第254話 ガラクの過去

どうにか、その力を制御出来れば、わざわざ隠している必要など無い…と思い、その手の研究をしている者に、色々と話をして協力を頼んでしまったのだ。


一度漏れてしまった話を止める事など出来ず、あっという間に、その事がお上の耳に入り……ある日、その女性を捕らえる為に、人が送られてきてしまった。


お上は、力を我が物にしようとしたのだ。

当然、四人は逃げ出した。


きっと先祖は自分の行いを悔いていただろう。

女性も、ずっと隠してきた事実を、話してしまい、悔いていただろう。先祖は、優しく、女性の事を思い助けようとするかもしれないと、気付けるはずだったのに…と。


四人は逃げに逃げた。


特殊な力を秘めた種族であるが故に、追手には仲間であったはずの、残りの四鬼まで出てきていた。

そんな連中から逃げおおせるはずもなく…

追い詰められて辿り着いたのは、島で最も高い天山だった。


遂に追い詰められてしまった先祖は、家族を守る為に、刀を抜く。


愛する妻、そして二人の子供を守る為、先祖は必死に戦った。


しかし、いくら四鬼とはいえ、同じ四鬼三人を相手に、勝てるはずなどなく……

目の前で殺されてしまった夫。

子供達にとっては父。


そして、その時、娘の精神が限界を迎えてしまった。


突如として娘が天を向き、高い叫び声を上げる。高い声と言うには、高過ぎる声で、およそ人のものとは思えなかったらしい。


鼓膜こまくが破れそうな大音量の声に、その場にいた全員が耳を塞いだ時。空の上から、娘の叫び声など比べ物にならぬ程の威圧感が押し寄せる。


全員が空を見上げた時、そこにいた女性に似た何か、それが、天狐だった。


突如として現れた死そのもののような存在に、四鬼達が緊張する。


「キケケケケッ!」


独特の笑い声を上げる天狐。


娘の声が呼び出した存在に違いはないはずだが、娘は天狐を呼び出した後、直ぐに気絶し、母の腕の中。


女性が言っていた制御出来ないというのは、天狐を制御出来ない。ということだった。

呼び出せても、制御出来ないのでは、災害と何ら変わらない。


ただ、天狐は、女性と子供達には一切興味を示さなかったらしい。妖狐族の血がそうさせるのかは分からなかったが、とにかく、天狐が現れて数秒で、一人、四鬼が死んだらしい。


あまりにも強大過ぎる天狐の登場によって、残された二人の四鬼は逃げるしかなかった。


殺されてしまった四鬼は、その場で天狐に、満足した天狐はそのままどこかへ消えていったらしい。


こうして、天狐と四鬼…正確には一人を除く四鬼との事件が終了した。


実際の話はこういう話なのだが、そのまま伝われば、四鬼の沽券こけんに関わる話となってしまう。そこで、天狐に挑んだの四鬼が、必死に戦い、二人を犠牲にしたものの、何とか天狐を撃退…という美談に変えてお上が皆に広めた。


それはそれとして、父を殺され、残された女性とその子供達は…

一先ず、妖狐族として、生活する事になった。

森の奥深くに住み、大人しくしていたが…

殺されてしまった男の息子は、その時の事を鮮明に覚えており、復讐せんと燃えていた。

ただ、相手が相手だけに復讐は簡単にはいかない。


そこで息子は、大人になった後、母親と妹を置いて、一人街へと舞い戻った。


父の屋敷は英雄の居た屋敷として丁重に扱われており、出て行った時と何も変わらずそこにあった。


母や娘の事を調べる為か、家の中を荒らされた形跡はあったものの、それ以外は特に変化は無かった。

妖狐族とはいえ、普通に暮らしていただけであり、何か見付かるはずなどなかっただろうし、その時は、母も娘も森の中。気にする事は何一つ無かった。


息子は、何とか復讐しようと思い、まずは敵の情報を集める事にした。

しかし、集めると言っても相手はお上。

聞いて教えてくれるようなものではない事くらい容易に想像出来る。

そこで、息子は、自分が死んだ英雄の息子である事を明かした。


一見無謀な行動に見えるが、父は殉職じゅんしょくした英雄として扱われている為、鬼士としての地位は確保される。

それに、息子は、鬼人族の血を受け継いでおり、妖狐族の力は持っていなかった。その事を自分でも理解していた為、どれだけ自分の事を調べても、妖狐族に繋がる事は無いと知っていた。


英雄の息子が帰ってきたと世間が知れば、歓迎するのは当たり前の事であり、お上が簡単に手を出す事も出来なくなる。

天狐の事件で、自分だけが生き残った事にしておけば、母や娘に迷惑を掛ける心配もない。


こうして、息子は敢えて自分の事を明かす事で、無事に父の屋敷へと戻り、尚且つ、鬼士という地位を手に入れる事に成功した。

しかしながら、お上は母親が妖狐族、という真実を知っている為、地位は落とされ、お上に近付く事は許されなかった。

加えて、残念ながら、表向きは歓迎していたお上から送られてきた使用人は、息子の事を監視する者達であった。


しかし、息子にとってそれは予想の範囲内の出来事であり、寧ろ好都合と言えた。

お上の事を調べようにも、接点が無ければ調べる事は出来ない。しかし、こうして敵の手の者が目の前に居れば、調べ放題だ。

息子は、森を出ると決めた時から、これから死ぬまで、敵中で過ごさなければならない、と覚悟していた。故に、大したことでは無かった。


気の休まらない毎日を過ごしていく中、息子は着実に調べを進めた。

すると、理由は違えど、自分と同じような目に会った者達が他にも居るという事が分かった。


息子は秘密裏にその者達と接触し、身の上話をすると、同士として手を取り合う事が出来た。

最初は息子を合わせても五人程度の集まりではあったが、仲間が出来れば、やれる事も増える。

自分の屋敷に、信用出来る者を使用人として雇い入れたり、情報を全員で共有したり…


知れば知る程にお上が腐っていると知った息子は、更に同じような境遇で苦しむ者達を集め、反政府組織とした。これが、鬼士隊の走りである。

と言っても、最初は、ただ単に政府の悪行を秘密裏に暴露ばくろしたりするだけの組織で、目立った事はしていなかったらしい。

それに、お上の闇は深く、そう簡単に今の状況をくつがえすことは出来なかった。


そんな中、息子も成長し、鬼士隊の中で仲良くなった者と結婚もした。


その時、気が付いたのだ。

自分の代で、父の仇を取る事は出来ないかもしれないと。

悔しいが、相手が大き過ぎる。

そこで彼は、屋敷の、ある部屋の床下に、地下室がある事を母から聞いていた為、ある日、これまでの事をまとめた資料を保管しておこうと、降りてみたらしい。

すると、そこにはいくつかの資料が既に保管されており、ほこりだらけになっていた。

そして、息子はそこで初めて、自分が四鬼華の伝説に出てくる四鬼の家系だと知る事になる。

それだけならば、そうだったのか…くらいのものだが、そこにあった資料の一つに、四鬼華の一つである天華の所在と、効果、その他諸々の研究記録が有る事に気が付いた。

その時、天華を使えば資金や、人手を集められる事に気が付いた。


大々的に取り扱う事は出来ない為、慎重に扱う必要があったものの、強力な武器を手に入れたのだ。


しかし、どこを取っても、やはり自分の代でお上を潰す事など出来ないと考え至った息子は、自分達の受けてきた屈辱や理不尽を書き留め、地下室へ保存し、自分の子供に、鬼士隊としての教育を施した。

四鬼華は、いざという時の切り札として、神殿を隠すだけに留めた。


時は過ぎ、代々受け継がれてきたそれらの情報や記録が、地下室を埋め尽くす程になった時、私が父に連れられて、地下室へと降りたのだった。


私は、幼いながらも、自分の先祖の血を理解した。

何故自分がこのような姿をしているのか、何故人前では仮面を被らなければならないのか…

全てお上のせいだと気が付いたのだ。


とはいえ、恨みは特に感じなかった。遠い昔の遠い先祖の話であり、自分とは無関係とまでは言わなくても、気持ちを共有する程の感情は湧かなかった。


私にとって、両親と妹のツユクサ、そして僅かながらの使用人。

これが私にとって、世界の全てだったのだから。


それは、鬼士隊として名を連ねる父と母も、分かってくれていた。


「ガラクが嫌ならば、鬼士隊に入る事は無い。

お前はお前の好きなように生きれば良い。」


父の言葉に、母も頷いていた。


「ただ、今話したように、妖狐族というのは、お上にとっては、欲する力を秘めた種族だ。

それは今も変わらない。

だから、絶対に人に知られてはならない。」


殺されてしまった先祖のように、私の事を捕え、力を奪おうとするから。

理由は明白だった。


「どこから漏れたのか、誰かが見ていたのか……お前の事を嗅ぎ付けたお上の手先の者が、先程来たのだ。

何とか追い返したが、これからは更に気を付けなければならない。お前にばかり苦労を掛ける事になるが…頭の良いガラクならば、分かってくれるな?」


父の言葉は容易に理解出来た。


恐らく、父が追い返しただけで帰ってくれたのは、決定的な証拠が無かったからだと思う。

もし、確たる証拠が有ったならば……二度と両親とツユクサに会えなくなるかもしれない。

私の世界が壊されてしまうかもしれない。


それを理解した私は、その日から、誰の目にも止まらぬように、細心の注意を払った。


しかし…………お上は、力を手に入れる為に、最悪の手段を取った。


ツユクサも一人で歩き、喋る事が出来るようになり、生活は順調だった。

そんなある日、また、お上の手の者が現れた。

当然ながら、父は追い返そうとしたのだが…


「お前のが全て教えてくれたぞ。」


そう。まだ善悪の概念はもちろん、誰が何の目的で聞いてきたのか、喋るとどうなるのか…それを知らない、理解出来ないツユクサに近付き、私の事を聞き出したのだ。

年端も行かないツユクサの言葉を信じるとは…と、言い訳は出来る。だが、ツユクサの言葉を信じないにしても、確認は必要になってくる。連中にとって、その疑惑ぎわくが微かに有るというだけで十分だった。


やり方が汚い。

だが、それは今に始まった事ではない。

そういう手を使ってくるかもしれないと、注意を払えなかった私達が悪かった。

ツユクサには何も罪は無い。


父は、私を逃がそうとした。


でも、それが無駄な事くらい、まだ幼い私にも分かっていた。

そして、逃げてしまえば、父、母、そしてツユクサの命まで危険に晒してしまう事も、理解していた。


ならば、せめて、家族が無事に過ごせるようにと、私は自らお上の手の中へと落ちた。


いくらお上が貪欲どんよくな連中とはいえ、鬼士であり、落ち目とはいえ四鬼の家系の幼い息子。そこまで酷い事など出来ないだろうと思っていた。

いや、その頃の私は、まだ、人の本気の悪意や欲に触れた事がなく、知らなかった。

人は自分の欲を満たす為ならば、どこまでも残酷ざんこくになれる…ということを。


私はお上の手先の者達に連れられて、街の外、人里離れた場所へと連れて行かれた。


そこからは、痛み、恐怖、怨嗟えんさの地獄だった。


妖狐族の力を調べる為に、ありとあらゆる方法を用いて、私の体は調べ尽くされた。

切り刻まれたと思えば、ツギハギにされ、また切り刻まれる。


自分の叫び声が響かない日は無かった。


いっそ、殺してくれれば、もっと楽だったのに…と、今でも思う。


どれだけの時間、そこで研究としょうした地獄を過ごしたか分からない。


私の心は、次第に壊れていき、両親から受けてきた愛も、妹への愛も消え去っていった。


消え去った思いとは別に、手に入ったものもある。


一つは魔眼。与奪眼と名付けられた自身の魔眼が発動し、それも研究対象となった。

どうやら、妖狐族の血が関係している魔眼らしく、鬼人族には保有者が居ない魔眼だと、話しているのを聞いた。


そして、もう一つ得られたものが有る。


延々に続く地獄の中で、あらゆる感情が消えていき、全てが消え去った後に生まれた感情。それを得る事が出来た。

それは………だった。殺意と言い換えても良い。


私は体を弄り回されている時、痛みに目を覚ました時、眠る時……常に目に入る者達の事を、殺す事だけを考えていた。


ただ殺すだけではない。

私が受けてきた痛みを、凝縮した、濃厚な時間を与えてやりたい。


どうすればそれを実行出来るのか、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……考えていた。


そして、ある日…………


それを実行出来る日が、突然、訪れた。


痛みにも慣れてしまい、叫ぶ事も無くなった私が、頑丈な牢屋の中で寝ていると、見慣れない顔の男が現れた。


「これは……酷い……」


そう言った男が、牢屋を開けて中に入ってくる。


「おい。聞こえるか?」


「………………」


「あんた。ガラク…だろう。ある人からこれを預かってきた。あんたに渡せば分かると。」


カラン…-


返事をしない私の目の前に、真っ白な仮面が置かれた。


随分と懐かしい…でも見間違うはずの無い仮面。


それを見た時、自分でも気付かない程にしぼんで消え掛かっていた家族への思いが溢れ出した。


震える手でそれを掴む。


「逃げるぞ。」


「………ない……」


「なんだ?」


「逃げ……ない………」


痛む体を無理矢理起こし、男の顔を正面から見る。


「ひっ?!」


俺の傷だらけで、うみだらけの顔を直視した男は、腰を抜かして後退あとずさる。


「行くなら……行け……」


自分に、この機会をくれた彼を殺すつもりは無かった。私が恨んでいるのは、お上の者達であり、彼ではない。


「ひぃぃ!」


男は全力で牢屋から逃げ出した。


私の顔だけに恐怖したわけではないようだったが、今はどうでも良い。


彼が入ってこられたという事は、今現在、この周辺に連中はいないらしい。

まずは枷の鍵を探し出し、手足を自由にする。

それから、武器になりそうなものを確保し、少し細工をしてから、私は牢屋の中に戻った。


暫くすると、いつもの連中が建物の中に入ってくる。


今日も私を痛め付けて、楽しむ為に。


「………ん?おい。なんだその仮面は?」


牢屋の中で倒れている私の顔に、真っ白な仮面が着いている事に気が付いた男が、急いで牢屋の鍵を開けて中へと入ってくる。


ガッ!!


「ぐっ!?」


私は男が近付いてくると、男のあごを、持っていた金槌かなづちで強打する。


脳を揺らされ、動けなくなった男。

意識は有るようだし、痛みも感じているみたいだ。


「あはぁ…」


嬉しさのあまり、思わず声が出てしまった。


「ひっ!!」


「……駄目ですよ、今から楽しい時間なのですから。」


逃げようと、這いずる男の背の上に、ドカッと腰を下ろす。


「ぐっ!」


「まずはどれからいきますか?

やはり、定番の爪剥つめはぎでしょうか?」


「や、やめ…」


「そうですよね。それでは確かに面白味に欠けますよね。私とした事が、申し訳ございません。

では、一先ず眼球を取り除きましょう!きっと楽しいですよ!」


「い、嫌だ!助けてくれぇー!」


逃げ出そうとする男の髪を掴み、背中側へと引っ張ると、私の顔を見上げる為に、眼球が上を向く。


「はあ……最高ですね。ずっとこうしたかったのですよ……」


ニチッ…


「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


私の指が温かさを感じ、次はツルツルプニプニとした眼球の感触。そして、少し力を入れて引き抜くと、ポコッと飛び出し、手の中を転がっている。


「この状態でも見えているのでしょうか?神経も繋がっていますし…どうですか?流石に見えないのでしょうか?」


自分の下でのたうち回りながら、耳をつんざく悲鳴。答えが知りたかったのに…


「どちらか分かりませんが…見えていたら良いですね。」


私は、取り出した眼球を、叫んでいる男の口の中へと放り込み、顎を無理矢理閉じる。


ブチッ!


神経が噛みちぎられる音。


「何と気持ちの良い音なのでしょうか!」


「んぐううぅぅぅぅ!」


「お代わりですか?仕方ないですね…後ですよ?」


私の言葉に、残った目を震わせる男。どうやら、彼も楽しんでくれているみたいだ。


「どうした?!」


ドカドカと騒がしい音を立てながら降りてくる、見慣れた男達。


「おい!貴様!」


牢屋の中で男の上に座る私を見て、刀を抜く。


「一…二…三……」


私は降りてきた男の数を数え、全員が降りてきた事を確認すると…


ガシャンッ!


牢屋の中に繋いでおいた紐を引き、罠を発動させる。


「なんだっ?!」


「簡単に開かないように、扉を壊したのですよ。」


「なに!?」


「これから、折角楽しい時間が始まるというのに、早々に帰られては興醒きょうざめというものでしょう?」


「おい!早く開けろ!」


「あ、開きません!」


当然だ。ここは牢屋。簡単に開くはずがない。


「貴様……」


後から入ってきたのは全部で四人。


その内の一人が、牢屋の中へと入ってくる。


ガンッ!

「ぐあぁぁっ!」


牢屋の中に入る為には、小さな入り口を通らねばならない。その為、必ず、頭を一度下げる事になり、どうしても無防備な体勢となる。


私はその隙を狙って、後頭部を金槌で強打。


私が一人目を倒したという事は、武器となる物を持っている…とは考えなかったのだろうか。

頭の悪い男だ。


まあ、そのお陰でもう一人捕まえる事が出来たのだけれど。


「あなたも参加したいのですね。言って下されば、私から招きましたのに。」


後頭部を強打されて、動けなくなってしまった男の刀を拾い上げる。


「か…返せ……この……」


ズブッ!

「ぐあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


「そんなに嬉しそうに叫ばないで下さいよ。まだ太腿に刺しただけでしょう?これからもっと楽しい時間になるのに…満足しちゃいけませんよ。」

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