第165話 シデンの道

兄上は、旅から帰ってくると、直ぐにゲンジロウ様の元へおもむき、感謝の念と、今後は自分が家を守っていくむねを伝えた。


ゲンジロウ様は兄上が戻ってきた事を大層喜んで下さって、色々と話をしながら昼食とお酒を飲んだらしい。


昼過ぎに戻ってきた兄上は、セナと少し話をした後、私の事を呼んだ。


「兄上。」


「入れ。」


「失礼致します。」


ふすまを開けて中に入り、兄上の前に座る。


「体調はどうだ?」


「あまり激しい運動は難しくなってきておりますが、まだ大丈夫ですよ。」


「…そうか。」


「私の事より、兄上の旅の話をお聞かせ下さい。」


「そうだな…色々とあったな。」


それから兄上は旅の話を色々として下さった。


街を出た後、小さな町や村を渡り歩き、そこで困っている人の手助けや、モンスターの討伐をして日銭ひぜにかせぎつつ、剣の腕を磨いていたらしい。


「その村ではモンスターの被害が多発していてな。」


「まぁ…どのような被害だったのですか?」


「畑を荒らされたり、怪我をした人も居たな。」


「そんな…やはりモンスターとは怖いのですね…」


「ああ。本で読んだり他人から聞くのとは大違いだ。

そこの村を荒らしていたのはブラウンスネークというモンスターの仕業だったんだが、これがデカくてな。こーんなだぞ。こーんな!」


「まぁ…そのようなモンスターを相手になさったのですか?」


「旅に出た当初は一人では倒せなかったな。村の人達と協力して何とか倒したんだ。

自分がどれ程弱い存在か、痛感したよ……

だが、そこで諦めるような俺ではない。次に行った村では…」


と、次々と出てくる兄上からの話は、まるで本の中の世界。


大きなモンスターや、寂れた村に居た腕の良い鬼士、旅の途中で悪人の男に騙されて金を盗られた…という話もあった。


きっと、街の外に住む人達には当たり前の話なのだろうけれど、私にとっては全てが新鮮で楽しいお話だった。


私と兄上は時が経つのも忘れて話に夢中になり、一息入れる頃には既に日が落ち始めていた。


「随分と長く話してしまいましたね。」


「そうだな。続きはまたにしようか。」


「はい。」


こうして、兄上が屋敷に戻ってきてくれた事で、屋敷の中が少しだけ明るくなった。

ただ、やはり父上と母上が居た時のような明るさは無かった。


それから……兄上はちょっと…いえ、随分と私に対して過保護になってしまった。


あの時、私を守れなかった事が兄上の中で強く残っているみたいで、少しでも危ない事をしようものなら飛んで来てしまう。

女中さん達にも強く指導していて、父上が居た時とは雰囲気が大きく違っていた。


ただ、それは全て私のためにやって下さっている事だったし、強くも言えず、兄上が満足するなら…と思っていたけれど、やり過ぎる時もあって、ちょっとした困り事だった。


多分…旅の最中、私の病を治す方法をずっと探してくれていたけれど、手掛かりすら掴めなかった事が起因しているのではないかな…と思っている。


やり過ぎた時だけは私も強く言うけれど、それ以外は、兄上のしたいようにしてもらっている。


こうして兄上が戻ってきた後、暫くすると、父上が亡くなった事で空席となっていた四鬼の選定が行われる事になった。


兄上が帰ってきたのを見計らって行われる…という事から察して、ゲンジロウ様に聞いたところ、ゲンジロウ様の計らいだったとの事。


あくまでも選定に参加出来るようにしてくれただけで、その座を掴む為に必要な力は、本人次第だから、大した事はしていないと言っていたけれど…本当にゲンジロウ様には、どれだけ感謝しても足りない程お世話になってしまった。


何はともあれ、父上の後任選定がり行われた。


四鬼の後任選定は、例外無く、闘技大会によって決められる。


大会…とは言っても、四鬼の選定に自信のある者しか参加しない為、参加者は限られてくる。基本的には四鬼が開いている道場内からと、一応一般参加も受け付けているけれど、一般参加はまずいない。稀に他の道場からの参加者が居る程度。

それ故に、多く集まっても十人前後。兄上の時は五人程だったらしい。


本来であれば、父上が取り仕切るところだけれど、それが無理な状況なので、今回はゲンジロウ様が取り仕切って下さった。


四鬼選定では、参加者達が本気でぶつかり合う為、道場では行う事が出来ず、街の外で行われる。

ただ、相手を殺傷する事が目的ではないので、それぞれが得意とする武器の、刃が立っていないものを別で用意して、それを使っての戦闘となる。

重さや使い心地が同じになるように作らねばならず、鍛冶を行う者も、腕が試される一件である。


選定大会が行われる事は少し前から公表されている為、参加者達は自分で鍛冶師に頼むか、それが出来なければ、主催者側に頼む事も出来る。けれど、基本的には皆自分達で信頼出来る鍛冶師に頼む為、主催者が頼まれる事はほとんど無い。

それに、選定に参加をすると決めている者達は、選定大会が開かれるよりずっと前から準備している事が多く、費用だけを請求する形になる。

兄上の場合は、父上の刀を譲り受けているので、父上が選定大会に参加した時のものをそのまま使う事になる。


私とセナ、そしてゴンゾー様は兄上の応援の為、闘技大会に行くことにして、私は外まで歩けないので、駕籠かごで街の外まで移動した。兄上は大会に参加するというのに、わざわざ会場まで私に付き添って下さった。


よく晴れた日だったのを覚えている。

突き抜けるような青空の元、街の外に用意された闘技場…と言っても、土魔法で平たく大きな土台を作っただけの簡素な物の周りに、少し離れて観客席が用意されていた。

段々になり円形の観客席には、まだ始まるまで時間があるというのに、沢山の人達が来ていて、ほぼ満員。

集まった人々のざわめきにも、どことなく熱を感じる。


実際に闘技大会をこの目で見るのは初めてだったけれど、人の多さに圧倒されていると、セナとゴンゾー様が声を掛けてくれた。


「サクラ!シデン様!」


「セナ。ゴンゾー様。今日は来て下さってありがとうございます。」


「なーに言ってんのよ!来るに決まってるでしょ!

シデン様!頑張って下さいね!」


「ああ。ありがとう。俺は向こうだからサクラの事を頼む。」


「任せるでござる!」


「お前には任せてない!セナ!頼むぞ!」


そう言って走っていく兄上。


「兄上ったら…ゴンゾー様…申し訳ございません…」


「気にしていないでござるよ。」


四鬼になるまで認めないとは言っていたけれど、別に辛く当たる必要は無いはずなのに…ゴンゾー様も毎度苦笑いするだけだし…


「遂にこの日が来たでござるな。」


「はい。」


参加するのは兄上なのに、何故か私が緊張してきてしまう。


「師匠が、拙者達の席を別で用意してくれたでござる。座って待つでござるよ。」


「はい。」


私達は、観客席より少し内側に作られた特別席に行き、腰を下ろす。ゴンゾー様、私、セナの順番。


座ってみると、予想以上に舞台が近くて更に緊張してきてしまう。


「よく来たな。」


「師匠!」


座って少しすると、ゲンジロウ様が声を掛け下さった。横には奥様であるレイカ様もいらっしゃる。


「サクラ。シデンの調子はどうだ?」


「少し緊張していたみたいですが、大丈夫だと思います。」


「…そうか。シデンが戻ってからは、俺も実力を見ていないからな。どこまで変われたか、見物だな。」


「私は…怪我が無ければ、それが一番です。」


「ぐはははは!サクラはこういう事は苦手だからな!」


「得意な女子の方が少ないですよ。それより、ゴンゾー。」


「何でござろう?レイカさん。」


「他の席より近いから、何かあれば二人を全力で守るのよ。」


「言われずともそのつもりでござる。」


な、何かあるかもしれない…という事なのかな…?

違う意味で緊張してきちゃった…


「サクラ殿。大丈夫でござるよ。二人にはかすり傷一つ付けさせないでござる。」


「は、はい…」


「大丈夫大丈夫!そんなに心配しなくても、何かある事なんて稀だから!」


セナはあっけらかんとしている。

隣にはゴンゾー様も居て下さるし…うん。大丈夫。


それにしても…ゴンゾー様は、ゲンジロウ様の道場に入る際、ガラリと印象が変わったなぁ…

もう周りに強く見せる必要も無くなったし、こっちのゴンゾー様が本来の姿なのかな?

キリッとしたゴンゾー様も素敵だけれど、やっぱり、内面から溢れ出てくる優しいゴンゾー様も素敵だなぁ…

ただ、私を呼ぶ時、殿を付けるのは少し寂しいかも…前のように『サクラ』って呼んで欲しいなぁ…


「サークーラー?」


「えっ?!あっ!なにっ?!」


目を細めて私を呼ぶセナ。


セナは声を小さくして話し掛けてくる。


「ゴンゾーばっかり見てると試合見逃しちゃうよ?」


「そ、そんな事してないよ!」


「本当かなー?」


「本当だよ!あっ!ほらっ!始まるみたい!」


セナは悪戯を成功させた子供みたいに笑った後舞台に視線を向ける。


いつの間にかゴンゾー様を見詰めてしまっていたみたい…久しぶりに会えたから…気を付けなきゃ。


「皆!よく集まってくれた!」


舞台に上がってきたのはゲンジロウ様。一声出すと、ザワついていた観客達がシンと静まる。


「まずは、皆ももう知っているとは思うが……この地区の四鬼であったシュンライは、既に亡くなっている。」


いくら内々に処理したとしても、人の口に戸は立てられない。知らなかった!という反応の観客は一人もいなかった。


「そこで、別地区の四鬼ではあるが、このゲンジロウが今回の選定戦を取り仕切らせてもらう。

まず、今日の参加者は全部で五人。この中で最も強かった者が今後の南地区における四鬼となる。

選定戦のルールは、基本的には何でも有り。武器は模造品だが、魔法、神力も使用する。

ただ、殺傷性の高いものは使用禁止として、違反した場合は、その時点で失格とする。」


平たく言えば、何をしても良いけれど、相手を死に至らしめるような事は禁止。という事みたい。


「ただし、これは本気の勝負。怪我はするし、場合によっては相手を殺してしまう事も可能性としては有る。

それを見ていられないという者は、今退席する事を強くすすめておく。」


危険な状況になった場合、ゲンジロウ様が止めに入るらしいけれど、四鬼を決める試合となれば、それなりに激しくなる。

特に、魔法や神力の使用が許可されているし、激戦となる事は始まる前から分かっている事。しかし、改めて言われてしまうと、退席したくなってきてしまう。


「サクラ。大丈夫。シデン様は強いから、怪我だってしないよ。」


「そ、そうだよね…」


心配だけれど…兄上の晴れ舞台。しっかり応援しなきゃ。


「それでは!これより南地区、四鬼選定戦を開催する!」


「「「「わぁぁぁぁ!」」」」


歓声が上がり、ゲンジロウ様は舞台から下りていく。


「つ、遂に始まったでござるな…何故か拙者が緊張してきたでござる。」


「わ、私も緊張してきました。」


「二人が緊張すると、うちまで緊張してきちゃうでしょ!?」


「それでは!これより第一試合を始めます!」


ゲンジロウ様が座ると、別の方が出てきて試合を進行していく。

第一試合は、父上が居た道場に所属していた、門下生同士の戦い。


今回の五人の中で、兄上が最も警戒している相手が、早速登場した。


名をショウド。


ボサボサの茶髪を纏めもせずに肩に下ろし、猫背。

その髪の間から太い眉と真っ赤な瞳が見える。チラリと顔が見えたけれど、えた獣のような目付きで、最初に会った時のゴンゾー様に少し似ていた。

ただ、ゴンゾー様と違うのは、その目を見ると、恐ろしいと感じてしまうところにあった。参加者達は皆殺気立っているし、怖いと感じて当たり前なのかもしれないけれど…少し他の人達とは毛色が違う気がした。


彼は赤黒い刀を腰に下げていて、普通の刀より僅かに長めの刃渡りに見える。


「兄上が警戒していた人ですね。」


「あの茶髪の男?」


「はい。」


「確かにピリピリした感じが伝わってくる気がするね。」


「よく見て拙者も勉強せねばならないでござる。」


少し前のめりになったゴンゾー様は、試合の様子を見逃したりしないように目を見開いている。


「それでは…始め!」


ガキィィン!


「「「「わぁぁぁぁ!!」」」」


合図とほぼ同時に、二人の選手が中央へと走り込み、刃の付いていない刀を交え、会場から歓声が溢れ出す。


てっきり、魔法でバーンッ!ってなると思っていたけれど…


ギンッ!ガキッ!


走っては斬り結び、走っては斬り結ぶ。それを繰り返す二人。

そんな事が起きているという事は理解出来るけれど、二人の動きが速過ぎて、詳細な事はほとんど分からない。


「……今のところショウド殿が一枚上手のようでござるな。」


「ゴンゾー見えるの?!」


「え?セナ達は見えないでござるか?」


「速過ぎて姿を追うので精一杯ですね…」


「そうでござったか…今はショウド殿が押しているでござる。ただ、相手も強く、踏ん張っているでござる。」


「もっとこう…ドーンバーン!みたいな事になると思っていたけど、魔法は使わないの?」


セナも同じ事を思っていたみたい。


「魔法というのは、基本的に発動までに時間が掛かるでござる。魔法陣を描かねばならぬでござるからな。

確かに魔法の方が広範囲に、高威力の攻撃が可能でござるが、一対一、しかもこの距離の場合は、刀で斬り掛かった方が早いでござる。

使っても良いとは言われているでござるが、魔法を使う場面はあまり無いと思うでござるよ。」


つまり、使用は認めるけれど、使用するかどうかは本人次第という事。


「それに、ここに居る者達は皆、神力が使えるでござる。魔法陣を描く必要は無いし、こっちの方が使い勝手が良いでござる。」


要するに、神力の使い方と剣技、この二つがより高い方が勝つ。という事だと思う。


「準備運動は終わりでござるな…始まるでござるよ。」


ゴンゾー様がそう仰られると、二人の選手が数メートル離れて動きを止める。


あれだけ激しく動き回っていたのに…二人は全く息を切らしていないし、ゴンゾー様が準備運動だと言っていたのは本当みたい。


「相変わらず嫌な奴だぜ。」


「…………」


相手選手の言葉に無言で返すショウド。

言葉を交わすつもりは無い…みたいな事なのかな?


その時、ブワッと目の前に漆黒石の影が広がっていく。


「な、なにっ?!」


「どうしたでござるかっ?!」


突然でびっくりしたけれど、どうやらゴンゾー様やセナには見えていないみたい。


これは…桜透眼おうとうがんの力…?


今まで漆黒石しか見てこなかったけれど、まさか神力で作られたものまで見えるの…?ううん。違う。

父上が神力を使ったのを見た事があるけれど、それは見えなかった。

私達を守ってくれた時、父上は神力を使っていたと思う。人の到達出来ないスピードで動く為に、父上は神力を使っていたはず。それは見えなかった。

という事は、最近になって見えるように…?そんな単純な話では無いように思う…だって、私は今魔眼を使おうとしていたわけではないから…


「な、何でも無いです…」


「「??」」


二人は不思議そうな顔をして私を見ていたけれど、私は今話す事でも無いか、と思い黙っていた。

どうだろう…病状が進行した証だと思って黙っていたのかもしれない。

こんな病状はお医者様から聞かなかったけれど…


大丈夫…まだ体は言う事を聞いてくれているから…それより、今は選定戦の方に集中しよう。


何故見えるかは分からないけれど、二人共、足に縄を巻き付けるようにして神力を使っている。


「どうやって神力を使うのかは分からないのですか?」


「それは各流派の極意中の極意でござる。門下生になったから教えて貰えるというものでもないでござる。」


「そ、そうなのですね…」


つまり、今の私は、どんな流派の極意も一目で分かってしまう危険な存在…という事になってしまう。

これは他人に話すべき事では無さそう…


どうやら、速剣の極意は、足に巻き付けた神力を、地面を蹴ると同時に伸ばすという使い方みたい。これで、脚力と、神力の伸びる力の両方を利用して地面を蹴る事が出来るため、尋常ではない速さを実現出来る…という事なのかな。


眼のお陰で動きの軌跡が見えて、何となくやっている事は分かるけれど、これが無ければ多分何が何だか分からないと思う。


ガンギンギンッ!


二つの神力の軌跡がぶつかり合うと、剣戟の音が聞こえてくる。


「速いでござるな…」


「うちはたまに姿が見えるくらいで後は何が起きているか全然分からないよ…」


「拙者もギリギリ見える程度でござる。」


「これが速剣の本気って事ね…観客席は随分と盛り上がっているみたいだけど…見えているの?」


「多分殆どの人が見えていないでござるよ。だから盛り上がっているのでござろう。」


「どうなっているか分からない!凄い!……って事?」


「まあそういうことでござるな。」


「そんなの詰まらないよー。」


「セナの詰まる詰まらないで試合は動かないでござるよ。」


「ちぇー…」


「これは…どうやら決着が着きそうでござるよ。」


「本当に?!」


相変わらず、舞台の上では二人が信じられない速さで動き回っているけれど、ゴンゾー様が見るに決着が着きそうらしい。


「ショウド殿の方が僅かに速いでござる。先程から惜しい場面が何度かあったでござるが…相手の選手も上手く躱していたでござる。しかし、それもここまでのようでござるな。」


ガンギンギンッ!ガキィィン!!


高い金属音がする。


舞台の中央で刀が交わった時、ショウド様が相手の刀を絡め取り、その手から弾き飛ばした。


カシャン…


舞台の端に模造刀が落ち、ショウド様の模造刀が相手の首元に突き付けられる。

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