第259話 双体眼
服と言うより、全身を完全に覆っている状態からして、忍のような存在に見える。
気配の消し方もかなりのものだったし、隠密に長けた者のようだ。
「そちらにも忍が居るように、こちらにも隠密部隊が居るものでね。
簡単に通すわけにはいかない。」
レンヤ殿達が
「隠密部隊が出てきて、俺達を止められるとでも思っているのか?」
「我々には我々の戦い方がある。
同じ土俵に上がるつもりなど無い。」
ビュッ!
「っ?!」
どこからともなく飛んで来た金属製の手裏剣。
風切り音に気が付き、転がるように避けると、地面に突き刺さる。
「ゴンゾー!気を付けろ!周りは敵だらけだぞ!」
出てきた白い仮面の男は、敢えて殺気をぶつけて存在を気付かせ、隠れている連中の気配を探らせないようにしていたらしい。
この辺りは、中層には珍しく、いくつかの建物が密集して建てられている為、隠れる場所も多い。
「厄介な場所に誘い込まれたな…」
知らず知らず、拙者もシデン殿も、この場所へと誘い込まれていた。
敵から逃げる際、何も無い場所では矢や魔法が飛んで来る事を警戒しなければならず、自ずと建物の影や
「ゴンゾー。お前は二人を守れ。俺が何とかする。」
「拙者も!」
「その腕でか?お前も分かっているだろう。
それに、二人を守る役が一人は必要だ。」
「……承知したでござる。」
「…お前も少しずつ成長しているということか。」
「いきなり何でござるか…?」
「いや。こっちの話だ。気にするな。」
ビュッ!
カキンッ!カキンッ!
飛んで来た手裏剣を刀で叩き落とすシデン殿。
「頼むぞ!」
そのまま、シデン殿は敵の居るであろう場所へと向かって走り出す。
相手の狙いは後ろの二人を捕縛して連れて行くこと。
二人を守る役がいなければ、簡単に捕縛されてしまう。拙者がそれを阻止していれば、シデン殿が安心して動き回れるはず。そうしなければならない。
「サクラ殿。ハツ殿。離れないようにして欲しいでござる。」
「分かりました!」
二人は、拙者の背に触れられる距離にまで近付き、警戒した目で周りを見ている。
ダンジョン内で磨いてきた気配察知能力も、相手がここまで卓越した隠密能力を持っていると、上手く働かない。
いつどこから来るかも分からない攻撃を警戒しなければならないと、それだけで精神が削れていく。
魔法で壁でも作って……いや、拙者の魔力量はダンジョン内で随分と鍛えられたけれど、それでも多くはない。ここまでの戦闘でかなり消耗してしまったし、打てる手を無駄に使ってしまうのは悪手だろう。それに、魔法陣を悠長に描いていたら、それこそ良い的だ。
ビュッ!
「はっ!」
カキンッ!カンッ!
飛んで来る手裏剣を、刀で叩き落とす。
二人を殺すつもりは無いようだが、手足を狙っているみたいだ。足にでも当たれば、動けなくなり、逃げるのは更に困難になってしまう。
ギィィン!ガキィィン!
建物の裏では、シデン殿と敵兵が打ち合う音が聞こえてくる。
シデン殿の速剣術は、とても速いが、相手を視認出来ていなければ、どこへ走り込めば良いのかも分からない。
それ故に、相手との距離が近付く、建物の近くへと移動したのだ。
拙者でも打ち落とせる程度の投げ物ならば、シデン殿が避けるのは簡単だろうし、手裏剣を投げられても、即座にその位置へ走り込む事が出来るシデン殿ならば、より近くで戦った方が効率が良い。
しかし…二人を捕らえたいにしては、何か違和感が有る。
「はぁっ!」
カキンッ!キンッ!
稀に飛んで来る手裏剣は、一応二人の手足を狙っているものの、簡単に打ち落とせる上に、ほとんど飛んで来ない。
「…………おかしいでござる。」
「おかしい…ですか?」
「サクラ殿とハツ殿を捕まえたいならば、シデン殿が離れている今、寧ろこちら側への攻撃が激化しているはずでござる。」
モンスターにも、隠密能力に長けた種は存在する。
例えば、ブラッドサッカー。人型のヒルみたいなモンスターで、ダンジョン内に居るものは隠れる場所が無い為、その素早さで攻撃を仕掛けてくるのだが、野生のものは少し違う。
その生態は普通のヒルと同様で、沼地などのジメジメした場所を好み、水の中で獲物を待つ隠密能力に長けた生き物だ。
もし、自分達の住む沼地に獲物が来たならば、ブラッドサッカーは、一体だけ離れた獲物を狙う。
これはブラッドサッカーに限らず、どんなモンスターでも同じ事だ。
但し、その離れた個体が、群れの中でも特別強い個体の場合は話が別になる。
離れた個体が強く、自分達の能力では倒せないと分かれば、強い個体を離れた位置に釘付けにして、群れの方を狙う。
その時は、数を投入し、一気に襲い掛かり、群れが拡散したところで、弱い個体を沼地の中へと引き
これはモンスターだけでなく、忍の者達も同じであるはず。
つまり、それこそが狩りの基本だということ。
なのに…何故か拙者達のことを無視しているように感じる。いや、無視と言うと
「拙者達を捕らえる気が無いのでござるか…?」
ビュッ!
「っ!?」
カンッ!キンッ!
放置されているのであれば、拙者達がさっさと逃げ出せば事は早い。
拙者は包囲網から抜けるようとするが、その瞬間、今までで一番速く、危険な位置に手裏剣が飛んで来る。
「逃がす気は無い…でござるか。」
逃がす気は無いのに、捕まえようとしない…何が目的なのだろうか。何か、嫌な予感がする。
建物の裏からは、剣戟の音が未だに聞こえている。シデン殿の方も、なかなかに苦戦している様子。隠密能力の高い者が本気で逃げれば、このような建物の密集した場所では、シデン殿でも追い詰めるのは難しい。
とすれば、相手はシデン殿と戦う気も無いと見える。
「そうなると…目的は、ここに釘付けにする事自体……でござるな。」
「釘付けに…ですか?何故そのような回りくどい事を…?」
「推測でござるが、このような戦い方をする場合は、何かを待っている時…でござる。」
そして、基本的に、その待っているものは、状況を圧倒的に制圧出来る何かである事が多い。
「このままここに居ると危険でござる。」
拙者が気が付いたという事は、シデン殿も気が付いているはず。となれば、そろそろシデン殿が動き出すだろう。
「ゴンゾー!」
建物の裏から飛び出してきたシデン殿が、拙者の名を呼ぶ。
「走るでござるよ!」
「「はい!」」
シデン殿の声を聞いて、三人で固まって動き出す。
これまで牽制程度にしか飛んで来なかった手裏剣。それが嘘のように、無数の
「ゴンゾー!毒が混じっている!気を付けろ!」
「承知したでござる!!」
カンッ!キンッ!
手裏剣は打ち落とせるが、中には小袋のようなものも混じっており、地面に当たると、何かの粉末が周囲に飛び散っている。
恐らく痺れ毒系の、殺傷力の無い、行動を阻害する類の毒だろう。
それを斬り落としたら全身に痺れ毒を浴びてしまう。
ヒュン!
「サクラ殿!」
「っ?!」
二人に飛んで来る小袋を、手を引いて回避させる。
上手く抱き止めて転ばないようにはしているけれど、早くこの場所から脱出しなければ、いつか捕まってしまう。
「ちっ!面倒な!
ゴンゾー!走れ!ここは俺が何とかする!」
「承知したでござる!」
カンッ!キンッ!
シデン殿が拙者達を庇って戦ってくれているうちに、建物の中を走り抜ける。
「雷獣!」
バチバチッ!
拙者達の後ろから、閃光とカミナリ特有の音が響き、拙者達に向かって飛んで来る投擲物が、全て叩き落とされる。
「一気に抜けるでござるよ!」
「「はい!」」
少し辛いかもしれないが、二人が走れるギリギリの速度で、建物の中を抜ける。
「はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…」
やっと建物の密集地帯を抜けて、一息。
サクラ殿もハツ殿も、かなり苦しそうだ。
「大丈夫でござるか?」
「はぁ…はぁ…はい……大丈夫です…」
口では大丈夫だとは言っているが、ここに来て走り続けている。限界などとうに超えているはずだ。
「休みたいところでござるが、ここにはあまりにも何も無いでござる。辛いのは分かるでござるが、もう少し頑張って欲しいでござる、」
「は、はい…」
サクラ殿は、息を切らしながらも、後方を気にしている。
シデン殿の無事を願ってのことだと思うけれど、相手の敵兵は、投擲物ばかりで、直接的な攻撃を避けていた。
投擲物には限りがあるし、あれだけ雨のように投げ付けていれば、物が無くなるのも早いはず。そうなれば、シデン殿の
ただ、拙者達を逃がす為に、あの場を離れられない為、時間稼ぎはされてしまうけれど…いや、それが狙いか?
そこまで考えが至った時だった。
正面から、異様な殺気が漂ってくる。
「やはり生きていたか。下民。」
「………………」
異様な殺気の正体は、ガラクの近くまで行った時に相対した男。名は確か…ドガマ。
拙者は一度大きく回り込んで忍と合流していた為、どのようにして死んだのか分からないが、間違いなくテジム様が殺したはず。死体もこの目で確認した。
首元に傷があり、確実な致命傷を受けた男が、目を見開いたまま地面に横たわり、死んでいた。
確実に死んでいたはずだ。
それなのに、何故か目の前に立っている。
「どういうことでござるか……」
「「………………」」
サクラ殿も、ハツ殿も、かなり怯えているし、混乱している。
そして、拙者も危険を感じている。
あの時、テジム様が拙者を、わざわざ演技までして逃がしたのには理由が有る。
拙者が単身で戦った場合、勝てないと判断したのだ。拙者にはこの男に勝つだけの力が無い…そう考えたのだ。
それは、この男を再度目の前にした今ならよく分かる。
濃密な殺気と、全身から放たれる強者の風格。
あの時は、サクラ殿達を助ける事に必死で気が付かなかったが、四鬼と同等か…それ以上の強者だ。
あの時は……手加減どころではない。全力も出さずに、拙者と刃を混じえていたのだろう。
本気で戦う時の師匠や、シンヤ殿が放つ、独特の空間。
まるで自分の首元に、常に刃が当てられているような、危機感とも
「っ………」
後ろに居るサクラ殿とハツ殿が、殺気の強さに、胸を抑えてその場に腰を落としてしまう。
息さえ出来ないのだろう。
拙者は直ぐに二人とドガマの間に入り、壁になる。
「……ほう。女を
「…拙者が守ると約束したでござるからな。」
「…そうか。だが、それは叶わないと、気がついているのだろう?」
口の端を片方だけ上げて笑い、拙者の目を見てくる。
おかしい。確かにあの時、ドガマと相対したが、手を抜いていたにしろ、ここまでの圧力は持っていなかったはず。それに、間違いなく息絶えていた。
「俺が生きている事が不思議って
「………………」
「知りたいか?」
「………………」
何かを言おうとするが、一瞬でも気を抜けば、次の瞬間に殺されているかもしれない。とにかく、今は瞬きすら恐ろしい。
「なんだよ。人が問いかけているんだから、何か言えよな。」
「なっ?!」
そう言って来たのは、ドガマの隣に突然現れた……ドガマだった。
「二人…?」
双子とか三つ子とかいう次元の話ではない。完全に同じ人物が二人存在している。
「驚いたか?」
「何が…起きて……?」
「分からないのか?これだよこれ。」
そう言ってドガマが指で示しているのは、自分の目。
言われて気が付いたが、ドガマの目は、
しかも、瞳の中には、縦線が二つ横に並んだような…『Ⅱ』の形をした模様が浮き出ている。
「俺の魔眼は紋章眼と言ってな。普通の魔眼よりちょっとばかし強いのさ。
名前は確か…
「双体眼……」
「元々は、単調な動きしか出来ない、出来の悪い、
反則級の能力ではないか…
それに、与えられた力によって…?何か魔眼を強化する為の力が有るという事か。
「まあ…時間制限があるし、消えそうになる度に寿命を縮めなければならないが…復讐さえ終われば死んでも良いからな。俺は。」
寿命を縮める…という事は、恐らく、点眼薬の効果だろう。そんな効能が有るとは知らなかったが、嘘を吐いているようには見えない。
「と言っても、この分身体は魔法みたいなもので、本体の俺の半分程度の力しか出せないんだがな。」
つまり、本体のドガマは、あの時相対したドガマの倍は強いという事になる。
流石に半分というのは嘘だろうが、分身体より本体の方が強い、というのは間違いないだろう。
分身体にも勝てない拙者が、本体を相手にして、二人を守り切らなければならない。しかも、分身体のおまけ付きだ。一人で二人と戦わねばならない。
「俺もここまで精巧な分身体が出来るとは思っていなかったが、これも全て神人様のお陰ってやつよ。」
本体のドガマは、ずっと裏に隠れ、様子を見てきたのだろう。それすらも、恐らくはガラクの指示。
何重に手を打っているのか分からなくなってくる。
上手く逃げ出せたと思っていたのに、この仕打ちとは…
「それにしても…サダの奴が裏切り者だったとはな。油断したぜ。」
ドガマ自身が殺されていないとなると、あの時分身体を殺したのがテジム様だと気が付いていて当然の事。
テジム様の事だから心配は要らないだろうけれど、この事は既にガラクの耳に入っているはず。
そうなれば、また何かの手でテジム様を絡め取ろうとしているに違いない。早く伝えなければ…
「無駄だ。俺の前から無傷で逃げ出せると思っているのか?
俺の秘密を知ったのだから、当然逃がす気は無い事くらい分かるだろう?」
この段階になって、ドガマの能力が明かされたところで、何か変わるわけではない。今から必死に走ってガラクと戦う皆の元へ行っても、大した情報とは言えない。
それに……
「拙者がここで倒せば、関係の無い事でござるな。」
チャキッ…
手に持った刀を構える。
これ程の相手の前に立ち、刃を向ける事は、それ
「なんだ?やる気か?どうやら死にたいらしいな。」
「死にたくは無いでござるが…貫かねばならぬ事も有るでござるからな。」
「…良いね。俺はそういうの、嫌いじゃあ無いぜ。」
「それは良かったでござる。良かったついでに、負けてくれると嬉しいでござるが。」
「そいつは出来ない相談だな、」
チャッ…
ドガマが手に持った刀を拙者に向けてくる。
ここまでで、最も濃密な殺気が放たれ、拙者は生唾を飲み込む。
先程、隠密部隊が時間を稼いでいた事から察するに、分身体は一度消されると、暫くは使えないのだと思う。
この推測が当たっていたならば、まずは分身体をどうにかして、せめて一対一の状態に持ち込みたい。
今のままで殺り合えば、確実に拙者が殺されてしまう。
そうなれば、必然的にサクラ殿とハツ殿は、ガラクの手に落ちる。
それだけは防がなければならない。
本来ならば、二人を逃がして、拙者が一人で耐えるのが理想的ではあるけれど、それを簡単にさせてくれるような相手ではないし、分身体だけでも二人を捕縛する事くらいは簡単だ。
まずは、全力で、素早く分身体を排除。その後、拙者が囮になって、ドガマから二人を逃がす。その後の事は…考えないでおこう。二人が逃げられれば、それで良い。
「なら、全力で抵抗させてもらうでござる。」
強い相手に受け身になるのは下策。
こちらから打って出る!
「ぬおおおおぉぉぉぉ!」
左腕はまだ痛む。でも、我慢ならば得意だ。
「気合いは十分だな。」
ガギィィン!
拙者の刃を、分身体が前に出てきて止める。
やはり強い。これで分身体とは、実力の差に涙が出そうだ。
「はぁっ!」
ガンッ!ギィィン!
それでも、拙者が引くことは無い。
「やるじゃあないか。」
分身体が喋る。
こんな分身体が居るなんて、本当に反則だ。
わざわざ能力を明かしたのは、拙者に勝てる自信が有るから…いや、楽しんでいるのかもしれない。
自分の弱さが嫌になってくる。
しかし、分かった事もある。
それは、分身体と本体は、恐らく同時に動けない、という事だ。
分身体は、本体に操作されているらしく、同時に動くことはもちろん、同時に喋る事も出来ない。
この推測が間違っていた場合は、最悪の事態に陥ってしまうけれど、魔眼というのはそんなに使い勝手の良いものではないはず。
もし魔眼を持っているだけで強さの差が歴然としているならば、回りくどいやり方を取る必要は無いはず。
ただ、それでも強い事に変わりはない。まずは、この分身体に勝つ事から始めなければ。
「ぬおおおぉぉぉぉ!」
ガギィィン!
神力で強化した斬撃も、分身体は上手く受け止めてくる。ここまで繊細な動きが出来る分身体とは…
だが、神力を使えば、力は僅かに拙者の方が上。これならばどうにか勝てるかもしれない。
「まだまだぁぁっ!っっ!!」
剛撃を繰り出そうとした時、忘れかけていた左腕の傷口がズキリと痛む。
刀の軌道が揺れ、ドガマの分身体は、それを見て刀を滑らせる。
ギャリギャリ!ガッ!
分身体の持った刀の上を滑った刃は、地面まで到達し、切っ先が地面に刺さる。
「ぐぬっ!」
まずいと思った時には、既に分身体の一撃が迫っていた。
「ぬぐおぉぉぉぉ!!」
ギィィィィィン!
無理矢理持ち上げた刀が、上手く分身体の刀と接触し、斬撃を防ぐ事が出来た。ほとんど運みたいなものだったが…
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