第112話 海底トンネルへ
ラトはこうして一匹狼となり、群れを離れ、ブラックウルフの世界から離れ、各地を転々として、今ここに居るらしい。
仲間以外に
俺とは理由が全く違うが、それでも、似たような状況を体験したことのある俺には、他人事には思えなかった。
直接その寂しさや悲しさが流れ込んできてしまうのも大きかったのかもしれないが…話を聴き終わった時には、既にラトに
「そうか……
『仲間に寄るなって吠えられた時は辛かったけど…今はシンヤとニルが居るから大丈夫だよ!』
あ、ちょっと泣きそう。
「ゴ、ゴホン……ラトはどうやって雷魔法の魔法陣を知ったんだ?」
『んー……スーッと流れ込んできた!』
魔法書みたいなものなのか…?亜種や希少種は本来とは違う属性の魔法が使えるが、皆こんな感じなのだろうか…?
ラトは半聖魂として変化したが、他の亜種や希少種も同じ様になる可能性があるのか…?いや、ジャングルで出会ったレッドスネークを含めるいくつかの亜種には、その気配は無かった。
希少種のみに与えられる特権だったりするのだろうか?
ベルトニレイに頼まれた件もあるし、聖獣になる可能性が高い個体を見付けるための条件が分かれば早いかと思ったのだが、そんなに単純な話だったら、ベルトニレイがそう言っているだろうし…
などと色々と考えていると、ラトにその感情が流れ込んだのか、目を回している。
『シンヤ難しい事考えてるー。』
「ああ…すまんすまん。つい考え事をしてしまった。」
聖魂が近付けば俺の紋章に気が付くし、考えていても仕方ないか。雷魔法はちょっと使ってみたかったが、ラトの魔法陣を見て書き写してみたが、使えそうにない。ラトがかなり特殊な個体ということなのだろう。
「体毛が黄色に変わってるって言ってたが、今も変わり続けているのか?」
『うん!日に日に黄色になってるよ!』
ラトにとっては、体毛が何色かはさほど重要では無いらしく、軽く言う。
聖魂達は互いが全く違う姿形でも仲良くやっていたし、体の色や形など関係無いのかもしれない。人もそれに学ぶべき…と思ってしまうな。
「ラトの事は分かったし、逆に俺達の事で聞きたい事は無いか?」
質問してばかりでは不公平だろう。
『じゃあニルの着けてるこれは何?!』
直ぐに聞いてきたのは、ニルの
「また説明が難しいところを……ニルの枷がどんなものなのか…そうだな…」
「私のこの枷は、私がご主人様のものだという証です。」
言い切ったなー…ニルよ。
「いや、それだけでは説明しきれてないだろう?」
「それが全てです。私の全てがご主人様の為にあり、ご主人様のものなのです。」
ドヤ顔ニルさん……
『えー!じゃあ、僕も着ける!』
「ほら見ろ、ラトまで着けるとか言っているじゃないか…」
「ラトはダメです。これは私だけに許された特権なのです。」
尚もドヤ顔で答えるニル。
『えー!狡ーい!』
「ふふふ。」
何故勝ち誇った顔なんだ…
その後、枷についてある程度話をしたが、ニルの話のインパクトが大き過ぎてラトの
………まあ、いっか。
俺にとってはニルの枷はアクセサリーみたいなものだし。それに、ある意味俺とニルを繋ぐ一つの絆とも言えるし、間違いではないか…
「他に聞きたいことは無いか?」
『シンヤのその腰にある水色のは何?』
「これは刀ってもので、ラトでいう牙みたいなものだな。武器だ。見た事ないのか?」
『ない!』
ラトは冒険者やその他、人の領域付近には居なかったって事か…武器というものが怖いものだと教えておいた方が良いだろうか?教えたところでラトには関係無いような気もするが…
「良いか。これは相手を傷付けたり、殺したりするためのもので、危険なものだから、持っている人には気を付けるんだぞ?」
『はーい!』
「よし。それじゃあ先に進むか。」
俺とニルは再度ラトの背に乗り、海底トンネルを目指す。
予定では、最低でももう一日以上掛かると思っていた距離を、グングンと消化していく。
結局、海底トンネルに辿り着いたのはそれから数時間後、日が暮れる前の事だった。
「とんでもなく早く着いた気がするな…」
「実際に、かなりの距離を一気に移動してきましたからね…馬より断然速かったですよ。」
あれから延々と続く草地帯をようやく抜けた俺達の前に広がっていたのは、大きな外海と、浜辺にポツンとあるダンジョンへの入口。
ザーザーという波が打ち寄せる音と、
ダンジョンの入口は、
扉も何も無く、
超巨大ダンジョンだと聞いていたが、入口は小さめで、ラトがギリギリ通れる大きさだ。
中は見たことが無いから分からないが、話では大量のモンスター達が現れるらしいから、下は広くなっているのだろう。
一応、安全地帯は各所に
「ダンジョンの情報は全然ありませんね?」
掲示板は当たり前だが、無い。
「俺の知る限りでは、プレイヤーによる踏破以外ではここを渡り切った者はいないはずだから、情報なんて無いだろうな。
一応、いくつかダンジョンの構造で、覚えている情報もあるにはあるが…宛にしない方が良いかもな。」
この世界に来て最初に潜った怨嗟の地下迷宮というダンジョンでは、人が入っていなかった為、大量のモンスターが所狭しと溢れていた。
ここも同じ様になっている可能性はあるし、そうなれば予備知識が逆に邪魔になる可能性もある。情報は
「入る前に出現するモンスターで、俺が覚えている限りの情報だけは先に話をしておこう。」
「それでは、実際に入るのは明日という事ですか?」
「そうだな。そうした方が良いだろう。」
下手な
「このダンジョンは超巨大で、物凄い種類のモンスターが出てくる。踏破した連中の一人が、リストにして公開してくれていたが…ほとんど覚えていない。知らないモンスターやら亜種や希少種がバンバン出てくると思っていてくれ。」
「分かりました。」
話が終わる頃には既に辺りは真っ暗。完全に火は落ちて、月の光が海の波に反射して怪しく光っている。
「夜の海って、少し不気味な感じがするよな…」
「そうですね…テーベンハーグで見る夜の海とはまた違いますね。」
テーベンハーグでは魚人族達が生活していたから、光が絶える事は無かったが、ここはただの海。光は何一つ無いため、吸い込まれそうな気がしてくる。
『僕、海は好きだけどなぁ…』
「そうなのか?」
『だって、なーんにも無いから、あの上を走れたら気持ちいいだろうなー…って。』
「確かにぶつかる物は何も無いわな…」
ラトの全速力ならば、海上を走る事も可能な気がするから怖いぜ…
「というか……なんでこんなに静かなんだ?」
草地帯と海辺の境目辺りに陣取っているが、辺りからはほとんど物音がしない。この辺りはモンスターも多いはずなのだが……
「もしかして、ラトが居るからか?」
『ん?僕?』
ラトはキョトンとして伏せているが、恐らくラトが原因で間違いないだろう。
野生のモンスターというのはとても力に敏感で、自分より強いモンスターには基本的に近付かない。
ラトの強さが他のモンスターを寄せ付けない程のものであるならば、生きたモンスター避け…言い方は悪いがそんな存在となるわけだ。
「それが本当でしたら、ぐっすり眠れそうですね。」
「ラトは耳や鼻も良いから、何か近付いてきても気が付くだろうしな。」
『それくらいなら全然大丈夫だよ!何か来たら起こしてあげる!』
「それはありがたい。明日からはダンジョン攻略だし、今日はゆっくり眠らせてもらうとしようかな。」
『任せて!』
フンッと鼻息を荒くするラト。仕草は少し
「それじゃあラトの為にも、今夜は少しガッツリいくか。」
『??』
俺はインベントリから食材を出す。何故かラトはそれを見ても驚かない。人は皆使えるとか思っていないと良いが…
「ニル。米をよろしく頼む。」
「はい!」
ニルはもはや
「今日は何を作るおつもりですか?」
「今日はピリ辛肉味噌炒めを作る。」
「聞いただけで美味しそうな響きですね…」
「ラトがいるから、今日は大量に作りたいし、肉は少しランクが落ちるが…ラッシュカウの肉を使うか。」
ラッシュカウはCランクのモンスターで、顔は完全に
普通の猪同様に、ひたすら真っ直ぐ突っ走ってくるモンスターであり、牛だけに、猛進してくる。
ただ、牛の体なので、それほど速くもなく、重量級の威力はあるが、子供でも避けられる程の速さ。一撃が怖いためCランクというランク付けになっているが、冒険者としてはDランクでも良いのでは?という声も有ったり無かったり…
それは良いとして、このラッシュカウは体が牛なので、牛肉として使える。
体もデカいし、数も多く繁殖力も高い為、安く大量の肉を用意出来る。当然、俺のインベントリ内にも大量の肉が保存されているわけで、量を作りたい今、持ってこいの食材という訳だ。
「ラッシュカウの肉を、食べやすくて、火の通りやすいサイズに切っておいて……」
自分で取り出しておいてだが…ラトの分も作るとなると、丸々牛一頭分くらいの肉になるから、凄い量だ…ちょっと
「こんな事に使いたくは無いが…」
真水刀に手を掛けてスラリと抜き、肉をザンザンッと切る。魔法だと何度か切らないといけないし、この方が早い。
『おー!』
「ラト。これは本来の使い方とは違うからな。断じて違うからな?」
『うん!危険なもの!』
ハッハッと息をしながら見てくるラト。感情的には楽しい感じか。
絶対に分かっていない。いや、もういいか。そもそもラトを斬れる奴なんて早々いないだろうし。
「次は、味噌と酒と醤油と砂糖。それに脂を少し入れて混ぜておいて……」
量が量だけに、料理をしているはずなのに、何か別のものを作っている気がしてくる。
後は、ニャクの実をみじん切りにする。ニャクの実は見た目で言えば茶色の
一言で言えば、ニンニク。味も香りもニンニクだ。
元の世界のニンニクより大きさも揃っているし、
「まずはニャクの実を軽く炒めておいて…」
因みに、大量に作っておいても保存出来てしまう俺は、一度に作る量が多いため、鍋やフライパン等もかなり大きい物を用意してある。
超大きい
ジューッと心地よい音と香りが立ち、これだけでも美味しそうだが……色が変わるまで炒めたら、ツツメの実、つまり唐辛子と味噌達を合わせて入れる。
またしてもジューッと音がして、今度は更に腹の減る匂いがモワッと上がり、辺りに広がる。
「ゴクッ……」
米を用意しているニルがチラチラとこっちを見ている。可愛い奴め。
汁が無くなるまで炒めたら完成だ。料理的にはシンプルで、合わせて炒めるだけの男料理だが、これがあると米が進む進む。
これだけでは少しくどいので、生野菜のサラダと共に出して終了だ。
簡単そうに思えるかもしれないが、牛一頭分を炒めるとなると、この工程を何度かやらねばならず、かなり大変だった。俺はその日、次に作る時はステーキにしようと誓った。
「よーし!完成だ!」
「こちらも出来ました!」
ニル米炊き隊長の報告により、夕食が完成した。
『僕、こんな食べ物初めて見たよ!』
「まあ狼に調理という
『良い匂い!』
聞いてねぇ。別に食べられるなら良いのだが…
料理に食いつこうとしたラトに、ニル先輩からの待てが入る。
ラトに人差し指を立てて注意。
「まず、ご主人様より先に手を付けるのはダメです。次に、食べる前にいただきますと言います。」
『そうなの?』
別にラトは奴隷でも無いのだから、良いと思うのだが…
「そうなのか?って聞いてるぞ。」
「当然です。狼の群れでは違うのですか?群れのリーダーが最初に食べてから下の者が食べる。当たり前の事です。」
『あー!それなら分かるよ!群れでは皆そうしてたから!』
納得してしまうのか…ラトは伏せした状態で俺が食べるのを待つ。
『「「いただきます!」」』
まずはピリ辛肉味噌炒めを一口。
最初に来るのはガツンと味噌の濃い味。その時点で美味い!と思うのだが、その後に来るピリッとした刺激とニンニクの香りが、胃と
「うまーーーい!」
「それでは私も……」
『僕もー!』
ニルはパクリと一口。ラトはバクッと一口。
「美味しいです!!味噌の深みのある味わいの中に、ピリッとした刺激と、食欲を
『おー!美味しー!生肉とは全然違うけど!凄く美味しいよ!』
ニルはもちろん、ラトにも好評みたいだ。
「少しくどくなってきたら、サラダでリセット。またいけちゃう!これぞ
米の上にピリ辛肉味噌炒めを乗せると、米に味噌やニンニクの味が移り、一緒に口に頬張ると、恐ろしく美味い!
「わ、私もやります!」
『んー…僕は米が少し苦手かも…』
ラト的に米はあまり好みでは無いらしい。口に対して粒が
「苦手なら食べなくても良いぞ。」
『はーい!』
もし、味が苦手となると、米に含まれる成分が体に合わないという可能性もあるし、そもそも狼は炊いた米なんて食べる習慣の無い生き物だから、無理に食べさせる必要は無いだろう。
『でも、こっちは好きー!』
デカい大皿に盛り付けた肉を器用に口だけでバクバク食べていくラト。
随分と気に入ってくれたようだ。俺もネールをガバガバ飲み干したいところだが、明日からダンジョン攻略だから、アルコールは控えておく。
「ぬあぁー……食ったぁー…食い過ぎたぁー…」
ラトの豪快な食べ方を見ていたからか、俺も一緒になって食い過ぎた…
「わ、私も少し食べ過ぎました…」
『僕はまだ食べられるかなー。』
ラトの胃袋は宇宙…なのか?
その後、ラトが見守ってくれる中、俺とニルは眠りについた。一応何かが寄ってきた時のためにトラップ型の魔法を用意してあったが、結果的に、全くモンスターが寄ってこず、ぐっすりガッツリ朝まで眠れた。
そして、身支度を整え、遂にダンジョン内へと入る時が来た。
「入っていきなりモンスターの大群って事もあるから、最初から慎重に行くぞ。」
「はい!」
ピコンッ!
【イベント発生!…海底トンネルを踏破しろ。
制限時間…一週間
達成条件…海底トンネルダンジョンの完全攻略。
報酬…???
受諾しますか?
はい。 いいえ。】
制限時間が一週間か…少なくともイベントシステムはその間にこの巨大ダンジョンをクリア出来ると判断したという事だろう。
イベント報酬は武器や魔法書等、かなり良い物が貰えるから狙っていきたいが…無謀な攻略にならないように気を付けよう。イベントもクリア出来たら良いな…くらいに考えておいた方が良い。
ピコンッ!
【イベントを受諾しました。】
もう一度だけ自分達の装備をしっかりと確認した後、ダンジョンの入口前に立つ。
ここをクリア出来れば、ゲーム時から
「……よし。行こう。」
「はい!」
『うん!』
意を決して、ダンジョン内へと足を踏み入れる。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ダンジョン内部へと入って一番最初に感じたのは、空気の冷たさだった。
寒いとまではいかないまでも、ひんやりする。
ツルンとした継ぎ目の無い水色の石材が海底方向へとずっと続いていて、ランタンやライトの魔法は必要ないくらいの明るさがある。石材自体が光っているようだ。
もっと磯臭いかと思っていたのに、中は完全な無臭。
今のところモンスターの姿は見えない。ラトが少し前に一度入ったとか言っていたし、その時に食べてくれたのかもしれないな…
入口と同じ程度の大きさの通路がずっと下まで続いている。
「何もいませんね?」
「そうだな…さすがに通路までモンスターで
一応警戒はしつつ、俺達は海底トンネルの奥へと足を進める。
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