第234話 挟撃
ザシュッ!ガシュッ!
ただ突っ込んでくるだけの相手を切り捨てる。
無能な上官を持つと、下の者達は、何も出来ず死んでいくしかない。
現在位置は、二つ目の壁から少し進んだ辺り。壁まではまだまだ遠いが、三つ目の壁を突破されるより早く、敵の中枢に攻撃を仕掛けなければならない。
「邪魔だぁぁ!」
ガシュッ!
周囲に見える敵をひたすらに攻撃していると…
「あれは…」
随分と遠くだが、城の内側辺りに、緑色の煙が上がっているのに気付く。
敵側の合図でないとすれば、恐らく、あれはランカからの合図だろう。
四鬼は、有事の際、互いの位置を把握したり作戦を伝える為に、いくつか決められた合図が存在する。
その中で、緑色の煙は、自分の位置を知らせるもの。
作戦まで伝える煙でないのは、相手に悟らせないようにする為だろう。
ランカが城の内部に居るとしたら、
相手は四鬼の居ない城を襲っていると思っていたのに、突然ランカが姿を現す。これには驚くことだろう。
四鬼に対抗する為の部隊が、後方にしか置かれていないとすれば、一気に前線を切り崩す事が出来る。
姿を隠し、内部まで入り込んだのは、この一撃の為だったという事か…?
それは目的の一部だったのか…いや。ここで考えても意味が無い。
ランカの伝えたい事は、恐らく、挟撃という状況を作りたい…だろう。
となれば、ランカが登場した時、注意が前ではなく、後ろに偏っている方が効果が大きい。
後ろ側に数を割かねばならない、と思わせる事が俺の役目だろう。
ならば、ここはド派手にいくとしよう。
ランカが城内に居るのならば、未だ三つ目の壁は突破されてはいない。となれば、敵の本陣は近い。
ここまで温存してきた力を、ここで使うべきだろう。
「鬼火。」
ポンッと出てきた鬼火。
「
四鬼が契約する友魔。彼等には、決まった魔法が定められているが、それぞれの友魔には、特有の魔法がいくつか存在する。
今使おうとしている爆は、鬼火のみが使える魔法で、他の友魔は使う事が出来ない、鬼火特有の魔法だ。
効果は、鬼火から発射された三メートル程の火の玉が、複数個、前方に向かって飛んでいき、地面にぶつかると、
効果範囲、殺傷力、共に他の魔法とは比べ物にならない。
それに加え、爆散する際の音や、昼間のように明るくなる炎の光は、ド派手そのもの。
ボボボボボッ!
鬼火が自身の前に生成した巨大な青色の火の玉から、顔を背けたくなる程の熱が伝わってくる。
この時点で、既に周囲一帯は明るく照らされ、敵兵の引き
ゴウッ!
巨大な火の玉が発射されると、敵兵は俺への攻撃を忘れ、その光を目で追う。
「………避けろ!避けろぉぉぉぉ!!」
やっと自分達が危険だと認識した者達が、
しかし、俺に対して突撃を仕掛けていた密集陣形。逃げようにも、隣の者が邪魔で逃げられない。
ボガァァァァァァン!!
地面にぶつかった巨大な火の玉は、爆音と共に小さな火の玉となり、周囲に飛び散る。
小さな火の玉とはいえ、鬼火の炎に変わりはない。当たればそれだけで致命傷となる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
「あ゛あああぁぁぁぁ!!!」
巨大な火の玉にぶつかった者達は、悲鳴も上げられず、即座に蒸発したが、小さな火の玉に当たった者達は、徐々に全身を炎に包まれていく。
巨大な火の玉一発で、何人…いや、何十人が死んだのか。
しかも…
ボガァァァァァァン!!
爆の魔法は、複数個、火の玉を発射する。
発射する数は、消費する魔力によって変わる。
これだけの絶大な効果を発揮する魔法となると、莫大な魔力を消費する為、そう何度も使えるものではない。
戦闘は、ここを片付けた後も続くし、ここでは二発までにしておく。
それだけでも、前方に居る敵兵の耳には、爆音と悲鳴は聞こえるし、これだけ明るければ、気付かない者は居ないだろう。
「ひ…引けぇ!引けぇ!」
指揮官らしき男が、前に出ていた者達に指示を出しているが、既に百人近い人数が灰となった。
目の前に居た敵兵の、約半数程が、瞬時に消え去ったのだ。
考える事を止めたのか、指揮官は延々と、同じ言葉を繰り返すだけ。
「流石に同情したくなってきたな…」
流石に手を抜いたりはしないが、ここまで使えない指揮官を持った敵兵諸君には、強い憐れみを感じてしまう。
俺の周囲に立っていた盾や槍を持った者達は、変わらず俺の方を向いて居るが、その奥に立っている者達は、逃げ惑っていたり、放心していたり、戦う為に俺の方へと寄ってきていたり…完全な混乱状態となっている。
戦果としては上々。いや、それ以上か。
「お前達は逃げなくて良いのか?」
周囲に居た敵兵に声を掛けると、チラチラと後ろや隣を気に掛け始める。
魔法の特性上、前衛はほぼ無傷だが、中衛はほぼ壊滅。後衛も半分近くが消失…この場合は焼失か。
援護有りで戦っても、俺と互角以下の戦いだったのに、援護無しで戦えば、どうなるか、文字通り火を見るより明らかだろう。
こいつらが逃げ出せば、後方…つまり、城の近くに居る者達にも、混乱が伝わる。そうすれば、更に注意を引く事が出来る。それを狙っての言葉だった。
「だ、駄目だ…俺達だけでは勝てない…」
「一度引いて体勢を立て直せ!」
「引けぇ!」
一人が逃げ腰になると、次々とそれに乗じて敵兵達が下がり始める。
これで敵兵の戦闘範囲は縮小し、混乱が拡大するはず……と思っていたのだが、事はそこまで上手く進まないらしい。
ザシュッ!!
ゴンッ!
指揮官らしき男の首が、地面に落ちる。
この混乱の中でも、一際目を引く存在感と、周囲の動きを停止させる威圧感。
声など一切出していないのに、敵兵がピタリと動きを止めて、指揮官らしき男の首を斬った者に視線を向ける。
「敵前逃亡する奴は、俺が斬ってやる。俺より後ろに下がった者は、その場で斬首刑だ。」
その男の言葉が、嘘ではない事は、その場に居る者達全員が理解していただろう。
筋肉
短い茶髪に、黒色の瞳。
その男が、血に濡れた刀を肩に担ぎ、俺の方を見る。
「久しいな。ゲンジロウ。」
「……ダンノさん。」
その男のことは、よく知っている。
一言で言ってしまえば、俺の兄弟子だ。
四鬼の前任者、つまり、俺の師匠であった方の下で、共に腕を磨き、同じ釜の飯を食い、何度か剣の指導を受けた事もある。
特別仲が良かったという程では無いが、別に仲が悪かったという事でもない…と、俺は思っていた。
ただ、最終的に、四鬼の座を巡ってダンノさんと競っていた時。道場内では、ダンノ派か、ゲンジロウ派か…という二つの勢力に二分されていた…らしい。
俺はそんな勢力の事など、馬鹿馬鹿しいと無視していたし、そんな事を気にするくらいなら、自分を磨きたかった。
「……ナガマとバンナイが鬼士隊側に立っていたのは、それが理由だったのか。」
ゴンゾーをダンジョン内に置き去りにして、殺そうとしたナガマ、バンナイは、ダンノ派に所属していた男達だ。ダンノさん本人に強い尊敬の念を抱いていたし、本人から頼まれれば、鬼士隊に入ったのも理解出来る。
うちの門下に、鬼士隊の者達が居た理由は、ダンノさんだったらしい。
ダンノさんを支持していた者達の大半は、ダンノさんと共に、道場を去ったが、数人は残った。
いつの間にダンノさんと接触していたのかは分からないが、彼等がダンノさんへ抱く尊敬の念は、かなり強い。
鬼士隊の事は裏切ったとしても、ダンノさんの事は絶対に裏切らないし、ダンノさんに繋がる話は喋らない。
それだけ
多少強引なところがあったり、血の気の多い人ではあったけれど、兄貴肌だったり、意外と教えるのが上手かったりと、尊敬出来る人だった。
当然俺も、一人の兄弟子として、ダンノさんの事は尊敬していた。
残念ながら、四鬼の座は、
何故このような事になっているのか、不思議でならない。
「どうしてダンノさんが鬼士隊に…?」
「どうして……か。」
ダンノさんは、僅かに目を細めたが、直ぐに俺の目を見て、言った。
「俺が望むのはただ一つ。四鬼であるお前に勝つ事。それだけだ。」
チャキッ…
手に持っていた刀を、俺の方へと向けるダンノさん…いや。ダンノ。
選定戦で負けた事を悔やんで、この場にいるのか、ただ自身の強さを証明したいのか……
どんな理由にしても、そんな詰まらない理由で、この場に立っているとは、失望しかなかった。
確かに、ダンノは昔から負けず嫌いではあった。
だが、それならば、俺の所へ来て、再戦を申し込めば良いだけの話だ。
四鬼に対する試合の申し込みというのは、あまり聞かないが、無いことはない。
それを知らないダンノではないはずだが…
「試合じゃあない。本気の勝負。真剣勝負がしたいんだよ。」
これは四鬼によって異なるが、試合の形式は、挑まれた四鬼側が決めるのが普通だ。
より実戦に近い試合が普通だが、真剣による勝負となると、余程の事がない限り行われない。
負けるのが怖いからではない。
本来であれば、守るべき相手を、バッサリ斬り捨てるというのは、あまりに体面が悪いからだ。
しかし、ダンノは俺の性格を知っているはず。
もし、彼が真剣による勝負を挑んできたら、俺は恐らく受けていた。
それなのに、敢えて戦場での勝負を挑んできたという事は……友魔の力を含めた俺を上回りたかった…という事だろうか。
一対一の真剣勝負では、友魔の力など間違いなく使わない。一人を倒す為に、周囲を火の海にするなどあってはならない事だからだ。
「俺はお前を殺して、更に高みへ登る。」
ダンノが思い描く場所がどこなのかは、全く分からないが、これだけは言える。
ダンノは馬鹿野郎だ。
自己中心的過ぎる考えに、溜息すら出ない。
道を踏み外し、人々の命を奪ったダンノには、弟弟子である俺が
「ここは戦場。使えるものは使わせて貰うが、悪く思うなよ。」
ダンノが刀を俺に向け、大声で叫ぶ。
「盾は前に!近付き過ぎるな!距離を保て!」
ダンノの言葉に、その場の全員が素早く反応する。
盾を持った敵兵達が、密集陣形ではなく、隙間を開けて盾を構える。
「槍兵は五メートル後ろに!弓兵は更に後ろから
ヒュヒュヒュヒュン!
一斉射撃とは違い、
加えて、盾を構える兵士達は、俺の動きに合わせ、陣形を崩さずに距離を保つ。俺が前に出れば、その分後ろに下がり、俺が下がれば、その分前に出る。
ならばそのまま押し込めば良い…と思うかもしれないが、事はそんなに単純ではない。
「前に出てきたら魔法を放て!
刀を持っている者達は弓兵と魔法兵の近くで待機!
全員!友魔の魔法が来たら即座に回避行動に移れ!」
数の利を活かした戦術と、的確な指示。俺を盾兵の壁の中に閉じ込め、少しずつ少しずつ削り取っていく気だ。
鬼火の攻撃で一気に片付けたいところだが、これだけ敵兵が分散して立っていると、効果が薄い。全員を殺すより先に、友魔の魔法が使えなくなる。
ダンノは、同じ剛剣術の使い手であり、その弱点は
一足で飛び込める距離の少し外側から攻撃を放ち続ける。これをやられると剛剣術は辛い。
全てを吹き飛ばして斬り進む剣術で、力は誰にも負けないが、動きの速さは平均的。それをよく分かっている。
完全に封じ込められてしまった。
ヒュヒュヒュヒュン!
次々と飛んでくる矢を避け、斬り落としてはいるが、このままでは打つ手が無い。ここに来て、数の差があまりに辛い。
何か突破口を探さなければ…
矢を斬り落としながら、周囲に目を配るが、この辺りには何も無い。
それに加え、先程の
「打つ手無し…か。」
ならば、効率が悪いとしても、鬼火の魔法で突破口を開き、何とか相手の
「鬼火!
ゴウッ!
鬼火の前に、火球が現れる。
「来るぞ!回避しろ!」
ダンノの指示によって、兵士達が一斉に回避行動に出る。
ボウッ!
鬼火から放たれた火柱が、真っ直ぐに走るが、魔法に巻き込めたのは、数人程度。
距離を詰めて、懐に入り込もうとするが…
「直ぐに陣形を立て直せ!」
一足では足らない距離。俺が懐に入るより先に、陣形が元に戻る。
ヒュヒュヒュヒュン!
俺が盾兵に取り付く前に、矢の雨が降ってくる。
「ちっ!」
後ろへ跳び、矢を
敵兵の動きを見るに、他の魔法を使っても、恐らく同じ結果が待っているだけだろう。
「……………」
「悪いな。ゲンジロウ。お前にはここで死んでもらう。」
ヒュヒュヒュン!
絶望的な状況。ダンノは俺自身の事も、鬼火の魔法の事も、かなり研究してきている。
どうすれば俺を殺せるのか。それを
こんな状況に陥り、普通ならば諦めるのだろうか。
俺は絶対に諦めたりはしない。
バキッ!
矢を斬り落とす。
俺の帰りを、レイカが待っている。
街の者達の命が、俺の
諦めるという選択肢など、元より無い。
ゴウッ!
前に出ると、火球が飛んでくる。
地面の上を転がりながら避け、続いて飛んでくる矢を斬り落とす。
気が付けば、全身は血みどろで、傷だらけ。初めてダンジョンに入った時を思い出す。
四鬼になり、色々な事を成してきた。
こんな
それでも、諦めない限り、必ず突破口は開けた。
何度も何度も、飽きもせずに同じ攻撃を仕掛けてくるダンノと、敵兵達。
諦めず、それを延々と避け続ける。
更に多くの傷を、全身に作り、地面の上を転がり回ったせいで、土と血が混ざりあって、全身がジャリジャリと気持ち悪い。
「はぁ…はぁ…」
息も切れて、
それでも、俺が倒れる事は許されない。
気が付けば、最初に爆を使った位置から、随分と移動して来ていた。
上手く誘導されて、建物には近付けないし……どこに行ってもあまり変わりは無いが…
「そろそろ限界だろう。一対一で戦えなかったのは残念だが……ここは戦場だ。
「はぁ…はぁ…」
「魔法兵!弓兵!構え!」
ここで一斉射撃とは、意地の悪い奴だ。
どうにか避けなければ…
「放」
ドスッ!!
「ぐうっ?!」
ドサッ………
「な、なんだ…?」
ダンノが、指示を出そうとした瞬間。
俺の左手側に居た盾兵の一人が、突然膝をつく。
ガランッ!!
鉄製の盾が地面に倒れ、盾兵も前のめりに倒れ込む。
そして、その背中には槍が突き刺さっている。
どうなって……?
ダンノもそうだが、俺もわけが分からない。
盾兵の後ろに立っていたのは、全身が
一瞬、周囲の死体がアンデッド化したのかと思ったが、流石にこんなに早く、死体はアンデッド化しない。
「殺れぇぇぇぇ!!」
槍を突き刺した死体が、
「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!」」」」
ドスッドスッドスッドスッドスッ!!
その声に
「なっ?!どういうことだ?!何が起きている?!」
「はぁ…はぁ………くくく…ははは!!」
そうか。そういう事か。まったく…危険な事はするなと言ったのに。
倒れていた死体。動き出した死体は、全て下民の彼等だった。
先に中層へ到達した下民達は、激化する戦闘の裏で、死体に紛れて地面に寝ていたのだ。
これだけの乱戦ともなれば、矢や魔法だって飛んでくる。そんな中、誰も気がつけない程に長く、ここに寝ていた、という事になる。
敵や味方が来るとも知れない場所でだ。
めちゃくちゃな事をしている自覚は有るだろうが…とんでもない事をやる連中だな。
お陰で助かったのだから、感謝しているが、戦えない身で、最初の一撃のみに命を賭けた下民の一手。
この活路…必ずものにする!
「なんだこいつらは!?殺せ!さっさと」
ザシュッ!!
「いかん!包囲網を崩すな!」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガンッ!ザシュッ!ギィィン!
下民の皆のお陰で、崩れた包囲網の、薄い箇所一点に突っ込む。
盾兵を吹き飛ばし、槍兵を切り裂き、更に奥へと一気に入り込む。
「鬼火!
ボウッ!!
「まずい!避けろ!」
数メートルの距離がある状態ならばまだしも。目と鼻の先で使われた鬼火の魔法を回避など出来ない。
ゴウゥッ!!
中衛と後衛の部隊が、ほぼ全員炎に包まれていく。
「くそっ!」
修繕は不可能だと判断したダンノが、刀を抜いて前に出てくる。
「お前達は逃げろ!」
振り向かずに言うと、下民の皆が走り去っていく足音が聞こえてくる。
何人かは、敵兵に殺られてしまったが…半数以上は逃げられたはず。
すまない。ありがとう。
走り去っていく足音に、心の中で礼を言って、目の前に迫ってきたダンノに集中する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます