第281話 サクラ散る頃に
「しかし…それではゲンジロウにかなりの負担を強いる事になる。後任となる四鬼の指南はゲンジロウに一任するしかないが、政の方は補佐が必要だろう。」
「アマチ様。」
テジムが珍しく声を上げる。
「何か案があるのか?」
「はっ。補佐の件ですが、ランカ姉に頼むのはどうでしょうか。」
「四鬼の政への介入は禁止されているのに…か?」
ゲンジロウは特例として、四鬼の座を
しかし、ランカは別だろう。シデンから何も話が無かった事から察するに、今後の四鬼としての活動に支障が生じるような事にはなっていないはず。
つまり、簡単に言えば、四鬼の政への介入を許す。という事になる。
「…四鬼も、政に関わるべきかと。
民の声を吸い上げ、政に反映させるには、四鬼の役目が適任ではないかと。」
「よくぞ言ってくれた。テジム。」
「はっ。」
「それについては、朕も変えるべきだと考えておった。四鬼の意見を聞こうと思っておったのだが、その前に答えが出たな。」
まあ、当然と言えば当然だろう。
寧ろ、何故今まで四鬼が政から隔絶されていたのかと聞きたいくらいだ。
どうせ、お上の連中が甘い汁を吸うために作った制度だろう。即時撤廃するべきだ。
「それでは、ゲンジロウの補佐としてランカを任命する。
それぞれ体調があるだろうから、無理はしないように。
テジム。ランカへの
「はっ。お任せ下さい。」
「それと、テジムとシデンは、当面の間、街全体の復興に尽力してくれ。ランカとゲンジロウの抜けた穴をよろしく頼む。」
「「はっ!」」
「さて…今決められる事はこのくらいだろう。
まだまだ話さねばならぬ事はあるが、それは後日としよう。
皆疲れもあるだろうし、やらねばならぬ事は山積みだ。
怪我人は大人しく治療に専念し、怪我の無い者達で事態の収拾に当たれ。」
「「「「はっ!!」」」」
アマチの指揮の元、兵士達が走り出す。
「これで一先ずは決着か……っ!!」
気を抜いた途端、天狐に受けた傷の痛みが襲ってくる。
横腹を押さえると、直ぐにニルが駆け寄ってくる。
「ご主人様!っ!!」
駆け寄って来たニルも、怪我の痛みに顔を歪める。
「はは。二人共ボロボロだな。」
「は、はい。」
ニルと顔を合わせ、苦笑いを浮かべる。
ドサッ!
「サクラ?!」
シデンの声に後ろを振り返ると、サクラが床に倒れ込んでいる。
「サクラ殿!」
「サクラ!」
直ぐにゴンゾーとセナが駆け寄る。
「っ………」
「息は有るみたいでござるが…かなり弱いでござる!」
「この香り…桜の香り!」
セナの顔が一気に青くなる。
桜の香りが体から出るのは、桜点病の病状の一つ。近付いただけで分かるという事は、かなり病状が進行している証拠。
呼吸が浅く弱いのは、筋力が落ちているから。
このまま放置すれば、そう長い時間は生きていられないだろう。
今回、無理をさせた事で、病状が一気に進行してしまったのかもしれない。
「シンヤ殿!」
「ああ!直ぐに万能薬を作るから、サクラを仰向けに寝かせてくれ!」
「承知したでござる!」
事情を知らないアマチは、何事かと目を丸くしているが、今は説明している暇がない。
「ご主人様!」
抽出液は、道中で作ってある。後は混ぜて飲ませるだけ。
インベントリから直ぐに四つの抽出液を取り出し、混ぜ合わせる。
それが本当に万能薬として使えるかを、鑑定魔法で確認する。
【万能薬…四鬼華から作られた薬液。あらゆる病を治す薬。】
「よし!大丈夫だ!」
俺は作った万能薬をセナに手渡す。
「セナ!直ぐに飲ませるんだ!」
「分かってる!」
万能薬が桜点病に効くのかは分からないが、あらゆる病を治す…なんて説明がされている以上、治るはず。
「はっ…はっ…」
サクラの呼吸は短く浅く、今にも止まってしまいそうだ。
額には汗が滲み、
セナが薬を飲ませやすいように、仰向けに寝たサクラの背中を支えると、その
着物を着ていて分からなかったが、上半身を起こしただけで、異様に軽い事が分かる。筋力が衰え切っているのだ。
「こんな体で…」
ここまでサクラがどれだけ無茶をして付いてきたのか、それが腕を通して理解出来る。
見てはいないけれど、きっと、今にも倒れそうな状態の中、
「はっ…はっ…」
「サクラ!これを飲んで!」
セナがゆっくりと万能薬をサクラの口の中へと注ぎ込む。
「はっ…んっ…」
意識は僅かに有るみたいで、口に入った液体を、辛そうに喉をコクコクと鳴らして飲んでいくサクラ。
「サクラ殿…」
「サクラ…」
こういう時、男というのは弱いもので、ゴンゾーとシデンは神に願うようにサクラの名前を呼んでソワソワしているだけ。
それに対して、ニルは誤飲しないように首の傾きを変えたり、背中を摩ったり。
背中を支えているだけの俺なんて役立たずに違いない。
「んっ……ぅ………」
万能薬を飲み込み、少しすると、眉間の皺が深くなり、苦しそうな表情に変わる。
「な、なんだ?!どういう事だ?!万能薬ではなかったのか?!」
「治るはずでござろう?!」
シデンとゴンゾーはアタフタしだして、声を張り上げる。
「静かにして!」
「静かにして下さい!」
セナとニルが同時に二人を叱り付けると、二人はピタリと動きを止めて、口を閉じる。
セナとニルも心配しているが、大丈夫だと信じて、サクラの様子を見ていると…
「………スー…スー…」
サクラの表情が和らぎ、寝息を立て始める。
「………はぁー!良かったー!」
セナは腰が抜けたと、その場に座り込んで大きく息を吐く。
「大丈夫なのか?!治ったのか?!」
「サクラ殿は無事でござるか?!」
「取り敢えずは無事だと思うわ。
でも、筋力が落ちてこうなったのだから、油断は出来ない…と思うわ。
うちは医者じゃあないから、詳しい事までは分からないし、早いうちに医者に見せた方が良いわ。」
「医者?!ゴンゾー!!島一番の医者を連れて来るぞ!急げ!」
「承知したでござる!!」
シデンが走り出そうとして、ゴンゾーもそれに続こうとする。
「待て待て!」
それを止めたのはアマチ。
「しかしアマチ様!サクラが!」
「シデンは本当に妹の事になると人が変わるな。
島一番の医者が、この状況の中、暇を持て余していると思うのか?」
街も城下もボロボロで、怪我人だらけ。
それこそ死ぬかどうかの
医者がこの状況で駆り出されていないわけが無い。
「「うっ…」」
シデンもゴンゾーも理解出来たのか、苦い顔をする。
「それならオラが。」
そう言って出てきたのはテジム。
「テジムが?」
「忍は毒も使うから、多少の知識は持っている。どんな状況かくらいは分かる。」
「ほ、本当か?!頼む!!」
テジムに詰め寄るシデン。近い近い。気持ちが前のめり過ぎるだろう。
「テジム。後は頼むぞ。朕はゲンジロウと他の指揮に回る。シデンの妹に何かあれば、直ぐに報告せよ。全ての権限を用いてでも救い出してみせる。」
「はっ!」
アマチとゲンジロウは下の階へと向かったが、そこまで言ってくれるとは…シデンもビックリしている。
テジムはアマチ達が振り返ると直ぐに、サクラの容態を確認する。
「…………………」
「ど、どうだ?」
「…………」
「ど、どうなのでござるか?」
「……………………」
テジムが呼吸を見たり、脈を測ったりした後、シデンを見る。
「………残念だが…」
「「「「っ?!!!!」」」」
全員の顔が真っ青になる。
「このまま放置してしまえば、死んでしまうだろう。」
「そ、そんな………」
「サクラ殿!!」
「サクラ!」
「何とか助けられないのか?!」
「よく食い、よく寝て、適度に運動すれば、良くなる。」
「「「「……………は?」」」」
今にも泣き出しそうな、いや、セナに至っては涙が流れ出していたのに、テジムの言葉に、全員が唖然とする。
「筋力が衰えているから、今までよりも栄養価の高い物を食べさせて、適度な運動をさせて、身に付けさせる必要がある。
今まで通りの生活では駄目だ…と言った。
だから、このままでは、と言った。」
「……テジム貴様!!」
「っ?!っ?!」
テジムに悪気は無かったのか、シデンがブチ切れていても、驚いた顔を見せるだけ。
テジムは忍として生きてきたから、素の会話力が足りないのだろう。他人に化けている時は普通に会話出来るようだったが…何が違うのだろうか?
一瞬、肝を冷やしたが、テジムの見立てが正確ならば一安心だ。
何も言わずとも、シデンの事だから、栄養価の高い物を嫌という程食わせそうだし。
「心臓が止まるかと思ったわ…」
「テジム様も人が悪いですね…」
「オラ…何か悪い事をしたのか?」
ニルとセナは、サクラが助かった事に安心して、溜息混じりではあるが、笑顔を見せている。
ピコンッ!
【イベント完了…四鬼華を収集し、万能薬を作成した。
報酬…通行手形
報酬はインベントリに直接転送されます。】
そう言えば、四鬼華の収集はイベント扱いだったな…色々と有り過ぎて完全に忘れていた。
今思えば、インベントリが必須な四鬼華の収集イベント。元々この島で起きる『サクラ散る頃に』という渡人へのイベントが開催される予定だったのだから、それに繋がるイベントがあってもおかしくはない。
それと、今にして思えば、ガラクが四鬼華を欲していたのは、推測でしかないが、サクラを治す為…だったのではないだろうか。
ガラクの死に際の一手。あれを止めたのはサクラの、桜乱眼という紋章眼で、他者の神力を操れる能力だと、直ぐ後にニルから聞いた。
この島で神力を操る能力は有用だし、鬼皇と同様に、病を治して、監禁でもするつもりだったのではないだろうか。
ガラクが死んでしまった今、聞くことは出来ないが…
イベント報酬の通行手形は気になるが…今確認する事ではない為、一先ずウィンドウを消す。
ピコンッ!
ウィンドウを消すと、再度システム音が聞こえ、目の前に別のウィンドウが現れる。
【『サクラ散る頃に』シークレットイベント完了…サクラの病を治す事に成功。
報酬…ワールドイベントの活性化、
報酬はインベントリに直接転送されます。】
「………んー……」
思わず唸ってしまう内容。
突然目の前に出てきたが、何が何やら…
まず、『サクラ散る頃に』というのは、オボロも言っていたイベントの事で間違いないだろう。先程も出てきた単語だし。
しかし…シークレットイベント…?
こんな情報は公開されていなかったはず。いや、されていたらシークレットでは無いのだが…
『サクラ散る頃に』というイベントの大筋は、反乱軍を制圧する事だ。
しかし、それには隠されたイベントが存在しており、それがシークレットイベント。で、目標が、サクラの病を治す事…という事だろうか。
四鬼の一人、シデンの妹であり、ガラクが興味を示す程の能力を持った紋章眼の持ち主でもある。加えて、そのガラクを上回る力を見せたゴンゾーの想い人。
これらの事を客観的に…もし、自分が画面の外側でプレイしていると考えて見た場合、イベントのキーパーソンとなるのは、サクラだと考える。
シークレットイベントとして、大々的に扱われる人物として相応しいと言えるだろう。
つまり、俺はこの『サクラ散る頃に』というイベントを、表も裏も全てシナリオを見た事で、同時にどちらのイベントもクリアした、という事になる。
考えてみると、四鬼華を集める切っ掛けはサクラ。
鬼士隊の事を知る切っ掛けとなったのは、ゴンゾーのダンジョン放置事件…だが、そもそも、そのゴンゾーが目を付けられる事になったのは、サクラがゴンゾーを下民という立場から拾い上げた事が起因している。
その上…ガラクという存在に、最初に気が付いたのもサクラ。
最重要人物と言っても過言ではない。
そう考えると、この『サクラ散る頃に』という表題。
敢えて漢字の桜ではなく、カタカナのサクラになっているのは、樹木の桜ではなく、人物のサクラの事を示しているのではないだろうか。
サクラ散る頃…つまり、サクラが死んでしまう頃に起きるイベント…という事…か?
それにしても……ファンデルジュというゲームは、超リアルが売り。
NPCを殺す事が可能である事は当然の事、殺したNPCは、二度とゲーム内には現れない。
確かファンデルジュが発売されてから数ヶ月くらい経った時の事だったと思う。
誰だかは知らないが、
ファンデルジュは、初心者や全ロストしたプレイヤーには厳しいゲームであり、そういった者達を救済してくれるようなイベントを吐いてくれるNPCは有名だった。そんなNPCを殺したのだから、それはもう凄いバッシングだった。
当人は全ロストしてイラついていたのか、何となくなのか、荒らし的な奴だったのか分からないが、二度とファンデルジュにログイン出来ない程に非難を受けていた。
情報を共有する掲示板でも、そいつの話になっていたのを見たが、暴言だけで言えばゴンゾーが受けてきたものとどっこいどっこいかもしれない。
と、話が逸れてしまったが、NPCも死んだら帰ってはこない。それはつまり、NPCに起きた事象は、プレイヤー全てに共有されるのだ。
ということは、この『サクラ散る頃に』というイベントで、サクラの病を治して、この報酬を受け取れるのはたった一人という事になる。
しかし、それもサクラを助けられれば…の話だ。サクラの病を治す事が出来なければ、永遠に達成されないシークレットイベントとなる。シークレット過ぎるだろうよ…
それに、ここまでの道程を考えると、この島へ来たのも、ギリギリどころか、手遅れなタイミングだった事になる。
俺達にはラトが居たからこの短時間で万能薬を作れたが、本来ならアウトのタイミング。
その上、達成条件を満たすのもかなり難しい。ここまでの道程での出来事の内、一つでも欠けていたら、四鬼華全てを収集する事は出来なかっただろうし、サクラは手遅れになっていたはず。
全てのフラグを回収し、敵兵、天狐を倒す事で、サクラが無事にここへと辿り着き……と考えると、とんでもないイベントだ。
ここまで厳しい条件のイベントをクリアしたのだから、報酬のエトセトラが気になるところだ。
そして、最も気になるのが、その報酬。
ワールドイベントの活性化。
それは一体何ぞ?としか言えない。
ウィンドウを消しても、それ以上の情報は表示されないし、何か変化があったわけでもない。
突然!全能感に包まれる!……なんて事も無いし。
ワールドというくらいだから、この世界に関する事だとは思うが……全く分からん。
何かをすれば良いのか?それとも待っていれば良いのか…?
そもそも、ワールドイベントというものの内容は?
疑問が溢れていくが、答えが出るはずもない。
今は疲れているし、脇腹も酷く痛む。難しい事は後で考えるとしよう。考えても答えは出ないかもしれないが…
「ご主人様?」
相変わらず俺の反応に敏感なニルが、上目遣いで顔を覗き込んでくる。
「何でもない。それより、よくやってくれたな。」
いつものように頭をポンポンと撫でると、
「い、いえ…」
「それは謙遜が過ぎるでござるよ。ニル殿。」
横から口を出してきたのはゴンゾー。
「ニル殿が居なければ、拙者も、ここに居る者達も、全員がガラクに殺られていたでござる。
拙者だけでなく、セナやサクラ殿も、それを見ているでござる。」
「そうね。あんな凄い事、他の誰にも出来なかったわ。うちが保証するわ。」
「ゴンゾー様…セナ…」
ゴンゾーも、セナも、うんうんと頷きながらニルを褒め称える。
それ程までに、ニルが大活躍してくれたのだろう。
お互いボロボロになってしまったが、あの時の判断は間違っていなかったらしい。サクラが向かったのは予想外だったが、それすらも乗り越えられたのは、それだけニルが成長した証。
「怪我が治ったら美味いものでも食べに行くか。」
「は、はい…」
ニルは真っ赤になりながら下を向くが…
「シ・ン・ヤ・さ・んー!ちょっとこっちに!」
何故かセナに呼び付けられる。
そして、他人に聞かれないように小さな声で、セナが言う。
「まさか、本当にご飯だけで終わるつもりじゃあ無いよね?」
「え…?」
「はあぁぁぁぁぁ………」
盛大な溜息を吐かれてしまった。額に手を置いて、首を横に振る、までされてしまう。
「確かにニルは褒められたくてやったわけじゃあないけどさ!シンヤさんが指示した事だし、それ以上の事をやったのよ?!それでご飯だけって!」
「お、おう……」
「良い?!ニルは今回頑張ったのは、サクラの為って言うだろうけれど、それ以前に、ニルは常に、ご主人様であるシンヤさんの為にっていう前提があるの!」
「お、おう……」
セナの迫力に、同じ返答しか出来なくなってしまう。
「本当に分かってるの?!」
「お、おう?」
「はあぁぁぁぁ……」
「す、すまん……」
再度長い溜息。こういう時って、謝る事しか出来ないよね?俺だけ?
「シンヤさんに任せておいたら、ニルが可哀想で見ていられない!こうなったら……怪我が治ったら、まずはうちの店に来なさい!」
「え…?」
「返事は?!」
「は、はい!」
思わず背筋が伸びてしまった。
「約束よ!」
セナは人差し指を俺の目の前に立てて一言言うと、ニルの元へ行く。
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