第297話 贈り物

アーテン婆さんに、事の成り行きを話してみる。

これだけ歳が離れた婆さんならば、経験も豊富だし、何か思い付いてくれるかもしれない。


「贈り物ねえ。商人の友人に渡す物で、実用的で……」


「何か思い当たる物は無いか?」


「そういうのは気持ちだとは思うけれどねえ……普段使えそうな物はそっちの角に押し込んであるから、探してみたらどうだい?私が勧めるより、探し出した方が、あんた達も納得出来るだろうからねえ。ひっひっひっ。」


そう言ってアーテン婆さんは、取り出した煙草に火をつける。


婆さんの言葉だし、亀の甲より年の功。大人しく従っておくのが吉だろう。


俺とニルはアーテン婆さんの言われた場所を二人で見て回る。

どうやらアーテン婆さんは、魔具を作る専門家らしく、どれもこれも魔石が使われた魔具ばかり。

既存きぞんの物を改良した物や、改良なのか改造なのかよく分からない物、そして今までに見たことの無いような魔具まで色々と置いてある。

雑多に置かれているものの中で、気になった物をアーテン婆さんに聞くと、どんな物なのかを簡単に説明してくれる。適当に置いてあるのかと思っていたが、聞けばどんな物でも内容を説明してくれる事から、全ての商品を把握しているようだ。

予想以上に凄い婆さんだった。


「どうだい?贈り物に見合う物はありそうかい?」


「そうだな…いくつか候補はあるんだが…」


煙草の火を消した婆さんが聞いてくるが、あまりにも色々と有り過ぎて、決めかねる。


「どれも悪くは無いんだが、贈る相手のイメージと合わないんだよなー。」


割とゴテゴテした見た目の物が多く、ヒュリナさんには合わない気がする。


「なるほどねえ。見たところ、普段商人として使える物が多いみたいだねえ。」


候補として挙がっているのは、温かいまま物を運べるバッグや、簡易的なテーブルを作り出す魔具等、商人として使える物が多い。

ヒュリナさんは、仕事大好きな女性というイメージが強い為、どうしてもそれに引っ張られてしまう。

一応、ニルが、靴や服も見ていたけれど、個人の好みがあるから、贈り物には向かないかもしれないと却下していた。


「そうだねえ。確かにゴテゴテしていて、女性が持つのは辛いかもしれないねえ………そうなると……これなんてどうだい?」


雑多に積まれた商品の奥の奥の方から引っ張り出して来たのは、光沢のある緑色と黒色がまだら模様になった万年筆まんねんひつ


「これも魔具なのか?」


「ここにある物は全て魔具さ。

これは、インクの要らない万年筆。少し値は張るが、自慢の一品だよ。」


「インクの要らない万年筆?」


「木魔法、火魔法、それと水魔法を組み合わせた物でね。

木を墨にして、水と混ぜ合わせ、先端からインクとして出す仕組みになっているんだよ。残念ながら濃淡のうたんの制御は出来ないけれど、商人が使うなら、書ければ問題無いだろう?」


「面白いな!三つの魔石陣を組み合わせているのか?!」


「組み合わせているというよりは、順々に発動させるようにしてあるのさ。

一度インクを作れば、一日はインク切れしないはずだからお勧めさ。」


結局、アーテン婆さんは俺達にお勧めの品を教えてくれる。

多分、その前に探していた時間が大切だと言いたいのだろう。

面倒見の良い婆さんだ。


「ご主人様!これなら絶対に喜んで頂けますよ!」


「だな!アーテン婆さん!これにするよ!」


「金は有るのかい?技術的にはかなり難しい物だから、結構するよ?」


「大丈夫だ!」


アーテン婆さんに聞いた値段は、確かに結構な額だったが、問題無し。全額その場で払って万年筆を入手した。


「こんな良い物が有るのに、なんでもっと売り出さないんだ?」


「言っただろう。技術的にかなり難しい品だって。

量産出来るような物じゃあないんだよ。

そこいらの連中には作れない品さ。」


万年筆を贈り物用に包みながら、アーテン婆さんが答えてくれる。


「アーテン婆さんが沢山作れば良いんじゃあないのか?」


「私は趣味で魔具を作っているようなものだからね。

一つ二つなら同じ物を作っても良いけれど、こんなに手間の掛かる万年筆を何本も作っていられないよ。

ペトロ達が買ってくれるトラップとは違って、買ってくれるかも分からない物だしね。」


「確かに、必要な人には必要な物だが、要らない人には見向きもされない物が多いよな。」


アーテン婆さんの魔具は、何かに特化した魔具ばかりで、万人受けするような魔具はあまり無い。


「ハッキリとものを言う子だねえ。」


「あ、いや。すまん。」


「ひっひっひっ。別に怒っちゃあいないさ。嫌いじゃあないよ。

ほれ。落としたりしないようにね。」


「ああ。」


包装された品を受け取ると、ペトロとプロメルテが後ろから寄ってくる。


「良い物が見付かって良かったね!」


「ああ。二人には感謝だな。」


「おっと。坊や。少しお待ち。」


必要な物も買えたし、出ようとしたところで、アーテン婆さんに引き止められる。


「あんた。ペトロ達を助けたという話だったけれど、Sランクの冒険者を助けられるような者は、普通そこらに居るようなものじゃあない。

それだけの実力が有るのなら、私の願いを叶えてはくれないかい?」


「願い?」


「アーテン婆さん!」


プロメルテが強くアーテン婆さんを引き止める。


「それはいつか絶対に私達が!」


「そろそろ時間が無いんだよ。プロメルテも分かっているだろう?」


「っ………」


アーテン婆さんの言葉に、プロメルテが口を強く結ぶ。


「何やら穏やかじゃあないみたいだが…?」


「すまないね…依頼を受ける受けないは別にして、話だけでも聞いてはくれないかい?」


「……分かった。取り敢えず聞いてみるだけ聞いてみよう。」


アーテン婆さんは俺達を椅子に座らせ、紅茶を出してくれる。

嗅いだことの無い、甘いけれど柑橘系の匂いがする、不思議な紅茶だ。


「さてと…これから話す事は、私の生活に関わってくる事だから、出来る限り他人には言わないでほしいのだけれど。」


「それは安心してくれ。」


「ひっひっひっ。それじゃあ話すとするよ。」


アーテン婆さんは、一口紅茶をすすった後、口を開く。


「まず、この話をする前に、私の正体を明かしておこう。」


「正体?」


「実は、私は魔女と呼ばれる種族で、魔族の一員なのさ。」


「魔女…」


正直なところ、見た目的に、ど真ん中!という感じだし、あまり驚かない。既に魔族の知り合いも居るし、魔族イコール悪、という方程式は、俺の中には無い。


「あまり驚かないんだねえ?」


「ここだけの話、俺にも、魔族に知り合いが居てな。魔族が悪い奴らという印象はあまり無いんだよ。」


「ひっひっひっ。それはそれは…更に依頼を頼みたくなってしまうねえ。」


「その為にも、話を進めてくれないか?」


「そうだねえ。坊やは魔女について何か知っているかい?」


「いや。ほとんど何も知らないな。」


「そうか。それならば、まず魔女について話そうかねえ。

魔女というのは、魔法、魔石、魔具……魔の付く物に対して研究を重ね続ける種族でねえ。とにかく来る日も来る日も研究ばかりしている連中さ。」


「他人事のように言っているが、アーテン婆さんもその内の一人だろう?」


「こうして魔具を作り続けているのだから、否定は出来ないねえ。

でも、私は他の何を犠牲にしても、研究をしようなどとは思わない。だから、あの連中とは違う…と思いたいねえ。」


「他の何を犠牲にしても…?」


「言葉の通りさ。

魔女にとって、研究というのは、生きる意味そのもの。

だから、その研究に必要であれば、それがどれだけ非道徳的な行為であろうとやってしまうのさ。

動物やモンスターを生きたまま素材にするのは当たり前。それどころか、他人の命や、自分の命さえ材料にしてしまうような種族さ。」


「それは…とんでもない種族だな…」


「全ての者達が、というわけではないがねえ。

魔女という種族にとっての本能に近いものだから、なかなか抑える事が出来ないのさ。」


「そんな種族は、他の種族から嫌われて、淘汰とうたされたりしそうなものだが…?」


「魔女は、元々魔力が強い種族でね。単純な魔法勝負となれば、魔女はかなり強い。だから、他の種族も簡単には手を出せないのさ。」


女というだけの事はあると言う事だな。」


「それだけじゃあ無いよ。

魔女の研究は、非道徳的であろうと、その成果は、誰にとっても、かなり有益なものとなる事が非常に多いのさ。

魔法や魔具の発展は、魔女の手に掛かっていると言っても過言ではないだろうねえ。」


「つまり、種族として有益だと判断されているわけだな。」


「ひっひっひっ。そういうことだねえ。

ただ、他者の命や自分の命を代償に行う研究は、やはり認められるものではなくてねえ。

他の種族の怒りが爆発する前に、魔族の王、魔王様が禁止にしたのさ。」


アーテン婆さんの話を詳しく聞くと…


魔女というのは、人にとっての睡眠欲や食欲と同じくらいに、知識欲が高いらしい。

それこそ、知識欲を満たせないと、発狂してしまう程に。

故に、どんな手を使ってでも、その知識欲を満たそうとする。


そんな種族は、有益な研究をしていようとも、嫌われてしまうのは当然のこと。


他種族の者達が、魔女の行いにて、攻撃する寸前のところまで来た時、魔女を護る為の措置として、命を使う研究、他者を害する研究を全面的に禁止したらしい。

もし、その禁止令を破った場合は、当然厳しい罰が与えられる。

それでも、種族として禁止令を守れないのであれば、魔族から除外され、敵と見なされると決められたらしい。

魔女としても、絶滅は流石に嫌なので、禁止令を守り、それ以降、極端な研究は無くなったらしい。

すると、魔女達の中にも、知識欲を抑えられる者達が現れ始め、そういった者達は、他の種族とも仲良く出来るようになっていった。


「アーテン婆さんは、その知識欲を抑えられる者の内の一人…という事だな?」


「まあそういう事になるねえ。非道徳的な事までして、知識欲を満たそうとは思わないよ。

しかし、そう思える者達ばかりではなくてねえ。

中には過激な研究を何とかして行おうという者達も居たんだ。

ただ、魔王様の禁止令は、緩まる事など無く、魔女達が過激な事をしようとすれば、先に釘を刺される程にしっかりと監視されていたんだ。」


「他種族との共存を成功させる為には、仕方ない処置だろうな。」


「私もそう思っていたさ。でも、それが十年前に、コロッと変わってしまったんだよ。」


「変わったって…?」


「簡単に言えば、禁止令自体が無くなってしまったのさ。」


「はっ?!」


「そ、それは…おかしな話ですね?」


「私も突然の事で訳が分からなかったよ。

禁止令が無くなってしまえば、過激な研究を行おうとしていた魔女達が、ここぞとばかりに動き始める。

言葉には出来ないような研究が、日々行われていたのさ。」


「何が起きたんだ?」


「私にも詳しい事は分からない。

ただ、私は、そんな場所に居る事は出来ず、魔界を出てきた…という事さ。」


「その後ここに?」


「ああ。この辺りには魔族の手が伸びてくる事も無いからねえ。

同じように、そんな同族の姿を見たくないと思った者達は、散り散りになって魔界を出たと聞いているよ。」


「つまり、今も魔界に残っている連中は、その過激派って事か?」


「全員ではないだろう。ただ、殆どがそういう者達だと考えて間違いないはずさ。」


「そんな状態で、よくもまあ魔界に住んでいられるな…」


「基本的には、他者を害する研究の場合、魔界の外から研究材料を手に入れるようにしているのだろうねえ。必要とならない限り、魔族には手を出していないのだろうねえ。」


「外って事は…」


「人族、獣人族、エルフ族……どの種族なのかは知らないけれどねえ。

大半は奴隷だとは思うけれど、攫ってくる事も…有るかもしれないねえ。」


「おいおい…そんなの放置していたら、魔族に悪い印象を持っても仕方ないぞ?外から見れば、魔女は、魔族として見られているだろうからな。」


「分かっているよ。」


アーテン婆さんの目は、俺に、それ以上言うなと言っているように見えた。


「私は魔女という種族がどうなろうと知った事ではないと思っているけれど、同じ魔女族の連中に、何の罪も無い者達が研究材料として使われている事は耐えられなくてねえ。

それをどうにか出来ないかと…ここで魔具の研究をしているのさ。残念ながら、成果は出ていないけれどねえ。」


「……………」


「さて。ここからが本題さ。

そんな私が作った魔具の中に、対魔法戦闘に特化した人形があるのだけれど…」


「まさか………」


ピコンッ!


【イベント発生!…対魔法戦闘人形、ベータを破壊しろ。

制限時間…二週間

達成条件… 対魔法戦闘人形、ベータを破壊。

報酬…???


受諾しますか?

はい。 いいえ。】


対魔法戦闘用人形とか……危険な香りしかしないのだが…


「その人形の名前はベータと言ってねえ。その人形が、一言で言えば逃げ出してしまったのさ。」


「人形逃げ出した?どういうことだ?」


「私が研究で作り出した魔石陣で、自動で反撃する能力というのを発明したのさ。攻撃しようとしたり、捕縛しようとすると、その相手を敵とみなして攻撃するという仕組みさ。」


「何その恐ろし過ぎる人形…」


「それを誤って起動させてしまってねえ…気が付いた時には、逃げ出してしまっていたのさ。」


「それを俺達に討伐してきて欲しい…と。」


話の流れ的に、イーグルクロウの五人も、その人形をどうにかしようとしたが、無理だったみたいだし、かなり手強い人形だろう。

それを俺達でどうにかしてこい…と。

淡々と会話しているが、一種のAIみたいな機能を、アーテン婆さんが個人で作り出したという事になる。とんでもない婆さんだな…


「同格以上の人形を作れば良いだろう?それで捕まえれば簡単じゃあないか。」


「あの人形を作るのにも数年を要したんだ。そんなに簡単にもう一体作る事なんて出来ないさ。

それに、自動反撃の魔石陣は、偶然の中の偶然で生まれた物だからね。もう一度作れって言われても、出来るかどうか微妙なところなのさ。ひっひっひっ。」


「笑い事じゃあないっての…とんでもないものを起動させやがって…」


「アタシが悪いの!」


俺達の話に割り込んで来たのは、ペトロだった。


「え、えーっと、いきなりどうした?」


「その人形…逃がしたのはアタシなの!」


「あれはペトロだけが悪いわけじゃあないわ。イーグルクロウ全員が悪かったのよ。」


「話が見えないんだが…?」


「実は…」


ペトロが話した事をまとめると…


アーテン婆さんは、何年も掛けて、対魔法戦闘用の人形を作り続けていたらしい。打倒過激派魔女…という設定で作られているので、当然ながら、それなりの強さを持っている。


数年前、この店の中に、その人形が置いてあり、触るなと張り紙がしてあったのに、好奇心なのか間違ってなのか、それとも悪ノリだったのか…イーグルクロウのメンバーで店に来た時、人形に触ったばかりか、魔力を流し込んでしまったらしい。

本人達に、そんな気は無かったらしいが、人形は起動した後、捕まりそうになり、扉を突き破って、逃げ出してしまったとの事。


「ペトロー………」


「ごめんなさい!」


本当に反省しているのか、頭を何度も下げている。


「まあ、あの人形が、自分から他者を襲う事は無いから放置しておいても問題は無いし、近くにある地割れの中に押し込んであるから、誰かが襲われる心配は無い。

けれど、危険な代物に変わりは無いし、出来れば破壊して欲しいのさ。」


「魔力が切れるまで放置しておけば良いのでは?」


「残念ながら、魔石と上手く組み合わせてあるから、半永久的に動き続けるのさ。ひっひっひっ。

自分の才能が怖いねえ。」


「だから笑い事じゃあないよね?!」


「冗談はさておき、実はその人形にはちょっと厄介な事になる機能が組み込まれていてねえ。」


「嫌な予感しかしないな。」


「ある一定の時間が経過すると、魔女を殲滅しようと動き出すという機能が組み込まれているのさ。」


「何故そんな機能を…」


「魔界から逃げ出した魔女を、魔界に住む魔女達が、情報の漏洩を防ぐ為に殺し回っているという話を聞いてね。

もし私が死んだ時は、しっぺ返しでもしてやろうとしていたのさ。

魔界の、魔女の住む地区を指定し、そこに突っ込むようにねえ。

でも、予想より早く起動してしまって、このままだと、魔界に繋がる道程で犠牲者が出てしまうかもしれないという事さ。」


「それで、その期限が迫っている…と。」


「そういう事だねえ。と言っても、後一年くらいは大丈夫なのだけれど、その間にペトロ達より強い冒険者が現れる可能性は低いし、イーグルクロウの五人が倒せるようになる保証も無いから、坊や達に頼もうかとねえ。

一応、冒険者ギルドの方にも、クエストとして依頼書を貼り出してもらってはいるけれど、イーグルクロウの五人でも無理なクエストを、受けようっていう奴らは居なくてねえ。困っていたのさ。」


「クエストの内容は理解出来たが…問題の人形は、どんな奴なんだ?Sランク冒険者でも倒せない人形なんて、想像出来ないが…」


「ミスリルを混ぜ込んだ金属素材で出来た人形で、魔法耐性が異様に高いのよ。魔法はほぼ効かないと思った方が良いわ。」


「ミスリルが混ぜ込んで有るから、そもそもがすっごく硬くて、単純な攻撃は通らないし、人形だから関節とかも関係ないの。」


「聞いただけで嫌になる相手だな…」

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