第十章 高難度ダンジョン
第113話 初級階層
基礎的な情報として、この海底トンネルダンジョンは、横方向に伸びる階層型ダンジョンであり、その階層数は、なんと百層。超巨大ダンジョンと呼ばれるに
この百層のダンジョンは大きく分けて四つの区画に別れている。
第一層から第三十層までは初級階層。初級とはいえ、この海底トンネルダンジョンの中で…という意味らしいが。
内容としては、モンスターのランクで分けると、Cランク多めBランク少なめ、Aランク数体。
攻略した連中もそれなりにキャラを
第三十一層から第六十層までは中級階層。
モンスターは、Cランク少なめ、Bランク多め、Aランク少なめ。
この辺りから脱落者が出てくるようになる。
第六十一層から第九十層は上級階層。
ここまでの説明で大体想像出来るだろうが…
Cランクは消え、Bランク少なめ、ほぼ全てのモンスターがAランクになる。
実力の足りない者はここで一気に削られ、大規模パーティは四割の人数を失ったらしい。
そして第九十一層から第百層までの十層は、俗に言うボスラッシュ。
各階層にSランクのモンスターが
数十人…確か百人近いプレイヤーが挑んだが、最終的に残ったプレイヤーは三十人程度だったらしい。
後にその三十人はプレイヤー達から
ざっくりとした説明だが、このダンジョンの構造はこのような感じだ。
ただ、細かく見れば、階層が上がる度にモンスターの強さやランクの比率が上がっていく為、常により強い相手と戦うという事を考えて動かなければならない。無理は禁物だ。
ずっと海底へと下がっていく傾斜のある通路を進んでいくと、通路が水平になり、二回り程大きくなる。
『もう少し先に行くと、僕が沢山食べた所に出るよ!』
「ラトは来たんだったな。そこが第一層だろうな。」
『その中に居るのを何体か食べたらお腹一杯になったから帰ったけどね!』
ラトが突然ダンジョンに入ってきて、逃げ惑うモンスター達を食いまくり、満足して出て行く光景を思い描いてしまった。
なかなかえげつない光景だが…弱肉強食の世界における
「第一層とはいえ、Aランクのモンスターも居るはずだ。まずは
「分かりました。」
「アイテムの残りの数の事は考えなくていい。階層ごとに補充してから次へ向かうから、バンバン使え。」
「はい!」
『僕はー?』
「ラトは…とりあえず好きな様に暴れてくれ。中に居る奴らを全滅させたら次、全滅させたら次という流れだろうから、とにかく暴れまくって良い。」
『分かったー!』
「但し、ちゃんと俺とニルを見てろよ。何かあった時は指示を出すから。」
『はーい!』
ラトの感情は嬉しい…かな。
多分、久しぶりに他者と、群れ、という集団の中に入っている気がしているのだろう。
通路が平坦になってから直ぐに、通路と同じサイズ、同じ石材で出来た扉が現れる。
「第一層だな……行くぞ!」
気合を入れて、扉をグッと押すと、ほとんど抵抗も無く、ズズズッと開いていく。
両開きの扉が開くと、中は五十メートル四方の正方形の広間。
その中に、Cランクのゴブリンが数え切れない程、Bランクのオーガが三体前後。そしてAランクのモンスターとして、トロールが二体いる。
いきなり厄介な相手だ。
トロールは、オーガより更に一回り大きな体躯を持っていて、薄い緑色の肌をしたモンスターだ。
一応二足歩行するモンスターで、ガニ股で歩く。
大きな耳と大きな鼻を持ち、髪や眉は無く、厳つい外見通り、オーガより更に怪力。更に、自己治癒力が非常に高いモンスターで、腕や足が取れても、直ぐに自己治癒力だけで繋ぎ直せる程。唯一救いがあるとしたら、ゴブリンよりも更に知能が低いことだろうか。一言で言えば、超絶バカなのだ。その上、
ドゴォン!
俺達を見付けたトロールが最初に行った行動が、仲間であるはずのゴブリンをその怪力で潰す事だった。
何故そんな事をしたか。トロールが敵と認識した者に対する
自分が潰したゴブリンを見て、何が起きたのか理解しておらず、首を
トロールは、それ程に馬鹿なのだ。
「第一層は緑色の人型モンスター集団と言ったところか…予定通りトロールから狙うぞ!」
「はい!」
百層もあるダンジョン。なるべく魔力は節約していく。範囲魔法で全体を狙うより、トロールの頭を吹き飛ばせるだけの魔法で、確実にトロールのみを倒す。
ニルは用意しておいたアクアスピアを解放する。
ドシュッ!
水色に光った魔法陣から放たれたアクアスピアは、未だ頭を傾げている個体の頭を綺麗に貫く。
いくら再生能力が高くても、脳を破壊されれば生きては居られない。
俺がもう一体に攻撃しようとした時。
『僕が行くよ!』
横から飛び出したラトがガブリともう一体の頭に噛み付き、そのままもぎ取る。
まだまだ全力では無さそうだが、それでもかなり速い。圧倒的な瞬発力と、攻撃力だ。
ラトが前に出てきた瞬間、二体目のトロールまで瞬殺され、ゴブリンとオーガはただ逃げ惑うばかり。
オーガなんて体は大きいし、力も強いはずなのに、戦おうとさえしていない。
唯一戦闘の意思が僅かに見えたトロールは瞬殺。もうこの有象無象に俺とニルを攻撃する意志など無く、ただただ部屋の中を走り回って逃げるだけ。
しかし、ラトのスピードを相手に逃げられるはずもなく、ラトが次々と
「……私達要りませんでしたね。」
「………だな。」
気合い入れて入ったというのに……いや、楽で良いけどさ……
爪と牙を使って玩具を壊して遊ぶようにラトが走り回り、ものの数分で全てのモンスターが
ダンジョンのモンスターは外に居るモンスターとは少し違う。リポップするという事もだが、基本的には侵入者を
ならば何故、先程のゴブリン達が逃げ惑っていたのか…単純な話だ。ゴブリンとオーガは、モンスターの中でも、ある程度知能があるモンスターであるため、ラトに恐怖したのだ。ダンジョンを守るという大前提を無視して逃げ惑う程に、自分とラトとの差を感じ取ってしまったのだ。
『僕、どうだった?!』
「あ、ああ。よくやってくれたよ。ありがとう。」
『わーい!褒められたー!』
いや、実際俺なんて何もしていないしな……
ラトの全身に付着した返り血を綺麗にしてやり、その後、奥にある扉へと向かう。
「第一階層……呆気なかったなぁ……」
ズズズッ…
開いた先には、先程と変わらない顔ぶれのモンスター。オーガの数が先程より少し多いだけ。この辺りは情報通りだ。
これは……先が見えるな……
と思っていると、横から走り出していくラト、それはそうなるだろう。さっきと全く変わらない光景だ。
本来であれば、トロールの再生能力に苦戦しつつ、他のモンスター達と激闘を繰り広げるシーンなのだろう。やっと倒したと思ったら、また先程と同じモンスター達。心を乱される展開なのかもしれないが……
数分で血の海と化した部屋の中に俺とニルはスンと無表情で立っているだけだった。
ラトの体を綺麗にしてやり、また扉へと向かう。
これで良いのだろうか……
ズズズッ……
扉を開いた先には待っていたのは……更に少しだけオーガが多い布陣。
俺とニルだけならば、またかよ!とか言いながら
結局、第五階層までそれが続き、その全てをラトが全滅させた。
『どう?僕頑張った?!』
「凄く頑張ってくれてて大助かりだよ。」
『やったー!褒められたー!』
いや、だって、ニルがアクアスピア一回分の魔力を使ったのと、ラトの体を洗い流す魔力を使っただけだしな。第二階層からはただ立って数分待って、ラトを洗っての繰り返しだ。歩いてきただけに等しい。
第五階層を抜けると、二十メートル四方の小さめの部屋に出る。
「安全地帯か。」
「休む必要は無さそうですね…?」
「ラトが平気なら、このまま行こうか。」
『僕は全然大丈夫だよ!』
ワフッと吠えたラト。魔法も使っていないし、ただ軽く遊んだだけとでも言いたげの態度。まだまだ余裕そうだ。
これなら、一週間も要らないだろうな…なんて考えていたが、第六階層からガラリとダンジョンの表情が変わる。
ズズズッ…
扉を開くと、今までと同じ五十メートル四方の正方形の部屋だが、地面から一メートル四方の
高さはまちまちで、高いものでは天井付近まで高さがある。地形の情報までは公開されていなかったと思う。少なくとも俺の記憶には無い。
「なるほど…部屋の構造が変わるのか…」
俺達が入ってきたのに気が付いたのか、凸凹した地形の奥から、ゾロゾロとCランクのケイブリザードが現れる。
四角柱の足場にはBランクのフォレストキャタピラーが、見えるだけで五体張り付いていて、高い足場の先には、フォレストキャタピラーが成長した姿の、フォレストバタフライが三体、羽をゆっくりと開け閉めして止まっている。初級階層はこのダンジョンで言うところの腕試し。ここで
フォレストバタフライは、Aランクのモンスターで、軽い
想像しただけで気持ち悪いが、痺れ毒にさえ気を付けていれば、ヒラヒラゆっくりと飛ぶため攻撃は避けやすい。
「ラト。あの上に止まっている奴には近付くなよ。痺れるからな。俺とニルでなんとかする。ラトは下の奴らを頼む。」
『分かったー!』
ラトが走り出すと、フォレストキャタピラーとケイブリザードが応戦する。
昆虫であり、知能が低い分、奴らにラトへの恐怖は無いらしい。ラトも応戦されると、攻撃を避けるシーンも増えてくるし、先程よりは時間が掛かるだろう。その間にフォレストバタフライの鱗粉を吸い込めば、動けなくなる。
「ニル!炸裂玉だ!」
「はい!」
ニルが腰袋から炸裂玉を取り出し、手に持った状態で俺の方へと走り出す。
炸裂玉だとしても、この距離で投げてはさすがに当たらない。ニルをもう少しフォレストバタフライに近付ける必要がある。
両手を組んで下に構えると、ニルが足を掛け、体重を乗せる。
ジャングルの中で一度やった
グッと力を入れてニルを上に飛ばすと、空中で背面にくるりと一回転するニル。長い銀髪が空中でフワリと
二十メートル程ある足場にスタッと軽く着地したニル。その手に持っていた炸裂玉には既に火がついている。
ビュッ!ビュッ!
ババァァン!
二つの炸裂玉をフォレストバタフライの方へと投げると、空中で爆発し、中に入っていた星型の
俺が既に用意しておいたウィンドシールドを展開し、下へと向かって飛んでくる胞子は全て弾き飛ばす。
上に向かって飛んで行った星型の胞子は無数にあり、それを避けるのは俺にも無理だ。
ガガガガガガガッ!
天井を含め、ツルンとした石材に胞子が次々と突き刺さっていく。その間に居たフォレストバタフライの羽は穴だらけとなり、空気を掴めなくなり、そのまま落ちてくる。
ヒラヒラと舞い落ちてくるフォレストバタフライに向けて、ニルがアクアスピアを放ち、三体のうち一体の体を貫通、絶命させる。
残りの二匹は俺の担当だ。
丁度良く二体はまとまって落ちてきている為、二匹が入るようにアクアプリズンを展開し、水中に閉じ込める。これで鱗粉が舞う心配も要らないだろう。二匹は完全に水球の中に取り込まれ、グルグルと回転している。魔法を使う余裕も無いだろうし、放置していても良いが、もしもの事を考えて、一度跳躍し、近くの足場に飛び乗り、もう一度跳躍した後、水球に閉じ込められているフォレストバタフライ二匹を一閃で切り裂く。
ザンッ!
水球ごと切り裂かれたフォレストバタフライはそのまま命を落とし、俺とニルは下へと降りる。
『うわー!ベタベター!』
降りて直ぐにラトが寄ってくる。モンスターは全滅させたみたいだが、フォレストキャタピラーの体液で全身がデロデロになっている。
『気持ち悪いよー!』
「寄るな寄るな!洗ってやるから!」
直ぐに水魔法で体液を落としてやると、ブルブルと体を振って水を飛ばすラト。
『あいつ嫌ーい!』
「ラトの武器は基本的には牙と爪だからな…こうなるか…」
『また次も出てくるかな?』
「今までの流れだとそうなるな。」
『えー!』
俺に文句を言われても……フォレストバタフライに噛み付かせるわけにもいかないからな…
「魔法を使えばベトベトにならずに倒せるだろう?」
『魔法を使うと疲れるから、強いヤツにしか使わないんだよ!』
「ま、それが正しいわな。」
流石は野生の動物だ。魔力消費を体で感じて、奥の手として考えているらしい。それが正しい。ポンポン魔法を使って、いざと言う時に魔法が使えない…では命の危険に晒される。それをラトは肌で感じて知っているのだろう。
「それにしても、Aランク以上のモンスターが沢山出てくるから、魔石が大量に余ってるな…」
一応、ジャングルでも、第一階層からこれまでの間に戦ってきたモンスターでも、取れる素材は全てインベントリに放り込んである。
ただ、魔石については加工が出来ないため、放置してあるので…かなり盛大に余ってしまっている。
何故今更そんな事を気にしているのかというと、イーグルクロウのセイドルと会った時、魔石の加工方法を聞いて、自分でも出来ると知ったから、気になってしまっているのだ。
「ここに来るまでにいくつか加工していましたよね?」
「加工は出来るんだが、色々と制約があるらしくてな。しっかりとその制約内で作られた物にしか魔具としての性能が付与されないんだよ。」
セイドルに色々と聞いてはみたが、魔力の
それをよく考えて上手く加工出来るまでは、何度かトライアンドエラーを繰り返すしかない。
しかし、魔石の加工は、一度っきり。失敗すると魔石としての効力が失われ、二度と使えないので、ショックが大きい。
大量にあるから良いじゃないかと思うかもしれないが、これまでせっせと貯めてきた魔石が数秒でゴミになると、大量にあってもショックを受けるのだ…
「精神力との戦いだが…もう少しで形になりそうだし、安全地帯で休息を取る時にでも再チャレンジしてみるかな。」
「私もお手伝いします!」
『僕は見てるー!』
「その為にも、ここで一気に魔石の数を確保しておかないとな。」
「はい!」
『うん!』
フォレストバタフライから魔石を回収し、次の扉へと向かう。
百層あるダンジョンを一週間以内にクリアするとなると、簡単な序盤のうちに一気に進みたい。絶対にクリアしなければならないわけではないが、出来る限りは目指したい。となると…少なくとも今日中に三十階層、それを目標にしようか…
そんな事を考えながら、第七階層の扉へ手を掛ける。
ズズズッ……
扉を押し込むと、部屋の構造は先程の第六階層と変わらない。凸凹の地形。
しかし、モンスターの気配が無い。
「モンスターが…いませんね?」
「ああ…」
俺達が入ってからも部屋の中に動きは無い。
不思議に思っていると、ヒョコッと小さな段差の奥に長い耳が見える。
ここに来てホーンラビット?!と思ったが、耳が
普通のホーンラビットは、くすんだ白色の体毛と赤色の目をしている。
「まさか……」
ぴょこんと段差の上に飛び出してきて、鼻をヒクヒクさせている。姿形はホーンラビットというより、まさしく兎に見える。藍色の体毛に、白色の目、角は無く、普通のホーンラビットより僅かに小さい。
ホーンラビットの希少種。
超絶レアなモンスターで、ランクはなんとA。
その理由は、このホーンラビット希少種のスピードが異常とも言える程に速いからだ。
発見される事自体が
肉は超高級品として扱われ、毛皮も当然超高級品。二年掛けてファンデルジュをプレイしていた俺でも、一度も見た事が無いモンスターだ。
「ホーンラビット希少種……」
「希少種ですか?!」
ニルは俺の言いたい事が分かるらしい。
『それって強いの?』
「強くは無いが、速いらしいぞ。」
『速い?!僕の
「ラト!絶対に傷付けるなよ。余す所なく希少な素材なんだ。」
『速い相手にそんな事を言ってて捕まえられるの?』
「なんだ?ラトは速さが自慢じゃなかったのか?それくらいも出来ないのか?」
『言ったなー!それくらい簡単に出来るもん!』
俺の言葉にちょっとだけムカッとしたラトが、グッと足を曲げる。
頭を低くして、鼻をヒクヒクさせているホーンラビット希少種に狙いを定める。
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