第289話 女子会

「私よりも、四人の方がずっと綺麗で可愛いと思いますよ?」


「ニルはそれを本気で言うからなー。」


「思っている事を言っているだけなのですが…」


「あー!そういうのはもう良いから!取り敢えず行くよ!」


照れ隠しをするセナが先頭に立って、街中へと進んでいく。


「リッカ。大丈夫?」


「ちょ…ちょっと緊張する。」


リッカにとっては、初めての街。

力が制御出来ずに、神殿に篭っていたくらいだから、何かあってはいけないと、緊張しているみたい。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私達がついていますから。」


一応、サクラ様とユラには、リッカの事を話しておいたけれど、最初にリッカを見た時は、流石に怖がっていた。

リッカの話に出てきたユキナという女性が特別なのであって、普通は恐れを感じるもの。こればかりは本能で感じ取ってしまうのだから、意識していても抑え込めるものではない。

リッカもそれは理解しているみたいで、別に気にしていないと言っていた。

ただ、顔を合わせて少しすると、それにも慣れてきて、サクラ様もユラも、優しいリッカに、とても親しく接してくれるようになった。出会ってから一時間もしないうちに、リッカは完全に私達に溶け込んでいた。


「まずはどこへ行くの?」


ズンズン進んでいくセナに、ユラが声を掛ける。


「最初はゆっくり朝食を食べられるお店にいくつもり。うちのお気に入りのお店。」


「セナのお気に入りとなれば、期待出来そうね。」


「私も話には聞いていたのですが、行くのは初めてなので、ワクワクしています。」


サクラ様は、基本的に外食はしなかった。というか、そもそも屋敷から出なかったから、いつも話を聞くだけで、想像するしかなかったらしい。


「ご飯?」


「はい!リッカさん。行きますよ!」


サクラ様が手を引いて、リッカを連れて歩く。


最初は恐る恐る歩いていたリッカだったけれど、サクラ様が手を握っているお陰で、私達と共に居れば、街を見回すくらいの余裕は出てきたみたい。


少し通りを歩くと、セナが言っていたお店に辿り着く。


外観は、あまり食事をするお店には見えず、お洒落しゃれな小物を売っているようなお店に見える。

大通りから少し奥へ入った場所に建っていて、中へ入ると、木製の椅子と六人用のテーブルがいくつか置いてある。


中に入ると、直ぐに店員が席を案内してくれて、五人でテーブルを囲んで座る。


「ここは色々選んで食べられて、軽くでも、しっかりでも食べられるから、好きなように選べるわ。」


「セナのオススメは?」


「うちはねー…」


セナの話を聞きながら、それぞれ食べたいものを選ぶ。

麺や米、魚に肉に野菜と、品数が多いお店で、自由に選べるという意味が直ぐに分かった。


私とユラは、朝から修練で体を動かしているので、しっかり食べられるメニューを。セナ、サクラ、リッカは、軽食を頼む。


「さてと…まずは、一応、今日一日の予定をサクラと立てておいたから、それを話すわね。ただ、別にその通りに動く必要は無いから、行きたいところとかあったら言ってね。」


「あー。アタシそういうのよく分からないから、セナとサクラに任せるわ。」


「リッカもよく分からない。」


「私もあまり…」


「分かってるわ。だから予定を立てたんだし。

行ってみて気に入ったりとか、気になる場所があれば、遠慮せずに言ってねって事よ。」


「皆様が楽しいと思える一日にしたいと考えておりますので、遠慮や我慢はしないで下さいね?」


「そういう事なら、何かあれば言うわ。」


「リッカも。」


「私もそうします。」


「よろしい!ということで…ここで朝食を食べて、少しゆっくりしたら、まずは呉服屋ごふくやに行きます!」


「アタシ外出用の着物があまり無いから丁度良かったわ。」


「へー。ふーん。」


目を細めてユラを見るセナ。


「な、何よ?」


「だーれに見せるつもりなのかなー?お酒の席ではずっと誰かさんの横でチビチビ飲んでたの知ってるわよー?」


「はっ?!えっ?!そんなつもりじゃないって!」


「えーえー。そうですとも。そんなつもりじゃないわよねー。その話は昼に聞かせてもらうからねー?」


「なっ?!」


耳まで真っ赤にするユラ。


「ごふくや??」


それに対して、リッカは首を傾げている。

街も初めてだし、呉服屋と聞いても、どんな店なのか分からないみたい。


「呉服屋というのは、着物の生地、つまり反物たんものと呼ばれる、服の生地を売っているお店の事です。」


呉服屋とは、出来上がった服を売っているお店もあるにはあるが、基本的には反物を取り引きするお店の事。呉服屋で反物を買って、自分で仕立てるか、仕立て屋に持っていくかして、服を作るのが一般的である。

私や、ご主人様の服も、仕立て屋に頼んで作ってもらったから知っていた。

最初から作られた物を売れば良いのに…と思ったのだけれど、着物を着て、何故そうしないのかよく分かった。大陸で普及ふきゅうしている服と違い、その人その人の体格に合わせて作らなければ、上手く着られないのだ。着物は、見た目よりもずっと窮屈きゅうくつで、自分に合った着物でないと、とても疲れてしまうのだ。

着物を借りて着た時に、私はそれを体験したし、サクラの着物を借りたリッカが、今まさに体験している事だと思う。私と違い、リッカは身体能力が人のそれとは違う為、あまり疲れを感じないかもしれないけれど、自分用に仕立てられた着物を着れば、その違いも分かるはず。


「リッカは服、持ってるよ?」


「確かに、リッカ様は服を持っていますが、女性というのは、色々な服を着て楽しむのです。」


「リッカも?」


「リッカ様はとてもお美しいので、きっとどんな着物を着てもお似合いになると思いますよ。」


「……シンヤも、アンガクも喜ぶ?」


「ふふふ。そうですね。きっと喜んで下さいますよ。」


「なら行く!」


サクラ様の優しさは、どんな相手をも包み込んでしまう。きっと世界共通の優しさなのだろうな…


「お待たせ致しました。」


「わー!美味しそー!」


食事が運ばれてきて、五人でそれを食べながら、今後の予定を話し合った。


呉服屋に行き、昼食、その後、小物屋に行き、暗くなる前に帰る。それが今日の予定。

折角リッカが来てくれたのだから、もっと遅くまで遊んでいても…と思うかもしれないけれど、街の復興が進んだとはいえ、未だ元通りとはいかない。そうなると、どうしてもすさんだ心の持ち主も沢山居て、女性五人で歩いていれば、良い的にされてしまう。

襲われてしまうから遅くまで遊ぶのは止めておこう。というわけではなく、私とユラだけならばまだしも、リッカの居る集団に絡んできたら、確実に相手が死んでしまう。それは避けたい。

それに、折角争い事が終わったのに、またこんな所で争い事に巻き込まれるなんて、嫌だ。加えて、サクラ様としては病が治って初めてのお出掛けだし、楽しいまま終わりたい。


という事で、私達は朝食を食べて、少しゆっくりした後に、サクラ様が贔屓ひいきにしている呉服屋へと足を運んだ。

贔屓にしているというと、サクラ様が足繁あししげく通っているように感じてしまうけれど、逆。

呉服屋が要請を受けて、売り物を持ってサクラ様の屋敷を訪れる。所謂いわゆる、屋敷売り、と呼ばれるもの。

まだ元気だった時は、サクラ様からも何度か足を運んだらしいけれど、体調が崩れ出してからは一度も行っていないらしい。


呉服屋の前まで歩いていくと、店の前に立っていた人が、こちらを見てギョッとした後、店の中へと駆け込んで行く。

すると、数秒後にポヨンとした男性が出てきて、こちらへ向かって頭を下げる。


「これはこれは!サクラ様!まさか足を運んで頂けるとは!」


「いつもお世話になっております。」


「いえいえ。こちらこそお世話になっております。

今日はご友人を…?」


「はい。大丈夫でしたか?」


呉服屋の店主は、リッカの雰囲気に気圧されているみたいだったけれど、サクラ様が心配そうな顔を向けると…


「勿論問題など有りませんとも。お好きなだけ居て下さって構いませんよ。」


ニコリと笑って目尻を下げる店主。

商魂たくましいとはこの事だと思う。リッカの圧力を感じていないはずがないのに、それ以降、主人は一切顔には出さなかった。


「このような場所に、このような麗人れいじんの方々が留まって居られると、道が混雑してしまいますので、中へどうぞ。」


サラリとそう言った主人が私達を中へと通す。


店主同様、店員達も、私達が入ってくると、一度ピタリと手を止め、こちらを見るけれど、直ぐに作業に戻る。教育が行き届いているお店らしい。リッカが居ても他の客と変わりない対応をしてくれそう。


「どうぞどうぞ。」


普通は、土間から上がったところで反物を見せて貰って買っていくのだけれど、店主は店の奥へと案内してくれる。

お得意様であるサクラ様のお陰に違いない。


別室に通された後、お茶とお茶請けまで出てきた。


「それで、本日はどのような物をお求めですか?」


「今日は皆で外行きの物を見繕みつくろうつもりで参りました。

どのような物が良いのか分からないので、お手間をお掛けする事になってしまいますが、色々な物が見たいのです。よろしいでしょうか?」


「手間などではありませんよ。私共も、気に入って頂けた物をお売りしたいので。」


「ふふふ。ありがとうございます。」


「それでは、少々お待ち下さい。」


「はい。」


そう言って店主が部屋から静かに出ていく。


「……はあぁぁ…相変わらずこういう扱いは慣れないわね。」


セナは溜息を吐いて肩の力を抜く。


「うちは男の客が多いから、もっとざっくばらんなのよねー。」


「アタシも得意じゃないのよねー。ニルはあまり緊張していないみたいだけど、慣れてるの?」


「そうですね……私の場合、ご主人様が王様に会ったりしますので、割と慣れていますね。」


「王……いえ。その程度ではもう驚かないわ。シンヤさんなら神様に会っていても、シンヤさんだから、で納得出来るわ。」


セナの言いたいことは分かる。ご主人様は、本当に雲の上の存在だから、寧ろ神様そのものかもしれない。うん。


「アタシも一ヶ月くらい近くで過ごしたけど、本当に凄い人よねー。どう生きたら、あんな風になれるのか詳しく聞いてみたいわ。」


「うちは少し話を聞いたりしたけど、涙無しでは聞けないわ。本当に大変な人生だったみたい。詳しくは話さないけど、絶望してもおかしくない人生なのに、あんなに優しくて強くて…なんて、反則よね。」


「師匠が、シンヤさんの優しさは本物だって言ってたわ。」


「本物ですか?」


「ええ。優しくて甘い部分もあるけど、それは誰にでも向けられるものじゃあないんだって。」


「相手を選ぶって事よね?でも、それって普通じゃない?」


「アタシもそう思ったけど、詳しくは教えてくれなかったわ。でも、師匠が言うには、シンヤさんは、きっと大切な人を救えなかった経験が有るんじゃないか…とは言っていたわ。」


ラ、ランカ様…どこまで人の心を見通せるのだろうか。もしかしたらコハルの魔眼より恐ろしいかもしれない…


これは聞いたのではなく、勝手に私が思っている事だけれど…ご主人様がゴンゾー様に手を貸して、サクラ様を助けようと動いたのは、ゴンゾー様の姿が、ご主人様自身と重なる部分があったからなのではないかと思っている。

大切な人を助けたい。その思いの強さと、それをなし得なかった時の苦しさを、誰よりも理解しているから、友であるゴンゾー様には、同じ思いをして欲しくない…と。


「ふふふ。私はご主人様にお仕え出来て、本当に幸せです。」


「「「……………」」」


リッカを除いた三人が、私の顔をじーっと見てくる。


「な、何ですか?」


「シンヤさんに欠点が有るとしたら、ここよね。」


「だよねー。うちもそう思う。」


「私もそう思います。」


「ご主人様に欠点などありません!」


「「「はあぁぁ…」」」


三人の溜息が重なる。


「いや、もうこの二人はこれで良いのではないかと思うようになってきたわ。」


「外から無理矢理やる事でもないからねー。」


「心配せずとも、そのうちシンヤ様が動いて下さいますよ。きっと。」


「何の話ですか?」


ご主人様の欠点の話かと思っていたのだけれど…?


「まあ心配はしてないけどさ…こう…胸の辺りがモヤモヤしてさー。」


「分かる!分かるわ!」


私は分からないのだけれど…?


「お待たせ致しました。」


何の話か聞こうとした所で、店主が戻ってくる。


そこからは話どころではなくなり、皆で騒ぎながら反物を選ぶ事になった。リッカは何が良いのか分からず、三人の玩具みたいにされていたけど、たまに見せてくれる小さな小さな笑顔が、楽しいと言っていた。


思う存分選び、沢山買い込んだ後、そのまま仕立て屋に仕立ててもらうことになり、反物を渡した。因みに、私はそろそろ大陸に戻る事になるので、急ぎで仕立てて貰うことにした。


その後、昼食。


朝に行った店とは異なり、明るく活気のある店で、話し声が店内に溢れている。全員の注文が終わり、一時落ち着くと、まずはリッカが皆に撫で回される。

リッカは無表情でされるがまま。

随分と皆に気に入られたらしく、何かする度に撫で回されていた。


「リッカを撫でて楽しい?」


「とても可愛いから撫でずにいられないのですよ。嫌ですか?」


「…ううん。嫌じゃない。」


「か、可愛い…」


と、そんな感じで一頻りリッカが撫で回された後。


食事をしながら、セナが突然ユラへの攻撃を繰り出す。


「リョウ様。」


「っ?!ゴホッゴホッ!」


「ユラ。急いで食べなくてもご飯は逃げたりしないわよ?」


「ゴホッゴホッ!と、突然!………」


「突然?」


「な、何でもないわ!」


「もー。ユラ。本当に気付かれていないとでも思っているの?」


「な、何がよ?」


「リョウ様の事。好きなんでしょう?」


「なっ?!」


「えっ?!本当ですか?!」


そういう仕掛けなのかと思うくらい、一瞬でユラの顔が真っ赤になる。サクラ様は初耳だと、目をキラキラさせている。


「何よそれ?!そそそそんな事無いわ!」


「はいはい。分かった分かった。で…いつからなの?」


「分かっていないでしょう!?」


「私もお聞きしたいです!」


「知らない知らない!」


「リョウ?」


状況を理解していないリッカには、サクラ様が説明してくれている。


「そう言えば、今となってはどちらも副四鬼という座にいますよね。お会いする機会も増えたはずですね。」


「っ!!」


「ほらほら。別に誰かに言って回るわけじゃあないんだから、教えなさいよ。」


「っっ……」


「そうかー。友達だと思っていたのに、教えてくれないのかー。寂しいなー。悲しいなー。」


セナが活き活きしている。


「セ、セナだって教えてくれないじゃないの!」


「え?うち?うちはずっと昔からゴンゾーが好きなの。知らなかった?」


「っ?!」


それがどうしたの?くらいの雰囲気で口に出すセナ。


「何にでも一生懸命なくせに、直ぐに空回りして、放っておけないというか…それでいて、ここぞ!って時には絶対に助けてくれるからさ。」


恥ずかしくないと言いたげにスラスラと言葉を紡いでいくけれど、僅かに耳が赤くなっているのに、私は気が付いていた。


「わ、私も…ゴンゾー様の事をお慕いしております。今はセナと絶賛勝負中です。」


サクラ様はそこまで堂々とは出来ないのか、頬を染めて、小さな声で言う。


「…………………」


二人の話にポカーンとするユラ。


「リッカはシンヤと、ニルと、ラトと、アンガクと、サクラと、セナと、ユラと……好きな人が沢山になった。」


指折り数えていたリッカが、真面目な顔でそんな事を言う。


「ぐふっ…か、可愛い…」


ユラは大ダメージを受けたらしい。


「えっと…私は…」


「ニルがシンヤさん以外に全く興味を持たないのは周知の事実だから大丈夫。」


「う、うー…」


勇気を出したのに…裏切られた気分…


「……あー!もー!そうよ!アタシは…リョウ様の事が……」


その後の言葉はゴニョゴニョしていて聞き取れなかった。


「それで?いつからなの?」


そこで初めて、ユラがリョウ様に会った時の話を聞いた。


どうやら、命を救われ、一目惚れ。そして、真っ直ぐな性格を知って、もっと好きになったらしい。


「まあ、ゴンゾーとリョウ様は二強とか言われているけど、リョウ様の方が千倍は格好が良いからねー。」


「わ、私は…ゴンゾー様のお顔も格好良いと思いますけど…」


「えー?そうかなー?まあ醜男ではないと思うけどさー。

それより、その後はどうなのよ?」


「え?!その後?!」


「好きですだけじゃあ話が進まないでしょう?食事に誘うとか、屋敷に招くとか、鬼士の通例が分からないけど、そういうのは無いの?」


「や、屋敷に?!」


「セナ。屋敷に招くのは結婚を決めた男女がする事ですから、そう簡単な事ではありませんよ。」


「そそそそうよ!そんな事出来るはずないでしょう?!」


「なら普通はどうやって仲良くなるの?」


「そうですね…手紙を出したりしますかね。父は母と、そうして仲良くなったと聞いておりますよ。」


「恋文かー!」


「ちょっ!セナ!声が大きいってば!それに恋文なんて恥ずかしくて送れないわ!」


ユラはパタパタと手で顔をあおいでいる。


「うちが文面考えてあげようか?!そうだなー…リョウ様、初めて見た時から」

「あー!やめてーー!」


ユラは、それから散々セナに弄り倒されて、解放されたのは食事が終わって暫く経ってからだった。


因みに…ユラとリョウ様は、その後、文を随分と長くやり取りし、最終的に結婚する事になるのだけれど、それはまた別のお話。

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