第285話 ツユクサとコハル

こうして何とか復興を始めた街は、俺が思っている以上に早く、立て直されていった。


俺達はシデンの屋敷に招かれてから二日後、城に呼び出された。色々と話し合ったり、決めたりする為だ。


城は随分と修繕が進んでおり、穴だらけだった壁もすっかり直っていた。

こういう時、魔法の有る世界は、簡単で良い。


「よく来てくれた。」


そんな城の上階に呼ばれた俺達は、素顔を晒しているアマチの前に座っていた。

形式的な挨拶やら何やらを終えた後、アマチは直ぐに本題へと入ってくれた。


「それでは、早速始めるとしよう。」


アマチが目配せをすると、襖の奥から、元側近の者達が現れる。


「まずは、これらの処分から決める事にする。」


「……………」


元側近である、お上の連中は、既に観念しているのか、騒がず、静かに縛られた状態で膝を落とす。


「初めに……ツユクサから聞いた話と、こちらで調査した内容から話をするとしよう。」


アマチは言い難い、というような顔をした後、重々しく口を開く。

その口から語られたのは、俺達の知らない、ガラクとツユクサの過去だった。


どのようにしてあのような顔になったのかや、その時、裏で動いていたお上の思惑等を聞かされた。

その場には、本人達の願いもあってサクラとセナも居た為、二人にはかなり刺激の強い話だったらしく、震えながら口を手で抑えていた。


「そんな……」


同情なのか、お上に対する怒りなのか、恐怖なのか…それともその全てなのか、サクラは顔を青くして言葉を漏らした。


「……むごい事を…」


「朕も、詳しく聞いた時は血の気が引いた。

自分のやってきた事の罪の重さを再認識させられた。」


「……………」


「鬼士隊の者達全てがそうだったとは言わぬが、少なくとも、調べによると、鬼士隊の中でも、上位に位置していた者達には、同じような体験をした者達が多かったようだ。」


「…それでは、ここのお上達がやった事が、返ってきただけ…という事ですね…」


「ガラクのやり方や、被害の数を考えると、違う方法があったのでは…とも思うが、神聖騎士団の事があった事で、その選択肢も消えてしまったのだろう。」


「何も知らない街の人々が、最も辛い被害者という事に変わりはありません。しかし…彼等もまた、被害者…という事ですね。」


「この者達が政の最上位に居たならば、話し合いも、懇願こんがんも意味をなさない事は、明白だ。街を襲撃しなければ、四鬼に阻まれ、ここに辿り着く事さえ出来なかったはず。

ガラクとツユクサには、選択肢がほぼ無かったと言えるだろうな。」


ガラク達の話を聞いて、どのように思うかは人それぞれだとは思う。

切なく、救いの無い話であり、情状酌量するべきだ。と言う人も居れば、だとしても、街を巻き込む必要は無かっただろう、それは許し難い罪だ。という人も居るだろう。

ただ、ガラク達が絶対悪だと言い切れる者達はなかなか居ないだろうと思う。


しかし、お上と神聖騎士団については、絶対悪だと言い切る者達の方が多いだろう。

私利私欲に走り、幾人もの人生を食いものにしてきたのだ。政治的事情があれば、まだ納得は出来たかもしれないが、それすら無いとなれば、同情の余地など一切無い。その上、前回、お上達が罪を問われた際の、を見たならば…手心など加える必要は無いと、誰しもが思うだろう。


ガラクとツユクサの兄妹を初めとして、そこから聞くに耐えない悪行の数々を聞いた。そのほとんどが、私利私欲によるもので、職権乱用の限りを尽くしていた。


「さて。こうなると、ただ死刑とするわけにもいかぬ。あまりにも罪が重い。一家取り潰しは当たり前であるが、前代未聞の大罪である為、苦痛の中の死でさえ生ぬるいと思う。」


言い換えてしまえば、今回の件で出た死者は、敵味方両方、お上によって殺されたようなもの。

極悪非道の大罪人と言える。赤鬼よりも殺している大罪人を、死刑で終わらせるわけにはいかない。

アマチにも責任は有ると言っていたが、それはお上の者達をぎょせなかった罪であり、本人達のしてきた罪とは直接的な関係はない。

間接的な関係は有るが…アマチは、、厳しい罰を与えようと考えているらしい。

それが彼なりの覚悟…という事だろう。もし、今後同じ事を繰り返してしまったならば、自分も同じ罰を受ける。そう明言したのと同じなのだから。


「して…どのような処罰を受けさせるのでしょうか?」


「……まずは舌を切り、その後、今回の件の首謀者として、街中に晒すものとする。」


この処罰が軽いように感じるならば、その人は、まだ純粋だと言えるだろう。

舌を切り落とすのは、何があっても彼等が、何かをこれ以上語る事が出来なくする為。街の人々が全てを知ってしまえば、政治が崩壊してしまうからだ。

そして、首謀者として街中に晒す。これは、街の人々の苦しみや怒りなど、負の感情を、彼等が全て、その身で受け止める事になる。

自分の子供や妻、夫が殺されて、生きる希望も未来も見えない時、それをやった張本人ではないにしても、それを呼び込んだ者が目の前で縛られて身動き出来ず、晒されていたら、人はどうするだろうか?

殴る?石を投げる?斬り付ける?

人によって違うだろうが、一週間でも生き残れたならば、奇跡だと言えるだろう。

奇跡が重なり、生きながらえたとしても、彼等の行き着く先は、脱水症状か、餓死がしだ。

当然、彼等を救うような行為は罪として扱われる為、誰も助けはしない。助けようとする奴は、同罪の連中だけだから、そのまま捕まり、同じ様に舌を切られ、街中に晒される。


単純な死刑よりも、どれだけ自分達のやった事が、街の人々を苦しめていたのか、それがよく分かるだろう。

一応、逃げ出さないか、誰かが助けようとしないかを見張る者は居るが、街の人々が殴ろうが、石を投げようが、斬り付けようが、殺そうが、見張りは一切止めない。

既に彼等は人としての権限を失ったのだから。


「この者達だけでなく、それに関わった者達も全て、テジム達が洗い出した為、罪に応じて同じ様に罰する事とする。」


彼等だけで悪事を実行し続けていたわけではなく、当然その甘い汁を吸う為に、寄ってきて、同じ様な事をしていた者達も居る。

全員を罰してしまえば、政治が上手く回らなくなるのではないだろうかと心配になってしまうが、そういう事に手を出さず、紳士的に生きてきた者達も居る。意外とどうにかなるものらしい。

当然、その者達の負担は、増えてしまうが、皆、嬉しい悲鳴だと口々に言ってくれているらしい。

アマチが変わった事で、お上の連中にうんざりしていた者達が息を吹き返してくれたのだ。


「まだまだ我々鬼人族も、捨てたものではありませんね。」


ゲンジロウの言葉に、アマチはゆっくりと頷く。


「そうだな。嬉しい事だ。

だが、それをどのように持続していくか。これが最も大切な事になる。皆。朕に手を貸してくれ。」


「「「「仰せのままに。」」」」


こうして、お上の連中の処遇が決められた。

因みに、その者達の最期は、予想通り…いや、それ以上の悲惨なものになったらしい。

多くの民の怒りを買っていたのだから、当然だろう。

加えて、一家取り潰しになった事で、多くの者達が平民や下民のような生活を強いられ、中には遊郭に落ちた者達も居たそうだ。

また恨みが生まれてしまいそうなものだが、アマチは自分の名の元で全て行い、手は抜かなかったらしい。


「続いては、神聖騎士団についてだ。」


アマチの言葉で、襖の奥からツユクサが現れる。

ボロボロになっているかと思いきや、そんな事はなく、縛られてさえいなかった。


「ツユクサは非常に協力的でな。ここ数日でやってくれた事を含めて話し、今後の方針を決めようと思う。」


「はっ。」


「まずは、あの後、ツユクサが連絡を神聖騎士団と取った時の事を話そう。」


ガラクの死後、ツユクサは直ぐに、神聖騎士団へと連絡を取ったらしい。受け取った魔具はアマチに渡してあったのだが、直ぐに連絡した方が良いと判断したようだ。


イベント完了の通知が行く可能性を考えて、アマチには急いだ方が良いかもしれないと伝えたのだが、実行してくれたらしい。


結論から言えば、ガラクは死んだが、鬼皇は既に手中にある。と伝えたそうだ。

神聖騎士団の連中が本当にそれを信じたかは、まだ分からないが、少なくとも、表面上は信じてくれているらしく、島へ進行してくる事は無いだろう…との事。


「シンヤ。神聖騎士団については朕達よりもよく知っているだろうから、意見を聞かせてくれないか?」


「そうだな……まだ気は抜かない方が良いだろう。

あいつらは手段を選ばない。絶対に気を許さない事はもちろん、全ての言葉を疑う事が重要だ。

出来ることならば、直ぐにダンジョン出口にも兵を立てるべきだろう。」


「そこまでの連中なのか…?」


「それ以上だと考えた方が良い。

ガラクが死んでも尚、ツユクサが協力的な事に何か言っていたか?」


「はい。何故かと聞かれました。

ツユクサは兄の悲願ひがんを叶える為。と答えたところ、納得したような雰囲気でした。」


「納得した…か。そもそもあまり興味が無いのか、信用などしていないのか、その両方か。疑われていると考えて動いた方が良さそうだな。

表面上は信じてくれたならば、何か要求されただろう?」


ツユクサを見ると、首を縦に振る。


「…はい。出来る限りの兵を大陸へ移し、南へと向かう事。

鬼皇様も同行させ、速やかに受け渡す事。

この二つを要求されました。」


「大体予想通りか…何と答えたんだ?」


「暴動を起こした為、今直ぐには難しい、準備が整い次第向かう…と。」


準備が整い次第。ということは、期限を切っていない為、ある程度の融通ゆうずうは利くだろう。


「ここから先は憶測になるが、ダンジョンを抜けた瞬間に、神聖騎士団に取り囲まれる…という可能性から考えた方が良いだろう。

最悪、そのまま拘束され、精神干渉系魔法を受けるかもしれない。」


「おいおい…流石にそれは…」


俺の言葉にゲンジロウが眉を寄せるが…


「そういう連中だという事だ。」


「……………」


俺の言葉に、全員が生唾を飲み込む。


「なるほど…朕達の認識を大きく改める必要がありそうだな。」


「とするならば、大陸へ渡るところから、綿密に計画を立てるべきだな。」


「しかし、計画を立てたとしても、大陸の状況が分かっていない以上、無駄になる可能性が高い気がするのだが。」


「それもそうだな…」


「俺から一つ提案なんだが、数人で大陸に渡り、情報のやり取りを行う…というのはどうだろうか。」


議論が止まる前に、俺から提案する。


「当然それは考えたが、そう頻繁に情報をやり取り出来ないだろう?」


「あ……」


後ろに居るセナが気付いたらしい。

俺が報酬で手に入れた手形さえあれば、それが可能だと。


「ここから先は、島が滅亡する可能性さえある機密情報だから…」


「…なるほど。それはこんな場所で話をするべきじゃあないな。

聞かずとも、その手段をシンヤが持っているのであれば、話は早い。」


「一応、確認だけはする必要が有るから、まだ絶対では無いがな。」


「分かった。確認はシンヤに任せるとして、それが可能だという前提で話を進めておこう。大陸の状況によっては大きく計画を変更する可能性もあるが、準備はしておいて損は無いはずだ。

シンヤには、また後日、話を聞く事になるやもしれん。」


「ああ。分かった。」


「さて、次は、ツユクサの処遇についてだ。」


ツユクサの方を見ると、取り乱す事無く、真っ直ぐに前を見て座っている。


「最後に、何か言っておく事はあるか?ツユクサ。」


アマチの言葉に一度目を瞑り、ゆっくりと開くツユクサ。


「どのような処遇だとしても、ツユクサは全てを受け入れます。

ですが…兄へのさげすみは、今後、全てツユクサへの蔑みとして頂きたく。

それが、今生こんじょうにおける最後の願いです。」


お上の連中のように、絶望し放心するわけでもなく、全てを受け止めると言うツユクサ。

彼等よりも酷い罰を受けても、眉一つ動かさず受け入れるだろうと、その場の誰しもが思ったはず。


あい分かった。

ここまでの協力的な態度と、事に及んだ経緯から、其方の願いを聞き入れるとしよう。

今後、ガラクへの誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを禁止する。」


「「「「っ?!」」」」


アマチの言葉には驚いた。

元凶はお上とはいえ、鬼士隊の頭は間違いなくガラクだ。その者への誹謗中傷を禁止するとは…

特に驚いていたのはツユクサだった。まさか願いが聞き届けられるとは思っていなかったのか、死を前にして眉一つ動かさなかった彼女が、驚き、涙をポロポロと流し始めた。


「ガラクが首謀者であるという事は、限られた者達にしか伝わっておらず、話を広めなければ、制御が可能であると判断した。故に、誹謗中傷は禁止し、これ以上の話の拡散を防ぐ事とする。」


「な…何故でしょうか…?」


涙を流し続けるツユクサが、アマチに問う。


「……話を詳しく聞けば、ガラクが今回の事を起こしたのは、側近の者達が原因だと誰でも分かる事だ。

やった事は許し難い事なれど、その罰は既にゴンゾーによって執行された。これ以上の蔑みは必要無かろう。」


「あ…ありがとうございます!ありがとうございます!」


ツユクサは、髪飾りの鈴をチリンチリンと鳴らして、何度も頭を下げる。


「これで心置き無く、地獄へと落ちる事が出来ます。」


そう言って、涙ながらに笑うツユクサを、流石のゲンジロウも痛々しく思ったのか、目を伏せていた。


「……では、処罰を言い渡す。」


アマチがハッキリした声を発すると、ツユクサは未だ流れ続ける涙を拭こうともせず、背筋を伸ばし、目を瞑る。


「…罪人、ツユクサを、暫くの間投獄。

その後、シンヤ達と共に大陸へと渡り、今後、オウカ島の土を踏むことを一切禁じる。」


「っ?!!」


予想外の処罰に、ツユクサが目を見開く。

俺もびっくりだが…大体言いたい事は分かるし、承諾の意を示すためにアマチに頷く。


「先に、シンヤの言っていた、情報収集の役割を与える事とする。

ツユクサという名はオウカ島での名である為、たった今から、使う事を禁じる。以後は、コハルと名乗るように。」


「アマチ様!」


この処罰が、いかに危険な事なのかは、アマチもよく知っているはず。思わずゲンジロウが叫ぶ程だ。しかし…


「分かっている。しかし、これ以上、朕の側近による被害者を出したくないのだ。」


「そのような事をすればどれ程危険か!せめて!契約を!」


アマチの道理眼の力を使えば、彼女が二度とこの地に居る者達に害を与えない事を確約出来る。

その考えが直ぐに出てきたという事は、ゲンジロウも何だかんだと言いながら、打開策でも考えていたのだろう。


「それは…」


アマチとしては、契約をあまりしたくなさそうだが、冷静に考えると、島の代表者として、その程度の危険回避は必要だろう。


「な、何故……」


呆然としているツユクサが、どうなっているのか分からないと、口を半開きにしている。


「神聖騎士団や側近、そしてガラクに板挟みとなり、選択肢が無かった事や、朕達がしてしまった行いを考えるならば、情状酌量があっても不思議ではない。

とはいえ、死者数は多く、ツユクサを死刑に処す事は避けられぬ。そこで、ツユクサを死刑に処す…が、しかし、ツユクサはたった今、禁止され、コハルとなった其方は、処罰の対象ではなくなる。

とはいえ、事が大きいだけに、この島に居ながら庇う事は出来ぬ。其方の顔を見た者はそれなりに居る為、隠そうとしても難しいだろう。

だが、朕達のせいで、これ以上死人が出るのは、避けたい。

これらの事から、大陸へと送る事に決めたのだ。ダンジョンを越えれば、そこからはこの島とは無関係な場所。二度と戻らぬならば、罰する事は出来ぬであろう。」


「し、しかし…」


ツユクサ…いや、コハルは、死ぬつもりだった為、アマチへと食い下がる。


「どのような処罰でも受け入れると言ったであろう?」


「っ!!」


「それに…これ以上、其方達兄妹…いや、一家を苦しめたくはないのだ。

朕にも妹が居る事は知っておるだろうが…兄として、ガラクが最期の最後、其方には生きて欲しいと願ったのではないだろうかと、毎晩考えておる。

たった一人となって、今後も生きていけとは酷な事と分かっておる。しかし…生きてはくれぬか?」


「………………」


アマチの言葉に、コハルは止めどない涙を流し続けた。


ゲンジロウ含め、それ以降、周りの誰もその決定に口は出さなかった。

唯一、その決定に条件を加えるように言ったのは、一頻ひとしきり涙を流したコハルだった。


「アマチ様。コハルは決して…決してこの御恩を忘れはしません。

ですが、コハルの口から出た言葉だけでは、信用が得られない事は百も承知しております。

何卒なにとぞ、コハルと契約を結ぶよう。」


コハルは、今後、アマチを、オウカ島を裏切る事は絶対にしないと、契約を通して約束すると言ったのだ。

アマチは少し迷ってはいたが、最終的に、契約を結ぶ事になり、道理眼による強い契約が結ばれた。


全てが終わった後、俺達が大陸へと渡るまで、コハルは投獄される流れとなり、連れていかれた。


「これで今回の件には、一区切りだ。

皆、不満は有るか?」


「いえ。有りませぬ。」


色々と考えさせられる結果だが、落ち着くところに落ち着いたのではないだろうか。


「それでは、次は、次期四鬼について決めるとしよう。

ゲンジロウ。話はついているのか?」


「はっ。」


ゲンジロウは後ろに控えている二人のうち、へと視線を向ける。

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