々とはかどったよ。」


「殆ど何も出来ていない気もしますが…」


「そんな事はないよ。」


「そうですよ。ヒュリナ様が来て下さって、非常に助かりましたよ。」


「そ、そうですか?」


照れながら、嬉しそうにしているヒュリナさん。


「手伝ってくれているお礼に、俺とニルで、ちょっとした贈り物を用意したんだが…受け取ってくれないか?」


「えっ?!私にですか?!私の我儘を聞いて下さっているのに、贈り物までなんて受け取れませんよ!」


両手と首を横へ振るヒュリナさん。建前ではなく、本気で受け取れないと言っているのは分かるが…受け取ってもらえないとなると、贈り物が浮いてしまう。


「ヒュリナさんの事を考えて選んだ物だから、貰ってくれないと、俺もニルも悲しさのあまり寝込むかもしれないぞ?」


「そんなにですか?!」


ヒュリナさんの、少しキツめの目が丸く見開かれる。


「ははは。寝込むってのは冗談だが、ヒュリナさんの事を考えて選んだのは本当だから、受け取ってくれないと困る。」


「そ、そこまで仰られるならば…」


俺の渡した包みを、申し訳なさそうに受け取るヒュリナさん。


「開けてみてもよろしいですか?」


「ああ。」


割れ物を取り扱うように、慎重な手付きで包みを外していく。


「これは、万年筆ですか?」


「ああ。特殊な魔具でな。魔力を与えると、勝手にインクを生成してくれるらしい。」


「そんな魔具が有るのですか?!」


「かなり特殊な物らしいから、そこらで買える物ではないと聞いた。気に入ってくれると良いが…」


「こんなに素敵な贈り物を気に入らないなんて、有り得ません!本当に嬉しいです!ありがとうございます!」


「そんなに喜んでもらえるなら、選んだ甲斐があったな。」


ヒュリナさんは、万年筆をかなり気に入ってくれたらしく、ニコニコしながらずっと万年筆を眺めていた。


そして、問題の昼過ぎ。


「今日向かうのはガイガンダル平野。シンヤ達が目的としている地割れの場所は、その平野の奥にある。

レンヤ達は、地割れよりも街に近い場所でモンスターを討伐し、その後地割れに移動。

シンヤ達は…」


「俺とニルも、レンヤ達のクエストが終わるまで待つつもりだ。」


「それなら、レンヤ達のクエスト達成後、地割れに全員で向かうとしよう。ペトロ達も異論は無いな?」


「だいじょーぶ!」


ドンナテのまとめに、全員が頷く。


それから、俺達は直ぐに街を出て、北東方面へと足を向けた。


平野とはいえ、生えている草の背が馬鹿みたいに高く、殆ど視界は無い。


「この辺りの草は、どこでもこんなに背が高いのか?」


「スレダ草という種類の草でね。生命力が強いから、例の森の付近から侵食してきたんだ。元々はこんなに生えていなかったんだけれどね。

もう少し行けば抜けるから。」


ドンナテの言葉通り、周囲に生えていた背の高い草は、少し行くと見えなくなり、芝生のような草が、ずっと先まで続く綺麗な緑の大地となる。


「これは凄いな。かなり先まで平野が続いているんだな。」


遠くの方に、いくつかの山がかすんで見えるが、あまりに遠すぎて小さく見える。


「これがガイガンダル平野だ。あまりに広すぎて、稀に旅人が迷ってしまう程に広い。

我も最初に見た時は驚いたものだ。」


「これだけ見晴らしが良いと、モンスターを見付けるのも簡単だな。」


見える限り遮蔽物が一切無い為、平野に居るモンスターがよく見える。


「こっちからもよく見えるけれど、向こうからもよく見えるというのが肝ね。弓や魔法が使えるならば討伐はそれ程難しくないけれど、接近して討伐しようとすると、好戦的なモンスター以外は逃げてしまうわ。」


「となると、レンヤ達には結構辛いな。」


「それをどうするか。そういう工夫こそ、冒険者となる為に最も必要な事でしょう?」


「ごもっともです。」


「アタシ達が討伐するなら、プロメルテの弓、ターナの魔法、もしくは昨日アーテン婆さんから買ったトラップのような物を使うか…かな。余程の相手じゃあない限りプロメルテの弓で十分なんだけれどね。」


「そんな弓の達人に教えてもらえるなんて、コハルは贅沢だな。」


「ま、まだまだ全然、まともに射る事さえ出来ませんが…」


「最初は皆同じよ。どれだけ努力するか。才能の有無によって、どこまでいけるかという問題は有るけれど、コハルの場合は、Aランク冒険者として納得出来る腕が有れば良いのだから、努力すれば絶対に辿り着けるわ。」


「が、頑張ります…」


プロメルテの言うように、Aランク冒険者までならば、努力によってそれなりに見えるようになる。

Sランク冒険者となると、才能の問題が出てくるが…

Bランク冒険者とAランク冒険者には大きな差が有ると言われているが、それには、自分の腕以外に、判断力や連携力などのものも関係している。

腕だけは良いのに、そういったものが無いことでBランク止まりという冒険者も多いらしい。

その点においては、レンヤ達が居れば、問題にはならない。

つまり、努力すれば、必ずAランク冒険者になれる…という事になる。


子供の時に騙され、遊女となり、その後弓使いの冒険者…激動の人生としか言えないコハルの人生だが、きっとコハルならやり切る事が出来るだろう。


「まあ、まずは筋力を付けないとね。あんなヘロヘロの矢に当たる相手なんてなかなかいないからね。」


「は、はい…」


コハルの事は、プロメルテがかなり気にしてくれているみたいだし、大丈夫だろう。相変わらずクールに見えて、面倒見が良く、情に厚い女性だ。


「さてさて。僕達はここで見ているから、レンヤ達だけでスモールラットを討伐してみてくれ。」


「分かりました。」


スモールラットは、Dランクのモンスターで、ハッキリ言ってかなり弱い。スモールと言いつつ、三十センチ程も有るネズミで、基本的な攻撃は噛み付くのみ。

大量に群れるとそれなりに厄介ではあるが、弱いモンスターである為、上位のモンスターに捕食され、大量に群れを作る事はかなり稀だ。

気性は臆病で、人を見ると逃げ出すが、農作物をかじりに来たり、不味くて食用には向かない為、人からは嫌われているモンスターだ。

一般人でも、倒そうと思えば倒せるモンスターである為、レンヤ達にとっては腕試しにさえならないが、今回のお題は、スモールラットを討伐する事というより、その手法だ。

どのようにしてスモールラットを討伐するのか。冒険者としての素質を問われていると言って良い。


「レンヤ達には、スピードで狩る事を禁止したからね。単純に追い付いて討伐が出来ない。お手並み拝見だね。」


ドンナテはそう言ってレンヤ達を見ているが、鬼人族は魔法があまり得意ではないと知っているのか…?

Sっ気のある笑みを浮かべているし、間違いなく知っているだろうな…レンヤ達に聞いたのだろう。


単純な速力で追い付くのは禁止。魔法があまり得意ではない鬼人族では、魔法によるゴリ押しも出来ない。コハルは一応弓を持っているが…そもそも弦をしっかり引けていないから、飛んでいく矢は、プロメルテが言っていたようにヘロヘロ。

レンヤ達は忍だし、手裏剣等の投げ物で仕留めたら良いでは無いか…と思っていたが、それを取り出そうとはしないところから見るに、レンヤ達の投げ物も禁止されているのだろう。


なかなか厳しい条件での討伐。

確かにこれだけ厳しい条件ならば、相手がDランクのモンスターであっても、工夫が必要になってくる。

その辺りの事を見たいのだろう。


レンヤ達の動きを、大人しく観察していると、平野のど真ん中に罠を仕掛け始める。


いくら相手が知能の低いモンスターだとはいえ、平野のど真ん中に有るおかしな物に寄ってくるとは思えない。

そんな簡単な事に気が付かないレンヤ達ではないはずだが…と思っていると、そこから少し移動して、また同じような罠を仕掛ける。

罠は単純な物で、餌に食いつくと獲物を挟み込む物。所謂ベアトラップと呼ばれている罠だ。

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