第154話 シデン
店主に案内された部屋は広く、ゲンジロウの屋敷で泊まっていた部屋より更に一回り広い。
『シンヤー。』
ラトは部屋から出られる庭に居る。そこから上がってこられるようになっているらしい。
「こちらのお部屋で宜しかったでしょうか?」
「あ、ああ。ここで大丈夫だ。ありがとう。」
「今後、この部屋を使う際は、是非裏口からどうぞ。その方が何かと良いかと思います。」
特筆していなかったが、街中でも、この宿屋の前に居た時にも、ラトがとにかく目立つ。毎度出入りする度にこれでは面倒な為、気を利かせてくれたのだろう。
「ただ、出入りの際は店の者にお声掛け下さると嬉しいのですが。」
「分かった。」
「ありがとうございます。」
店主はそれだけ言うと、スススッと通路の先へと消えていく。
必要以上にまとわりついたり、ゲンジロウとの関係等、聞かなくて良い事は聞かない。
こんな大きな宿屋の店主なだけはある。
「凄い部屋でござるなー…」
「ゲンジロウの所で泊まっていた部屋とあまり変わらないように見えるが…?」
「よく見ると、装飾品も造りも、一段上の物を用意してあるでござる。」
「へぇ…」
俺から見たらあまり変わらないように見えるが…
早速、物資の調達係としての仕事に精を出しているみたいだな。というより、そういう目を持っているからゲンジロウはゴンゾーをこの役職に
「これで戻って来る場所は出来たでござる。拙者は向こうに着いた後、そのまま別れるでござるから、道を覚えておくでござるよ。」
「分かった。案内頼む。」
部屋に置くものも特に無い為、そのまま裏口からラトと共に外へ出て、ゴンゾーと共に南西方向へと足を向ける。
暫く歩いていると、周囲の景色が少し変わってくる。
「これは…桜の木か?」
「よく知っているでござるな。そうでござる。
師匠が統括する東地区とは違い、この南地区には桜の木が大量に植えられているでござる。
それ故か、桜の花が咲く頃には人でごった返し、そこら中で酒盛りが行われるでござるよ。」
桜の木には、まだ花は咲いていないものの、
「この地区には、
「へぇ。それなら、帰りに酒でも買っていくとするか。」
日本酒を大量に買い付けておきたいし。
ゴンゾーの後を付いていくと、周囲に桜の木がどんどん増えてくる。
道行く人々は東地区より少なめで、雰囲気自体が少し落ち着いた街並みに見える。
「そろそろ着くでござるよ。」
ずっと大通りを歩き続けてきたが、たまに、二人の男性が
この島での移動手段は駕籠が普通なのだろうか?ちょっと乗ってみたいかも…でも、ラトに乗った方が全然速そうだな…
なんて考えていると、目的の場所へと辿り着く。
「ここでござる。」
ゲンジロウの屋敷と比べても見劣りしない長い塀と大きな門。
ただ、塀の向こう側には大きな桜の木が等間隔にズラリと並んでいるのが見えるし、門構えはゲンジロウの屋敷より少し落ち着いていてスッキリした印象だ。
「確か…シデンという名の男がここの家主だったよな?」
「そうでござる。家主…というか、四鬼の一人でござるよ。」
「へぇ……へ?!」
ゲンジロウからは家主の名前だけ聞いていたが…わざと黙っていたな。俺を驚かせて何が面白いんだ…?
「四鬼の一人が漆黒石を視る力を持っているって事か。」
「いや、それは違ってでござるな…」
「……来たか。」
ゴンゾーの言葉を切るように、門の方から声が聞こえてくる。
肩まである長い紫色の髪の鬼人族男性。
髪の左側だけ髪を編み込んでいて、
背丈は俺とほぼ同じ程度で、百七十を越える程度だろう。
黒い羽織を着ていて、その下に紫色の着物と、紫色の刀が見える。
「シデン殿。ご無沙汰しているでござるよ。」
「……ふん。俺はお前など帰って来なくても良かったがな。」
目付きも怖いが、言う事も怖い。
ただ、本気で言っているようには見えない。
「あ、相変わらず
眉を八の字にして困ったように笑うゴンゾー。
「お前達がゲンジロウの言っていた連中か。」
俺の方を見て話し掛けてくる。
「ああ。」
「………ふん。」
まじまじと不躾な視線で俺達の事を上から下まで眺めた後、鼻を鳴らす。なんというか…無礼な奴だな。
「ゲンジロウと引き分けたと聞いていたが、嘘ではないらしいな。」
「ご主人様に何と無礼な態度を…」
「そ、それより、漆黒石の事を!」
話を逸らさないとニルがキレちゃう!この子俺の事になると沸点低いから刺激しないで!
「……付いてこい。」
首をクイッと門の奥に傾け、奥へと入っていくシデン。
「確かに癖のありそうな相手だな…」
「拙者も正直ちょっと苦手でござる…本当は凄く優しい方なのでござるが…どこでどうなってしまったのか…」
ゴンゾーが苦手な相手って、かなりの相手だな。
門を潜ると、広さはゲンジロウの屋敷とほぼ同じなのに、雰囲気がまるで違う。
桜の木がズラリと並んだ内側には、綺麗に敷き詰められた白い砂利と、大きな池。その中には
数有る建物の中には人が居るのだろうが、庭だけ見ていると誰も居ないような気がしてくる。
落ち着いたと言えば聞こえは良いかもしれないが、ゲンジロウの屋敷を見た今は、どこか寂しい感じがしてしまう。
いくつかの建物を横切って歩いていくと、一際他の場所より大きな桜の木が二本、植えられている建物が見えてくる。
「入れ。」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、シデンはその建物の中へと入っていく。
俺達もシデンの後を追って建物の中へと入っていく。
少し温かみのある床板と、その上を静かに歩く女中達。
女中の女性達は皆、薄い桜色の着物を着ている。
それを横目にズンズンと進んでいくと、縁側に出る。
庭が一望出来、二本の桜の木と、白い砂利、小さな池。
ここだけ切り取っても絵になる風景が広がっている。
そんな池のほとりに、一人の女性が立っている。
後ろ姿しか見えないが、腰まである長い桜色の髪は首あたりで桜色の髪紐によって一度まとめられている。
全体的に小柄…というか
「サクラ!」
シデンが名前を呼んで慌てて庭へ降りていく。
ん?……サクラ?
振り向いた女性は、桜色の瞳に、小さな顔。薄い唇に小さな鼻。少しだけ垂れ目気味の優しそうな顔立ちの女性で、美しいというよりは可愛いという印象を受ける。
「サクラって…」
「そ、そうでござる……シデン殿はサクラ殿の
そういう事か…だからゴンゾーを案内人にしたのか。ゲンジロウめ。
「話してくれたら良かったのに。」
「四鬼の家系についてや、身の回りの話は基本的にご法度でござるから、話せないでござるよ…」
四鬼は役人の看板。その分、身の回りに居る者の危険も大きくなる。人気が高いという事は、恨みも多く買うという事だ。
それにしても…サクラが鬼士の娘とは聞いていたが…まさか四鬼の妹だとは…本当に難儀な相手に惚れたものだ。
しかし…シデンも美形だが、妹も例に漏れず…といったところか。ゴンゾーが惚れるのも頷ける。
「兄上。」
小さな鈴を鳴らしたような声が聞こえてくる。
「サクラ!外に出て大丈夫なのか?!」
「兄上。病とは言え、まだまだ私は元気です。そんなに心配なさらなくても、これくらいは平気ですよ。」
「そうは言ってもな…」
「
「う…サクラがそう言うならば…
だが、無理は禁物だぞ?」
「分かっております。」
「それならば良いのだが…」
「それより、お客様ですか?」
俺達の方をシデンの横から覗き見るサクラ。
「ゴンゾー様?!!」
「あっ!サクラ?!」
サクラは何か言おうとした兄の横をすり抜けてこちらへと足早に向かってくる。
「サ、サクラ殿!走ってはならないでござる!」
ゴンゾーは焦って両手を前に出してブンブン振る。
「本当に……本当にゴンゾー様…ですか…?」
「そ、そうでござる!だから走っては!っ?!」
ゴンゾーとの距離はまだあるが、ゴンゾーの顔を見て、本人だと分かったのか、サクラは足を止め、その場でポロポロと綺麗な桜色の目から涙を流す。
「本当に…ゴンゾー様…良かった…良かったよぉ……」
「貴様!ゴンゾー!サクラを泣かせたな!表へ出ろ!!」
何故かブチギレるシデン。
どうやら重度のシスコンらしい。そりゃゴンゾーにあんな事をいうわけだな…
「拙者が泣かせてしまったでござるか?!サ、サクラ殿!謝るでござるから泣き止んで欲しいでござる!」
「いえ…ひっく…いえ……」
涙を拭いながら、何かを言おうとしているが、言葉にならないらしい。
この状況を見て何故泣いているか…それが何故この二人には分からないのだろうか。馬鹿…なのか?馬鹿なのか。
「サクラ様は、ゴンゾー様が生きて帰られた事に嬉しくて泣いているのだと思いますよ。」
ニルが超冷静に状況を説明する。
「せせせ拙者の為に泣いて下さっているのでござるか?!」
「はい…はい……」
何度もコクコクと小さく頷くサクラ。
「なにっ?!ゴンゾー!貴様!表へ出ろ!」
もう既に、この兄面倒臭い。
というかカオス過ぎる状況に、俺はどうしたらいいのやら…
嬉し泣きしているサクラ、それを見てゴンゾーを斬ると騒ぐシデン、オロオロしているだけのゴンゾー、それをただ見ている俺とニル。
日を改めようかな…と考えていると、サクラがやっと泣き止んで、一段落した。
「その…取り乱してしまって申し訳ございませんでした…」
桜色に頬を染めるサクラが、恥ずかしそうに謝る。
「サクラが謝る必要は無い!ゴンゾーを斬れば全て丸く収まるからな!」
刀に手を置くシデン。本気で抜きはしないだろうが…話がややこしくなるから落ち着いて欲しい。
「兄上。そのような事は冗談でも言っては駄目ですよ?」
「斬らないで欲しいでござる…」
「冗談ではない!斬る!」
サクラの注意も無視しようとしたシデン。
「兄上!もう一度そんな事を言ったら二度と兄上とは口を
「なん…だと…?!」
シデンはこの世の終わりとでも言いたげな顔をして地面に両膝を落とす。
サクラの
当分そのままでいて欲しい。
「それより、ゴンゾー様。そちらの方々は…?」
「そうでござった。こちらはシンヤ殿。ニル殿。そして…」
『僕はここだよー。』
こちらのハチャメチャな展開を庭の隅で
「あちらがラト殿でござる。」
「まあ!可愛い!」
サクラは両手を顔の前で合わせると、ニコニコしながらラトに近付いていく。
「あなたはラト様と仰るのですね?可愛い!この首に巻いてある生地も綺麗でとてもお似合いですね!」
『ほんとっ?!ふふーん!どう?』
興味が一瞬で湧いたのか、ラトは首元を見せながら誇らしげに胸を張る。
「言っている事が分かるのですか?!可愛いだけじゃなくて賢くていらっしゃるなんて!」
『ふふーん!』
鼻が伸びまくってるぞ。ラト。
「兄上と一緒に居て下さっている
サクラが首を傾げて俺の方を見る。俺が契約者だと分かったらしい。ニルは枷をしているし、色々と察したのだろう。
「そうだ。大陸の友魔でな。」
「大きいですね!」
「お、大きさではない!」
バチバチッ!
シデンが何に張り合ったのか、雷獣を視覚化する。
手の平サイズというのは同じだが、青白い雷が犬のような形になっている姿。鬼火もそうだったが…やはり可愛いな。
張り合いたかったのだろうが、雷獣はぴょんぴょんと跳ねながらラトの目の前まで行くと、ラトを見上げる。
ラトは何かを感じ取ったのか、顔を雷獣に近付ける。
すると、雷獣とラトが互いの頬を擦り付け合うようにじゃれ合い始める。
仲良くなってくれたらしい。
「何故…だ…?」
「まあ!可愛い!私もビリビリしなければ触りたいのですが…」
「駄目だぞ。サクラ。」
「…はい。分かっております。」
真剣な表情でサクラに注意するシデン。まだまだ元気そうではあるが、サクラは病気だ。
電撃なんか普通の人でも危ないのだから、サクラにとってはもっと危険だ。残念そうな顔をしているが、駄目なものは駄目だ。
『僕なら触っても大丈夫だよ?』
ラトが気を利かせてくれたのか、サクラに伝えるように言ってくれる。
「ラトが、自分なら触っても良いとさ。」
「本当ですか?!」
パッと明るくなるサクラ。
「そんな得体の知れないものを触るなど!」
「兄上なんて嫌いです。ふんっ!」
「ふごふぉぅっ!!」
あれは間違いなく致命傷だな。死んでもおかしくない。
「ラトは風呂にも入っているし、清潔だから安心してくれ。」
「本当に宜しいのですか?!」
『良いよー!』
「触ってやってくれ。」
「はい!」
未だ立ち直れず四つん這いになっている兄を無視して、サクラはラトのモフモフへと手を伸ばす。
「わぁ…モフモフで気持ち良いです!毛並みも凄く綺麗ですし!」
『ふっふーん!シンヤに毎日洗ってもらってるからね!』
「暖かいですー!」
ラトと
先程からゴンゾーがやけに静かだな…と思って横を見てみると、楽しそうに笑うサクラに鼻の下と目尻をだらしなく垂らしていた。
見なかった事にしておこう。
「ラト様、ありがとうございました!」
『良いよー!』
ラトのモフモフを堪能したサクラは笑顔で縁側に向かってくる。
「そう言えば…ラト様に夢中になってしまいましたが…
それより、まずは中へどうぞ。」
サクラは縁側の正面にある部屋へと入れてくれる。
サクラの部屋なのか、可愛らしい装飾品が多く、部屋自体が華やか。ここに来るまでの雰囲気とは全く別の世界だ。
どこかからか、桜の匂いまでしてくる。
「はしゃいでしまって、申し訳ございませんでした。」
皆腰を下ろして少し落ち着いたところにお茶とお茶請けが出てきて、やっと落ち着く。
「気にしなくて良い。ラトも楽しんでいたし、また遊んでやってくれ。」
「ふふ。こちらからお願い致します。それで…」
俺達が何故ここに居るのか、とか、何故ゴンゾーに連れられて鬼人族でもない相手が…とか、色々と話していない。
「それでは、改めて紹介するでござるよ。
シンヤ殿達は、三年間出られずにいた拙者を、ダンジョンから救い出してくれた方達にござる。」
「ゴンゾー様を?!そんな方々に私は何て無礼を?!申し訳ございません!」
焦り出すサクラ。
「そんな大した人じゃないから大丈夫だ。」
何度かやったやり取りをその後も何度か続け、オウカ島に来るまでの事を話し終える。俺が渡人である事や、ニルの枷についても、軽く触れておいた。
「そうだったのですか…今までずっとダンジョンの中に…お辛かったでしょう…」
ゴンゾーの事を聞いて、また悲しそうな顔をするサクラ。
「昨日ゲンジロウの奴が断罪した連中が、ゴンゾーが死んだと言って回っていたからな。実際、それくらい、あの中で三年間も生きるのは大変な事なんだ。」
復活したシデンが、ゴンゾーを褒めるような言葉を言う。ちょっと反省した…のか?
「俺もそれだけは認めてやるよ。余程の心力がなければ出来ない事だ。」
「シデン殿にお褒め頂けるとは…恐悦至極にござる。」
「だが!そこだけだ!そこだけ!」
ゲンジロウが言っていた、力にだけは素直という意味が少し分かった気がする。
「ですが…私はゴンゾー様が必ず戻っていらっしゃると信じておりました。約束を果たすまでは死んだりしないと。」
「サクラ殿…」
お?退室した方が良いか?
「そ・れ・よ・り!ここに来た理由があるだろう!」
流れをぶった斬るシデン。
「そ、そうでござったな。
実は、シンヤ殿の漆黒石を視て頂こうかと思って訪ねさせて頂いたでござる。」
「シンヤ様の…?」
「実は、シンヤ殿は既に神力を扱えるでござるよ。」
「えっ?!」
サクラは驚いて、右手を口元に持っていく。
ゲンジロウが言っていたように、心身を鍛えなければ発動しない神力。そして、発動している者達の代表格が四鬼。つまり、神力を使えるというだけで、少なくとも、四鬼に近い力を持っている。という事に他ならないのだ。
それに加え、友魔。
そして、恐らくだが、普通は逆だという事にも驚いているだろう。
本来であれば、先に漆黒石が体内にあるか調べ、数珠を身につけ、神力を鍛える…これが普通の流れだが、俺の場合は逆で、神力が使えるようになった後、数珠を手に入れ、神力を鍛えるという流れだ。
「というか…漆黒石の有無を視るのはサクラなのか?」
「そうでござる。サクラ殿は非常に珍しい、
「魔眼?」
魔眼という言葉は聞いた事が当然あるし、大体どんなものかは想像出来るが、この世界では初めて聞く単語だ。
「私は、体内にある漆黒石と共鳴する事の出来る眼を持っているのです。」
「共鳴する…?それは体調的に大丈夫なものなのか?」
「大丈夫ではない!だからもう帰れ!」
シデンはゴンゾーがかなり気に入らない様子だ。そんな事を言っているとまた…
「兄上!」
「だってよー…」
「これは兄上ではなく、私への依頼です!勝手に返事をなさらないで下さい!もう向こうに行っていて下さい!」
「っ?!」
そんな悲惨な言葉がこの世にはあるのか?!と言いたげな顔だ。自業自得なのだが…
肩をズーンと落として部屋を出ていくシデン。四鬼という話だし、ゲンジロウレベルで強いのだろうが…何と言えばいいのか…多分馬鹿なんだろう。うん。
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