第108話 再び、南西へ
「しかし、この森を抜けるまでは武器が無いことになるだろう?どうするんだ?」
「それなら心配いらない。」
俺は薄明刀をインベントリの中に入れ、イベント報酬の刀を取り出す。
「えっ?!何が起きたの?!」
「っ?!インベントリ?!」
「セイドルは知っているのか?」
「あ、ああ。昔一度だけ見た事があってな…確か渡人にしか使えない魔法だったよな。便利な魔法があるもんだ、と思ったからよく覚えている。」
セイドルがこちらへ興味を移した女性陣とドンナテに、インベントリがいかに素晴らしいかを力説してくれた。
「そんな魔法が使えるなら、物資なんて山のように持って歩けるよね?!」
「その通りだが、別に湧いて出てくるわけじゃないからな?」
「分かってるけど、凄く便利な魔法だねー!」
「本当に分かっているのか怪しいところだが…まあそういう事だ。」
「そこまで便利な魔法なら、色々な人から目をつけられるわね。」
「だからいつもは
「なるほどねー。それをアタシ達に見せたって事は、ある程度信用されてるって考えてもいいのかな?」
「あのシンヤに信用されているなんて、光栄ね。」
「そんな大それたものじゃない事くらいもう分かっているだろう?」
「それはどうかしら。私達としては凄く助かったのは事実よ。」
「そうだね!私にとっては命の恩人でもあるよ!」
「分かった分かった!そう持ち上げなくても良いから。」
視界の端に見えるニルが、うんうんと得意気に頷いている。
「ほらほら。ニルと話をしていたんだろう?」
「あっ!そうだった!」
「ご主人様?!」
「女性は女性同士で話し合う。それが一番。」
この裏切り者ぐらいの顔で見られているが、見えていない振りをして俺はセイドルとドンナテと話し始める。
「それが新しい刀か?」
「ああ。最近手に入ってな。」
嘘は言っていないぞ。
「さっきの薄明刀を見ると、そこまで個性的な武器には見えないね?」
「俺も初めて見た。」
「えっ?!」
「あはは……」
説明は…笑って
それより刀だ。
見た目は鞘から柄まで全て水色。柄糸も、
一応、鞘に渡人のエンブレムが付いているが、それも取って付けたように見える。
今まで薄明刀を使っていたから刀が少し重く感じる。
長さも反りも、一般的なものに見える。
ぐっと、鞘と柄を反対方向へと引っ張ると、中からこれまた水色一色の刀身が現れる。
一目見ただけでは、この刀に波紋がある事に気が付かない程に色の変化が無い。よく見ると分かる波紋は、
厚さも形も長さも、全体的に一般的なものと変わらないが、ニルの小太刀と同じように不思議な特性を持っている。
【真水刀…特殊な金属で打たれた一振。魔力に反応して刀身から水が出現する。】
魔力に反応して…という
水が出現すると言うのも試してみない事にはどの程度のものなのか分からない。
「これもまたかなりの業物だな…」
セイドルがはぁーと息を吐きながら刀身をマジマジと
「薄明刀と同じで我の知らない金属で打たれた刀だな。」
「セイドルが知らないなんて、かなり珍しいんじゃないの?」
「一般的な金属じゃあないが。我でも知らない素材なんてこの世にはまだうじゃうじゃある。そう驚く事じゃない。」
セイドルはそう言っているが、ドワーフが知らない金属となると、やはりレアリティは高いはずだ。
「振ってみるか?」
「いや。明日下で振ってみるよ。」
どうなるか分からない刀をブンブンこの高さで振るなんて怖すぎる。地面の上で、人の居ない方に向かって振る。これ常識。
「今すぐ見たかったが…日も落ちてきたし、仕方ないね。」
ドンナテが空を見上げる。いつの間にか既に空は赤色を通り越して紫色になっている。
「ご、ご主人様ぁー!」
ニルがスススッと寄ってきて俺の後ろに隠れてしまう。どうやら三人の質問攻めに負けたらしい。
「あー!待ってよニルちゃん!」
「話はまだ終わってないわよ!」
「そうだよー!アタシ達に全部教えるのだー!」
ハイエナか
「そこまでにして夕食にするぞ。
インベントリは素晴らしくてな。入れた状態で取り出せる。つまり、出来たてホヤホヤの料理が食べられるんだ。」
インベントリから野菜スープを鍋ごと取り出し、蓋を取るとモワッと湯気と香りが風に流されて三人の
「「「お、おいしそう……」」」
「座って食事にしよう。」
「「「はーい!」」」
ニルは俺の影でホッと胸を撫で下ろしている。
色々とあったが、こうして、やっとターナも完治し、ジャングルを再度進むことが出来るようになった。
翌朝、木を下りた俺は、まず何より先に刀を振ってみる。これから命を預ける武器をぶっつけ本番で使うなんて怖いことは出来ない。
何故か全員が見ている前で刀を振ることになってしまったが……あまり見られているとやりにくい……
まずは重さや長さ等、基本的な刀の情報を軽く振って
ヒュッ!……ヒュッ!
振った感じは悪くない。平均的な刀で、振りやすく
「「「「「おぉー…」」」」」
軽く振っただけで後ろから五人の声が聞こえてくる。
やりにくい。わざとやってる気がするのは気のせいか?
ビュッ!ビュッ!
何度か強く振り、使い心地を確かめた後、早速魔力のことについて調べてみる。
魔力に反応して…と書いてあったが、単純に魔力を込めれば良いのか、それとも魔法を斬るとかそういう事なのか……一番簡単な方法から試してみよう。
魔法陣を描く時と同じ
すると、水色の刃の付近にぽよぽよと水の玉が現れる。ビー玉くらいのサイズで三個出た。
「なんか出た!?」
「しっ!ペトロ!静かにっ!」
俺の気持ちを
確かになんか出た。
刀を左右に軽く動かすと、刃と同じ様に水の玉も動く。連動しているようだ。いや、だからなんだという話なのだが……確かに面白い特性だが、これが出たところで、相手としては多少ウザいくらいだ。
ヒュッ!
軽く振っても特に変化は無く、相変わらず刀の付近をふよふよと
これに何か意味があるのだろうか…?この程度なら
ちょっと目の前をふよふよしている水の玉が
カッカッカッ!
刀の付近を飛んでいた水の玉が消え、目の前にあった木の幹に、穴が空いてそこから少量の水が流れ出てくる。
「…おぉー……」
自分でちょっと驚いてしまった。
幅一メートル程の木の幹を貫通する事はなかったが、中程までは傷が残っている。水の玉が弾丸のように飛んで、木の幹を抉った…のだろう。
威力的には初級魔法以上、中級魔法以下…というところだろうか。ランクの高いモンスターには効かないかもしれないが、対人戦では役に立ちそうだ。
魔力を込めると発動する魔法という感じだろうか。魔具に近いというか…魔具そのもののような感じだ。それが刀の形をしている。
真水刀を見ていると、セイドルが後ろから声を掛けてくる。
「面白い武器だな。」
「あ、ああ。俺もビックリしてるよ。」
「魔力に反応して水が出てくるのか…それが一定以上の力で振られると飛んでいき、攻撃に変わる…と。込める魔力量を増やすと、水の玉の数が増えるのか?」
「そうだな……」
セイドルに言われた事を確かめるため、先程より少し強く意識を持っていくと、刀の周りに今度は五つの水の玉が現れる。
「なるほどなるほど。これは面白いな。
なら、刀を振った速さ、強さで水の飛んでいくスピード、威力も変わるのか?」
「お、おう……」
俺は先程よりもう一段階速く刀を振る。
ガンガンガンガンガンッ!
先程より重たい音がして、木の幹に五つの穴が空く。まだ貫通はしていないが、本気で振れば恐らく貫通するだろう。
「自分で調節可能なのか。」
「みたいだな…」
本気で振れば、中級魔法より少し
「ふむふむ……使われている金属が、魔力を受け取ると、それを吐き出す時、水の玉へ変換して吐き出してくれるという事だろうな。」
セイドルが全部説明してくれる……ありがとうございます。
「薄明刀に比べると個性的には見えないと言ったけれど、改める必要がありそうだね。こんな効果を持った武器は始めて見るよ。」
「モンスター相手だとなかなか使い所が見付からないかもしれないが、鎧程度なら貫けそうだな。」
「ぼ、僕の方に飛ばさないでよ…?」
「あれだけの剣術があるのに、シンヤがそんな事をするわけがないだろう。なぁ?シンヤ?」
俺とニルは後衛気味の中衛として動く事が決まっているので、前にいるドンナテからしたら、ずっと銃を向けられている気分なのだろう。そんな事をするつもりは一切無いが…
「……………」
敢えて何も返答せず、
「何か言って?!」
と、まあ冗談を混じえながらもジャングルの中を進んで行くと、俺とニルはSランクパーティ、イーグルクロウの実力を早速知る事になる。
相手はブラッドサッカー亜種。人型のヒルだ。それが全部で十匹。俺とニルだけなら相手にしたくない数だが、イーグルクロウの五人が入れば、それ程問題にはならない。
一度普通のブラッドサッカーとは戦闘したが、これは亜種。焦げ茶色ではなく、灰色の体表を持っていて、見た目として違うのはそれだけだ。ニュルニュル動く感じや、細長い口の先に小さな無数の歯、人と同じサイズというのも同じ。
しかし、戦闘に対する強さは一回り上。Bランクのモンスターだったが、亜種になるとAランクへと上がる。動きは元々トリッキーで素早い奴だが、速さも増して、その上粘着性の高い粘液を口から吐いてくる。
粘液に毒性は無いが、体に付着すると動き難くなる。そんな状態ではブラッドサッカーの動きに対処出来ず、ガブリといかれるわけだ。
ただ、体表の硬さは変わらず、普通に剣で斬れる。
「ぬんっ!」
ガキンッ!
セイドルがブラッドサッカー亜種が伸ばしてきた手を盾で弾くと、姿勢を低くしたペトロが前に入る。
「遅い遅い!」
ザンザンッ!
ペトロがブラッドサッカー亜種の首に左右の手に持ったダガーを走らせ、一瞬で仕留める。
ブラッドサッカー亜種は残り九体。数が居るだけあって、ペトロの動きを見たうちの二体が挟み込むように攻撃を仕掛けてくる。右手の奴は口から粘液を飛ばし、左手の奴は噛み付こうと口をペトロに伸ばす。
キュンッ!
矢の飛ぶ独特の風切り音が聞こえると、後方から一直線に左手の個体の額に矢が飛んでいく。
ドスッ!
綺麗に額のど真ん中を射抜かれ、そのまま後方に反り返り地面の上にドチャリと倒れる。間違いなく狙って射ったのだと思うが、
ビチャッ!
右手の奴が飛ばした粘液は、ターナの作り出した中級木魔法、ウォールウッドによって防がれる。
「へへへ!簡単簡単!」
ターナが中級魔法を描くスピードはかなり速い。その上、ペトロが飛び出した瞬間に既に描き始めていた。こうなることを知っていたかのような動き。
誘ったというのもあるのだろうが、パーティ全員の事をよく見ていて、常に二手先の事を考えているのがよく分かる。
「集まってきたね!!」
ズバァァン!!
ここに来て近接攻撃力最大のドンナテの大剣。
セイドルとペトロの動きに釣られた個体がワラワラと寄ってきた所に、ペトロと入れ替わるように前に出て、
一連の流れだけで、ブラッドサッカー亜種の群れは半数になってしまった。
何も打ち合わせておらず、声掛けも無しにここまで連携の取れるパーティこそがSランクのパーティ。隙も無く、下がろうとするドンナテをターナとプロメルテが魔法と弓で援護。
圧倒的過ぎてブラッドサッカー亜種に同情したくなるほどだ。
「ニル!」
「はい!」
そんなものを見せられたら、俺達も見せないわけにはいかないだろう。
俺とニルは左右に大きく分かれ、ブラッドサッカー亜種の残り五体全てを挟み込むように陣取る。
粘液を飛ばしてくるが、俺とニルがそんな単純な攻撃に当たるわけがない。
ビチャッビチャッ!
地面の泥濘に粘液が落ちる音が走り抜けた後方から聞こえてくる。
俺とニルが敵を挟んだ位置に辿り着いた瞬間に、ニルが既に用意していた風魔法、ウィンドエクスプロージョンを解放すると、二体のブラッドサッカーが風の勢いに負けて飛んでくる。
「はぁっ!」
真水刀の初陣。斬れ味を試すには持ってこいの相手だ。
ザンザンッ!
風に乗って飛ばされてきた二体に刃を走らせると、斬った感触が手に伝わり、両断されて四つになった肉塊が後ろにドチャドチャと落ちる。
残った三体は俺を一気に仕留める気なのか、合わさたように集まってくる。
ビュッ!
ブラッドサッカーの間を抜ける様に飛んできたニルのシャドウテンタクルを左腕に絡ませ、グッと引っ張ると、対角にいたニルが凄い勢いで直線的に飛んで来る。
「はぁっ!」
ザシュッ!
俺から見て一番遠い位置に居た、向かって左手の個体の首を、勢いを利用して蒼花火で切り裂くと、ボールの様に頭が飛ぶ。
そこから更に、その前に居る右手の奴を、体を回転させて後方から斬る。白銀の長髪が空中で舞い、ザシュッという音が聞こえるともう一つ頭が飛んでいく。
飛んできたニルの左腕を掴み取り、勢いを殺さないように体を回転させて最後の一匹に向けて投げ飛ばす。
ザンッ!
最後の一体の頭が縦に裂けて、そのまま前のめりに倒れていく。
ブラッドサッカー程に体表が柔らかく骨が無いと、火花が散らないらしい。火事対策で水魔法を用意していたが、必要無かったようだ。
腕に絡み付いていたシャドウテンタクルを軽く引くと、ニルの勢いが消えていき、無事着地出来た。
連携の練習をしていたが、かなり
「「「「「……………」」」」」
納刀して五人を見ると、ポカーンとしている。
まあこんなアクロバティックな戦い方は
色々と考えた結果なのだが、やはりSランクパーティから見ると……
「………すっごぉぉぉぉぉい!!」
らしい。
ダメ出しされるかと思っていたが、そんな事は無かった。ターナなんか手を叩いて喜んでいる。
「ビューンって!ビューンって飛んだよ?!」
「二人とも軽装備の理由がやっと分かったよ……」
「あれを防げる自信が微塵も起きないな……」
「あんな動きされたら弓なんて当てられる気がしないわよ。二人とも体どうなっているのよ……」
とっても褒めてくれた。
真剣に練習していたから本気で嬉しい。
「ちょっとバカにされるかと思っていたんだが…」
「するわけないよ?!」
「なんなのよあの動き?!モンスターでも出来ない動きよ!」
「二人だと色々とやらないと生き残っていけないからな。」
ニルを見ると涼しげに立っているが、口元がピクピクしている。ニヤけそうになる顔を必死で堪えている時の顔だ。
「ご、ご主人様が考案した戦い方なので、当然の結果です。」
声が震えているぞ。ニルさんや。
「ドンナテ!アタシもやってみたい!」
「出来るわけないだろう?!」
「えーー!」
「いやいや!あんなの普通無理だって!そんな不満そうな顔をされても出来ないものは出来ないからね!」
こればかりは互いの息が合う事は大前提の上、身体能力も必要になってくる。
幸か不幸か、俺とニルは身体能力が嫌でも上がる環境をここまで辿ってきたからこその技だ。というか、簡単に真似出来るなら
「シンヤ!あたしもビューンってやって!」
「グシャッと顔面潰れても良いならやってやるぞ?」
「怖いこと言われた?!」
簡単そうに見えるかもしれないが、僅かに手元が狂っただけで大怪我になることだってある。会って数日のペトロとあんな事をやったら、色々と潰れてしまうかもしれない。
「ほらほら!ニルのシンヤ愛があってこその技なんだから、そんなに食い下がらない!」
「えー!」
「ぶっ!プロメルテ様?!」
おー。ニルが吹くの初めて見た。
「何よ?間違ってたの?」
「いえ!間違ってはおりませんが!おりませんが!」
「なら良いじゃないのよ。それより、戦闘したら直ぐに移動よ!」
プロメルテは何食わぬ顔でさっさと移動を開始する。
ニルが顔を赤くして俯き、スススッと俺の斜め後ろ、定位置に小走りに寄ってくる。
「うー……」
ニルの小さい声が聞こえてきて、思わず笑ってしまいそうになる。
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