第134話 第九十二階層
ワイバーンの攻撃方法は、手足の鋭い爪と牙。尖った尻尾。そして風魔法と水魔法を得意としてる。
ここが屋外であれば、更に厄介な相手となっていただろう。
「ワイバーンか…」
とはいえ、相手はドラゴンの一種。当然強い。ダンジョン内で会うのは初めてだが、戦ったことはある。
冒険者ギルドから受注した討伐クエストにて、狩った事がある。人数制限のあるクエストだった為、同じようにワイバーンを狩りたがっていたプレイヤーパーティと共同クエストとして受けたのだ。
結果として討伐完了となったが、飛翔する相手との戦闘は困難を極めた。
こちらの攻撃は届かないのに、向こうは飛びながら魔法陣を描き、ポンポン魔法を撃ってくるからだ。どこぞのシューティングゲームかと思うような戦闘に戦意を
その時は魔法使いのプレイヤーが
要するに、ドラゴンの中では最弱、というモンスターなのだが、あくまでもドラゴン。Sランクのモンスターとしての強さは十分に持ち合わせているという事だ。
「あれを倒すでござるか…?届く気がしないでござるが…」
「俺とニルのタッグ技でもあれを落とすのは難しいだろうな。」
バサバサと上空を飛んでいるワイバーンは、
『ずっと飛んでるねー。』
「わざわざ俺達の攻撃範囲に入ってくる必要はないからな…」
少しすると、ワイバーンの顔の前に、魔法陣が描かれていく。
「使ってくるのは風と水魔法!貫通力が高い魔法もあるから避けろよ!」
「分かりました!」
「承知したでござる!」
『分かったー!』
ワイバーンが放ったのは、
大きな風の刃をいくつか作り出し、放つ魔法だ。
一応、中級の風魔法、ランブルカッターの上位互換と言われているが、有効射程、攻撃範囲、攻撃威力において、ランブルカッターの数段階上。他の属性による攻撃と比較すれば貫通力は無いが、十分に危険な魔法である。
「来るぞ!」
ガシュッ!
散り散りになって逃げると、俺達が居た場所の床面に不可視の刃が当たり、大きな傷跡を残す。
ゴウッ!
ただ床が抉れただけに
「ぬおぉぉ?!」
体勢を上手く立て直し、直ぐにまたカラコロと下駄を鳴らして走り出す。
ガシュッ!
その直後にゴンゾーの近くで、また風の刃が破裂する。
「拙者狙いでござるか!」
「このっ!」
ニルが魔方陣を描き、ファイヤーボールを上空に向けて放つが、ヒラリと躱すワイバーン。
「ニル!無理だ!簡単には当たらない!」
俺の全力
倒し方はいくつかある。
クエスト時に倒した時のように乱気流を使ってワイバーンを落とすのも一つの手だ。ただ、魔法を常に使っていたようなプレイヤーだからこそ、先読みによってワイバーンの行く先に乱気流を作り出せたのであって、俺に同じ事が出来るかと言われると…少し微妙なところだ。数回の挑戦で成功すれば
そんな事をするよりも、今の俺には良い方法が有る。
それは、毒煙玉だ。
毒煙玉を使って上空を毒煙で充満させれば、落ちてくるか、もしくは飛行高度が下がってくる。
風魔法で毒煙を制御すれば、それ程難しい事ではないだろう。
時間が掛かる事と、飛行高度が下がる事によって、俺達に向けられる魔法も避けにくくなる事を考えなければならないが…
腰袋に手を伸ばそうとした時、ラトが魔法を使う。
バチバチバチッ!
『空ばっかり飛んでて嫌ーい!!』
バチンッ!
雷の爆ぜるような音がすると、閃光が床面から壁に、そして壁から上空のワイバーンの元へと一筋の線となって走る。
ガギンッ!
横に居たはずのラトが、一瞬にしてワイバーンの真横まで迫り、鋭い爪を突き立てていた。
スピードの速さを活かして、壁を走って登ったらしい。百メートル近い壁を走って登るとは…敵でなくて本当に良かった…
しかし、ワイバーンの体を覆う淡い水色の
『硬いなぁー!』
ワイバーンの体勢は崩せたが、
「狙うなら
ワイバーンの体の中で、唯一破壊が楽な場所。それが翼膜だ。向こう側が透けて見える程に薄い翼膜は、それだけ防御力も低く、穴が開けば飛べなくなる。
『なるほど!』
「ギィェェェェエエエエ!」
ブンッ!
ワイバーンは矢印型の尻尾をラトに向けて刺すように突き出す。
バチンッ!
しかし、ラトはそれより速く魔法を使う。
空中でラトの体がもう一度閃光に変わると、空中から床面、そしてまた壁から上空へと輪を作り出す。
ザシュッ!
「ギィェェェェエエエエエエ!」
二度目のラトの攻撃は、ワイバーンの左の翼膜を大きく傷付ける。
バサバサと腕を何度も羽ばたかせるが、破れてしまった翼膜では空気を掴む事が出来ず、クルクルと回転しながら床へと落ちてくる。
ズガンッ!
「ギィェェエエ!」
床に落ちたワイバーンは、二足で立ち、俺達に怒りの咆哮をぶつけてくる。
クエスト時に、落ちてきたワイバーンをプレイヤー全員でタコ殴りにした…と言ったが、裏を返せば、プレイヤー全員でタコ殴りにしなければ倒せない相手…という事になる。
飛んでいるのも厄介ではあるが、飛んでいなくても、ワイバーンは強い。
「気を付けろよ!」
「流石にこの相手に無策で突っ込むような事はしないでござるよ…」
ゴンゾーは冷や汗を流しながら、強く自分の刀を握っている。
Sランクのモンスターが発する独特の強い殺気に当てられているようだ。
ニルはサラマンダーとワームの戦いを経験しているからか、ゴンゾーよりは少し落ち着いている。
「飛翔している時のようなスピードは無くなるが…硬いのは変わらない。」
真水刀か、ゴンゾーの持つ刀ならば鱗ごと斬れるだろうが…
「Sランクモンスターの硬い相手には、蒼花火では
ニルの持つ蒼花火は、決して性能が低いわけではない。むしろ高い方だ。
オウカ島へ渡るとなれば、質の良い小太刀も有るだろうし、大金を払ってでもニルに新しい武器を…と考えていたのだが…
「大丈夫ですよ。私は私に出来る事をします。」
「ニル…」
俺が蒼花火を見ていた事に気が付いたのか、ニルは微笑を向けてくれる。
「私が今、この子を持っているということは、それに見合う力しか身に付いていないという事です。自分に見合わない武器を持つと、武器に振り回される。ご主人様のお言葉ですよ。」
「はは…」
自分の言った言葉で、自分が
「
「はい!」
「ギィェェ!」
ワイバーンの鳴き声が再度響き、地上戦がスタートする。
ズガガッ!!
ワイバーンが一番警戒しているのはラト。自分を上空から下ろした存在だから当たり前なのだが、地上戦となれば、俺達の事も忘れられては困る。
四つん
完全に俺とゴンゾーに背中を見せている状態だ。
完全に
「せぃっ!」
ゴンゾーがこちらを向けと、刀を振り上げる。
「ギィェエ!」
ゴンゾーの動きを察知したワイバーンは、顔を横に向け、片目だけでゴンゾーを見ると、尻尾を横に振る。
「ぬおぉっ?!」
ガギンッ!
硬い鱗で覆われた尻尾を、刀で受け止めたゴンゾーは、圧力に負けて後ろへと飛んでいく。
「はぁぁっ!」
他人の心配より、今は少しでもワイバーンに傷を与える事が重要だ。
真水刀を振り切られた尻尾の付け根に振り下ろす。
ガギュッ!
「ギィェェェェエエエエ!」
硬質な鱗が割れて、奥にある肉を僅かに傷付ける。
「相変わらず硬いな…」
本来、こういう硬い相手には、ハンマーや大剣などの、斬るというより衝撃を与えるのに優れた武器の方が相性が良いのだが…無いものは無い。傷付けられるだけまだマシだ。
ガガガガガッ!
視線は切れないが、後ろから、ゴンゾーが吹っ飛んだ自分の体を止める音が聞こえてくる。
「す、凄い力でござるな…」
軽く尻尾に触れただけでこの威力。
「ギィェェェェエエエエ!!」
俺の攻撃に痛みを感じたワイバーンが、怒りの声を上げてラトから視線を切り、俺の方を向く。
「痛かったらしいな。」
「こちらも無視されては困りますよ!」
ニルは腰袋から取り出した中瓶の爆発瓶を四つ、床を転がして投げる。中瓶のサイズになると、それなりにガラスにも厚みがあるから、その程度で割れたりはしない。
カラカラカラカラッ!
瓶はワイバーンの足元まで到達すると、そのタイミングで、蓋から出ていた白布が燃え尽きる。
ボボボボンッ!
「ギィェェェ!!」
腹の下で爆ぜる瓶によって、爆発の衝撃を受けるワイバーン。ダメージとしては大した事は無いかもしれないが、注意を引くには持ってこいの派手な効果だ。
ニルは自分に注意が向いた事を感じ取って、即時に数メートル後ろへと跳ぶ。
ワイバーンはニルに向かって一歩足を踏み出した。
『でぇーい!』
完全にラトから意識が切れたところで、襲いかかったラトの爪が、傷付いた尻尾の付け根に当たる。
ガリガリッ!
少し傷付いただけだったのが、ラトの攻撃によって傷口が大きくなる。
「ギィェェ!」
ブンブンッ!
ラトに向かって左右の腕を振り回すが、ラトは軽快なステップでそれを躱す。
「次は当てるでござるよぉ!」
戦闘に復帰するために走ってきていたゴンゾーが、その勢いのまま飛び上がり、傷付いた尻尾の付け根に大上段からの一撃を振り下ろす。
ガシュッ!!
「ギィェェェェエエエエ!!」
苦痛の叫びを上げて、一気に俺達から距離を取るワイバーン。切れた尻尾はまだバタバタと跳ね回っている。
切れた尻尾の付け根からは血が床に流れ出し、それに目をやったワイバーンが牙を剥き出しにして完全にキレた。
「ギィェェェェエエエエ!!」
両腕を上げて二足で立ち上がると、ワイバーンの胸部の前に、三つの魔法陣が同時に描かれていく。
「三つ同時?!」
これには驚いた。ゲーム中を含めて、これまで複数の魔法陣を同時に発動させるモンスターはいなかった。
居たとしても、ケルベロスやマスグラッジのような複数の個体が合体したようなモンスターだけ。単体のモンスターにそんな事が可能だとは思ってもいなかった。
完成した魔法陣が、左から青、緑、青の順で光る。
「回避!!」
左から、水貫、大風刃、大爆水の魔法だ。
全て上級の魔法で、当たればタダでは済まない。
ビュッ!
水貫がゴンゾーを襲う。
「ぬぐぁっ!!」
回避したが、ゴンゾーの右足を掠めてしまう。
大風刃は俺とニル狙い。
「「っ!!」」
いくつかの風の刃が飛んで来る。直撃は
大爆水はラトを目掛けて飛んでいく。
ドッパーン!
『…………』
ラトは足の速さで完全回避したが、いつもの
何故複数の魔法を同時発動した事に驚いているのか。それはこの世界の魔法が、必ず魔法陣を描かなければ発動しないという
例えば、俺が二つの魔法陣を同時に発動させようとした場合、右手と左手、それぞれで別々の、複雑な魔法陣を同時に描かなければならないということになる。
生活魔法のような単純な魔法陣ならば、あるいは可能かもしれない。しかし、ワイバーンが使ったのは全て上級魔法。描き上げるだけで数分は掛かるとされている複雑な魔法陣だ。
「ラト…モンスターってのはあんな事が出来るものなのか…?」
『少なくとも僕には出来ないよ。』
「……とにかく、今は一刻も早くこいつを斬った方が良さそうという事だな。」
『それには大賛成だね。』
俺もラトも、このワイバーンに対して、かなりの危機感を抱いていた。
もし、魔力に余裕があり、更に多くの魔法陣を同時に発動出来るとすれば……極端な話、百の魔法陣を同時に発動出来たとすれば、その魔法陣が完成した時点で、百メートル四方もあるこの部屋ですら、逃げ場が無くなる。
「次で決めるぞ。」
『うん。』
俺とラトの
「私が視界を奪います!」
「拙者が
ニルは腰袋から閃光玉を取り出し、握り潰した後投げ付ける。
閃光玉が発動する直前に、ワイバーンに走り寄るゴンゾー。
「ギィェェェェエエエエ!」
ガギンッ!
「ぐおぉ!」
ワイバーンの腕を受け止めて、吹き飛ばされるゴンゾー。
右足に傷を受けているのに無理を……いや。だからこそ、ここで決めなければならない。
ゴンゾーの行動によって、ワイバーンの正面が完全に開き、走り込むスペースが出来上がる。
パパパパパパッ!
ベストなタイミングで細かな光の粒がワイバーンの視界を奪う。光から目を逸らすように首を
既に走り出していた俺より先に、ラトがワイバーンの懐へ入ると、首元の鱗に爪を引っ掛けて、メキッと鱗を一枚剥がし取る。
「ギィェェ!」
ブンッ!
視界が取れずにいるワイバーンが、痛みに反応して腕を振るが、ラトは既に離脱している。
三人がここまでお
剥がれた一枚の鱗。その下に見えるワイバーンの肉に、真水刀を突き立てる。
ザクッ!
ワイバーンの肉に切っ先が刺し込まれた音。
刀は少しの抵抗を受けながら、刃渡りの半分まで一気に突き刺さる。
「はぁぁっ!」
ガリガリッザシュッ!!
ワイバーンの胸部を蹴り、体ごと突き刺さった刀を上へと振り上げると、首元から顎まで。縦に真っ直ぐと鱗を破壊しながら切り裂いていく。
「ギゲエェェェ!」
ブンッ…ブンッ…
俺の事を攻撃しようとしているのか、腕を何度か振るが、退避した俺に届くはずがない。
「ギィ……」
ボタボタボタッ…
切り裂かれた喉元から大量の出血。
体の前面部は既に真っ赤になっている。
首元から顎の下まで切り開かれているというのに、とんでもない生命力だ。
しかし……
「ギ……ゲッ…」
ドチャッ…
魔法陣が完成することは無く、途中でサーッと消えていき、ワイバーンの巨体が床に倒れ込む。
「………ふぅ……」
「強過ぎでござるな…」
「ドラゴンとは本当に恐ろしい相手ですね。」
『僕も久しぶりに危険を感じたよ。』
ワイバーン…恐るべし……
「ゴンゾー。怪我にはこれを塗っておいてくれ。」
俺はグリーンマンの足跡から作った傷薬を手渡す。
「効き目が強い傷薬だ。その程度の傷ならすぐ直る。」
「何から何まで
俺から受け取った傷薬を右足の傷に塗るゴンゾー。
「それより、さっきのはどういうことだ?」
『三つの魔法の同時発動だよね?』
「それだ。」
『正直、僕にも分からない。』
「そもそも、モンスターってのは、どうやって魔法陣を描いているんだ?」
気にはなっていたが、人と違ってモンスターは手も使わず魔法陣を描いていく。それはラトも同じ事だ。どうやってそんな事を成しているのだろうか…?
『うーん…どうやってって言われても……頭の中で想像して描いてるだけだよ。』
その後色々と質問して分かったことは…
モンスターは、頭の中で、つまり、想像で魔法陣を描いていく。それを体外に出した魔力が形作り、魔法陣を描いていくという事らしい。
例えるならば、
「それなら原理的には三つ同時に描けなくはないが…」
『無理だよ。』
「だよな…」
原理だけで考えれば、腕の数に関係なく同時にいくつでも描ける事になる。想像する腕の数を増やせば、その分描ける魔法陣も増えていくからだ。ただ、それは不可能に近い。理由は先に述べたように、複数の魔法陣を描くには、別々の魔法陣を描く思考を複数、並行して進めなければならないからだ。三つの魔法陣を描くには脳が三つ必要になる…はずだ。
生物の脳は基本的に一つ。そんな
何故そんな事が出来たのか…偶然の産物か、火事場の馬鹿力的なものなのか…詳細は不明だ。
この先のモンスターがそんな離れ業を使える事が無いように祈るしかないだろう。いや、そんな特殊な個体がそう何匹も居てもらっては困る。
「一応、この先のモンスターが同じ事を出来るかも…と考えていた方が良さそうだな…」
「あんな恐怖体験、何度もしたくないでござるよ…」
ゴンゾーは傷薬を塗った、自分の右足にある怪我に目をやって
俺も同感だよ…
こうして俺達は第九十二階層を突破した。
ズズズッ……
次への扉を開くと……
「ここは……安全地帯か?」
「…そのようですね。」
まだ先に来ると思っていた安全地帯が現れた。
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