第199話 柔剣術

カランッ!


ランカによって、木刀は道場の端に飛ばされ、もうこの試合で使う事は出来ないだろう。


となれば、ランカから一度でも離れたら、その時点で勝負が終わる。


「驚きました…ですが!!」


ブンッ!!


薙刀を強引に…ではなく、流れるように回し、俺の手首を捻りにくる。


「ぬぉっ?!」


俺は腕が巻かれるのと同時に体をその場で側転させる。

ここまで近付けばランカの薙刀が俺を捉える事は無いが…しかし、状況は変わらない。

ランカの滑らかな動きによって、俺は、力を入れられないように、上手く動きを誘導されている。

ランカは薙刀を回せば良いだけ。このままでは直ぐにランカに絡め取られてしまう。


「こうなったら!」


俺は薙刀の動きを見て、片手をランカの目の前に持っていく。


「っ!!」


攻撃されると思ったランカは、即座に顔を背けるが、俺の狙いはそこでは無い。

手と同時に足払いを行い、ランカの体勢を崩す。


足払いで倒してしまいたかったが、そう簡単にはいかない。ランカも直ぐに気が付いて体勢を立て直しに掛かる。


ここが最後のチャンスだ。ここで決められなければ、二度とチャンスは来ないだろう。


「っ?!」


俺は引っ張っていた薙刀を突然手放す。


引き合いになっていた為、ランカは後ろへとよろけてしまう。

俺が手放すとは思っていなかったのだろう。またしてもビックリしている。

俺が掴んでいた薙刀を手放すという事は、即ち負けを認めるという事。それはランカも分かっているはずだ。

だからこそ。俺は敢えて薙刀を手放した。ランカの体術は俺の剣術や体捌たいさばきだけで、どうこう出来るようなものではない。

薙刀を挟んで同じ立ち位置となり、勝てる見込みは無い。ならば、体術ではどうにも出来ない方法を取るしか活路が無い。


「おおぉ!!」


俺はよろけたランカに向かってレスリングよろしくタックルを掛ける。


女性の腰に突撃するのは気が引けるが…試合だし許してもらおう、


どんな体術にも、弱点…というか、起点というものがある。人という構造を取っている以上、体の中心である腰というのは、固定されると力が出ないものだ。

格闘技に限らず、どんなスポーツでも、腰を使って…とか、腰を回して…とか言われる理由だ。


ドンッ!


「っ!?」


さすがに押し倒すのは見た目が良くないし、持ち上げるわけにもいかず…タックルしたところで止まる。


「……えーっと……すまん。」


特に声も掛からず、ランカも硬直していたから、俺は直ぐに離れて…とりあえず謝っておく。


「…………ふふふ。これは一本取られましたね。」


そう言って笑うランカ。


しかし、一本取った!とは思えなかった。

全部が全部、予想外の行動でビックリさせられたから何とかなったものの、簡単に言えば初見殺しの技だ。

剣術、体術ではランカの方が上。


押し合った感覚では、力もスピードも俺の方が圧倒的に上なのに…だ。


これは柔剣術が凄いわけではなく、ランカが凄い。


俺もブランクがあるとは言え、今まで死線を乗り越えてきた。動きだけは全力だった。

それを容易く流す技量は尋常とは思えない。


加えて言うならば、恐らくあのまま押し倒したとしても、次に繋げる技を、彼女は持っているはず。


ゲンジロウが力、シデンが速さなら、ランカは技。

彼女の卓越した技に、神力が加わったら、簡単には崩せないだろう。

今回はおまけで貰った一本…といったところか。


「色々と驚きました。」


「驚いたのは俺の方だっての。」


「しかし、負けたのは私の方です。」


「あそこから返す技だってあっただろう?」


「あったとしても、シンヤさんの力で抱き着かれたら、体をへし折られる方が早いでしょう?」


たらればを話せばきりが無い。

ここは素直に喜んでおこう。


「な、何今の…?あんな戦い方有りなの?!」


「師匠だって負けていませんでしたよ!」


ランカが一本取られるとは思っていなかったのか、門下生達が騒ぎ出す。


「皆さん。お静かに。」


「「「「………」」」」


「まず、言っておきますが、この試合は私の負けです。」


「そんなっ!」


「師匠!」


だからギャラリーは少ない方が良かったのに…


「シンヤ様の戦い方は、確かに突飛とっぴなものでした。ですが、それこそがです。

その場にある、あらゆるものを使い、相手の予想を超える。これだって一つの武器です。

皆さんが、もし、シンヤ様と殺し合う事になり、同じようにされた時、狡いと文句を言うのですか?

そんな事を言ったとしても、皆さんは既に死んでいますよ。」


「「「「………………」」」」


「モンスターはとても狡猾こうかつで、生きる為、必死に抵抗します。

人は知恵を持っているので、生きる為にあらゆる策を講じます。

それらに対し、汚いやり方だ…と非難したところで、最後に立っているのは、自分ではなく、相手だったなら、その言葉さえも届きません。

それが、命の奪い合いなのです。」


「言われてみると…」


「そうよね…」


「死んだら意味無いもの…」


「ですが、今回は幸いな事に、ただの試合でした。

命を失わずに、その事を学べたならば、活かさない手はありません。

シンヤ様。私もまだまだでした。御教授ありがとうございました。」


「えっ?!えーっと……どういたしまして…?」


「それでは、私の動きと、シンヤ様の動きを見て、何か、気付いた事のある方は居ますか?」


うーん。こうして聞いていると、ランカは皆に教えるため、わざと負けたのではないか…と考えたくなってくるなー…そんな事は無いという事は、試合をした俺が一番よく分かっている。ランカは全然体面を気にしないのだろう。負けた事ではなく、そこから得られる事を皆に伝えようとしている。


「最初、師匠の殺気。何故あのような事をしたのですか?」


「ふふふ。あれは挨拶のようなものですね。互いに動く切っ掛けが掴めずにいたので、あれでシンヤ様が動いて下されば運が良い…くらいの考えでした。」


「何故師匠から動かなかったのですか?」


「相手が自分よりも身体能力で勝っていると感じたからです。」


「今までにシンヤ様の戦いを見たことがあるのですか?」


「いいえ。一度もありませんよ。」


門下生の質問に、ゆっくり首を横に振るランカ。


「では…何故分かったのでしょうか?」


「そうですね…シンヤ様の刀を持って立っていた空気…とでも言えば良いのでしょうか。」


こればかりは経験がものを言うところだろう。

向き合った時に、相手が強いかどうかを感じ取る…一種の勘だ。


「自分よりも身体能力が優れているシンヤ様を相手に、私から動いた場合、シンヤ様がそれを躱し、私が受けに回るより速く攻撃を繰り出せたはずです。つまり、私から動く事は、負けを呼び込む…という事になるのです。」


「それで殺気をぶつけたのですか…」


「でも、シンヤ様はピクリともしていませんでしたね…」


「うちなんてビックリして泣きそうになったわ…」


セナも見に来ているし、殺気に当てられたようだ。

彼女だけは一般人だから、あれはちょっと辛かったかもしれない。


「シンヤ様がここまでにどれだけの修羅場しゅらばを渡って来たか分かりませんが…私如きの殺気は、まだまだ可愛いものなのでしょうね。」


「師匠の殺気が可愛い…」


俺を宇宙人のように見ないで欲しい。


「ですが、その後、シンヤ様から動きましたが…?」


「どちらも動かなければ試合になりませんからね。皆さんも知っている通り、柔剣術は受けに回る方が強い剣術です。それはシンヤ様も知っておられたでしょう。シンヤ様は不利となる事を承知で、先に動いて下さったのですよ。

言ってしまえば、優しさですかね。」


そんな持ち上げられると恥ずかしいのだが…


「ご主人様は基本的にお優しいですから。」


あれ?ちょっとニルの機嫌が悪い…か?気のせいかな?


「その時の、シンヤ様の突撃。ほとんど見えませんでした…」


「そうですね。私も驚きました。シデン様の突撃を見た事がありますが、神力無しで、あれに近い速さを実現出来る人が居るとは思いませんでした。」


「ランカ様が攻撃を流さずに受けるところは初めて見ました。」


「流す程の余裕がありませんでしたからね。

私は四鬼の中では、身体能力として、あまり高くないので、正直少しうらやましいですね。」


ランカは俺の方へと顔を向ける。


「ただの身体能力だ。俺としては、その後のランカの巻き付くような薙刀の動きに驚いたがな。」


「柔剣術の中でも、応用と言える類の技術ですね。本来であれば、刀から腕へと繋ぎ、そのまま一本を取る技なのですが…」


「俺の判断は結果的には正しかったのか。」


「シンヤ様!」


ユラが俺に向かって聞いてくる。


「何故あの時、武器を手放したのですか?私なら武器を手放すという手段は、思い付きませんし、思い付いても実行出来ません。

武器が無ければ戦えないですし…」


ユラが聞いているのは、どんな考えであの時武器を手放したか、理由ではなく、その時の心境を聞いているのだろう。


「そんな深い事を考えていたわけじゃない。

ランカは武器や体の使い方が特段に上手い。太刀打ち出来ないと感じたから…それなら同じ土俵に立たなければ良い…と思っただけだ。

咄嗟に思い付いた方法だったが、何もしなければ負けると分かっていたら、不利を取ってでも何かしなければならない。真剣による勝負なら、死んでしまうからな。」


「……やはり、シンヤ様もニルと同じなのですね。」


「ん?」


「いえ。御指導ありがとうございます!」


ユラは元気良く頭を下げる。ニルは何故か機嫌が直り微笑んでいる。

何かあったのかな…?


「その後、薙刀を挟んで武器の取り合いになりましたよね?」


「師匠が武器を握られるところも初めて見ました。」


「予想外の行動に、私も驚き、思考が一瞬停止してしまったのですね。最強などと言われていますが、情けない限りです。

何とかシンヤ様を抑え込もうとしたのですが、あそこで決めきれなかったのが私の敗因ですね。」


「最後の…突進もビックリでした。まさか蹴りでも突きでもなく、体当たりなんて…」


「普通なら怖くて出来ませんよ…」


「あれは薙刀の弱点を知っていたからですね。

ユラさんなら分かりますね?」


「はい!触れられる程に近付かれると、薙刀は柄が長いので、出来ることが少なくなってしまいます!」


「はい。その通りです。当然ながら、そこから返す技もありますが、シンヤ様に熱い抱擁ほうようなどされては、負けを認めるしかありません。」


「言い方?!」


ランカはニルの方に顔を向けている。


ニルはピクリと肩を動かしたが、それだけ。


さっき不機嫌に感じたのはこれが原因…か?


「たったあれだけの時間に、私を含め、学ぶ事の多い一合だったと思います。これからも精進して参りましょう。」


「「「「はい!!」」」」


「さて、それを踏まえた上でもう一戦…」


「しないからね?!」


「むう……残念ですね…

勝ち逃げされてしまうとは…どこかで再戦の機会を作りたいものですね。」


真剣に再戦の機会を探るランカ。やはりランカも負けず嫌いだったらしい。眉を寄せている。


流れでもう一戦やらされるところだった。


「ふふふ。私より強い方に会えたのです。宴会の続きをして祝いましょう。」


ここに残っていたら、毎日のように再戦をせがまれていた可能性が高い。強いとはいえ綺麗な女性だし、そう何度も抱き着くのは心臓に悪い。明日が出立で本当に良かった…


試合が終わり、宴会場に戻ると……


「ぬひひひひ!ランカちゃんが負けるとは、なかなか良いものを見れたのう!」


「出たクソジジイ!」


ムソウが酒を飲みながら料理を摘んでいる。

門下生達がとてつもなく嫌そうな顔をしている。


「出たとは失礼な奴じゃのう。人を魑魅魍魎ちみもうりょうのように言いよって。」


「似たようなものだろう。」


「わしゃだって傷付くのじゃぞ?!」


「それは良かったです!ふふふ!」


両手を合わせて喜ぶランカ。


「ランカちゃん酷いのう…」


「酷いのはどちらですか?あれ程言っておいたのに、被害報告が絶えませんでしたよ。」


このエロジジイ…散々やらかしたらしい。そりゃ門下生達もあんな顔になるよな…俺なら、女性にあんな顔をされたら立ち直れる自信が無い。

無機質な目で蔑まれて見られるなんて…耐えられない。


「あれは不可抗力ふかこうりょくというやつじゃよ!」


「あら、それでは私も不可抗力でムソウ様の胸に刃を突き立ててもよろしいですか?」


「それは不可抗力とは言わないのじゃが?!」


「はぁ……今宵はシンヤ様方の宴ですから、ここまでにしましょう。」


「さっすがランカちゃんじゃのう!」


「ですが、もう一度何かあれば、容赦なく生きたまま土葬どそうしますからね。」


ランカならやるだろうな。間違いなく。しかし…それでも死なないのがムソウ…もとい。クソジジイ。


とはいえ、神力の扱いを教わったのだし、あまり邪険じゃけんにするのも悪いかと、ムソウも混じえて宴会は盛り上がっていく。


「それにしても…シンヤ様も、ニル様も、一ヶ月半でここまでになられるとは、凄いですね。」


「いや…一ヶ月半掛かってしまった。」


サクラの余命、鬼士隊、そして大陸での魔族や神聖騎士団の動きを考えると、一ヶ月半という期間はかなり長い。

戻った時に世界が一変している…なんて事になっていない事を願うばかりだ。

かと言って、このまま四鬼華の事やサクラの事を放置して戻る事も出来ない。

ここから先は急いで事を進めなければならないだろう。


「シンヤはこの後、幻華を目指すのじゃろう?」


「ああ。」


「わしゃが案内しようかのう。」


「そうしてくれると助かるよ。」


「その事も色々と聞き出す必要がありますね。」


「タイラ家が鬼士隊の事を詳しく知っていると良いが…」


「そちらはお任せ下さい。必ず全て聞き出しますので。」


「ランカちゃんは、やる時は容赦が無いからのう。」


「容赦して、相手が反省するのであれば、喜んでしますよ。ですが、そうではないことは、私がよく知っておりますからね。」


「ランカちゃんも大変な人生じゃったからのう…」


全盲というだけで、随分な苦行だと言うのに、それ以上の苦行を周りが与えるなんて、酷い仕打ちだ。それが彼女を強くしたのかもしれないが…


「ふにゃー…ごしゅじんしゃまぁー…」


「なに?!ニルが可愛くなったー!」


友が沢山出来て嬉しかったのか、随分と飲んでいたニルが、遂にふにゃふにゃニルになり、ユラに頬を引っ張られている。


「こんなの見せられたら離れたくなくなるでしょ?!」


ユラは既に聞いていないニルを抱き締めながら切実な顔で虚空を見詰めて言っている。

今回は彼女達に任せておけば、ニルは大丈夫だろう。


「ユラー…?ユラはしゅごい!しゅごいからだいじょーぶだよぉー…?」


「ごふっ……可愛すぎる……よし。部屋に持ち帰ろう。」


キリッとした顔でそう言っているユラを周りの女性達が抑えている。


「シンヤ。今はまだ鬼士隊の動きは小さいが、気を付けるのじゃぞ。話を聞く限り、かなり多くの者達が手を貸しておる。いくらシンヤが強くとも、数で押し潰されれば、それでしまいじゃ。

シンヤの言っておったガラクという男が、どれ程の腕前かは知らんが、今まで尻尾を掴ませなんだと言う事は、少なくとも、頭はキレるじゃろう。わしゃ幻華を案内するが、あくまでもそこまでじゃ。用心するのじゃぞ。」


「……ああ。」


「シンヤ様。立場上、私達四鬼は派手に動けませんが、何かあった際には、そのような事を度外視して加勢致します。」


「助かるよ。」


「……助けられているのはこちらです。これは鬼人族の問題ですから。どうぞよろしくお願い致します。」


「俺に出来る事はやるさ。」


「ありがとうございます……もう一つ。」


「ん?」


「シンヤ様は西地区を担当している四鬼、テジムについては何か聞いておりますか?」


「いや。初めて聞くな。どんな奴なんだ?」


「無口で分かりにくい性格をしておりますが…立ち位置としては、四鬼側。どこかでお会いする事になると思いますので、その時は優しくしてやって下さい。」


あまり他と関わりを持たないランカが、やけに肩を持つ…というか心配しているみたいだ。


「テジムという男は、四鬼の中でも最年少。一番最近、代を変えたのが西地区じゃからのう。要はガキなのじゃ。」


「ムソウ様。そのような言い方は聞き捨てなりません。」


「ランカちゃんはガキに弱いからのう。」


「テジムは分かりにくいだけで優しい子です。」


ランカがテジムという男の子…?を気に掛けている事は分かった。


「しかし…どこかで会う…というのは?」


「テジムは基本的に内よりも外の仕事を行っております故。」


「街の外に居る事が多いってことか?」


「はい。テジムに手紙を送ったところ、今の仕事が終わり次第、会いに行ってみると返事が返ってきたので、近いうちに会えると思います。」


「え?でも、俺は明日ここを発つぞ?」


「テジムが会いに行くと言ったのであれば、隠れてさえいなければ、必ず会いに来ます。」


なにそれ、ちょっと怖いんですけど…


「良い子なのでくれぐれも…」


「分かったよ。ランカがそこまで言うなら気を付ける。」


「ふふふ。ありがとうございます。」


これで四鬼全員との顔合わせは済みそうだ。四鬼を味方にするという目的は二の次と考えていたが、ゲンジロウ、シデン、ランカは、随分と友好的だったし、恐らく味方になってくれるだろう。希望的観測かもしれないが…

後はテジムを残すだけ。だが、今は四鬼華の事に集中しよう。


「明日からはまた、あの過酷な旅に戻るのね…」


セナが遠い目をしている。雪山での事でも考えているのだろうか?


「嫌なら何か考えるぞ?」


「別に嫌じゃないわ。私が足を引っ張らないように気を付けないとな…ってさ。」

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