第141話 最終層
強いと一言で言っても、伝わらないだろう。詳しく説明すると……
まず、名前はダークデーモンと名付けられていたモンスターで、身長は約二メートル。かなり
このダンジョンでしか発見されておらず、海底トンネルダンジョン限定のモンスターだろう。
見た目はシャドウハンターに
使う攻撃方法は、なんと刀。
実際に刀を持って居るわけではなく、体を形作っている影だか闇だかを刀の形にしたものだ。
長さは一メートル半。大太刀とか
戦闘能力はネットで見た限り、このダンジョン内で最強。
動きはとても速く、力も強い。大盾のプレイヤーを盾の上から斬りつけて十メートルは吹き飛ばしたと
このダンジョンに潜って、最終層である第百階層まで辿り着けたプレイヤーは、ファンデルジュの中では
そんなクランのプレイヤーは、ステータスも当然高い。当時の俺より高かったはずだ。加えて、技術的な面でも、超リアルRPGをそこまでプレイし続けてきたのだから、かなり
そんな大盾のプレイヤーを、刀の一撃で十メートル飛ばすとなると、どれだけの力が必要なのか想像出来ない。今の俺が野太刀を持って叩き付けても、一ミリだって浮かせられない自信がある。
ネット上の書き込みだから、盛られている可能性も高いが、少なくとも吹き飛ばされたのは間違いないだろう。
超強い刀使い。それがダークデーモンの印象だ。
魔法も闇魔法を使い、特殊な闇魔法も使ってくるらしい。内容についてはあまり覚えていないが、ニルが使うシャドウテンタクルのような…攻撃と言うよりは、戦闘の補助的な役割で使ってくる闇魔法もあったはずだ。
そして、このダークデーモン最大の特徴は……
二度殺さなければならない。という所にある。
ダンジョンボスによくある…と言えばよくあるパターンなのだが、一度倒すと、更に強くなって…というやつだ。
防御に関しては特別高いわけではなく、一応斬れるらしい。魔法に対してはそこそこな防御力を発揮して、あまり効かないらしい。
全く効かないわけではないから、数の暴力で魔法を限界まで使ってひたすら撃ち込めば、攻略組のようにダークデーモンを倒す事が出来る。こちらに数が居ればの話だが…
ダークデーモンを一度倒すと、一度完全に消え去り、中央にもう一度ダークデーモンが現れる。
二度目の姿は甲冑のシルエットが消えて、もっと
二度目の戦闘は
特にパワーとスピードが数段階上がり、ここで一気に三十人まで減らされたらしい。決死の覚悟で魔法を撃ち込みまくった事で全滅する前に何とか撃破…という流れだったと記憶している。
単純な基礎戦闘力が高いタイプで、ベヒモス同様対策という対策がほぼ無い。強いて言うならば、無理に突っ込まない事…くらいだろうか。
そんな相手に、この体力で勝てるか不安過ぎるが…ここに留まっていて、インビジブルハンターがリポップしたら、より踏破が困難になってしまう。引き返しても、もう一度インビジブルハンターを倒して進まなければならないし、結局は同じ事だ。
「進もう。」
「はい。」
「そうでござるな。」
『行こう!』
全員の同意を得て、俺は最後の扉に手を置く。
「遂に最後ですね。」
「本当に長かったでござる…」
ゴンゾーにとっては三年越しの思いだ。それはそれは、俺達が感じているよりも長いダンジョン攻略だろう。
「行こう。」
「はい!」
「承知したでござる!」
『うん!』
ズズズッ……
第百階層。
部屋の大きさは五十メートル四方。高さ五十メートル。
正立方体の部屋で、装飾は一切無し。
第一階層と全く同じ作りだ。
「あれがダークデーモンでござるか。」
その中央に仁王立ちしている黒い人影。
シルエットは説明した通り。
「拙者達の姿によく似ているでござるな。」
スラッ…
ゴンゾーが刀を抜いて構え、ゆっくりと近付いていく。
「ゴンゾー。体力を温存しながら最初は様子見だ。
速さに慣れるまでは無茶はするなよ。」
「承知したでござる。」
こちらの体力は削れている。無理は禁物だ。
ゴンゾーの動作を見てなのか、ダークデーモンが、その手に一メートル半の野太刀をどこからとも無く持ち出してくる。
真っ黒なシルエットの中に、二つの青い目だけが光り、こちらを見ている。
言葉は一切発さず、どっしりとした構えを取るダークデーモン。
これは感覚的なものだが、威圧感…というのだろうか。それとも殺気と呼べばよいのだろうか。
ダークデーモンの正面に立っているだけで、ピリピリとした死を感じさせる空気が漂ってくる。中央に立っているダークデーモンとの距離は約十メートルあるのに、それでも寒気すら感じる。
喉が乾き、
刀を抜こうとして真水刀の柄を握ると、手に汗が滲んでいる事に気が付いた。
「………」
「…………」
下手に動けず、ダークデーモンの動きを見ていると、ほとんど予備動作も無くダークデーモンが動き出した。
ほぼ一足で真っ直ぐに突っ込んできたダークデーモンが、ゴンゾーに斬り掛かる。
速い!
俺よりは少し
「っ?!」
ガギンッ!!
「ぬぁっ!」
火花が散って、ゴンゾーの体が軽々と後ろへ吹き飛ばされる。
十メートル近く飛んだゴンゾーが、地面の上を数度転がったところで、やっと勢いを殺すことに成功する。
「ぐっ…」
大事には至っていないようだが、ゴンゾーの顔には
野太刀を振り抜いた姿勢のまま止まっているダークデーモン。
挨拶代わりだとでも言いたいのだろうか…そのままゆっくりと直立の姿勢に戻っていく。
ほんの僅かな瞬間の出来事だったが、このダークデーモンの攻撃を見て、かなり驚いた。
剣術を使っている。
非常に荒削りで
野太刀を持って、振り回すだけとは
刀を使いこなしていれば、隙も減り、攻撃力も跳ね上がる。
予想よりずっと強敵だ。
『強いね……』
ラトと比較しても
聖魂魔法の残り回数は一回。もう一回分の回復には、まだまだ時間が掛かる。イベント失敗に終わったとしても、一度引き返して聖魂魔法を回復させておくべきだったか…?
いや…この四人なら出来るはず。俺はそう信じている。
それに、もう戦闘が始まってしまった。今更、この素早い相手に背を向けて逃げる事は出来ない。
「ニル。出過ぎるなよ。」
「はい。分かっています。」
ニルは既に俺達より少し後ろに下がっている。自分が相手をして、倒せる相手だとは思っていないのだろう。援護に徹してくれるようだ。
ブンッ!
ダークデーモンが一度大きくその場で野太刀を振り、俺達を
「来いって言いたいのか…?」
野太刀を俺に向けて構えるダークデーモン。
完全に俺に向かって誘いを掛けている。
「ご指名か……」
真水刀を握る両手をもう一度握り直し、ダークデーモンを真っ直ぐに見る。
「………」
「……………」
俺とダークデーモンの間に静かな時間が流れる。
「……はぁっ!」
先に動いたのは俺だ。
床を蹴って一足で駆け寄ると、垂直に刀を振り下ろす。剣技、霹靂。
ダークデーモンは俺の動きに反応出来ていない。受けの動作を取るには時間が足りないはず。
ズガガッ!
しかし、俺の霹靂によって生み出された飛ぶ斬撃は、床のみを削った。
ダークデーモンは体を半歩、俺から見て左にズラし、刀を避けたのだ。
ブンッ!!
俺の首元に振り下ろされる野太刀。剣術でも基本的な動きで、相手の一太刀を避けての反撃、その王道の動きだ。
ガギンッ!
振り下ろした真水刀をそのまま振り下ろされる野太刀の方へと斬り返し、刃を合わせる。
ギャリギャリ!
「っ!!」
しかし、スピードでは勝っていても、パワーはダークデーモンが上。このままでは合わせた刃を押し切られてしまう。
俺は全身を低く落とし、刀の角度を変えてダークデーモンの野太刀を滑らせる。
ギャリッ!ガンッ!
刃の上を走った野太刀は、そのまま床へと叩き付けられる。
「はぁっ!」
ブンッ!
野太刀を振り下ろした格好のダークデーモンに向けて刀を横薙ぎに振るが、後ろへと跳ばれて刃は掠める事すら出来なかった。
後ろへと跳びながら、ダークデーモンは左手で魔法陣を描いている。
ここから何か魔法を使ってくるらしい。俺は警戒心を強めて距離を保つ。
刃を合わせた時、手が
『僕だって!』
バチバチッ!
閃光を走らせたラトが、背後からダークデーモンに走り寄る。
ブワッ!
『くっ!』
ダークデーモンの左手が描き出したのは見た事のない魔法陣。
ダークデーモンの周囲にヒョロっとした細長い草のような形をした、黒い触手が無数に生えてきて、それが近寄ってくるラトの足に絡み付いて、動きを鈍らせている。
魔法陣の複雑さから見て、恐らくは中級闇魔法。
ラトの体を完全に拘束する事は出来ないだろうが、攻撃を避ける為の時間を稼ぐだけならば十分だろう。
『このっ!』
ブンッ!
ダークデーモンに振られたラトの腕は空を切る。
俺の霹靂による飛ぶ斬撃にも対処していたし、ラトの速さにも対策を行っている。
自慢ではないが、俺達の動きを初見で躱すなんて普通ではない。もしかしたら、ダンジョン内の出来事を把握出来るのかもしれない。
『もぉ!邪魔ぁ!』
ブチブチッ!
ラトは絡み付いてきていた黒い草を引きちぎる。
カランッ…
そんなタイミングで、意識外からダークデーモンの足元に投げ込まれたのは爆発瓶。
ボガァァァンッ!
激しい爆発音がして、爆煙の中にダークデーモンが包まれていく。
こういう隙を見付けるセンスが、ニルはどんどんと卓越していくな…
しかし…
ボフッ!
爆煙を引き
ダークデーモンは、手元を黒く光らせて、何かを生成し手に握る。中級魔法に見えたが……
「あれは…」
ダークデーモンは空中に居ながら、ニルの方を見て、手に握った何かを飛ばす。
ビュッ!
「ニル!避けろ!」
盾を構えようとしていたニルが、俺の言葉に反応して防御から回避へと移行する。
ガガガッ!
計三つ投げられたのは、黒い
十字形に伸びた四枚の刃。床に刺さった形は見た事のある形で、風車型手裏剣とも呼ばれているものだ。
ガガガッ!
床に刺さった手裏剣は、床に刺さった後、グニャリと形を変えて、
「なっ?!」
もしニルが盾で受けていたら、盾を迂回して何本か体に刺さっていたかもしれない。
手裏剣の本当の効果を知っていたわけではなく、簡単な投擲物を作り出すのであれば、初級魔法で十分なはず。中級魔法で作られた投擲物が、単純なものとは思えなかった。何が起こるにしろ、受けるより避けた方が確実だと思った為、ニルに避けるよう指示したのだ。
「ご主人様のご指示が無ければ死んでいました…」
「気を付けろ。人に近い思考をする奴だ。」
「はい…」
ここまで戦った感じは、モンスターと言うよりは、人に近い。
相手の隙や魔法の使い方、剣術。どれもが単純なモンスターとは違う。
トンッ……
床に着地したダークデーモンは、何事も無かったかのようだ。
「強いでござるな…」
ゴンゾーも復帰して、ダークデーモンに刀を向ける。
ダークデーモンはゴンゾーに対して微かに首を向けただけで、その後は俺を真っ直ぐに見詰める。
「拙者を無視するとは良い度胸でごさるな……」
ゴンゾーにもプライドがある。ギュッと刀を握る手に力がこもっていくのを見て取れる。
このダークデーモンには、今までのモンスター達とは違い、ベヒモスと似た、単純明快な強さを持っている。
ただ、ベヒモスを見た俺達からすると、それに匹敵する強さかは微妙なところだ。一応打ち合いが出来ているわけだし…とそこまで考えて、もう一段階、強い形態が残っている事を思い出す。
もし、倒した後にあれより強いモンスターになるとしたら、本当に死ぬ気で戦っても勝てるか微妙なところだ。
「今更だが…とんでもないモンスターだな…」
「かと言って、ここまで来て諦めるつもりは無いでござるよ!」
ダンッ!
ゴンゾーが刀を握って走り出す。
いつもの
無視されたことに対する怒りはあるだろうが、どちらかと言えば、自分を
「ぬおぉぉぉっ!」
ガンッ!ギンッ!
ゴンゾーは自分の持っている全ての力を刀に注ぎ込み、ダークデーモンに斬り掛かる。
「拙者はこんな所で死ぬ訳にはいかぬでござるよ!!」
ガンッギンッ!!
鬼人族だけに、ゴンゾーの攻撃は、
こんな所で死ぬ訳にはいかない。
きっと今のゴンゾーの中には、尊敬する師匠、ゲンジロウと、想い人であるサクラの事が有るのだろう。
あまりの迫力に、ダークデーモンも無視する事は出来なかったらしく、ゴンゾーの猛攻を受ける。
何度も何度も、ダークデーモンが反撃する為の時間を、その刀で斬り続けるゴンゾー。
「ぬおぉぉぉ!!」
ガンッ!ザシュッ!ギンッ!
嵐のような
「まだまだぁぁ!!」
ガンッ!ガシュッ!
ダークデーモンが反撃しようとする行動を攻撃によって押さえ付けるゴンゾー。
身体能力だけで見れば、ゴンゾーよりも、ダークデーモンの方が強い。
それはゴンゾー自身が分かっているはずだ。
しかし、現状、ゴンゾーの刀が、ダークデーモンを斬り、ダークデーモンは受ける事しか出来ていない。
「やぁぁっ!」
ゴンゾーの猛攻を受けるダークデーモンの側面から、ニルが隙を見付けて斬り掛かりにいく。
ニルの声と行動に反応したダークデーモンが刀を振ろうとするが…
「また無視でござるか!!」
ガギンッ!
ザシュッ!
ゴンゾーの急所を狙った一撃を無視出来ず受け止める。
ゴンゾーの攻撃を受け止めた事で、ニルの攻撃を避けられず、体を
『僕もいくよ!』
「俺もだ!」
ラトと俺もニルと同じように、ゴンゾーと戦うダークデーモンの背後と側面から攻撃する。
ザシュッ!ガシュッ!
攻撃は当たったが、器用に体を
「せいっ!」
ゴンゾーが体を捻って避けたダークデーモンに対して、剣技、
ガシュッ!!
胸部に直撃した刃によって、後方へと飛ばされるダークデーモン。
「はぁ……はぁ……お返しでごさる!」
ゴンゾーもさすがに疲れたのか、息を荒くしている…が、刀の切っ先をダークデーモンに向けて、
ザザザッ…
吹き飛ばされたダークデーモンは、背を擦り付けるように床を滑った後、くるりと後転して立ち上がる。
タイミングはベストだったが、刃が直撃する寸前に、自分から後方へと跳び、被害を最小限に抑えたらしい。
胸部のシルエットがゴンゾーの刃によって割れているのが見えるが、倒すには少し浅い。
「…………」
自分の傷に一度目を落としたダークデーモンは、目以外の顔は見えないのに、笑った気がした。
ダンッ!!
ダークデーモンが床を蹴ると、ゴンゾーに向かっていく。
「無視出来なくなったでござるなっ!」
ガンッ!ギンッ!
今度はダークデーモンがゴンゾーと同じように猛攻を仕掛ける。
「くっ!ぬっ!」
ギンッガンッ!
あのパワーで振られた野太刀を何とか受け止めているが…長くは持たないだろう。
『今度は僕達を無視かなっ?!』
ラトが猛攻を仕掛けるダークデーモンの背後から寄ろうとした時。
ガインッ!
横薙ぎに振られた野太刀が、ゴンゾーの刀に触れた後、真後ろに向けてそのまま振られる。体を丁度横に一回転させた形だ。
『っ?!』
「これならどうだ!」
俺は側面から走り寄り、野太刀が届かないギリギリの位置で霹靂を使い、飛ぶ斬撃を放つ。
ガギンッ!
ズガガッ!
しかし、ダークデーモンはくるりと体を回転させて、飛ぶ斬撃を躱し、その際にゴンゾーへの一撃を忘れずに繰り出す。
「これなら!」
ニルが
シュインッ!
「嘘っ?!」
しかし、ダークデーモンは、飛んでくる小瓶を野太刀の切っ先で優しく触れ、勢いを殺した後、上へと軌道を変える。
ボンッ!
上空で爆発した小瓶に目眩しの効果など無い。
先程までは荒削りだと思っていた剣術だが…なんて
俺達を
ガンッ!ギンッ!
俺達の横槍を全て対処しながら、ダークデーモンはゴンゾーへの攻撃を続ける。実質的に、四対一で同等以上に戦われている状態だ。
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