第164話 もう一つの約束
「弟子入り出来ただけで、嬉しいでござる。」
「そんな甘いことを言っていたら、これから先、続かないぞ。
お前は下民だ。どれだけ足掻いたところで、それは変わらん。ここは鬼士が多く集まる場所だ。
残念ながら、酷い事を言う者や、行いをする者も居るだろう。それに耐えられる自信が無ければ、今すぐ去れ、」
「拙者は耐えてみせるでござる。もう、何があっても迷ったりしないでござる。」
「……恐ろしく辛い目に会うかもしれんぞ。」
「何を言われても、拙者はやり遂げてみせるでござる。」
「……良いな…良い目だ。」
「私達も出来る限り手を貸すけれど、期待をしてはいけないわ。」
「拙者は最初から自分で道を切り開くと決めているでござる。」
「ぐはは!それは良い心掛けだ!明日から毎日修練だ。遅れるなよ。」
「承知したでござる!」
こうして、ゴンゾー様は無事、四鬼候補の道場へと入る事が出来た。
その後の内部の話はあまり聞いた事が無いけれど、恐らく…ゴンゾー様はかなり苦労をなさったと思う。
鬼士隊は極端な例だけれど、普通の鬼士達も少なからず、自分達を上に見ている所がある。
本人にはそんなつもりは無くても、ゴンゾー様を下に見た発言や行動を見せる時もあっただろうし、分かっていてやっている者達もいたはず。
経験した事の無い人には分からないけれど…そういう雑音を無視するというのは、予想以上に難しいらしい。
私は屋敷に居る時間が多かったし、そういう経験は無いけれど、女刀匠のセナはよく知っていた。
「無視すれば良いって言うけどさ…無視したら無視したで色々と言われたり、されたりするものなんだよ。生意気だ!とか言われてね。」
「…そのような人が…」
それでも、ゴンゾー様は最初にゲンジロウ様とレイカ様に伝えた通り、決して折れず、自分を磨く事に集中していた。
「嘆かわしい事だけど、そういう奴の方が多いんだよ。世の中ってのはさ。
でも、だからこそゴンゾーは凄いんだよ。
だって、そいつらがどれだけゴンゾーに嫌がらせをしようと、ゴンゾーはそれを跳ね除けて自分を磨き続けているんだからね。」
「セナがゴンゾー様を褒めるなんて、余程の事なのですね?」
「べ、別に…凄いことは凄いって、うちだって言うってば。」
「ふふふ。」
「あー!なんだその笑いはー?!」
「ふふ。何でもありませんよ。」
「サクラー!?」
「セ、セナ?!
「うるさーい!」
セナはそう言って照れ隠しをしていたけれど、本当にゴンゾー様の、修練に取り組む姿勢が凄いのだと思う。
それから、私とセナにとっては当然であり、世間の皆にとっては予想外に、ゴンゾー様は力を付けていった。
そうなってくると、近隣に少しずつゴンゾー様の話が広がっていく。下民でも、やれば出来る。
ゴンゾー様が、自ら
ゴンゾー様の行いは次第に周囲へ広がっていき、ゲンジロウ様の道場の前には、下民達が土下座するようになった。そして、人々はこの光景を『
ゴンゾー様の行いから、いつの間にかそんな名前が付けられたらしい。
世間の人達も、それが通過儀礼のような感覚になっていたし、ゲンジロウ様も、大体一年頭を下げ続けた人達は受け入れていた。
と言っても…口で言う程簡単な事ではないし、ほとんどの人が達成出来なかったらしい。
ゴンゾー様の次に、一年頭を下げ続け、受け入れられたのは、ヘイタとヘイキチと呼ばれる者達だった。
この二人は、ゴンゾー様が道場に受け入れられた暫く後に門前に座るようになった。
実はこの二人の事は私もセナも少しだけ知っている。
トウジ様の葬式の際、参列して下さった方々の中に居て、少しだけ話をしたから。
二人とは、屋敷を出てからの付き合いらしく、一番古い下民の仲間という事みたい。
ゴンゾー様が仕事を請け負っても、下民の人達に話を通す事が出来なければ意味が無い。
下民の人々は、他人から酷い扱いを受けている者が大多数で、皆、
そこで活躍して下さったのが、ヘイタ様とヘイキチ様。
当時から二人は言葉を話せて、実の兄弟であり、下民には珍しく常に二人で行動していた。珍しいというのは…普通は自分一人の食べ物を確保するのが精一杯だから、食い
それでも共に居る兄弟姉妹は、普通、食べていけなくなって、一人になるまで徐々に死んでいく。
そんな中、ヘイタ様とヘイキチ様は、常に二人で居ながらも、何とか生き抜いていたらしい。
それが可能だったのは、多分、他の下民の人々と繋がりがあったから。
繋がり…と言っても、仲間とか行動を共にしているとかではなく、情報のやりとりをする程度。
この辺は今危険だとか、あの辺りは狙い目だ…とか。
下民同士でそのような情報伝達があった事には驚いたけれど、ゴンゾー様としては有難かった。
詳しい話は分からないけれど、ヘイタ様、ヘイキチ様と仲良くなったゴンゾー様は、二人に仕事の話を下民の者達に流すよう伝え、二人はまず、繋がりのある者達に話を持っていった。
最初は警戒心や恐れから、下民の人々はなかなか集まらなかったらしいけれど、ヘイタ様とヘイキチ様の尽力により、一人、また一人と数が増え始める。
すると、その噂を聞き付けて次々と下民の者達が集まりそれなりの大所帯となったらしい。
私がゴンゾー様に言ったように、それでも下民の方々のほんの一部しか救えていないけれど、十分凄いことだということは、誰の目からも明らかだった。
そんな経緯があり、ゴンゾー様とヘイタ様とヘイキチ様はかなり仲が良く、ゴンゾー様が四鬼を目指すと言って道場へ向かう際、後の事を任せたのがこの二人だった。
ヘイタ様とヘイキチ様は、下民達の中から、交渉が出来そうな者達を集め、仕事を請け負う為の流れを教え込んだ。
これによってヘイタ様とヘイキチ様が居なくても上手く回るようになり、それを確認した後、ゴンゾー様の助けになりたいと門前に座るようになったとの事。
二人が座り始めてから、一年後。
ゴンゾー様同様に道場へと受け入れられた二人は、ゴンゾー様の扱いに酷く衝撃を受けたと思う。これはあくまでも私の予測でしかないけれど……
もしかしたら、あー…ここでもか…と落胆したのかもしれない。
それでも、一切めげること無く自分を磨き続けているゴンゾー様に心を打たれ、二人も修練を行ったらしい。
けれど…残念な事に、彼ら二人には……素質が無かった。
ゴンゾー様からの依頼で、漆黒石を視たけれど、体内に漆黒石の影は無く、そして…剣の素質も無かった。
それでも二人はゴンゾー様と共に、と頑張っていたけれど、ある日、ゲンジロウ様から呼び出された。
「お呼びでしょうか。師匠。」
ヘイタ様とヘイキチ様がゲンジロウ様の元へ向かうと、そこにはゴンゾー様も居たらしい。
そして、こんな話があった。
「二人とも、外門の門番をやってみる気は無いか?」
外門の門番というのは、東西南北に別れるそれぞれの街と、外を繋げる門の番兵の事。
管轄は四鬼の下になるのだけれど、これは門下生とは違い、一つの仕事となる。
つまり、実質的に四鬼候補から外れてしまう…という意味に他ならなかった。
「いえ!俺達は!」
「ヘイタ。ヘイキチ。」
「ゴンゾー!お前も分かっているだろう!?」
「十分理解しているでござる。」
ヘイタ様とヘイキチ様は、この道場の中、ゴンゾー様と共に居る事でどうにか敵視する者達の視線を散らそうとしていた。
当然、剣の修練も好きでやっていた事だけれど…
「ならば何故?!」
「……これは拙者の道にござる。
ヘイタとヘイキチを巻き込むのは…嫌でござる。」
自分と共に居たいと言ってくれるヘイタ様とヘイキチ様の気持ちは、本当に嬉しいものだったと思う。
それでも、自分の道に巻き込んだ事で、二人に辛い思いをさせるのは、本望では無い…という事だったのだと思う。
「しかしゴンゾー!」
バンッ!
そんな時、勢い良く開け放たれた襖の奥には、リョウ様が居た。
現在に至るまで、ずっとゴンゾー様の
とても
「師匠!ヘイタとヘイキチを破門にするおつもりですか?!」
「…リョウ。
「それは申し訳ございません!ですがこれはあんまりです!
二人が日々誰よりも努力している事は、この俺が保証します!」
「リョウ…」
「何故ですか?!彼らは」
「リョウ!」
「っ?!」
「分かっているだろう。この二人には素質が無い。」
「しかし!」
「リョウ殿。」
「ゴンゾー!お前はそれで良いのか?!お前の友であろう!同じ門下生でもある!そんなに簡単に見捨てて」
「簡単ではないでござる!!」
「っ?!」
道場に入ってから、ゴンゾー様は大きく変わられた。
基本的に声を荒らげたりせず、なるべく笑顔を絶やさぬようにしていたと…セナから聞いた。
セナは、ゴンゾー様が、所作については、私を手本にしているから…と言っていた。
いつも温厚で優しそうなゴンゾー様が、大声を出すのは、練習時以外ではかなり珍しい事だった。
「拙者が戦力外通告を友である二人に言い渡す気持ちが簡単なものであるわけないでござろう!!」
そう。これは、二人に対する戦力外通告以外の何ものでもない。
言葉を選ばずに言ってしまえば、このままここに居ても先に続く道が無いから、別の道を歩め。そう言っているのと同じ事。
「……………」
「二人とは幼い時からの友で、力を合わせてやってきたでござる!好き好んでこんな事をするわけが無いでござろう!
でも…だからこそ!拙者が言わねばならぬ事でござる!」
多分、ヘイタ様とヘイキチ様は、ゲンジロウ様やリョウ様、他の誰が言っても聞き入れはしなかったと思う。
だからこそ、ゴンゾー様が言う必要があった。
「………分かりました。」
「俺達は門番になりたいと思います。」
「ヘイタ!ヘイキチ!」
「リョウさん。ありがとうございます。」
「泣きそうなくらい嬉しいです。でも…俺達はここまでにします。これ以上は、ゴンゾーの邪魔になってしまう。」
「くっ……」
リョウ様も、凄く根が優しい方。だから、一所懸命に頑張っている二人を外に出す事は、許し難い事だったのだと思う。
「リョウ。」
「……はい……」
「お前の気持ちはよく分かる。だが、お前も分かっているだろう。四鬼というのは、努力だけで到達出来るものではないと。」
四鬼になるために、
それは、門下生として、同じ四鬼を目指す者として、リョウ様自身、よく分かっている事だったと思う。
「……くそっ!!」
「大丈夫ですよ。別にこれで今生の別れというわけではありません。」
「また一緒に飲みに行きましょう。リョウさん。」
「っ………」
こうして、ヘイタ様とヘイキチ様は、街の東外門の門番となった。
それから、数人の者達がゲンジロウ様の元を訪れ、去り、を繰り返す中、剣の素質がある方が現れた。
名前はカンジ様。
彼も下民の出で、街で仕事を
「ゴンゾー様!よろしくお願いします!」
「さ、様は止めて欲しいでござる…」
「何を仰いますか!ゴンゾー様は我々下民の希望の光です!」
「いやいや。そんな事は無いでござるよ…」
「そんな事は無い事は無いです!」
「わ、分かったでござるから、様は止めて欲しいでござる…」
「では…ゴンゾーさん!よろしくお願いします!」
カンジ様は、門下生となった時から、ゲンジロウ様の弟子…と言うよりは、ゴンゾー様の弟弟子。といった感じだった。
何をするにもゴンゾー様を見て真似、剣の修練もゴンゾー様と共に行った。
最初はゴンゾー様の半分も修練に付いていけない程だったけれど、素直な性格が
道場内で、誰よりも練習量が多く、誰よりも熱心なゴンゾー様の背中を見て育った…と言っても過言ではなく、カンジ様も同様に誰よりも頑張っていた。
こうして月日が流れていくと、道場内の力関係が少しずつ、少しずつ変わり始め、リョウ様、ゴンゾー様を筆頭に、カンジ様と他数人が力を伸ばし始めた。
セナがたまに修練を覗きに行った時も、その数人は他の者達と比べて頭一つ二つ飛び抜けている。と聞いた事がある。
「やはり、ゴンゾー様は凄い方ですね。」
「まあ…そうね。でも、四鬼になるにはまだまだ幾つもの試練を乗り越えなきゃいけないから、褒めてはあげないけどね。」
「セナは厳しいからね。」
「別にうちが厳しいわけじゃないよ。四鬼はそれくらい大変な地位なんだってことでしょ。」
「そうですね…」
その日、セナが私の元を訪れてくれていた。
いつものようにゴンゾー様のお話をしたり、他愛の無い話をしたりしていると……
ジャリッ……
庭の白砂利を踏み付ける音がして、私は音の方へと目を向けた。
「……サクラ。」
「…………兄…上…?」
「今戻った。」
そこには、一回り大きくなった兄上の姿があった。
「兄上!」
私は思わず庭に下りて、兄上に駆け寄った。
よく見ると、着物から出ている部分には、いくつも薄い傷跡が残っていて、壮絶な旅をしてきたのだろう事が見て取れた。
「おかえり…なさいませ…」
「ああ。ただいま。」
兄上の優しい声が耳に届く。とても久しぶりで、ただ嬉しかった。
「セナも。ただいま。」
「おかえりなさいませ。少し背が伸びましたね?」
「ん?そうか?セナも可愛くなったな。」
「シ、シデン様?!」
セナは不意打ちにビックリして顔を赤くしている。
「兄上。私のセナを
「そ、そんなつもりは無かったが…
それより、庭に下りて来て大丈夫なのか?」
「まだそれくらいの事は平気ですよ。」
「…そうか…
セナにも色々と迷惑を掛けたな。」
「何言ってるんですか。うちとサクラは親友なんですから、会いに来るのは当然の事です。」
「ありがとう。」
「久しぶりの兄妹の再会なのですから、うちはこれで…」
「駄目駄目!セナも一緒に居なきゃ!」
「俺はこの後直ぐにゲンジロウ様の元に向かうから、セナがもう少し居てくれると助かる。」
「そっか…分かりました。それではお戻りになるまではサクラと待っていますね。」
「助かるよ。戻ってきたらまたゆっくり話そう。」
「はい。」
帰ってきて直ぐに屋敷を出ていってしまったけれど、今までのように手紙で文字を読むだけでなく、そこに兄上が居てくださる。それがとても嬉しかった。
後数時間待つくらい、どうという事は無かった。
「良かったね。サクラ。」
「うん。ありがとう。」
セナも一緒に喜んでくれた。
「話は変わっちゃうんだけど…」
「何?」
いつも、ものをハッキリ言うセナには珍しく、口ごもっている。
「実は……ゴンゾーが…いいって言ったのに、色々と世話を焼いてくれたからって、こんなもの買ってきて…」
セナは何故か申し訳なさそうに、黄色のリボンを二つ見せてくる。
「ゴンゾー様もこのような贈り物が出来るようになったのですね…?」
「そ、そうなんだよねー!でも!私には似合わないしさ!だから」
「セナ。」
セナの焦った表情を見て分かった。
セナは、多分、私のゴンゾー様に対する気持ちに気付いていて、私に遠慮して…そのリボンを付ける事を
黙って付けていれば良いのに、わざわざ私の所に来て、こうしてゴンゾー様からの贈り物だと言ってくるのは、セナだからだと思う。
本当に私には勿体無い友達。
「私が付けてあげるね。」
「えっ?!あっ!」
私はセナの手からリボンを取り、セナの髪の両サイドに付けてあげる。
私の所に持ってきた…という事は、自分でもどうしたら良いのか分からなかったのだと思う。
自分の気持ちと、私の気持ち…それを考えてしまうと、捨てる事も、黙っている事も出来なかった……
……私に遠慮なんてしなくて良いのに…
私はこれから居なくなってしまう。
そんな私に遠慮なんてして、ゴンゾー様とセナの幸せがどこかへ行ってしまったりしたら、私は死んでも死にきれない。
「よく似合ってるよ。」
「サクラ……良いの……?」
「何が?せっかくゴンゾー様から頂いたのに、付けていなかったら悲しむと思うよ?」
正直、ちょっと羨ましかったけれど、不思議と
相手がセナではない人だったらそうなっていたかもしれないけれど…
「……サクラ。」
「何?」
セナはいつになく真剣な表情で私を見る。
「私じゃ大した事は出来ないかもしれないけど、絶対にゴンゾーと一緒に、サクラの治療方法を見付けるから。絶対に。だから諦めたりしないで。」
「……うん。分かった。ありがとう。」
「約束だよ。絶対だからね。」
「うん。約束する。絶対に諦めたりしない。」
「……よし!それじゃあ今日は私が昨日打った可愛い子の話をしようかな!」
「ふふふ。セナの話は面白いから好きだよ。」
「別に面白い事を話しているつもりは無いんだけどなー。」
「ふふふ。」
こうして、兄上が帰ってきて、セナの髪にはいつも黄色のリボンが飾られる事になった。
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