第二十二章 大陸へ

第291話 大陸へ

アマチとの会合を終えた俺達は、一時、シデンの屋敷へと足を運び、サクラとシデンに合流した後、東門へと向かう為に歩き出す。


門を出ると、セナ、ユラ、そしてリッカまで居る。見送りに来てくれたらしい。


全員が全員、別れを惜しむ為に、ゆっくりと歩いていく。


何のことは無い、他愛無い話を続けていても、東門が近付いて来ると、少しずつ皆の口数が減っていく。


そして、東門で待っていた、四鬼と副四鬼の姿を見ると、ユラが目を擦る。


「もうお別れですか…本当に寂しくなります。」


サクラは、眉を寄せて、俺とニル、そしてラトを見る。


『僕も寂しくなるなー…』


「ラトも寂しいってさ。」


「またいつでも来て下さいね。」


『うん!ありがとう!』


ラトは、もうすぐベルトニレイの居る島へと渡る。

そうなれば、なかなかサクラに会いに来る事は出来なくなるだろう。でも、それは決定事項ではない。また、来られる可能性はある。特に、鬼人族は長寿の種族だし、可能性は高いはずだ。


「シンヤ様も、ニル様も…どうかお気を付けて。」


「ああ。」


「………今度来た時は、俺とも手合わせしてくれよ。」


少し乱暴な言い方だったが、シデンなりの優しさなのだろう。男同士の別れなど、こんなものだ。


「ああ。次に会った時にな。」


「俺も…と言いたいところだが、この体では一本も取れんだろうな。」


「刀の替わりに、酒でも交えれば良いだろう?」


「ぐはは!良い事を言うじゃあないか!そうするとしよう!」


ゲンジロウは、想像通りにサバサバした別れを告げる。


「ユラさん。別れるのが辛いのは分かりますが、何か言った方が良いですよ。」


ランカは、既に泣きじゃくり始めていたユラの背中を摩りながら、ニルの前へと連れていく。


「ニルー…ヒック……うあぁ!寂しいよー!」


「二度と会えないわけではありませんから。そう泣かないで下さい。」


ユラを抱き締めて、目の端に涙を溜めるニル。


「ランカ様…いえ。師匠。ありがとうございました。」


ランカに礼を言うニル。


「無理をしないように…と言っても、ニル様は無理をしてしまうと思いますので…最悪の事態にはならぬよう、お気を付けて。」


「……はい。」


「シンヤ様も、どうかお気を付けて。」


「ああ。」


「しかし、もしも、何かあれば、私が生涯養って差し上げますので、安心して下さいね。」


「そんな情けない男にならないように気を付けるよ。」


「ふふふ。」


ランカは、いつもより、少しだけ寂しそうな微笑を見せてくれる。


「オラも、もっと強くなって、有事の時には、シンヤ達を助けるよ。」


「ああ。頼りにしているよ。」


テジムは簡単な挨拶をしてくれる。


「ニル。」


「セナ。」


セナはしっかりとした表情で、ニルの前に立つ。

ニルの顔を見た後、セナはゆっくりと俺に顔を向ける。


「シンヤさん。ニルはシンヤさんの為なら、どんな無茶でもやってしまうから、しっかり見ておいてね。」


「セ、セナ?!」


「…ああ。分かった。」


ニルは焦っているけれど、それが本気だということは、目を見れば分かる。


「ニル。」


「は、はい?」


「シンヤさんも、ニルの為ならどんな無茶でもするから、しっかり止めるのよ。

多分、シンヤさんを言葉だけで止められるのは、この世界にニルだけしか居ないから。」


凄い言われようだ…まるで暴走機関車扱いだな。

いやまあ、間違ってはいないとは思うが。


「……はい。」


「うちとの約束…破る事は許さないからね?」


そう言って、セナは首元辺りを片手で触れる。


「はい。」


ニルも、それに応えて、首元に手を置く。


カチャリと音が鳴ったのを聞くに、角を模した細工品は渡せたようだ。


「それでは、ダンジョンまでは拙者が同行するでござるよ。」


最後に、握手をしたり、ハグをしたりして、門を潜る。


「必ずまた!」


俺達が門を潜り抜け、見えなくなるで、皆は手を振ってくれていた。


「……何か妙な気分でござるな。」


唐突に口を開いたゴンゾーが、そんな事を言い始める。


「腹でも壊したか?」


「そういう事ではないでござるよ?!」


「ははは。冗談だ。冗談。」


「ぐぬぬ…シンヤ殿には揶揄からかわれてばかりでござるな…まあ、それがシンヤ殿でござるか。」


「ゴンゾーは反応が良いからついつい…な。それで?どうして妙な気分なんだ?」


「拙者がシンヤ殿達と出会い、ダンジョンを抜けてきたのは、つい先日の事でござる。

この四人で、この道を街に向かった時の事を、鮮明に覚えているでござる。

それなのに、ラト殿は気が付いたら姿が大きく変わっているでござるし、拙者も、紋章眼を発現しているし…あの時とは全然違う状態で、同じ道を歩いているでござる。」


言われてみると、確かにその通りだ。


街に入ってから、二ヶ月弱しか経っていないのだから、何もおかしくはないが、この島に来てからは、非常に濃い二ヶ月間を過ごした。そのせいか、何年も経ったような感覚が有る。


『僕も大陸に居た時とは全然違うもんなー。』


「あの時は、ゴンゾーもまだモジャモジャ顔だったよな。」


「最初はモンスターかと思いましたよね。」


「そういえばそうでござったな!」


昔話という程昔でもないのに、凄く懐かしい話をしているような…確かに妙な気分だ。


「あのゴンゾーが、今やオウカ島における、最強の一角にまでのし上がったんだから、世の中何が起きるか分からないものだよな。」


「あの時の拙者は、実質的に、死に損ない以外のなにものでもなかったでござるからな!ぶっふぁっふぁっ!」


それから少しだけ、出会った時の話に花を咲かせるが、楽しい時間というのは、過ぎ去るのが早いもので、直ぐにダンジョン近くまで辿り着いてしまう。


ダンジョンへ入る入口には、コハルと、数人の鬼人族が立っている。


「もうそろそろお別れでござるな。」


「そうだな。」


「話をしてみると、本当に色々とあったでござるが………言いたいことは一つにござる。」


ゴンゾーはニカッと笑う。


「またいつか!」


別れの最後まで、ゴンゾーはゴンゾーだった。


きっと、ゴンゾーが今後統治する東地区は、良い場所になる事だろう。


ゴンゾーが見守る中、俺達はダンジョン前で待っている者達の方へと向かう。


「もうよろしいのですか?」


「ああ。」


俺達に声を掛けてきたのは、レンヤ。


副四鬼という立場までありながら、この場に居るのは、西地区が被害をほぼ受けていなかった事や、変装や情報収集能力の高い忍であることを加味しての人選だろう。

大陸に渡る集団にも、指揮する者が必要だ。

同じようなスキルを身に付けている忍連中をまとめる為にも、レンヤという存在が最も適した人選なのだろう。


申し訳なさそうに、端で頭を下げているのは、コハル。


俺やランカを裏切ったような形になった事を申し訳なく思っているのか、眉を寄せている。


「行こう。」


レンヤに声を掛けて、俺達は、大陸へ向かうダンジョンの通路へと足を踏み入れる。


「ここから先は、引き返す事が出来ないので、気を付けて下さい。」


「分かった。」


久しぶりに見る、ツルンとした水色の石材。


俺達が出てきた出口とは少し位置が違う場所に、大陸側へと通じる一本道が存在し、そこへ入れば、後はひたすら前を見て歩いて行くだけだ。


「シンヤ様。」


ダンジョンの石材の上を歩き始めて直ぐに、レンヤが声を掛けてくる。


「シンヤで良いぞ?」


「それは流石に……では、シンヤさん。」


「まあ良いけど…どうした?」


「大陸についてですが…我々は一般的な常識等も、ほぼ分からない為、向こうに着くまでに、色々と教えて頂きたいのですが。」


「それもそうだな。ただ歩いていくのも何だし、色々と話をしながら行くとしようか。と言っても…俺よりニルの方が詳しい事も多いから、ニルから聞くことの方が多いとは思うが。」


「宜しくお願い致します。」


「私が知る事であれば、何でもお話し致しますよ。私も奴隷という立場なので、少し特殊かもしれませんが。」


「その…不躾ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、まずは、そのという制度からお聞きしてもよろしいでしょうか?」


という話から始まり、俺とニルによる大陸講座が開かれた。


奴隷、貴族、平民。地位や権力については鬼人族とそれ程変わらないが、奴隷には奴隷紋や枷がある事や、種族間でのいざこざ。鬼人族は特殊だから、もしバレれば奴隷にされる可能性がある事や、神聖騎士団に見付かれば、島が大変な事になりかねない事。

大陸では、種族によって大別されている事が多いという話や、三つに大きく勢力が別れていること。また、その内訳。ギルドや冒険者の存在等、とにかく話せる事は全て話した。


「我々は本当に小さな場所で生きてきたのですね…」


「まあ島だからな。」


「とは言いましても、鬼人族が弱いという事はありません。寧ろ、身体能力だけで言えば、かなり高い方だと思います。」


「しかし、戦闘は基本的に、魔法が主体なのですよね?」


「神聖騎士団との戦闘のような、大規模な戦闘ではそうだが、冒険者の行う戦闘や、小規模な戦闘では、魔法を使わない者達も居る。」


「ご主人様のように、次々と上級魔法を放てる人は、元々魔力が高い種族であっても、なかなか居ません。

ご主人様を基準にして考えてしまうと、きっとガッカリしてしまいますよ。」


「ニルが虐めてくる…」


俺はレンヤにヨヨヨ…と寄っていく。レンヤは俺が冗談でやっている事に気が付いて、困ったような顔をする。


「えっ?!い、いえ!そのような事は!ご主人様は特別なお方だと……って、笑っていますよね?!」


俺が顔を背けて笑っている事に気が付いたニルは、頬を赤く染めて怒ったような顔をする。


「空気が重かったから、ちょっとしたお茶目だ。」


「もー!ご主人様!意地悪です!」


「ごめんごめん。許してくれ。」


「………ゆ、許します。」


ニルはいつも直ぐに許してくれちゃうから可愛いんだよなー。


「話が逸れてしまったが、実際、ニルの魔力量でも、かなり多い方だ。

冒険者の殆どは、初級から中級の魔法を数回使える程度。魔法が生活に密着しているという部分では大きく違うが、魔法をバンバン撃ちまくる怖い集団とは違うぞ。」


「それを聞いて少し安心しました。」


「大抵の冒険者ならば、単純な剣の腕だけで、鬼人族を欲しがるはずだ。」


「魔力量の多い冒険者は、どれくらい居るのですか?」


「そうだな…さっき話した冒険者のランクは覚えているか?」


「はい。」


「その中でも、Aランク以上の冒険者達のパーティになると、一人は魔力量が多い者が居ると考えても良いだろう。

Sランクの冒険者ともなれば、ニルに近いか、それ以上の者達が居る感じだな。」


「冒険者はSSランクまで有ると聞きましたが、その方々は…?」


「SSランクの冒険者は、数えられるくらいしか居ませんので、あまり考えなくても良いと思います。

ただ、神聖騎士団の聖騎士と呼ばれる連中や、それに近い実力を持つ者達等、魔力量が多い者が居るのも事実です。

剣術とは違い、魔法というのは、魔力が有り、魔法陣さえ描く事が出来れば、修練しなくとも大きな攻撃力を発揮出来ます。当然、戦闘経験が有る者と比較してしまえば、脅威度は下がりますが、侮っていると痛い目を見ますよ。」


「それはこのダンジョンのモンスターで、よくよく経験しています。」


「このダンジョンを越えた事があるのならば、魔法の脅威性については大丈夫そうだな。」


「はい。」


「鬼人族は、見た目はほぼ人族と変わらない。角さえ上手く隠していれば、簡単にバレる事は無いだろう。身体能力が高いという事を前面に出していれば、魔法が苦手でも、変に思われる事は無いはずだ。

このダンジョンを抜けるまでに、全てを教え切るのは難しいが…その後の事は考えてある。俺の交渉次第ではあるが、上手くいけば、レンヤ達の助けになるはずだ。

取り敢えず、冒険者へ変装するのが最も簡単だろう。」


「何から何まで、本当にありがとうございます。」


「俺達がオウカ島に行った時は、皆がオウカ島の常識を教えてくれたから、お互い様だ。」


レンヤは、テジム同様に、あまり感情を表には出さない。レンヤというよりは、忍は…と言い換えた方が正しいかもしれないが。それ故に、彼等の言葉には嘘が無い。感情を読み取り難いからこそ、言葉に重きを置いているのだろう。


「それにしても…」


端で静かに、極力他の者達の視界に入らないようにと静々歩いているコハル。鬼人族全体に対して負い目があるとはいえ、このまま先に進めば、変な集団だと思われてしまう。女性一人をしいたげる悪漢パーティ…という噂が広まってもおかしくはない。

そうなってしまうと、今後の活動に影響が出てしまうし、大陸に着く前に、コハルとの関係性を改善しておくべきだろう。


俺とニルを含め、この中にコハルの全てを許せる者は居ないだろう。彼女のした事はとても重たいから。

それでも、アマチの判断で、大陸に渡り、鬼人族の為に動くと、契約までして誓ったのだ。水に流すとまではいかなくとも、譲歩じょうほは必要だろう。

しかし、鬼人族である彼等から、コハルに譲歩しろとは言い辛い。となれば、俺とニルが上手く間に入るしかないだろう。


休憩のタイミングで、コハルに近付いて声を掛ける。


「コハル。」


「は、はい?!」


俺に話し掛けられるとは思っていなかったのか、声を裏返らせる。


「随分と緊張しているみたいだな。ここはモンスターも出ないし、安全だぞ?」


「は…はい。」


コハルは返事をしながら俯いて、俺への視線を切る。


「……後ろめたいのか?」


「っ?!」


俺の言葉に、肩をビクリと硬直させる。


「…はい…コハルのやった事は、シンヤ様も、ランカ様も、ムソウ様も裏切る行為ですから…」


「許すとは言えない。多くの人が死んだし、ニルも酷い怪我だったからな。」


コハルは更に首を下に向ける。


でも、言い訳をしようとはしない。浴びせられる罵倒を待っているようにさえ見える。まるで怒られると分かって震えている子犬のようだ。


「でも、それはもう終わった話だ。鬼人族の居ない地に追放され、これからは自分の力で生きていくしかない。

女性の身で、それは大変な事だと思うし、それが罰になるはずだ。だから……俺とニルがコハルを責めることはしないよ。」


「そ、そんな……コハルは全ての人を裏切ったというのに!」


「甘えないで下さい。」


コハルの言葉に、ニルがピシャリと言葉を叩き付ける。


「ご主人様の優しさを利用して、責めて貰えるなどと思わないで下さい。」


「そんなつもりは!」


「無いとでも?」


「っ……」


「自分のした事が、人を傷付けると知っていながら、行動に移したのは、あなた自身です。他に選択肢が無かったのかもしれませんが、やった事の責任は、他の誰でもなく、あなた自身が取らねばなりません。」


「………はい…」


「分かっているならば、今、あなたがしなくてはならない事は、何ですか?」


強い言葉を叩き付けていたニルが、少しだけ柔らかい言い方でコハルに問う。


「……………」


コハルは僅かに逡巡しゅんじゅんしていたが、唇を強く噛んだ後、立ち上がる。


「あの!」


コハルは大きな声で、その場に居た全員の注目を集める。


「…コハルは本当に万死に値するような事をしました。許して頂けるなどとは思っておりません。この先どれ程辛い事があっても、それがコハルへの罰であるならば、甘んじて受けましょう。ですが、コハルは鬼皇様と約束したのです。生きると。

そして、二度と島の皆を裏切らないと誓ったのです。

信じて下さらなくても良いのです。ただ、この大陸への進行が失敗してしまえば、島の皆が危険に晒されてしまいます。それだけは絶対に避けねばなりません。ですので、殺したいと思っていたとしても、他の者から疑われない程度に装って下さい。」


「「「「………………」」」」


「鬼皇様は、あれはツユクサの罪であり、コハルの罪ではないと言葉にして下さいましたが、それを真に受ける事はありません。

全てはツユクサの罪であり、コハルでもある自分の罪です。

毎日、何万という人から死んで欲しいと願われている事を、コハルという名前に、感じて生きていく事こそ罰であると考えております。

アマチ様が与えて下さった罰を、しっかりと受け切る為に…どうか矛を納めては頂けないでしょうか。」


コハルの言葉に、忍の者達から僅かに感じていた殺気が引けていく。


「我々は主の決定に従うのみ。

神聖騎士団との関係性を考えた場合、大陸での活動に、コハルの存在は必要不可欠。このままダンジョンを抜けてしまえば今後の活動に影響が出る事は、誰の目から見ても明らか。

ここは一度、気持ちを白紙に戻し、任務を確実にこなす為に動くのが最善。」


レンヤの言葉に、忍の者達は小さく頷く。全員一致の見解のようだ。


「ありがとうございます。」


「礼はいらぬ。我等は我等の為にやるだけの事。

それより、大陸に着いた後の事を細かく擦り合わせておこう。

シンヤさんの話を聞いた今ならば、もう少し詳細な打ち合わせも可能だろう。」


そう言って、今度は歩きながら、大陸に移った後の事を話し合い始める。


コハルは神聖騎士団との連絡を取れるように、例の通信魔具を持たされている。

相手の位置がある程度分かる魔具だったはずだが、大きく見れば、島の方角という事に変わりは無いし、バレたりはしないはずだ。万が一、大陸に来ている事がバレたとしても、コハルの能力があれば、どうにか出来るはず。

それに加えて、レンヤ達も居るのだから、下手な事をして大乱闘というのは避けられるはず。

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