第282話 復興
「だ、大丈夫でござったか?」
放心気味の俺に、ゴンゾーが恐る恐る近寄ってくる。
「く、食われるかと思ったぜ…」
「分かる…分かるでござるよ。セナがあの顔の時は、何故か有無を言わさぬ雰囲気を出すでござるからな…
拙者も、あの顔のセナには近付けないでござるよ。」
ゴンゾーの言葉が耳を
「「っ?!」」
俺とゴンゾーは蛇に睨まれた蛙のように、大人しくしているしかなかった。
そんな事がありつつも、
「スー……スー……」
サクラはシデンの背で眠ったまま起きそうにない。
隠れていた者達が、集結を聞いて出てきたのか、一階には多くの者達が集まっていた。
未だ残る血の跡や、戦闘の
ゴンゾーが周囲の者達に聞き、サクラを休ませられそうな場所を貸してもらい、一息着く。
「オラも手を貸してくる。」
テジムは怪我も少なく、まだ動けるという事で、俺達から離れ、事態の収拾に取り掛かる。
「拙者も…」
「ゴンゾー。」
先程俺が詰め寄られた時の顔で、セナがゴンゾーを引き止めると、ゴンゾーは進もうとして前に出した足を戻し、その場に行儀良く座り込む。
「どこからどう見ても、ゴンゾー、シンヤさん、ニル、そしてシデン様は怪我が酷いでしょう。大人しくしていられないなら、うちがもっと酷い怪我にするよ?」
笑顔で言われた俺達は、無言で頷くしか出来なかった。
「よろしい。サクラの看病はうちに任せて、皆は休んで。」
「し、しかし…」
「これくらい……させて欲しいな。」
眉尻を下げて言ったセナに、今度は違う意味で何も言えなくなり、俺達は大人しく休む事にした。
「ご無事でしたか。」
そんな俺達の元に、ランカが現れた。
全身に白布を巻いて、
「ランカ!無事だったか!」
「お陰様で、何とか無事でした。」
ランカも休みに来たらしく、俺達の近くに腰を下ろそうとするが、痛みに顔を歪めた為、セナが直ぐに手を貸し、何とか腰を下ろす。
「ふふふ。皆散々な状態ですね。」
「だな…痛むか?」
「見た目程ではありません…と言いたいところですが、無理な体の使い方をしたので、手足が不自由になる寸前だったと言われました。」
「大丈夫なのか?」
「安静にしていれば、
「それは…本当に良かった。」
本当に良かった。天狐にランカが吹き飛ばされそうになった時は、どうなる事かと心配していたから、胸のつかえが取れた気分だ。
「それにしても…シデン様。」
「何だ?」
「私達はシンヤ様とニル様に、多大な恩を受けてしまいましたね。」
「………ああ。美味い飯と酒を腹がはち切れるくらい食わせても、足りない程の恩だな。」
「改めて…」
ランカが俺とニルに向かって頭を下げようとしたが…
「あー!そういうのは良いから!そんな体で頭を下げるな!」
「シンヤ様…」
「ただでさえ女性に頭を下げさせるなんて落ち着かないのに!こんな美人さんに、しかもボロボロの体で頭を下げさせるなんて、悪鬼認定されてもおかしくないだろう?!」
「美人…」
「引っ掛かるのそこかよ。」
シデンの冷静かつ鋭いツッコミ。
「頭を下げるより、体が治ったら、また酒でも酌み交わしてくれ。共に戦った仲だろう?」
「……はい。必ず。」
そう言ってニコリとしたランカは、いつもの微笑ではなく、本当に嬉しそうな笑顔だった。
「それにしても…相当な無茶をしたな。ランカ。」
「そう…ですね。」
ランカは未だ震えている両手を見て、苦笑いしている。
「でも、私の体がボロボロになった程度で、天狐という天災から皆を守れたのであれば、四鬼
ランカではないけれど、顔を見なくても、声を聞いただけで分かる。
その言葉が、本心から出ている言葉だということが。
彼女だって、盲目だということや、女性だということによって、これまで、色々な人から色々な事を言われてきたはず。
それなのに、一切の躊躇も無く、自分の身を削ってでも人々を守ろうとした。
ゴンゾーといい、サクラといい…
「本当に凄いな…」
「え?」
「いや。何でもない。
それより、テジムから聞いたか?」
「私がゲンジロウ様の補佐として任命された事ですね。ここに来る前に聞きました。
任命されたからには全力で取り組むつもりですが…本当に私がやっても大丈夫なのでしょうか…?」
いつも自信満々な彼女が、かなり不安そうだ。
彼女は、四鬼としての活動において、政への介入を最も嫌っていた。
ランカが、権力との接触を極端に嫌がっていたのは、北地区に入る時聞いた話でもそうだったし、実際にランカの所で過ごしていても感じていた。
そんな彼女が、突然政の
状況の把握能力、顔を合わせたばかりの兵士達を、その場で統率した指揮能力、相手の心情を読み取る能力、そして、武の能力。
全体的に高いレベルで纏まっているタイプであり、スペックで言えば間違いなく彼女が一番高い。
ランカの能力を把握しているならば、男尊女卑のこの島でも、遊ばせておくにはあまりにも惜しいと分かるだろう。
恐らく、テジムが進言しなくても、アマチはランカを補佐に指名していたはず。
ただ、現四鬼の一人が進言したという事実があれば、他の者達が表立って反対する事も無い。それを分かった上で、テジムに言わせたのだ。つまり、あれは茶番。
多少なりとも、逆風は有るかもしれないが、もっと酷い逆風の中を進み四鬼になった彼女にとっては、そよ風のようなものだろう。
「俺はランカがやれば、間違いないと思うぞ。」
「私もそう思います。」
「うちも、ランカ様なら寧ろ最高!と思っていますよ!」
当然、ランカの事を見てきたニルとセナも、手放しで賛成。
「俺も……ランカなら上手くやれると思うぞ。」
あまり妹以外の者を見ないシデンも、賛成の意を示す。四鬼になる時に世話になったという事を省いた上での評価だろう。
「シデン様まで…」
「ランカ。」
「は、はい?」
あまり感情に流されないランカが、珍しく言葉に詰まる。
「今まで中枢から距離を置いていたのは、自分の為というより、道場の皆、街の皆の為だろう?」
「っ?!」
ランカ程の能力が有れば、少し
それでも、それをしなかったのは、権力に絡まれると、人は変わってしまうからだと思う。
四鬼の道場の出身者と言うだけで、引く手
それが良い方向へと流れてくれれば良いが、大抵は悪い方へと流れてしまうのが、世の常。
ゲンジロウの道場で、権力を餌に操られていた者達が良い例だろう。
四鬼の門下生がそうなれば、道場に連なってくる周辺の店や人々が変わり、行く行くは地区全体が変わってしまう。
それを防ぐには、権力から遠ざける事が手っ取り早い。
その
今回は、ツユクサというイレギュラーによってその枠から外れてしまったものの、本来ならば上手く回っていたはずだ。
つまり、ランカは自分自身も権力か嫌いなのかもしれないが、自分自身の為ではなく、門下生や、街の皆の為に権力を遠ざけていたのだ。
俺がそれに気が付いたのは、門下生の剣と、それを振る時の顔を見た時だった。
純粋に剣の道を歩み続けている彼女達を見れば、女性ばかりだからというのを抜いて考えても、ランカの道場が他とは違う雰囲気を持っている事に、直ぐに気が付く。
「お上の連中の大半が捕まり、これからアマチやゲンジロウを中心として、この島も大きく変わっていくだろう。
その補佐に入れば、ランカの思い描く街にする事も、今よりずっと容易くなるはずだ。そして、その能力がランカには有る。」
俺の言葉に、ランカ以外の全員がうんうんと頷いている。
「シンヤ様…皆様…………」
「今まで色々と大変だっただろう。俺は男だから察する事しか出来ないが…ランカがどれだけ頑張ってきたのか、それは剣を見れば分かる。」
「……………」
「ここからは、ランカを女だから、盲目だからと言っていた連中を見返してやる
黙って聞いていたランカの頬を、ツーと伝う一筋の涙。
ランカは直ぐに顔を伏せてそれを隠したが…
「あ、ありがとうございます…」
礼の言葉は、震えて殆ど聞き取れなかった。
泣くとは思っていなかった為、少しビックリした。
でも、それだけ彼女の人生が、過酷だったという事なのだろう。
四鬼の涙となれば、色々と…色々なので、俺とシデン、ゴンゾーの男衆は、涙を見ていない振りをして、最も立場的に関係の無いニルが傍に行ってくれた。
きっと、これから先、ランカがゲンジロウの補佐として動いていく事で、男尊女卑の思想も少しずつ緩和されていく事だろう。
ランカを目の前にして、その能力を妬む者は居ても、女性を
ランカが静かに泣くのを聞きながら、体を休めた後。
日が高くなってきた頃、目が覚めると、城内、城外共に随分と騒がしくなっていた。
ゴンゾー、セナ、シデンはサクラを見ておくと残り、ランカは怪我が酷いので、セナの強制ストップが掛かり大人しくしている事に。
俺とニルだけで外に出た。
争いは完全に
未だ残る濃い血の臭いが消え去るのは、まだ先の話になりそうだ。
俺とニルは、何よりも先に、ラトとリッカを探した。
探したと言っても、俺とラト、リッカは精神的に繋がっている為、戦闘が終結した事も、その後サクラを治した事も、そのまま体を休める為に横になっていた事も知っているし、居場所も把握している為、会いに行ったというだけの事だが。
ラトとリッカは、周囲の者達の邪魔にならないような、広い場所で休んでおり、伏せして丸まっているラトの腹に、埋まるように背を預けるリッカの姿があった。
「ラト!リッカ!」
俺が声を掛けると、ラトの耳がピクピクと動いた後、頭を上げてこちらを見る。
『シンヤ!』
リッカも気付いたらしく、ラトの毛の中から出てくる。
「こんな何も無い所で休ませてすまないな…」
「リッカとラトは近くに居ると、皆が休めないから。
それに、別に気にしていないから大丈夫。」
『僕も大丈夫だよ!』
パリパリと小さな雷を走らせながら言うラト。
聖獣となった事で、より一層人と住むのが難しい体質になってしまったらしい。
天狐戦では、ラトとリッカの助力が無ければ、確実に負けていただろう。それなのに、こんな場所で休ませてしまった事を申し訳なく思っていると。
「シンヤ。本当に大丈夫。
最初は皆が、もっと休める場所で休ませてくれようとしたけれど、リッカが断ったの。
ベルトニレイの力で暴走しなくなったとはいえ、まだ怖いし、ラトもリッカみたいになったばかりだから、力を上手く制御出来ないかもしれないから。」
「そうだったのか…」
「うん。だからシンヤも気にしないで。」
「…分かった。」
まだ少し気にはなっているが、その気持ちを抑え込み、話を切り替える。
「天狐との戦いでは助かった。わざわざ来てくれてありがとうな。」
「リッカが先に助けられたから当然の事。それに、これは皆の為でもあるから。」
「本当に助かったよ。」
再度礼を言うと、少し照れながら頷くリッカ。
「それより、アンガクはどうした?」
オゼ村の住人で、リッカの事を唯一知る男。毎日リッカに顔を出す約束をしているのだし、今日も来ているはずだが。
「……だ、大丈夫。今日の分の肉は置いてきたから。」
どもりつつ、目を泳がせて言うリッカ。
これは確実に黙って出てきたパターンだ。
「その程度で取り乱すような男じゃあないわ。」
後ろから声が掛けられる。
「怪我は無い?リッカ。」
「セナ。うん。大丈夫。」
どうやら、セナだけこちらへ来てくれたらしい。
「サクラは大丈夫なのか?」
「さっき医者が来て、状態は安定しているから、大丈夫だろうって。ゴンゾーとシデン様が、看ていてくれるっていうから、少し顔を出しに来たの。」
「そうか。」
俺とニルが出てくる時も、ソワソワしていたし、シデンが気を利かせてくれたのだろう。
「それより……ラトは一体どうしたの…?」
様変わりしたラトを見上げるセナ。
黄金色の狼を目の前に、口を半開きにして驚いている。
この中では、最もラトの背に乗る時間が長かったのはセナだし、そうでなくとも気になるだろう。
『ピリッてなった!』
ざっくり過ぎて最早説明にはなっていないラトの説明。
「まあ色々とあってな。ピリッとなったらこうなった。」
俺は敢えてそのまま放り投げる。
「………シンヤさん。今説明が面倒だと思ったでしょう?」
「うっ……」
「まあ聞いたところで、友魔の事なんてよく分からないし、うちも聞いただけだから。
ラトが嫌じゃないなら良いの。」
『嫌じゃないよー!』
「嫌じゃあないってさ。」
「それなら良し!」
セナは笑って話を終わらせる。こういうところはセナだな。
「リッカは、いつ来たの?」
「天狐が出てきた時。」
「リッカも戦ったの?!」
セナとしては、リッカは友達のようなイメージなのか、天災と戦う存在とは認識していないらしい。
「うん。結構強かった。」
「結構って…」
「忘れているかもしれないが、リッカは天狐と同等の強さを持った存在だぞ?」
「そ、そう言われると、そうだったわね。」
「リッカは大丈夫。雪神様だから。」
淡々とした口調で言われた為、それがジョークだと気が付くのに一瞬間が空いてしまった。
「…はは。そうか。」
「うん。アンガクが教えてくれた。雪神様式冗談。」
「あの馬鹿は何を教えているのよ…」
「アンガクとは上手くやれているみたいだな?」
「うん。毎日話しに来る。色々聞けるし、言葉も沢山覚えた。」
「それは良かった。」
「ねえ!どうせここまで来たなら、暫くこっちに居ることって出来ないかな?!言葉も覚えたなら、一緒に街を…って、今街は大変な事になっているんだったわね…」
「アンガクにも伝えないと心配しているだろうしな。」
「そっか…残念…」
ショボーンとするセナ。
「一度戻って、アンガクに伝えて、近いうちに戻ってくる。シンヤが居るなら場所は分かるから。」
「ほんと?!」
「うん。」
「いやったぁー!」
小躍りし始めるセナ。本当に嬉しいらしい。
「サクラも一緒に、街を歩いて美味しいものを食べたり、可愛い物を買ったりしよう!」
「楽しみ。」
「当然ニルも強制参加だからね!」
「ふえっ?!」
「あー!楽しみー!どこ行こう?あの店は無事なのかな?あの店の甘味は美味しいのよねー!」
ニルの変わった驚き方を無視して、セナの中では当日の散策が始まってしまっている。
流行りの女子会というやつか…
女三人寄れば
五人寄ったら、俺には近寄り難い集団の完成だ。
当日は男子会でも開いて大人しくしていよう。
「それじゃあ。リッカは一度戻る。」
「うん!来る時はシンヤさんに言ってね!」
「うん。」
そう言って、リッカは針氷峰の方角を向くと、ゴウッと強風を巻き起こして、飛んで行った。
リッカは氷の魔法を使う為、寒暖差を使い、風を起こして体を浮かせているようだ。
当然、俺達が生じさせる事の出来る寒暖差や、規模程度で、人が飛べる程の風は起きないし、まさに天災級の力が無ければ出来ない事だ。改めて天狐戦で来てくれた事を感謝していると…
「ニルー!」
少し離れた場所から女性の声が聞こえてくる。
「ユラ?!」
手を大きく振りながら走ってくるのはユラ。
どうやら、街の方から何人か連れて来たようだ。
「ユラ!怪我をしたのですか?!」
「え?あー。これくらい大したことないよ。」
近付いてきたユラは、左腕を負傷しているのか、白布を巻いている。少し血が滲んでいて、痛そうだ。
「大したことあります!血が滲んでいるではありませんか!見せて下さい!」
「え?!あっ!ちょっと!?」
有無を言わさぬニルの行動にされるがままのユラ。あっという間に治療されてしまった。
「な、なんか手伝いに来たのに、逆に手を掛けさせてしまったわね…」
「この程度手間のうちには入りません!」
「は、はい…」
こういう時のニルって、何とも言えない圧を発揮するんだよなー。
「それより、ユラ。手伝いに来たというのは?」
「あ、うん。さっき師匠から連絡が来て、城から指示を出すから、何人かこっちにも手伝いを寄越して欲しいって。」
今やランカはゲンジロウの補佐。
まだ体調が体調なので、自分の代わりに動いてくれる人が必要なのだろう。
「街の方は大丈夫なのですか?」
「一応指示は出してきたから大丈夫よ。
外に逃げていた人達も徐々に戻ってきているし、場所によっては修繕を開始している人達もいたくらいよ。」
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