第205話 四鬼華と神殿
「ということは、
「当然じゃ。じゃから、昔に四鬼を使って回収させようとしたのじゃからな。」
「そういう事だったのか…」
四鬼全員を動かす事の出来る者は、お上…つまり鬼皇の連中だ。
「天狗族に頼めば良かったじゃないか。」
「わしゃらが断ったから仕方なくじゃろうな。」
「断った?」
「毒性が強いからのう。世に出回って良い物ではないと判断したのじゃ。」
実際に今、鬼士隊が狙っている事を考えれば、正しい判断だったと言えるだろう。
断ったのに、無理矢理集めようとしたのか…
「しかし…何故わざわざ島の東西南北に?」
「
元華の種子は、西の神殿に
そこで、神殿の守り人である四つの種族が、それぞれの神殿で改良を試みたのじゃ。」
「それぞれの神殿で作られた改良版が、四鬼華となった…ということか。」
「改良版…と言うて良いのかは、微妙なところじゃながな。
出来上がったものは、とても効能が高い薬草とは言えんかったからのう。全くの別物になってしもうた。」
「点眼薬として使えるとは聞いたが…?」
「魔眼のような効果は得られる事は分かったのじゃが、含まれる成分に強い毒があってのう。使えたものではないのじゃよ。」
「寿命を縮めるって聞いた。」
「そうじゃ。体内に吸収された毒素が、徐々に体を
毒性が強く、特殊な効果を持っておった為、直ぐに廃棄しようとしたのじゃが……
特殊な環境下でしか育たぬ代わりに、繁殖力が高くてのう。既にあちこちに飛び火しておったのじゃ。
出来る限りの廃棄は行っておったのだが、オボロのせいでそれも出来なくなってしもうた。」
リッカが神殿に入った時は、氷華が少なかった。
それは南の神殿の守り人が、ある程度廃棄していたからという事だろう。
「四つ集めると、万能薬になるってのは?」
「事実じゃよ。
元華を四つに分け、それぞれの改良を行った事により、強い薬効を生み出すことは出来た。
それぞれでは毒にしかならないが、四つを一つに戻せば、毒同士が打ち消し合って、元の薬効を取り戻すのじゃ。効力だけが強くなってのう。」
「じゃあ結果的には成功したってことか。」
「そうじゃのう。じゃが、四つを一つに集めるのは至難の業。昔、一度だけ成功したが、それきりじゃ。」
「成功したのか?!」
「当然じゃろう。成功もしておらんのに、万能薬になる事が分かるはずがないからのう。」
「それもそうか…」
ゲームの中ならば、それ程気にしなかっただろうが、現実世界だと考えたら、成功もしていないのに効果を知っているなんて事はまず有り得ない。
「どうやったんだ?これだけの道程、ラトが居たとしても難しいぞ?」
「神力じゃよ。」
「神力…?」
「神力で花を包み込み、運ぶ事で、ある程度劣化を防ぐ事が可能なのじゃ。」
「ある程度って事は、完全には防げないのか?」
「完全に防く事は出来ない。わしゃら天狗族が各神殿から、島の中央に向かって走り、そこで抽出、万能薬を作ったのじゃ。たった一回分じゃったがのう。」
「つまり、この島の半径を走り切るまでの間くらいは、劣化を防ぐことが出来るのか。」
「そうじゃが…常に神力で覆い続ける必要があるからのう。
四鬼とて難しい事じゃろう。」
「なるほど…」
一応運ぶ手段が無いわけではないらしい。
鬼士隊が四鬼華を集めていると言っていたが、この方法を知っている…のだろうか。
「もう一つ、四鬼華は、二つを合わせる事によって、別の薬効を手に入れる事が出来る事も分かっておる。」
「それは知らなかったな。」
「四鬼華の話も、限られた極一部の者しか知らぬ事じゃから、知らなくて当然じゃろう。」
「それで?」
「四鬼華のうち、二つを合わせると、体内に有る漆黒石の純度を高める薬効があるのじゃ。」
「純度を高める…という事は、単純に神力が強力になるのか?」
「そうじゃ。しかし、純度を高める代わりに、元々漆黒石の中にあった不純物が、体内に放出される為、こちらも寿命を縮める。
その上、四鬼華の毒は、四つ集まらねば消えぬ為、二つを同時に使えば、単体で使うよりずっと強い毒を受けるのじゃよ。」
「つまり、単体で使えば、擬似魔眼薬、二つで神力増強剤、そして四つで無害の万能薬となるわけか。」
「その理解で正解じゃのう。」
ムソウは髭を触りながら、何とも言えない顔をする。
四鬼華を作ったのが、天狗族である自分達で、それが、鬼士隊に狙われているとなれば、気持ちは穏やかではないだろう。
「あのような毒性の強いものを使おうとする者が居るとはのう…自殺と大差無いのじゃが…」
寿命の長い種族だから…という事でもないだろう。人族にも、そんな考えを持つ者は居ると思うし…
「うちが聞いても良い話だったのかな…?」
セナとしては、万能薬の話以外は、聞いても使わないし、秘密を抱えるだけになってしまった。
「誰にも話さないでいてもらえると助かるのじゃが…今となってはわしゃら天狗族が口伝していくのも難しくなってしまったからのう。皆に伝えた方が良いのかもしれんのう。」
「うちから誰かに話す事は無いけど……
ずっとその話を守り続けてくれた天狗族の人に、こんな事を言うのはおかしいかもしれないけど…うちは、知らないなら知らない方が良いと思う。」
「どうしてじゃ?」
「万能薬は使えるし、うちは知れて良かったけど…鬼士隊の連中を含め、それを悪事に使おうって考える人は少なくないと思う。
他には無い効力だし、少し聞いただけで、やり方次第では、
「いつか必ず悪用する奴らが出てくるだろうな。」
「……人の
そう言って目を伏せるムソウ。
彼は悲しいと言ったが、俺としては、
「うちが偉そうに言える立場じゃないのは分かってるけど、世の中には、どうしようもなく悪い奴って居るから…」
「…そうじゃのう。減ったとは言え、まだ天狗族もわしゃだけではない。もう少しじっくり考えてみるとしようかのう。」
「鬼人族の皆が、サクラみたいだったら、そんな事を考える必要無いのに…情けなくて申し訳ないわ。」
「セナちゃんが申し訳なく感じる必要などないじゃろう。べっぴんさんが悲しい顔をしておると、世の損失じゃて。
どれ、わしゃが一つ元気にしてやろうかのう…」
ゴンッ!
セナにスススッと寄っていったが、拳を頭に受けるムソウ。
「痛いぞ?!セナちゃん?!」
「せっかく人が見直してたのに、そういう事するからいけないのよ。」
殴られたところを摩って涙目のムソウ。避けられるはずなのに、避けないのは…ムソウだからだろう。
「ご主人様。」
「ああ。色々と分かったな。」
「……ご主人様。私はご主人様から離れたりしませんからね。」
「…分かっているさ。でも、両親の事だって大切だ。時間がある時にでも調べよう。」
時間がある時ではなく、時間を作ってでも調べてみる気だが。
ニルは小さく頷いたが、あまり明るい顔はしていない。
両親の事を調べるのが嫌なわけではなく、恐らく、調べた結果、それが良い結果ではない可能性を考えての顔だろう。
悲惨な結果を知る事になるかもしれない。そう考えると、知らない方が幸せなのかもしれないが……
知らずに幸せな事が、本人にとって良い事だとも限らない。それに、良い結果の可能性だって十分ある。
「ムソウ。渡人とフロイルストーレ…いや、この島との関係性については何か知らないか?」
「渡人と島の関係?」
セナと追いかけっこをしていたムソウに言葉を掛けると、髭を撫でながら斜め上を見上げる。
「いや。記憶には無いのう。
その刀の鞘に入っておる事から考えるに、何か関係はあるのじゃと思うがのう…むしろ、自分の事なのに、何故知らないのじゃ?」
「だよな…」
自分の事で知らない事を、誰かに聞くというのもおかしな話か…
「この神殿は、漆黒石に反応して扉が開く仕組みだと思っていたんだが、それは間違いないか?」
「それは間違いないのう。元々は、鍵となる天然の漆黒石を使っておったが、今では体内に漆黒石を持っておる者が多い。鍵要らずじゃな。」
神力という特殊な性質を持っているから、漆黒石を鍵として使ったのだろうか?昔の魔族凄いな…
渡人との関係については分からなかったが、色々と分かった事も多い。
「色々と聞けて助かった。
それで、
「神殿の裏手じゃ。切っても切っても、次々と咲くからのう…一ヶ月半放置しておったから、今頃大量に咲いておるはずじゃ。」
ムソウは、そう言って神殿の裏手へと向かっていく。
俺達も後ろを付いて行くと、神殿の裏手には、大きな薄黒い岩がゴロゴロと転がる、岩場に出る。
「ここじゃよ。」
「この薄黒い岩は…漆黒石か?」
「かなり純度の低い物じゃが、一応漆黒石じゃ。」
「珍しくて値が張るとか言ってなかったか?」
「ここまで純度の低い物となれば、普通の石とそれ程変わらんし、この島ならば珍しくはない。」
近くに落ちていた岩の欠片を手渡してくるムソウ。神力で干渉しようとしたが、純度が低過ぎて干渉出来ない。
「確かに普通の石と変わらないな。」
「幻華はこの先じゃ。」
岩場を少し進むと、奥行きがほぼ無い
「あの中じゃよ。」
洞穴の中を指し示すムソウ。
「あの中って…何も無いが?」
見た限り、洞穴の中には何も無い。
「よく見てみるのじゃ。」
「そう言われても…何も見えないが…」
もう一度近付いて目を凝らして、洞穴の中を覗き込むと…
「いや…何かあるな。」
じっくりと見ていると、洞穴の床面に何やら見えてくる。
ガラスなど比べ物にならない程の透明な植物。それが幻華だと気が付くのに数秒を要した。
恐ろしく視界に捉えにくいが、一度見付けると、周囲にある幻華が次々と見えるようになっていく。
幻華と空気の、光の屈折率が違うため、境界線がほんの僅かに見える。
「透明な花…ですか?」
「みたいだな…何とも不思議な花だ…」
アサガオと違うのは、ヒョロりと長い茎があり花は膝くらいの高さに咲いている。
「透明なだけではなくて、存在が
セナが言ったように、物質というより、気体に近い印象を受ける。
言われなければ、そこに花があるとさえ気付けない…そんな花だ。
「これで三種類目…」
俺が幻華に手を伸ばし、根元から採取しようとするが…
「っ?!」
俺が幻華に触れると、音もなく、触れた部分から境界線が無くなり、完全に消えていく。
「消えたっ?!」
「言うたじゃろう。幻華の花の採取には神力の操作技術が必須だと。」
「そういう事か…」
俺は鑑定魔法を使い、幻華を鑑定する。
【幻華…非常に希少で、オウカ島にしか存在しない花。衝撃に弱く一定以上の衝撃を与えると霧散する。四鬼華の伝説に出てくる花の一種で、四種集めると万能薬が精製出来る。
抽出液は知覚強化の点眼薬として使用出来るが、毒性があり、寿命を縮める。】
「衝撃に弱い…か。」
触れただけで霧散するとか、弱過ぎる気もするが…文句を言っても仕方ない。
鑑定魔法の結果も、若干変わっている。万能薬が精製出来ると言われている…から、出来る。と断定されている。ムソウの話を聞いたからだろう。
幻華単体での効能は知覚強化。
随分とふんわりした説明だが…ランカみたいに、周囲の状況を把握する能力が高くなる…という事だろうか。
「神力を使って、ゆっくり、慎重に採取するのじゃ。
わしゃも手伝ってやるから、さっさと済ませるぞ。」
神力は、俺とムソウしか使えない。慎重に採取しなければならないし、少し大変だが、二人で一気に幻華を採取していく。
何本かダメにしてしまったが、そこにある幻華を全て採取した。
「これだけあれば、とりあえずは大丈夫そうだな。」
「……シンヤ。気を付けるのじゃぞ。四鬼華は、万能薬にもなるが、それ以外の使い道もあるのじゃからな。」
「分かっている。特に鬼士隊の連中には渡さないさ。」
「それで良い。このまま北へ向かうのじゃろう?」
「ああ。その後街に戻って、サクラを治す。今の最優先事項だ。」
「わしゃはこれ以上役に立てそうもないが…わしゃに教えられる事は全て教えたつもりじゃ。
まだシンヤの神力操作は、完璧とは言えん。無理をしないように気を付けるのじゃぞ。」
「ああ。色々と世話になったな。」
「礼など要らん。今度、ゆっくり
「ダメです!!」
俺が断るより先に、ニルが言い放つ。
「あ…えっと……」
「ニルの言う通り、遊郭に遊び目的で行くつもりは無いから諦めろ。美味い酒くらいなら
「ぬひひひひ!お目付け役がおってはのう!」
ニルは顔を真っ赤にしている。思わず言葉を出してしまったのだろう。
北へ向かう前に、神殿内を一度見たが、リッカの所で見た内装と一切変わらなかった。
フロイルストーレの石像より奥の部屋には、同じように祭壇があり、元華の種子は、そこに祀られていたらしい。
となると、リッカの所にも、何か祀られていたのだろう。
この島と魔族の関係については、色々と知る事が出来た。
ニルの魔眼についても、紋章眼という言葉を聞けた。
鬼皇が魔族のことを知っているなら、話し合いの時にニルの事や魔族の事を話しても良いかもしれない。
未だ鬼士隊は動きを見せていない。あまりに静か過ぎて、不気味だが…本当に四鬼華を集めているならば、どこかで必ず仕掛けてくるはずだ。
俺達は、それまでよりも、更に警戒心を強め、北へと向かった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
その頃、街に居るランカは…
「早く話した方が、あなたにとっても良いと思いますよ?」
私は、打たれてボロボロになっているであろう、牢屋内のタイラに向けて言葉を放つ。
「は……話し…て……なるもの……か……」
「……………」
想像以上にタイラの口が堅い。
それはタイラの屋敷に居た者達も同じで、誰一人として詳しい話をしようとはしなかった。
「ランカ。ちょっと良いか?」
私を呼ぶゲンジロウ様の声に、牢屋の前を離れようとした時。
「くく……はははは!」
今まで弱々しい声で喋っていたタイラが、突然大声で笑い始める。
「もうすぐ……もうすぐだ……」
ニチャッとタイラの口角が上がる音がする。
何がもうすぐなのだろうか…?
「はははははははははは!」
牢屋の周辺に笑い声が響く。
話すより先に狂ってしまったのだろうか?それとも何かが起きようとしているのかしら…?
私は牢屋の前を離れ、ゲンジロウ様と共に外へ出る。
「タイラはどうだ?」
「ダメですね…何も喋ろうとはしません。」
「そうか……タイラはそんなに口が堅い男だとは思っていなかったのだが…」
「私も驚いております。」
「……話が出ないとなれば、タイラについて話をしても意味が無い。
俺とシデンでタイラの屋敷を調べてきた。少し分かった事がある。詳しく話そう。」
「はい。」
人に聞かれないように、別の屋敷へと移る。
「シデン様はどうされたのですか?」
「あいつは妹のサクラが心配だって言って、一度帰った。
何故かは分からないが、あいつの妹は、鬼士隊の連中に狙われているみたいだからな。」
「そうなのですか?
話では、凄く気立ての良い優しい妹様だと聞いておりますが。」
「そうなのだが…いや、それより、タイラの屋敷を調べて分かった事の話をしよう。」
「そうですね。差し出がましく、申し訳ございません。」
「止めろ止めろ。俺にそんな態度は必要無い。」
「ふふふ。はい。」
本当に嫌みたいで、その意思が声に乗っている。
「ランカが言っていたように、タイラは屋敷に足を踏み入れてほしくなかったみたいでな。
あいつの屋敷から、直前まで誰かが居た痕跡が見付かった。」
「やはり…誰かが中に居たのですね?」
「それは間違いないだろう。ただ、誰が居たか…までは分からない。恐らく、戦闘のどさくさに
わざわざ屋敷の外まで出てきたのは、何かを隠すため。
何か、もしくは誰かが屋敷の中に居たのではないかと考えていたけれど、予想は的中したみたい。
「何か手掛かりでもあれば、タイラに揺さぶりを掛けられるのですが…」
「尋問はこっちに任せてくれても良いんだぞ?」
ゲンジロウ様はとてもお優しい方。
尋問を女性にさせるのを嫌がっているらしい。
でも、ここでタイラをゲンジロウ様にお任せしてしまっては、話がおかしくなってしまう。
「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です。」
こういう尋問自体は、初めてではない。
「そうか……分かった。」
「口は割りませんが、つい先程、タイラが笑いながら、もうすぐ…だと言っておりました。」
「もうすぐ?何がだ?」
「そこまでは分かりませんが……」
「師匠!!」
「どうしました?」
「タイラが…タイラが死にました!!」
「死んだっ?!」
「何っ?!」
弱ってはいたけれど、死ぬような状態ではなかった。今さっき確認した事だし間違いない。
直ぐに、ゲンジロウ様も一緒に牢屋へと走る。
「も、申し訳ございません!」
「謝るより先に説明して下さい。」
牢屋の前に立っていた二人が、頭を下げてくる。
「その…師匠が出て行かれて、直ぐに口を塞ぎ、いつものように放置して居たのですが…突然苦しみ出して…」
「
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