第232話 鬼皇の魔眼

タナシタから聞いた事を、ランカが鬼皇であるアマチに伝える。


「タナシタが?!」


「そんな…馬鹿な…」


側近達はタナシタが裏切った事に、怒っているような、脱力しているような…


「……タナシタはどうしておるのだ?」


「現在、地下牢へ投獄とうごく、大人しくしております。」


「……そうか。」


アマチの言葉には、落胆の色が見える。

タナシタを信用していた…のだろうか。


「鬼士隊の中に紛れている、タナシタの部下と連絡を取れるとの事で、捕縛という形を取っております事…お許し下さい。」


「いや。流石はランカ。今はタナシタの断罪より、この街、そして民を守る事の方が重要。使えるのであれば、裏切り者とて使うべきであろう。

よくやってくれた。」


恐悦至極きょうえつしごくぞんじます。」


鬼皇と呼ばれて、敬われているから、どんな偉そうな奴かと思っていたが、予想よりずっと好感の持てる男らしい。


「……皆。下がってくれ。」


「アマチ様?!」


「何処の馬の骨とも知らぬ者が居るのですぞ?!」


やはり、俺が居ない方が上手く話が進んだ気が…


「ここで座して状況を見ている事しか出来ぬ朕に代わり、街の人々を救ってくれたのだぞ。

そのような者に、礼をしっした振る舞いはしたくない。

朕はこの島の鬼皇きこうである。朕の行いは、この島の行いに等しい。

既に恥に塗れてはいるが、この上、更に恥を上塗りしろと言っているのか?」


「「「「っ?!」」」」


今までのアマチの弱気な雰囲気とは違い、強い口調だ。

力の無い鬼皇と言っていたが…やる時はやるらしい。


「二度は言わぬ。」


「「「「はっ!」」」」


部屋の中に居た者達が出ていくと、俺とランカ、そして、アマチだけとなる。


「シンヤ…と言ったな。」


「はい。」


「まず先に、この島の民を救ってくれたこと。誠に感謝する。」


「いえ…」


「そして、都合の良い、身勝手な願いだと分かってはいるが……もう少し、力を貸してはくれぬだろうか。」


「そのつもりでここへ来ました。」


「…ありがとう。

何度か話に聞いていたが、本当に素晴らしい人柄のようだ。」


めっちゃ持ち上げてくるー…そんなよいしょしなくても手伝うつもりだから、大丈夫だよー…って言いたい。

上司によいしょされているみたいで居心地悪い…


「それにしても、アマチ様。先程の毅然きぜんとした態度には、驚きました。」


「そ、そうか?慣れぬことであった故、皆が聞いてくれるか分からなかったが……いや、もっと早くから、そう出来るような鬼皇になるべきだった…のだろうな。」


先程までより、ランカの態度が少し軟化したように思う。アマチも随分と気が抜けている。こっちがらしい。


それに、先程の態度は珍しい態度だったのか。珍しいというより、二人の話的には初めてに近いか。

上がしっかりしていなくて、今の結果になっているのだから、もっと早くから毅然とした態度で居てくれれば…とは思う。後の祭りだが。

しかし、こうして話をして、気持ちを切り替えて、態度まで変えられるのは、アマチがそれなりの器を持っているからなのだろう。伊達だてで今まで鬼皇を名乗っていたわけではなさそうだ。


「ここまで街が荒れ果て、城の目前まで敵が迫っている。

最早恥も体面も無い…か。」


アマチはそう言うと、自分の前に有るすだれを取り払う。


「っ?!」


ランカは直ぐに頭を下げるが、俺はそんな作法とか知らず、ガッツリ凝視してしまった。


男性とは思えない長く艶やかな黒髪。加えて男性とは思えない端正たんせいな顔立ちで、両性的とも取れる。

澄んだ黒い瞳に、鬼人族特有の角。

それが鬼皇の顔立ちだった。


「アマチ様!」


「何を焦る必要が有る。ランカよ。」


「そ、そのような行いは…」


「ふむ。シンヤは人族であり、朕に立てる忠誠など無い。

それに加え、鬼人族ではあれど、ランカは盲目。顔を伏せずとも朕の顔など見えぬであろう。」


頭を下げるタイミングを見失ってしまったぜ…


「しかし…」


「朕は、シンヤに頼み事をしたのだ。

シンヤはそれを快く受けてくれた。

そのような相手に顔も見せないとは、鬼皇の前に、人として間違っておるとは思わぬか?」


「…………」


「ランカも同じ事だ。朕の代わりに、ランカ、ゲンジロウ、シデン、テジム、そしてそれに連なる者達が命を懸けて戦ってくれておる。

朕が顔を見せる事が何だと言うのか。

顔を上げてくれ。」


「……はっ。」


ランカは少し迷った後、ゆっくりと頭を上げる。


「これで互いに目を見て話す事が出来る。いや、ランカには無理であったか。失言を許してくれ。」


「恐れ多い事にございます!」


またランカがガバッと頭を下げる。


「そう一々頭を下げるな。話が進まん。」


「も、申し訳ございません…」


しどろもどろなランカとは、なかなか珍しいものを見られて得をした気分だ。


「さて。それでは早速、鬼皇の話を始めようか。」


「…………」


「まず、ランカとシンヤは、どれくらい朕達、鬼皇のことを知っておるのだ?」


ランカがこれに答えると、立場的に微妙な空気になるだろうし、俺が先に口を開く。


「特定の魔眼…模様の浮き出る紋章眼を持っていると聞きました。

完全に遺伝的な魔眼という事も知っていますが、それだけです。」


「……なるほど。それでテジムは朕の元にランカを寄越したわけか。」


「と、仰いますと…?」


「その話を知っておるのは、鬼皇である朕達と、ここに居た側近。

タナシタを除き、あの者達がその話を気軽に他人へ話す事は無い。

となると、もう一人だけその事を知っておる者が犯人………ムソウ。あの者だな。」


「は、はい……」


ランカは歯切れが悪く返事をする。


「別に責めているわけではない。ムソウが軽々しく伝えたとも思えぬしな。

余程ランカとシンヤは可愛がられていたようだ。」


アマチの言葉に、苦笑いを返すランカ。

可愛がられていたというか…からかわれていたというか…


「あの男は、飄々ひょうひょうとしておるが、信用の置ける男だ。それは二人にも分かっているはず。」


「素直に認めたくは有りませんが…アマチ様の仰られる通りです。」


「うむ。紋章眼の事を聞いている二人ならば、直ぐに本題へと入る事が出来る。それを知っていて、テジムは二人をここへ寄越したのだろう。」


「そういう事でしたか…それならば、ここへ来る理由を話せなかったのも頷けます。」


となると、テジムは俺達に城へ行くように指示を出した段階で、魔眼の保有者が、鬼皇の存在と関係が有るという事に気が付いていたわけか…忍者すげぇ…


「うむ。では早速本題に入るが…

まず、鬼皇が持っている道理どうり眼だが…簡単に言ってしまうと、この魔眼は、物事の道理を見る事が出来るのだ。」


「物事の道理…ですか?」


「例えば、何か新しい政策を施行しこうしようとした時、その政策の筋道がどこへ繋がっているか…それを見る事が出来るのだ。」


「そ、そのような力が?!」


「聞くと素晴らしいように思うかもしれないが、そこまで便利な能力でもないのだ。

確かに道理を見る事が出来るが、あくまでもそれは一つの観測結果というだけで、ちょっとした事で辿り着く先が真逆になる事も有る。」


いやいや。十分チートな魔眼だろう。

不確定ではあるとしても、一種の未来予知が出来るという事だぞ。破格過ぎる能力でしょうよ。


「それで…政策の決定は鬼皇様にゆだねられているのですね。」


「そういう事だ。

条件が変われば結果も変わる為、何度も何度も確認して、成功する可能性が高いという結果が得られる場合にのみ、許可を出していたのだ。」


それだけの能力が有りながら、この有様となると、かなり不確定な能力…という事だろう。

それとも、先程からアマチが言っている、自分が力の無い者、という言葉には、不確定な未来しか見られないから…という意味が込められているのかもしれない。

前任者はもっと確定的な未来を見通せた…とか?それこそチートだな。


「つまり……ここ最近、新たな政策が立ち上がらなかったのは、朕が全て許可しなかったからなのだ。」


「そうだったのですね…」


「最近は、どのような事を知っていても、成功する道理が見えなかったのでな…」


「ん?その言い方的に、自分の知識量が、結果に関わってくるのか?」


「シ、シンヤ様?!」


「あ…も、申し訳ございません。」


ランカに言われるまで、言葉遣いに気が付かなかった。

知らず知らず、冒険者としての態度が染み付いてしまっていたらしい。


「良い。先程も言ったが、シンヤは朕に立てる忠誠など無いし、力を借りているのは朕達の方だ。楽なように喋るが良い。

これは建前ではなく本気である。」


「……分かった。」


「シンヤ様?!」


図々しいのは承知の上だが、多分…このアマチという者は、そうされることを望んでいるのではないか…と思った。


何故だろうか、一人で居た時の自分の影を、少しだけアマチの中に感じた。

一人で居る事を自分の宿命だと信じ、本当は寂しいのに、そんな事は無いと強がっているような気がした。

要は、友達が欲しい…のではないだろうか…と。いくら鬼皇とはいえ、一人の人。そう思っても不思議ではない。という考えは、庶民的過ぎるだろうか。


「ランカよ。朕が良いと言っている。」


「は、はい…」


ランカを困らせるのは気が引けるが、今はそれより…


「それより、話の続きである。時間が惜しい。」


「はっ。」


「して、知識量が結果に関わってくるのか、という事だったな。」


「ああ。」


「その通りだ。自分の知らぬ事を条件として付与する事は出来ぬ。」


「なるほどな…」


「何か思うところでも有るのか?」


アマチは不思議そうな顔で俺を見る。


「これは本筋とは違うが……もしかしたら、鬼士隊の事を知った事で、何をしても上手くいかない可能性が有ると、能力が言っていたのかもしれないな…とな。」


鬼士隊が、今回の事を企んでいたのが、ずっと昔からだとすれば、その存在を知ってしまえば、道理眼とやらが、導き出す結果が、尽く失敗に終わるという可能性を取っても不思議は無い。

事実、これだけの騒動が起きれば、政策云々うんぬんで変わる事が無い事くらい、俺にも分かる。


それが真実だとすれば、この道理眼というのは、未来予知というより、知識の中にある数多の条件から、導き出される結果の一つを、使用者に見せる。という能力ではなかろうか。

知識を検索、確率から結果を算出するスーパーコンピュータが、眼の中に入っている…みたいな感じだな。

やっぱりチートだよな!?


「つ、つまり、これまで許可を出せなかったのは、鬼士隊の連中の事を、能力が勝手に計算に入れていたから…という事か?!」


「可能性としては、十分に有ると思うぞ。

意識して条件を組み込むのかどうかは知らないが、そうではないのが普通だとしたら、むしろ、今までよりも能力の性能が良過ぎたせいで上手くいかなかった…という事になるな。」


「朕の能力が…高過ぎた……?」


「あくまでも憶測だがな。

他にも、知識量が増えれば、より確度かくどの高い結果にはなるとは思うが、失敗する可能性が高くなるのは当たり前だし…」


「ど、どういう事だ?!」


アマチは体を乗り出す程に食い付いてくる。ビクッとなってしまった。


「そもそも、政策ってのは失敗する方が多いだろう?

計算のようにきっちりした正解など無いし、どのような形が成功なのかも分からないのが普通だ。

そんなものの答えなど、有って無いような物だ。

ある者が、十の方法を思い付いて、その内の一が成功への道だとしたら、天才と呼ばれるだろうな。

普通は百も二百も考えて、それでも答えを見付けられないものだろうし。」


「……………」


「知識を増やして、道を増やしても、その中の一つだけが成功への道なら、確率的にはむしろ減るからな。」


知識量が、そのまま選択肢の数になるならば、知識量の増加に伴って、分母が増え続ける事になる。

知識量が少なくて、十分の一なら、成功する確率は十パーセントだが、知識量が多くて百分の一になれば、確率は一パーセント。

そんなに簡単な話ではないとは思うが、遠過ぎる考え方でも無いとは思う。


「つ、つまり、朕が勉強すればする程、失敗する可能性が増えていく…という事か…?」


「いや。一概には言えないぞ。知識量が増えれば、別の解決策が出てくる可能性もあるし、ゼロだった可能性が一になる事だってある。

全体で見れば、失敗の確率が増えているように見えるが、知識は多い方が良い。

問題はそこじゃなくて、どんな条件で成功を引き当てたか…だと思うぞ。」


「……………」


「な、なんだよ…?」


アマチとランカは、目を点にして俺の方を見ている。

なんだろうこの感じ。馬鹿な子だと思っていた奴が、急に賢い事を言った…みたいな反応だろうか…?

俺はそんな奴に見られていたのか…?


「ぷっ……ははははは!」


「シンヤ様!凄いです!」


アマチ爆笑。ランカ賞賛。何この状況。


「朕が悩み続けてきた問題を、こうもあっさり解かれては、笑うしかないな!」


「え?」


「アマチ様は、いつも、自分が情けないと仰られていました。今にして考えれば、それは恐らく、何度試しても、なかなか成功する道理を選び取れなかったからだと思います。」


「ランカの言う通りだ。それをこの僅かな会話のみで、簡単に解決してもらえるとは思わなかった。」


「そ、そんなにか…?」


「まさか、そのような考え方があるとは思ってもいなかったぞ!

能力が高く、勤勉であるが故に上手くいかなかったか…ははははは!」


そんなに絶賛する程の内容ではない……と思っていたが、よくよく考えると、この世界は識字率しきじりつも低いし、計算というものを使うのは買い物くらい。確率という考え方自体、定着していないのだろう。

それに、スーパーコンピュータなんて概念は絶対に無いし、意外ととんでもない事を話したのかもしれない。


「そ、それより、話の続きを頼むよ。」


「そうであったな!うむ!

それで、朕の魔眼はそういった能力を持っているが故に、殺されるという事はほぼ無い。」


殺される未来を予知出来るのだから、当然の事だろう。


「しかし、その予知が出来なくなる条件が有るのだ。」


「もしかして、それが魔眼の保有者…か?」


「いいや。少し違う。

魔眼の保有者全員ではなく、魔眼の保有者の中に居る特定の者が、我々鬼皇の能力を封じる枷となるのだ。何故なのかは分かっていない。」


「どんな魔眼の保有者なんだ?」


「それは分からない。魔眼の保有者の中に、一人だけ現れる。それだけが確定しているのだ。」


「どの魔眼の保有者か分からない…と?」


「その通りだ。」


「なら、この島に居るかどうかも分からないだろう?」


「いや。必ずこの島に産まれる者の中に居る。

道理眼を持った者の近くに産まれるのだ。」


「じゃあ、本当に誰がそのなのか分からないのか?」


「分からない。」


「それで、魔眼の保有者全員を集めていたのか…だが、相手は魔眼の保有者を殺す事を視野に入れているぞ。道理眼を防ぐ為なら、殺さないのでは?」


「その理由は簡単だ。単純に、予測出来たとしても、回避出来ない攻撃を仕掛ければ良いだけだからな。

一応、剣術の心得は有るが、ランカ達に比べればお遊びのようなもの。ランカ達と同等の実力の持ち主と正面から戦えば簡単に殺されるだろう。」


「使い方が難しい紋章眼だな…」


無条件で強い…という紋章眼は少ないらしい。


ニルの紋章眼も、すこぶる燃費が悪いという弱点が有るし。


「ですが、相手に殺されるより先に、その事に気が付く事が出来れば、逃げられますよね。」


「基本的にはそうだが…今回のように、街を全て暴徒で埋めつくし、城を完全に包囲された場合、いくら先が読めても、逃げる事は出来ぬ。」


「その為に街を襲撃した…という事か。

逃げられなければ、じっくりゆっくり城を落とせば良い…」


「計画的過ぎる犯行…ですね。」


タナシタからガラクへと伝わったこの情報を元に、今回の計画を立てた、という事か。


「となると、ガラクの狙いは、アマチを殺す事…か?」


「シンヤ様…呼び捨てとは…」


「良い良い。友のようで嬉しいくらいだ。」


「アマチ様…」


「そうかしこまるな。

今回の事は、朕達鬼皇を追い詰める為の策に見える。朕達を狙っている…という事は疑う余地は無いだろう。

しかし、もしかしたら…ガラクという男は、別の狙いを持っておるかもしれぬ。」


「何か心当たりが有るのですか?」


「……有る。実は…」


少し言い辛そうに、口を開くアマチ。


「道理眼のもう一つの能力についてなのだが…」


「もう一つの能力?二つも有るのか?」


「うむ……道理眼を使い、他人と契約を結ぶ事が出来るのだ。」


「契約…?約束とか、そういう事か?」


「いや、もっとおぞましい物だ。もし、その契約を違えた場合、相手を殺す事が出来る、強い呪詛じゅそを掛けることが出来るのだ。

ここだけの話だが、友魔との契約はこれの呪詛が弱い物を使っているのだ。」


友魔と四鬼の契約のシステムが、鬼皇の魔眼…そりゃ秘匿されるわけだな。

というか…更にチートスキルが来たよこれー…


「呪詛…ですか?」


「発動させるには、道理眼を発動させ、相手の同意が必要になるが、その条件を満たすことが出来れば、大抵の解呪かいじゅの魔法は受け付けない強い呪詛が組まれる。」


「そんな危険な力を狙っているかもしれない…という事ですか?」


「分からない。これは側近にすら教えていない情報であり、知っているとは考え辛いが…」


「……分かりました。それも考慮して行動を決めていきます。」


「……いや。朕も共に考えたい。ここで、大まかにでも良いから決めてはもらえないだろうか?今まで、自信が無く、放置を繰り返した結果が今だ。今直ぐにでも変えていかなければ。」


「…分かりました。どちらにしろ、この話は他の者達には聞かせられませんので、ここで出来る限り話を詰めましょう。」


ドゴォォン!


遠くから、またしても轟音が届く。

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