第155話 漆黒石

「体調に関わるなら、調べなくて大丈夫だぞ。知らなくても困っていないからな。」


「大丈夫ですよ。この程度であれば、体調に影響はありませんのでお気になさらず。」


「本当に大丈夫なのか?」


「はい。」


サクラが嘘を言っているようには見えない。

本当に大丈夫ならば、調べてもらうとしよう。


「それならば、視てもらおうかな。」


「はい!お任せ下さい!」


サクラは頼られて嬉しいのか、少し気合いが入っている。

無理をして倒れたりしなければ良いのだが…


「それにしても、魔眼なんて、初めて聞いたが…どういうものなんだ?」


「そうですね…魔力を消費して、特殊な視界を提供してくれる目…とでも言えば分かりやすいでしょうか。」


「そんなものがあるのか…魔力を消費して大丈夫なのか?」


「私の魔眼は、魔力を消費する量が少量なので、大丈夫ですよ。視るだけですからね。」


「他の魔眼は違うのか?」


「他の魔眼をあまり知らないので何とも言えませんが、魔力消費の大きな魔眼も存在すると聞いた事はあります。

非常に珍しいもので、中には遺伝でしか発現しないものも有ると聞いた事があります。」


「そうなのか…」


俺の頭の中にあるのは、ニルの事だ。


あの赤く光る眼……もしかしたら、ニルも魔眼を持っているのでは…?

いや、まだ決めるには早すぎる。もしかしたら…くらいに考えておこう。ただ、もしあれが魔眼だとしたら、サクラに聞けば、制御の仕方も分かるかもしれない。

一度サクラが魔眼を使っているところを見てからでも遅くはないし、もし似たようなものならば、相談してみよう。


「それでは、早速始めますね。」


「お願いするよ。」


「はい………スー……フー……」


サクラは正座のまま、目を閉じ、ゆっくり、深く呼吸する。


集中力を高めているのが分かる。


何も言わずその光景を少し緊張して見ていると、フッと部屋の中の桜の香りが強くなった気がした。

その香りを感じた時、サクラがゆっくりと目を開く。


透き通った桜色の瞳が、桜色のまま淡く光り、目だけが浮かび上がっているように見える。

色や光り方は異なるが、ニルのそれと酷似こくじしているように見える。


「………えっ?!」


俺がそんな事を考えてサクラの目を見ていると、俺の胸部辺りを見たサクラが驚いている。


「どうした?」


「あ、いえ……確かにシンヤ様の中には漆黒石が存在します。」


「そうなのか。自分の中にそんな物があっても、気が付かないものなんだな。」


サクラはゆっくり目を閉じ、もう一度開くと、光は消えていた。


「でも、何に驚いていたんだ?」


「それが…シンヤ様の漆黒石なのですが、非常に濃い…と言えば良いのでしょうか。」


「濃い?」


「私の場合、実際にその人の中に有る漆黒石を透視しているというよりは、漆黒石の波長を感じ取っている。といった具合なのです。」


「実際に見えているわけではないという事か。」


「はい。漆黒石と共鳴する事で、その人の中にある漆黒石の影を見ているのです。

兄上含め、何人かの漆黒石を見てきましたが、本来であれば、その影はこれくらいの大きさなのです。」


サクラが手で示したのは、十五センチ程。形状までは分からないが、拳大のオーラと考えれば分かりやすいだろうか。


「しかし、シンヤ様の漆黒石の影は、倍はあります。体内に有るので、漆黒石の大きさは人による違いはあまりありません。なので、実際に漆黒石が大きいという事ではなく、影が大きく、そして濃いのです。」


「良い事…なんだよな?」


「はい。漆黒石の濃さは、そのまま神力の強度に繋がりますので、良い事ですよ。

それにしても…四鬼様全員の漆黒石も視させて頂きましたが、ここまで影の濃い方はいらっしゃいませんでした。渡人というのは、皆そうなのですか?」


「どうかな…漆黒石についてもここに来て初めて知ったからな。ただ、他の渡人には使えていなかった能力だと思うぞ。」


「だとすれば、シンヤ様が特別なのですね。それにしても…ここまでの力となると…………もしかして?!」


サクラが何かに思い至ったのか、目を丸くして俺の顔を見てくる。

見詰めるのはゴンゾーにしといてやれ。なんて馬鹿な事を考えていると、サクラが正座のまま少し後ろへ下がり、両手を床に付けて頭を深く下げる。


「えっ?!」


突然の土下座に困惑しかない。


神人かみびと様とはつゆ程も知らず!!大変な御無礼を!どうか平に御容赦下さいませ!!」


「えっ?!なにっ?!どゆこと?!」


「シンヤ殿が…か、神人でござるかっ?!」


ゴンゾーまで青い顔をして驚いている。


「えー……どうなってんのこれぇ…」


ここに来てから驚きの連続だな、おい。


「と、とりあえず頭を上げてくれ。その神人ってのがどんなものかは分からないが、俺は普通の人族だから。」


この状況は良くない。不治の病のサクラに頭を下げさせる男…クズじゃないか!?


「めめめ滅相も御座いません!神人様のお顔を直視など!目が潰れてしまいます!」


いや、たった今まで直視してたよね。潰れてないよね、目。


「サクラ様。確かにご主人様が神々こうごうしいのは認めますが…」


認めんで良いぞ。ニルよ。


「とてもお優しく、親しみを持って接して下さいます。そのように恐縮されると、お困りになりますよ。」


うーん…そもそもその神人というのがどういう存在なのか分からないが、俺が、その名前からして神々しい存在なわけがない。ただのオヤジだったわけだし。

だから、ニルには否定して欲しかったのだが…暗に認めているように聞こえてしまうのは気の所為だろうか…?


「は、はい……」


やっと頭を上げてくれたが、目は合わせてくれない。ちょっと悲しい…


「えーっと…まずは、その神人について説明してくれないか?」


「…神人というのは、神がつかわした者の事を言うでござる。」


恐縮しまくるサクラに代わり、ゴンゾーが話を始めてくれる。

ゴンゾーも少し緊張しているが、俺達への接し方は変わっていない。


「我々とあまり変わらぬ容姿をしていて、大きな力を持ち、神から授かった使命を帯びている…との言い伝えでござる。」


つまり、天使的な存在という事だろうか?

言い伝えという事は、基本的に誰も見た事が無く、都市伝説的な…それならば間違いなく違うと言える。ビックリさせないでもらいたい。


「違う違う!そんな大層なものじゃないから!

使命なんて無いし、神とやらに会った事も無いから!」


全力否定。


しかし…サクラだけでなく、神人という言葉にゴンゾーまで顔を青くしたという事は、この島ではそういった都市伝説的なものが深く信じられているという事だろうか。

となれば、神人という事にしておいて、交渉を進めれば……って、駄目だな。

そんなハリボテでは必ずボロが出てしまうし、順調に話が進んだとしても、同盟やその後の戦闘等、あらゆる場面でその嘘が足枷になる事は目に見えている。

最終的に勝ったとしても、彼らにとっては聖戦せいせんとなってしまうし、大陸の者達との軋轢あつれきは埋められない程になるやもしれない。

狡い事はするものじゃないな。


「それに、渡人が力を使いこなせなかっただけで、全員俺と同じ漆黒石を持っていたとしたら、どれだけの数が居たと思うんだ。」


プレイヤーは、最終的にはかなり少なくなったが、発売当初は注目作品という事もあってか、想像出来ない数のアクセスがあったはずだ。当然、その全てのプレイヤーが作り出したキャラクターは、余さず渡人。

それが全員神人だったら、神人の大バーゲンセールだ。神々しさの欠片も無いだろう。


「??」


「ここに来たのは、三十人と俺だけかもしれないが、大陸には数十万人の単位で居たんだぞ。」


「「っ?!」」


ゴンゾーまで驚いている。大陸の事はほぼ知らないから無理は無いが。


「そんな奴がその神人とかいう立派な存在なわけないだろう。

今回のゴンゾーを陥れた連中よりタチの悪い奴らだって居たんだから…」


アイツらが神人なんて高尚こうしょうな者だなんて、俺は絶対に認めたくない。


「そ、そうですか…」


やっとこちらを向いてくれたが、まだ少しだけよそよそしい。


「それに、もし万が一神人だったとしても、ゴンゾーやサクラには普通に接して欲しいと思うよ。ラトもその方が喜ぶ。」


『うん!また遊んでー!』


庭からラトが声を届けてくれる。


「…分かりました。お騒がせして申し訳ございません。」


サクラは少しおっちょこちょいなのかもしれないな。そこが良いところなのかもしれないが。


「これで確認は終わったでござるな。拙者はこれから行く所があるでござるから、先に失礼するでござるよ。

シンヤ殿達はまだ居るでござるか?」


「聞いておきたい事があるから、もう少し居るよ。」


「承知したでござる。

サクラ殿。ご自愛するでござるよ?」


「はい。ゴンゾー様もお気を付けて。」


「し、承知したでござる!」


サクラはゴンゾーに柔らかい笑顔を向け、その笑顔にダメージをこうむったゴンゾーは足早に去っていく。


うーむ。この恋の先は長そうだ。

長寿の鬼人族だが、サクラには時間が定められている。何とかしてやりたいところだが…第三者が手を出し過ぎてもいかんし…

サクラを治す事が出来れば一番良いのだが…


「ふふふ。ゴンゾー様はいつもああして帰ってしまうのですよ。」


嬉しそうに口元に手を当てて笑うサクラ。


「ゴンゾーとは仲が良いみたいだな。」


「はい。こんな世間知らずで病弱な私に、いつも良くして下さいます。

病気をしてからは、同情…なのかもしれませんが…」


そう言って顔に影を落とすサクラ。


彼女の心中としては、病弱な自分を心配してくれているように感じてしまうのだろうか。

それとも、互いの気持ちには気付いていても、自分が程なくして死んでしまうという運命の上にある事を知っているが故に、ゴンゾーとの事をこれ以上進められずにいるのだろうか。


どちらにしても、やり切れない気持ちになってしまう。


その命を救う手立てを、俺が奪ってしまったのだ。


「ふふ。そんな事を言ってはゴンゾー様に失礼ですよね。」


ゴンゾーを助ける為とはいえ、自分を責めずにはいられない。

目の前で生き、ぎこちなく笑うサクラを見ると、更にその思いが深まっていく。

助けられない命も有る。それは分かっているつもりだ。それでも…手の届く距離に居ても助ける事が出来ない…………


結局、シルビーさんを失ってしまったあの時から、俺の手はずっと……ちっぽけなままだ。


「それで…私に聞きたいことというのは…?」


「ああ。そうだったな。

魔眼についてなんだが…」


「私の知っている事であれば、何でもお話し致しますよ。」


「ありがとう。

実は、魔眼の制御方法について知りたいんだ。」


「制御方法について…ですか?」


「ああ。知りたい事はそれだけなんだが…実のところ、折角ここまで足を運んだのだから、もう少しサクラと仲良くなりたくてな。」


敢えてニルの名前を出さなかったのは、サクラに余計な負担を掛けさせたく無かったからだ。知ればその分、黙っていなければならない事も増えてしまう。知らないならば知らないままの方が彼女の心労は減るはずだ。


「ふふふ。シンヤ様はお優しいのですね。」


「そうか?」


「はい。私は化粧や着物で誤魔化ごまかしてはいますが、華奢…いいえ。虚弱きょじゃくだと、分かりますよね。」


「………」


「良いんです。これは仕方の無い事ですし、受け入れておりますので。

そんな私を見て、家族や親友以外の人は皆、心配して下さるのです。嫌と言うわけではございません。とても嬉しく思いますが……やはり寂しく思ってしまう私は贅沢者ぜいたくものですね。」


「そんなことは無い。」


それを贅沢と呼ぶならば、世の中の人々は贅沢の限りを尽くしている事になる。いや、事実そうなのかもしれない。ただ、それに気が付いていないだけなのかもしれないな。


「ふふふ。ありがとうございます。

皆は心配して下さるのですが、シンヤ様は心配ではなく、仲良くなりたいと仰って下さいました。

それが嘘ではない、と目を見れば分かります。そんなシンヤ様のお優しい心が、私はとても嬉しいのです。」


「そうか?気の合いそうな人を見たら、仲良くなりたい、もっと話をしたいというのがだと思うぞ。」


サクラにとって、普通の人の普通の生活がどれ程遠い物かは、この屋敷を見れば分かる。

まるで大切な小鳥を逃がさないように籠の中へ押し込んで、皆で世話をしている……そんな印象を受けてしまう。

、俺はという言葉を強調した。


「ふふふ。そうですね。それがですね。」


サクラは嬉しそうに笑う。


サクラは、病弱で心配される事が多かったからか、人の感情や心の動きに対して、特に敏感びんかんな部分があるように思う。

だからこそ、ラトと直ぐに仲良くなれたのだろう。

相手が何を求めていて、何を話して欲しいのか、それを直ぐに読み取ってくれる。

逆に相手がどうすれば傷付くのかも手に取るように分かるだろう。

サクラ自身が優しい性格で良かったと思える。


「私の経験が何かの役に立つかは分かりませんが、お話し致しますね。そうだ!折角ならゴンゾー様の昔話も致しましょう!」


「それは面白そうだな!是非聞かせてくれ!」


「私も気になります!」


『僕も僕もー!』


「ふふふ。何か悪い事をしている気になってしまいますね!」


悪戯いたずらっ子のように笑うサクラ。コロコロと表情が変わっていく。


「たまには悪い事でもして皆を困らせてやれよ。いつもいつも良い子じゃサクラも皆もつまらないだろう?」


「そ、そんな事…」


「良いんだよ。いつもいつもじゃうんざりしてしまうかもしれないが、たまに悪戯するくらいなら皆楽しんでくれるさ!」


優しいサクラのする悪戯なんて、たかが知れているだろうし、不快に思う人は少ないはずだ。

皆笑って許してくれるだろう。


「ふふふ。これからの楽しみが増えてしまいましたね!」


サクラの口から、これから…つまり、未来の話が出てきた事が、とても嬉しかった。


「ふふふ。昔を思い出してしまいますね。」


何かを思い出し、懐かしむように遠い目をするサクラ。


「私がまだ小さくて、病気でもなくて、元気だった頃、鍛冶屋のセナと、よく悪戯を考えては遊んでいました。」


「あー!セナ!俺達も会ったぞ!」


「本当ですか?!元気にしていましたか?!」


「ああ。ゴンゾーを虐めて楽しんでたな。」


「ふふふ。セナはいつもそうなのですよ。でも、根は優しくて、弱い者虐めを見ると、誰より先に駆けて、相手が男性だろうと殴り掛かって行く子なのです。正義感の強い芯の通った子なのですよ。

本当に、私には勿体ない友人です。こう言うと、セナは友達に勿体ないも何も無い!って怒るのですけれどね。」


「ははは!イメージ通りだな!

確か、セナの父親とサクラの両親の仲が良かったとか。」


「はい。実は、私と兄上の父は、この南地区の前四鬼で、その刀を、セナの父君が打って下さったのです。」


「それとなく聞いては居たが、それからの付き合いなのか?」


「はい。セナの父君は、定期的に打った刀の様子を見に来て下さっていました。その時、セナも連れて来て下さり、よく二人で遊んでは、庭を走り回っていましたね。

ふふ。女子おなごが走り回るなどはしたない!と母上によく怒られました。」


もうそんな事が出来なくなってしまったサクラは、その頃を懐かしんでいるのか…それとも羨ましく思っているのか…


「シデンは、父の跡を継いだという事か。」


「そうですね。父が亡くなった時、まだ兄上の力が足らず、一時的に空席にはなりましたが。」


「空席に…?大丈夫だったのか?」


「はい。本来であれば、直ぐに次の四鬼を決めねばならないのですが、見合う人が居なかった事と、四鬼の中では仲良くしていたゲンジロウ様が、南地区までをも暫く担当して下さると仰って下さり、兄上が四鬼としての力を示すまでの間、ここを守って下さったのです。」


「へぇ…」


ここまで歩いてきて分かったが、東西南北のそれぞれの地区は、かなり広い。実際にどれだけの広さがあるかは分からないが、各区域を一人で統括するだけでもかなり大変な仕事だろう。

それを一時期だとしても、二区画担当していたとは…ゲンジロウは、想像以上に凄い人らしい。俺には絶対に真似出来ない。


「ですから、兄上はああ見えて、かなりゲンジロウ様に感謝しているのですよ。

立場上頭を下げたりは出来ませんが。」


なるほど…だから今回の頼み事もすんなりと受け入れてくれたのか。


「ふふふ。」


サクラが何かを思い出したのか、突然笑い出す。


「ゴンゾー様。今はござるござると言っていますが、実は昔はそんな喋り方では無かったのですよ。」


「そうなのか?逆に違和感があるな…」


「それどころか、昔は粗悪そあく粗暴そぼうで喧嘩ばかり、理由があったにせよ…変わりましたよね。」


「なかなか興味が湧く話だな。詳しく聞かせて欲しいな。」


「ふふふ。分かりました。」


サクラは一度嬉しそうに笑った後、口を開く。


「そうですね…あれは確か、私とセナが仲良くなってから暫く経ってからの事でしたか……」


そう切り出したサクラは、まだサクラ、セナ、そしてゴンゾーが小さかった時の話をしてくれた。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



数十年前のオウカ島。


「待ってよー!セナちゃーん!」


「サクラ遅いよ!はやくはやく!」


私はよく遊びに来てくれるセナちゃんと、父上、そしてセナちゃんの父上と街中へ、買い物を目的としておもむいていた。

私と兄上は四鬼の子供という事で、基本的に屋敷の外には出られず、あまり外の事を知らなかった。

そんな世間知らずの私達を不憫ふびんに思ったのか、セナちゃんの父上が色々と手を回してくれて、場所が限定されていたけれど、外に出る事が出来た。

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