第245話 第二段階

「どうせ直ぐに知れる事ですから、良いですが、あまり喋り過ぎないように。」


「はい…」


ドガマはキツく言い含められる。


「伝えてしまったものは仕方ありません。

話の続きといきましょう。連れてきた、その女性の為に、ソウタさんは協力を誓って下さいました。

そう言えば、とても体の弱い方みたいなので、慎重に扱って欲しいとも言われましたね…

それはどうでも良い事ですね。にもかくにも、武器や人を流し込んだのは、来る日の為なのですよ。」


「来る日の為…?」


「はい。もう二日もしない内に、鬼士隊の仲間達が、同時に街の中で決起けっきします。」


「決起…?」


ここまでの話を聞けば、何が起きようとしているのか、何となく想像出来るが、その予想は外れていて欲しいと願うばかり。だが……


「街の中で、大量虐殺をします。」


何の感情も感じる事が出来ない声色で、ガラクが淡々と説明を始める。


この計画は、全部で四段階。


まず一段階目は、街での大量虐殺。


主要な戦える街の者達を、街中に釘付けにする為、方々で騒ぎを起こす。

四鬼の歩みを遅くする為の意味も有る…との事だ。


「街中に居る者達は、腐った連中に飼い慣らされている腐った者達だ。死んだところで何も問題は無い。気にする事は無いのさ。」


まさに暴論というやつだ。身勝手な理由と、身勝手な言い分で、街の人々を大量虐殺とは…

この計画について知ったのが、あまりにも遅過ぎた。

今からどうにか止めようにも、手段が無い。最悪の事態だ。こんな事になるのならば、もっと早くにガラクを殺しておけば…いや、ガラクの側には、常にドガマ達が居る。俺一人でどうにか出来るとは思えない。

ならば…兵でも使って、無理矢理制圧……も難しいか。

ガラクは常に居場所を変えており、行先は誰も知らない。兵を呼んだところで、そこには居ないし、もし居たとしても、鬼士隊の兵力は絶大とも言える程になっている。

結局何も出来ずに終わっていただろう。


頭の中を、そんな考えがグルグルと回り続ける。


しかし、今大切なのは、反省ではなく、この後どうするかだ。


計画を知った今、オラが取れる行動は二つだけ。


今この場で、負けるとしても、ガラクを殺さんと動くか、ガラク達を止められる、決定的な何かを掴むまでは、大人しくしているか…


前者を選びたい気持ちが非常に強かったし、実際にそうしたかったが、グッと堪えた。


ガラクの言うように、数日後にはこの計画が始まるのだとしたら、オラの力だけではどうすることも出来ない。

今から全力で走っても、この事を伝え、敵兵の場所を探し出し、制圧する時間は無い。

ならば、決定的な打開策が分かるまで、大人しくしているべきだということは分かる。分かるが…


怒りが顔に出ないように、堪えるのには苦労した。


「そして第二段階は、我々本隊が、混乱に乗じて、城の敷地に入り込みます。

その時に、共に連れて行く者達が居ますが、皆さんには、その者達を守って頂きます。」


「連れて行く者達というのは?」


「先程ドガマが口を滑らせた、魔眼の保有者達です。」


「何故そんなことを?」


「第三段階以降の計画に必要だからです。」


「魔眼保有者が必要になる計画…?全然想像出来ないな。」


「簡単に想像出来るようなものは、計画とは呼びませんからね。

しかし、全ての者達が必要という事でもないので、言う事を聞かないようであれば、身勝手な行動の代償はきっちりと払って頂きます。」


言い方は遠回しだが…要は、反抗的な者は。そう言っているのだ。


オラが手を出せる範囲で、守れるようなら良いが…どこまで動いても良いのか、実際にその場に行ってみなければ分からない。

計画の全てではないにしても、部分的に教えて貰えたのであれば、ある程度の信頼は得られているとは思うのだが…どこまでも秘密主義な奴だ。

全てが分かれば、こちらも対策が立てられるのだが…何とかして、一秒でも早く、全貌を解き明かさなければ、被害者が増え続けてしまう。


「計画の細かな部分で言いますと、色々と有りますが、大まかな流れはこのような所です。」


「しかし、街には道場もあれば、四鬼も居るだろう。それに、城には兵士達も居る。それはどうするつもりだ?」


「それについては、安心して下さい。二重にも三重にも策を講じてありますので。

恐らく、城の最後の壁付近までは、四鬼は勿論、兵士達とも出会うこと無く行けるはずです。

その為の人員を城内に配置してありますからね。

まあ、彼等には他の仕事も任せてあるのですが…」


「他の仕事?」


「鬼皇の魔眼の事や、その枷についての話。

他にも、腐った連中が隠してきた事実…そういったものを暴く事…とでも言えば良いですかね。」


「それが目的なのか?」


「それは副次的な目的に過ぎませんが…まあ、一つの目的として考えて頂いても結構ですよ。」


鬼皇様の魔眼については……実は知っている。

裏の世界で生き続ける忍なのだから、そういった情報は、先祖代々受け継がれてきたりするものだから。

そうなると、枷の存在を探し出す為の魔眼保有者?

いや、副次的な目的と言っていたし、それは重要ではないのか?

もう少し話を聞かなければ…


「それよりも、私達は時間までに街まで辿り着く必要があります。急ぎますよ。」


「はい!」


「本当に大丈夫…なのか?街の者達も、それなりに強いぞ?」


「心配はいりませんよ。私達が、城の敷地に有る三つ目の壁に辿り着ければ、それだけで良いのですからね。

そこまでにどれだけ犠牲が出ようとも、四鬼を抑えられれば、それだけで良いのです。

それくらいならば、今回の計画で十分可能です。」


「言い切るか。凄い自信だな。」


「それぞれの役割を果たさねばならない四鬼は、我々の本陣を追い続ける事は出来ません。どこかで折れなければ、城も街も救えませんからね。

唯一、西地区の四鬼だけは表立った動きはしないでしょうから、それだけは気を付けなければなりませんが、いくら四鬼とはいえ、これだけの猛者もさを相手に、単騎突撃は出来ないでしょう。

それに、本陣が後ろでドッシリ構えている戦場とは違い、常に動き続ける為、簡単には見付けることが出来ないはずです。」


「場所が分かっていない本陣を攻撃することは出来ない…ということか。」


「はい。」


ガラクが言うところの、本陣としての動きはよく分かった。これをランカ姉達に伝えても、確かにあまり意味は無い。

街の暴動に加えて、ここまでに仲間に引き入れた者の数は、街の兵士達を軽く超えている。

対処を急いだとしても、本陣を追うのは、ある程度状況が落ち着いてからになるはず。

かなり綿密めんみつに計画を立てられている。


潜入し続けてきたというのに、俺に出来る事がほとんど無い。

実に情けない……


モヤモヤした気持ちを抱えながら、街へ向けて走り続ける事三日。


やっと辿り着いた街は、大きく様変わりしていた。


外壁の内側から上がる煙。聞こえてくる悲鳴。外壁の外へ逃げ出してくる者達。


日はまだ高い時間帯で、街はいつもならば活気に溢れる時間帯だが…これほど騒がしい街を見るのは初めてだ。恐ろしい意味での騒がしさだが…


「どうやって街の中へ入るつもりなんだ?」


「抜け道が有るのですよ。」


ガラクの案内に従って進んでいくと、外壁の外、谷になった場所に洞窟のような場所がある。

街中に有る抜け道の事は、ほとんど把握しているけれど、これについては、全然知らなかった。


そして、そこには既に待機している鬼士隊の者達が集まっており、ガラクの到着と共に、頭を下げる。


「皆さん。ここからが本番です。気を抜かずに行きますよ。」


「「「「はっ!」」」」


ガラクの言葉の後に、待機していた者達が次々と洞窟の中へと入っていく。


「これが抜け道なのか。」


「ここを通れば、街中の井戸へと出られます。

我々は、そこから横門へと向かいます。」


「………分かった。」


オラは、黙ってガラクの後ろを付いていく。


洞窟から井戸へと抜けると、そこにも更に大量の鬼士隊。

オラ達と合流し、横門を目指して歩いていく。


街は完全に混乱しており、人の悲鳴と、剣戟の音と、焦げた臭いと、血の臭いで、埋め尽くされていた。


あまりにも嫌な光景に、目を逸らしたくなる。

被害者数は、一体何人になるのだろうか…何千。何万……オラがもっと早く対処出来ていれば…


混乱している街中を進むのは、実に困難な事…だと思っていたのだが、実際はただ歩いていくだけだった。


街中に広がった者達の中で、本陣へ組み込まれる予定の者達が、井戸から横門までの道を確保しており、そこを通った後、本陣に合流し、同じく横門へと向かっていく。という流れらしい。


そして、その道中、次々と周囲から人が集められてきた。彼等が魔眼保有者に違いない。

中には、シデンの妹であるサクラも捕まっていた。

見た事は無かったけれど、髪の色が珍しいため、直ぐに分かった。


オラ達の役割は、この者達が逃げないように監視しながら進むこと。


ビクビクと怯えながら歩く彼らを見ていると、気の毒で仕方ない。


本陣は、何事もなく横門へと到着し、そこで待っていたのはタイラ家の連中だった。


その時に、タイラ家で、タイラから聞いた話を思い出した。

あの時、タイラが人数を揃えて移動させてあるようなことを言っていたが、これの事だったのか。


街の中で暴動が起きると同時に、この者達が横門へと侵入。

タイラ家はそれなりの名家であり、何か適当な理由を付ければ、入ること自体は難しくはない。

その後、直ぐに兵士達を制圧し、横門を確保…という流れだろう。


「ご苦労様です。後の事はよろしくお願いしますね。」


「お任せ下さい。」


それだけの言葉を交して俺達はすんなりと敷地内へと侵入した。

大将であるはずのタイラが居ないというのに、やけに従順だ。こうするように命令を受けているから…ではないようだ。目を見れば、それぞれの欲望を満たす為だという事が見て取れる。


そして、街中に居て、横門まで着いてきていた兵達が、本陣を置いて、そのまま二つ目の壁の方へと向かって進軍。

オラ達は少し待ってから後を追う形で進行する事になった。そんな時。


「うわあああぁぁぁぁ!!」


魔眼保有者の内の一人が、恐怖と緊張に耐えられず、いきなり横門の外へと向かって走り出した。


「いけません!」


サクラの声が聞こえた。何とか止めようとしたみたいだが…


ザシュッ!!


「あああぁぁぁぁ……ぁ……ぁぁ……」


逃げ出した者は、ハラサキの刀によって、斬り伏せられた。


「っ!!」


サクラは顔を背け、苦い顔をする。


勿体もったいないですね……皆さん。最初に申しました通り、私達は、あなた達に酷い事をしようとしているのではありません。

大人しく着いてきて下されば、このように斬る必要は無いのですよ。

少し長く歩かなければならないので、それだけは我慢していただくしかありませんが、休憩も挟みます。

逃げたり、反抗的な態度を取らなければ、こちらも手は出しません。拘束していないのが良い証拠でしょう?

ですから、無駄な事は考えずに、大人しくしていて下さい。」


ガラクは、そう言って皆を見ているが、魔眼保有者達は、怯えに怯えている。


「それでは、そろそろ参りましょうか。」


そう言って歩き出したガラクの後を、一人、また一人と着いていく。

しかし、怯え切ってしまって動けない者達も居る。

このままでは、邪魔な存在とされて、斬り捨てられる可能性がある。

オラが脅してでも、先に進ませなければ…と、踏み出そうとした足を、止めた。


「私も恐ろしいですが、今は動かなければ、殺されてしまいます。ですから、とにかく歩きましょう。」


動けなくなってしまった人の手を引いて歩かせているのは、サクラ。


こんな状況に在りながら、人々を励ましながら、動いてくれている。

自分だって同じ立場であり、恐ろしい事に違いはないはずだ。それなのに、皆を助けようと必死に動いてくれている。

こんな人がこの世に本当に居るのか…

忍として、人のみにくい部分を多く見てきたオラにとっては、女神のような女性に映る。


「どうした?」


ドガマに声を掛けられて、オラがサクラを注視していた事に気が付く。


「あー…あの女か。確かシデンの妹だったな。

何故か神人様は、あの者だけやけに気に入っていてな。

どれも似たような者達だと、俺は思っているのだが…神人様には違うらしい。」


「気に入っているとは、どういう事だ?」


「そのままの意味だ。何故かあの女の事は特別視しているように見えるって事だ。

一度だけ何故か聞いたことがあったが、あの女はけがれていないとか何とか…自分とよく似ているが、真逆…とも言っていたかな。

俺は馬鹿だから何を言っているのかさっぱりだったが、何かあの女に感じるものでもあるのかもしれないな。」


「………………」


サクラの事はあまりよく知らないが、とても優しい女性だという噂は耳にした事がある。

ガラクと似ている…という部分は全く理解出来ないが、真逆の存在というのは、何となく理解出来る。


「かと言って、特別扱いはしていない所を見るに、興味が有る程度のものだとは思うが…」


「少し目に付く女だが、あれのお陰で魔眼保有者が大人しくなっているみたいだし、生かしておいた方が良さそうだな。」


ドガマはそれだけ言うと、ガラクの方へと歩いていく。


サクラは相変わらず自分の事より他人の事…と、動き回っているが、確か桜点病おうてんびょうだったはず。

その話を聞いたのも随分と昔だったし、かなり体力的にキツいのではないだろうか。

何かあれば、助けに入るくらいは出来ると良いが…


それより、街の事や城の事だ。


現状で分かっていることや、そこから推測出来る事を頼りに、計画の全貌を予測し、その対策を考えてみた。

手紙等を使って、西地区の忍達には指示を出してあるが…それが上手く行くかは分からない。

予想通りに周りが動いていくかも分からない為、正解など分からない。それでも、動かないわけにはいかない。


まず、街の事は、恐らく四鬼がそれぞれ指示を出しているはずだし、そちらは任せておくしかない。

街中に解き放たれた連中には、街を混乱させる以外の理由も有るとは思うが…オラがここから指示を出してどうにか出来る規模ではない。

街の者達のことを信じるしかない。


そうなると、肝心なのは、城へ入り込んだ鬼士隊の制圧と殲滅。


ゲンジロウは、四鬼の中で、一番の古参こさんで、オラよりずっとこの街の事を知っているし、判断力と行動力は群を抜いている。

となると、一番負担の大きくなるであろう正門を任せたい。

恐らく、最も戦闘が激化する場所であり、個での突破力や、判断力が必要となってくるはず。

シデンも突破力には長けているものの、ゲンジロウと比較してしまうと、まだ若い。感情に流されてしまう部分がある。

恐らく、シデンは妹がさらわれたと聞いて、直ぐにそれが目撃された横門へと走ってくるはず。

シデンとゲンジロウの位置は交換不可能と考えた方が良い。


シデンが妹を大切にしている事は周知の事実であるし、ガラクも知っているはず。

南側にはシデン対策の者達を中心に待機させているだろうが…何とか突破してくれる事を祈るのみだ。


ここで肝心なのは、ランカ姉の動きだ。


単騎での突破力は、シデンやゲンジロウに一歩及ばないものの、下の者達を動かす時の統率力や、分析力は、飛び抜けている。

オラもそれに何度も助けられてきたのだから、よく知っている。


となると、ランカ姉には、情報を集め、その後の指示を任せたい。


いくら平和ボケした連中とはいえ、ここまで簡単に壁を突破されてしまうということは、間違いなくガラクの手下が城内に居るはず。

しかも一人や二人ではなく、その上、かなり上の立場の者にも居るはず。

ガラク自身がそんな事を言っていたし、鬼皇様の魔眼の話や、重要…というより、秘匿性ひとくせいの高い情報を得られる立場、つまり、鬼皇様に近しい者達の中に居るはず。つまり、鬼皇様の側近の中に、一人はガラクの手下が混じっていると考えている。


副次的な目的と言う事だったけれど、鬼皇様の魔眼は、とても強力なもの。

下手に利用されれば、それこそ被害は甚大じんだいなものになってしまう。


そうなる前に、ランカ姉には、その話を聞いてもらい、その後の指示を受け持ってもらいたい。

恐らくだけれど、ムソウと呼ばれる天狗族の者に、ランカ姉は色々と聞いているはず、一番すんなりと話が入るのもランカ姉だし、適任だと思う。


そこで、オラはランカ姉が、隠し門を使って城内へと入る為の手筈を、忍達が整えるように指示を出しておいた。


もう一つ……シンヤ達だが、あの者達も、もしかしたら来てくれるかもしれない。


天山に居たのだし、今回の計画が終了するまでに、ここまで辿り着くだけでも、不可能に近いことだ。

不確定要素を減らすため、ガラクが、シンヤ達が戻ってこられない状況を作り出したのだと思うけれど…何故か来てくれそうな気がしてならない。


そこで、もし、彼等が辿り着いたならば、ランカ姉と共に動いてもらうように指示を出しておいた。


彼等がどこまで動いてくれるかは分からないし、期待をし過ぎてはいけないと分かっている。

でも……ガラクの計画には入っていないシンヤ達が、計画をぶち壊してくれるかもしれない。そう感じていた。


オラ達は、城の敷地内を闊歩かっぽし、休憩してを繰り返しながら、中層の西側へと向かっていた。

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