第109話 再会を願って
ブラッドサッカー亜種との戦闘後、日が暮れるまでに進めた距離は、二人で移動していた時より随分と長かった。
何より、危険な場面がほぼ無く、かなり安定した旅路となっていた。
「そろそろ日が暮れる。あの木で良いかな?」
ドンナテが指し示す背の高い木は、ここから近い。日が暮れる前には辿り着けるだろう。
「また上かぁ…我は高いところは苦手だ…」
「苦手だからって全員を危険に
プロメルテに背中を押されて嫌々ながら足を進めるセイドル。なんかこのパーティの母がプロメルテで、父がドンナテ…という感じだな。
木の上に足場を作り、やっと一段落着いた頃、空から光が消えて直ぐに、またしても例の揺れが来た。
「おおぉぉおぉおお?!」
「わわわわ!!」
セイドルは幹に全力でしがみつき、目を瞑って全力で揺れに耐えている。ターナは初めて体験するグリーンマンの脅威。驚いてペトロに掴まっている。
「近いな…」
足元の植物がワサワサと増えていくところが見える。
「足場を強化しておいて良かったな…」
「ね、ねぇ!向こうでも動いてない?!」
「うげっ!ホントだ!」
俺達の来た方向。
「ターナを助けるのが一日早くて良かったな…こんなにあちこち植物が生えてきたら、ターナの居場所が分からなくなっていたところだ。」
特別何か目印があるわけでもないため、一度森が動けば、どこを見てどこを見ていないのかが全く分からなくなってしまう、そうなる前で本当に良かった…
「うひー!私あんなのに捕まってたの?!今更だけど怖くなってきたよ…」
「実際にグリーンマンの脅威を体験したのに、本当に今更ね……」
既に揺れに慣れているプロメルテが揺れながらも冷静にターナにツッコミを入れている。
人って慣れる生き物なんだなぁ…
「それにしても、あいつら、そこら中に居るみたいだね……ここまで多いとなると、下手にこの森に入らないように報告しておかないとね。」
「この森が広がり過ぎないように、対策も取った方が良さそうだとも伝えておかないといけないわね。」
「対策って…どうするんだ?火をかけるとかか?」
「いいえ。この森は見た事の無い植物やモンスターが沢山いるから、全て無くなってしまうと勿体ないわよ。上手く管理して、資源の調達場所にしておけば、この辺りにもまた人が寄り付くわ。」
「昔は海底トンネルのダンジョンに向かう渡人が沢山いたから、この辺りもそれなりに賑わっていたんだけれどね…」
海底トンネルのダンジョンに挑戦した者達は大勢いた。だが、成功したのは情報をネットに載せてくれた大規模パーティの進行の時だけだ。
海底トンネルのダンジョンは出入り自由のダンジョンだが、ダンジョンに行ったきり…という人も多かった。
いくら賑わっていても、挑戦する渡人が減れば、その分周りの住民達も減っていく。当然の事だ。
「良いものが見付かれば、嫌でも賑わうわよ。」
「それもそうだね。その為にも報告はしっかり行わないとね。」
ゴゴゴッ…
そんな話をしていても、辺りの揺れは未だセイドルを苦しめている。
こうしてグリーンマンが歩くのは夜だけ。そこにどんな意味があるのかは分からないが、日が出ている間に森が爆発的な成長をしたことは無い。
そして、歩き回るのは約一時間。それはグリーンマンを追っていた四人も知っているはずだ。
「揺れは一時間くらい続くわよ。」
「勘弁してくれぇー!」
悪そうな笑みを見せてセイドルを怖がらせているプロメルテ。セイドルは、揺れなければ慣れつつあった高所なのに、またしても青い顔をして叫ぶ。
そんなことがありつつも、旅路は順調に進み、三日後の昼前に、やっとジャングルを抜ける事に成功した。
「抜けたー!!」
ジャングルの葉をガサッと掻き分けると、目の前は伸び放題の草。
ペトロが両手を挙げて喜んでいるが、そこまでスカッとしたわけではない。ただ、気分的にあのグリーンマンの居るジャングルの中から出て、久しぶりに地上で寝られると思うと、ペトロの気持ちも分かる。
「よっしゃぁぁあああああ!」
当然セイドルは全力で
「セイドル。抜けたとはいえ、まだモンスターは居るんだから、あまり大声出さないように。」
「お、おう…すまん。」
セイドルのせいで外に出られた感動よりも、モンスターの心配をしなければならなくなり、一旦、俺達はそのまま南西へと足を進めた。
海底トンネルまでは結構近付いているはず。もう二、三日進めば辿り着くはずだ。
「この辺りまで来ればさすがに大丈夫かな。」
「す、すまん。ついつい……」
セイドルは
「もう謝らなくて良いよ。何も無かったわけだしね。」
「それより、僕達はここから北に向かわないといけないから、シンヤ達とはここまでだね。」
「えー!やだー!ニルちゃんと一緒が良いー!」
ペトロがニルの横から抱き着いて、ニルは嬉しいような困ったような不思議な顔をする。
「そんな事言ったらニルが困るでしょう。」
「えーん!ニルちゃーん!」
プロメルテに引き
「またいつか、時間に余裕がある時に、近くまで来たら必ずドンナテ達が居るチュコという村まで足を運ぶよ。約束する。」
「約束だよ?!シンヤ!」
「今のは私も聞いたわよ!」
「約束だからね?!」
ペトロのみならず、プロメルテとターナまで食い付いてくるように言ってくる。
女性陣がここまでニルに懐いていたとは…ニルの友達として、また必ず会いに来よう。
「約束するよ。」
俺の言葉に三人は飛び跳ねながら喜び、ニルに抱き着いている。
ニルも色々とあったが、上下も無い同じ冒険者の同性と仲良くなれた事自体は嬉しいのだろう。口元が緩んで笑っている。
表情からでは読み取り難いが、ニルも別れを惜しんでいるようだ。
「僕達もSランク冒険者としてチヤホヤされていたけれど、これからはもっと努力するよ。
せめてシンヤとニルのような強者の足元くらいには立てるようにね。」
「我もまだまだだな。もっと
「そんな凄い人間じゃ無いが…俺達も負けないように努力するよ。」
「……なるほどね。だからきっとシンヤは強いんだね。」
「だな。
「アタシ達も頑張らないとね。」
「ニル。また会った時は私達がビックリさせてあげるわ。覚悟してなさい。」
「私も努力を頑張るぞー!あれ?努力を頑張る…?努力を……頑張る?」
「どっちも似た意味でしょう。ターナは本当に最後まで締まらないわね。」
「えへへー…ごめん。」
「それじゃあ僕達は行くよ。物資も、分けてくれて助かったよ。」
「また会った時は一杯
「酒くらい何杯でも奢るっての。」
「それじゃあ、またいつか。」
「ああ。またな。」
こうして俺とニルは、イーグルクロウの
一緒に居たのは一週間程度なのに、随分と長く一緒に居たような気がする。巨人族とは形が少し違うけれど、彼等は俺にとっても……友達…なのかもしれない。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ジャングルを抜けた後、海底トンネルへと足を進めて二日目の昼。
「どうだ?ニル。見えたか?」
「いえ……一面草ばかりですね……」
俺がニルを上へ投げ飛ばしニルが先を確認してみたが、未だ海底トンネルは見えず……とりあえず南西に向かって歩き続けてはいるものの、そろそろ現地に向かって方向を修正しながら歩きたいのだが…
「もっと進まないと見えないか…」
「ここまで視界が悪いと、先を見るだけでも大変ですね。」
この辺りの草は、ほとんどが背の高い草で、どこに行っても俺より数十センチ程、草の方が高い。
おかげで前どころか周りが見えず、定期的にこうして周りを高い位置から見渡さないと、真っ直ぐ進めているのかさえ分からない。
「足場が泥濘ではないだけまだ良いけどな…」
もう一つは、火が使える事だ。ここならば草さえ刈り取ってしまえば、燃え移る心配は無い。
久しぶりにしっかりと調理しようかと
「何を作るのですか?!」
ニルさんはこういう事には特に敏感です。
「よくぞ聞いてくれたな、ニルよ。」
「そ、その喋り方は?!また何か新しい料理を作るのですか?!料理長!!」
俺が何かを新しく作る時にこの喋り方をしていたら、誰の真似かと聞かれ……適当に料理長とか言ったら、その時から定着した呼び名だった。
「うむ。今日は、我ら日本人のソウルフードの一つ。
「UDON…想像出来ません…」
この世界にはパスタはあれど、饂飩は存在しない。残念なことに。
「そして、今回、
「それは
実は味噌もエルフの街では作られていて、白も赤もある。
これまで使ってこなかったのは、味噌の
インベントリの中は状態を保存してしまう為、隙を見ては取り出して熟成させていた。
だからこその、満を持して…という事なのだ。
因みに、ニルが初めて味噌を見た時は、U〇KOだと思ったみたいだが、
「熟成出来たのですか?」
「俺好みの味になったからな。今日は饂飩と味噌を使って、味噌煮込みうどんを作ろうと思う。」
味噌が出来たら味噌汁とか、どうせ饂飩ならベーシックなものからとか思うかもしれない。しかし…そんな事は知らん!母が手作りした味噌で作ってくれた味噌煮込みうどんを食ってから、そして、この世界で赤味噌を見てから、俺の脳裏には常に、味噌煮込みうどんの事があったのだ。今日こそは食ってやる!
「味噌煮込みうどん…私もお手伝い致します!」
「良かろう。それでは作っておいたこの生地を使うぞ。」
饂飩を食うと決めた時から、饂飩の生地だけは僅かな記憶を頼りに幾分か作っておいた。
パスタを作る際に使われる薄力小麦粉に似た物を使い、水、塩と混ぜてこねくり回す。出来た生地を少し寝かせ、伸ばして伸ばして後は切るだけ。だったはず。一度少量を茹でて確かめてみたが、饂飩だったので、恐らく大丈夫だ……多分。食えない物を使っているわけではないし、多少変でも大丈夫だ!
俺は生地を切りやすい様にまとめ、三ミリ程度に風魔法で少しだけ切る。
「ニルはこの太さで生地を全て切ってくれ。魔法でなくても構わないぞ。」
「わ、分かりました!」
風魔法で全部切るとなると、結構魔力を使ってしまうので、ニルは料理用に買っておいたナイフを使う。
俺と会うまでは魔法が使える事を隠していたみたいだし、料理用のナイフの扱いには慣れている。
俺はその間に食材の準備だ。
ネギに似たエークを斜めに切り、魚人族の街テーベンハーグで手に入れた白身の魚の身を細かくしてまとめ、茹でたカマボコ…のようなもの。そして、これまたヒョルミナで作られていた
もう一つ忘れてはいけないのはロックバードの肉だ。これも一口サイズに切っておく。
この時の為だけに買っておいた一人用の
ソエボというのは貝の一種で、茹でるだけでなんと水が
出汁を火にかけて、エークを入れて
「ご主人様…いえ。料理長!出来ました!」
「うむ。良かろう。粉を落としてここへ入れるのだ。」
「お任せ下さい!」
ニルは慎重に陶器鍋の中に切れたうどんを入れる。
少し煮たところで味噌と砂糖を溶かし入れ、後はうどんが良い硬さになるまで茹でる。
最後の最後に露店で売っていた卵を真ん中に落とし、蓋をして少し待てば完成だ。
やり切った…やり切ったぞぉー!
「これが味噌煮込みうどんですか?」
「うむ。どれどれ。」
蓋を持ち上げると、溜まっていた湯気が解放されてモワッと目の前に広がる。味噌と出汁の良い香りが
まだクツクツと気泡が上がり麺が押されてピクピクと動いている。卵も半熟で完璧な仕上がりだ。
「おぉー……」
自分で作っておいてだが…よく作れたな……食欲って凄い力を発揮するんだな。
「「いただきます!」」
マイ
「ふー…ふー……」
息を掛けると、湯気が横へと流れていく。もう口の中は
ズゾゾゾッ!
豪快に
しかし、その熱がゆっくりと落ち着いてくると、出汁と味噌の味が口の中に広がり、準備していたにも関わらず、感動が広がっていく。
饂飩も手作りだからか、歯応えも表面のツルツル感も最高。プチプチと噛み切る度に良い弾力が歯に伝わってくる。
「美味い!これだよこれ!」
「…ゴクッ……」
ニルは俺の食べ方を見て、
「わ、私も……ふー…ふー……」
俺と同じように麺を冷やすニル。
チュルルルッ!
勢い良く吸い上げたニル。
「ん!ん!ん!」
ちょっと熱かったらしい。
「ん!……ん?………んー!んんんん!」
美味しかったらしい。
「こ、これは美味しいですよ!なんですかこれ?!あっ!味噌煮込みうどんですね!」
これがまさに
「吸い上げた時は、ツルツルとしていたのに、噛むと弾力があって、味噌の旨みと魚の旨みが…なんですかこれ?!あっ!味噌煮込みうどんですね!」
俺、ニルの巻き戻しボタン押したっけ?
エークやカマボコもどき、ロックバードの肉も実に美味い。これぞ味噌煮込みうどん!何より、油揚げを噛むと、中に染み込んだ汁がジュワッと出てきてそれが美味いのなんのって!
「私はこのへにゃへにゃになったエークも好きですね!んー…でも、ご主人様の作った、油揚げも捨て難いし…カマボコ?でしたか、これもプリプリしてて美味しいし…お肉はやっぱり美味しいし……全部好きです!」
迷った
まあそれだけ感動してくれたのだろう。
「ニルよ。まだ感動は残っているのだよ。」
「はっ?!そういえば!卵がまだ生きています!」
「さあ。割ってみなさい。」
「ゴクッ……は、はい……」
卵に箸を入れると、トローっと黄身が流れ出し、汁と絡まり合い、ゆっくりと溶けていく。
「み、見るからに美味しいです…」
美味しそうだろ。ニルよ。
それは見た時の感想ではなくて、食べた時の感想だぞ。
麺と黄身が絡まり合い、ニルが口に運ぶ。
チュルッ!
「………………」
無言で
当てはまる言葉が無い時の反応だ。美味いを通り越したらしい。
「美味いだろう?」
「……はい。ちょっと泣きそうです。」
「そこまでか?!」
「…はい。」
ここまで感動してくれるとは……作った
俺もおふくろの味というのを思い出してウルッとしそうになったが、母の作ったものには遠く及ばない味に、感動よりも笑いそうになった。
「今度私が一から作ってみます!」
「お、言ったな?結構大変だぞ。」
「この味に辿り着く為ならば、苦労があって当たり前です。むしろやる気が出てきました!」
「それなら、まずは味噌汁からだな。」
「ご主人様が言っていたお母様の味…ですね?」
「今回の味噌煮込みうどんも似たような物だったが、やっぱり一番は味噌汁だろうな。
作り方は覚えているから、また教えよう。毎朝必ず食していた物だから自信があるぞ。」
「はい!よろしくお願い致します!」
この日からニルには、剣術に加え、おふくろの味についても
昼食を終えて、胃が落ち着くまで、少しまったりしていると……
「ご主人様…」
「どうした?」
「先程から周囲がやけに静かに感じるのですが……気のせいでしょうか?」
ニルの言葉に耳を澄ませると、確かに周囲の虫や鳥の声が聞こえてこない。
「確かに変だな……」
グリーンマンの出現時にも同じように生物の気配が消えたのを覚えている。これは何かヤバいものが近付いてきているのかもしれないと、周囲を片付けて静かに叢の中へと身を隠す。
イーグルクロウの話では、この辺りにヤバいモンスターは出現しないという事だったのだが…
まだ何の気配もしないが、空気だけがピリついていくのを感じる。
これだからこの世界の旅は常に気が抜けないのだ。
ガサガサ…
南側から
他のモンスターや動物が気配を消して動いている音ではない。気配を消さず、悠々と歩いている。そんな音の立て方だ。
モンスターの中でも、Sランク以上のモンスターが歩く時はこんな感じの音を立てる。
ザワっと草が左右に別れ、そこから出てきたのは、獣の足。真っ黒で細い犬のような足だが、一目見て分かる。
デカい。
四つん這いの状態で歩いているのだろうが、それでも足を見ただけで高さが俺より随分と高い。
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