第280話 変革
四鬼であるランカや、俺に魔眼を使っておきながら、何かしようとするわけでもなかったツユクサは、本心では争いを望んでいなかったはず。
ガラクに手を貸していたのは間違いない事だし、彼女を許すことなど出来ない。そんな事は許されない。だが…ここから更に彼女を苦しめる言葉を吐くのは、少し違う気がしていた。
そして、ツユクサは言われるままに、ガラクの記憶を消し、後日現れたガラクの手下に協力の約束をした。
俺が会ったのは、それから暫く後の事だったわけだ。
まさか、そんな事になっているとは
あのエロジジイ、人を見る目は確かだとか言っていたが…いや、あのジジイのことを考えるのは止めておこう。
「なるほどな…話を聞いた限りでは、確かにガラクは記憶を植え付けられただけ…にも聞こえるが、それを行ったのはガラク本人。実際に記憶を
「……………………」
ゲンジロウの言葉は、とても鋭い。
殺されていった者達の殆どを知らない俺とは違い、ゲンジロウにとっては、見知った者ばかり。
全てが間接的とはいえ、ここまでの命を奪った彼女に向ける優しさなど残っていないのだろう。
それに、ガラクは、最後の時、ツユクサの紋章眼を受け付けなかった。
神聖騎士団から計画の指示があったとは言っていたが、詳細部分まで指示出来るとはとても思えない。
つまり、計画の筋道は神聖騎士団が指示したとしても、それを細部まで作り込んだのはガラク本人。
そこには確固たる決意が有り、それは、ツユクサの紋章眼を弾く程のものだった…という事だ。
つまり、今回の件の首謀者がどちらか、という質問の答えは、ガラクという事になるだろう。
これはあくまでも俺の推測だが、ガラクはツユクサに道を示されなくても、似たような事はしていたと思う。そういう狂気が、ガラクには有ったように感じる。
かと言って、ツユクサに罪が無いかと聞かれれば、有るとしか答えられない。
相手の罪を償わせる為に殺したガラクと、罪の重さを認識しながら、罪悪感の中で、自分の罪を
こう言い換えると、寧ろツユクサの方が……いや、どちらも同じか。
結局……ツユクサも、壊れているのだろう。
ガラクは体に傷を負わされて壊れ、ツユクサは心に傷を負わされて壊れていたのだ。
要するに、今回の大動乱の大筋を作り上げたのは神聖騎士団。
それをツユクサを通してガラクへ植え付ける。
ガラクの元々の復讐心と、考えていた計画に混じり合い、形が出来上がると、実行に移した。
コハルが最終局面で登場し、自分が黒幕だと言ったのは、半分は真実で、半分は兄を庇う為の嘘…というところか。
「ゲンジロウ。そこまでにしておけ。
こちらが反省せねばならん事も多々ある。
一方的に責めているだけでは、同じ過ちを繰り返すだけだ。朕も含めてな。」
「………………」
鬼士隊に参加していた者達の動機を聞くに、お上の連中が、そのほとんどの要因を作り出している為、ゲンジロウには関係の無い話…とはいかない。
ゲンジロウもお上と同じ側に立つ者であり、政に関わっていないとはいえ、大別すれば、お上と同じ人種という事になる。それに、事実、お上のやっている事を止められなかったのだから。
ゲンジロウは悔しそうな顔をしているが、正論だと分かっている為、拳を握り、歯を食いしばる。
「さて…ツユクサとやら。」
「………はい。」
アマチがツユクサに向かって声を掛ける。
ツユクサは、自分の罪の重さを理解しているのか、大人しく頭を垂れ、死の宣告を待っている。
「自分の犯した罪の重さは、理解しているな?」
「…はい。許される事だとは、思っておりません。」
「であれば、どのような死が待ち受けているか…それも分かるな?」
「………はい。苦痛の中での死を。」
現代日本に生きていた俺にとって、死刑と言えば、どんな者でも同じ方法での死刑だと思ってしまうが、このオウカ島…いや、恐らく、この世界では、そんな事はないのだろう。
彼女は、神聖騎士団と鬼士隊、そして兄との間に挟まれてしまっていたという状況とはいえ、大罪人である。
そんな彼女が、
「そうだ。」
「………………」
ツユクサは、それすらも覚悟の上だと、取り乱す事は無かった。
「しかし、決着が着いた後、素直に全てを語り、神聖騎士団から得た魔具も渡した。
そこで………もし、後日、魔具を用いて、神聖騎士団とのやり取りを行うならば、安らかな死を与えよう。」
「っ?!」
アマチの言葉に、一番驚いていたのは、ツユクサだった。
大罪人の処刑としては、かなり温情のある沙汰なのだろう。
結末の死は免れない。それでも、苦しみ抜いて死ぬのか、一瞬で死ぬのか…その違いは大きい。
「……………いえ。」
ツユクサは、ハッキリした声で返す。
「神聖騎士団に対する応答は致します。しかし、苦痛の中での死を……望みます。」
「その言葉の意味を十分に理解した上で言っているのか?」
「…はい。」
「……理由を聞いても良いか?」
「……今回の事で、幾百、幾千もの命が失われ…いえ、奪いました。
そうなる事を承知の上で、ツユクサは兄上に手を貸しました。
ツユクサが安らかに眠る事を許す人などおりましょうか。」
「それは
アマチの言葉に、ツユクサは肩をピクリと動かす。
「………兄上を、このようにしてしまったのは、ツユクサです。
兄上に罪が有るというのであれば、それはツユクサの罪。
兄上を
ですが…ここから先の
兄の…ガラクの罪をも自分が背負い、人々の恨みを一身に受けて死んでいく。それが彼女の願い…らしい。
ここから先の事は、俺やニルが口出しする事ではない。
彼女には神力操作の件で恩が有るから、良心が痛む……という事も無い。
それがどんな理由から来るものだったとしても、自分のやったことに対する責任は、必ず付いて回る。
俺が元の世界で生きてきた時に、その事は嫌という程に学んだ。
ツユクサは、今、その責任を果たしているだけなのだから。
冷たいと思うだろうか?人でなしだと思うだろうか?そうなのかもしれない。
俺もまた壊れている者の一人であるから、そう思うのだろう。
「……処罰については、後日決めるとしよう。
神聖騎士団とやらの事をシンヤから聞いてから決めたいところだからな。
ゲンジロウ。それまでの処遇については
「はっ。心得ております。」
ツユクサの事は一先ず保留…というところか。
先の問答は、死刑をチラつかせて、彼女の気持ちを聞き出しただけで、お上の連中の事や、オボロの事を考えると、アマチ的にも簡単に死刑にするわけにもいかないだろう。やった事の責任を取らせるのは確実だとしても、それが死刑かどうかは、これからじっくり話し合って決める…といったところか。
通信魔具での神聖騎士団との事も、やってみなければ分からないし、直ぐに処刑!というのは都合が悪いのだろう。
「……ゴンゾー、と言ったな。」
ツユクサが連れていかれるのを見届けた後、一息ついたアマチが、ゴンゾーに目を向ける。
「は、はっ!」
ゴンゾーからしてみれば、超大企業に勤めている新人社員が、個人的に社長から呼び出された…的な緊張感だろう。
酷く取り乱している。
「そう固くなるな。」
「は、はっ!」
変化無しだぞ、ゴンゾーよ。
「四鬼の四人は
特にゴンゾー。
ガラクとの打ち合い、実に見事であった。」
「もったいなきお言葉にござる!」
「くくく…」
「??」
突然笑いを堪えるアマチ。ゴンゾーの頭の上には?が大量に並んでいる。
「それは其方が考えた喋り方なのか?」
半笑いでゴンゾーに聞くアマチ。
見る見るうちにゴンゾーの顔が赤く…いや、青く?なっていく。
「こ、これは!申し訳ござ…いません!」
「良い良い。朕は其方の喋り方が気に入った。普段通りに話す事を許す。」
「っ!!」
顔面爆発しそうなゴンゾー。
ござる口調だけで鬼皇の心までをも掴むとは……俺もござる口調で過ごすべきか?いや、過ごすべきでござろうか…?いや、やめておこう。
「最高の働きを見せてくれた其方達には申し訳ないが、朕から渡せる褒美はそれ程残ってはいないだろう。」
壁の外に目を向け、未だ戦火が残る城下を見て、悲しそうな目で言うアマチ。
終結したのは良いが、払った代償がデカ過ぎる。
「いえ!拙者はやるべき事をやったまでにござる!褒美など受け取れぬでござる!」
「そうは言っても、ここまでの貢献を見せた者に、何も無しでは立ち行かぬ。
出来る限りの報酬を用意する。何か望みは有るか?」
「望み……」
「何か思い付いたようだな?」
「………もし、拙者の願いが叶うのであれば、師匠を…ゲンジロウ様をアマチ様のお傍に置いては頂けないでござろうか?」
「ほう…」
「おい!ゴンゾー!」
突然の申し出に、ゲンジロウの方が焦りを見せる。
話の流れ的に、本来は出来ない事なのだろうか?
不思議に思っていると、横からセナが説明してくれる。
「四鬼というのは、政から隔絶された存在であり、それは引退後も同じなの。だから、本来は鬼皇様の側近にはなれないのよ。」
「ゲンジロウは腕を片方失ったから、引退…だよな。」
「ええ。ゲンジロウ様も、それは決めていたと思うわ。」
今の街の状況を考えると、いきなりゲンジロウが四鬼を辞める事は出来ないだろうけれど、近い内に世代交代するつもりではいたはずだ。
「それならば!私の方からも一つ!」
「ほう。ゲンジロウからもか。何を望む?」
「…これだけの被害が出た以上、街の復興にはかなりの時間がかかってしまうでしょう。
そうなれば、私の後任を選抜する、四鬼選定戦を開催などしている余裕はありません。」
「確かに、それよりも先に民の生活を安定させる必要が有るだろうな。」
「私は左腕を失い、既に四鬼としての資格を失いました。出来る限り早く、この座を次の世代に渡し、今後の為にも、復興に尽力してもらい、民の心を掴んで欲しいと考えております。」
「…なるほど。話が見えてきたな。」
「はい。私の後任に、このゴンゾーを。選定戦無しで着任させる許可を頂きたく。」
「師匠?!」
「くくく…はははは!」
アマチが、堪え切れずに笑い出す。
意外と笑い
「朕に進言する顔付きも、その内容も、そしてそれに対する反応も。くくく…どれも全く同じだ。
アマチの言葉に、ゲンジロウとゴンゾーが顔を見合わせる。
「しかし、もう一人、四鬼の座に手を掛けている者が居ると聞いたが、それは良いのか?」
「今回の騒動で、ゴンゾーが殻を破った事で、実力的に大きく差が開いたでしょう……ですが、そうですね…これでは彼に対して、あまりにも……
では、私に、次の四鬼を決める権利を頂けないでしょうか。」
「…よし、分かった。二人の願いを叶えると約束する。
しかし、それだけでは褒美としては足りぬ。
褒美は、後日、朕の方で決めさせてもらうとする。良いな?」
「「は、はっ!」」
「特別に二人の話をしたが、貢献してくれた者達全てに褒美は与えるつもりだ。少し時間は掛かるかもしれないが、必ず渡すと、ここで朕の名をもって約束する。
皆、それで良いか?」
「「「「はっ!」」」」
シデンやテジムも頭を下げて、アマチの言葉に従う。
「さて。次は、今回の騒動の、根源に有る問題を解決するとしよう。」
アマチが後ろを振り返ると、縄で縛られたお上の連中が、上階から連行されてくる。
「お上の…?」
「朕とて、何もせず、座して終結を待っていたわけではない。
ガラクのことを含め、色々と調べさせ、今までに行ってきた悪事を洗い出したのだ。
洗い出した…と言っても、あまりに有り過ぎて、悪事ではない事を探す方が苦労する程だったがな。」
「アマチ様!誤解です!我々はやましい事など!」
「まったく…あれだけの証拠が揃っていて、まだ言うのか!
アマチが声を荒らげるところなど見た事が無いお上の連中は、息を飲んで黙り込む。
いつものように、お飾りの鬼皇だと思っていたアマチが、豹変したように映った事だろう。
「これなら先程のツユクサという女の方が立場を
「あのような大罪人と我々を一緒にするのですか?!」
「言うならば、あの女よりお前達の方が酷い!
お前達が悪事に手を染めず、まともに政をしておれば、あの者も、ガラクも、今回の騒動を起こさなかったやもしれぬのだぞ!」
お上の連中は気付いていないのかもしれないが、その場に居た者達が、全員、冷ややかな視線を向けていた。
それは、デンブ達下民も、という意味だ。
地位で言えば最高位とも言える立場の者達が、下民に蔑みの視線を受けている。それ程に、彼等は腐っている。
「そ……それを言うならあんただって同じだろうが!!」
お上の内の一人が、口火を切る。
「そ、そうだ!同罪だ!」
「その通りだ!」
不愉快極まりない。
自分達の行いだと言うのに、それを他人に押し付け、罪を逃れようとしている。全力で。
「貴様等とアマチ様を同じにするな!」
カチャッ…
「ひっ?!」
ブチ切れ寸前のゲンジロウが刀に手を掛ける。
左腕が無いとしても、私腹を肥やし、ブクブクに太った
チビったのではないか、と疑いたくなる程の引き
しかし、それをアマチが手で制する。
「……確かに。朕にも責任は有る。監督不行届であり、政を丸投げしていたのは事実である。」
「ほ、ほらな!同罪だ!」
「ちっ!」
ゲンジロウが刀にもう一度手を掛けようとした時。
「であれば!」
アマチが、次は声でそれを制する。
「朕と共に罪を受け入れ、死罪となるのも
「アマチ様?!」
アマチは、自分の罪の重さを知っている。
もっと早く、お上の連中を制御出来ていれば…そう考えないはずがない。
そして、お上の連中が自分も同罪だというのならば、喜んで死罪を受け入れる。そう言っているのだ。つまり、自分がそうするのだから、お前達も喜んで死罪を受け入れよ…と。
「今回流れた血は、簡単にこの地からは消え去らぬ。
新しい世代への一歩、その
「「「「っ?!」」」」
お上の連中が、口を閉じて、息を飲む。
それはそうだろう。日本で言えば、天皇が、自分で死刑を受け入れると言っているようなものなのだし。
「どうする?朕はどちらでも良いぞ。朕の後継人は居るし、其方達の後継人も直ぐに選ばれる。大きな問題にはならんだろうからな。」
「「「「………………」」」」
アマチの言葉が、ただの脅しではなく、本気だということくらい、馬鹿な彼等でも分かるだろう。
「朕にも罪は有る。それをこれから、一生をかけて償っていくつもりだ。」
お上の連中と、アマチの大きな違いは、悪事に手を染めたかどうか。
アマチが丸投げした結果だとしても、直接悪事に手を染めていないアマチは、まだ救いようがある。
それに、今回の事で、自分の行いを深く反省している点も大きな違いだろう。今のアマチならば、二度と同じ過ちは繰り返さないだろう。
「そ、それならば我々も!」
「罪は罪だ。やった事の責任は取ってもらう。」
「そんな!」
そんなも何も、許されると未だ思っている時点でアウトだろう。
今まで国を回してきたのはお上、というのは間違いない事だし、良い政策も無いわけではなかったはず。罪を素直に受け入れ、罰を受けるならば、最悪の処罰は免れたかもしれないというのに、
「ア、アマチ様!どうかご慈悲を!」
「アマチ様!」
見事なまでの手の平返し。この短時間で、手の平を返して…戻した。シデンもビックリの素早さだな。
「もう良い…その者達を牢へ連れて行け。」
「アマチ様!」
「鬼皇様!」
お上の連中が叫ぶ声を、嫌そうに聞き流すアマチ。
「皆には恥ずかしいところを見せたな。いや…それも今更か。
だが、これからはそうならぬよう、尽力していくつもりだ。
ゲンジロウ。朕の側近として、朕を助けてくれ。」
「助けるなど恐れ多い。私の全身全霊を尽くして、務めを果たす事を誓います。」
「頼りにしている。
かと言って、いきなり東地区の四鬼を取り上げてしまうわけにもいかぬからな。一先ず、ゲンジロウには政の指揮と同時に、ゴンゾーか、そのもう一人か、四鬼として相応しいと思う方を選び、仮の四鬼として任命する権限を与える。
任命を終えた後、四鬼として使えるように指南する事も命じる。
ゲンジロウが四鬼を任せて良いと思ったところで、正式に四鬼として任命する為、朕に話を通すように。」
「「はっ!」」
まだ正式には決まっていないが、ゴンゾーかリョウか…どちらかが四鬼となる事はほぼ決定したと言える。
あと一歩で、ゴンゾーは夢を掴み取れるところまで来た。
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