第197話 盲目
「シンヤよ!お主はどこまで天幻流を使えるのじゃ?」
「親父には…一応全部教わったが…」
「ほほう!免許皆伝か?!」
「ただ、あまり難しい技は未だ実戦で使える代物じゃなくてな。日々練習中だ。」
長いブランクがあったから、いくらこの体でも、いきなり全ての技が使えるようにはならない。
「ぬひひひひ!最高じゃ!今日は良い日じゃ!
シンヤ!この天幻流剣術は神力との相性が抜群に良い!喜べ喜べ!」
父の剣術がここに有るという事は未だ理解不能だが、父が近くにいるようで、少しだけ嬉しくなった。
ただ…ムソウの言うシンタロウと、俺の父である真太郎。その二人が同一人物ではない、という可能性も僅かながら有る。
父が学んでいた剣術が、実はマイナーなだけで、普通に知られている剣術だったと言う事も有り得るし、シンタロウという名前自体はそれ程珍しいとも思えない。
そもそも、サイドストーリー的なものとしては、酷く個人的だ。もしここに来たのが俺じゃなく、他の者ならば、天幻流剣術を習う流れになるのだろうか…?
プログラムされているというだけで、ムソウの弟子が本当にこの世界に存在していたのかも分からないし…
ダメだ…この世界では、何か一つ分かると、分からない事が増える。
今考えても仕方ないか…
「そうだな。最強の剣術を、既に身に付けていると考えれば、喜ぶべきだろうな。」
「そうじゃそうじゃぁ!ぬひひひひ!」
ムソウは今までで一番の上機嫌だ。軽く小躍りまでしている。
「そうじゃ!シンタロウは元気にしておるかのう?!」
「あー……俺の両親は随分と前に事故で死んだよ。」
「なんじゃと?!」
小躍りしていたムソウが、動きを止めて目を見開く。
「あのシンタロウが事故で…?」
「最後の最後まで、母さんを守ったんだけどな……」
母さんが事故で即死しなかったのは、間違いなく父さんが身を
その後、母さんは死んでしまった。しかし、母さんの身を、自分の命を張って守ろうとした父さんを、俺は尊敬している。
全身が振り回され、俺は自分の意思で動くことすら出来なかった。しかし、父さんは向かってくる木を見て、母さんに覆いかぶさった。そんな事が出来るのは、きっと本当に母さんを愛していたからだと思う。
そんな父さんの最期の力を、無駄にしてしまったのは俺だが…
「惜しい男を亡くしてしもうたのう…」
ムソウが想像しているシンタロウは、鬼人族で、恐らく作られた記憶でしかない。
それでも……そこに父の残した何かが有るような気がして、俺は気が付いたら質問していた。
「父さんは、どんな人だったんだ?」
「シンタロウは、誰よりも真っ直ぐで、努力家じゃった。
少しひょうきんなところがあったのじゃが、それも人を明るくする才能の一つじゃったよ。
曲がったことは嫌いで、だからといって、力で捩じ伏せようとはせん男じゃった。」
「……………」
あー……父さんだ。
そう思えた。
どんな時でも冗談を言って、俺や母さんを笑わせていた。
でも、俺も母さんも、結局何かの際に頼るのは、父さんだった。心のどこかで、父さんならどうにかしてくれる。父さんなら間違った事はしない。そう考えていた。
「刀の腕も凄かったのじゃぞ。最後の時には、全盛期のわしゃでも勝てんかったかもしれん。いや、意地を張るのはやめておこうかのう。シンタロウの腕は、間違いなくわしゃより上だった。」
刀の腕は分からないけれど、強い人だった。
いつもは母さんが中心で家族が回っていたけれど、俺が事件を起こした時は、父さんが先頭に立ち、言葉では言わなかったけれど、お前達は俺が守る。と世の中にさえ立ち向かっていた。
俺は格好の良い男というのを、父のその背中から学んだ。
色々と思い出していると、家族が苦しい時に、父さんが俺に言った言葉を思い出した。
俺は自分のせいで父さん達が傷付くのに耐えられず、父さんに聞いた。
どうして俺を責めないのか。と。
当然だろう。そうなったのは事件を起こした俺のせいだ。誰でも分かる簡単な事だ。
父さんは、その時ばかりはひょうきんな態度は取らず、真っ直ぐに俺の目を見て、話をしてくれた。
「…お前が何をしたにせよ、何を思っているにせよ、俺はお前の父親だ。父親は息子を無条件で守り、信じるものだ。
確かに真也は力の使い方を間違えてしまったのかもしれない。しかし、それはお前のせいではなく、そう教えた俺の責任だ。責められるは俺であって、真也じゃない。」
強盗が入って、正当防衛の末に殺めた。
事実だけを見れば、そんな子に育てた親が悪い。という意見も出ていただろう。
だが、善悪の判断くらいは出来る歳だったし、行動したのは俺だ。父さんではない。
ニルや、色々な人と出会って、色々な事があった今なら分かる。
人一人を守るという事がいかに大変な事なのか。
雨が降ろうと、槍が降ろうと、守る対象の前からは一歩も動かない。そういう強い意思が必要だ。
もし意思があっても、実力や判断によって、あっさりと守るべき相手が死んでしまう事だってある。
この世界のように、死が近いわけではなかったけれど、日本でも守るという事の大変さはそれ程変わらないのではないだろうか。
守られている者は、その辛さと大変さを理解していない事の方が多い。それを理解出来た時、その人の偉大さを知る。
それを知った今、自ら命を絶つという選択肢は、俺の中にはもう存在しない。
父が、母が守り続けてくれたこの命を、絶対に無駄にはしない。
「シンタロウはある日突然消えたのじゃが…その後はどうしておったのかのう?」
「父さんは母さんといつも仲良くしていたよ。」
幸せな人生だっただろう…とは言えなかった。
「そうかそうか!シンタロウも隅に置けない奴じゃ!ぬひひひひ!」
隅に置けないかどうかは分からないが、父さんの話が出来た…と思えると、少し心が軽くなった気がしてくる。
「ご主人様。」
「ああ。」
俺が父の事で話を出来る事を、ニルも自分のことのように喜んでくれている。
セナなんて目に涙を浮かべて、良かったねぇ、良かったねぇと言い続けている程だ。
「シンヤ。」
「どうした急に真面目な顔をして?」
「………お主に一つ技を授けたいのじゃが。」
「技?」
「シンタロウは突然消えてしもうたからのう。
唯一。天幻流剣術の剣技の中で、教えておらんものがある。」
「そうなのか?」
父がもし、プログラムしたならば、父の剣技を受け継いでいるはずだ。つまり、父の知らないことは、ムソウも知らない、ということになる。
そして、俺は父さんから全ての剣技を教わった…と思う。ムソウが知っていて、俺が知らない剣技は…無いはず。
「どういう剣技なんだ?」
「
「秘剣…?」
俺の知らない剣技だ。少なくとも、そんな言葉は父さんからは聞いたことが無い。
父さんが俺に教えなかっただけか…?俺は事件を起こしてからは剣術には触れてこなかったし、教え損ねた剣技…だろうか。
父さんの残したメッセージ…のような気がして、俺は酷く心を揺らした。
「…この剣技は、わしゃが編み出した剣技でのう。
オボロも知らぬ剣技じゃ。」
「それを俺に教えるって事は…オボロを探せってことか?」
「いや。シンヤに責任を押し付けるつもりは無い。ただ…あれは強者を常に求めておるはず。
シンヤ程の強さであれば、オボロも興味を持つはずじゃ。もしもの時のためじゃよ。」
話を聞いた時から、ヤバそうな相手だとは思っている。
どこかでぶつかる可能性もある。そうなった時に、興味を持たれた場合、武器はあればあった方が良い。
「分かった。秘剣……教えてくれ。」
「うむ。じゃが、先に言っておく。この秘剣は、体への負担が非常に大きいからのう。普段は絶対に使うでない。いざという時だけじゃ。」
「まさに秘剣だな。」
「そういう事じゃ。良いか。一度しか見せられぬから、よく見ておくのじゃぞ。」
「分かった。」
そう言って、ムソウが木刀を構える。
「すぅー……はぁー………せいぁ!!」
バキャッ!!
ムソウが秘剣を繰り出し、木刀を振ると、その圧に耐えきれず、木刀が粉々になって吹き飛ぶ。
「………凄い剣技ですね…」
「うち…何が起きたのかよく分からなかったんだけど…」
「いたたたたた…やはりこの歳になって秘剣なぞ使うものではないのう。腰をやってしまったのじゃ…」
ムソウは腰に手を当てて前屈みになっている。
ムソウの体では負担が酷いのだろう。
「大丈夫か?」
「少し手を抜いたから大丈夫じゃ。本来であれば、神力と合わせ、更に強力な一撃となるはずじゃ。」
確かに、見せてもらった剣技は、かなりの威力があった。
事実、本気ではないムソウの力で、木刀が弾け飛んだのだから。
「どうじゃ。覚えたかのう。」
「すまん。瞬きしていて見えなかった。もう一度頼む。」
「ぬひょぉっ?!」
「冗談だ。ちゃんと覚えたから安心しろ。」
「わ、悪い冗談じゃのう…寿命が縮まったわ…」
いつも困らされているし、たまには仕返ししなくては。
「シンヤ。もし、オボロと出会ったとしても、変な気を起こさず、直ぐに逃げるのじゃぞ。」
「良いのか?」
「少なくとも、今のお主では手も足も出ないはずじゃ。
神力、剣術、魔法、全てにおいて、更に磨きを掛ければ、もしくはと思うがのう。
じゃが、刀を交えぬのが一番じゃ。お主にも守るものがあるじゃろう?」
そう言ってニルの方を見るムソウ。
「そう…だな。気を付けるよ。」
オボロという男。一体どこにいるのか分からないが…どこかで
こういう外れて欲しい予感ほど、当たってしまう。
もし出会ったなら、
「これでわしゃから渡せるものは全てじゃ。
神力については精進が必要じゃが…真面目なお主の事じゃ。言わずとも鍛錬を怠る事はなかろう。」
「命に関わるからな。」
「出立はいつにするのじゃ?」
「今夜か明日の朝にと思っていたが…」
「それならば、明日の朝にすると良い。ランカちゃんが何やら動いておったからのう。」
「??」
「おっと。これ以上はいかんのう。」
「シンヤ殿ー!」
「この声は…ゴンゾーか。」
ランカの屋敷に来てから、ゴンゾーは何度か足を運んでくれている。
鬼士隊の事で分かったことを伝えてもらったり、ゲンジロウやシデンとの連絡も行ってくれている。
「わしゃは小腹が減ったで、何か探してくるかのう。いたたたたた…腰はいかんのう…」
腰に手を当てながら、道場を出ていくムソウ。
俺達も道場を出て、ゴンゾーに顔を見せる。
「ゴンゾー。」
「シンヤ殿!ニル殿!ラト殿!元気そうで何よりでござる!」
「ちょっとゴンゾー。うちも居るんだけど?」
「セナは心配しなくても、基本元気でござるからな。」
「それどういう意味?うちが男勝りとか言いたいんだったら、歯を食いしばりなさい。」
セナはゴンゾーに向かって拳を握る。
言わなくても良い事を言ってしまうゴンゾー。わざとなのか?わざとなら…やはりゴンゾーはMか。
などと馬鹿な事を考えていると…
「あら。これはゴンゾー様。」
ランカが現れる。
「これはランカ様!先にご挨拶に伺ったのですが、部屋には居ないという事だったでござるから!」
「ふふふ。そう緊張しなくても良いのですよ。可愛いですね。」
そう言ってゴンゾーに笑顔を見せるランカ。
「っ?!」
ゴンゾーが顔を真っ赤にする。
「ゴンゾー!!」
ゴシャッ!
「あいたっ!!痛いでござるよ?!セナ!!」
セナはゴンゾーに拳を振り下ろす。
「ゴンゾーが鼻の下を伸ばしてるからでしょ。次は角をもぎ取るから。」
「怖いでござるよ?!」
角を両手で隠しながら一歩下がるゴンゾー。
ふとランカの方を見ると、俺の視線に気が付いたランカが、舌をペロッと出す。
セナとゴンゾーの事を知っていてやったのか。意地の悪い…いや、セナを応援する為にやったのか…?
ランカは
「それより、ゴンゾー様はどうされたのですか?」
「あっ!そうでござった!鬼士隊の事について、新しく分かった事があるでござる!」
「……シンヤ様。ここでは誰に聞かれているか分かりません。私の部屋へ行きましょう。」
「そうだな。頼む。」
ランカは、あまり島全体の
しかし、この鬼士の事についてのみは、別らしく、ゴンゾーが初めて来た時から、積極的に関わっている。
ランカの部屋は敷地のど真ん中にある、一番広く、大きく、派手な建物にあり、俺達はランカの後ろを付いて歩くが…一ヶ月半も居たのに、未だ女性ばかりの場所には慣れない。
「どうぞお入り下さい。」
「失礼します。」
俺達はランカの部屋に入る。
ランカには色々と世話になっていたし、時折会っては話をしていたが、部屋に通されるのは初めてだ。
微かに甘い香りがして、女性だという事を意識させられてしまう。
ソワソワしてしまうぜ…
部屋の中は必要な物しか出ておらず、収納されているのか、私物という私物はあまり見えない。
目が見えないから、下手に物が出ていると、踏んだりして危ないのかな…?
でも、ランカが何かにぶつかったり
「殺風景な部屋で申し訳ございません。
これは…ブラックジョーク的なものか?笑って良いのか…?対応に悩まされるぜ…
「ランカって、本当に目が見えないのか?」
「と、申しますと…?」
「あ、いや。気を悪くさせたなら謝るが…何かにぶつかったり、躓いたところを見た事が無いからさ。」
「そういう事ですか。確かに普通の人からしてみれば、不思議に思うかもしれませんね。」
「確かに、拙者も不思議に思っていたでござるよ。」
「うちも!聞いて良いのか分からなくて聞けなかったけど!」
「ふふふ。そうですね。それでは、本題の前に少し。
皆様は、目が見えるので、あまり気にしていないかもしれませんが、この世界には、光以外の情報が、とても沢山あるのです。」
「光以外の情報…?」
「はい。目を閉じてみて下さい。」
俺達は言われた通りに目を閉じる。
当然、
「何を感じますか?」
「匂い…ですかね。ランカ様の部屋の匂いです。」
ニルが直ぐに答える。
「ふふふ。少し気恥しいですね。他には何かありませんか?」
「外の人達が喋っている声がしてきます。」
次はセナが答える。
「良いですね。他にはありませんか?」
「太陽の光が当たって暖かいでござるな。」
「素晴らしいですね。」
「………微かに、風を感じるな…
頬を掠めていく僅かな風を感じ、そう答える。
「風ですか…?私は分かりません…」
「うちも感じないなぁ…」
「拙者も感じないでござるな。」
あれ?俺の勘違いだったか?恥ずかしい…
「ふふふ。シンヤ様はやはり凄いですね。」
「え?」
「確かに空気の動きがありますよ。本当に僅かな動きですが…恐らく、皆様にお出しするお茶とお茶請けを持った子が、廊下を歩き、その体で押された空気が、隙間から流れ込んできているのですね。」
ランカがそう言うと、直ぐに廊下から人の歩く音が聞こえてくる。
「失礼致します。」
そして、部屋の中にお茶とお茶請けを持った女性が入ってくる。
「ありがとうございます。後は私がやるので、そこへ。」
「はい。失礼致しました。」
そう言って出ていく女性。
「たったこれだけの時間の中に、視覚的情報以外の情報が沢山ありましたね。
匂い、音、温度、風。他にも探せばもっともっと沢山の情報が転がっております。」
「確かに、目を閉じると、それがよく分かるな。」
「私はそういった情報を元に、物や人の動きを感じ、見ているのです。
感覚は他の人よりずっと鋭いとは思いますが。」
「私達からすると凄く難しい事のように感じてしまいますね…」
実際、難しい。
人は視覚に八十パーセント以上頼って生きている。そんな事が書かれた書物を見た事がある。
それを制限されると、とても不安で、恐ろしく感じてしまう。
ダンジョン内で、真っ暗な部屋があったが、あの時、咄嗟に光を取り出そうとした。それが多分、普通の反応だろう。
「確かに視覚的情報は、とても大切だと思います。私の場合、生まれつき目が見えず、色というものは分かりませんし、想像するしかないので。」
生まれつき
「ふふふ。ですが、知らないわけではありませんよ。
シンヤ様ならば、理由がお分かりですよね?」
「俺なら…?……………あっ!!コハル!!」
「はい。想投眼は、想像の世界。あの世界では、私も視覚を、擬似的に感じる事が出来るのです。」
凄い!彼女の力はそんなところにも役に立つのか!
目が見えない人にとっては、救世主だぞ!
「ここだけの話ですが…今でも、たまにコハル様を訪れて、あの世界を見せてもらっているのですよ。」
またペロッと小さく舌を出して笑うランカ。
あの時コハルは随分前にランカを、あの世界に連れて行ったと言っていたが…嘘だったわけだ。全然気が付かなかったぜ…さすが遊女。
「それに、今お伝えした通り、私は目に見えない情報で、世界を見ています。それなりに楽しんでいますし、私には最初から視力が無いので、むしろ幸運だったと思っていますよ。」
そう言って笑うランカに嘘偽りは無いように見えた。
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