第284話 想い
セナの話を、サクラは眉を寄せて聞いている。
「でもね。ゴンゾーが帰ってきて、ずっとゴンゾーを守り続けて来た草薙が、まるで役目を終えたから折れた様に見えた時、初めてうちが役に立てたんだって思えたの。
その後も、一緒に四鬼華を見つける為に旅をして、何かを作ると、シンヤさんも、ニルも、ラトも、ありがとうって。
本当に嬉しくて、どれだけ徹夜したって全然疲れなかったわ。
最後には、ガラクに一杯食わせる事も出来たもの。
それもこれも、シンヤさんがうちを頼ってくれたから。父上が教え込んでくれた腕を信じてくれたから。
うちは、それでやっと、自信が持てたの。
だから……本当にありがとう。」
「いや、それはセナが今まで、ずっと頑張ってきた成果であって、俺が何かしたわけじゃあないだろう。」
「だとしても、うちは感謝してるの。
うちにも出来る事があったんだって。でも、今回の事で、まだまだ全然足りないって分かったの……だから!うちを大陸に連れて行って欲しいの!」
「はあ?!何言い出すんだ?!」
「そうですよ!セナ!」
サクラとしても、これからやっとセナとも色々と遊び回れると思っていたのに…と、言いたいだろう。
「本気よ!もっと広い世界で、沢山の事を知って…」
「駄目です。」
セナの言葉に返したのは、俺ではなく、ニルだった。
「ど、どうして?!」
俺に断られるならばまだしも、ここまで随分と仲良くしてきたニルが断った事に、セナは酷く取り乱す。
「……セナが、本気で、大陸に行きたいと願っているのであれば、私は反対などしません。ですが……セナ。本当に理由はそれだけですか?」
「っ………」
ニルの言葉に、痛いところを突かれたと、眉を寄せて顔を背けるセナ。
「ど、どういう事ですか?!」
サクラは理解出来ず、ニルに説明を求める。
「……私から話す事ではないと思いますが…セナが説明しないのであれば、私から説明します。」
「……ううん。自分で話すわ。」
セナは一度、二度と深呼吸をして、サクラに向き合う。
「サクラ。」
「は、はい?」
「……サクラは、ゴンゾーの心に触れて、ゴンゾーが…その………サクラにどんな気持ちを持っているか、気が付いた…よね?」
「…………………」
セナの言葉に、サクラは少しだけ目を細める。
もしかしなくても、サクラは、ゴンゾーがサクラを想っている事に気が付いたはずだ。
「別にそれがどうのとかじゃなくて…ゴンゾーは三年間もダンジョンに居て、凄く辛い思いをしたと思うし、サクラも、病の事で凄く辛い思いをしたと思う。
だから、二人には、本当に幸せになって欲しい。
サクラは優しいから、うちが居たら、絶対に気にしちゃう。だから…」
「セナ!」
最後まで言う前に、サクラが言葉を遮る。
「そういう事ですか……」
「サ…サクラ…?」
サクラは顔を下に向けていて、表情は見えないが、泣いている…?いや…
「バカセナ!!」
どうやら怒っていたようだ。
突然、サクラが出したとは思えないくらいに大きな声で叫ぶ。
「何でそうなるの!?それで私が喜ぶとでも思っているの?!」
「え…えっと…」
サクラがこんな反応を見せるとは思っていなかったのか、セナは面食らって言葉が出てこないようだ。
「セナだってゴンゾー様の事お
「え?!あ…」
「今更隠したって無駄!」
「…う、うん…でも!うちが好きなのは、ずっとサクラに一途なゴンゾーで…」
「嘘!」
「嘘じゃあ…」
「本当は自分を見て欲しいって思っているくせに!」
「っ……………」
「本当はずっと一緒に居たいくせに!」
「そんな事…」
「有るでしょう!」
「……そ、そうよ!悪い!?だって好きだもん!ずっとずっと好きなの!でもゴンゾーはサクラの事が」
「あーあーあーあー!知らない!知らない!」
まるで子供のように耳を塞いでセナの声を消そうとするサクラ。
「サクラだってずっと好きだったじゃない!ゴンゾーの気持ちが分かったなら!」
「知らないの!私はそんな事知らない!」
「知らないって…それこそ嘘でしょう!」
こんな事になるとは思っておらず、俺もニルも、二人が激しく言い合う姿に呆然としてしまう。それでも、二人の言い合いは止まらない。
「知っていても知らないの!」
「い、意味分からないわ!
念願が叶ったのだからうちの事なんか気にしないで真っ直ぐ行けば良いじゃない!」
「そんな事出来るわけない事くらい分からないの?!私にとってはゴンゾーもセナもどっちも大切な人なの!」
「っ?!」
「どっちか一つしか選べないなんて絶対に嫌!セナとも沢山遊びに行きたい!美味しいもの食べたい!工房だって見てみたい!」
「サクラ……」
「こんな反則みたいな方法で知った事なんて関係ない!いつもセナはそうやって人に大切なものを譲ろうとする!いつもそうだった!
でも今回は駄目!セナの一番大切なものなんだよ?!そんな簡単に諦めて良いの?!」
「諦めるも何も…もう勝負は決まったじゃない…」
「まだ決まってなんかいないでしょう!
ゴンゾー様は何も言っていないし、私も何も言っていないじゃない!」
「言っていなくても…」
「バカセナ!」
「なっ?!またバカって!」
「バカバカバカバカバカバカバカ!本当に大切なら、もっと必死になるでしょう!それとも、本当はそんなに大切じゃあなかったの?!」
「大切に決まっているじゃない!でもうちにとっても二人は大切なんだから、うちが身を引けば丸く収まるし、そうするべきでしょう?!」
「そんなの私は嫌!本当に大切ならもっと必死にならないと駄目!」
「嫌って言っても仕方ないでしょう!」
「仕方なくなんか無い!」
サクラもセナも、どうしても我慢出来ない事はハッキリと言葉にするタイプではあるが、自分が我慢して周りが上手く回るならば、我慢してしまうタイプでもある。
サクラは病の事で、セナはそんなサクラを見て、言いたくても言えなかった事があったのだろう。
言葉と共に、色々な思いも一緒に吐き出しているように見えた。
「うちに勝ち目なんて無いんだから!」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょう!」
「分かるの!」
「分からない!」
「分かる!」
「分からない!バカセナ!」
「ま、またバカって!」
「そんな事も分からないんだからバカって言ったの!」
「バカって言った方がバカなんだから!」
そこから、二人はあれこれ言い合っていたけれど、俺とニルは、止めようとは思わなかった。
二人には必要な事のように見えたし、全然知らないのに、子供の時の二人が言い争っているように見えたから。
二人が、病のせいで失ってきた時間を、必死に取り戻しているように、俺には見えた。
病でなければ、
病でなければ、本気で喧嘩をしてみたい。
病でなければ……そう思い続けていながら、諦めていた事を、諦めていた時間を、取り戻しているように見えた。
「いい加減大人しくひっつけば良いでしょう!」
「絶対に嫌!他の皆が祝ってくれても、セナが祝ってくれないなら、そんなの嫌!そんなに言うならセナがひっつけば良いでしょう!」
「うちだって嫌よ!サクラが祝ってくれないなら嫌よ!」
聞いていて思うが、所々に互いが大切…的な言葉が混じるのが、何とも可愛らしい喧嘩だ。
「お、おい?!どうした?!」
そんな時、シデンが二人の声に驚いて、何事かと現れる。
「兄上!聞いて下さい!」
「あっ!狡いわ!シデン様!うちの話も聞いて下さい!」
「私の兄上ですよ!」
「関係ありませんー!」
「……
何だこのカオスは。
サクラとセナが言い争っていて、シデンに詰め寄り、それに感涙するシデン。の図。
結局、サクラはセナが、セナはサクラが、ゴンゾーとひっつけば良いと言い始めていた。
「ふふふ。喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、こういう事だったのですね。」
ギャーギャー言っているのを見て、ニルが嬉しそうに笑う。
「ピッタリの例えだな。」
喧嘩と呼ぶにはあまりにも可愛い。
ニルはこうなる事を予想して断ったのだろうか?
ランカの弟子になるわけだし、予想していてもおかしくはないかもしれないな…
「どう思いますかシデン様?!」
「私が正しいですよね?!兄上?!」
「うっ…え、えーっと…」
二人にギャーギャー言われ続け、シデンもタジタジし始めた頃。
「それなら、勝負で決めたら良いのではないでしょうか?」
「勝負ですか?」
「勝負?」
ニルの言葉に、シデンは解放され、二人が首を傾げる。
「勝負内容は、ゴンゾー様の心を射止めた方が勝ち。期限はゴンゾー様が気持ちを固めてどちらかに告白するまで。で、どうでしょうか?」
「「…………………」」
そんな事言って大丈夫なのか?知らないうちに勝負の勝敗を握らされるゴンゾー…気の毒に思えるが…
ニルを横目に見ると、直ぐに俺の視線に気が付いて、
まあ、こういう時は、男が割を食うのも悪くは無い…かもな。南無。ゴンゾー。
「良いわね。それでうちが正しいって証明してみせるわ!」
「いいえ!私が正しいはずです!」
この二人は何故かやる気になっているが、相手同士がひっつけば良いと言っていたのに、ゴンゾーを落とした方が勝ちというルールならば、自分が勝った時、自分の言っていた事が間違っていた…という事になるのだが…負ける前提なのか?
「あっ。因みに、二人とも勝負なのですから、手を抜かないで下さいよ?」
「私は四鬼の妹です!そんな無礼な真似は致しません!」
「うちだって鍛冶屋の娘よ!勝負事で手を抜いたりしないわ!」
「くっ…ゴンゾーめ……来たら俺が斬るか…?」
「兄上!そんな事をしたら、私は二度と兄上とは目も合わせませんからね!」
「っ?!?!?!!!」
シデンは天国に行ったり地獄に行ったり忙しそうだな。
「しかし…良かったのか?勝負なんかにしたら、二人ともいがみ合ったり…」
「大丈夫ですよ。よく見てみて下さい。」
そう言ってニルがサクラとセナを見る。
俺も言われた通りによく見ると…
サクラもセナも、怒っているように見えて、たまに嬉しそうに、隠し切れていない笑顔が出てしまっている。
セナも、本当はここを離れたいとは思っていないのだろう。こんな二人が、本当の意味でいがみ合ったりする事は、きっと一生無いだろう。
「なるほど。そういうことか。」
「はい。」
これからゴンゾーは色々な意味で忙しくなりそうだが、嬉しい悲鳴を上げる分には、問題無いだろう。
「よし!それなら、うちとサクラで、あの桜の木に誓って、正々堂々勝負するわよ!」
「望むところ!負けないわ!」
「うちだって!」
そう言って、庭に生える桜の木に誓う二人。
彼女達二人の絆は、きっと何があっても切れる事はないだろう。
「おーい。シデンー?生きてるかー?」
桜の木に誓いを立てる二人の横で、真っ白になったシデンに声を掛ける。
「目も…合わせ……」
頬をペシペシしても反応が薄い。
「これは、駄目ですね。燃え尽きていますよ。」
「はっ?!サクラ?!」
「あ。正気に戻ったようですね。」
「サクラー!」
「今は大事なところだからあっちに行くぞ。」
サクラに走り寄ろうとしたシデンの首根っこを掴んで奥へと移動する。
「駄目だ!今の俺にはサクラとの時間が必要なのだ!離せ!」
「あんまりしつこくすると、サクラに嫌われるぞ?」
「なん……だと……?」
しまった。またしても真っ白にしてしまった。
サクラとセナならば、後は自分達で何とかするだろうと、放置していたら、夕食時にはいつもの二人に戻っていた。
シデンが、こいつは馬鹿なのだろうか?ではなく、間違いなく馬鹿だな。と言い切れる程の料理を机の上に並べ始めた頃。
「こ、こんなに用意してどうするおつもりですか?!」
「え?いや。何が体に良いか分からなかったから、とにかくそれっぽいものを倉庫からな。」
「兄上…今は皆が節約して頑張っていかなければならないという時期ですのに!」
「い、いや、俺はサクラの事を思ってだな…」
「お気持ちは嬉しいですが!」
シデンが、またもやらかした事でサクラが話をしている間に、セナが寄ってくる。
「シンヤさん。」
「仲直りは出来たみたいだな。」
「…うん。ニルには感謝しないと。」
「……大陸に行くというのは、気にしなくて良さそうだな。」
「あー…へへへ……
ごめんなさい!散々掻き回しておいて!で、でも!技術を学びたいって言ったのは本当の事!」
「分かっている。でも、ここに残る事にしたんだろう?」
「…うん。もし行くとしても、今じゃないかな。
もっと、サクラともゴンゾーとも、よく話して、常連さんとかとも話して…だね。」
「刀はこの島で使うくらいで、大陸ではほぼ見ないから、この島で腕を磨いても良いとは思うがな。」
「うーん…まあ、その辺の事も、ゆっくりじっくり考えてみるよ。
うちの場合、一度出たら二度と戻ってこられないし。」
「ダンジョンが有るからな…あ、そう言えば、それを解決出来そうなアイテムを手に入れていたような…」
「えっ?!」
「いや、まだ確認していないから、あまり期待されても困るが……」
インベントリの中から目的の物を取り出してみる。
見た目は、掌に乗るくらいの、五角形の木片。そこに渡人の模様が彫られている。
木片を鑑定魔法で調べてみると…
【通行手形…海底トンネルダンジョンを使わずにオウカ島へ渡る事が出来る。ダンジョン入口で使用可能。】
「うーむ。実に予想通りの使い道だったが…」
恐らく、オウカ島に渡った後、四鬼華の収集というのは、必須に近いイベントなのだろう。
一度クリアしたダンジョンを何度もクリアしなければオウカ島には渡れない、というのもゲームとしては鬱陶し過ぎる。
恐らく、帰り道で使う通路を、行きでも使えるようになるのだろう。
リッカの事や、四鬼華の特性を考えると、四鬼華の採取に対する報酬としては、釣り合わないように思うかもしれないが、四鬼華の採取を行えば、万能薬が必ず手に入る。
通行手形と万能薬。この二つが手に入るならば、寧ろ優良なイベントと言えるだろう。
もっと言えば、神力の操作も必須。付随的に神力も使えるようになる。イベント期間は五ヶ月。神力の操作能力を手に入れる時間は十分にある。
思っているよりも、実り多きイベントだったと言える。
そして、この手形が有れば、恐らく、セナも一緒に島へと渡る事が出来る。
制限人数が無い事や、特別な条件が書かれていない事から察するに、持っている者を通過させるのではなく、鍵のようなもののはず。
自動ロックの扉を開ける鍵みたいなものだ。
扉を開きさえすれば、閉じるまでは何人でも通過出来るはず。
そう考えると、四鬼華の収集イベントは神聖騎士団に居るであろう渡人の連中に知られるわけにはいかないだろう。無傷で兵士達が送られてくるのは避けたい。
使い方を慎重に考えた方が良さそうだ。
「どうしたの?」
セナが俺の顔を覗き込んでくる。期待の眼差しだ。
セナだけに教えるならば、そう問題にはならないだろう。
「一応、ダンジョンを通過せずに帰ってこられるみたいだが…」
「凄い!どうしてそんな物が?!」
「どうしてよりも、話を聞いてくれ。
まず、これは神聖騎士団の連中を簡単に呼び込めてしまう道具だということ。だから、絶対に他人には言わないように。」
「わ、分かったわ。絶対に言わない。」
「それと、帰る時は俺が、少なくともダンジョン入口までは同行しなければならないと思う。これを持っているのは、恐らく俺だけだろうからな。
それに、渡人のエンブレムが彫られているし、俺しか使えないと思う。」
「つまり…うちが勝手に帰ったりは出来ない…という事ね。」
「ああ。」
「………分かったわ。でも、シンヤさんが困っていたりしない限り、直ぐには行かないわ。
いつかは行ってみたいけれど…その時も、皆の了承を得てからにするつもり。」
「…そうか。」
「うん。折角……サクラが良くなったのだから、沢山、今までは出来なかった事をするつもり。
さっき、そう約束したから。」
そう言って、シデンに小言をぶつけているサクラに視線を向ける。
結局、俺達が口を出さなくても、上手く折り合いを付けていたに違いない。余計なお世話だったかな。
「大体兄上は…」
「サクラ。もうその辺にしておいてあげないと、シデン様が灰になって飛んで行っちゃうよ。」
セナがサクラを止めに入った時、シデンは既にKO負けしていて、更にその上から追い討ちを掛けられた後に、もう一度追い討ちを掛けられた…みたいな状態になっていた。
「余った分は、困っている人達に配れば良いわ。今は皆困っているだろうし。」
「…分かりました。二度と食べ物を粗末にしないというのであれば、今回はもう言いません。
兄上も私の事を思ってして下さった事だとは思いますので。」
真っ白になっているシデンは僅かに頭を縦に振るだけ。
シデンとしては、トドメまで終えた後に、この辺にしといてやる。と言われた気分だろうな…
とまあ、そんな事がありながらも、俺達は飯を頂き、余った分は周囲の者達へと配りに行った。
驚いたのは、俺達以外にも、同じように飯を配っている者達がいた事だった。
その多くは、自宅に蔵を持つ鬼士達だった。
鬼士隊の連中に手を付けられていない食物を蔵に保管していた者達が、自主的に炊き出しをしていたのだ。
そんな事になっているとは知らず、何がどうなっているのかと聞いたところ、下民の者達が、色々と手を貸してくれているのに、今日の飯さえままならないと聞き、一人、二人と、炊き出しを始めたらしい。
その光景は、えも言われぬものだった、
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