第283話 復興 (2)

「もうですか?!」


既に復興が始まっていると聞いて、ニルはかなり驚いている。


「こういう時、平民の人達っていうのは、鬼士よりずっと強いのよ。

落ち込んではいても、直ぐに気持ちを切り替えて、街の復興に取り掛かってくれている人が大勢居るわ。

それに……」


「どうかしたのですか?」


「……下民の人達が、大勢手を貸してくれているの。」


「えっ?!」


セナもニルも、かなり驚いている。当然俺も。


下民の皆が、今回の騒動でよく動いてくれた事は知っているが、街の復興となると、少し話が変わってくる。

戦で動いてくれるというのは、間接的に島の民全員の為…という事になるが、直接人々に手を貸しているわけではない。

それに対して、街の復興というのは、あくまでも個人対個人のやり取りとなる。

倒壊した建物の瓦礫がれきの撤去や怪我人の移動等、人と人とが関わり合わなければ成り立たない。

つまり、今まで散々自分達を殴ったり蹴ったりしていた奴の、目に見える場所で手伝いをするという事だ。人によっては、直接手を貸す事にもなる。


「何でも、タイガって人が、下民の皆を纏めて、手伝いをさせているみたいよ。」


タイガと言えば、闇華を見付ける際に案内してくれた下民の男だ。

今回の騒動の際も、街を駆け回ってくれていたと聞いている。


「アタシもびっくりしたよ。

でも、今は人手がいくらあっても足りない状況だし、手伝ってくれるのは本当に有難い。

バツが悪い人も多かったみたいだけれど、黙々と手伝ってくれる彼等に、皆も感謝していると思うわ。

特に、北地区は女性が圧倒的に多いし、男手は本当に助かるからね。」


「最初から最後まで、彼等には助けられたな。」


「……ふふ。」


堪えきれなくなったのか、セナが笑いをこぼす。


「ゴンゾーのしてきた事は、一つも間違っていなかったのね。」


「…ああ。そうだな。」


自分の事のように嬉しそうに笑うセナ。


「あ…シンヤさん!」


次から次へと遠くから声を掛けられる日だな…

奥の方から走ってくるのは白髪の男性鬼人族。

ゲンジロウの弟子の一人、リョウだ。


「聞きました!天狐を倒したそうですね?!」


あれ?リョウとはあまり話をした事が無かったが、リョウって、こんな礼儀正しい奴だったか?

いや、別に礼儀がなっていない男だとは思っていないが、もっと強気で、ゴリゴリ来るイメージだったが…


「あ、ああ。皆で力を合わせてな。」


「凄いです!あの天狐を倒すなんて!」


とてつもなくキラキラした目で見られている気がする。まるでヒーローを見る男児の眼差しだ。


「い、いや。シデンやランカ、ラトと…もう一人も居たからな?」


「だとしても凄いです!俺も強くなれるように頑張ります!」


「お、おう…頑張ってくれ。」


「押忍!!」


なんだろう。訂正した方が良さそうだが、どうやって訂正したら良いのか分からない…


「あ、あの!」


俺とリョウの話が切れるのを待っていたのか、ユラが大声で入ってくる。

というか…尋常ではないくらい顔が赤いが……これは…


「あれ?ユラさん…だったよな?」


「は、はい!覚えていてくださったのですね!」


「当然。無事だったみたいだな。」


「はい!あの後、情けない事に指揮に回りまして…」


「情けないなんて事はないだろう。北地区は被害が少ないと聞いた。ユラさんの指揮で街の皆が救われた証拠なのだから、自信を持つべきだよ。」


「は、はい!」


うーむ。ユラは随分と女の子をしているなー。


「リョウさーん!」


リョウの事を呼ぶ声が聞こえてくる。


「師匠に呼ばれているので、俺はこれで。」


リョウは俺に頭を下げて走っていく。


「………………」


その後ろ姿をボーッと見詰めるユラ。


「ふふふ。」


「え?!なにっ?!」


ニルの笑い声を聞いて、我に返ったユラ。


「ユラ。後で詳しく聞きますからね?」


「えっ?!何を?!」


「うちも聞きたいなー。あっ!そうだ!リッカと会う時、ユラも一緒に連れて行こう!決定!」


「良いですね!決定です!」


「えっ?!何の話?!アタシは何を喋らされるの?!凄く怖いよ?!」


ユラ。完全にロックオンされたな。

ニルだけならばまだしも、セナにロックオンされてしまったのは痛い。全て喋り尽くすまで解放されないだろう。


「せんぱーい!行きますよー!」


ユラの後輩が大声で呼んでいる。


「ランカ様は怪我が酷いので、ユラが頑張って補佐して下さいね。頑張って下さい。」


「えーっ?!この状況で行くの?!」


「先輩!行きますよ!」


「アタシはどうなっちゃうの?!気になるよ?!」


「はいはい!行きますよー!」


ユラは、頭をこちらへ下げた後輩に背中を押されて城へと向かっていく。


「まさかユラがねー。これは面白い話が聞けそうね。」


「ふふふ。お手柔らかにお願いしますね。」


「それはユラ次第かなー。」


楽しそうに笑うニルとセナ。

こういうのは触らない方が良い。触らぬ神に祟りなしだ。


ユラとリョウが去った後。


「俺達は一度戻って、サクラの様子を見てくる。

ラトはここで待っていてくれるか?」


『うん。もちろん。』


「……すまないな。」


『大丈夫大丈夫!』


ラトは、いつものように、楽しそうな声で言っていくれるが…俺とは精神的に繋がっているから、それが本当の感情ではない事を感じ取っていた。


ラトが聖獣となり、より一層、人と関わるのが難しい姿となった事で、自分がこの場所に居るべき存在ではないと、思っているのだ。

そんな事はない…と言いたいところだが、リッカが針氷峰に居た理由、そして、人の居る場所に留まることを恐れていた理由と同じで、大きな力というのは、常に危険となる可能性がある。

ラトはそれをよく知っている。

俺達と一緒に旅をして、人がどれ程にもろい存在なのかを理解しているのだ。聖獣となる前でさえ、撫でるだけで人は死んだ。今の状態で撫でれば、跡形も残らないだろう。

だから…………ラトとの別れは、そう遠くない未来に訪れる。それを理解ししているのだ。


それでも、今直ぐというわけではない。

その日が来るまで、悲しい、寂しいという感情は、なるべく表に出すべきではない。感じ取れたとしても。


その後、サクラの様子を見に戻ってみたが、まだ目は覚めておらず、体を休めつつ待っていると、一時間後。


「ん……」


「サクラ?!」


「起きたのか?!」


「大丈夫でござるか?!」


「あ…あれ…?私……」


まだ声は弱々しいが、意識はハッキリしているようだ。


「よ…よ…良かったぁーーーーー!!!」


「わっ?!」


セナが泣きながら抱き着いて、それに驚くサクラ。


「え…えーっと……」


「本当に良かったでござる…サクラ殿は病が進行してしまって、気を失っていたでござるよ…」


ゴンゾーも鼻をすすりながら、涙混じりに説明する。


「そうだったのですか…もしかして、四鬼華の…?」


「そうだ。シンヤ達が全て集めて、万能薬を作ってくれたんだ。それを飲ませたら、容態が安定してな。

筋力が弱くなっているから、気は抜けないとの事だが、よく食べて、よく寝て、適度に動けば、治るそうだ。」


「そう…ですか……」


シデンは平気そうに説明しているが、手が震えている。震える程に嬉しいのだろう。

サクラはサクラで、セナの背中をさすりながら、目を閉じると、その端に涙の粒が見える。

随分と長い間、桜点病と戦ってきたのだ。治らないとも言われていた病が治って嬉しくないわけがない。

病状もかなり進行していた様子だし、ここのところは、かなり辛い状態だったと思う。何せ、片手で持ち上げるくらい出来そうな程に全身が軽くなっていたから。


「……皆様、本当にありがとうございました。私は……私は幸せ者です。」


涙を目の端に溜めて笑うサクラ。


「シンヤ殿!感謝するでござる!拙者は…」


「何言っているんだ。闇華はゴンゾーも一緒に採取しに行っただろう。

俺達は、ゴンゾーやシデンが、街を守ろうとしていたから、代わりに動いただけだ。

思いは皆一緒だろう。」


「シンヤ殿………っ!!」


ダンッ!!


ゴンゾーは突然、正座の状態で鞘に入った刀を立てて、鞘の先端。こじりと呼ばれる部分を、強く床に叩き付ける。


「な、なんだ?」


「シンヤ殿。」


その状態で俺の顔を見たゴンゾー。その目はとても真剣で、何か大切な事を言おうとしていると感じた。

そこで、俺も姿勢を正し、聞く体勢を取る。


すると、何故かシデンもゴンゾーの横に正座で座り、同じ体勢を取る。


「昔から、鬼人族には、ある風習といえば良いのか…約束事をする時に、絶対に破らない。という覚悟を見せる為に、やる事があるでござる。」


「約束事…」


元の世界で言う指切りみたいなものかな?


「これをした場合、口約束は勿論、書面での約束事よりも、ずっと強い意思が有るとされているでござる。」


指切りというより、武士の金打きんちょうに近いのかな。

武士は堅い約束をする時、刀を少しだけ抜き、それを戻して打ち鳴らす事で、約束を守る事を誓ったらしい。時代劇的な映画で見た事がある。

指切りよりも、もっと命を賭けたような、強い誓いだ。


角取かどとりと呼ばれているでござる。」


「角取?」


その言葉を聞いていたランカ、どこに居たのかテジム、そして、偶然近くに来たゲンジロウが寄ってくる。


「なるほど。ゴンゾー。俺もそれに混ぜてもらうぞ。」


ゲンジロウが何をしようとしているのか、気が付いたらしく、同じように、残った右腕で刀を立てて正座する。


ランカとテジムは、護身用で用意されていた刀を持っており、同じように立てて座る。


ランカは全身痛むだろうに…と言いたいが、そんな雰囲気ではない。止めて良いものでは無さそうだ。

それを理解しているのか、セナも何も言わず見ているだけだ。


「我々鬼人族にとって、角というのは鬼人族たる証でもあるでござる。」


軽く説明された事を纏めると…

ずっと昔、まだ島の中で戦争が頻発していた頃。

ある男が、濡れ衣を着せられ殺されそうになっている友を助ける為に、上官に右の角を切って差し出し、必ず真犯人を見付けるから待って欲しいと頼み込んだそうだ。

その心意気に感動した上官は、友を殺すのを待つ事にした。

暫く後、真犯人を見つけ出した男が戻って来ると、上官が冤罪えんざいを、その場で友に謝ったそうだ。

そして、友は、自分の為に角を切り落とし、命を救ってくれた男に感謝の意を示すため、自分の左の角を、その場で切り落としたそうだ。


その後、二人は戦場で名を馳せた大将軍になるのだが、その逸話は約束事を誓う為の行いとして語り継がれてきたらしい。


それが、角取。


「拙者は、あのダンジョンからこっち、何度も命を救われたでござる。

その上、ここまでの事までして頂いて、一生では返し切れぬ恩を受けたでござる。

故に、ここに誓うでござる。

何があろうと、拙者はシンヤ殿達を裏切らず、この命を賭けて共に戦うと。」


立てていた刀をクルリと上下反転させたゴンゾーが、鞘に入ったままの刀の刃を、角の前に持っていき、切るような仕草を取る。


それに続いて、シデン、ランカ、ゲンジロウ、テジムが同じようにした後、全員が刀の柄を俺の方へ向けて床に置く。


刀の柄を俺に向けて置くのは、約束を違える事があれば、そのまま刀を抜いて切ってくれて構わない。という意味らしい。

もし、この約束を受けられないならば、刀を横に向けて置き直し、受けるのであれば、そのままにする。これで約束が完了らしい。


ここまで聞くと分かるが、この角取という約束は、指切りや金打とは違い、する方が一方的に責任を負う。

相互の約束ならば、相手も同じように角取の仕草を行い、刀を起き合って約束となるらしいが、片方だけがやる場合、騎士が剣を捧げる行為に近い意味合いを持つ。

と言っても、一方的に約束するという事はまず無いらしいが。


「拙者達は、既に恩を受けた身。シンヤ殿達が約束する必要は無いでござる。

これは、拙者達のケジメ…のようなものでござるからな。」


「………分かった。

その時が来たら、頼る事になると思う。皆の強さは俺が知っているからな。」


そこまでの覚悟をして、誓ってくれた約束を、断れるはずなどない。


「大陸の連中がどれ程かは知らんが、シンヤと共に戦うならば、どんな相手でも負ける気などしない。」


「心強いよ。」


アマチの言っていたように、全員が大陸の戦争に来る事は無いだろうが、一人でも肩を並べて戦う事になれば、これ程頼もしい者達はなかなか居ないだろう。


「こんな事をしたとアマチ様に知られたら、呆れられるかもしれんな。」


「あー…確かにな。」


この約束は、種族を越えて結ばれた強い誓いだ。

何よりも、俺への手助けを優先すると、今誓ったのだから、鬼人族の事を優先して考えなければならないアマチとしては、頭の痛い誓いになった事だろう。


「とはいえ、シンヤ様の事ですから、こちらの状況次第では、助けを求めて来ない可能性もありますからね…見張りでもつけておきたいところですが…」


「いやいや。状況によって柔軟に対応するべきだろう?島の事を無視して大陸に集中するなんて、アマチが聞いたら泣くぞ?

それに、そんな事、ランカ達にさせたくないしな。」


彼女達が命を賭けて守ったこの島を、大陸の戦争に巻き込んだから潰したなんて事になれば、戦争に勝っても素直に喜べないだろう。

助力は求めるつもりだが、約束を最優先させるつもりは無い。まあ、その辺はアマチが上手く操縦してくれるはずだし、そこまで気にはしていないが。


「まあ先の話を今しても仕方ない。その時が来たら、なるようになるだろう。

それよりも、今は街の復興だ。

ランカ。お前のところの、借りておくぞ。」


「お前のところの、ではなくて、ユラさんです。名前くらい覚えて下さい。

これからは、アマチ様に次ぐ権力を持つ事になるのですから、そういう事にも気を使って下さい。」


「ぐっ…ま、まあ、そうだけどよ…」


「分かっているならやって下さい。」


「うっ…」


「ははは。ランカが補佐についていれば、安泰あんたいそうだな。」


「勘弁してくれー…」


「いいえ。権力を持つのであれば、それに対する責任も共に負うのです。今までのように自由気ままにやっていては困ります。私が補佐役に任命されたからには、手を抜いたりはしません。」


「ひえー…」


権力の怖さを知っているからこそ、今まで以上に、ランカは厳しく自分達を律するのだろう。

相手がランカだから、怠けたりしたら、直ぐにバレるし…全身ボロボロでも、ゲンジロウをヒーヒー言わせる事が出来るのは、奥さんであるレイカさんと、ランカくらいだろうな。


その日、サクラの目が覚めた後、俺、ニル、ラト、セナ、サクラ、シデンは城を出てシデンの屋敷へと向かう事にした。当分はシデンの屋敷に泊めてくれるらしい。

サクラの病は快方に向かっている為、城の中に留まっているのは邪魔になると、サクラが屋敷へ戻る事を提案した。


ゴンゾーはゲンジロウの手伝いをすると残る事になった。


「まったく…サクラは言い出したら聞かないところがあるからなー。」


「まだ言っているの?セナ。もう屋敷に着いたって言うのに。」


体調が優れないサクラが、城から屋敷へと戻る事に賛成しなかったのは、サクラ以外全員。

でも、サクラは大丈夫だからと押し切ってしまった。

せめてと、シデンが背負って移動しようとしたが、恥ずかしいからと断られ、ショボーンとしたシデンを見たのが城を出る直前だ。

ただ、歩いていてもフラフラして危なかった為、ラトが背に乗せてくれた。

気を張っていれば、体に纏う雷を抑える事が出来るらしく、屋敷まで何とか到着。

一度シデンに背に乗る事を禁止されたが、背に腹はかえられぬと、承諾された時のサクラの喜びようは凄かった。


こうして屋敷に辿り着いた俺達は、サクラの部屋の縁側に座り、既に満開となりつつある桜を見ながら、話をしているところだ。


「そういう事じゃあないの!病が快方に向かっているからって、調子に乗っていたら危ないんだからね!」


「はーい……ふふふ。でも、セナと一緒に、また外に出られる日を望めるなんて、本当に嬉しいわ!」


「むむ……そう言われちゃうと、これ以上叱れないじゃないの。」


「ふふふ。」


「はあ…うちの負けね……で!も!外に出るのは、しっかりと体力が付いてから!分かった?!」


「はーい。」


「本当に分かっているのかー?!このー!」


「きゃっ!もー!セナ!」


黄色い声のやり取りに、行き場を無くした俺が、ボーッと桜の木を眺めていると…


「……シンヤさん。」


突然、セナの真面目な声が横から飛んでくる。


「ん?どうした?」


「サクラの事、ゴンゾーの事、それにこの島の事…何より、うち自身の事。本当にありがとう。」


「改まって…どうした?」


今までキャッキャッと騒いでいたのに、唐突過ぎて反応が難しい。


「……うちは、今まで、サクラの事も、ゴンゾーの事も…心配するだけで、何一つ出来なかった。

ゴンゾーが街で有名な荒くれ者だった時も、ゲンジロウ様の道場の前で頭を下げ続けていた時も、ダンジョンに取り残された時も、サクラが病だと知った時も…ずっと、ただソワソワして、心配するだけしか出来なかった。」


「そんな事!」


「ううん。サクラは優しいから、そう言ってくれるけど、何も出来ていなかった事は自分が一番知っているから。

何かしたいと思っていても、何をしたら良いのか分からなくて………でも、シンヤさんが来てくれて、うちに出来ること、うちにしか出来ない事が有るって気付かせてくれた。

うちには鍛冶しかなかった。それしか出来ないから…そんなものでサクラもゴンゾーも救えないなら、こんな両腕要らない…なんて考えた事もあったわ。」


「セナ……」

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