第十八章 大動乱 (2)
第225話 二つ目の壁・正門
「
ガガガガガッ!
俺は、自分に向かって飛んでくる矢を、空中で全て斬り落とす。
今更その程度の攻撃で、俺が仕留められるとでも思ったのだろうか。
ガガガガンッ!
後方からは、転がり落ちて行った丸太が、何かに当たり激しい音を発している。
「なるほど。それが本命か。」
奥の兵士達が左右に移動すると、後ろに見えたのは、
本来ならば、床弩は一個人相手に使うものではないのだが…
普通の弓とは違い、家の柱程の太さがある矢が高速で飛んでくるのだから、流石の俺でも斬れない。
それに、表面を金属で加工してあるらしく、鬼火の魔法でも防げないだろう。
それを、俺の着地に合わせて放ってくる気らしい。
鬼士隊の人員も、無限ではない。流石に投入してくる人員を抑え、色々と工夫を凝らし始めた。
当然といえば当然だろうが……ここまでに戦ってきた者達は、鬼士隊の中でも、どこか
何を目の前にぶら下げられて、食い付いてしまったのか分からないが、鬼士隊に加担したのはあくまでも彼等だ。
だが……
「少し不愉快だな。」
俺の体は落下していき、着地に入ろうと言う時。
ゴウッ!
床弩から矢が放たれる。
転がり落ちていった丸太のような矢が、俺の着地点目掛けて飛んでくる。
俺は、空中で体をくるりと前転させる。
「はあああああぁぁぁぁ!!」
スガァァァァン!!
前転した勢いのまま、飛んできた特大の矢に、
矢は坂に対してほぼ水平に飛んでいたが、それを地面の方へと軌道をズラされ、先端が地面に突き刺さる。
坂道は大きな衝撃で一部崩れたが、矢は完全に静止した。
「人の命を何だと思ってやがる……」
ガッ!
地面に突き刺さった矢の上を走り、矢尻に到着すると同時に、もう一度、高く跳躍する。
今度の跳躍は、彼等の待っている頂上へと到達する跳躍だ。
矢を踏み付けて止められるとは思っていなかった兵士達は、
「おおおぉぉぉ!」
ズガァンッ!
ここまで近付いてしまえば、床弩は使えないが、どこかで使われる可能性を考えたら、ここで破壊しておいた方が良いだろう。
着地と同時に、矢の乗っていない床弩を破壊しておく。
ガラガラと床弩を構成していた物の破片が周囲に飛び散り、それを見た鬼士隊の連中は、ハッとして武器を構える。
「お前達は、何故こんな事に加担する?自分達のやっている事が分かっているのか?」
「「「「…………」」」」
「話す気は無いって事か。」
白い仮面を被った者達が、強く武器を握り締め、息を飲む。
「ならば頭に聞くしか無いな。」
ガッ!
足元にあった、床弩の破片の一部を蹴り上げ、正面の連中を牽制する。その間に俺は後方に陣取っていた者達へ向かって突撃する。
「殺れぇ!!」
既に二百人近い者達を屠ってきたのだ。多少質が上がったからといって、二十人程度の兵士達に負けるはずもなく、直ぐに決着となった。
そんな戦いは、その後二、三度続き、やっと二つ目の壁付近に到着する。
「ちっ。中層も完全に奴らの手に落ちているのか。」
壁の上や出入口の正面には、仮面を外した鬼士隊の連中が立っている。
仮面を外しているのに、何故分かったのか…それは、彼等の殺気を感じれば分かる。
「俺を殺したくてうずうずしている…と言ったところか。」
壁の周辺はかなり見通しが良い。
壁に取り付いている者達の総数は、約三十。
しかし、どうにも今までの連中とは違うようだ。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ。」
そう言って壁の上から頭を出してきた男には見覚えがある。
ピンピンと立った赤い髪。髪と同じく赤い瞳。
赤と黒が入り交じった色の長い鞘を腰に下げている。
「コニヤ…」
この男がこんな場所に居るとは…
コニヤは、一昔前、世間を騒がせた男だった。
コニヤは、それなりに大きな鬼士の家の出で、剣術の腕も一流。
美しい妻も
ある日、コニヤが家に帰ると、愛する妻が無惨な
街に買い物に出た時、
当然護衛は一緒に居たのだが、相手の数が多く、多勢に無勢。護衛は更に無惨な遺体で見付かったらしい。
コニヤは当然怒りに身を焼かれた。
そして、彼はそれをやった悪漢達の組織へと、一人で向かった。
最近新しく出来た組織だったらしく、構成員の数は少なかったものの、全部で六十人は居る組織で、腕に自信のある者達も多くいたらしいが…
コニヤは、その組織をたった一人で、そして、たった一夜で、全滅させた。
俺もその現場に足を運んだが、現場は酷いものだった。
ほとんどの遺体は元の姿が分からないほどに切り刻まれており、どの部分がどの遺体なのかも分からない程だった。
そういう現場に慣れていた者でさえ、吐き気を抑え切れず外に掛け出た程。
コニヤの事は、事件より前、何度か城へ出向いた時に見た事があったし、顔は知っていた。
馬鹿が付く真面目な男で、四鬼の座を争う事も、城の中での地位を争う事も好まない男だったと認識している。
しかし、その事件の後、コニヤの姿は街から消えてしまった。
事件の内容が内容だっただけに、
コニヤの
妻の無念を晴らしたコニヤは、一人寂しく自害したのでは…とか、寺に入り坊主になった…とか。
だが、結局、その後のコニヤを知る者は出てこなかった為、次第に忘れられていった話の一つだ。
それが、まさかこんな事をしているとは…
口調も見た目も、昔とは真逆に見える。
「俺の事を、まだ覚えていたか。」
「酷い事件だったからな。」
「酷い……ねえ。
確かに俺が殺した連中は、俺の妻に酷い事をしやがった。
だがな………いや。今更話す事など無いか。」
何かを言い掛けるが、途中でやめてしまうコニヤ。
あの事件には、何か俺の知らない内容が有ったのだろうか…?
「そんな事はどうでも良い。それより、四鬼、ゲンジロウよ。ここから先へは行かせないぞ。」
「はい分かりましたと言って、引き返す男に見えるか?」
「いいや。だが、ここからは下に居る連中とは違うぞ。流石の四鬼でも、そう
何となく分かっている。
出入口の前に立っている者達からは、死の覚悟を感じる。
正門に居たササキ家の者達と同じ目をしているのだ。
ピリピリと伝わってくる張り詰めた空気。
「ここに居るのはこの日の為に長い年月、修練を重ねてきた者達だ。俺を含めてな。」
「何故こんな事をする?これではおまえの妻を殺した連中と変わらないではないか。」
「全然違う!!」
俺の言葉に、怒りを見せるコニヤ。
「いや。お前に言ったところで、何も変わらないな…
俺達は必ず今回の計画を成功させる。新しくこの島を作り替える。その為ならば、死んでも構わない。
ここに居るのは、そういう考えを持った者達だ。」
「殺り合うしかない…という事だな。」
「そういう事だ。」
「……ならば、俺は俺の進むべき道を進むだけだ。」
「来い!ゲンジロウ!」
俺は刀を片手に、見晴らしの良い平らな石畳の上を走り出す。
「放て!!」
ヒュヒュヒュヒュン!
壁の上からいくつかの矢が飛んでくる。
下で体験した矢の雨に比べると、数が少ない。
しかし…
「これは……」
俺は嫌な気を感じて、矢を弾かずに避ける。
ガガガガッ!!
飛んできた矢は、普通の矢だ。特別な素材を使っているわけではない。
それなのに、矢は石畳に突き刺さる。
「神力か。」
矢に神力を纏わせて放っているのだ。
通常の矢より貫通力が高いし、切り落とすのも難しいはず。
当然ながら、神力の強度が必要となる技だが、奴らは神力の強度を上げる事が出来ると、ランカから聞いている。
恐らく、全員が、その処置を行っているのだろう。
下の連中とは違うと言っていたが、本当らしい。
「相手が一人だとしても四鬼だ!絶対に気を抜くなよ!気を抜けば一瞬で殺されるぞ!」
彼等には油断も、恐怖心も無い。
今までで一番厄介な相手かもしれない。
「鬼火!」
走り続ける俺の横に、ポンッと音を立てて現れる鬼火。
この強さの相手に、出し惜しみをしていたら間違いなく殺される。
まだまだ先は長いが、死んでは元も子も無い。
「
ゴウッ!
刃に青い炎が絡み付く。
「来るぞ!前衛は三つに別れて挟み込め!」
上から見ているコニヤが、的確な指示を出し、それを下の連中が正確に実行する。
集団としての
「はああああぁぁ!」
ザンッ!
迫り来る刃を避けると、石畳が簡単に斬れる。
下に居る連中も、それぞれ神力を強化した上に、使いこなしているようだ。
「せいっ!」
ガギィン!
隙を作った男の、急所を狙った一撃を、真横に居た者が弾く。
人数の差という強みを理解し、それを最大限に活かしてきている。
「はぁぁっ!」
ガキンッ!
「やあっ!」
ギィンッ!
次々と襲ってくる者達の刃を弾き返し、反撃するが、互いに刃が当たらない状況が続く。
この状況が続くのは俺にとっては、非常に良くない。時間を掛ければ掛ける程に、不利な状況へと陥ってしまう。
多少強引でも、突破口を作らなければ。
ダッ!
突破口を作る方法はいくつか思い付くが、ここは鬼火の力を借りるべきだろうと判断し、後方へ下がる。
「
「今だ!」
俺が鬼火に指示を出す時を狙って、壁の上から矢が放たれる。
この状況を読まれて、狙われたらしい。
ゴウッ!!
ドスッ!
鬼火による放によって、正面の敵兵が炎に包まれていくが、飛んできた矢の一本を避けきれず、俺の左肩口に刺さる。
「ぐっ!」
左肩口に走る痛みに、眉を寄せる。
「ぐあああぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
目の前に居た連中の半分以上が、炎の中でのたうち回って死んでいく。
中には、咄嗟に神力で炎の熱を軽減した者も居たが、顔や手足の
「一撃で半数以上を殺されるとは…流石は四鬼か…」
壁の上に居る者達を含めると、残りは十四。
「だが、手傷を負わせた。悪くない。お前ら行くぞ!」
コニヤが壁から飛び降りると、弓を持っていた連中も壁から飛び降りてくる。
「ちっ………ぐぅっ!」
ズリュッ!
左肩口に刺さっていた矢を、無理矢理引き抜いて、地面に投げ捨てる。
ズキズキと痛み、血も出てくる。このまま放置しておくには危険な傷だ。
「鬼火。頼む。」
俺がそう言うと、鬼火が近寄ってきて、傷口に触れる。
ジュゥゥゥッ!
「っ!!!」
冷や汗が出るような痛みが走るが、構えは解かない。
「この状況で、止血までやって退けるか。確かにこの島で最強と言われるだけの事はあるな。」
「俺には死ねない訳があるからな。」
「……ゲンジロウ。お前はこの島の、今の状況に、本当に満足出来ているのか?」
「……どういうことだ?」
「……俺の妻が殺された事件の真相を、お前は知らないだろう?」
「真相…?」
やはり俺の知らない何かが、あの事件の裏には有るらしい。
「あの事件の裏にはな……この場所に住む者達が関わっていたんだ。」
コニヤは、周囲の建物に目を走らせる。ここに住んでいるのは、城勤めの者達だ。
「……つまり、上の方々が、裏で糸を引いていたと?」
「その通りだ。」
「馬鹿な事を。コニヤの妻を襲う理由など無いだろう。」
「………あの事件が起こった時、俺が関わっていた
「コニヤが関わっていた…確か、新しい
兵力の分配についてだったか…」
「そうだ。各家々に配属される兵力に、大き過ぎる偏りが出ると、
俺は、その政策に対し、反対の意を示していた。
そんな事をすれば、路頭に迷う者達が多数出てきてしまうし、何より、上からの政策で無理矢理押さえ付ければ、その方が謀反の可能性を高めると考えていたからだ。」
「…そうだな。事実、その政策は
「いいや。あれは頓挫したのではなく、神人様が頓挫させたのだ。」
「…………」
神人様…というのは、ガラクの事だろう。となれば、政策に対して操作を加えられる程の力を持っているという事になる。
かなり根の深い話…なのかもしれない。
「いや、今はその話は良い。
それより、俺と一部の者達が反発していた事で、政策は上手く進まず、それが気に食わなかったのか…」
「上の方々が、反対派のお前を排除する為に?それは考え過ぎだ。いくら何でもそこまではしないだろう。」
妻を狙ったのは、反対派の筆頭であったコニヤを直接潰せば、疑いが自分に向かう。それを避ける為に…という考えだろう。
「いいや。間違いない。
俺が全滅させた集団。あの連中に聞いたからな。」
「死を逃れる為の嘘だろう。あのような連中の言う事など信用できない。それくらいお前でも分かるだろう。」
「ああ。確かに、あの連中の言う事を
だから、神人様のお力で、真実を、上の奴らに直接聞いたんだ。」
「直接聞いた……?もしかして…」
コニヤの事件の後、暫くしてから、政策が頓挫した。その理由は、
争った形跡も無く、
色々と憶測が飛び交ったりはしたが、結局、何も見付からず、事件は迷宮入りとなった。
当初疑われたのは、犬猿の仲であったコニヤだったが、姿を消した後、彼を見た者は誰一人居なかった為、無関係だとされてきた。
「あの男から、俺は全てを聞かされたよ。たったそれだけの為に、何の罪も無い妻を無惨にも殺したとな。
当時は怒りに身が引き裂かれる思いだったし、何度も妻と同じ場所に行こうとした。
だが、その度に、妻の亡骸を思い出すんだ。
無念を叫ぶような目をな……」
政には、基本的に関わらない俺達四鬼は、
それでも、政というのは、綺麗事だけでは進めていけないという事くらい分かる。
例えば、悪党の溜まり場である攻鬼組。
彼等が潰されずに生き残っているのが最も分かりやすい例だろう。
潰そうと思えば、簡単に潰せるはずの彼等が残されているのは、そういう者達も必要だからだ。
街というもの自体に表と裏が有る。表だけを整えても、上手く回す事は出来ない。裏を取り仕切る者達も必要なのだ。
当然ながら、お上の方々が表立って裏に関わってしまえば、色々な場所から反感が来る為、大っぴらには手を出せない。
そこで、裏側を取り仕切る者達と手を組むわけだ。
ここで重要な事は、裏側を取り仕切る者達を作り出さない事ではなく、裏側を制御出来る環境を整える事にある。
そういう表裏一体という関係が、実情である事は把握している。
だが、コニヤに降り掛かったのはそういうものとはまた別の、もっと悪意に満ちた何かだ。
コニヤが恨みを向けるのも無理は無い。
「なあ。ゲンジロウ。俺達の手を取れよ。」
「なに…?」
「ゲンジロウ含め、四鬼ってのは政から
あんたらには、裏側が無い。それはつまり、あの野郎共とは違うって事だ。
俺達は、この島を変える。大きくな。
あんな事が二度と起きないような、そんな場所に。
街に居る連中は、ただ暴れたいだけのクズばかりだが、ここから先に居る連中は、全員、大小あれど、そういう感情を抱いた連中だ。
俺の話を聞いて、少しでも感じ入るところがあれば、俺の手を取ってくれ。
四鬼が俺達の仲間になってくれるなら、これ程心強い事は無い。」
そう言って、コニヤは、自分の手を俺の方へと向ける。
「俺がその手を取ると、本当に思って差し出しているのか?」
コニヤの感情を理解出来ない…というわけではない。
コニヤの奥さんもさぞ無念だっただろうと思う。
もし、俺が……レイカ、俺の妻を誰かが殺したとしたら、それをやった連中の事も、それを指示したお上の奴も、俺は許せない。
もしかしたら、俺も同じように行動していたかもしれない。怒りのままに、刀を振り下ろしたかもしれない。
それを考えてしまうと、コニヤのやった事を、強く責められない…情状酌量の余地がある、という部分には、やはり思い入れるところがある。
だが………
違うだろう…そうじゃあないだろう。
街の人々まで巻き込んで、こんなにも沢山の命を奪って…それで良いわけがないだろう。
「やり方が悪過ぎるだろう。この馬鹿が…
今現在も、罪の無い街の人々が命を奪われているんだぞ。
それは、お前の妻を殺した連中と同じじゃあないか。」
「違う!!」
コニヤは、強い口調で俺に返す。
「あんな事が二度と起きないようにする為には、この島を、本当にひっくり返すような衝撃が必要なんだ。
その為には、多少の犠牲は仕方がないんだよ…」
「…………お前の妻も、犠牲となって、仕方がないと言われたら、お前は納得出来るのか?」
「……………」
「本当は分かっているんだろう?自分達のしている事が、間違っているって。」
「間違ってなどいない!!俺は…間違ってなど…」
コニヤも、多分、本当は心のどこかで分かっているのだろう。自分が間違っていると。でも…多分、もう引き下がれないところまで来ているのだろう。
彼の中で、ここで引き下がる事は出来なくなっている…のだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます