第290話 誓角
ユラがセナに散々虐められた後、私達は街の小物屋へと向かった。
セナがよく行く大通りに、そういったお店が立ち並ぶ場所があるらしく、その通りへ向かったところ、確かにお店は沢山立ち並んでいた。しかし、街がこの状態で、店を開けられる状況の店は少ないのか、半分は閉まっていた。
「半分くらいしか開店していないけど、十分楽しめるわ。
シンヤさんとニルは、もうすぐ大陸へ戻ると聞いたし、その前に、この島で楽しい思い出も沢山作って行って欲しいわ。」
「今日の集まりは、リッカ様の歓迎と、ニル様の送別なのです。」
セナ、ユラ、サクラ様が、笑顔でそう言ってくれる。
私はそんな事を考えてくれているとは思っておらず、ビックリしてしまった。
自分に友達が出来て、尚且つここまでしてくれるなんて、奴隷商を渡り歩いていた時には想像もしていなかった。
「よーし!最後に楽しく街を回って思い出にしよう!」
片腕を突き上げて張り切るセナ。
本当に、この島に来られて良かった。
悲しい事件があったり、沢山の死人が出てしまったけれど、他の何にも替えられないものを手に入れられたと思う。
「はい!」
それからは、空が赤く染るギリギリまで、皆であっちこっちと店を回って楽しんだ。
自分でも驚くくらい五人の時間は楽しかった。ご主人様と居る時とは、また違った楽しさで、時間も忘れて笑い合えた。
そして、空の色が変わり始めた頃。
「はー!楽しかったー!」
「楽し過ぎて名残惜しいですね。」
「寂しい事言わないでよー!サクラー!」
「こうして五人で集まれる時は、当分の間、来ないかもしれませんが、必ずまた来ます。」
「約束だよ!ニル!」
リッカを含めた四人が、寂しさを隠すような笑顔を見せてくれる。リッカも、今日一日で、少しだけ笑うのが上手くなった。
「必ずまた来ます。その約束を守る為に…ではありませんが、これを皆様に。」
私は小さな木彫りの桜の花が紐に繋がれた物を取り出す。
着物の帯や、何かの持ち物に付けても使える物で、たまに、違う木彫り細工を付けて歩いている人を見たから思い付いた。
丁度五つ揃った物があった為、四人に内緒で買っておいたのだ。
「可愛いー!」
「ア、アタシには可愛い過ぎないかな?」
「ユラも可愛いので、十分似合いますよ。」
「アタシが可愛いなんて言うのは、ニルくらいだけど…」
「うちは、そんな事ないと思うよ。恋する乙女だしね!」
「もー!セナー!」
「ニル様。ありがとうございます。大切にしますね。」
「リッカも大切にする。」
「ふふふ。はい!また必ず五人で会いましょう!」
こうして、解散となった私達は、それぞれの場所へと戻って行った。
セナがサクラ様を送り届けてから自分の工房に帰ると言ったので、一度サクラ様を送り届けてから、私はセナを工房に送り届ける事にした。
復興が急がれているとはいえ、まだまだ元通りとはいかない状況の中だと、人の心も
セナは自分の身を守れるとは言え、女性であり、男に囲まれでもしたら恐怖で足が
そういう状況になってしまうかもしれない街の状況だし、セナに渡したいものもあったから。
「本当に一人で大丈夫なのに。」
セナは私が送り届けると言ったら、そんなの悪いからと断ろうとしたけれど、無理矢理私が付いてきた。
真っ赤に染る空を見上げて、セナと横並びで歩いていく。
「セナは可愛いので、危ないから駄目です。」
「……ありがとう。」
「いえ。お礼を言うのは私の方です。」
「ニルが?何で?」
「私は、大陸では奴隷と呼ばれる存在だということは、お話しましたよね?」
「ええ。」
「そんな私が、どんな生活を送ってきたかは、ゴンゾー様を知るセナならば、分かると思います。」
「……知っているだけで、本当に理解してあげることは出来ないわ…」
セナは、それがさも悪い事かのように顔を伏せるけれど、私はゆっくり首を横に振る。
「いいえ。理解して欲しいのではありません。寧ろ、それをセナが理解するなんて、あってはならない事です。」
その生活を本当の意味で理解出来る人は、その生活を体験した人。セナにあんな暗く苦しい生活なんて知って欲しくない。
「…………」
「私が感謝しているのは、そんな私を友と呼び、沢山の素敵な時間をくれた事です。奴隷ではなく、人として。」
「そんなの当たり前じゃない?」
「いいえ。当たり前ではないのです。大陸では、奴隷はあくまでも奴隷なのです。
中には、そんな事は関係無いと仲良くして下さる方々も居ますが、本当に一握り…いえ。一摘みです。
どうしても、奴隷という意識は抜けません。」
「……ゴンゾーの事と同じ…ね。」
「はい。似たようなものです。しかし、大陸の奴隷というのは、もっと酷いのです。
この枷は、契約した主人を害したり、害さずとも命令に背けば、私達奴隷を殺すように出来ています。」
「少しだけシンヤさんから聞いていたけど…人を道具のように……最低!」
「ですが、それが大陸では当たり前なのです。
そして、幸運な事に、私には有りませんが、普通、奴隷には、焼印が有ります。」
「焼印?」
「はい。一度奴隷に落ちた時点で、焼印が額に焼き付けられ、二度と人に戻る事は出来ません。」
「そんな…」
「それが奴隷なのです。それが…私なのです。」
「ニルは…ニルだよ!」
「ふふふ。はい。セナならきっとそう言ってくれると思っていました。
セナは私を私として見てくれて、友達として、人として接してくれる、無二の友だと思っています。」
「ニル……」
「それに、針氷峰に登る時、セナは私の枷に手を加えてくれましたね?」
「寒いと危ないから…」
「はい。でも、大陸では、真冬の寒空の下、外に寝た事だってあったのですよ。」
「……………」
「そんな悲しい顔をしないで下さい。終わった事ですから。
それに、今はセナのお陰で、寒空の下でもへっちゃらです。」
セナは無言のまま、私の手を握ってくれる。
セナの体温が、手を通して伝わってくる。
「枷の事まで考えて、しかもそれをどうにかしてくれるなんて、初めてのことでした。その上で、枷を外せたら良かったのにと、セナは自分を責めていました。
本当に嬉しかったんですよ。」
「ニルー!」
セナは私に飛び付いて抱き締めてくれる。
「そんなセナの事が、私は本当に大好きです。」
「うちもニルが大好き!大好きだよ!」
「ありがとうございます。ですから…あの時の感謝も込めて、セナにこれを受け取って欲しいのです。」
私は抱き締めてくれるセナをゆっくりと離し、渡す物を取り出す。
「これは……あっ!
「はい。」
ご主人様が、ゴンゾー様や四鬼様達から受けた誓い。
それが、誓角と呼ばれるもの。
友の為に角を切り落とした男と、それに感謝を示す為に自らの角を切り落とした男。
信用を得るために自らの角を切り落とした男は、角を上官に渡したが、真犯人を見付け出した後、謝罪と共に角を返されたらしい。
返されたからといって、また取り付ける事など出来ないのだけれど、それを返さないという選択肢は、上官には無かったのだと思う。
男は友の命が救われた事だけで満足していた為、そんな物は捨ててしまおうとしたのだけれど、友が角を切り落とした後、その角を交換した…らしい。
これは昔話というよりは、そう信じられている、という類の話みたい。
ただ、この話から、友への感謝を示す時や、再会を誓う為に、鬼人族の角を模した細工品を手渡すという風習が生まれた。
これは異性ではなく、同性に送る物で、本当に仲の良い相手に渡す物らしい。けれど、それも随分と昔に
何故そんな事を私が知っているのかと言うと、サクラ様に聞いたのだ。
ご主人様が角取の義を受けた後に、サクラ様が、私とセナに、こんな風習も昔はあったのですよ…と、教えて下さった。
その時、私はこれを渡そうと決めた。
ご主人様に頼み込んで、型から自分で作り上げた。
サイズは親指の先くらいの物で、特別難しい形状でも無かった為、作るのはそれ程難しくはなかった。
「サクラが教えてくれた……これをうちに?」
「はい。セナやご主人様みたいに上手くは出来ず、不格好で恥ずかしいですが…」
手の中で転がる角を模した細工品が、コロコロと転がる。
「ニルが作ったの?!」
「は、はい…」
「嬉しい!ニルー!大好きー!」
「わわっ?!」
受け取るより先に抱き着かれるとは思っておらず、びっくりしてしまった。
「受け取って下さいますか?」
「当然でしょ!超大切にする!」
「ふふふ。ありがとうございます。」
「って…よく見たら、これ
素材は色々と考えたけれど…細工に向いていて、贈物として喜ばれる金属と言えば、金だろう!と、ご主人様に教わり、金を使用した。
「だ、駄目でしたか?」
「全然駄目じゃないけど…高価な物だからびっくりしたの。」
「細工品には向いていると聞きまして…」
「まあ、確かに金は扱いが簡単な金属だけれど…って、駄目ね。こんな時まで素材の話なんて。」
「ふふふ。それでこそセナですよ。」
「駄目駄目!時と場合を考えないとね!
ニル!ありがとう!絶対にまた会おうね!」
「はい!必ず!」
セナには紐付きにしてネックレスとして渡した為、直ぐに自分の首に掛けてくれた。
誓角は二つで一つなので、自分の分は、ご主人様に掛けて頂いたネックレスの紐に通してある。
ご主人様も、私も、この島では、本当に多くのものを貰った。
全てが終わったら、またこの島に来たい。ううん。絶対に来てみせる。
セナを工房まで見送り、私はシデン様の屋敷へと戻った。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ニルが一日楽しんで、少しの寂しさを表情に滲ませて帰ってきた日の翌日、俺達はアマチに呼ばれ、城へと足を運んでいた。
「よく来てくれた。シンヤ。」
アマチの傍にはゲンジロウとランカ。
二人とも未だ傷は痛々しいが、随分と良くなったのか、正座して横に控えている。
「ああ。最後の打ち合わせ…だよな。」
「許されるのであれば、シンヤを引き抜いて、ずっとこの島に留めておきたいくらいではあるが、それをすると大陸の者達が困ってしまうだろうからな。」
「そこまでの評価を受けられているとはな。」
「皆の話を聞けば聞くほど、シンヤとニル、そしてラトの貢献が無くては、今回の事を収拾し切れなかったと痛感しておる。」
「それは言い過ぎな気もするが…今はそんな話をしている場合では無いだろう?」
「そうだな。早速始めるとしよう。ゲンジロウ、ランカ。詳細の説明を。」
「「はっ。」」
アマチに言われた二人が、俺達へ向き直り、説明を開始する。
「まずは、私の方から、現在の状況について御説明致します。」
今更、そんなに
「現在、街の建築物の復興は約四割です。」
「そんなに少ないのか?もっと進んでいるように見えたが…」
「街の主要な地域は、かなり進んでおりますが、それ以外の場所は、ほとんど手付かずの状態です。街全体を見れば、四割程度。それでも、かなり早い方です。」
「言われてみるとそうか…」
日本に居た時に、大震災等で破壊された街が復旧するまでには、かなりの時間が必要だった。それと比較したら、現時点で四割というのは、驚くべき数字だろう。
「現在は四割程度ですが、城の復旧を優先して行っていた事が影響していると見ております。しかし、それも先日終わりましたので、ここからは更に復旧速度が上がる事と思います。完全な復旧も遠い未来の事ではありません。」
「街の皆が動いてくれて、こちら側としては有難い限りだ。地震等の災害に比べ、全体的な損傷ではなく、局所的な損傷となっている事も、復旧が早い要因となっているのだろう。」
ゲンジロウの言葉は正しい。いくらゲンジロウ達が呼び掛けても、街の人々が動かなければ、復旧は遅遅として進まない。
平民以下の彼等が自主的に動いてくれた事が大きいだろう。
「続いては、兵力に関してですが…残存兵力で、今直ぐにでも出られるのは、全体の六割…ですね。」
「思っていたより多いな。」
「兵力の大半は、騒動の際、街の外に居ましたので、被害が出ませんでしたから。」
兵力の全てが街中に居るはずなどない事は、少し考えれば分かる事。
いくら鬼士隊の連中の数が多いとは言え、それはあくまでも戦闘に参加している者達の数を見ての話だ。全ての兵が集まれば、一瞬で潰されてしまう。
だからこそ、ガラクは内側から暴動を開始し、外に漏れて兵力が集まる前に、一気に鬼皇を取る必要があったのだ。
「しかし、これはあくまでも全てを
街の復旧や、親族を亡くした者も大勢居ますので、士気はこれ以上無い程に低いですし、全てを動かせば、街がどうなるか保証出来ません。」
「街に被害が出ずに、動かせるのはどれ程になるのだ?」
「…全体の二割半。と言ったところでしょうか。ギリギリの数なので、安全な状況を保って…となると、二割が限界でしょう。」
「二割…か。
それならば、街を安定させるのにどれくら掛かる?」
「
「一ヶ月後に出せる兵の数ならばどうなる?」
「三割程でしょう。」
アマチとランカのやり取りが続き、大体今の島の状況が把握出来る。
復旧に関してはそれ程心配は要らないが、兵力となると話が違うようだ。
不正を働いていた者達と繋がっていた街の外の連中も居るだろうし、そういう事を含めて、この時間と数を計算しているはず。
お上の連中の問題は、想像よりずっと根が深いらしい。
「と、言う事だ。
シンヤ。一ヶ月後に、島の兵力の三割。これが朕が出せる兵力の全てである。
協力を惜しまないと約束しておきながら、この程度しか出来ない朕を許してくれ。」
「許すも何も、援助を約束してくれれば、それだけで万々歳だよ。
本格的な戦争が始まるのは、どれくらい先の事になるかは分からないが、その時は頼りにするはずだ。よろしく頼む。」
「相分かった。必ずや援軍を出すと約束しよう。
それと…」
アマチがランカを見ると、ランカが立ち上がり、俺の横へ来て、一枚の紙を置く。
「それは朕の名において、鬼人族が全面的にシンヤ達の勢力と手を組むという事を記した書簡である。」
「これは有難い。」
当初の目的である、鬼人族からの書簡を手に入れる事が出来た。百層もある特大ダンジョンを抜けてきた甲斐があったというものだ。
俺はその書簡を受け取る。
「次に、シンヤ達が来た時に聞いていた話の中に、我々鬼人族が大陸に出た際、大陸側の王の何人かが、支援を約束してくれている…というものがあったと思うのだが、それは今も変わらぬのか?」
「それは変わらないぞ。約束は守る。」
「あの時は、側近の連中に任せていた為、難色を示したと聞いたが、今となってはこちらから願い出たいくらいだ。
だが…神聖騎士団とやらに、こちらの手の内を晒す可能性を考えると、我々鬼人族が大陸へ移る時は、シンヤ達の援軍として渡る時にした方が良いと思う。」
「大陸に渡ったのに、神聖騎士団と合流しないのは何故だ…って話になるわな。
となると…鬼人族が大陸に渡るより先に、拠点となる場所を確保しておくのが一番良さそうだな。」
「それが理想的ではあるが…そんな事が可能なのか?」
「………少し知り合いに当たってみる。恐らく大丈夫だとは思う。」
「そうか!それは重畳!それでは、こちらからは、数人、変装が上手く、情報の収集能力に長けた者を送り込む。」
「その者達を起点として地盤固めをしていくんだな?」
「ああ。それに加え、コハルの事も話してある。上手くやってくれる事だろう。」
「それなら、俺達が近くに居なくても何とかなりそうだな。」
「あまりシンヤ達の手を借り過ぎるのも良くないからな。向こうでの事は自分達で上手くやってみせる。」
「分かった。それなら俺達は元々の目的の為に動くとするよ。」
「是非、そうしてくれ。
今後の動きに関しては、地盤固めが中心となる為、鬼人族としてはほぼ動けないと思ってほしい。
その時が来たならば、我々の島に手を出した報いを、神聖騎士団に受けてもらうがな。」
「よく理解した。それでは、こちらもそのつもりで動くように、族王達に伝えておくよ。」
「ああ。手間を掛けさせてすまないが、よろしく頼む。」
「手間という程のことではないさ。」
「……シンヤ。改めて、鬼人族を代表して礼を言う。本当に助かった。感謝する。」
「礼は物で受け取ったから大丈夫だ。」
食材やら素材やら、とにかくこの島で手に入る物はほぼ全て貰ったのではないかという程の礼を、先程貰った。
断る必要も無いし、日本に似た島の品は、どれも肌に合うので、遠慮無く、全て、インベントリへと保存しておいた。
「……それでは、名残惜しくはあるが、また会える日を期待しながら、送り出すとしよう。
ゲンジロウ、ランカ。二人もシンヤとは親しくしていたのだろう。見送ってやると良い。」
「「はっ。感謝致します。」」
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