第200話 タイラ家

セナとしては、足を引っ張っているという感覚が強いようだが…


「セナが居てくれて助かっているんだ。そう気負い過ぎないでくれ。適材適所だ。

また色々と作って貰うことになるかもしれないし、よろしく頼むよ。」


「…そうだよね。うん!作るのはうちに任せて!何でも作るから!」


「セナ様が専属となれば、怖いもの無しですね。」


「ああ。」


「へへへー…そうかなー?」


嬉しくなったセナも交えて、宴会は進み、程良いところでお開きとなった。


翌日。


「それでは、お気を付けて。」


「そっちもな。」


「はい。」


ランカに見送られ…


「ニル!絶対また来てね!約束だよ!」


「はい!」


半泣きのユラにも見送られ、俺達はムソウを連れて、屋敷を後にした。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



シンヤ様達を見送った後。


「行っちゃいましたね…寂しくなります…」


ユラさんが、そう寂しそうに呟くのが聞こえてくる。


「師匠。強くなって……次に会った時、ニルをビックリさせてやりたいです!」


「ふふふ。そうですね。負けないように頑張りましょう。」


私もシンヤ様に負かされた。


試合をしたけれど、本気の殺し合いだったとしたら…多分。最初の一撃で私は死んでいたと思う。

シンヤ様が今から攻撃するぞと宣言して下さった事で、ギリギリ反応出来た。

あの宣言が無ければ、反応すら出来ずに終わっていたと思う。


悔しい…という気持ちは当然あるけれど、不思議と嫌な気持ちはしない。

多分、それはシンヤ様だから…だと思う。


シンヤ様は、恐らく、人と話す事があまり得意ではないのだと思う。

話す時、声色が僅かに緊張しているのを感じるし、自分の中で考えていることが大半で、あまり言葉にはしていないのも感じる。


でも、話をする時、シンヤ様の言葉には一切の嘘が無い。


人は、自分を良く見せようだとか、格好を付けて、だとか…必ずどこかによどみのようなものを持っている。

それが普通であり、それが嫌なわけではない。ただ、シンヤ様にはそれが無い。


その声色は、最初、私の心を酷く動揺させた。


そんな人が居るとは思っていなかったから。

でも、その声を聞き続けていると、奥にある、厳しいながらも優しい心根や、芯の強さを感じる事が出来る。


そんな方が居るとは…それも、大人に居るとは、本当に驚いた。


だからこそ、ニル様の事についても、快諾出来た。きっとそんな方の旅の共の方となれば、同じく素晴らしい方だと思えたから。


その考えは見事に的中した。


ニル様は、シンヤ様とは違い、緊張というよりは、おびえ…というのか、人を遠ざけようとする声色を感じた。


シンヤ様は人が苦手。ニル様は人が怖い。似ているようで違う…違うようで似ている根本が有り、にも関わらず他人に優しさを与えられる。

この人達は信用出来る。私にはそう感じた。


ニル様は私でさえ舌を巻く程の成長を見せてくれた。


元々素直な性格だから、他人の言葉をよく聞き、努力家だから、誰よりも修練し、常に考え続けるから、一を聞いて十を知る。


きっと、あっという間に私より強くなるだろう。


でも、私だって意地があるし、負けるのは嫌い。だから、私も強くなり続けてみせる。


「ユラさん。」


「はい?」


去っていくシンヤ様方の背中を見詰めていたユラさんが、私の方を向く気配がする。


「本当に強くなりたいのであれば、目を背けたくなるような事も、経験する必要があります。それでも強くなりたいですか?」


「………はい。」


「……分かりました。それでは、十分後。武器を持ってここに来てください。」


「…分かりました。」


私は、もし四鬼の座を継がせるのであれば、今のところユラさんが一番だと考えている。


おちゃらけてしまう所があるけれど、誰よりも人を愛し、優しく、負けず嫌い。それなのに、友が強くなる事を自分の事のように喜べる。

そんな四鬼が居たら、きっと街の人々も安心出来るはず。


でも、あくまでもそれは現段階の話。


ユラさんはもう二つ、三つ壁を越えなければならないだろうし、途中で挫折ざせつ、もしくは他の道を選ぶかもしれない。

四鬼の仕事は辛く、苦しく、孤独な仕事が多い。

そんな仕事をするには、それなりの覚悟が必要となる。

それに、他の子達も皆さん優秀だから、ユラさん以上の子が芽を出すかもしれない。

四鬼を決める時は、私情は挟めない。最も街の、人々の為になる子を選ぶ必要がある。

といっても、選定戦に選出するだけで、その座を勝ち取るのは、彼女達自身の力なのだけれど。


まだ時間は有るし、ゆっくりと見守って行こう。


私は、セナ様に武器を作って頂いたもう二人と、後数人に声を掛けて、門前にて待った。


「「「「師匠!」」」」


私の言葉の意味を理解した上で、声を掛けた全員が集まってくれた。


「……皆さん。今からタイラ家へ行きます。」


「タイラ家というと、いつも四鬼の座を掛けて師匠の家と張り合っていた…あのタイラ家ですか?」


「はい。詳しい事は道すがら話しますが、恐らくタイラ家の者達と殺し合いになります。」


「「「「っ?!」」」」


「私も共に行きますが、各々、自分の身を守る必要があります。

当然ながら、相手は我々を殺すために刃を振るいます。そこには、容赦も情けもありません。

故に、こちらも殺す覚悟が無ければ、死にます。

それでも付いて来るという覚悟がある人だけ付いてきて下さい。

ここで引くのは臆病ではありません。それで四鬼の資質を測るものでもありません。よく考えて下さい。」


私が声を掛けた子達は、皆さん、モンスターを相手に戦闘した事はあるけれど、人との戦闘は初めて…もしくは数度しか無い子達ばかり。

当然、実力を見て、自分の身は自分で守れるという子達を選んだけれど、その場に立った時、動けるかは、その場に行かないと分からない。


これも四鬼になる為には必要な試練の一つ。


街の中には良い人ばかりではないし、時には人を殺す事もある。


「アタシは…行きます。」


「私も行きます。」


連れてきた子達が次々と前に一歩足を踏み出す。


どうやら、覚悟は既に出来ていたみたい。


「分かりました。

それでは、二人一組となり、互いの背中を守るように戦って下さい。くれぐれも油断せぬよう。」


「「「「はい!」」」」


「もう一つ。

これは、私が独断で行う事であり、出来る限り秘密裏に処理したい案件です。

屋敷に乗り込むのですから、完全に情報を閉ざすことは出来ませんが、皆さんから情報が漏れる事の無いよう気を付けてください。」


「「「「はい!」」」」


一応、タイラ家とは縁があるし、中に入るのは問題無いと思う。

私がタイラ家当主、タイラに話をした時、恐らく口封じの為に、もしくは、逃げられぬと悟り、殺し合いへと発展する。


後々の処理としては、タイラ家を訪れ、タイラ家直轄の呉服屋ごふくやの経営について口論となり、斬りかかってきたから斬り伏せた…と、しようと思っている。

少し無理があるけれど、とりあえずの処理としては十分。書面上、鬼士隊の事に触れなければ、向こうも、報復ほうふくという大義名分たいぎめいぶんを得ることは無い。

鬼士隊との事が終わった後に真実を明かせば良い。


門下生達を連れて街中を進む。


私はたまに、街中を、門下生を連れて見回りしているから、街の人々には、いつもの見回りとして見られている。


そして、十数分後、私達はタイラ家へと到着した。


街中の景観けいかんにはそぐわない、黒を基調とした門構え。


昔から反りが合わなかったのか、ぶつかる事が多かったけれど、まさか鬼士隊と繋がる程に落ちぶれているとは……いえ。まだ確証は無いし、決めつけるのは良くない。


「これはランカ様。」


「タイラ様はご在宅ですか?」


聞いてはいるが、在宅している事は既に知っている。昨夜のうちに調べておいたから。


「はい。ですが…今日はどう言ったご要件で?」


門下生達の姿を見て、不思議そうな顔をする門番。


「呉服屋の事で少々話し合いをと思いまして。

この子達は、今後の為に、話し合いの様子を見せようと、街の見回り後、連れて来ました。

鍛錬だけが四鬼の仕事ではありませんので。」


「なるほど。そうでしたか。分かりました。お通り下さい。」


門番の声色に、緊張と拒絶の色を感じる。

本当は通したくないが、そうもいかず…といったところだろうか。


敷地はそれなりに広く、本殿までは少し歩かなければならない。


敷き詰められた白い砂利を踏みしめながら進んでいく。


後ろに付いてきている門下生達の緊張感が高まっているのを感じる。


「これはこれはランカ様。ようこそおいでくださいました。」


本殿の前に辿り着くと、出迎えを装ったタイラが出てくる。


いつもは部屋の奥に鎮座ちんざして、出迎えなどしないくせに…中に見られたくないものがあると言っているようなもの。


いよいよ怪しくなってきた。


「少し聞きたい事があって参りました。」


「現四鬼様が聞きたい事…ですか。」


何かをたくらんでいる者特有の、嫌な声色。


タイラのすぐ横に居る護衛とは別に、周囲の物陰や、本殿の中から感じる人の気配。


数が多い。

全部で数十人。


息を殺していても、私には聞こえる。感じ取れる。


「皆さん。私の言ったことをしっかり守って下さい。」


私はタイラには聞こえないよう、小声で門下生達に伝える。


門下生達はゆっくり、小さく頷く。


「タイラ様。この屋敷で、良からぬ事が行われている…という話を聞きましてね。その確認に参りました。」


「良からぬ事…ですか?」


「最近よく聞く、鬼士隊の話です。」


「……………」


「どうされましたか?急に黙ってしまいましたね。」


緊張していく空気。その中に、殺気が混じり始める。


タイラは、どうにか言い逃れ出来ないか…とでも考えているはず。


しかし、それが叶いそうもないと理解し、殺気が濃くなっていく。


門下生の子達は、昨夜私の殺気を感じ取った。この程度の殺気なら腰が引ける事も無いはず。


「………殺れ。」


ボソリとタイラが声を出す。


「全員抜刀!!」


私の声に反応した門下生達が、持っていた武器を構え、二人一組になり、背中合わせとなる。


周囲に居た者達や、本殿内に居た者達が一斉に飛び出してきて、あっという間に囲まれていく。


「いくら四鬼とはいえ、この数を相手に無事ではいられまい。」


「…………」


「悪いが全員死んでもらうぞ!」


どうやら、話し合う事すら難しいみたい。

タイラは生かしておくとして、他にも数人は生かしておきたい。


取り囲んでいる者達の呼吸音がくぐもっている事から、何か被り物をしている様子。ゴンゾー様が仰っていた白い仮面だろうか。

となれば、鬼士隊との繋がりは確定的なものとなる。


「師匠!鬼士隊です!」


目の見えない私の事を考えて、ユラさんが情報を伝えてくれる。


キンッ!ガキンッ!


後方から刃を交える音。


金属音から判断するに、相手もそれなりに強いようだけれど、この程度ならば門下生の子達でも相手に出来る。

門下生の子達は緊張しているけれど、それで動きが鈍っている様子は無い。


ザシュッ!


「ぐあぁぁ!」


ガシュッ!


「あ゛ぁぁ!」


人を斬る覚悟も出来ている様子。後ろの有象無象うぞうむぞうは任せても大丈夫そう。

それなら私は…


目の前に走ってきた二人が、私に向かって刀を振り上げる気配。


カコンッ!


地面に立てて持っていた薙刀の、石突いしづき部分を、下駄の裏で蹴り飛ばす。


薙刀を持っていた手を支点にして、薙刀が回転し、石突が一人の顎を捉える。


バキッ!


「ぐっ!」


ブンッ!


もう一人はひるまずに刀を振り下ろしてくるけれど、私は空いている左手を、相手の刀を持つ手に絡ませ、捻り上げる。


「いぎぃっ!」


カシャンッ!


関節の軋む音と振動が伝わってきて、相手の持っていた刀が地面に落ちる。


ドンッ!


一歩踏み込み、肩で相手を押し込むと、よろけた相手から手を離す。


石突で牽制けんせいした相手と同じような距離に立ったところで、薙刀の刃を横へと振る。


ビュッ!


ブシュゥゥ!


薙刀の風を切る音が聞こえて来た後、数瞬を置いて、血が吹き出る音がして、更に数秒後、濃厚な血の臭いを感じる。


「ちっ。おい!数人で取り囲んで確実に殺せ!」


タイラは私とも何度か戦った事がある。私の殺し方については、研究を重ねているはず。

しかし、それは四鬼になる前の話。


今の私は、あの時の私より数段強い。


「水虎。」


私の声に反応した水虎が、ポンッと音を立てて、私の肩口辺りに現れる。


まといをお願いします。」


一気に殲滅しても良いけれど、門下生達を巻き込む可能性もあるし、何より、水虎の範囲攻撃では、生き残る者が居なくなってしまう。


ビュルッ!


水虎は、私の周囲を囲むように、水の玉を作り出す。


これは私自身に対して纏わせる魔法で、相手の攻撃に対してある程度の防御を行ってくれる。

これがあれば、囲まれて一斉に斬り掛かられても、何とか対処出来る。


神力もあるけれど、使い方が限定されるから、水虎の魔法との併用へいようが一番良い。


神力と聞くと、無色透明な攻撃方法だと言う事で、かなり強いと感じるかもしれないけれど、神力にも色々と制限や弱点はある。


一つは、有効範囲。


神力は、漆黒石との繋がりを持っているからこそ操れる。つまり、逆を返せば、体から離れれば離れる程に操作は難しくなる。

卓越した神力の操作能力があったとしても、近接戦闘の域を出ることは無い。

ただ、斬撃のように飛ばす事は出来るので、通常の武器より使い勝手は良い。


しかし、そこで問題になるのは、二つ目の制限。


神力を操作して、形を作り出せたとしても、神力だけの操作で、相手を死に至らしめるような威力のある攻撃は出来ない。


コハル様に見せて頂いたように、神力は体の周囲を霧のような状態で漂っている。小さな力の粒を固め、飛ばす事自体は出来る。勢い良く飛ばせば、体から離れても、直ぐに消える事は無い。

しかし、神力の操作のみで相手にぶつけても、常人が人を殴る程度の勢いでしか神力を動かせない、

形状や相手のどの部分を狙うかによっては、殺傷能力を持てるかもしれないけれど、そもそものスピードがそれ程速くない為、大体は触れた瞬間に気付かれて、致命傷を与えるのは難しい。

ではどうするのか…これについては簡単に解決出来る。


自分が動けば良い。


自分の斬撃に乗せて動いた神力の塊を、そこから更に飛ばしてやれば、通常は出せない速度で飛んでいくし、体を動かした速度で、神力の塊が動く。

つまり、神力単体では弱いけれど、体の動きと合わさる事によって、神力は真価を発揮する。


他にも色々と使い方は多様だけれど、これが神力の基本的な考え。しゃくだけれど、ムソウ様からお聞きした。


これらの制限がある為、神力のみに頼った戦い方より、水虎の魔法と併用する方が良い、ということになる。


「油断するな!相手は四鬼だ!」


私を囲んできた者達は、ジリジリと距離を詰めてくる。


やけにこういう状況に慣れているように感じる。どうやら、後ろで門下生相手に戦っている者達とは、少し違うらしい。


中には神力を扱っている者の気配も感じる。どれも拙く、多少の防御にしか使えていないみたいだけれど。


私は目が見えない。


生まれてからずっと、暗闇の中で生きてきた。


私にとって、この世界は、音や熱、肌で感じる風や振動の世界だった。


シュンライ様に出会うまでは、手探りで歩き、家族以外の者には避けられる生活が、普通だと思っていた。


両親はそんな私を不憫に思っていたのか、せめて剣術だけでも…と、厳しく指導されていた。


目に見えないものを感じ取り、剣を振るうなんて、できるわけがない。そう思っていたし、両親が厳しくなるから、本当は剣術なんて大嫌いだった。

私は暖かいお日様に当たって、草の中に寝転ぶのが大好きで、はしたないと怒られるのを承知で、よく一人屋敷を抜け出していた。

その時は体も大人になっていたし、女性のすることではないという事もよく分かっていたけれど、それが唯一の楽しみだったから、止めることは出来なかった。


そんな時のこと、父は四鬼ではなかったけれど、南地区四鬼、シュンライ様と仲が良かった。

なんでも、昔、同じ道場に通っていた仲だったとか。


その日、私はいつものように屋敷を抜け出していた。


草の上で心地の良い風を頬に感じながら、お日様の光を全身に浴びて、幸せな気分に浸っていると、突然顔に当たる光の温かみが、何かに遮られた。


ガサッ…


草を踏む音がして、誰かが私の事を覗き込んでいるのだと気が付いて、ドキッとした。剣術を習っているとはいえ、大人の男性に本気で押さえ付けられてしまったら、どうする事も出来ない。


「だ、誰?!」


怯えた声で叫ぶと…


「驚かせてしまったか。すまないな。俺はシュンライ。こんな所に見目麗みめうるわしい女性が、一人寝転がっているから、気になってね。」


シュンライ様と実際に顔を合わせたのはその時が初めて。目の見えぬ私には、その声が本当のシュンライ様のものなのかは分からない。

最初は凄く怖くて、怯えきっていた。


「そ、そんなに俺の声は怖いかなぁ…」


しかし、シュンライ様は、そんな事を言いながら落ち込み、話をしてみて、直ぐに本物だと分かった。


「何故四鬼様がこんな所に…?」


「ちょっと君の父君に用があって来たんだけれど、屋敷に辿り着く前に君を見付けてね。

一人なのかい?」


「私に近付くのは、モンスターか両親だけですよ。」


「となると、俺もモンスターということか…」


「あっ!いえ!そのような事は!」


「ははは!冗談だ!冗談!」


「シュ…シュンライ様…」


シュンライ様との最初の会話はこんな感じだったのをよく覚えている。

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