第十六章 四鬼華の伝説 後編

第198話 酒席再び

「しかし、全盲で四鬼に上り詰めるとは…本当に凄いでござる…拙者も見習わねばならぬでござるな。」


「私にとっては当たり前のことですが…ありがとうございます。

それでは、そろそろ本題に入りましょうか。」


「そうでござるな。

まず、確認でござるが、四鬼華は実際にあって、単体でも点眼薬としての効能を持っているでござる。

魔眼に似た力を手に入れられるでござるが、その代償は大きいでござる。」


「寿命という事でしたね。」


「そうでござる。

拙者は、その情報を元に、何か掴めぬものかと、色々と聞いて回ったでござる。」


「そんなに派手に動き回って大丈夫なのか?」


「こちらは、とにかく、何でも良いから情報が欲しい状態でござる。動きを悟られたとしても、何かしらの情報を手に入れねばならぬでござる。」


サクラの寿命の件を聞いたのなら、四鬼華の収集を邪魔する可能性がある鬼士隊の連中を早く除外しておきたいという気持ちは分かる。分かるが…


「危険だぞ?」


「危険な事は最初から承知の上でござる。」


「そうだったな…それで、どんな情報が?」


「結論から言ってしまえば、鬼士隊の支部のようなものが見付かったでござる。」


「おお?!それは凄いことだよな?!」


「しかし、そこは鬼士の領地で、おいそれと手を出すわけにもいかないでござるよ。」


「身分か…」


「下手に手を出して、何もありませんでした、では許されないでござるからな。」


「その鬼士とは、具体的に誰なのか、お聞きしても宜しいでしょうか?」


「タイラ家でござる。」


「タイラ……そうですか。確かに名家ですし、簡単には手は出せませんね…」


ランカは何か考えているのか、少し顔を下げる。


「ランカは、他のことはそうでもないのに、鬼士の件だけ、やけに積極的だよな?」


「……はい。」


「理由が有るのか?というか…聞いても大丈夫な事だったか?」


「隠しているわけではないので、構いませんよ。

私は、昔、シュンライ様…四鬼の一人であるシデン様の父君に、良くしてもらったのです。

私が全盲だと知って、それでも優しく接して下さった鬼士は、とても少ないですから。」


鬼士にとって、剣術の腕はかなり重要なファクターの一つ。

その剣術を体得する上で、全盲というのは、とてつもないハンデだ。

ランカの家は、元々名家らしく、立場的に酷い事をされていたわけではないだろうが、好かれてはいなかっただろう。

彼女は彼女なりに、全盲という事から来る付随的な苦労を経験してきたはず。それが、政や、島全体の事に対して触れないという形になったのだろう。


「恩人を殺した者達を、許すつもりはありません。」


普段は微笑を携えていて、冷静なランカが、一瞬だけ殺気を漏らす。


「申し訳ございません。」


直ぐに我に返って落ち着いたが、冷静な彼女が我を忘れるくらいに、シュンライの死は重いもののようだ。


「ゴンゾー様。これからも定期的に情報をよろしくお願い致します。」


「こちらからもお願いするでござる。これ程心強い味方は他に居ないでござる。」


「ふふふ、

それと、もう一つ。タイラ家の件は私に少し考えがあるので、任せて頂いてもよろしいでしょうか?」


「師匠も、シデン様も、ランカ様に任せられるならそうして欲しいと言伝ことづてを預かっているでござる。」


「ゲンジロウは分かるが…シデンまでもか?」


シデンの性格からして、他人に任せるとは思えなかったが…


「シデン様も四鬼様方に対しては一目置いているでござるからな。特にランカ様には。」


「そうなのか?」


「シデン様が海底トンネルダンジョンに行った時の話は聞いたでござるか?」


「何人かで行ってクリアして、保証も誰かにしてもらったって話は聞いたが…」


「その保証人はランカ様でござる。」


「えっ?!そうなのか?!」


「私が用事で街の外に出た時会いましてね。最初はシュンライ様のご子息とは知りませんでしたが…神力の使い方を少し指南しました。その後、ダンジョンに向かうと聞いたので、私の信頼出来る者達を共につけたのですよ。」


「そういう事だったのか。」


「シデン様も最初はランカ様と気が付かず、指南を受けていたらしいでござるよ。

あの人はサクラ殿以外の女性には興味が無さすぎでござるからな。」


「な、何となく分からんでもないな…」


「それに、タイラ家は、ランカ様と縁のある家柄でござる。ここは内部をよく知っているランカ様に任せるのが一番でござる。」


「……あまりやり過ぎないようにな?」


「ふふふ。約束は出来ませんね。」


怖ぇ…微笑が怖ぇ…


「それでは、拙者はまだやる事がある故、そろそろ失礼するでござる。」


そう言ってゴンゾーは屋敷を後にした。


随分と忙しくやっているみたいだ。

役職に就いて、ゴンゾーは着実に成長しているはず。剣術も怠っているとは思えないし…夢の実現はそう遠くないかもしれないな。


「さて。それでは、皆様。今宵こよいはささやかですが、うたげを準備しておりますので、どうぞこちらへ。」


「宴?色々と世話になってばかりなのに…すまないな。」


「ふふふ。何を仰いますか。大切なお客様ですから当然の事ですよ。」


ランカの微笑を見て、癒された俺だったが…断れば良かったかも、と後悔することとなる。


「うわぁっ!凄いですね!」


宴の準備がされている部屋へと到着すると、色とりどりの海産物や、高級そうな肉、新鮮な野菜等がどっさりと長机に用意されていた。


既に門下生の女性達も集まってきているようで、ワイワイしている。


肩身は狭いが、食事の豪華絢爛ごうかけんらんさに退室は出来そうにない。


ランカが前に出てこちらを向くと、全員がピタリと口と動きを止める。

指導が行き届いているなー…


「皆さん。もう聞いているとは思いますが、シンヤ様、ニル様、ラト様が、明日、ご出立なされます。」


「寂しくなるわ…」


「ニルちゃん行かないでー!」


「ふふふ。寂しいのは分かりますが、気持ち良く送り出して差し上げて下さいね。」


「「「「はい!」」」」


「この後の旅を無事に終えられるように、今宵は無礼講ぶれいこうで楽しみましょう。」


「「「「はい!」」」」


「では、乾杯。」


「「「「乾杯!」」」」


皆が持った杯を一度持ち上げ、中身を飲み干す。と言っても、小さいから一口だが。


そこからは自由に飲み食いが始まる。


「ニルー!もう行っちゃうのー!?」


「ふふ。ユラも頑張って下さいね。」


「ふぇーん!アタシも行きたーい!」


ニルの周りには、道場で仲良くしていた女性達が集まってくる。


ユラという女性鬼人族と、最も仲良くなったみたいだが、他にも何人か仲良くなったみたいだ。

皆後ろ髪を引かれる、と別れを惜しんでいる。


「ラト様のモフモフと別れるの嫌ー!」


「ラト様ー!」


「行かないでー!」


ラトの周りは何か大変な事になっているが…そっとしておこう。触れたらヤバそうだ。しかし…ラトよ。食事に夢中で相手にしていないのはどうかと思うぞ。


「セナ様!本当にありがとうございました!」


「様なんて付けなくて良いよー。うちは平民だからね。」


「本当に最高の相棒が出来ました!」


「大切にしてあげてね?」


「もちろんですよ!」


セナはセナで、皆と仲良くなったらしい。元々社交的な性格だし、当然か。


「そう言えば…クソジジイはどこ行ったんだ?」


こんな酒席にが居ないとか、雪でも降るのか?


「ふふふ。知らない方が良い事も、世の中には有ると思いませんか?」


「っ?!」


こっっわ!怖いよランカさん?!一応俺の師匠なんだが……………まあ良いか。殺しても死ななそうだし。たまにはキツいお灸をすえてもらえば、あの性格も軟化するかもしれないし。

いや。ないか。


「シンヤ様は寂しいですね?」


他の皆は人が集ってワイワイだが、俺のところには誰もいない。

当然だ。毎日クソジジイと修練だったし、道場に顔を出したりもしなかったから。


「俺は女性が苦手だから、集まってこられても困る。美味い飯と酒があるし、それで十分だよ。」


「ふふふ。寂しい事を言わないで下さい。それでは、僭越せんえつながら、私がおしゃくをさせていただきますね。」


「四鬼に酌をさせるなんて、鬼人族からしたら最高級の酒だな。」


「ふふふ。」


しかも美女。文句なんて言ったらバチが当たる。


「あら。シンヤ様の呼吸が乱れるなんて珍しいですね。」


笑いながら酒を杯に入れてくれるランカ。そりゃこんな美女に酌をされたら、誰でも息を飲む。とは言えない…


「はははー…」


乾いた笑いを出すだけの俺に、ランカは黙って笑みを返す。


「そう言えば…」


俺はいたたまれなくなり、話を切り替える。


「ランカの友魔は、どんななんだ?見た事無かったけど。」


「そう言えばご紹介しておりませんでしたね。」


ランカが微かに横を向くと、ポンッとコミカルな音と共に友魔が現れる。


水虎すいこと申します。」


大きさはゲンジロウやシデンの友魔と同じくらいで小さい。名前の通り、水が虎の形となっている。

形は自由に変えられるのか、あまり定まっておらず、常にふよふよと動いている。


「ふふふ。水虎も皆様の事を好いているようです。」


ランカがそう言うと、俺の近くに寄ってきて、手を出すとぺろぺろと舐める。


『?!』


ラトがその気配に気が付き、こちらを向くと、水虎もラトの方を向いて近付いていく。


ラトからしてみれば、名前の由来となった虎…水だけど。仲良くなれるか…?と心配していたが、心配無用。シデンの雷獣の時と同じで、仲良くなった後、シュルルと消える。


水虎となると、俺の真水刀と似たような能力かな。

自分ではバンバン使っていたが、他人にやられると結構面倒な能力だよな…


「なあ。ランカ。聞いても良いか?」


「はい?」


俺は声を抑えてランカに少しだけ近付く。


「友魔との契約って、どんな制約を受けるんだ?」


「………シンヤ様はラト様との契約で制約を受けない…のですか?」


「…ああ。」


ランカの為人ひととなりは分かった。黙っていても、良かったが、話をしても問題は無いだろう。

受ける制約が大きい場合…ゴンゾーの事が心配だ。

知ったところで、ゴンゾーはきっと諦めないとは思うが…やはり覚悟くらいはさせてやりたい…と思う。


「極秘事項だし、教えてくれないなら、それでも構わない。」


「……そうですね。大きな制約としては、魔法があまり使えなくなる…という事でしょうか。」


「魔法が?」


「友魔の契約には、魔力を渡す代わりに、力を借ります。」


「それは聞いたな…」


「ですが、それは力を使う時だけではありません。常日頃から、魔力を友魔に与え続けています。」


ニルの防護魔法的なものなのか…


「その分、魔力を消費しますので、四鬼となり、友魔と契約すると、魔力量が相当多くなければ、生活魔法もしくは初級魔法程度しか使えなくなります。代わりと言っては何ですが、友魔の力は強大なので、自分で魔法を使うよりずっと効果の高い魔法を使えるようになります。

効果の低い物でも…シデン様が得意としている、まとい、という魔法くらいの威力はありますね。」


「纏?」


「友魔の魔法は、どの友魔にも共通して、使える魔法が決まっています。

その中で、それぞれの友魔の特性を体や武器等に纏わせる魔法を、一括して纏、と呼んでおります。」


「サクラの話の中に出てきたな…シデンの父、シュンライが使っていた。」


「はい。シュンライ様も得意としておりました。纏は、自身の動きを極限まで速くする速剣術と相性が良いのです。」


「範囲魔法は逆に相性が悪いな。」


範囲攻撃して、その中に突っ込んで行くことになるから、自分を巻き添えにしてしまう。


「漆黒石も契約に関わっているって聞いたが…?」


「はい。関わっております。簡単に言ってしまえば、漆黒石は友魔と繋がり合う為の素質…みたいなものでしょうか。

契約を結ぶ際、漆黒石を元に契約を行う…と言われております。」


ベルトニレイは、俺に聖魂魔法への適性があったから、聖魂魔法を授けてくれた。その素質というのが、漆黒石の有無か。


「最大の制約は、もし、友魔との契約を断ち切る事があれば、この漆黒石を失う…という事でしょう。」


「持っていかれるのか?」


「はい。」


つまり、四鬼になり、友魔と契約を結んだ場合…後の世代交代で、漆黒石を失い、神力自体が使えなくなる…ということだ。なかなかに辛い制約だな…


「ですが、それに見合った力が手に入る…と考えた場合、悪い条件ではありません。」


「バランスは取れている…という事か。」


「はい。私はそう考えております。」


友魔の制約は、俺の聖魂との繋がりとは根本的に違うらしい。


「友魔は私達にとって、友でもあるのですが、運命共同体…という方がしっくりくるかもしれませんね。」


「よく分かったよ。でも…聞いておいてだが…話して良かったのか?」


「シンヤさんは、大陸の友魔と契約を結んだ身。全て最初から知っていた事…でしょう?」


いつもの微笑を携えて、軽く言うランカ。


「……はは。そうだな。最初から全部知っていたな。」


「ふふふ。

シンヤ様。ご褒美…ではありませんが、一つだけ私の願いを叶えてはもらえませんか?」


「嫌ーな予感がするんだが?」


「そうですか?」


「まあ…話を聞かせてもらったのに、拒否権は無いよな…」


「ふふふ。肩慣らし程度で構いませんので、私と手合わせ。お願い致します。」


やっぱりか…四鬼ってのはこういうノリが好きな奴ばかりなのか…断れないしなぁ…


「分かった。一本だけな。」


「ありがとうございます!」


いつもは微笑なのに、満面の笑み。本当に嬉しいのだろう…


「シンヤ様と師匠が試合をするそうよ!」


「ほら行くよユラ!」


「わわー!引っ張らないでー!」


ゲンジロウの時は色々と気を回して観客は少なかったが、今回はほぼ全員が観戦するらしい。

ランカは勝っても負けても体面を気にしないし、俺達はこの島の者じゃないから、あまり関係無いし…という考えだろうか。


「シンヤ様は木刀でよろしいですか?」


「ああ。」


「私は薙刀ですが…」


「構わないよ。」


刀と薙刀。この二つを見比べた時、リーチの差が随分とある。近接戦闘において、リーチの差は、そのまま強さにも直結すると言って良い程に重要なファクターである。


薙刀を最大限伸ばした時の攻撃範囲で戦われた場合、刀のリーチでは、全く届かない。


ランカは対等のリーチではないのに、良いのかと聞いたのだ。


俺も薙刀を使えるならば持ち替えたいところだが、使えない薙刀よりも、使い慣れた刀の方が勝算は高い。


「始まるよー!私まで緊張してきちゃった!」


「アタシもこれを見て勉強しなきゃ!瞬きしないように気を付けよ!」


「ご主人様。お怪我の無いように…」


ワイワイガヤガヤ…といった感じだ。


「神力は無しでいきましょう。純粋な剣術のみ。寸止めで…よろしいですか?」


「ああ。」


これは俺に対する不利を考えてのことだ。俺はムソウから指導を受けたとはいえ、神力の操作に関しては新米。逆にランカは神力の操作で言えば達人。

武器のリーチに加え、神力まで加わったら、さすがに勝ち目は無い。本気の殺し合いとして、何でもありならば色々と手はあるが、試合でそこまでするつもりは無いし、ここが妥当だとうなところだろう。


「それじゃあ。始めるとするか。」


「はい。よろしくお願い致します。」


俺とランカは向かい合い、木製の武器を構える。


俺は中段に両手で真っ直ぐ構えたのに対し、ランカは直立で薙刀を横に向けて持っている。

構えとしてはかなり珍しいが、間違いなくそれが彼女の構えだ。下手に手を出せば一瞬で勝負が終わる。


「………………」


「………………」


互いに一歩も動かず、緊張感が増していく。


ゲンジロウとの試合とは違い、相手の動きや反応を読み合う立ち上がり。


「っ!!」


ランカは動かぬまま、強烈な殺気を放ってくる。


周囲で見ていた女性達が、その殺気に驚いて息を飲んだり、小さな悲鳴を上げる。


ニルのように、何度も命のやり取りをした者ならば、モンスターの放つ強烈な殺気に当たっているため大丈夫だろうが、そういう環境に居ない鬼士の娘達にはキツいだろう。


ランカが突然そんな事をしたのは、恐らく挨拶みたいなものだ。

殺気に反応して動いてくれればラッキーくらいの気持ちだろう。


「ふふふ。流石ですね。ピクリともしないとは思いませんでしたよ。」


「とんでもない化け物を何度か見てきたからな。」


ベルトニレイやリッカの存在感に比べれば、まだまだ可愛いものだ。


「とはいえ、このまま見合っていても仕方ないしな……そろそろいくぞ。」


「…はい!」


グッと足に力を込める。


相手は女性とはいえ、ゲンジロウと同格とされる四鬼。心して掛かろう。


ダンッ!


道場の床を蹴り、一瞬で触れられる程の距離に近付く。


「っ?!」


ランカの顔が驚きのものへと変わる。


ブンッ!


カンッ!


木刀を振ったが、ランカは薙刀を回し、縦に向け、木刀の切っ先を顔の横で止める。


さすがに一撃で終わらせるのは無理か。


カカッ!


ランカは縦に移動させた薙刀をくるりと回し、俺の木刀に絡み付ける。

硬い木のはずなのに、まるで蛇のような動きだ。


「っ!!」


このままでは木刀が絡め取られて終わり。さすがにそれは恥ずかしい。もう少し足掻あがかせてもらおう。


俺は絡め取られそうになる木刀を…手放した。


抗ったところで、次の一手が待ち構えているだけ。

それならばいっそ無い方が良い。


「なっ?!」


ランカはかなり驚いている。

こういう発想の仕方は、冒険者ならでは。鬼士として育ち、強くなってきたランカには無い発想だろう。


俺はそのままランカの薙刀を両手で掴む。

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