第286話 背中

ゲンジロウの視線を受け取ったリョウが、頭を下げる。


「この度は、私にも機会を下さり、誠にありがとうございます。」


「当然の事だ。礼を言う必要は無い。」


「はっ。

機会を下さった事は、幸甚こうじんの至りではありますが…今回、私は四鬼の座を辞退させて頂こうかと。」


「ほう。理由を聞くのは野暮やぼというものであろうな。相分かった。」


リョウはゴンゾーを、口では嫌っていたし、ライバル視していた為、自分から身を引くのは、不思議な気がする。

ゴンゾーとリョウで再度手合わせしたならば、勝者のみを連れてくるだろうし、単純に辞退しようとしているのだろう。

ガラク戦を通して、ゴンゾーは本当に強くなったし、リョウとの差は歴然としたものになっているだろう。リョウ程の腕があれば、刃を合わせずとも、それを感じ取れるはず。

それ故に、自ら負けを認め、辞退する…という形にしたのだろう。


「それでは、ゲンジロウはゴンゾーを、よく指導してやってくれ。」


「はっ。仰せのままに。」


「まだ何か話したい事が有るようだな?」


これだけの為ならば、リョウを連れてくる必要は無いだろう。敢えて彼を連れてきたのには、理由が有るはず。


「…実は、一つ、提案がありまして。」


「申してみよ。」


「ゴンゾーを次期四鬼として指南していく上で、このリョウも、四鬼の補佐として指導したいと考えております。」


「なるほど。四鬼というところか?」


「はい。

現在、お上と、それに連なる者達の処刑によって、多くの者達が政界から消えました。

歯に衣着せぬ言い方をしてしまえば、圧倒的人手不足でございます。」


「嘆かわしい事だな…」


「何とか回せておりますが、一人一人の負担が大きく、何かあれば、簡単にとどこおってしまいます。

それはつまり、現在の体制では、政治的に弱いという事かと思います。」


「人手不足を嘆くのではなく、人手不足でも政治的に強固な体制にするべきだ…という事か。

それはまさにその通りではあるが、言う程容易い事ではないぞ?」


「はい。そこで、ゴンゾーへの指導が不十分であっても、リョウを副四鬼として据える事によって、二人で協力し、回していく事が可能になります。」


「ゲンジロウが、より早くゴンゾーの指導から離れる事で、政に専念出来る。結果、強固な体制を作る作業に、より早く手を付けられる…という事か。」


「はい。仰られる通りでございます。」


現在は街も酷い有様だし、四鬼一人に負担が行くと、経験の無いゴンゾーでなくてもかなり辛いはず。

そこに補佐、つまり副四鬼という地位が有れば、何かとやり易いだろう。

何かあって、四鬼が居ない時は、誰に従えば良いか分かるし。

それに、街に密着して復興していく四鬼と、その下の者達がスムーズに動くことが出来れば、復興が早まり、結果として、ある程度安定した生活を送れるようになった者達が、政に集中出来るはず。


「人手不足を根本的に解消出来るわけではありませんが、緩和する事は出来るかと。」


「政も専門職みたいなものだからな。簡単に人員補充とはいかぬな。

良い案だ。それでは、リョウを副四鬼として指導する事を命ずる。」


「はっ。」


「ランカ、シデン、テジムにも、副四鬼を一人任命する権限を与える。直ぐに指名し、復興を急いでくれ。」


「「「はっ。」」」


そこから、神聖騎士団への対策についてや、今後の行動について話し合い、ある程度決まったところで解散となった。


因みに、北地区、副四鬼はユラ。西地区、副四鬼はレンヤとなった。南地区、シデンの補佐役は、未だ道場に残っている者の一人に決まった。


副四鬼が決まった事により、より広い範囲で組織的に動く事が可能となり、復興は駆け足で進んでいった。


その日から更に三日後。


「随分と街の景色も戻ってきたな。」


「これだけ大きな街なのに、随分と手際が良いですね。いくつか店も開いている様子ですし。」


今日は、体調も落ち着き、約束していたセナの店へ行く日だ。ラトはお留守番。街中でバチバチしていると危ないし。サクラにラトの事を頼んだら、目を輝かせて了承してくれたし、ラトも喜んでいたから大丈夫だろう。


怪我が良くなったら一番に行くと約束していた為、工房へと戻ったセナの元へ向かっているのだが…何をするつもりなのか…


「セナー。来たぞー。」


「あー!ちょっと待ってー!」


久しぶりにセナの店に訪れたが、どうやら被害が少なかったのか、店の屋根が少し焦げている程度。

セナの工房は、道に面した部分は普通の店で、奥に工房が有るから、パッと見は工房には見えない。だから、鬼士隊の連中も無理矢理押し入ったりはしなかったのだろう。


奥の方からセナの声が聞こえてくるが、何やらゴソゴソしていて出てこない。


「えーっと…ここに置いたと思ったんだけどなー…あっ!あった!」


探し物を見付けたのか、独り言が聞こえてきた後、セナが奥から出てくる。


「お待たせー…ってコラァ!!」


「「っ?!」」


いきなり怒鳴られて、俺とニルはビクッとしてしまう。


「え…な、なに?」


「え…な、なに?じゃなーーい!何その格好?!今から二人で出掛けるのよ?!ちょっと出てくる!みたいな格好じゃないのよ!」


「え?格好?これじゃあ」

「駄目に決まってるでしょ!ニル!こっちに来て!シンヤさんは着物に着替えて!持ってるでしょ!

それとニルが着る着物も出して!今直ぐ!」


「「は、はい!」」


めっちゃ叱られた。


飯を食って適当にブラつく程度で考えていたから、これで良いかと…取り敢えず言われた通りにしておこう。


インベントリから着物を取り出し、着替え、ニルとセナを待つ。


が…長い。待てど暮らせど二人は出てこない。

一度覗こうとしたら、鬼の形相をしたセナに追い返されて、二度と覗かないと心に誓った。一応、朝早くに訪れた為、時間に余裕は有るが…


「はーい!お待たせー!」


「やっとか…」


「何か言った?」


「いえ!何も言っておりません!」


セナは何をそんなに怒っているのだろうか…?


刮目かつもくせよ!」


セナが連れてきたニルは、真っ黒な下地に、金色と赤色の糸で細かな刺繍が施された着物に身を包み、紺色の帯を巻いている。

赤い花緒はなおの下駄を履き、髪を結い上げて、ニルが気に入っている青い宝石の付いた簪で留めてある。

セナが用意してくれたのか、ニルの髪には、他にもいくつか髪飾りやくしが飾り付けられている。しかし、デザインがシンプルだからか、装飾過多といったイメージは受けない。むしろ、ニルの整った顔立ちを際立たせ、僅かに赤く染った頬に目がいってしまう。


「ほら!ボーッとしてないで何か言ってあげなさいよ!」


セナに言われるまで、自分がその姿に見惚れていた事に気が付かなった。


「見惚れるくらいに綺麗だな…」


思わず口に出てしまった一言だった。


見る見るニルの顔が赤くなり、耳まで真っ赤になってしまった。


「うー…あ、ありがとう…ございます…」


「へへへー!よしよし!

それじゃあ、後は若いお二人で!」


セナに紙切れをそっと渡され、そのまま店の外へと押し出されてしまう。

若いお二人でって、セナだって若い……いや。鬼人族は長寿だったな。


「ほら!行った行った!」


そう言って、セナが店の扉をピシャリと閉める。


セナから渡された紙切れには、文字が書かれていた。


簡単に言えば、その紙に書かれていたのは指令だ。

ニルとのお出掛けを成功させる為の行動方針が書かれていた。

ここに行ってこれをやって、次はここ…みたいな。


「ご主人様?」


「いや。何でもない。それじゃあ行くとするか。」


こういう事に慣れていない俺でも、この紙切れをセナがニルにバレないように渡してきた理由くらい分かる。この指令書は見付かってはならない。極秘任務だ。


「少し出掛けるだけなのに、このように上等な服を着せられてしまうと、恐縮してしまいますね。」


流石にここまでセナにしてもらったのだから、俺もやれる事はやるべきだろう。


「ニル。」


「はい?」


「折角そこまで着飾ってくれたのだから、今日は一日、二人で街でも回るか。」


「え…?」


「今回は頑張ったからな。一日くらい許してくれるだろう?」


「は、はい!」


剣と魔法と血。そんな毎日だったのだから、少しくらい羽を伸ばしても良いはずだ。


最初に赴いたのは、街が立ち直り始めた後、商売をする者達が集まって開いている出店が並ぶ通り。


「もうこんなにも店が出ていたのですね…」


「本当に驚きだよな。」


魔法が苦手な鬼人族の為、街の再建に魔法で手助けはしていたものの、そもそも街の皆がよく働く為、手助けしなくても変わらない程に再建は早かった。


「おっ!あんたら!俺達の為に命を張ってくれたっていうシンヤさんとニルさんじゃあないか?!」


通りに入ると、直ぐに出店のおっちゃん鬼人族に声を掛けられる。


「なに?!本当か?!おい!シンヤさんとニルさんが来てくれたぞ!」


「なんだって?!」


おっちゃんの声を聞いた人達が、次々と反応していく。


「口に合うか分からないがこれ食ってけ!」


「こっちのも食べていってくれ!」


次から次へと人が集まってくる。


「そ、そんなに食えないし、両手に渡されたら金が…」


「何言ってんだ!俺達を救ってくれた人からお代なんて取れるか!タダで持っていきな!」


「渡人ってのは物を収納する魔法が使えるんだろう?それに入れていきな!ほらほら!受け取った受け取った!」


あっという間に両手では抱えきれない量の商品が渡される。


「こ、これは変装して来るべきだったか?」


「そ、そうですね…」


「なーに言ってんだい!ニルさんがこんなに綺麗に着飾っているのに、隠すってのかい?!あんたそれでも男かい?!」


出店のおばちゃんに怒られてしまった。


「ほらほら!あんた達も邪魔になるだろう!店に戻るよ!」


「なんでい!逢引あいびきだったかい!こりゃあ失礼したな!がはははは!」


「っ!!」


おばちゃんに引っ張られていくおっちゃんの一人が大笑いで言ってくる。


「逢引…というのは、どういった意味ですか?」


「あー…はははー…」


ニルは知らなくて素直に聞いてくるが、説明するべきか…いや、恥ずかし過ぎる…が、純粋に聞かれると…


結局、俺は逢引の意味は、密かに男女が会合する事だと教えた。

ニルはまたしても耳まで真っ赤にして俯いてしまい、対処に困った。


結局、一銭も出さずに朝食を確保。ニルは和装に慣れていない為、腰を下ろせる場所でゆっくりと食べる事にした。


「ふふふ。こんな風にご主人様と街中で食事出来る日が来るとは思っていませんでした。」


予想外の朝食を食べながら、ニルが綺麗に笑う。


大陸では、ニルは奴隷である為、街中で堂々と俺に並んで食事が出来ない。いつも隠れて食べるか、宿や外等、人気の無い場所で食べていた。

たったこれだけの事で、喜んでくれる事が、嬉しいような、悲しいような…


「んっ!ニル!行くぞ!」


俺は飯を飲み込み、食べ終わったニルの手を引いて、通りを進む。


「ご、ご主人様?!」


「ここでは気にする必要は無いんだろう?なら思いっ切り楽しもう!」


こんな風に堂々と横並びで出店を回るなんて、二度と出来ないかもしれない。それなら、出来る時にやっておこう。


アタフタするニルを連れて、俺は出店を回りながら、あれこれと商品を見てはニルに話し掛けた。

最初は驚いていたニルだったが、直ぐに俺の言葉や身振りに笑ってくれるようになった。本当に楽しそうに。


昼食は少しお洒落な店に行き、お洒落な甘味も食べた。

その後は駕籠かごに乗ってみたり、新しい簪を見に行ったり、着物を見に行ったり…とにかく、セナの指令にある場所を巡ってみた。


流石というか、あれだけの剣幕けんまくで迫ってきただけの事はあって、どこも楽しむ事が出来た。


夕食は、被害が少なく、営業を直ぐに再開出来た店の中でも、雰囲気の良い静かな店へ行った。

既に俺の名前で予約されていたのには、本当に驚いた。セナ…こういう事に関して言えば、ランカよりスペック高いのではないだろうか…?


お洒落過ぎて、身の丈に合わない感が凄かったが、出てきた料理は非常に美味で、満足は出来た。その分金は取られたが、この世界では金に困らないし問題ない。ちょっとした金持ち気分を味わえた。


夕食を食べ終え、ニルが席を立ったところで、セナの指令書に目をやると、最後に書かれていた言葉に頭を悩ませる事になる。


『最後は星が綺麗に見える場所!

そこでニルへのを伝える事!これ絶対!』


ニルへの想い…と言われても…


そんな事を考えながら歩いていると、街も、満天の星空も見える高台へと到着していた。


夜景と言うと、街の灯りがキラキラと…なんてイメージしてしまうが、見下ろした街には、蝋燭ろうそくなどの柔らかく控えめな光が僅かに見えるだけで、かなり暗い。

魔法が発展していない為、魔具もあまり多くはなく、自然由来の物が多いオウカ島ならではの夜景だろう。お陰で星が驚く程綺麗に見える。


「どうだった?今日は楽しめたか?」


「はい!とっっっても楽しかったです!」


柔らかな光に照らされ、ぼんやりと見えるニルの笑顔。


「それは良かった。俺も久しぶりに思う存分楽しめたよ。」


「ふふふ。あんなにはしゃいでいるご主人様を見るのは初めてでしたので、得をした気分です。」


「どんな得だよ。」


「ふふふ。秘密です。」


人差し指を口元に当ててもう一度笑うニル。


ニルは俺に絶対に秘密を作らない。本当にどんな事でも正直に言う。それは、俺が人を根本的に信じていない事を知っているからだ。ニルは秘密を作らないと知っているから、俺はニルの全てを信じている。いや、それもニルと出会って少しの間の話だが…それでも、ニルは俺が信頼していると知っていても、秘密は作らなかった。

でも、この時ばかりは、その秘密を聞き出そうとは思わなかった。


「ニル。今回は本当によくやってくれた。ニルに任せて正解だったよ。」


「…いえ。もっと上手く出来れば良かったのですが…」


「皆無事だった。それだけで十分だろう。」


「…はい。」


「俺の指示で大変な思いをさせてしまったし、そのお詫びも兼ねて…気に入るか分からないが…」


俺は、朝歩いていた出店で、ニルに似合いそうな簪を買っていた。

ニルは一つ、既に持っているが、簪がとても気に入ったのか、出店の前を通る度にチラチラと見ていた為、もう一つくらい持っていた方が良いかと、買っておいたのだ。


今ニルが持っているのは、髪に差している青い宝石の付いたシンプルな簪。

ならば派手な物を…と思っていたのだが、ニルが気になって手に取るのは、シンプルな物ばかり。

元々派手な物があまり好きではないのか、それともそうなってしまったのかは分からないが、どうせ渡すならば、本人にも気に入ってもらいたいし、シンプルな銀色の簪で、真っ赤な宝石が付いた物を選んだ。別に特殊な力が宿っていたりはしないし、魔具でもない。本当にただの簪だ。

パッと見は同じデザインで、石だけ違うように見える簪だが、気に入らないという事は無いだろう。


「こ、これは…」


「ニルが手に取った時間が一番長かったからな。」


「も、物凄く高かったはずですが?!」


「そうだったか?忘れたな。」


実際は、質の良い刀を一本買えるくらいの値段だったが…正直、ニルの今までの働きから報酬を出すとしたら、同じ簪を百本や二百本くらい、余裕で買えるくらいの働きをしている。


「それより、気に入らないか?」


俺が差し出した簪を手に取らないニルに聞くと…


「そんなはずがありません!ありがとうございます!一生大切に致します!」


まるで脆い割れ物を取り扱うかのように簪を受け取るニル。


「はは。あくまでも物だから、そんなに思い詰めなくても良いと思うが。」


「いえ!ご主人様から頂いた物ですから!」


「…そうか。そこまで大切にしてくれると嬉しいよ。」


「はい!」


さてさて、プレゼントは渡せたが、セナが手紙で書いてくれていたはまだ終わっていない。

と言っても、今更何を話せば良いのか…

ニルと同じように、俺もニルには、もう全ての事を話しているし、隠し事も無い。

思った事は伝えているし、今更ニルへのと言われてもな…


「どうかされましたか?」


いつものように、疑問符を頭の上に並べて上目遣いで見てくるニル。


「ニルは本当によく気が付くよな。」


「そうでしょうか?その辺の者達には負ける気などありませんが、未だ気が付けない事や予想外な事ばかりですよ。」


「そうか?いや…そうなのかもな。

俺が気付かないうちに、ニルも随分と強くなった。人は日々変わるものだし、予想出来なくて当然なのかもな。」


「それを除いても、ご主人様は特別予想出来ないお方だと思いますよ?ふふふ。」


「はは。耳が痛いところだな。」


今日は本当にニルがよく笑ってくれる。セナには本当に感謝しなければな。


「ニル。俺は本当にニルの事を大切に思っている。

だから怪我だってしてほしくないし、死ぬ事なんて考えたくもない。」


「……………」


話の内容が変わった事を感じ取り、ニルは真剣な表情で聞いてくれる。


「でも、俺達にはやらなければならない事があって、倒さなければならない相手もいる。

大切だからこそ、これからも共に戦って欲しい。

俺はニルの背中を守る。だから、これからは……ニルが俺の背中を守ってくれ。」


「ご、ご主人様………」


今まではずっと、ニルを守る事を考え、守られる事など考えなかった。

でも、これからは違う。

もう、ニルは守られるだけの存在ではない。守る側の存在でもあるのだ。今回の事で、それを強く思った。


「……はい!お任せ下さい!ご主人様の御背中は、私が必ず守り抜きます!」

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