第111話 ラト
「ラトはニルみたいに小さくなったり出来ないか?」
『小さく…?どうやって?』
「いや、無理だよな。」
そんな都合良く変身の魔法を使えるわけがない。そんな都合の良い話、ゲームの時でもこの世界に来た後も、一度も無かった。
「そうなると……どうにかして人目に付かないようにするしかないか…」
「しかし、このサイズでは、さすがにそれは無理がありませんか?」
「そうだよなー……」
ニルの言う通り、連れて行くのを諦めて、ベルトニレイの所へと行ってもらうように頼むしかないかな…
『誰にも見付からなければ良いの?』
「ああ。それが出来れば連れて行くのも良いかと思っていたんだが…」
『それなら簡単だよ!』
「ん?どういうことだ?」
『僕は速いからね!』
自慢気に鼻から息を吐きながら首を
「いや、速いって言っても、その大きさじゃあまり関係無いだろう。」
『む。そんな事ないよ。』
ラトがスッと立ち上がると、俺とニルから少しだけ離れる。
何をするのかと見ていると、ラトの足元に黄色の魔法陣が描かれていく。
聖魂魔法ではない。通常の魔法だ。
俺が知る限り、黄色の魔法陣というのは存在しない。この世界の一般常識の中でも存在しない。それは例えモンスターであっても同じ事で、黄色の魔法陣を描き出すモンスターは一度も見たことが無い。
「なんだこの魔法…?」
『行くよー!』
バチンッ!
黄色の魔法陣が完成した瞬間に、目の前に僅かな閃光が走り、ラトの姿が完全に消える。
閃光が眩しくて見失ったのではない。しっかりと見ていた。なのにも関わらず、消えた。
『ほらね?見えなかったでしょう?』
ラトの感情が流れ込んできて、俺達の背後に移動したことにやっと気が付き、振り向くと、そこにドヤ顔で立っているラト。
足先にバチバチと小さな電気が走っている。
「今の……もしかして雷魔法…なのか?」
そんなものは存在しないが、そうとしか説明出来ない。
『うん!そうだよ!』
ラトはあっさりと肯定して、ワフッ!と嬉しそうに一つ鳴く。
雷魔法が有るなんて…それだけラトが特殊な個体だからなのか…?それとも、発見されていないだけで、雷魔法という属性が存在するのか…?
魔法陣を展開していたし、普通の魔力を用いた魔法だった。となれば、俺にも使えるのか…?
興味の尽きない魔法だが……研究は後にしよう。今はラトの事だ。
どんな魔法だったのかは分からないが、少なくとも目で捉えられる速さではない。
「確かにそれなら誰の目にも映らず移動出来るかもしれないが…」
俺達にも見えないんだよな。それ。
いや…別に俺達にも見えないくらいの方が良いのか。それなら誰かに見付かる心配はないし。
ラトなら近くに誰かが来たら分かるし、大丈夫…だよな?
「意外と悪くないかもしれないな。」
「確かにこれならば見付かる心配は無さそうですが…本当に連れて行くのですか?」
『ニルは僕が嫌いなの…?』
ニルの言葉にラトが少し残念な気持ちになっている。
「ラトが、ニルは自分の事が嫌いなのか?って聞いてるぞ。」
「えっ?!い、いえ…そのような事は……」
ラトがハッハッと息を吐きながら、ニルをつぶらな瞳で見詰め、クゥーンと悲しげな声で鳴く。
「うっ……わ、分かりました!行きましょう!ですが!ご主人様の御迷惑になるような事は絶対に控えるように!良いですね?!」
『うん!分かった!』
クソデカくてバカ強い狼さんに、指を立てて指導するニル。なんというか……本当にニルって凄いな。
それでラトも、ちゃんとニルの言う事を聞いて、後輩みたいな態度になっているのが笑えてしまう。ニルには伝わっているか分からないが…上手く噛み合っているみたいだ。
こうして、ラトが一時同行する事が決まった。
「さてと……ラトが付いてくるのは良いが、ここからどうするかな。」
南西に進むのは良いが、本当にダンジョン付近に辿り着けるのだろうか…
『シンヤ達は、あの食べ物が沢山いる場所に行きたいんだよね?』
「ラトからしてみれば、そう見えるのか…」
一応説明しておくと、海底トンネルのダンジョンは、高難度のダンジョンで、最後の方にはSランクのモンスターも出現するという情報もあった。
Sランクのモンスターを
「ん?というか、ラトはその場所知っているのか?!」
『知ってるよ!ここに来る前に寄ってきたから!』
そんなカフェ的なノリで寄ってくる場所じゃないぞ…ラトよ。
「ここからどうやって進めば良いか分かるか?」
『もちろん!あっちの方だよ!』
ラトが顔を向けてくれた先は、俺達が向かおうとしていた方向より、少し南側。ここから見れば少し角度が違うだけだが、終着点が遠くなればなるほどに誤差は大きくなる。ラトがいなければ、また時間を消費してしまうところだった。
「既にラトが居てくれて助かったな。」
「な、なかなかやりますね…」
『わーい!ニルに
ニルはラトと何を張り合っているのだろうか…
「ほら、そろそろ出発するぞ。」
「はい。」
『はーい!』
こうして二人と一匹の旅路がスタートしたのだが、僅か十分後。またしてもラトが
『ねぇねぇ。シンヤ。』
「どうした?」
草を掻き分けながら進んでいると、ラトが俺の後ろのニルの更に後ろから声を掛けてくる。
『なんでこんなにゆっくり進むの?』
「ぐっ…」
俺が痛い所を突かれたと言葉を詰まらせると、即座にニルが反応し…
「コラッ!ラト!ご主人様を困らせないって約束したでしょ?!」
と人差し指を立てて
クゥーンと鳴くラト。
「いや、ニル。今のはラトが悪いわけじゃない。」
ラトは人と獣との違いをまだ理解出来ていないだけなのだ。
俺達の足が遅いのは、ラトと比較してということになる。自分の背丈より高い草を掻き分けながら進むのだ、その足は更に遅くなる。ラトがそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
ただ、モンスターも居るし、下手に走り回れば、突然目の前にモンスターが!なんて事も起きる可能性がある。ある程度慎重に進まなければならないし、こればかりは仕方ない事なのだ。
「俺達の進みが遅いから、それを言っているんだよ。」
「そういう事ですか……ラト。私たちは人で、あなたみたいに大きくも無いのです。ラトと比較したら、大抵の人は足が遅いのですよ。
ご主人様だからこのスピードで進めていますが、普通の人ならばこの三倍以上の時間が掛かりますよ。」
『そうなのっ?!』
俺も初めて知った。ラトと同じくらい驚いた。
「私達だって速く進めるならば、その方が嬉しいのですよ。でも、これが最速なのです。」
『そうなんだー…』
リンクが無いはずなのに、俺よりラトの扱いが上手いニル。もはや格好良いよね。
『それなら、僕の背中に乗って行く?』
「なん……だと…?!」
今ラトが
いや、待て待て。狼の背に乗って草原を駆け抜けてみたいという人類の夢を、そんなに簡単に
聞き間違いだ。
『だから、僕の背に乗って走れば直ぐに着くよ?』
「乗ります!」
食い気味で答えてしまった。いや、だがこれは誰でも分かってくれるはずだ。思ったよりも柔らかいあのモフモフの上に乗って共に風になれるのだ。拒否出来る奴などきっと居ないに違いない。
「乗る…というと、ラトの上にですか?」
「ああ!ラトが俺達を背に乗せて走ってくれるらしい!」
「い、いつになくご主人様の
「考えただけで
「確かにワクワクはしますが…何故か悔しい気持ちで一杯です。」
ニルが悔しがってはいたが、伏せしたラトの上に、俺が乗り、ニルが俺の後ろに乗る。
やはり想像以上にフカフカしているラトの毛は、乗ると程よい弾力で押し返してきて、低反発のクッションみたいだ。
ほんのりとラトの
「ニル。しっかり捕まってろよ。」
後ろのニルに声を掛けると、小さな声ではい。と返事をして俺の服の端を掴む。
「そんな持ち方じゃ落ちるだろ。」
俺はニルの両腕をガシッと掴むと、引き寄せて、腰に巻き付かせる。
「っ?!!!」
後ろからニルの声にならない声がしたが、今はそれより風になりたい!
「よし!ラト!良いぞ!」
俺の声を聞いたラトが顔を一度横に向けて、背を確認した後、ゆっくりと立ち上がる。
「うおぉぉぉ!!すげぇー!」
立ち上がっただけだが、見える景色が
二メートルの上に乗るだけで、これ程までに違うものなのか。
辺りに生えていた背の高い草がやけに低く見え、時折吹いてくる風が草の上面を揺らして波打っている。
今まで草に阻まれて感じられなかった風を頬や体に感じて、凄い開放感だ。
『走っても大丈夫?』
「おう!行け行けぇー!」
『分かった!行くよー!』
ラトがゆっくりとスピードを上げていき、タタッタタッと足音を鳴らして走る。
「うっひょぉーーーー!!!」
走り始めた途端に前面から打ち付けてくる空気。
ボボボッと耳には風の音。
空から降り注ぐ太陽の光を、いくつかの雲が遮って、波打つ草に影を落としている。
なにより、ラトは軽く走っている程度なのだろうが、ジェットコースター並に速い。次々と横を通り過ぎる草。遠くにポツポツと見える広葉樹も、ドンドン移動していく。
「今……俺は風になっている!」
しかも狼と!
それにしても……思っていたより揺れが少ない。普通はもっと揺れるはずなのだが…
ラトが走りながらもたまにチラチラと背に乗る俺達を確認しているし、揺れないように走ってくれているのだろう。
「あっはっはっはっ!楽しーー!」
『もっと速く走れるよ!』
ラトとは言葉を交わしているわけではないから、風の音で何も聞こえなくても、何を言っているのか分かる。
「よーし!もっと速く行けぇー!」
「行っくよー!」
ラトの体勢が少し下がり、グンッと後ろに引っこ抜かれそうになる。
「おっほぉぉーー!はえぇぇーーー!」
どれくらいのスピードが出ているのか分からないが、とてつもなく速いことだけは分かる。
風の音が凄すぎて、自分の声もよく聞こえない。
風避けの魔法くらい使えるだろう。って?折角ラトと風になっているのに、そんな勿体ないこと出来るわけが無い。
楽し過ぎて精神が壊れる前に、小川を見付けた為、一旦休憩することにした。
ラトの体力を
「ニル?どうだった?楽しかったろ?」
ラトから降りたニルと、この感動を共有したくてテンション高めで聞いてみたが、ニルは顔を真っ赤にして、はい…と頷くばかり。
もっとこう…ワーッ!ってしたかったのに……
『シンヤ!見て見て!魚が泳いでる!』
ラトが嬉しそうに小川の水面を覗き込んでいる。
「ラト。全身を洗ってやるから小川の中に立て。」
『洗う?水浴びなら少し前にしたよ?』
「それだけじゃ落ちない汚れとかあるし、綺麗な方が良いだろう?」
『そっか!分かったぁ!』
バシャーン!!
ラトは返事をすると、豪快に
「よーし!そのまま動くなよー!」
『はーい!』
水魔法と石鹸でラトの全身を洗ってやる。
『何この泡ー?!モコモコで美味しそー!』
自分の全身を包み込む泡が気になってバクッと食べてしまうラト。止める暇もなかった。
『
「ほらほら。暴れてないで、じっとしてろ。」
『はーい…』
大人しくなったラトの全身を綺麗にしてやると、かなりの汚れが付着していたのか、小川に抜けた毛と共に汚れが流れていく。
「おー。綺麗になったな。」
乾かす前だが、既に毛の
ブルブルと体を振って水を飛ばすラト。水滴と呼ぶには量的にも大きさ的にも間違っていると感じる水が降ってくる。冷たい。
「乾かすぞー。」
『はーい!』
次は風魔法でラトの全身を乾かしてやる。
『おー!凄いフサフサになったー!』
すると、ラトの毛は柔らかい為、全体的に毛が逆立って、毛の玉みたいになる。
「あっはっは!なんだそれ!」
「ぷっ…なんですかそれ?可愛いですね!」
やっとニルもいつも通りに戻ってくれたらしく、一緒に笑ってくれる。
『変?』
「すっごい変だな。」
「変ですね。」
『フサフサなのにー。』
ラトがブルブルと体を振ると、随分マシになる。
休憩でここに立ち寄ったのだし、もう少しラトの事について詳しく聞いておこう。
小川の際に腰を下ろし、流れる水に素足を突っ込む。気持ち良い。
「ラト、いくつか聞いてもいいか?」
『良いよー。』
「まずは…ラトはどこから来たんだ?」
『あっちの方から来たよ。』
ラトの顔は南東の方を示している。南東側にはずっと大陸が続いているらしいが、ほとんど解明されておらず、俺も局所的にしか訪れたことがなく、知らないモンスターが居てもおかしくはない。
それに……
ここから南東へずっとずっと行った先には、神聖騎士団の本拠地がある。
その周辺の村や街は神聖騎士団からの物資の提供などを受けていて、最初から神聖騎士団の側についている。
つまり、俺達がここから南東に向かって行くとこは決して無いという事だ。もし、この先に進むとしたら、神聖騎士団との決着を見る為に越える時だけ…だろう。
そんな時を迎える為にも、まずは先にやるべき事をやらなければならない。
今はとりあえずラトの話を聞こう。
「南東から来たとなると、色々な人が居ただろう?」
『んー……分からない!ビューって走ってきたから!』
ラトがどこ出身なのかは分からないが、彼にこの先にある街や村の状況を聞いても知っている事は無さそうだ。
「そうか。仲間は居ないのか?狼ってのは群れで生活するものだと思っていたが…」
『仲間は……』
ラトの感情が酷く暗くなる。
「どうした…?」
『仲間は……沢山いたよ。』
敢えて過去形で俺にそう言うラト。彼の過去に一体何があったと言うのだろうか…?
「話したくないか?」
ラトの気持ちはダイレクトに俺の中へ入ってくる。話したくないような、でも聞いてもらいたいような…モヤモヤする気持ちが伝わってくる。内面的に強く繋がるというのも
『別に話したくないわけじゃないよ。ただ…思い出すと悲しくなるから…』
無理に聞こうとする必要は無いかと話を切り替えようとした時、ラトが少しずつ仲間の事について話を始めた。
ラトは、詳しい年月は分からないが、随分と前、普通に仲間の狼と群れの中で生活していたらしい。
その時のラトは、こんなに大きくもなく、普通の狼のサイズで………体毛も全身真っ黒だったらしい。
ブラックウルフ。それがラトの本来の種族名だ。
ブラックウルフは、Aランクに指定されているモンスターで、とにかく速い。
黒い体毛は魔法防御力に優れ、物理的な攻撃には弱いものの、その速さに付いていけず、気が付いたら殺されている…なんて事も起きる可能性のあるモンスターだ。
普通の人ならば出会って狙われたら、逃げる事も出来ず、ただ見逃してくれと祈る事くらいしか出来ない。
ブルータルウルフの上位互換。その認識で間違いないだろう。ただ、ブラックウルフは、ブルータルウルフとは違い、獲物を少しずつ削るのではなく、一瞬で仕留める。鋭利な牙と爪で急所を確実に切り裂くか、その強靭な
当然狼なので、群れを作るため、一匹でも怖い相手が十匹もいる。戦えない商人なんかは、出会った時、絶望するだろう。
ただ、Aランクのモンスターであり、繁殖力が低く、世界に居るブラックウルフの総数はブルータルウルフの数に比べれば、非常に少ないと言われている。そのため、
そんなブラックウルフの群れに居たはずのラトが、何故今群れに居ないのか。
それは、彼が群れから弾かれたからだという。
彼はブラックウルフの中でも、特殊な個体であり、ある日から雷魔法を使えるようになったらしい。
本来、ブラックウルフは闇魔法に適性があり、攻撃型の闇魔法を使ってくる事が知られているが、それに加えて雷魔法という特殊な力が目覚めたのだ。
その理由は分からないらしいが、彼が他のブラックウルフと違い、ただただ速さを求めていたから…だと思う。
獲物を捕ったり、仲間と連携はするが、ラト自身はずっと、ただただ速く走りたいと願っていた。
その願いが叶ったのか、ある日を
ラトが群れの長になって群れを率いるという状況も有り得たかもしれないが、ラトはそうしなかった。
それは彼の性格を少しだが知っている俺達にも納得出来るところがある。
地位や権力ではなく、彼はただ速く走る事に
亜種、もしくは希少種と呼ばれるモンスターが、基本的に群れを形成しない理由が、ここにあるような気がしてしまう。
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