第278話 真実

彼女が全ての元凶だと言ってはいたが、とてもそうは思えないし、優れた紋章眼を持っていながら、最後まで俺達に使おうという素振りさえ見せなかった。

ガラクが死んだ後も、ただ泣くばかりで、俺達に対して何かしようともしないし……


「アマチ様。ご無事ですか?」


「朕は問題無い。かすり傷程度である。」


ゲンジロウは何よりもまず、アマチの様子を伺っている。

ガラクに捕まり、刃を突き付けられたのだから、怪我は仕方ないとして、こんな危険な場所に下りてくるとは…


「……すまぬな。道理眼で見た時、朕があの申し出を受けると、丸く収まる未来が見えたのでな…」


「そうでございましたか…」


最後に、ガラクが暴れなければ、違う未来に到達していた可能性もあった…という事だろう。


「朕の事より、今はその娘の事だ。神聖騎士団とやらの事も含め、聞かねばならぬ事が多い。

危険は無さそうに見えるが、注意して情報を聞き出してくれ。

それと、敵の頭を取ったのだ。この戦もここで終わり。外の者達にも伝え、争いを止めるのだ。」


「分かりました。」


アマチの指示に従い、ゲンジロウが兵士達に指示を出す。

兵士達は迅速に行動を開始し、散り散りになっていく。

大将を討ったからといって、それが伝わり、外の者達が戦いを止めるまでには時間が掛かる。これ以上死者が出ない事を祈るばかりだ。


「さて…まずはシンヤだな。」


「??」


いきなりアマチに名前を呼ばれて、キョトンとしてしまう。


「本当に助かった。何が起きたかは大まかにだが、報告を受けている。特に、あの災害級の天狐を倒した功績は、計り知れぬ。感謝してもし足りぬ。」


「お、おお…」


島のトップに、素直な謝辞しゃじを送られると、反応に困ってしまう。

一応、俺とニルは、人族で、客人的な扱いであり、正式にアマチから依頼を受けて、今回の戦闘に参加していた。

鬼皇として、一先ず謝辞を述べるのは外せない事だったらしい。


「他にも礼を述べなければならない者達が、ここには集まっているようだが、先に娘の話を聞くとしよう。一刻を争う事態やもしれぬ。

危険な怪我を負った者は治療に、それ以外は共に話を聞くとしよう。」


涙を流し続け、ガラクの血で頬を赤く染めたコハルは、生気を失っていた。

この中で面識が有るのは俺だけ。

俺はコハルに近付いて声を掛ける。


「コハル……いや。ツユクサだったな。」


「………………シンヤ……様……」


虚ろな目で俺の事を見上げるツユクサ。


「話を…聞かせてくれるか?真実を。」


「………………はい……もう隠す意味など有りませんから…」


気力が無くなった声で、ツユクサはポツポツと真実を語ってくれた。


ツユクサとガラクは実の兄妹で、共に屋敷で暮らしていた幼少期、妖狐族の血が濃く出たガラクを狙ったお上の者達に利用されてしまったらしい。


幸せな家族だったツユクサとガラク、そして両親。

ガラクの容姿が自分と違う事には気付いていたが、ガラクはとても優しい兄で、いつもツユクサの事を気にかけてくれていたらしい。

兄の容姿の事は、誰にも言ってはならないと両親から言われており、ツユクサはその言いつけを守り続けてきた。

しかし、ツユクサは子供だった。

屋敷の使用人。生まれた時から見知った顔の者達には、その事を聞かれれば、素直に答えてしまう。


それに目を付けたお上の手下共が、使用人を使ってツユクサから情報を聞き出し………兄は連れ去られ、抵抗した両親は、最終的に殺されてしまった。


当然、ツユクサもその時、屋敷に居たのだが、欲を出した手下の一人が、ツユクサを殺さずに連れ去ったのだ。

書類上は全員死亡という扱いになっており、ツユクサという名前はそこで消える事になる。


まだ小さかったツユクサ。しかし、顔立ちは整い、妖狐族の血が入っているからか、どこか妖艶ようえんな雰囲気を持っており、身分は幼女とはいえ鬼士。それに目を付けた手下は、ツユクサを遊郭へと売り払う事にした。

どれだけの額が動いたかは知らないが…小さな女の子一人を受け渡す事実と比較すれば、端金はしたがねだっただろう。


こうして、幼くして遊郭に押し込まれてしまったツユクサは、所謂いわゆる禿かむろとして遊郭での生活を送ることになる。

禿というのは、簡単に言ってしまえば、遊女になる為の教育を受ける女児の事。

と言っても、幼い女子にそういう仕事は出来ない為、遊郭で生きていく為の技術を身に付けるのが主な仕事となる。

例えば、掃除、洗濯、針仕事、遊女の身の回りの世話、言葉遣い、遊女としての所作…等々が有る。

遊郭にとって、禿というのは、労働力であり、将来的には遊女として働かせる者達である為、悲惨な扱いというのは受けなかったが…ツユクサは元々鬼士の家で育っている。やった事の無い作業は、彼女にとって辛い事だっただろう。

その上、幼いながらも、遊女の仕事がどんなものなのかという事くらい、見ていれば分かる。

遊郭で何とか生き残っても、最終的には身を売る立場になり、好きでもない男達の相手をしなけらばならない。


ツユクサは、幼い時分、何度も死のうとしたらしい。

でも、その度に、兄の顔が浮かんできた。


自分がやってしまった事のせいで、あの優しかった兄が、どこかへ連れ去られ、今も酷い目にあっている。

そう考えると、自分がいかに恵まれているのかを痛感させられ、死ぬ事など許されないと思うようになった。


時は流れ、ツユクサも遊女として働く様になった頃。


ツユクサは兄の行方を探り続けていたが、何も得られる情報は無く、毎日毎日、男の相手ばかりをしていた。

しかし、そんなある日、ツユクサの元にひょんな事から情報が入る事になる。

相手をしていた客の中に、城勤めの者が居て、その者がポロリと話を漏らしたそうだ。


「俺の知り合いは、顔が狐の男を毎日痛め付けているらしい。」


そんな話だった。


当然、それが兄とは限らないけれど、ツユクサは兄の手掛かりだと確信し、その男となる為に、遊郭で学んできた術を全て発揮したらしい。

当然ながら、その男には、一切の好意など持っていなかったが、遊女としての教育を受け続けてきたツユクサにとって、馬鹿な男を手篭めにするのはそれ程難しいことでは無かった。


しかし、その男の情報は、大したものではなく、兄の行方は不明なまま。生きているか死んでいるかも分からない。


何とかして情報を集めようと必死になっていた時、ツユクサの体に異変が起きる。


想投眼そうとうがんの覚醒だ。


世にも珍しい魔眼で、この島にたった一人の魔眼を発現させたツユクサ。

当然ながら、店の者は直ぐにその事を隠した。当初はどんな魔眼かは分かっていなかったが、魔眼というだけで希少な人材となる確率は高い。

その上、ツユクサは所謂売れっ子であったし、魔眼のせいで連れていかれたら困ってしまう。

ツユクサを隠したは良いが、さてどうしたものか、と店の者が考えている時、ある人物の名前が出る。


そう。エロジジイ。ムソウだ。

常連とまではいかなくとも、それなりに店に顔を出していたムソウは、色々な方面の知識が豊富で、店も何かと助けられていた過去があった為、もしかしたら…と、ムソウを頼ったらしい。


ムソウは快く承諾し、ツユクサの事を見に来た。

そこで初めて、とてつもなく珍しい魔眼だと分かった事で、ムソウから提案がなされた。


ツユクサをお上の元で管理し、この仕事から抜けさせる代わりに、それを補って余りある程の金銭を店に入れるか……このまま店に留まり、遊女としての仕事を止めて、魔眼を使った仕事をするか。


店の店主である女性は、ツユクサを自分の子供のように可愛がっていた為、金の話を聞いても、判断はツユクサに任せると言い切った。


この話を聞けば分かるが、ツユクサが、兄を酷い目に合わせているお上の元に行く選択をするはずが無い。

両親のかたきでもあるお上の施しによって、飲み食いし、生き長らえるなど、屈辱的で死よりも辛い事だ。

それに、ツユクサは遊女として働く事になり、辛い思いをしたかもしれないが、遊女の仲間や女将にはとても良くしてもらった恩もある。

簡単に店を抜ける気にはなれず、魔眼を使った仕事をし、そこで得た金も、しっかりと店に落とす事にした。

長く続ければ、その方が儲かる事を、ツユクサは理解していたのだ。

ムソウはその決定に納得し、色々と手を回してくれた。

お陰で、ツユクサはそのまま遊郭に留まる事になった。


その後、魔眼の力を使い、数多くの仕事をこなしていくと、それなりに裏の世界で有名となり、権力を持った者達に力を使う機会が増えていった。


そんな折、ツユクサが待ちに待った情報を持った者が訪れる。


兄、ガラクの事を詳しく知る者だ。


ツユクサは遊女としての働きは止めていたが、その情報を持っていると知った時、迷わず体を使い、男を落とした。


それまた馬鹿な男で、ツユクサにハマりにハマり、持っている情報を簡単にポロポロと落としてくれたらしい。

この時ばかりは、ツユクサも遊女になって良かったと思ったらしい。


そして、兄の居場所を知ったツユクサは、ここまでに作り出したコネを使い、男性を一人送り込んだ。

兄を地獄から救い出す為に。


しかし、自分が遊女として生きている事。既に多くの男に体を許し生き長らえている事を、あの優しい兄に知られるのは、ツユクサにとって耐え難いものだった。

その為、自分の身の上は明かさず、助け出すだけにした。


後日、頼んだ男が戻り、兄が地獄から抜け出したという話を聞いた。


やっと、ツユクサは自分の行いを、少しだけ償えたと思ったらしい。


しかし、その男から、兄の状況を聞いて、絶望してしまった。

ぎの顔や体。光の無いまなこ。大の大人ですら漏らす程の殺気。

あんなに優しかった兄は既に消え去り、全くの別人になっていた。


ツユクサは自分のした事の罪の重さに、改めて気が付いた。

何をしたのか、何をしてしまったのか。それを理解した。

自分の罪が許される日は来ないのだと悟った。

そして彼女は、本当の意味で、ツユクサという名を捨てた。自分に兄の妹である資格は無いと。

自分に、何かを選ぶ資格など無いと。


「その後、オボロという男が現れました。」


「唐突だな?」


「本当に唐突な事で、誰もその存在を予想など出来ませんでしたから、当然の事かと思います。」


ある日、ツユクサの元を訪れたオボロ。

その時のやり取りを、ツユクサはしっかりと覚えていた。


突然現れたオボロは、どこから入ったのか、いつの間にかツユクサの部屋の中に居たらしい。


「だ、誰ですか?!」


「………お前がツユクサか。」


「っ?!」


ツユクサという名前を知る者は、遊郭でも限られている。それなのに、どこで聞いたのか、その事を知っていた男。

その男が纏う空気は、異様としか言えなかった。

寒気のするような…とにかく、目を合わせる事すら死に繋がる行為だと思わされる気配。

何も言われていないのに、ツユクサはその男の姿を見る事さえ出来なかった。


「俺はこれを渡しに来ただけだ。」


そう言って床に投げられたのが、例の魔具。


「い、一体…」


「それは、大陸の神聖騎士団という組織と連絡を取る為の道具だ。」


オボロの言っていることが全く理解出来ない。

理解出来ないけれど…恐ろしい気配で、体が震えてしまって、まともに話す事さえ出来ない。


「………話ならそれを通せば出来る。帰りがてら、話をしてやる。常にそれを持っていろ。」


ツユクサはただ頷くしか出来なかった。


そして、暫くすると、魔具に付いた一つの魔石が点滅する。

すると、魔具から先程の男の声が聞こえてくる。


「聞こえているな?」


「は、はい…」


目の前に居なければ、応答出来る。先程の気配を思い出して身震いはしてしまうが。


「俺の名はオボロ。聞いた事くらいあるだろう。」


「オボロ……赤鬼?!」


「その通りだ。」


まさか、そんな危険な男が目の前に居たとは思っておらず、失神しそうになったらしい。

ただ、オボロはツユクサに対しては興味など無く、必要な情報を話してくれたらしい。


神聖騎士団というのは、大陸の三大勢力の一つである事や、オボロがそこの一員である事等、当たり障りの無いことばかりだったけれど、何となく大陸の事を理解出来たらしい。

その上で、オボロが言ったらしい。


「お前の兄を救いたいならば、神聖騎士団の手を取れ。神聖騎士団には、その力が有る。」


ツユクサにとって、その言葉は、とても大きな引力を持っていた。


それが危険な橋を渡る事になるだろうということは、誰の目にも明らかだった。それが事実かも分からない。けれど、その引力には抗えなかった。


そして、ツユクサはオボロの話を聞くことにした。


内容としては、現在裏で動いているガラクを使って、鬼人族に暴動を起こさせ、島を乗っ取る事。

そして、その計画について。

もし、その計画が上手くいったならば、ガラクの傷を完全に癒し、心も救う。その代わり、大陸へ赴き、戦闘へ参加する鬼人族を出来る限り寄越すこと。


何故、オボロがガラクの行動を知っているのか、そして、何故その計画をガラクではなく、妹の自分にしてきたのか、その理由は分からない。

それに、オボロはツユクサの魔眼についても知っていた。

どうしてなのか、少しオボロに慣れてきたツユクサが、それとなく聞いてみると、予想していなかった答えが返ってきた。

ツユクサは、この島に間者が居ると考えていたのだが、違った。

オボロの答えは………神託しんたくだった。


オボロは鼻で笑ってそう言っていたけれど、それが事実だとも言っていたらしい。


そして、オボロがそう言った後、不思議な言葉を口にした。


「それがとかいうやつらしいからな。」


その話を聞いた瞬間、驚愕した。その言葉は、俺がこのファンデルジュをしていた時に使っていた言葉だ。


「本当にそう言ったのか?!」


「は、はい…意味は分かりませんが…」


「どういう事でござるか?シンヤ殿は何か知っているみたいでござるが…?」


ゴンゾーの言葉は耳に入らず、思考を巡らせていた。


ファンデルジュというゲームをプレイしていた時、いくつかのイベントが開催された記憶はある。七月七日七時のラッキーセブンのイベントもその一つ。


しかし、オウカ島に関するイベントなど………


いや。有った。正確には有るだった。


俺がこの世界に飛ばされる前。

新しい機能が実装される予定だった。

大人数で攻略するイベントで、ソロプレイの俺には関係無い事だと言う事と、そもそもオウカ島に渡れない事、そして、最難関のダンジョンへ挑戦するという事が重なって、完全に忘れていたが、確かにオウカ島でのイベントが開催される予定だった。

誰も渡れないのに馬鹿なイベントだな…とは思っていたが…まさかそれが関係しているとは。


イベントの表題は…『サクラ散る頃に』


内容はほとんど覚えていないが、NPCとの戦争を題材にしたイベントで、大型対人戦という、モンスターの居るファンデルジュでは一風変わったイベントだったのは覚えている。

例の如く、グラフィックの綺麗なファンデルジュで、NPCとはいえ対人戦は…ということで賛否両論…というか問題視されていたイベントだったはず。

イベントの内容には、フレーバーテキストが有り、反乱を起こした連中を倒そう!的な事が書いてあったはず。覚えていないが…親玉の名前も書いてあったかもしれない。ガラク…と。


そしてこのイベントの報酬は……


ピコンッ!


久しぶりに聞いたシステム音。


目の前に出ていたウィンドウに目を走らせる。


【『サクラ散る頃に』イベント完了…反乱軍大将、ガラクの討伐完了。

報酬…友魔システムが解禁されます。友魔との契約には、鬼皇の信頼度を上げる必要があります。

その他報酬はインベントリに直接転送されます。】


そう。友魔システムの解禁。


友魔についての説明が一切無く、名前的に、使い魔的な存在が無かった世界に、それに似たシステムが導入されるかもしれない。という事で一部の者達が盛り上がっていたのを覚えている。


「ご主人様…?」


情報が多すぎる。


整理して考えると…

まず、今回の暴動は、当初予定されていた『サクラ散る頃に』というイベントの通りの事が起きた。恐らくこれは間違いない。

そして、それを知る者、つまり、俺が居た世界から来たプレイヤーが神聖騎士団に居る。これは守聖騎士ライル、つまり、榎本えもと 竜也りゅうやと出会った時点で、可能性は考えていたし、それ程驚く事ではない。

恐らく、その情報を神聖騎士団で共有し、未来を知っている事を利用して、鬼人族を仲間に引き入れようとした…という事だろう。

友魔との契約については、道理眼が必要。そして、それを持つ鬼皇の信頼を得なければならない事も理解出来る。

ツユクサの事については…俺が見ていないだけで、フレーバーテキストに記載されていた可能性は有る。


つまり、知らず知らず、俺はイベントをクリアしていた…という事だ。


俺の事を全面的に信頼してくれているニルにならばまだしも、この話をここですれば、余計な混乱を招くだけ。

終わった事だし、ここは黙って話を続けてもらおう。


「………いや。すまない。話を続けてくれ。」


「は…はい…」


イベントの話は置いておいて、ツユクサの話に戻る。


結局、ツユクサは、計画の事や条件を聞いて、それらを実行する事にした。

正確には…実行せざるを得なかった。オボロに一度でも会えば、絶対に逆らえない相手だという事を、頭ではなく、本能で理解してしまう。


もし、この提案を受けない場合、もう一度オボロが来る。

そうなれば、赤鬼と呼ばれる由縁の事件が、もう一つ増える事になる。

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