第267話 城内の戦い
ご主人様に言われて、私は壁へと向かったゴンゾー様と、セナの背中を追いかける。
ゴンゾー様は、どんな時でも明るく振る舞い、絶望的な状況でも軽口を叩くくらいの事はするような人。
それなのに、天狐の横をすり抜け、壁が目前に迫って来ている今の状況においても、一切、口を開いていない。
ゴンゾー様の後ろ姿から感じられるのは、怒りという単純な感情ではなく、殺意や憤怒といった感情…それらが、ドロドロと混じり合い、横に居るセナさえも黙らせる雰囲気を醸し出している。
ゴンゾー様の気持ちはよく分かる。
私も目の前でご主人様に傷を負わされたならば、正気を保っていられない。
実際、目の前でご主人様が傷を負った時、暴走してしまったし…
私の暴走の話は置いておいて…
ズガァァァン!
後ろから、天狐とご主人様方の戦闘音が聞こえてくる。
何度も振り返りそうになるけれど、私が行っても邪魔になるだけ。
ランカ様に教えを受けて、少しは強くなったと思う。でも、天狐のような化け物相手に生き残る自信は無い。
それならば、私に出来ることを、確実にこなして貢献する方が、ずっとご主人様の為になる。
ゴンゾー様の後ろを追いかけ、辿り着いた最後の壁。
高く分厚い壁なのに、その下部に、人が一人通れるくらいの穴が空いている。ドガマとガラクが通る為に作ったのだと思う。
「ゴンゾー…」
未だに喋らないゴンゾー様に対し、セナが心配そうに声を掛ける。
ゴンゾー様はピクリと肩を震わせるけれど、それ以上の反応を示さない。
「セナ。大丈夫ですよ。」
私の見る限り、ゴンゾー様は怒ってはいるけれど、とても冷静。いきなり一人で突っ走ったりはしないと思う。
「ううん。違うの…」
「??」
セナはゴンゾー様を見た後、私に顔を向ける。
「昔、一度だけ、ゴンゾーが同じような状態になった事があるのよ。」
「同じような…というと?」
「あれは、まだゴンゾーがゲンジロウ様の所へ弟子入りする前の事よ。
街での仕事を請け負っていた時の話。
あれだけ優しいサクラに対しても、悪く言う人というのはいるものでね…特に、街のゴロツキは、そうやって人を
ゴンゾーが偶然その話を聞いた時の事だったわ。
今と同じように、ずっと押し黙ったまま、悪く言っていた者達が集まる場所に、たった一人で向かったの。」
「一人で…ですか?」
「ええ。当然、うちは止めたわ。相手は数十人居るって聞いていたし、向かったところで、返り討ちにされるのが関の山だからって。
でも、ゴンゾーは黙ったまま一人で行っちゃって……
誰かに助けを求めようとしたけれど、悪鬼の親玉とも呼ばれていたし、簡単には動いてくれる人なんていなくて…
時間も無かったし、うちは、とにかく一人で向かってみたの。」
いくら刀を使えるからといっても、セナは女性。
そんな場所に一人で向かうなんて……それも、ゴンゾー様を愛するが故の行動…なのかな。
「そこで見たのは、うちの想像とは真逆の光景だったわ。
ゴンゾーが一人で立っていて、周囲には数十人の男達が倒れていたの。
流石に相手を殺すまではしなかったみたいだけれど、虫の息だった人も居たわ。
ゴンゾーだって、全身傷だらけなのに…それでも、凄く冷たい目をして立っていたゴンゾーを見た時は、とても怖かったわ…」
暴力というのは、当事者よりも、それを見ている方が怖いという時もある。特に、そんな状態のゴンゾー様を見てしまったら、恐れを感じても仕方ない。
「うちが直ぐに止めに入ったけれど、あのままだったら、ゴンゾーは多分、無慈悲に男達を全員殺していたと思う…」
憤怒を発散させる手段として、人には色々なタイプが存在する。
例えば、
そういう人は、普段、基本的に優しい人が多い。
大抵の事では怒らないし、殆どの事を飲み込んで消化するような人。
でも、そういう人には、大抵、絶対に触れてはいけない
それに触れた時、そういうタイプの人は、絶対に相手を許したりしない。どこまでも追いかけ、必ずやった事の代償を支払わせる。
その後の事や、自分の身、相手の生死など関係無く。
これは自分の奴隷としての経験だけでなく…ご主人様がそのタイプであるから、間違いないと言える。
ご主人様は、日頃はとても優しい方。
大抵の事は笑って許して下さるし、もし怒ったとしても、怒りがあまり長続きしない。もって数分というところ。
でも、自分が大切に思っている人達を傷付けられたり…自意識過剰だと言われるかもしれないけれど、私の事を傷付けるような人が居ると、その相手を絶対に許したりしない。
モンスターと戦う時に見せるご主人様の殺気は、鋭く強い殺気。でも、本気で怒っている時の殺気は、もっと暗く、ドロドロとして、冷たい感じがする。
私に向けられていないと知っていても、最初に感じた時は、恐ろしくて腰が抜けそうになったのを覚えている。
ゴンゾー様も、ご主人様と同じタイプで、あまり声を張り上げたりしないのだと思う。昔からそうかは分からないけれど、少なくとも、私達と出会ってから、怒って
それは、ゴンゾー様の事をダンジョン内に押し込めた連中の断罪の場でもそうだった。
あれだけの事をされても、呆れるばかりで怒らなかったゴンゾー様が、サクラ様を傷付けられた事で、重く、暗く、冷たい殺気を纏っている。
それこそが、ゴンゾー様の逆鱗なのだ。
普通は、怒った程度で劇的に強くなったりしないし、寧ろ冷静さを失って弱くなる事が多い。
しかし、ご主人様の場合、冷静さを失わず静かな殺意を纏う為、手際良く相手を殺す。
私から見ると、それは、強くなっているように見える。
ゴンゾー様も同じならば、きっと、これまでとは違う意味での本気が出せるはず。
何に対しても、誰に対しても、一切の躊躇が無くなった人の殺意というのは、何よりも恐ろしいものだと、ガラクやドガマは、きっと今から知る事になる。
「あのゴンゾーは、凄く強いのかもしれないけれど……あの状態になるのは、凄く…嫌なの。」
今の状況で、自分の言っていることが甘い事だということは、理解している。そう言いたそうな顔をするセナ。
「……気持ちは分かりますよ。
どこか、違う場所に行ってしまいそうで、怖いのですよね。」
「……………」
私がご主人様に対して思ったのも、そんな感情だった。
まるで、別の次元…別の世界に行ってしまいそうな、二度と同じ場所に立って下さらないような…そんな感じがしてしまう。
「でも、大丈夫ですよ。」
「そんな事…」
「分かります。」
心配そうなセナに、私は笑い掛ける。
「ご主人様も、同じような状態になる時がありますが、それは、大切にしている人達を傷付けられて怒っているからです。
そんな相手が居る世界から、消えてしまったりはしません。必ず帰ってきます。」
最初は、私も本当に恐ろしかった。
でも、その殺意を抱いたのは、それ程の殺意を抱くくらい、自分達の事を大切に思ってくれているからなのだと理解出来た時、私は恐ろしさより、嬉しさが勝った。
私は奴隷の生活が長かったし、普通の感性を持っていない事くらい、理解している。
だから、セナに、私と同じように嬉しさを感じて欲しいとまでは思っていない。この世界において、壊れているのは、多分、私の方だから。
でも、少しだけでも、ゴンゾー様を怖がる気持ちが軽くなれば…と思う。
ゴンゾー様が、今、声も出せない程に怒っているのは、大切な人を傷付けられたから。
そして、それは多分、サクラ様でなく、セナ様が被害者だったとしても、同じようになっていたと思う。
自分の代わりに怒ってくれている人の事を、怖がってしまうのは…少し悲しい。
「ニルが言うなら…そうなのかな。」
「はい!私が保証します!」
「…ありがとう。少しだけ気が楽になったよ。」
まだ少しぎこちなくはあるけれど、セナは笑顔を見せてくれた。
シャッ……
壁の前で一度止まったゴンゾー様が、刀を抜き放つ。
ここから先に進めば、戦闘が始まる。
「ゴンゾー様。援護は私がします。無理だけはせずに…ですが、思うように戦って下さい。」
コクリと、小さく頷いたゴンゾー様が、壁の奥へと向かっていく。
こういう状態の人を、無理に制限すると、寧ろ効率が悪くなる。
好きに戦ってもらい、援護に徹した方が、戦闘は上手く回るはず。
私はゴンゾー様の援護兼、セナの護衛。みなまで聞けなかったけれど、ご主人様の意図は、そんなところだと思う。
ご主人様は、ゴンゾー様の状態を見て、私ならば、的確な援護と、それに徹する事が出来るだろうと判断して下さったのだと思う。
私もご主人様の期待に応えなければ。
手に持った黒花の盾と、戦華を、もう一度強く握り直す。
自分の使えるアイテムの数、魔法を、頭の中で確認する。
ゴンゾー様に続いて、セナ、そして私も壁の奥へと向かう。
外からは中の様子が確認出来なかったけれど、壁を越えると、どのような状況なのか、直ぐに理解出来た。
私達が入ったのは、城へ入る為の道が無く、城の構造的にも頑丈な背面側。
一度中にも入ったのだから、構造は大体理解出来ている為、間違いない。
そんな頑丈な場所にまで、兵士を配置出来るほどの数は居ない為、ほぼノーマーク。
本来ならば、壁の上に居るはずの兵士が居ないところを見るに、内部に侵入したスパイの仕業か…もしくは、ドガマかガラクが何かをしたのかもしれない。
ガラクとドガマのやり取りを聞いていた限りでは、散っていた敵兵達も合流し、捕まった何人かの魔眼保有者の方々も居るはず。
迅速に敵兵を制圧し、助け出したいところだけれど、城に入られた時点で、城内の者達を全て人質にしたのと同じようなもの。
例えば、一階で火でも着ければ、城内の者達は全員死に絶えてしまう。魔法がある世界とはいえ、私やご主人様のように高所から飛び降りても平気な人はそれ程多くはないし、そもそも鬼人族の人々は魔法が得意ではない。
下手に刺激して、城が倒壊してしまえば、それで終わり。
ゴンゾー様の状態を見るに、その辺の事は、私が上手くコントロールしなければならない。
ガラクとドガマの狙いは、上層階に居るお上の人達と、鬼皇と呼ばれている人達。未だ城は健在である事から、簡単に城を潰して終わり。という事は無さそうだけれど、上層階まで辿り着き、目的を達成されたならば、城の事などどうでも良いと、倒壊させる恐れもある。
そうなる前に、ガラクとドガマに追い付きたい。
私達三人は、最短距離で、城の入口を目指す。
「う……ぐっ………」
「……ぅ……」
城の入口へと向かうと、周囲には倒れている兵士達。
死んでいる者が殆どだけれど、中には、まだ息のある者達もいる。
中には、外傷が見当たらないのに倒れている人達も見える。恐らく、魔眼を保有している人だと思う。
直ぐに治療して、退避させたいところだけれど、そんなことをしている時間は無い。
地面に倒れて、痛そうな声を絞り出している者達を横目に、城の中へと向かう。
城への入口には、当然、兵士達が居るけれど、ランカ様と共に外へ出て、戦場へ向かった人達が多く、数が少ない。
どうやら、既に城内へと侵入したらしい。
「急ぎましょう!」
私の声に、セナとゴンゾー様が反応して、城内へと即座に進む。
「ぅ……くっ……」
入って直ぐ。苦しそうな声と、鼻を覆いたくなるような、濃い血の臭い。
「あんた達は…」
入って直ぐの部屋、その壁に背を預けていた一人の男性が、私とセナを見て、声を掛けてくる。
比較的、傷が浅く、しっかり喋る事が出来るみたい。
「大丈夫ですか?」
私は直ぐに駆け寄る。
どうやら足を斬り付けられて、動けない状態らしい。
「これを使って下さい。傷薬です。」
「助かる…っ!!」
私の手から傷薬を受け取った男性が、痛みに顔を歪める。
「ガラク達は上ですか?」
「ああ…だが、あれは化け物だ…早く逃げた方が良い。」
ガラクの顔が…という事ではないみたい。多分、魔眼保有者の皆様の力を手に入れた事で、普通では有り得ない力を手に入れているのだと思う。
「逃げたとしても、あいつらがこの島を
セナが男性に対して静かに言う。
私やセナでも、そんな事くらい直ぐに理解出来る。
あの男達に、この島の行く末を握らせるなんて、絶対に許してはいけない。
「……だが……これ以上どうすれば…」
男性は既に心が折れてしまっている。
逃げ出す事しか頭に無いのだろう。チラチラと出口の方を見ている。
「…怪我を治したら、他の人達を助けつつ、城の外へ逃げて下さい。
外にも何人か生きている人達が居ますので、その人達も連れて、安全な場所へ。」
戦う気力の残っていない者達を、
戦えない者達は、直ぐに退避してくれた方が良い。
「……分かった……」
男性は、私達に、この先の事を任せてしまおうとしている自分に、僅かな迷いを見せていたけれど、最終的には頷く。
何度か、ゴンゾー様の顔を見ていたし、恐らく、ゴンゾー様の事を知っているのだと思う。
自分達が、まさか、悪鬼だ悪鬼だ、と
それでも、彼は大人しく頷いて指示に従ってくれた。
根性無しだとは思わない。それが普通なのだから。
この島においてはどうか分からないけれど、大陸では、ご主人様のように、誰かの為だけに命を賭ける人など、まずいない。
彼のように振る舞うのが、一般的であり、当たり前。
「ゴンゾー。」
セナの言葉に、ゴンゾー様はコクリと頷いて、上へと続く階段を目指す。
途中までは、ご主人様と来たから道案内出来る。
この城という建物は、とても変わった造りをしていて、階段が異様に遠い。
入口とは真反対側に二階へ続く階段があり、二階に登ると、また真反対側に三階へ続く階段がある。
ご主人様のお話では、外敵が侵入した場合、簡単に上まで登れないように、敢えてそんな造りになっているのだとか。
城内を走り、先へ進む。
数人の生存者は見えるものの、殆どは死体となっている。
ドガマという男が、四鬼と同じような強さを持っているのであれば、止めるのは難しいはず。
急いで二階へ続く階段を上がると、一階よりも酷い有り様だった。
各部屋の
破壊されずに残っている、数少ない襖には、誰のか分からない血がベッタリと付着している。
床には、敵味方入り乱れた死体がゴロゴロと転がっており、かなり激しい戦闘が繰り広げられたのだと読み取る事が出来る。
そんな
階段を守っている様子。
それを見た瞬間、ゴンゾー様が一直線に、走り出す。
「セナ!」
「分かってるわ!」
セナもゴンゾー様を追って走り出し、私もセナと
死体や、その死体が持っていたであろう武器が転がっている場所を、ゴンゾー様は全力で駆け抜けていく。
速い。
ご主人様程の速さは無いにしても、力自慢のゴンゾー様のスピードとしては、かなり速いはず。
刀を持って、一直線に走ってくるゴンゾー様に気付かないはずもなく、階段の近くでまとまっていた敵兵達が、刀を抜いてゴンゾー様へと向ける。
「誰だっ?!」
「止まれ!!」
全身に殺気と怒気を纏ったゴンゾー様に対して、あまりにも
言葉で止まるような状態ではない。
「ちっ!殺せ!殺せぇ!」
やっと動き出した敵兵の内、三人が前に出てくる。
三人で囲み、ゴンゾー様を仕留めようという思惑みたい。
タイミングを見て、魔法で援護を…と思っていたけれど、次の瞬間、それが必要の無い事だと悟った。
「死ねぇぇ!」
「おおぉっ!」
「はあぁっ!」
三人が、刀を垂直に振り下ろす。
「………………」
ブンッ!!
ゴンゾー様が、刀を一度、横へ薙ぐ。
パキンッ!
すると、三人の持っていた刀が、全て根元から折れる。ううん。違う。あれは斬られた。
ゴンゾー様が簡単そうに振った刀が、三人の持っていた刀を斬ったのだ。しかも…
「「「??」」」
斬ったのは刀だけではなく、三人の胸部を、綺麗に切断していた。
何が起きているのか理解出来ていない三人は、自分が既に死んでいる事にさえ気付いていない。
ザシュザシュッ!
ゴンゾー様は、切り捨てた三人を横目にさえ見る事なく、そのまま奥へと踏み込み、更に一刀で二人の首を刎ねる。
瞬きの間に、五人の命を奪ってしまった。
それも、圧倒的な力の差を見せ付けて。
強いのは知っていたけれど、ダンジョン内で見ていたゴンゾー様より、更に強くなっている気がする。
神力の操作を覚えたなら、当然の事だけれど…神力を抜きに考えても、剣速、パワー、スピード…全ての技術が一段階上になっているように見える。
「何だこいつは…」
「と、止めろ!上には行かせるな!」
今更焦りを感じたところで、もう遅い。既にゴンゾー様は次の攻撃へ移っている。
ザンッ!!
ゴンゾー様が、無言で刀を振ると、その度に一つの命が消えていく。
数分も経っていないと思う。
気が付いたら、階段の前に居た敵兵達は、全員死んでいた。
こんなものでは物足りないと、ゴンゾー様は死体を一瞥して先へと進む。
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