第230話 城・隠し門 (2)

タナシタという男が、鬼皇の側近でありながら、内通者となっている事を知り、ランカ含め、俺達は城の中へと入った。


城の外観は、日本にある城とほとんど変わらず、内装もほぼ同じようなもので、どこか懐かしさを感じる。


「こちらです。」


忍が城の中を普通に歩いていると、少し不思議な感じもする…


俺達は、忍の案内の元、城の中、一階、西の端へと向かう。


「立て篭れるような環境が、この城の中に有るのか?」


「城の中、一階西側は、少し強い造りになっているのです。

城内の食料庫、武器庫、書庫が設置されている場所ですので…」


「そんな場所を取られたのか…」


面目次第めんぼくしだいもありません…」


内通者が分かっていない状況で、立て篭られたなら、仕方ないのかもしれないが…


「何人で立て篭っているのですか?」


「全部で十人です。完全に扉を閉め切っております。

開けようとしたら、火を放つと言っておりまして…」


「なるほど…それで私が呼ばれたのですね。」


水虎の力ならば、火を着けさせることなく制圧出来そうだし…その為のランカという事らしい。


「内通者となれば、重要な情報も持っているでしょうし、殺さずに捕まえたいところですね。」


「可能なのでしょうか?」


「保管事とはいえ、隙間はありますからね。どうとでもなります。

ただ、いくつかの物は一時的に濡れてしまうのですが、構いませんか?」


「はい。それは承知の上です。」


「分かりました。」


内通者が立て篭っているという部屋の前に来ると、彼らが手を出せない理由が分かる。


頑丈過ぎる鉄の扉。まるで銀行の金庫のようだ。

これでは開けたくても開けられないだろう。他より強い造り…ねえ。


「他に出入口は無いのか?」


「はい。ここだけです。中には武器が収納されておりまして……簡単には壊せません。」


「ランカ。大丈夫そうか?」


「お任せ下さい。」


ポンッ!


ランカの横に、水虎が現れる。


どうするのかと見ていると、ランカが水虎と何か話した後、水虎がスルスルと扉の隙間から中へと入っていく。


そんな警戒もなく水虎を中へと投入して良いのか?と思っていたが、どうやら心配は要らなかったらしい。


数秒後、中から声が漏れ出してくる。


「何だっ?!」


「それは水虎だ!離れろ!」


「う、うわあああぁゴポゴポ…」


「水が!」


「火を放て!早く!」


「ダメです!水で火が!」


「くそっ!これでは!」


「や、やめろ!やめゴポゴポ…」


何となく、中から聞こえてくる声から、何が起きているのか分かる。どうやら中は大変な事になっているらしい。

ランカは水虎と感覚的に繋がっているし、俺達より更に明確に中の様子が分かるだろう。水虎を通して、中の連中の位置を把握する為に、わざわざ水虎を送り込んだという事か。


中へと入った水虎に、ランカが頼んでいたのは、しばりという魔法らしい。名前的にどんな効果なのかは想像出来る。


「突然の事で、対処出来なかったようですね。そろそろ拘束が完了します。」


「やけにあっさり拘束出来たな…」


「タナシタは、一般的な剣術の腕しか持っていませんし、タナシタ以外の者達も似たようなものですから、それ程難しい事ではありませんよ。」


「これで、少しは相手の事が分かりそうだな。」


「そうなると嬉しいですね…

拘束が完了したようです。開けてください。」


ランカの声に、忍が頷き、保管庫の扉をこじ開ける。


ズズズズッ…


両開きの黒い金属の扉が開いていくと、中には大量の武器。そして、蓑虫みのむしのように全身を水に包まれ、動けなくなっている十人の姿。

所々武器が濡れてしまっているが、それ以外は大丈夫そうだ。


「火は着いていないようですね。」


「んーー!んーーんー!」

ゴポゴポ…ゴポゴポ……


拘束された男達は、足先から口、耳までを水で覆われている。水圧のせいで動く事は出来ない様子だ。

鼻で息は出来るが、喋ろうとしても水の中を空気が通るだけ。


「入るのは危険ですよね?」


「だな。トラップ系の魔法でも仕掛けられていたら、一瞬で火の海…なんて事にもなりかねない。」


中で何をしていたかという事に関してはわかっていないし、俺ならトラップの一つや二つ仕掛けておく。


「それでは、このまま尋問を始めましょうか。」


ランカは水虎に向かって頷くと、一人の口元の水がスーッと下がっていく。


「拘束を解け!俺を誰だと思っているんだ!」


白髪混じりの黒髪と黒い瞳、しわが目立つ初老の男。態度からして、こいつがタナシタだろう。


「ただの内通者でしょう。ここまでしておいて、貴方の地位にかしずく者がこちら側に居るとでも思っているのですか?」


「五月蝿い!拘束を解け!」


「……話になりませんね。」


珍しく、ランカの声に怒りが混じっているのを感じる。


「同じく上に立つ者として、貴方にはとてつもないいきどおりを感じています。必要な事を迅速に答えなければ、早く殺してくれと懇願こんがんすることになりますよ。」


「黙れめくらが!」


「……………」


ランカの怒りのボルテージが上昇しているのを感じる。

このままでは手足くらい引きちぎりそうだ。そうなる前に、どうにか情報を吐かせたいところだが…


「そうだ…その手があったな。」


俺の言葉に、その場に居た者達が耳を傾ける。


「ラト。死なない程度に痺れさせる事って出来るか?」


『簡単!』


バチバチ!


ラトの足元に簡単な魔法陣が現れる。


「タナシタだったか?早めに口を割った方が身のためだと思うぞ?」


「はっ!そのような脅しに屈する程、俺は弱くはないわ!」


「ラト。」


『分かったー!』


バチバチッ!!


ラトの魔法が発動し、雷光がタナシタの体を拘束している水へと向かって走る。


「うがががががががががが!」


ラトの電撃がタナシタを襲い、全身が硬直し、痛そうな声をあげる。

予想外だったのは、タナシタの体を拘束している水だけでなく、他の者達を拘束している水にも感電し、全員が痛そうだった事くらいか。


「あ……が………」


生きてはいるが、かなり辛い時間だったらしく、タナシタは目の焦点が合わず、虚空を眺めている。


「ランカとラトって、とてつもなく相性が良いのかもしれないな…正確には水虎とラト…か?」


「ふふふ。ラト様と相性が良いなんて、嬉しい限りですね。」


痛みにあえぐ声を聞いて、ランカの溜飲りゅういんが少しだけ下がったらしい。


「さて……話す気になったか?」


「が…ぁ……」


「早く話しなさいよ。うちらはまだやらなきゃならない事が山程あるんだから。」


セナも怒っている。こんな奴の為に、大事な時間を消費している事が許せないのだろう。


「まずは、この部屋に罠が仕掛けてあるのか否か。答えて下さい。」


「…ぐ……無い!罠は仕掛けていない!」


「………盲相手に、嘘ですか。感心しませんね。」


「ラト。」


『はーい!』


バチバチバチバチッ!


「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁ!」


ランカの前で、分かりやすい嘘など吐くからいけないのだ。


「どうやら罠が仕掛けてあるようですね。皆様。足を踏み入れないようにお願いします。」


「「「「はっ。」」」」


忍と、何人か付いてきていた者達がランカの言葉に頭を下げる。


「武器庫ですからね…罠が発動した場合、城が倒壊する可能性すらあります。解除させるか、上手く処理しなければいけませんね。」


武器庫の中には、油等の可燃物も大量に保管してある。鉄で出来た部屋とはいえ、一度火が回れば、大変な事になる。


「罠を張ったのは、タナシタでは無いでしょう。そうですね……」


ランカは全員の気配を読み取り、何人かの口元を自由にする。代わりに、タナシタは口元と耳を再度拘束される。


「タナシタが喋りました。この部屋には罠が仕掛けてあるそうですね。

解除してもらえると、これ以上痛め付けなくて済むのですが。どうでしょうか?」


こういう時のランカの微笑は少し怖い。

水に耳までをも覆われていた者達は、タナシタがどこまで喋ったかは分からない。上手く誘導しつつ、かいを導き出す気らしい。


「俺は知らない!俺じゃあない!」


「俺だって違う!」


口々に自分ではないと叫ぶ男達。


「……困りましたね…全員違うなら、一人ずつ殺していくしかありません。全員が死ねば、解除されるはずですし…それでも良いですね。どうせこれ程の人数を捕虜ほりょにする必要はありませんし、タナシタだけが居れば良いでしょう。」


ランカの言葉には、裏の意味が有る。


まず、最初にタナシタが喋った…と言った。そして、秘密を守ろうとしている自分達は殺される。

この二つの内容を聞かせると、男達はどう思うだろうか。


大抵の者達は、死を恐れて喋った奴が生き残り、恐れずに守り通そうとした自分が殺される。そんなの

そう考える。


嘘を見破る事が出来るランカにとって、嘘を吐いて誘導する事は、容易い事なのだろう。


ランカって、やっぱりちょっと怖い…かも?


「「「「……………」」」」


それでも喋ろうとしない男達。


「それでは、一人ずつ死んで下さい。」


ランカの言葉の後、一人の男の首筋に絡み付いていた水が、ゆっくりと捻りを加えていく。


「やめ…やめろ!やめてくれ!」


男の顔がゆっくり…ゆっくりと後ろへと向いていく。


「なんで俺なんだ!嫌だ!やめてくれ!俺は脅されただけなんだ!」


「………………」


男が何を言っても、水の動きは止まらない。必要な情報ではないからだ。


「嫌だ…嫌だぁ!こいつだ!俺の二つ右の奴が罠を仕掛けたんだ!俺じゃあない!」


その言葉を聞いて、水の動きが止まる。


「今のは、本当みたいですね。」


まぶたの閉じたランカの目が、指摘された男の方に向く。


「どうしますか?自分で解除するか。それとも…」


指摘された男の首筋に、水がねっとりと絡み付く。


「分かった!解除する!解除するから殺さないでくれ!」


「ふふふ。駄目ですよ………嘘は。」


男の首が、ゆっくり後ろを向いていく。


罠を解除すると言って、逆に発動させるつもりだったらしい。


だから、ランカの前で嘘は駄目なんだって。


ミチミチミチッ!


後ろを向いていく男の首が、嫌な音を立てる。


「解除する!嘘じゃない!解除するから!」


「その気になるのが少しだけ遅かったですね。」


ランカが微笑を男に向けると…


バギビキッ!


男の首が嫌な音を立てて、完全に後ろを向く。


「ひぃっ!」


真後ろに居た男が情けない声を上げる。


ドサッ…


首が後ろを向いた男の拘束が解かれ、床の上に落ちる。


「もう罠はありませんか?」


「無い!もう無い!何でも話す!だから殺さないでくれ!」


「あら。嘘がいけないことだと分かって下さったのですね。嬉しいです。」


どうやら、一人の犠牲を見て、口が軽快けいかいになったようだ。

ランカが微笑を向けると、全員の顔が真っ青に変わっていく。


「とはいえ、まだ油断は出来ませんので、ここから質問を続けますね。迅速に、正確に答えを聞かせて頂ければ、捕虜として命までは奪いません。

分かりましたか?」


鬼士である男達が、ランカの言葉に、首を勢い良く縦に振る。


「それでは、他にこの城の中に居る内通者の名前を教えて下さい。

一人という事は無いのでしょう?」


ランカの言葉に、男達は素直に答えていく。迅速に、そして正確に。


男達から上がった名前は、直ぐに書き留められていく。

当然ながら、俺は全然知らない名前ばかりだが、話を聞いていた者達の反応から察するに、重役の名前も何人か有ったようだ。

あの方まで?!みたいな反応が何回か有った。


「俺達が知っているのはこれが全員だ!他はタナシタ様しか知らない!」


「分かりました。では次に、貴方達はここに立て篭って何をするつもりだったのですか?」


「俺達の目的は、武器を掌握して、事が終わるまで、ここで待っているだけ。それだけだ。」


「………こちらに目を向けて、その間に何かするつもりだったのでしょうか…」


「だとして、考えられる事は何か有るのか?」


内部から相手を崩そうとするならば、自分達が敵だと知られるような行動はつつしむはず。

陽動ようどうで有る可能性は高いだろうが、そこまでして何をするつもりなのか。


「……考えられる事は、火事場かじば泥棒…でしょうか。」


「火事場泥棒?」


「この騒動に人々の目を向けさせれば、細かな動きに目がいかなくなります。

その間に、何かを盗み出す…もしくは、情報を手に入れる……」


「もしかして秘密の通路?!」


俺はこの城については詳しくないし、知っている知識の中から選び取ると、この城から繋がっている隠し通路の事が思い付く。

もし、隠し通路の場所が割れれば、一瞬でこの戦闘は決着する。


「…可能性は有りますね。」


「それは大変です!直ぐに鬼皇様に知らせなくては!」


「我々が手配しましょう。」


直ぐに忍の一人がそう言って、人を向かわせる。


「ですが…隠し通路の場所は、そう簡単に見付かるものではありません。それが理由かは怪しいところですね…」


「その男なら、何か知っているだろう。」


タナシタという男は、こちらを睨みつけるだけしか出来ず、ずっとランカの事を見ている。


「タナシタの話は後で聞きましょう。」


先に出来る限りの情報を入手しておいて、有利に話を進めたいのだろう。


「次に、結局、鬼士隊の狙いは何なのですか?」


「……俺達が知っているのは、鬼皇を転覆てんぷくさせようとしている…という事だけだ。」


「鬼皇様の転覆…ですか。」


この島の地位的な三角形の頂点に立っているのは、鬼皇。それを転覆させるということは、この島の全てを転覆させるということに等しい。


「それはこの城を狙った時点で、誰にでも予想できる事です。

しかし、何故魔眼を持った者達を集めているのですか?」


「詳しい事は知らない。俺達が知っているのは、鬼皇の転覆には必要なもの…らしい。」


「……??」


魔眼の保持者を集める事が、鬼皇の転覆に必要な事?

意味が分からない。何を言っているのか理解不能だ。


見た限り、ガラクは、かなり昔から今回の事を計画していたように思う。

魔眼の保有者達を調べ上げるのも、かなりの時間が掛かるはずだ。

となると、無意味に魔眼の保有者を集めたとは考え辛い。この男達が言う事を真に受けるわけではないが、何かの意味が有る事は明白。やはりタナシタから詳しい情報を聞き出すしか方法は無さそうだ。


「タナシタから聞き出すべきか…」


「そうですね。これだけの情報では、鬼士隊の先手を打つのは難しいでしょう……」


「俺達は話す事を話した!もう良いだろう?!」


「ランカ様。後は我々が。」


「そうですね。彼等のことは忍の皆様にお任せ致しましょう。」


「やめてくれ!忍の手に渡すなんて!約束が違う!」


「私が約束したのは、命だけは奪わないという事です。貴方達の処遇については、約束をしていませんよ。」


「そんな!」


忍の者達は、尋問のプロ。他にも情報があれば引き出してくれるだろう。期待は出来ないが…

まあ、命までは奪わないだろうし、約束を違えたわけではない。


「連れて行け。」


「はっ。」


忍の者達が中へと入り、男達を捕縛する。そこで拘束していた水が消え、残るはタナシタだけとなる。


「ここまでの情報を組み立てて、タナシタから話を聞き出せるかは…少し微妙なところですね。」


「聞き出すことが出来れば、確実に連中の狙いに近付ける。逆に、聞き出せなければ、街どころか、島全体が大変な事になる。」


「そうですね……間違えないように気を付けて質問していきましょう。」


ランカがタナシタの耳と口を塞いでいた水を解くと…


「このクズ共が!」


水が解かれた後の第一声がそれだった。


「クズはどちらですか。

貴方がやった事で、どれだけの命が失われたか分かっているのですか?」


「はっ!平民や下民がいくら死んだところで、何も変わりはしない!

どうせあいつらは増えるからな!」


「……増える減るの問題ではありません。」


ランカは怒りを抑えながら、話を進めていく。

言っていることがクズ過ぎて、吐き気がする。

セナに至っては今にも刀を抜いて斬り掛かりそうだ。


「さて。それより、話の続きをしましょうか。」


「……俺が何かを話すことはない。いくら痛め付けようとな。」


「何か勘違いしているようですが…私は貴方を痛め付ける気は無いですよ。」


「はっ!先程あれだけ痛め付けておいて、よく言う。」


「あれは貴方ではなく、連れて行かれた彼等の口を割らせる為ですから。」


「あいつらに話を聞いたところで、大した話など聞けない。お前達が鬼士隊の先を行く事は最後の最後まで無い。

そのままこの島がひっくり返るのを指を咥えながら見ているんだな。」


「ふふふ。そうですか。それは残念ですね。」


「………………」


ランカは微笑を見せながら、余裕を見せてそんな事を言う。

タナシタは思っていた反応が返ってこない事に、いぶかしげな反応を見せる。


「別に良いのですよ。必要な事は彼等に聞くことが出来ましたから。

今から話そうとしていたのは、貴方の処遇について。生かすか殺すか。それだけの話です。」


「そ、そんな嘘を信じるとでも思うのか?

あの者達は何も知らない。知らないから話を聞く事すら出来ない。」


「本当にそう思っているのですか?」


「……………」


タナシタの顔に、若干の焦りが見える。


彼は、自分が重要な情報を握っていて、それを俺達が欲すると思っていたから余裕だったのだ。

殺せば情報は手に入らない。それを知っているからこそ、殺されないと思っていたのに…そのカードが手元に無いとなれば、話が変わってきてしまう。


「彼等も鬼士、しかも政に関わる者達ですよ。

情報というものがどれだけ大切で、自分の命を助けるものなのか…という事くらい理解しています。

何も知らないまま使われているだけに留まると?」


「嘘だ。それは嘘だ。」

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