第二十章 大動乱 (4)

第255話 ガラク

刀を突き刺した男の顔を見ると、恐怖と怒りが混ざった、特有の顔をしている。


ああ…………そそる。


ブチブチブチブチッ!

「がああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


刺した刀を捻りながらズラすと、筋肉なのか、皮膚なのか、神経なのか…よく分からないが、何かが切れる音がする。

痛みに喘ぐ声と顔が、私の心を満たしていく。


「おい!止めろ!離せ!」


「離して欲しいのであれば、中へ入ってきて止めれば良いではないですか。どうぞ?」


「っっ!!」


私の事が怖いのか、男は青い顔をするだけで入ってこない。


「入ってこないのですか?それなら私はこの二人と楽しむ事にしましょうか。」


「た、頼む!やめてくれ!俺達はお上に言われてやっていただけなんだ!」


「言われてやっていただけだから許して欲しい…そう言っているのですか?

実に面白い論理ろんりですね。つまり、私も、誰かに言われたならば、あなた達を殺しても良いわけですね。」


「い、いや……」


「あー……聞こえてきました。これは間違いなく神の声ですね。そうか…私は神人だったのですね。

お上以上の存在に言われたのであれば、私もやらなければなりませんね。」


「っ!?」


私は仮面の下で笑ったのだが、それが伝わったらしく、男は嬉しそうに身震いする。


そこからは私と彼等の、楽しい楽しい時間を過ごした。


牢屋の中に居た二人と遊んでいると、残りの三人はどうにか外へ出られないかと扉をこじ開けようとしているようだった。


残念ながら、牢屋内にある紐をもう一度引かなければ、扉の奥にあるかんぬきが開かないようになっている。

つまり、彼等がここから出る為には、私の牢屋に入るしかないのだ。


「二人を見捨てようとするなんて、酷い人達ですね…

しかし、これからどうするつもりなのですか?

私はここから出てはいけないそうですし、この二人と遊んでいましょうか。」


響き渡り続ける悲鳴に、三人の思考回路が焼き切れていく。


本来なら、毎日満腹になるまで食べている三人の方が、長くここで待っていられるはずなのに、焦り始め、遂には俺を殺さなければ、ここから出られないと考え始める。


鼻息を荒くして刀を構える三人。

どれだけ鼻息を荒くしようが、牢屋の中に入ってくる時に、一人ずつ、しかもしゃがんで入らなければならない事に変わりはない。

そして、今や私の手元にも刀がある。

更に楽しくなるであろう現状に、期待で胸が踊る。


待つこと数分。最初の一人が牢屋に入ろうとする。


慎重に入ってきているが、あまり意味は無い。


「いらっしゃい。」


ザシュッ!


しゃがんだ相手と戦う事くらい、どうということは無い。


「あー…殺してしまいましたね。折角の楽しみが一つ減ってしまいました…」


そこからは、ただただ、私が楽しむ為の時間だった。


同じように入ってくる男を殺さないように傷付け、確保すると、残った一人をゆっくり、時間を掛けて恐怖の底へと落とした。


悲鳴や泣き声、血の臭い。


恐怖に負けた男は、他の者達と同じように牢屋へと入って来て、他の者達と同じように、私と共に楽しい時間を過ごす事になった。


私は、捕まえた四人を飽きるまでいじくり回した。

生きていた四人のうち、二人はだらしなくよだれを垂らしながら、うーうー言うだけの人形のようになり、一人はずっと笑うようになり、もう一人は死んでしまった。


人によって、反応が違うものらしい。

それにしても、私はこれまでずっと耐えてきたというのに、この四人はたった数時間で壊れてしまった。

壊れるように痛め付けたというのもあるが、もう少し頑張っても良さそうなものだが…


最後に、生き残った三人を、丁寧に殺した後、私は地下室を出た。そこがどこだか全く分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。

その時は、ただ、自分が生きて外に出られた事を嬉しく思った。これで、私のやりたかった事が出来る。

自分をこんな目に合わせた連中を、一人でも多く殺してやる。


そう決意して、森の中を歩いた。


一人、静かに森の中を歩いていると、ふと思い出す。


私の事を助けてくれようとした男は、一体何者だったのだろうか。

誰かに指示されて助けに来たような事を言っていたけれど…両親が送った者だったのだろうか。

もし、そうだとして、私にこのまま森の中でひっそりと暮らして欲しい…と、思っているのかもしれない。詳しい話を聞きそびれた為、何も分からないが…もし、そうならば、一度会いに行けば分かる。


殺した男の着物を着て、刀を腰に携え、白い仮面を被り、やっとの思いで街へと辿り着いた。


一体どれだけの時間が経ったのか…


街の様子は昔と違い、随分と大きく、にぎやかになっていた。


子供だった体が、大人へと成長する時間が有ったのだから、街も変わるというものか。


私は、そのままお上の連中に会いに行こうかとも思ったが、その前に、家族のその後の事を知りたかった、


白い仮面を渡してきたという事は、間違いなく家族が絡んでいる。そして、家族が絡んでいるのであれば、死ぬ前に、一度だけ会いたかった。

地獄のような世界の中で、唯一自分に幸せを与えてくれた存在。それを最後に見ておきたかった。

私はずっと地下室に閉じ込められており、特別強い剣術を身に付けていたわけではないし、体もせ細っている。

復讐の為にお上の元へ乗り込み、例え数人を殺せたとしても、私は死ぬだろう。

それでも、自分の中にある憎悪を抑えることは出来ない。


街をフラフラと歩き続け、見慣れた屋敷へと辿り着いた。


元々活気のある屋敷ではなかったが、久しぶりに見た屋敷は、以前にも増して静まり返っていた。

使用人の姿も見えず、生活感が全く無い。


私という存在が露見ろけんし、地位を奪われて、別の場所にでも住んでいるのだろうか?


屋敷の外から中を伺っていると、通りすがりの男が、不思議に思ったのか、私に声を掛けてきた。


「あんちゃん…この屋敷に用でもあるのかい?」


「……ここに…住んでいた者は?」


「あー…色々とあったみたいだな。

何でも、この屋敷に住んでいた鬼士の者達が、危険な奴をかくまっていたらしくてな。」


「……………」


「俺も詳しい話は知らないが、大勢来て、家族全員死んじまったらしいぞ。

怖いよなー。こんな近くで危険人物を匿っていたなんて、身震いしちまうぜ。」


この瞬間、私の中に残っていた、微かな心がついえた。

もしも、家族が生きていたならば、もう少し違った考え方も出来たのかもしれない。しかし、それも、もう無くなってしまった。


そのままお上の連中に目に物見せてやろうとしていたのだが、それではあまりにも生ぬるい。確実な恐怖と後悔を与えて殺した後、亡骸なきがらを家族の墓前に供えてやる。


「おい?大丈夫か?」


何も言わない私に、心配そうな声を掛けてくる男。


私はそれを完全に無視して、屋敷の中へと入る。


おかしな男だと思われたのか、首を傾げたまま、男は去って行った。


屋敷の中を見て回ると、所々に戦闘の形跡が有った。


柱に付いた刀傷、床にこびり付いた古い血痕。


ここで何があったのか、聞かずとも分かった。


フラフラと屋敷の中を見回った後、私は地下室へと向かった。

もしかしたら、両親や、ツユクサの事について、何か他に分かるかもしれないと思ったから。

私の予想は当たっており、地下室の机の上に、父が書き残したであろう手紙が置いてあった。


そこには、私がこの家を出てからの事が書いてあった。


私が屋敷から連れ出されてすぐ、父はお上の連中に抗議を行ったらしい。

正式な抗議が認められれば、私は戻ってくる。

しかし、当然ながら、それは通らず、何の事を話しているのか分からない。と言われたそうだ。

私が居たことさえ、お上の連中は揉み消してしまっていた。元々、私は隠れて生きていた為、それ程難しい事でもなかっただろう。


そして、次に書かれていたのは、何故、私の正体がバレたのかについてだった。


これには、二つの理由が有った。


まず、一つ目は…


父と母が信頼していた、鬼士隊からの密告だった。


鬼士隊の一人である、ある男が、自分の地位を確立するために、密告したのだった。

そもそもの鬼士隊の成り立ちは、私の先祖が、妖狐族の妻をめとった事から始まるというのに、同じ顔をした私を売るとは…

この組織も出来てから長い。その時間の間に、腐り果て、遂には敵と裏で結び付くまでになってしまっていたのだ。もしかしたら、そうなるように、お上の連中が操作していたのかもしれないが、どちらにしろ、信じる事が出来ない組織へと成り果てていたのだ。


これが、一回目、屋敷へお上の手先が訪れた時の理由だった。


そして、私が捕まった二回目。


妹であるツユクサが狙われたのには、理由があった。


屋敷で信頼出来ると思い、雇っていた使用人が、私達を裏切っていたのだ。


私の事と、妹のツユクサの事を全て話していたらしい。特に、ツユクサはまだ、年端も行かぬ幼子で、付け入る隙が有るという事まで伝えていた。


裏切った理由は、金。


使用人は基本的に平民の者達であり、金はいつでも欲していた。

落ち目の鬼士とはいえ、それなりの金額を報酬として与えていたし、家族を養っていけるだけの額だったはず。


父は信頼出来る使用人の大切さを知っていたし、そこでケチるような小さな男ではなかった。何かあれば手を貸してやったりと、他の落ち目ではない屋敷の使用人と比較しても、かなりの高待遇だった。

だが、裏切ったのだ。欲に落ち、恩を仇で返したのだ。


これを見た時、私の中に、復讐の対象者の垣根かきねが無くなった。

誰も彼も、皆同じ腐り切った醜い生き物に見えた。


その時分かった。

私は鬼人族では無く、妖狐族なのだと。


父は、その後も私の身柄をどうにか取り戻せないかと奔走ほんそうしてくれていたらしいが、あまりにも走り回り過ぎた事で、目を付けられたらしい。


手紙の最後には、私に対する謝罪の言葉と、幸せに生きて欲しい、という言葉がつづられていた。


幸せに生きて欲しい。


最後まで手紙を読んだ私は、完全に壊れてしまった。


自分が、憎悪と殺意の塊になった気がした。


だが、それは悪くない気分だった。


もし、このうじゃうじゃと居る鬼人族の群れを、一人残らず綺麗に殺したら、どれだけ気持ちの良い事だろう。

潰し、燃やし、斬り、裂き、貫き………何とも幸せな時間を過ごせる事だろう。

私は父の言葉に従う事にした。


その日から、私の復讐が始まった。


まずは、どのようにして復讐を果たすか、その計画を綿密に立てた。あらゆる事を想定し、修正に修正を重ねた。これは、計画を実行する直前まで続く事になる。


そして、この計画には、いくつかの難関が有った。


一つ、四鬼の存在。

いくら人数を集めたとはいえ、四鬼というのは、脅威となる存在だ。幼い私にも理解出来るような、絵に書いた英雄の姿。それが四鬼。

戦において、一番重要なのは、兵の数である。

これは、父の書斎しょさいに有った書物を読み漁り、情報や剣術を独自に学んで習得した私が、重要だと記憶した言葉の中の一つだった。

戦争において、個の力というのは、数の力に劣るものである。これが定説である事に違いは無いのだが、それを当たり前のように覆す存在。それが四鬼である、という事もまた、定説となっていた。


そこで、四鬼の事を調べ上げ、それぞれの弱点について把握し、その弱点を的確に突く作戦を考えた。

まずは、四鬼全員に当てはまる弱点が、その特殊な地位だった。民を守る為の役職であり、政に携わらず、民の為に動く。つまり、弱点は民という事だ。

民を人質にする事が出来れば四鬼をある程度抑えられる。

但し、有象無象の連中に止められるのは、せいぜい小一時間。

となれば、それぞれの四鬼を止められるような、言わば四鬼特化の兵士を当てる必要がある。

と、考えて行動した。


他にも難関は有る、城だ。

堅牢けんろうな造り、いくつもある壁。在中する兵士…

城攻めはとてつもなく難しい。正攻法では無理だ。やはり内側から崩す作戦が良いだろう。


他にも細かな事を言い出せばキリがないが、大きな難関として残るのは、鬼皇。

特殊な魔眼を持っているという事は知っているが、あまりに情報が少ない。

やはり簡単には攻略出来そうに無い。まずは支配下に置く者達を増やさなければならない。


お上の連中を潰すのは最後として……

まずは、人を集める為にも、腐りきった鬼士隊の事をどうにかしなければならない。


そこで用いたのが、四鬼華。


魔眼の力を一時的に付与したり、神力を増強したり…

金には困らないだろう。

そして、力や金に群がる連中にも困らない。


私はじっくり、ゆっくりとそういった者達を集め、金を集めていった。

幸いな事に、私には人心を操る天性が有った。

支配下に置く者達を集めるのに苦労はしなかった。

魔眼の力も有った為、簡単な仕事。


ただ、天狐を呼び出す力というのは、制御出来なかった。


拷問の最中、何度かその力を使った事が有ったが、天狐が現れても、周囲に興味を示さなかったり、笑うだけ笑って消えたり…とにかく、天狐は気まま過ぎて制御どころの話では無かった。

ただ、私自身に危害を加えようとする事は一度も無く、私一人にとっては、安全な力だという事が分かっていた。

ただ、この力は、使い所が難しい。例えば、街の全てを破壊して欲しいとしても、呼び出した後に興味を示さず、消えてしまう可能性もある。それに何より、天狐を使って人々を殺しても、私が

どうしても必要になった時に使う力として考え、頼る事はしなかった。


そうして、活動を続け、ある程度、鬼士にも繋がりが出来た所で、表へ出る事にした。

私が逃げ出した事を知っているお上の元へ、鬼士として出向いたのだ。


その時には、多くの鬼士が支配下にあった為、お上の連中も簡単には手が出せず、私は晴れて鬼士として城勤めにまでなる事となった。

お上の連中としては、私を管理しようとしたのだろうけれど、私が管理しているとは思っていない様子だった。


その後、私は城内で適当な人物を見繕みつくろい、支配下に置く事が出来た。それが、鬼皇の側近であるタナシタである。

復讐の対象者の一人ではあるが、使えるものは敵だとしても使う。


タナシタには色々な情報を集めさせた。鬼皇の魔眼に関する情報や、その他諸々。特に、私の力を最大限利用出来るように、魔眼保有者の事については念入りに調べさせた。


お陰で、この街に居る者達の中で、魔眼を保有している者はほぼ分かった。


こうして着実に準備を進めていき、そろそろ街で出来ることも少なくなってきた時。

一人の魔眼保有者の事が耳に入る。


何でも、四鬼候補の妹という事で、実際に会ってみる事にした。


漆黒石を視る力がある、桜透眼おうとうがんの持ち主であり、正直必要の無い能力だとは思っていたが、次代の四鬼となる者の弱点が知れるのであれば、会うくらい良いだろうと。


名はサクラ。


桜色の髪に桜色の瞳の女だった。


初めてその目を見た時、私は彼女の事を直ぐに理解した。

私がだとしたならば、この女は、言うなればだった。

けがれを知らず、誰にでも優しい女。


私とは正反対の存在であり、絶対に相容あいいれない存在である事は明白だったのだが…どこか似たものを感じた。

純粋な殺意と、純粋な善意。

もしかしたら、この二つは表裏一体なのかもしれない。そう思った。


何より、全く似ても似つかない顔なのに、どこかツユクサを思い出させた。


私が知るツユクサは、生まれたばかりの真っ白な存在であり、それがこの女とどこか重なって見える。

生きていれば、歳の頃も同じくらいだろう。


兄である四鬼候補、シデンの妹であり、大切に育てられた事は見れば分かった。

利用する他ないと分かっていたが……どうにもツユクサの顔がチラついてしまう。


しかし、ツユクサはもう居ない。両親ももう居ない。

私はその感情を殺した。


そして、彼女が私の漆黒石を覗き見た時。

僅かに表情が揺らいだ。

恐怖……だろうか。

私の何かを感じ取ったのだろうか。

しかし、直ぐに表情は戻り、話を打ち切った。


桜透眼は、漆黒石を視るものであり、それ以上の力は無いはずなのだが…


何やら胸騒ぎがして、一応、街を出た。すると、その後直ぐに、私に対する追手が掛かった事を知った。


恐らく、サクラという女が何かを読み取ったのだろう。

要注意人物だと認識し、私は桜透眼の力について詳しく調べてみることにした。


暫くしても特に変わった情報は得られなかったが、タナシタによって、本来、知りたかった情報とは違ったが、面白い事が分かった。

それは、桜透眼には、上位の魔眼が存在するという事だった。


名は桜乱眼おうらんがん

紋章眼の一種で、その能力は、神力を視認出来るというものだった。

血縁とは関係の無い、突発的な紋章眼であり、確認された事例も少ない。


神力が主体のこの島において、この紋章眼は破格の力を持っている。是非ものにしたいところだが、この紋章眼には、二つの厄介な制限が存在した。


一つ目が、桜点病おうてんびょう


桜乱眼へ昇華する事が可能な桜透眼の持ち主には、必ず桜点病が発症する事が分かっており、その寿命は極めて短いこと。

調べによると、サクラは、桜点病に掛かっているという事が分かった。


となれば、サクラの魔眼を紋章眼に昇華させておきたい。


しかし、そこで障壁しょうへきとなってくるのが、もう一つの制限であった。


それは、強い殺気に当てられる事。


理由は分からないが、それが昇華への条件らしい。


桜点病の者は、基本的に病弱な為、この条件を満たせる者はほぼいない。


私の純粋な殺意によって、多少は変わったかもしれないが、より確実に昇華させ。その能力を私のものに出来れば、色々と役に立つ事になるはず。


その為に、私は一つ手を打った。

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