第296話 アーテン婆さん
「と言っても…ただの焼きおにぎりだがな。」
「米…ですか?」
「ああ。エルフ族が栽培しているのは知っていると思うが、オウカ島にも米や醤油が有ってな。どちらが先かは知らないが、かなり根付いていたぞ。」
「私も食べた事がありますが、味もあまり無いのに、どんどん食べれてしまう不思議な実だと記憶しております。」
焼きおにぎりを手渡すと、ヒュリナさんはまじまじと見ている。
「表面は醤油でカリッとするまで焼いてあって、中には…いや、食べてから感想を聞いた方が良いな。」
「そ、それでは…頂きます。」
パクリと焼きおにぎりに
「んー?!す、凄く美味しいです!中に入っているのは、昨日頂いたテモですか?」
「ああ。プチプチしていて、面白い食感だろう?」
「はい!それに、お米によく合う味付けです!」
「
それだけじゃあないぞ。こっちは魚の身を焼いて、
島だけあって、海産物は豊富だし、俺にとっては夢のような食文化だったよ。」
「こんなに美味しいおにぎりは初めて食べますよ!」
「それは良かった。」
俺が作ったわけではないけれど、オススメの品を感動しながら食べてくれると、嬉しいものだ。
大陸側で再現しようとすると、なかなか難しいかもしれないが、大同盟の影響で、いつか作れるようになるかもしれない。
三人で、ペロリと焼きおにぎりを食べ終えた後、少し休憩を挟み、作業に戻る。
アイテムの補充はほぼ終わっているので、残りはニルに任せて、俺とヒュリナさんは、新しいアイテム作りに入る。まずは、昨日届いた、色々なキノコやカビの中で、危険性の無さそうな物をいくつか取り出してみる。
その中でも、パッと完成形をイメージ出来たものが一つある。
【ベージュモールド…衝撃を与えられると、内包されていた水分が周囲に飛び散る。】
肌色のカビ玉で、こんな性質を持った物があった。
水筒的なイメージが湧きそうな説明文だが、実際は全く違い、衝撃を与えると、硬質なカビの中から、勢い良く水分が飛び出してくる。
無理矢理飲もうとすれば、喉に勢い良く水分が当たって、
何度か衝撃を与えて調べてみたところ、カビの体積の三倍もの水分量を貯蔵出来ることが分かった。
それ自体は凄いのだが、単純に水を運ぶ為の用途としては、あまり使えそうに無い。
そもそも、この世界は自然が豊かで、水も軟水。水に困るという環境は、今のところ少ない。
その上、魔力を消費する事で、いつでもどこでも水を生成出来るのだから、そもそも水筒はあまり需要が無いのだ。
「面白い性質のカビですが…これを使って、何か作れるのですか?」
「俺が注目しているのは、水分を蓄えられるという性質より、水分を吸収した後に、カビ自体は乾燥しているというところだ。」
「確かに、水を吸っても、表面はカサカサです。
それが…何か役に立つのですか?」
「そうだな……例えば、綿のような物で、水分を吸い取った場合、どうなるか分かるか?」
「服に使われている素材なので、分かりますよ。
びちゃびちゃになってしまいます。」
「そうだ。それが普通だ。
しかし、このカビは、自身に水分を内包しても、内側だけに全てを閉じ込めて、表面にはそれを僅かにも出さないんだ。どうなっているのかは分からないが、面白いと思わないか?」
「確かに面白いのは面白いですが…」
スポンジをイメージすると分かりやすいと思うが、水分を内包するような素材というのは、基本的に内部に細かな穴が空いている。
スポンジ等に空いている
しかし、当然ながら、表面から奥へと水を侵入させる穴が多数無ければ成り立たず、表面にも水分は留まる。つまり、触れれば湿っているのが普通なのだ。
なのに、このベージュモールドにはそれが無い。その上、衝撃によって、内包されていた水分が、全て一気に飛び出してくる。
不思議なカビとしか言えない物質なのだ。
そして、表面には、内包されている水分の影響が一切現れないという事は…
「カビに吸収させる水分を、水ではなく、危険な物にしたら、優秀な投擲武器として使えると思わないか?」
「なるほど!水以外の水分でも、カビが吸収してくれさえすれば、中身がどれ程危険な物でも、衝撃を与えない限り、完全に無害なカビの塊ですね!」
「ああ。例えば、アシッドスライムの粘液を吸収させれば…」
「か、考えただけで怖いですね…アシッドスライムの粘液は、金属を一瞬で溶かしてしまいますので、これを投げ付けただけで、鎧や武器を無効化出来ます!」
「重装備の敵でも、簡単に鎧を破壊出来てしまうわけだな。」
「投げ付けるだけですからね…」
中には、アシッドスライムの粘液さえも弾くような金属もあるし、モンスターの素材を使った金属ではない武具もあるから、全ての者に有効とまでは言えないが、重装備に苦しめられるという展開は劇的に減るはずだ。
液体を瓶に保存してぶっかければ良いだろうとも考えられるけれど、液体を瓶から振り掛けるには、距離がかなり近くなければ出来ない事だし、瓶ごと投げ付けても、隙が無ければ避けられて終わりだ。
何より、自分も被害を受けてしまう可能性がある。
それに対して、カビ玉として使用出来れば、かなり遠くまで射程範囲内となるし、自分が被害を受ける事も無くなる。
更に、このベージュモールドは、水分を出し入れするだけで、自身を犠牲にしない為、使い方次第では、半永久的に繰り返し使えてしまう。
「凄く応用性の高いアイテムになる事間違いなしですね?!早速作ってみますか?!」
「いやいや。アシッドスライムの粘液はかなり危険な物だから、いきなりぶっつけ本番は危ない。
まずは普通の水で、どうなるかを調べつつ、形を作っていくべきだ。」
「そ、そうですね。ちょっと無謀な事を言ってしまいましたね…」
「ここからは色々と試しつつ、
「お任せ下さい!頑張りますよ!」
ヒュリナさんは、胸の前で、小さく拳を握る。
ヒュリナさんは、見た目や、商談の際は、大人の女性という感じで、とても格好良い感じだが、普段の言動はかなり可愛いかったりするらしい。
最初に会った時は、そういう一面を外に出す術を持たなかっただけだったのだろう。
デルスマークの街を一時的にでも出ると決まった時、何人の男性商人達が涙を飲んだのだろうか…
というか、そんなヒュリナさんに、専属商人をさせている俺……デルスマークに足を運んだら、裏道とかでボコボコにされるんじゃあないのか…?
怖っ!
などと考えているうちに、一区切りとなった。
まだ日は高いが、何も今日中に終わらせる必要は無い。
「今日はここまでにしようか。」
「分かりました…」
「結構大変だったろう?」
「確かに大変ですが、凄く為になります。
シンヤさんは、何でも簡単に作ってしまうようなイメージを持っていたので、それがどれだけ浅はかな考えだったのか知る事が出来ました。
私が見ていたのは完成形だけで、そこまでには沢山の時間と試行錯誤が必要だったのですね。
当たり前の事なのですが、体感するのと、しないのでは、全く違います。それが知れるだけでも、私にとっては大きな価値となります。その上、知識や考え方まで教わる事が出来て……私がお金を払うべきですよね。」
「いや、あの程度で金が取れるとは思っていないから。誰でも思い付く事だしな。
それより、一応今日の作業は終わりだが…」
「明日も来て良いですか?!」
「俺は構わないが、ヒュリナさんは大丈夫なのか?」
「いくつか残っている仕事はありますが、急ぎではありませんし、今からギルドへ行って片付けてしまうつもりなので、全然平気です!」
「わ、分かった。じゃあ明日もお願いするよ。」
「はい!」
あまりにグイグイ来るものだから、思わずOKしてしまったが。明日も手伝ってくれるとなると、何も無しでは流石に申し訳ない。
という事で、ヒュリナさんをギルドまで送った後、俺とニルは街の中を歩き回る事にした。
「ニル。ヒュリナさんに、何かお礼でもしようかと思っているのだが、何が良いと思う?」
「お礼ですか?」
「タダで手伝ってもらうわけにはいかないだろう?」
「そうですね……ヒュリナ様は、色々な事に興味を持たれているように見受けられますので、何か珍しい物を送ってみてはいかがでしょうか。」
「珍しい物?珍しいモンスターの素材とかか?」
「それでは少し味気無い気がしますね…使い道も、ヒュリナ様にとっては換金する以外にありませんから。」
「言われてみるとそうか…じゃあ珍しい素材で作った物とかか?」
「物にもよりますが、ヒュリナ様が必要とする物を作れるかどうかですね。
実用的な物の方が、ヒュリナ様にとっては、有難いと思いますので、そういった物を探して店を巡れば、良い物が見付かるかもしれません。」
「なるほど…」
ヒュリナさんは、可愛いチャームポイントと可愛い仕草を見せてくれるが、基本はやり手の商人だ。
実用性を考えた贈り物の方が喜ばれる…という事だな。
流石はうちのニルさんだ。頼りになるぜ。
その後、あちこちの店に顔を出しては、あれやこれやと見て回るものの、あまりプレゼントに良さそうな物が見付けられずにいた時。
「あっ!シンヤさんとニルちゃんだ!おーい!」
「街中で叫ばないでっていつも言っているでしょう。」
「うっ……」
少し離れた所から聞こえてきたのは、プロメルテとペトロの声。
「二人だけか?」
「今は買い出しの時間よ。明日、討伐クエストに出るから、どんな物が必要になるか、どんな物が売っているのかを、自分達の目で確かめてもらっているの。」
「採取クエストなんかは、受けなくて良いのか?」
「あー…本当なら採取クエストからやってもらうつもりだったんだけれどね…」
プロメルテが少し苦い顔をする。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも無いよー。
アタシ達が教えるより早く、周囲の事については、ほぼ完璧に把握しているんだもん。」
「昨夜のうちに、周囲の地形や植生、モンスターの種類まで、ほぼ完璧に把握していたわ。
分からない植物や、モンスターについて、いくつか質問された程度よ。」
「あー…」
レンヤ達はその手のプロだ。周囲環境の把握がどれだけ大切な事かは、誰よりも知っているだろう。
夜のうちに、仲間同士で散開、情報を収集、共有…という流れだろう。
ナーム達も同じような事をしているという話を聞いたし、やはりレンヤ達はかなり優秀らしい。
「まだ街の周辺しか調べられていないのが恥ずかしい…くらいの事を言ってきたんだよ?!アタシ驚いて声も出なかったよ!」
「ははは…まあ、オウカ島でも、かなりやり手の者達だったからな。」
「という事で、それならと、早速明日、討伐クエストを受ける事にしたのよ。
獲物はDランクのモンスターだから、簡単なクエストね。
島には居なかったモンスターの討伐とか、お金になる素材の採取とか、教える事はあるみたいだけど、それも直ぐに覚えると思うわ。
ランクもどんどん上がっていくでしょうね。」
「それは良かった。
レンヤ達との関係はどうだ?」
「それなりに良好よ。忍だったかしら?裏の世界で動くのを得意としているからか、少し感情表現が苦手だったり、冷たい印象を受けるけれど、悪い人達じゃあないって事がよく分かるわ。
コハルだけは少し違う印象だけど…」
「コハルがどうかしたのか?」
眉を寄せて斜め下を向くプロメルテ。何か考えているみたいだ。
「あの子、少し遠慮が過ぎるというのか…色々な人に対して、自分を下に見ている印象を受けるわ。
自分みたいな者の為に…なんて遠慮する場面もあったし。
聞いて良いのか分からないけれど…あの子、島の方で何かあったの?」
「……俺の口から話せる事じゃあ無いから、詳しくは言えないが、かなり辛い人生を歩んできたらしい。」
「そうだったのね…どこか影のある子だから、少し危うい感じがするのよね…」
「そうだな…間違ってはいないと思う。だから、そこも含めて気に掛けてくれるなら、嬉しいかな。」
「…分かったわ。
弓を教えているし、私が一番話す機会も多いから、それとなく気にして見ていることにするわ。」
「アタシも!」
「助かるよ。」
「それで……シンヤ達は何しにここへ?」
チュコの街は、洋風の街並みで、一番近いのはデルスマークの街並みだろうか。ただ、デルスマークと比較してしまうと、建物の材質や大きさ等、全体的なグレードが数段落ちた街並みになっている。
その中で、小さめの建物がひしめき合っている地区が、今、俺達のいる場所だ。
大通り沿いに並んでいる店は、大衆向けの物が多く、あまり珍しい物は手に入らない。となると、
そして気が付けば地元民しか来ないような、奥まった場所へたどり着いてしまったというわけだ。
「珍しい品を売っている店でも無いかと思ってな。」
「どんな物が必要なの?」
「それはまだ決めていないんだ。珍しくて実用的な贈り物を探しているんだよ。」
「贈り物かー…」
「それなら、アタシ達と一緒に行けば?」
「それは良い案かも!」
「一緒にって…どこに行くんだ?」
「お目当ての物が有るかは分からないけれど、珍しい物を探しているなら、この先に有る、アーテン婆さんの店に行けば、間違いなしだと思うわ。」
「アーテン婆さんの店?」
「行ってみれば分かるわ。取って食われたりしないから大丈夫よ。」
「そんな心配はしていないが…した方が良いのか…?」
「さ!行こー!」
「え?!どうして無視するの?!急に行くのが怖くなったんだけど?!」
俺の言葉を完全に無視して歩いていくプロメルテとペトロ。
取って食われたりしない…よな?
「ここだよー!」
辿り着いた先は、何の
「見た目は普通の家だけれど、中には色々な物が置いてあって、欲しい物は売ってくれるから安心して。」
「お、おう…」
ギィィー……
プロメルテが木製の扉を開くと、軋む音が響き、ゆっくりと扉が開いていく。
プロメルテが言っていたように、家の中には、色々な物が雑に置いてあり、そのほとんどが何に使うのか分からないような、不思議な道具ばかり。
一応足の踏み場は有るが、
「アーテン婆さーん!来たよー!」
ゴンッ!
「あだっ!」
ペトロの大声の後に、何かにぶつかる音と、女性の声が聞こえてくる。
「痛たたたた…ペトロ!大声で呼ぶんじゃあないと、何度言えば分かるんだい?!」
「ご、ごめーん!」
奥から頭を摩りながら出てきたのは、白髪混じりの青髪、青眼の女性。
かなり高齢の方で、顔に沢山の
大きな濃い紫色のとんがり帽子を手に持ち、長くくねくねとウェーブした髪が特徴的だ。
「あんたのせいで、頭をぶつけた回数だけ金を取るよ!?」
「ごめんごめん!次から気を付けるよ!」
「その言葉を聞くのは一体何度目だろうねえ。」
「えへへー。」
「ん?知らない顔が居るね?」
俺とニルに気が付いた婆さんが、帽子を被り直して、聞いてくる。
「前に話した事があるでしょう?私達のパーティを助けてくれたカイドーさんと、ニルちゃんよ。」
「あー。そんな事を言っていたような気もするねえ。」
「アーテン婆さんにも色々と素材を渡したでしょう。あれを取ってこられたのは、この二人のお陰なのよ。言っていた気が…じゃあなくて、ちゃんと覚えておいてよ。」
「ひっひっひっ。冗談さ。覚えているよ。
うちのお得意様を助けてくれたらしいねえ。感謝するよ。」
「今はプロメルテ達に助けてもらっているから、お互い様だ。それより、随分と仲が良いんだな?」
プロメルテ達に代わって礼を言ってくれる程に仲が良いとなると、かなり仲が良いはず。
「何だかんだと言いながら、私達も長い付き合いだからねえ。
そんな昔の事は良いさ。それより、プロメルテとペトロは、あれを取りに来たんだろう?出来ているよ。」
「わー!ありがと!さっすがアーテン婆さん!仕事が早い!」
「ったく。ペトロはいつも調子ばかり良いんだから。」
アーテン婆さんは、奥へ入っていくと、直ぐに戻ってきて、ペトロに何かを手渡す。
「それは?」
「アーテン婆さん特製の罠だよ!トラップ!」
「これが?」
見た目は小物入れの箱程度のサイズ。縦横高さ十センチ程度の小さな箱だ。特に飾り気の無い木製の箱で、怪しい部分は特に無い。
「どういう使い方をするんだ?」
「これを地面に埋めておいて、上をモンスターが通ると、魔法が発動するの!
裏に書いてある印によって、どんな魔法が発動するのか分かるようになっているの!」
ペトロが箱を裏返すと、模様が彫り込んである。
ターナもプロメルテも居て、敢えて魔法ではなく、道具のトラップを使うのは、魔力を節約する為だろう。
「へえ。振動を感知して魔法を発動させるのか。
という事は、蓋を外してから埋める感じなのか?」
「凄ーい!正解!側面と上の面は、蓋になっていて、外してから地面に埋めるんだよ!」
「へえ。坊やには魔具の知識があるようだね。」
「少しだけな。趣味みたいなものだ。」
というか…坊やとは…いや、まあこんな婆さんからしてみれば、坊やかもしれないが…
「なるほどねえ。悪くない子だ。
ここへ来たって事は、何か探しているんだろう?どんな物を探しているんだい?」
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