第231話 城内
タナシタがランカの言葉を少しだけ信じ始めた。
それを感じたランカは、微笑を崩さず、口を開く。
「鬼皇様を落とす為に、魔眼の保持者を…」
ランカはそこで言葉を切り、タナシタへ顔を向ける。
「わざわざ知っている貴方に説明する必要など有りませんね。」
「っ?!」
「だから、別に良いのです。話を聞く必要がありませんので。
貴方がこれまでこの島の政治に関わってきたという立場を考えて、多少の情けを与えても良いかと考えていたのですが…これ以上話す事は無いというのであれば、その必要は無いですね。」
「………………」
タナシタの目が泳ぎに泳いでいる。
ランカはまず、最初の段階で、タナシタが情報を漏らすよりも死を選ぶかを試した。
彼は、死に対して焦りを見せた。
ランカはそれを感じ取り、次の手を打った。
手に入れた情報から、重要だと判断した情報を開示し、こちらの手には既に手札が揃っているように見せ掛けたのだ。
そうめちゃくちゃに手の込んだ策ではないし、冷静に考えれば、ランカが直ぐにタナシタを連れて行かせない時点で、ある程度読めてしまう。
しかし…そうではない可能性も有る。確信が持てない。
十中八九、嘘だと分かっている。だが、残りの十から二十パーセントは嘘ではないかもしれない。という考えが頭を過る。
それこそがランカの狙い。
もし嘘ではないとしたら、タナシタは命を失う事になる。
命と情報を天秤に乗せた場合、死に恐れを抱くタナシタが、どちらに天秤を傾けるのか…ランカのように人の感情を読み取れなくても分かる。
この綱渡りが上手くいかなければ、こちらとしても困ってしまう。だが、そんな事は微かにも感じさせないランカ。
男装までして、遊郭に何度か赴いていただけの事はある。遊女顔負けのお手並みだ。
むしろ、俺達が顔に出さないように必死になっていたくらいだ。
「それでは、私達はこれで失礼させて頂きますね。」
ランカがそう言って振り返る。
「ま、待て!」
「はい?」
タナシタの声が響く。
掛かった。
「俺は…この島の政に携わっていた男だぞ!居なくなれば今後立ち行かなくなるぞ!」
「…私は政には関わっていないので、詳しい事までは分かりませんが……貴方一人が居なくなったところで、大した問題は無いと思いますよ?
どんな組織でも、いいえ。組織として大きくなればなるほど、歯車の一つや二つ欠けたところで、全体は回るものです。
それくらい、政に携わっていて気が付かなかったのですか?
ふふふ。自意識過剰…という言葉が、よくお似合いですね。」
「っ!!!」
未だ天秤を傾け切らないタナシタに、ランカがトドメの言葉…いや、言刃を放つ。
お前など居なくとも、誰も気にしない。困らない…と。
会社勤めだった俺としても、刺さる言刃ではあったが、事実、ランカの言う通りだ。
一人が居なくなったからといって、駄目になってしまうような組織は、そもそもが間違った形態という証。
この島の政には欠点も数多く有るとは思うが、そこまで
そうなっていないのは、問題を抱えながらも、政治を回す事が出来ていたからだろう。
投石器から放たれる前に、忍から現在収集出来ている情報を聞かされた。
ゲンジロウの事や、シデン達の事、その相手の思想についても、隠さず話してくれた。
話の内容を聞くに、この島を動かしているお上の連中や、制度には、大きな問題が潜んでいた。それが今回具現化した。
この手の話は、元居た世界では、歴史を紐解くだけでゴロゴロしていたし、形は違えど、現代の政治にだって問題点は山積みだったはず。
だからこそ分かるが、この島には改革は必要だ。
改革せざるを得ない状況になるまで放置した事は残念だが…その点を含め、大きく変わる必要がある。
ただ、それが暴力であってはならない…と思う。
そこまで口を出すつもりは無いが、少なくとも、罪も無い街の人々を巻き込む鬼士隊のやり方は、許せない。
大きな変化を与えるとしても、それはこの件を勝利で終えた後の話だ。
話が脱線してしまったが、とにかく、この男一人が抜けたところで、政治が回らなくなる事はないだろう。
それを自覚させたランカの言刃が、タナシタの精神を貫いた。
「私達は忙しいので、これで失礼しますね。苦しみが少なくなるよう、祈って…差し上げる義理もありませんね。それでは。」
ランカが振り返ると、忍の一人が短刀を抜き取る。
外の部屋を照らしていた
流石は忍。ランカの狙いを正確に読み取り、文字通りトドメの刃を見せ付けたのだ。
そこでタナシタの心は、貫かれただけでなく、細切れになった。
「まま待ってくれ!」
「……………」
「ランカ!いえ!ランカ様!」
「……はい?」
おいおい…この男にはプライドというものが無いのか…?いや、死なないことがこの男のプライドか…
自分が死ぬかもしれないと見るや、即座に鬼士隊を裏切り、先に裏切った側に尻尾を振る。コウモリもビックリだな。
「あいつらが絶対に知らない事を俺は知っています!ですから!」
「どうしましょうか…」
「命を助けて頂ければ全てお伝えします!」
「そうですね……それがもし、
「絶対に有益な情報だとお約束します!ですから!」
「………良いでしょう。でしたら、殺さないとお約束しましょう。」
「本当ですか?!」
既にランカとタナシタの立ち位置は決定した。
こうなってしまえば、あとはひたすら情報を引き出すだけの作業だ。
「それでは、知っている事を全て話して下さい。」
「は、はい!」
死なないと分かり、
ランカはタナシタの話を、生理的に受け付けないとでも言いたげに、少し離れた位置で聞いていた。
そして、タナシタの話をまとめると…
タナシタが鬼士隊と初めて接触したのは、随分と昔の話だった。
正確に言えば、サクラが魔眼を発動させるより少し前の事。
何故そんな正確な事が分かったかと言うと、ガラクがサクラに接触を
魔眼保有者の情報というのは、大抵は秘匿性の高い機密情報として扱われている。
中には、悪用されるとかなり危険な魔眼も存在するし、当然の事だ。
桜透眼のような、危険が無く、効果も目立ったものではない魔眼は、依頼という形で利用していたりしたが、それにも条件があった。
魔眼保有者本人の事や、所在については、一切他言しない事や、依頼を出す側にも審査が必要になる。
その者の所在や身分の証明に始まり、周囲からの評判、実際に行ってきた所業。とにかく全てを調査される。
恐らくだが…その審査を受けたならば、ガラクはサクラに接触する事は無かっただろう。
タナシタは、その審査を飛ばして、ガラクに許可を出したのだ。
金で。
クズの極みだ。
セナは怒りを抑えるのに必死だった。ニルが気付いて手を握っていなければ、タナシタを切り刻んでいただろう。
ともあれ、最悪の相手に許可を出した事で、タナシタは鬼士隊へと引き込まれていく。
金で魔眼保有者の情報を売ったタナシタは、一言で言えば犯罪者。共犯であるはずのガラクだったが、次は他の魔眼保有者についても教えろと言ってきた。
教えなければ、金で魔眼保有者の情報を売ったと、全ての者にバラしてやる。と脅されたらしい。
タナシタが他の魔眼保有者の情報をガラクに渡した事は言うまでもないだろう。
ガラクが多くの魔眼保有者の情報を握っていた謎はこれで解けた。
何故そんな場所に居る魔眼保有者の事を知っている?!と思える相手の事まで知っていたのは、全て、この初老のクズによって引き起こされた事態だった、という事だ。
そして、そこまでしてしまったタナシタは、もう抜け出すことなど出来ず、ズルズルと鬼士隊へと入っていく事になる。
この男が、ガラクに利用され、頭の先まで鬼士隊にどっぷりと浸かる事になるまで、そう時間は掛からなかっただろう。
こうして、ガラクは政界内に
タナシタは地位と家柄が良かった為、名前を出すだけで頭を下げる者達さえいる。その力を利用し、ガラクは次第に仲間を増やしていったらしい。
その頃になると、タナシタも鬼士隊側につく方が利口だと思い始め、これまでとは違う甘い汁を吸い始める。政界側に義理立てる必要が無くなったのだからやりたい放題だった事だろう。
すると、ガラクが正式に仲間へ迎え、計画が成功した
そして、完全に寝返ったタナシタは、それからもガラクの手足となって動いた…というわけだ。
元々の人間性がぶっ壊れていたのだし、なるようにしてなった…という事だろうが…
ここまでが、タナシタの話だ。
次に、この場所に立て篭っていた理由について聞くと、城の者達の目を集中させる為の陽動だと明かした。
ここまでは予想の範囲内だったが、狙っていたのは隠し通路ではなく、近くに有る書庫だった。
狙いは書庫の中に有る、鬼皇の資料と、魔眼に関する資料という事だった。
何故そんなものを狙っていたのか、詳しくは分からないが、鬼皇の紋章眼に関わる資料を探していたらしい。
別の内通者が、既に書庫の調べを終えているだろうとの事だったが、忍の一人がタナシタに気付かれないように、手下を動かしてくれた。確認に行かせたのだろう。
狙いの情報が手に入ったかは分からないが、何かを探している事は分かった。
次に、内通者についてだが、男達に聞いた者達に加え、何人かの名前が聞けた。これで全てかは分からないが…恐らくまだ何人か潜んでいるはずだ。
重要な情報を話し合う場には気を付けなければならないだろう。
そして、タナシタのみが知っている情報というのは、捕らえられた魔眼保有者に関する事だった。
ガラクは、現在、魔眼の保有者を一ヶ所に集め、自由に動けないようにしているが、その中の一人に、タナシタの手下が紛れ込んで居るらしい。
これはガラクも、他の者達も知らず、独自に動かしているとの事だった。
名はホリノ。
そして、タナシタ直轄の部下が監視役の中に居て、そいつらを介して連絡を取り合う事が出来る…らしい。
タナシタは保身の為にやっていた事だと言っていたが、これは使えるかもしれない。
ガラクの狙いが何にしろ、魔眼保有者と鬼皇に何らかの繋がりが有ることは分かった。そして、その魔眼保有者の中に、こちらへと情報を流してくれる者が居る…となれば、先手を打てる可能性が出てくる。
上手く活用するべきだろう。
それにしても……これは俺の推測だが、恐らくタナシタは、既にガラクから切り捨てられている。
地位と名誉を約束されたと言っていたが、それは恐らく、
このようにコロコロ立ち位置を変えたり、保身の為に自分だけのパイプを構築したりする男を、ガラクが信用しているとは思えない。
この計画の準備段階における、重要な立ち位置を担っていたタナシタが、計画の
「この状況になっても、その者とは連絡が取れるのですか?」
「そいつらには、連絡を取り合う以外は、鬼士隊として、普通に動くように言ってあります。まず大丈夫です。」
「……そうですか。分かりました。ここに居る皆様。今の話は誰にも喋らないで下さいね。」
「「「「はっ。」」」」
もっと強く言うのかと思っていたが、ランカはそれだけしか言わなかった。
この場に居る者達の事を信用しているというよりは、恐らく、忍の者達を信用しているのだろう。
この中の誰かが、今の話を漏らさないよう、忍の者達が見張っておくはずだから。
その後、タナシタに連絡の取り方を聞いたが、これについては素直に教えてはくれなかった。
まあ、当然だろう。その情報まで喋れば、タナシタは用済みになる。自分の命を守る為の情報を手放すわけがない。
ただ、連絡を取り合う際の、やり取りについては、全て明かすと誓った。
タナシタの誓いなど、当てにはならなかったが、やり取りは書簡で行う為、こちらで用意した物を使えば良いと言って、一応の形は整った。
「地下牢に入れて、見張っておいて下さい。」
「はっ。」
但し、書面にはタナシタ本人であることを証明する為の、魔力入りの印が必要な為、タナシタ本人を殺すわけにもいかず、地下牢行きとなった。
最初は地下牢では連絡を取り合えない、とか言っていたが、ランカが嘘だと見破り、そのまま地下へと直行した。
「魔眼の保有者に連絡を取り合う事が出来る者が居ると知れたのは前進だが…」
「未だに全体像が見えないのは危険ですね……シンヤ様。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「構わないぞ。」
「今から、鬼皇様にお目通り頂き、直接お話を伺おうかと思います。」
「それが一番手っ取り早いよな。しかし…俺が行って大丈夫なのか?」
鬼人族の、しかもトップである鬼皇についての話だ。鬼人族ですらない俺が聞いて良い話とは思えないのだが…
「大丈夫です。私が話をするので、シンヤ様はただ聞いていて下されば。
この後、内側の守りに移ると思いますが、私とは別行動になるでしょう。説明の手間を敢えて取る必要はありません。」
「………分かった。ニル、ラト、セナ。少し行ってくる。」
「分かりました!」
『気を付けてねー。』
「早くしてねー!」
三人に見送られ、俺はランカと共に城を上へと登っていく。
ズガァーーン……
城の外からは、大きな音が聞こえている。音を聞く度に、俺もランカも、急く気持ちのままに、足を動かしていた。
城の中は、人々が走り回り、大声が飛び交っている。
「これは!ランカ様!」
「挨拶は必要ありません!続けて下さい!」
ランカの姿を見て手を止めようとしていた者達が、軽く頭を下げた後、作業に戻っていく。
「私達は上へ向かいましょう。」
ランカの横に立っている人族の男。その違和感に、何人かが視線を向けてくるが、何かを言われたりはしなかった。
俺達はひたすら上階を目指し、歩いていくが、どこへ行っても同じような状況にあった。
そして、最上階…の一つ下の階に到着する。
最上階は、所謂、
階段を上り終え、少し歩いた先の
俺も同じようにするが…これで良いのか不安になるな…
襖の前には、二人の兵士が座っており、俺達の事を確認する。
「……ランカ様。そちらの方は?」
「現在、我々に助力をして下さっている、人族のシンヤ様です。」
「……………」
襖の前に座っていた者の一人が立ち上がり、中へ入ると、少しした後、中から声が掛かる。
「入れ。」
「はっ。失礼致します。」
ランカが兵士によって開けられた襖の中に、立ち上がり、頭を下げながらゆっくりと入っていく。
作法とか全然知らないが、同じようにしておけば問題は無い…はず。
部屋の中は
中に入り、正座し頭を下げるランカに続く。
「ランカか。」
「はっ。」
「後ろの者は?」
「現在、我々に助力をして下さっている、人族のシンヤ様です。
既に数多くの命を救って頂き、腕前は私やゲンジロウ以上。
私がシンヤ様の事は保証致します。」
「ほう……ランカにそこまで言わせる男か。」
「はっ。」
凄い高評価…嬉しいような、恥ずかしいような…
「
ランカが頭を上げたのを確認して、俺も頭を上げる。
声を出していた男性は、
両サイドには地位の高そうな男性達が八人程座っている。
側近…という事だろう。
「報告は受けている。街の…民の様子はどうだ?」
「はっ。現在、
それから、ランカが現状についてあれこれと説明し、一通りの話が終わると…
「そうか…
「そのような事はありませぬぞ!」
「そうでございまする!」
直ぐに側近の数人が否定するが…
「いや。分かっているのだ。朕の弱さ故の現状だということは…しかし、嘆いていても状況は好転せぬ。
朕の一存で決められる事は、既に城の者達に通達し、対処している。ランカよ。他にも何か出来る事は無いか?」
どうやら、鬼皇は、ランカに対してかなりの信頼を置いているらしい。
「その件なのですが、一つ、お伺いしたき事が。」
「朕の知る事であれば、何でも話そう。」
「……アマチ様の、眼についての話です。」
「「「「っ?!」」」」
言葉を発した瞬間、側近達が一気に殺気立つ。
「ランカ!血迷ったか!」
「その話が
お、おいおい…ランカさん…本当に大丈夫なのかよ…?
「皆、抑えよ。」
「し、しかし!」
「良いのだ。状況が状況である。
ランカが何の意味もなく禁忌に触れるような者ではない事くらい、皆も知っておるであろう。」
腰の刀に手を置いていた側近達が、ゆっくりと手を離す。
「……して、ランカよ。その話を聞きたい理由を、朕に説明してくれぬか?」
「はっ。」
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