第256話 協力者

打った手というのが……ランブだ。

シデンの四鬼選定戦に潜り込ませ、サクラを殺そうとする事によって、殺気に当てる。選定戦という殺気に満ち満ちた場所であれば、その前に覚醒する可能性は十二分にあるが、念には念を入れておきたい。

直接自分への殺気を当てられれば、流石に覚醒するだろう。後は、他の魔眼保有者同様に、集めてから奪取すれば良い。


但し、サクラの桜点病は、近いうちに彼女の命を奪ってしまう。そうなれば、桜乱眼の力は失われてしまう。

その前に、力を一度奪い、自我を失わせてから、病を治し、管理出来るようにしておきたい。

その為にも、全種の四鬼華は必要なのだ。


ただ、サクラの能力が優秀とはいえ、最悪、その能力が無くても、計画の達成は可能だ。副次的な目的として考えておくくらいで良い。

向こうはサクラを殺そうとしている。と、勘違いしているはずだ。そうなれば、彼女を家から出さなくなる。すると、魔眼を使用する機会も無くなり、桜乱眼の事についても、探られる事は無くなるはずだ。

サクラの能力の重要性に気が付かなければ、計画が始動した際、警護も薄くなり、拉致がしやすくなる。少なくとも、シデンが常に見張っている事は無くなるはずだ。シデンが居なければ、さらう事くらい造作の無い事。

かといって、最も重要視する能力でもない為、サクラが計画の邪魔になるのであれば、排除も視野に入れておかなければならない。


それよりも、選定戦では、もう一つの目的、主目的を重要視していた。それが、ショウドという男の引き入れだ。


シデンと渡り合う程の力の持ち主で、シデンの事や、雷獣の事も知っている。

その上、魔眼を持っているという情報も入っている。

これを仲間に引き入れる事が出来れば、後に四鬼となるであろうシデンと戦わせ、運が良ければ殺してくれるはずだ。


ただ、ここまでの強者となると、精神的にもかなり強い者が多く、私の話術でも落とすのは難しい。

当然、脅しに屈するような者ではないし、皆が羨むものの一つ、を既に持っているのだから、簡単に籠絡ろうらくされる程、何かを渇望かつぼうしている者もなかなか居ない。

簡単にだませるような、何か、弱点でも無ければ、簡単に取り込む事は出来ない。

そして、ショウドにはがあった。

それが母の死である。


それ自体はただの事故で、お上の連中とは関係の無い事だったのだが、ショウドは物心つく前に父を亡くしており、女手一つで育てられてきた。

その母が若くして事故で亡くなった事を受け止められていないという話を聞いたのだ。

これを利用しない手はない。


私は、命をも自在に操る事が出来ると、支配下に置いた者達に信じ込ませてきた。死んだ者さえ生き返らせることが出来る…と。


はっきり言ってしまうと、そんな事は出来ない。寿命も操れないし、ましてや生き返らせる事など不可能だ。


だが、別に嘘でも良かった。


最終的には、区別無く死んでもらう予定なのだから。


ランブが選定戦で母の命を取り戻せるかもしれない、という話をしただけで、ショウドは簡単に釣れた。


後はそれなりの奇跡に見えるような能力を、保管してある魔眼保有者から奪い取り、使用する。


半信半疑であろうと、可能性が有るならば、ショウドは私に手を貸す他ない。


似たような理由で引き込んだ強者も数人集まった。


そして、この計画を進める上で、重要な事がもう一つ有る。

実は四鬼華には知られていない効能が存在する。


それは、魔眼の保有者が点眼薬を使うと、一時的に能力を強化出来るというもの。


魔眼の保有者自体が少ない事と、寿命を縮めてしまうという副作用の為、試そうにも試す事が出来なかったのだと思うが、私の支配下にある者達は違う。

欲に落ちた者達ばかりであり、力を欲する者は、寿命を犠牲にする。

と言っても、本来であれば、寿命を犠牲にしてまで力を欲する者達はそれ程いなかった。


私の詐欺まがいの手法では、納得出来ない者達もそれなりに居たし、全ての者達の人心を掌握する為には、別の方法が必要だった。


そして、それには、ある魔眼の能力が非常に役に立ってくれた。


その魔眼の名は……想投眼そうとうがん


自分の想像の世界へと相手を連れ込む事が出来る魔眼なのだが…実は、この魔眼は、相手を催眠状態にできる為、相手の精神を操る事が出来るのだ。

操るとはいえ、精神的に強い者は、なかなか操る事が出来ないが、私が率いる鬼士隊に興味を持っている連中というのは、悩みを抱えている者ばかり。

精神的に弱い相手ならば、想投眼の力によって、意識を変えさせ、私の事を崇拝するようにすれば良い。


そこで、私はこの想投眼を手に入れようとしたのだが…持ち主は島にたった一人で、遊郭の奥に住む、コハルという名の女性だけ。


この仮面を着けたままでは遊郭など入れないし、外せばもっと入れない。

そこで、まずは使者を送ることにした。


噂の鬼士隊ともなれば、警戒されるだろうし、私の使者だと言うことは伏せておいたのだが、その者がコハルの元へと向かうと、直ぐに言われたらしい。


「ガラク様の使いの者ですか?」


使者は驚き、思わず固まってしまったらしいが、コハルという女は、私の事を知っており、自分の魔眼を狙って来るであろう事も理解していた。

どこで聞いたのかとコハルに問うたが、答えは貰えず、使者は私の言葉を伝える事にした。

簡単に言ってしまえば、その力を貸してもらう代わりに、遊郭から出してやる。という提案だ。

遊郭で働き続けたい女など居ない。そう思っていたのだが…返答はいなだった。

理由は、分からなかったが、どうやらその意思は固いらしい。


それでは仕方が無い。と、コハルを拉致らちでもしようかと、頭の中で計画を練っていると、私に報告へ戻ってきた使者が、もう一言付け加える。


「しかし、協力はする、との事です。」


「…………どういう事ですか?」


あまりにも不自然な話だ。

私が何をしようとしているのかまでは知らないはずだが、相手は噂の鬼士隊。無条件で協力する理由は無いはず。


「遊女は選ばれる立場であり、相手を選ぶ事は出来ない…と言っていました。」


「…………………」


特別に叶えたい願いが有り、その為の布石ふせきなのだろうか?

いや、遊郭の中に閉じ込められている女に、何か出来るとは思えない。

何人か送り込んでみて、様子を見てみるか…


そして、何人か送り込み、反応を見たが、要望通り、私を崇拝する者となって、次々と送り返されてくる。

中には、それでも催眠に掛からない者も居たが、それはこちらでした。


どうやら、協力するという言葉は本当らしい。


猜疑心さいぎしんは拭い切れないが、使えるならば、使わせてもらうとしよう。


こうして、私の言葉に疑問を抱かず、寿命を削り、力を得ようとする者達が出来上がった。


残念ながら、強者であり、尚且つ、魔眼保有者でる者は少なく、その上、点眼薬を使い、能力を強化する事で戦闘が有利になる者となると、ほぼ居なかった。人数で言えば、たったの二人だけ。

その一人であるショウドは、母を生き返らせる必要がある為、死ねないと、点眼薬を受け取った。

それでも、それなりに人も集まり、中には、ダイダラ族という、特殊な兵士も参戦した。名前はヤマシラ。


妖狐族同様、鬼人族の連中に痛い目を見せられてきた種族で、鬼人族を酷く恨んでいた。

ただ、ダイダラ族は、元々性根が優しい種族で、どこか私とは違うものを感じた。

それが何かは分からないが、利用出来るのであれば、させてもらう。

ヤマシラとは主従ではなく、単純な協力関係で事足りた。

元々計画の中には入っていなかった者なので、居ても居なくてもそれ程計画の進行には影響しない。

全身を強固な鉄板で覆うという戦闘方法から、ランカを相手にさせるのが最も良いと判断し、戦場に立たせる事にした。


こうして、私の計画は順調に、そして、確実に進んで行った。


そして、計画の実行前に、どうしても確認しておきたい事が一つ。それが、天狐を呼び出す能力である。


おいそれと呼び出して良い類の相手ではない為、なかなか機会が無かったが、少なくとも、確実に呼び出せるならば、牽制くらいにはなるはずだ。

特に、もう一つの不確定要素である、渡人の男。シンヤ。あいつはどうにも気になる。

強いという話は聞いたが、四鬼華を全て集められる程の実力者となれば、四鬼をしのぐ力を持っていると考えても間違いではないだろう。


そこまでの実力者が居るとなると、綿密に立ててきた計画がほころぶ可能性が有る。

それだけは避けなければならない。

天狐を呼び出す事が出来れば、牽制として使い、隙を作るくらいは出来るはず。


そこで、天狐を呼び出す力だけは、常に使えるのかを調べてみた。


支配下に置かれた者達が、街へと向かって出発した後、適当な場所を選んで、空へ向かって叫ぶ。

ついぞ、私の体を弄び続けた連中は、その能力の事を理解出来なかったみたいだが、私は理解していた。


妖狐族には、発声器官が二つ有るのだ。


一つは通常時に使うもので、私の声をつかさど声帯せいたい。しかし、それとは別に、もう一つ声帯が存在し、普段は開きっぱなしで、機能を作動させる事が出来ない。

しかし、身の危険が迫ったり、極度の精神的圧力に晒されると、その声帯が閉じ、天狐を呼ぶ為の声…というのか、音を発生する。

本来、自分の意思で開け閉め出来るものではないのだが、私は度重なるによって、自由に開け閉め出来るようになっていた。


空に向けて口を開き、声帯を閉じる。


私の口から、私の声ではない音が発生し、空気を震わせる。


数秒後…


空中に突如として現れた、四尾の狐。

赤と黒の混じった毛が、やけに目を引く。


やはり、この発声器官を使えば、天狐が現れる事は間違いない。これならば、奥の手として使えなくはない。


「……………」


呼び出した天狐は、いつもと反応が全く違った。


いつもは独特の笑い声を上げて周囲の生き物を蹂躙じゅうりんするか、興味が無さそうに消えていくかだったが…何かを気にしているように見える。


天狐の視線の先には、天山が見える。


こんな事は初めてだった。


私が呼び出した天狐は、ただ腹を満たす為だけに生き物を殺すか、それすらも億劫おっくうだと消えるか。

何かに興味を示す事は無かった。


その時、天山にはシンヤという者達が向かっている事に気がついた。

過去の、この島の中に無くて、現在有るもの。それは、あの渡人だ。


何が天狐をきつけているのか…


いや……待てよ。

天狐は、腹を満たす為に生き物を狩っていたが、それにも枠組みが存在したのではないだろうか?

例えば、目の前に何種かの生き物が居ても、狩る種と、狩らない種が存在していた。強いと言われる種を中心として狩っていたようだったが、そうではない種も狩ったりしていた為、一貫性いっかんせいは無いとして結論付けられていた。私も同様の考えで、天狐の気まぐれだと思っていたが、もしそこに、何かしらの一貫性が有るとしたら…?


「……キケケ……」


天狐は、嬉しそうな笑い声を出して、天山の方へ向けてフワリと消えていった。


これまで天狐が積極的に殺してきたモンスターは、基本的にはこの島でも強いと認識されている種が多かった。

しかし、いくら強くとも、植物系のモンスターや、死霊系のモンスターには一切興味を示していなかった。それらの事から考えると……


「漆黒石……神力の強度か。」


この島の生き物である以上、モンスターとて漆黒石を取り込んでいるはず。

神力を使う使わないに関わらず、体内に漆黒石が結晶化している可能性は、十分に有る。

植物系のモンスターは、土壌に根付くが、漆黒石を溜め込む場所が無い。植物系モンスターから漆黒石が見付かったという話も聞いたことが無い。

死霊系のモンスターは、そもそも食事をしないし、食物連鎖の中には入っていない。

食物連鎖の中に入っているモンスターの中で、強いとされているモンスターは、その他のモンスターを捕食する為、漆黒石を体内に結晶化しやすいはず。

中には、土の中で生活するようなモンスターも居て、漆黒石を体内に取り込む機会の多いモンスターも居る。それらは強さに関係無く、漆黒石を溜め込んでいる可能性がある。


つまり、天狐は、我々の持つ漆黒石、もしくはそこから発せられる神力に引き寄せられている。

しかし、渡人であり、この島の者ではないはずのシンヤという男が、漆黒石を持っているとは考え難いのだが…そもそも渡人という存在自体、奇想天外きそうてんがいだ。誰かから、渡人の話を聞いた覚えはあるが…誰だったか…?覚えていないという事は、殺してしまった者だろうか。まあ、それは良い。

結論を出すには早いかもしれないが、もし、天狐が漆黒石に惹かれ、美味そうに見えるのであれば、これ程までに都合の良い事は無い。

間違いなく、戦場には四鬼を含めた神力の強度を高めた者達が集まってくる。

それに、四鬼華の二種混合液によって、無理矢理強度を高める事も可能だ。

天狐からしてみれば、御馳走ごちそうの山だろう。


場を荒らして貰っているうちに、私は目的を達成させてもらうとしよう。


計画の段階は全部で四つ。


三段階目で魔眼保有者の能力を奪い取り、城へ侵入。魔眼の力を使い、城を制圧する。


そして四段階目、最終段階では、鬼皇の元へ行き、能力を奪い取る事から始まる。


鬼皇の道理眼どうりがん。実に優秀な予知能力を持っている。実に羨ましい限りだ。

私の眼は紋章眼とはいえ、魔眼保有者が居なければ、あまり意味を持たない魔眼だというのに……


道理眼の能力を聞くと、予知能力に目が行きがちだが、私はそれよりも、契約の力を欲している。


相手を殺す程の呪詛じゅそ。契約による命の束縛。

これ程に甘美かんびな響きが有るだろうか。


例えば、私が力を奪い、無理矢理にでも契約を結ばせれば、その者の命を、私の手中に収める事が出来る。

ただ殺すよりも、余程楽しい事が出来るに違いない。


鬼皇の家族同士で殺し合いでもさせてみようか…いや、家臣に犯させるのも悪くないかもしれない。これは実に夢が膨らむ。

そして、一人と契約すれば、それをネタに、芋づる式で契約を結ばせる者を増やす事が出来る。

命を天秤に乗せてしまえば、後はこちらのものだ。


そうして契約する者を増やし続けていけば、鬼人族のほぼ全てが、私の支配下に置かれる事になる。


指先一つで、種族を絶滅に追いやる事も出来てしまうのだ。

そんな存在は、神人…いや、神と呼んでも差しつかえ無いだろう。

そして、命を握られ続けたまま、生きるという地獄を、私が死を許すまで生き続ける事になる。


鬼士隊のように、身分をしっかり区別してやれば、私に取り入る為に、互いに醜く争う姿も見られるはずだ。

それを見た時、きっと父が望んだように、私は幸せな人生だと、胸を張って言えるはずだ。


そして、もう一つ、第四段階の目的として、道理眼の契約の力で、天狐と契約を結ぶ。

天災そのもののような存在を手懐てなづける事が出来れば、もう誰も私を止めることなど出来ないだろう。


これこそが、私の考え出した計画の全て。


しかし……しかしだ。


あろう事か、その計画を、ズカズカと壊しに来る者が居る。


シンヤ。そして、ニル。


わざわざ、街とは逆方向へと迂回うかいしなければ降りられない構造の、天山に向かう時を狙い、計画を実行したというのに……

大陸の友魔とかいう狼。あれの速さが異常だというのは、四鬼華を巡る速度を聞いて知っていた。それをも計算に入れたというのに……


実に腹立たしい。


何故、鬼人族ですらない、人族がしゃしゃり出て来るのか。何の得が有ってそうしているのか、全く分からない。


私の支配下にある者の中で、洗脳を受けていないのに忠実であったハラサキとミサの二人が殺された。

もう少し使い道があったというのに、ここで退場させられるとは…


報告によれば、このシンヤという男のせいで、四鬼やその他の者達の進行が早まったらしい。

計画をとことん邪魔してくる男だ。

それに、横に居るニルとかいう枷付きの女。

これも目障めざわり極まりない。


ただでさえ厄介な四鬼、ランカの動きを、嫌に習得している。しかも、盾を使う為、実力的にはミサやハラサキに劣りながらも、最終的に二人を殺した。


まだ手はあるが…いつ、その手が打てるか分からない以上、天狐という手札を切るべきだろうか。


ランカの言葉に憤怒を見せたように演技をしつつ、少し時間を稼ぐ。すると……


「神人様。」


「…来てくれましたか。」


「当然でしょう。」


私と、ランカ達を挟んで反対側へ現れたのは、だった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「ゴンゾー様!」


サクラ殿が、拙者の目の前に近寄り、泣きらした目で見てくる。


拙者が落ちた時、死んだと思っていたみたいだ。


「えーっと…申し訳ござらん。あの時はああするのが良いと思ったでござるから。」


戻って直ぐに、テジム様は何処かへ行ってしまったし…拙者は忍の方々と、一先ず、安全が確保されるまで、少し離れた武器庫まで足を運んでいた。


やっと落ち着いて話せるような状況になるや、サクラ殿が詰め寄って…近寄って来たという事だ。


「あの様な事は二度としないで下さい!自分の心臓が止まったかと思いました!」


「も、申し訳ござらん…」


サクラ殿が怒る…というより、いじけている所?は初めて見る。

余程心配してくれたのだろうと思うし、ここまで敵兵の中に居た事で、緊張やら焦りやらで、感情がごちゃ混ぜになっているのだろう。


「あ、あの…」


サクラ殿が支えていた女性が、割って入って申し訳ない、という表情で声を掛けてくる。


「どうしたでござるか?」


「ござ…?…いえ…その…このままここに居ても大丈夫なのでしょうか…?」

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