第204話 神殿の守り人
「ご主人様。この神殿は…」
「ああ。リッカのところにあったものと同じものだろうな。」
二つ目ともなると、偶然という可能性は無いだろう。間違いなく、何かこの島と関係があるはずだ。
「なんじゃ?渡人もフロイルストーレ様を知っておるのか?言われてみると、刀の鞘に入っておるのはフロイルストーレ様のものじゃな。」
「この神殿には、住んで長いのか?」
「いや、住み着いたのは最近の事じゃ。」
「そうか…」
ジジイがリッカよりも長く生きているとは、さすがに思えないし、結局、この神殿についてはよく分からないままか…
「しかし、このような建物を作るとは、魔族というのは凄いものじゃな。」
「……は?」
俺はムソウの言葉に一瞬思考が停止する。
「い、今魔族って言ったか?!」
「なんじゃ?大陸におるのに、魔族も知らんのかのう?」
「いやいや!知ってるから驚いているんだ!どういう事だ?!」
「どういう事も何も…この建物は、昔昔、そのまた昔に、魔族が作ったものなのじゃよ。」
「待て待て待て待て!
どういう事だ?!この建物を魔族が作った…?
ここはオウカ島で間違いないよな?!
オウカ島は大陸とは一切関わりが無いはずだぞ?!」
少なくとも、ゲーム時代に得られる情報の中には、魔族との関係を示すようなものは無かったはず。
「そう言われてものう…これは天狗族に代々受け継がれてきた話じゃからのう。」
「悪い!セナ!先にこの話だけ聞かせてくれ!」
「べ、別にうちは良いけど…そんなに慌てて大丈夫…?」
「取り乱してすまん。予想外な展開過ぎて色々と処理し切れていないらしい…」
「周りに鬼童は居ないみたいだし、落ち着いて話したら?」
そう言って、セナは近くに転がっている、座りやすそうな岩を指し示す。
「それもそうだな…ムソウ。詳しく聞かせてくれ。」
「こんな建物の話なんぞ、面白い話ではないぞ?」
「面白くなくて良いから。俺とニルにとっては大切な話なんだ。」
「そこまで言うなら仕方ないのう。」
俺達は輪になって座り、ムソウの話に耳を傾ける。
「うおっほん!
それでは始めるかのう。」
「そんな重々しい感じで始まるような話なのか?」
「全然、全くそんな話ではないぞ。ただ
「汚ぇ…」
「はてさて…どこから話したものかのう。」
「出来るだけ詳しく知りたいんだ。全部話して欲しい。」
「そうなると……」
そこからムソウが話してくれた事をまとめると…
昔昔…ムソウの祖父の祖父のそのまた祖父の……というくらい昔の話だ。
それこそ、まだリッカが影も形も無い程昔、このオウカ島というのは、大陸とひとつなぎの陸地だったらしい。
長い年月を掛けて、
これは日本も、とてつもなく昔は、ユーラシア大陸と、繋がっていたという説が有るから、何となく理解出来る。
その頃、この世界には、現在と同じように、色々な種族が存在していた。
中には、既に絶滅した種族も含まれていたらしい。
当然のようにモンスターも存在しており、人々の生活は今よりずっと野性的で、モンスターとの衝突もずっと多かったとか。
そんな世界で、魔法に長けた種族の一つであった
現在の魔族。彼らは、魔法を使い、色々な建築物や道具を生み出していた。
彼らはとても優しく、他の種族にも、その技術や、魔法のノウハウを伝授した。
当然、他の種族の者達は、魔族から授かった知識を、有難く頂戴した。
しかし、元々魔法が苦手であった鬼人族や、天狗族等、この島に住む者達には、得られても使えない知識だったらしい。
そこで、魔族は、彼らにいくつかの物を授けた。
一つ目が、この神殿。
魔族の作った神殿で、彼らがその時から
作られた神殿は、全部で四つ。
それぞれ、現在のオウカ島、その東西南北に位置する場所に、神殿を建てたらしい。
これには、三つの意味が込められていた。
一つ。魔法の知識の代わりになる、建築物の見本として。
一つ。フロイルストーレ様を、共に
一つ。この四つの建物が囲む中は、彼らの縄張りとして、魔族が保証する。
あらゆる種族に知識を与えた魔族を害するという種族はおらず、もし、そんな事になれば、他の種族が黙っていなかった。
そんな魔族が保証した相手となれば、魔法が苦手だからといって、食い物にする種族は出てこないだろう。
つまり、魔族が後ろ盾となり、鬼人族や天狗族を守ったのだ。
その後、この四つの神殿に囲まれた地域の中で、最も数の多かった鬼人族を中心にして、街が作られた。
それが現在、四鬼達も暮らす、あの街だ。
彼らは、建築物の構造を見習う為、どこかの神殿近くに街を作ろうとした。
四つの神殿のうち、最も住みやすい気候であった、東の神殿が選ばれ、その近くに街を作り始めた。
魔族は、保証はしてくれたが、鬼人族達の生活には一切関わらず、基本的には非干渉を貫いた。
理由は分からないが、恐らく、魔法の苦手な彼らには、彼らなりの
魔族は魔法が得意な種族の集まりだというのは今と変わらなかったらしい。
そんな彼らの生活と、魔法が苦手な種族の生活が、同じものにはならない。それくらいは俺でも分かる。
鬼人族や天狗族は、自分達を救ってくれた魔族に対し、強く心を打たれ、この事を後世に伝える事に決めた。
その役目を担ったのが、長寿であり、あまり他の種族と関わりを持たず、変な情報が入りにくい天狗族だった。
天狗族は、当然魔族に対し感謝を感じていた為、この話を、代々受け継いできた…という事だ。
「鬼人族の者達は、魔族についてほとんどの者が知らないみたいだが…?」
「うちも初めて聞いた…」
「そうじゃのう。それは残念な事じゃが、何世代、何十世代と変わっていくうちに、大陸から裂けた大地が島となり、魔族はもちろん、その他の種族とも関係を持てなくなり、話が消えていったのじゃろう。」
大陸が裂けて、島となり、ここまで離れるまでには、途方もない時間が掛かる。
その時代には紙等の記録媒体が無かった可能性を考えると…
それは魔族側も同じだろう。非干渉を貫いていたのであれば、尚更、忘れ去られる可能性は高くなる。
「大陸から切り離された事で、わしゃらは物理的に隔離され、次第に、魔族から受けた知識とは違った形で発展を遂げたのじゃ。
それが、今のオウカ島じゃのう。」
「それで神殿だけは、どこか大陸風の構造をしているのか。」
「そういう事じゃのう。」
この話で、鬼人族や天狗族等、この島と魔族についての繋がりが分かった。
それに、何故この島でもフロイルストーレが崇められているのかという事も説明が出来る。
しかし…渡人との関係性は分からないか…
何か分かるかと思っていたのだが…
「話はまだ終わっておらんぞ。」
「え?」
「先程、魔族はわしゃらに、いくつかの物を授けてくれたと言うたじゃろう。」
「そう言えば言っていたな。他には何を授けてくれたんだ?」
「そうじゃのう。まずは神力じゃろうのう。これは、魔族の者達が、ここを我々が暮らしてゆく場所として決めた事によって、副次的に
魔族が狙ってやったわけじゃないだろうが……この辺りの土壌に含まれる漆黒石。それが彼らの体内で結晶化。そして神力が使えるようになった。
そう考えれば、魔族に与えられた…とも言えなくはない。
神力は、結果的に魔法が苦手な者達の手に渡った。これは幸いだったと言えるだろう。
「次に、魔眼じゃ。」
「魔眼?」
思わぬ所から話が湧いて出てきたな…この話はニルにも関係があるかもしれない。しっかり聞いておこう。
「授かったって事は、元々は持っていなかったのか?」
「いいや。持ってはおったのじゃ。じゃが、魔法が苦手な種族じゃからな。発現自体も早々せず、制御も上手く出来ぬ者が多かった。」
「そうか…魔眼は魔力を使うから…」
「そういう事じゃ。
そこで、魔族の者達が授けてくれた物が、テモの
「テモの種子?テモ…どこかで聞いた事があったような…」
「テモ?!テモって塩漬けにして皆食べてる、あのテモ?!」
セナが驚いて座った姿勢から腰を上げる。
あー…そう言えば、この島に来て、ゲンジロウの屋敷に行き、ゴンゾーの弟弟子であるカンジが持ってきたお茶請け。
あれが確か、テモの葉の塩漬けで作った草団子だったような…ほんのり甘いプチプチした食感の。
「そうじゃ。テモという植物は、この島のあらゆる場所で採取出来る程に生えておるが、本来は、この島に生えておる植物ではないのじゃ。
テモの葉には、魔力を感じやすくする薬効が含まれておってのう。
元々魔法を使える者にとっては、全く意味の無い薬効じゃが、我々魔法が苦手な種族にとっては、実に重要な薬効なのじゃ。」
「ぜ、全然知らなかった…」
「あのような雑草が、老若男女、身分にも関わらず愛されておるのは、それなりの理由があるのじゃよ。」
ゴンゾーに街を案内してもらった時、確かに街中にはテモの葉で作った食べ物がいくつか見えた。
中には高級なものにも使われていたりと、広く知れ渡っている食物の一つだ。
「雑草じゃから、値は安いどころか、ほぼタダ。誰でも一度は口に入れた事があるじゃろう。」
「食べた事の無い人はいないと思うわ。」
「一度でも食べれば、薬効が効き、魔力を感じやすくなるのじゃ。すると、魔眼も発現、及び制御もしやすくなる。
結果的に、わしゃらは魔眼を授かったと言っても良いじゃろうのう。」
俺やニルも驚いているが、セナの驚愕は比じゃないだろう。知らず知らず口にしていたのだから尚更だ。
「魔眼については、他に何か知っている事はあるか?」
「魔眼について…?」
「今回の話に繋がらなくても良い。魔眼について知っていることがあれば、教えてくれないか?」
「そうじゃのう…言い伝えによると、魔族には、魔眼を持った者が数多く居たそうじゃ。
多いと言うても、わしゃらオウカ島の者に比べてという話じゃがのう。」
俺の知る魔族は少ないが、誰も魔眼は持っていなかった。
ただ、ニルが持っているとなると、確率的に考えて、魔族の方が魔眼持ちは多い可能性が高いだろう。
「中でも、魔眼に模様が浮き出るという、特殊な魔眼がある。」
「っ?!」
まさにニルの事だ。
「それらを総称して、
血族にのみ伝達される魔眼の多くは、この紋章眼らしいのう。」
「紋章眼……」
「ここだけの話じゃが。実は、
「そ、そうなの?!鬼人族のうちより詳しいなんて…」
「わしゃ、天狗族じゃからのう。鬼皇一族には、この話を伝えておるのじゃ。つまり、鬼皇一族だけは、わしゃが話しておる事を全て知っておる。」
「そうなの?!」
「鬼皇に近しい者達も知っておるかもしれんが、完全に隔離された島で、外の話をしても仕方ないからのう。恐らく知っておるのは一握りじゃろう。
今となっては、再度、魔族がわしゃらを助けてくれるかも分からんからのう。」
魔族も今は色々と大変な時期。人の心配が出来る状態ではない。知ってか知らずか分からないが、鬼皇の判断は正しいと言えるだろう。
下手に話を広めて、大陸に憧れを抱き、島を出ていった場合、酷い目に会う可能性もある。
神聖騎士団に目を付けられれば、更に酷い事になるだろうし…
「鬼皇の魔眼はどんなものなんだ?」
「詳しい事は言えんが、これの模様が浮き出るのじゃ。」
そう言って取り出したのは、腰に差していたドウリの葉。ヤツデの葉に似た、鬼皇の信頼の証だ。
「それで、ドウリの葉が鬼皇の家紋になっていたのか。」
「そういう事じゃ。能力は言えんぞ。そんな事をしたら、流石にわしゃの首が飛ぶからのう。」
ペシペシと自分の首を叩くムソウ。
話が全て本当ならば、鬼皇一族は、紋章眼の持ち主で、強力な魔眼持ちという事になる。
「他にはどんな紋章眼があるんだ?」
「わしゃが知っておるのは、あと一つだけじゃ。
そう言ってムソウが地面に書いたのは、細長いダイヤのマークが、『×』の形になるように、四つ並んだ形だった。
見た事は当然無い。
「どんな能力なんだ?」
「知らん。」
「知らないのかよ…」
「魔眼自体が少ないのじゃぞ。紋章眼なぞ、人生で一度でも見られたら運を使い果たす程の幸運じゃて。」
それだけ少ないという事だ。
恐らく、魔族にも当てはまる話だと思うし、ニルはかなり
「紋章眼……」
小さな声で呟くニル。
紋章眼には血縁関係が関わっている可能性が高い。とすれば、ニルの紋章眼の模様と同じ模様の浮き出る眼を持つ相手が分かれば……ニルの肉親である可能性がある。
彼女の家族を探す為の手掛かりとしては、良質なものだ。
ただ、威力等を考えると、ホイホイ聞き回るわけにもいかない。人を選んで話をした方が良いだろう。
俺としては、ニルの身の上が分かるかもしれない、という情報が手に入っただけで、かなり満足出来た。
「ありがとう。ムソウ。本当に助かるよ。」
「だから、まだ話は終わっておらんと言うとるじゃろうが。」
「す、すまん…続けてくれ。」
満足して、終わった気でいたぜ…
「うおっほん。
そして、魔族が授けてくれた物は、まだあってのう。
神殿を除くと、全部で四つの物を授けてくれたのじゃよ。
それらの物は、それぞれの神殿の奥の部屋に保管されておった。テモの種子は東の神殿に保管されておったのじゃ。」
「でも……東に神殿なんて無いわよね?」
「セナちゃんの言う通り、今は東の神殿は無い。理由は、分かるかのう?」
「…………もしかして、闇華を探しに行った時に見た、巨大な骨か?」
常闇の森。その縦穴の上に覆いかぶさった巨大な骨。
「そうじゃ。ご明察じゃよ。あれは、緑龍という天災のようなモンスターの骨じゃ。」
幼体は倒したが…やはりあのデカい骨は緑龍の成体のものだったのか。
「もしかして…あの場所に東の神殿があったの?!」
「またまたご明察じゃな。その通りじゃ。
言い伝えによると、ある日、あの場所にやってきた緑龍が、神殿毎周囲を吹き飛ばし、縦穴を作ったらしいのじゃ。周辺の被害も酷く、沢山の死人が出たと聞いておる。」
「そりゃ…あのサイズなら死人も出るわな…」
ほとんど山みたいなものだったし、軽く寝返りをうつだけで何百人も死ねるサイズ。
「わしゃら天狗族の先祖が、何とか東の神殿を守ろうとしたのじゃが…」
「天狗族無謀過ぎるだろ…」
「まさに無謀じゃのう。世の中にはどう足掻いても勝てぬ存在というのは居るものじゃからのう。
結局、何も出来ず、残ったのは縦穴だけじゃ。
幸い、テモは強い植物じゃったし、既に島のあちこちに生えておったから、贈り物が無駄にならずに済んだのじゃ。」
「災難だった…としか言えないよな。」
「緑龍が降り立った場所が街ではなくて良かった…と考えるべきじゃろうな。人の密集地だったらと考えると、寒気がしてくるからのう。
下手をしたら、鬼人族が一番数の少ない種族になっておったかもしれん。」
改めて、SSランクのモンスターってのは恐ろしいと思う。
「それで、他の神殿には何があったんだ?」
「南の神殿には、既に失われて久しいものがあった…と聞いておる。北の神殿は何があったか、今もあるのかすら分からん。」
「天狗族なのにか?」
「天狗族の中で、それぞれの神殿を管理する一族を決めたのじゃ。わしゃはこの西の神殿の守り人一族の
「その北と南の神殿を守っていた天狗族は?」
「わしゃの兄弟弟子達じゃ。」
「なるほど…オボロによって殺されてしまったのか…それと共に他の神殿の情報も消えた…と。」
「守り人の一族を決めることによって、責任感を持たせる狙いだったのじゃが…裏目に出てしもうたのう。」
「まあ…予想出来ることと出来ないことがあるからな…」
オボロに
恐らく、南の神殿はリッカの居た場所だ。
放置されていたはずなのに、それなりに綺麗な状態で残っていたのは、氷漬けにされていたから…という理由以外にもあったわけだ。
「それで、この西の神殿には何が
「ここには、四鬼華の元となった、花の種子が祀られておったのじゃ。」
「四鬼華の元となった?どういう事だ?」
「四鬼華というのは、人工的に作られた花なのじゃ。まあ、あれ程特異な性質を持っておる花なぞ、自然に生えるわけもないから分かるかとは思うがのう。」
そこまで考えていなかったが…確かに普通では有り得ない性質を持っている。自然界に適応出来ないような性質だからな…
「その元となった花を、わしゃらは
「万能薬そのものって事か?」
「いや。違う。万能薬という程の薬効は持っておらんかった。
幅広い病に効くが、僅かに良くなる程度じゃった。ただ、飲み続ける事が出来れば、色々な病を治すことも可能じゃった。」
「万能薬の下位互換的な物か…」
「その元華を、わしゃらと鬼皇の手によって、改良し、もっと薬効の高い物を作ろうとしたのじゃよ。」
「もしかして…」
「そうじゃ。それらの結果生まれたのが、四鬼華じゃ。」
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