第107話 ターナ
「傷の様子はどうかな…?」
「まだ時間が掛かると思う。暫くは安静だな。」
全身火傷という重症が、塗り薬と包帯で治る、というだけでも日本人の俺としては
取り敢えずは治ってきている事が分かった。それだけでドンナテはかなり安心した様子を見せて、ほうっと息を吐き出している。
折角の再会に水を差したくなくて言わなかったが…グリーンマンの根がもし残っていた場合、何が起きるか分からない。
油断は出来ない状況だが……それをここで言った所で、打つ手は無い。不安にさせるより、今はターナの回復が先だ。
「ターナ。全身痛いだろうが、もう暫く頑張ってくれ。皆待っているんだ、ここで死ぬなんて許さないからな。」
「……は…い……」
力は無いが、微かに微笑んでくれた。きっと大丈夫だろう。
ターナはその返事の後、そのままスースーと眠りに落ちる。
「白布が汚れたらプロメルテとペトロで変えてくれ。俺達が変えるよりターナも良いだろう。」
いくらほとんど皮膚が無いとはいえ女性だ。男性より
こうして、ターナを交代で看病すること丸一日。やっと…いや、早くもターナの全身の皮膚が再生し動けるようになった。
残った根も無いらしく、意識もはっきりしている。
「本当にありがとうございます。」
皮膚は再生したが、流石に髪までは再生せず、スキンヘッドになった頭を下げるターナ。
掠れていた声も戻った。思ったよりおっとりとした声だ。
「髪はすまないことをしたな。」
「いえいえ。命が無くならなかっただけで感謝感謝ですよ。
たまには髪型を変えてみるのも悪くないものです!」
明るく振舞ってはいるが、女性にとっての髪というのはこちらの世界でも大切なものだ。内心、相当なショックを受けているだろうに。
「皮膚は完全に再生したみたいだし、食道も爛れていないから、少しずつ食事を取った方が良いな。」
「やったぁ!お腹ペコペコだったの!」
「まったく…ターナはいつもそれね。」
呆れたと幸せそうな溜息を吐くプロメルテ。
「でも、お腹が減るのも生きているからよね。あんまり最初から飛ばして食べないように!良いわね?」
「はーい。」
「何その嫌そうな顔は?!」
「そんな事ないもーん。」
「ターナはいつもそうやって!」
「まあまあ、そう怒らずに…」
ターナが居るだけで随分と四人の雰囲気が変わる。ターナの性格が四人の支柱になっているようだ。
これだけ喋れるなら直ぐに元気になるだろう。
「思い出すのは辛いかもしれないが、ターナはどうやって捕まったんだ?
対策の為に知っておきたいんだが、教えてくれないか?」
「…はい。」
ターナの話をまとめると、ジャングルの調査のため、五人で行動していたが、途中で髪飾りを落としたことに気付き、少し周りを見渡していたら、いつの間にか
ジャングルの中だから、数メートル離れただけで姿は見えなくなるし、生き物の出す音で四人の声も聞こえず、直ぐに魔法を使おうとしたらしい。
暗くなり始めていたから、火魔法でも打ち上げれば…と。
しかしその時、近くの
何故魔法が使えないのかも分からず、アタフタしていると、次第に意識が遠のいて行き、そこからは断片的な記憶が残るのみとの事だ。
自分が自分じゃないような感覚であの大木に到着すると、立ったまま大木に背を預け、目の前に草が覆い被さっていくのを覚えているとか。
恐怖で声を上げたいのに、それすら出来ず、ただじっと直立しているだけ。たまに意識が浮上してきても、見える景色は変わらず、自分を覆う草の量が増えていくだけ。
何度も助けを呼ぼうと足掻いたけれど、どうする事も出来ず、ただイーグルクロウの皆を信じて待つしか出来ない。
意識が浮上してくる頻度も少なくなり始めた時、イーグルクロウの四人の顔が目の前に来て、プロメルテとペトロが大声で泣き始めた。
私は生きてるよ!助けて!そう叫びたいのに出来ず、叫ぶような泣き声に何度も応えようとした…との事だ。
彼女の心の叫びは、グリーンマンの支配を、片方の
そこから先は俺も知っている。
かなり厄介な相手だし、今まで暗くなる前に木の上に登っていたのは正解だった。間違いなく夜行性の生き物だろう。
「……辛かったわね……」
「確かに辛かったけど……絶対に皆が助けてくれるって信じてたから。」
「……ターナ…」
プロメルテはターナを抱き締めてまた涙を一筋流した。ターナも嬉しそうにプロメルテを抱き締めている。
本当に彼女の心の叫びに気が付けて良かった。
「ターナ。次は失くしても探したりしないようにね。」
プロメルテがターナを離し、見付けた小さな髪飾りを手渡す。
「見付けていてくれたの?!」
「これがあったから、あの辺りを探したのよ。」
「そっか……」
髪飾りを受け取ったターナはキュッと髪飾りを握り締めて、胸の前に持っていく。
後から聞いた話では、その髪飾りは他の四人が買ったものらしい。
他の四人は武器や防具など、色々と必要になる物が多く、経費が
なんでも、とても希少な金属で、装飾品にしか使われていないものらしい。貴族が身に付ける類の品で、普通は手にも取らない物だとか。当然ターナは喜び、ずっと大事にしていたとの事だ。
そんな経緯のある品を落としたと気付いたら、足を止めてしまうのも分からなくは無いが、プロメルテの言う通り、髪飾りより彼女の命の方が大切だ。彼女自身も今回の事で分かったとは思うが、二度とこのような事が起きないように気を付けてもらいたいところだ。
ターナが完治した日の夜。俺達は今後の事について話し合う事にした。
「カイドーはここから南西へ抜けると言っていたよね?」
「そうだな。このまま南西に向かって進むつもりだ。」
「……僕達も一緒に行って良いかな?」
「一緒にって、どこに行くか分かって言っているのか?俺達が行くのはダンジョンの方向。
「まあ…そうなんだけどね…」
「それに、クエストはどうするんだ?」
「クエストは無期限だから平気なんだけど…」
実に歯切れの悪い返答ばかりだ、
「何が言いたいのかハッキリしないな?」
「その…簡単に言うと……」
「あー!もー!ドンナテはいつもそうやってウジウジするからいけないのよ!言う時はバーンと言いなさい!」
「そ、それは分かっているんだけどね…」
「じゃあアタシが言ってあげるよ!えっとね!アタシ達物資がほとんど底をついちゃったから、助けて欲しいの!」
ペトロが元気に身も
「……はぁ……」
「いやー……ははは…」
俺が溜息を吐くと、ドンナテが困り顔で乾いた笑いを見せて、頬の辺りを人差し指で
「まあ四人の物資が少ない事は気が付いていたし、何となくこうなる気がしていたが……」
「す、すまない!悪いとは思っているんだ!ターナを助けてもらった上にこんな図々しいことを頼むなんて!」
ドンナテはこれでもかと頭を下げまくる。
ターナを救うために協力した仲であり、ここでそれは嫌だなんて言えない事をわかっているからこそ、頭を何度も下げているのだろう。
「分かった分かった。そんなに頭を下げなくても、ここを抜けるまで面倒を見るから。」
「すまない!本当にありがとう!」
「いやー!カイドー達が居てくれて良かったよー!アタシ達だけだったら飢え死にしてたね!」
「嬉しそうに言う事じゃないでしょ?!
そ、その……最初は辛く当たってごめんなさい…よろしくお願いするわ…」
どうやらプロメルテも心を開いてくれたらしい。少し申し訳なさそうに頭を下げてくる。
彼らと同行するのは構わない。Sランクのパーティならば、一緒に行動した方がこのジャングルを抜ける上では有利に働くだろうし、むしろ命の危険は減るだろう。インベントリがある俺ならば、物資の心配もいらないし。
「急いでいたのに、引き止めてしまったからね。ここを抜けるまでは、僕達五人、シャカリキで働くよ!」
「そうね。助けてもらった分…を返すのは難しいけれど、少しでも返せるように働くわ。」
「アタシも頑張るよー!あっ!でもあの臭いのは無しね!」
「我も
「私は助けてもらったし、誰よりも頑張らないとね!張り切って頑張るぞー!ん?張り切って頑張る?張り切って……頑張る?」
「どっちも似た意味でしょうが……本当にターナは
「えへへー。ごめん。」
舌をペロッと出して謝るターナ。少し天然な子らしい。嫌味ではなく、許せる天然さんだから、イーグルクロウのムードメーカーになっているのだろう。
「仕方ないな……そこまで言うなら、皆がヒーヒー言って立ち上がれなくなるまで使い潰すしかないな。」
「使い潰すのか?!て、手加減してくれよ…?」
「冗談だよ、冗談。Sランクのパーティなんだ。期待しているよ。
それと、俺の事はこれからシンヤと呼んでくれ。」
「シンヤ…?どこかで聞いた事があるような……」
ドンナテが顎に手を当てて軽く俯く。イケメンだと本当に絵になる。狡い。
「シンヤって…あのシンヤ?!」
プロメルテが驚いて手を口に当てて僅かに体を後ろに傾ける。
「あのシンヤがどのシンヤを指しているのか分からないが…」
「最近神聖騎士団の連中を次々と殺して回っているシンヤという男が居るって聞いたわ。
黒髪に黒い瞳、銀髪に青い瞳の奴隷を連れた……黒衣の刀使い…逆に今まで何故気が付かなかったのかしら…」
「え…俺ってそんなに有名人なのか…?」
ルファナにも言われていたが、本当に俺達、有名になっているらしい…
「僕達はここから北西に向かった所にあるチュコって街を本拠地にしているんだ。小さな街だけど、ギルドもあるし商人も来るからそれなりに情報は集まるんだ。
最近、シンヤという男が聖騎士までをも殺しまくって、村や街を救ってくれているって聞いたんだ。それってカイドーとニルの事…?」
「あー……それは俺達だな。」
「やっぱり!もっとゴッツいの想像してたから気が付かなかったよー!」
世界中の全員がその勘違いをしてくれていると嬉しいが…まあそんな事はないだろうな…
「それは俺達だが…出来れば俺達のことは誰にも言わないでおいてもらえないか?神聖騎士団の連中に情報が渡るのを防ぎたいんだ。」
「…そういうことね。何をしているか分からないけれど、カイドー…じゃなくてシンヤとニルは神聖騎士団と戦うために動いているのね。」
「チュコみたいな小さな街にも情報が入ってきているって事は、神聖騎士団にも当然入っている……追われているのかな?」
「追われていると考えて行動している…って所かな。これだけ話が広がっているとなると、神聖騎士団の連中も放ってはおけないはずだからな。
出来れば誰にも知られていない状況で動き回りたいんだ。」
「我達のような小さな村や街の希望なのだ。そんなシンヤ達が誰にも言うなと言うなら口が裂けても言わないさ。」
「情報がどれだけ重要で強力なものか、私達冒険者はよく知っていますからね。」
納得したように頷く五人。話が早くて助かる。
しかし、こんな所でばったり会った冒険者にも知られているとなると、変装を本気で考えた方が良さそうだ。
ニルは変身の魔法があるから良いが、俺はそんな魔法は知らないし……というか、よくよく考えてみれば、奴隷のニルより俺の方が印象に残るのは当然。変装はむしろ俺がするべきだ。
今はこのジャングルに居るから良いが…まあそれはまた後々考えるとして、今は今後の事だ。
「北西方向から来たって言っていたが、ここからだとどれくらいでこの場所を抜けられるんだ?」
「そうだね……三日ってところかな。入る時に見たけど、この森はかなり広いよ。」
「グリーンマンも他に居るだろうし、今まで以上に肌を出さないように気を付けるべきだな。南西に出られたらそのまま五人は北に向かうって事で良いよな?」
「この場所から街まではそれ程強いモンスターも出ないから、大丈夫だよ。」
「分かった。それなら明日から南西に向けて進んでいくとしよう。」
今後の方針が決まった所で、五人…というか、主に三人の女性陣が話を別の方向へと逸らしていく。
「ねぇねぇ。ニルってさ。シンヤとは実際どんな感じなの?」
「あ、それ私も気になってたのよ。凄い信頼しているみたいだけれど、奴隷にしては凄く珍しいわよね?」
「うんうん!私もそう思う!」
「え、えっと…普通の主従関係ですけれど…」
三人がニルに詰め寄り、ニルはタジタジ。珍しい光景だ。
基本的に奴隷であるニルは無視されるか、興味を持たれても直接話し掛けられる事はあまり無い。つまり、ニルはこうして多人数に詰め寄られる経験が極端に少なく、どうしたら良いのか分からなくなるらしい。
「えー!普通じゃないって絶対に!」
「何があったらそんなに信頼し合える関係になれるの?!」
「そこについては正直私も気になるわね。」
「え?!えーっと……」
三人がキャーキャー言いながらニルを質問攻めにしている。
「あれは当分解放されないだろうな…」
「重ね重ねすまないね…あの三人はいつもあんな感じでさ…」
「ニルは奴隷だから、ああいう会話をほとんどした事が無いんだ。きっと良い経験さ。
それより、俺としてはセイドルの方が気になるが。」
「我か?」
自分達の街から出たがらないドワーフが外に出ているとなると、大抵はそれなりの理由がある。簡単に踏み込んで良い話では無い事くらい分かっているが、話したくないなら断るだろう。
「確かに外に居るドワーフなんて珍しいからね。」
「我の場合は、大した理由は無いぞ。単純に作った武器を使ってみたかっただけだ。」
たまにこういうドワーフもいる。
基本的に物作りに精を出すドワーフが多いが、作った武器や防具を使ってみたくなって、外に出てきて冒険者に…という流れだ。
「このパーティの武器や防具の手入れは全部セイドルの仕事なんだ。」
「流石に工房が無いと、武器や防具を打つ事は出来ないが、手入れや軽く整える程度は出来るからな。」
「やっぱり凄いんだなぁ…ドワーフって。」
「な、なんだいきなり。」
「セイドルは褒められるのが苦手なんだよ。直ぐ真っ赤になって、なかなか面白いだろ?」
「ドンナテ!我を馬鹿にするな!」
「馬鹿にしたわけじゃないんだけどね。」
「むぅ……」
ドワーフというと
「それより、シンヤの使っている刀。誰が打ったか知らないが、相当な
「
「失礼を承知で頼むが…見せてもらっても良いか?」
セイドルの目は戦士ではなく、職人の目をしている。
「構わないが…手に取って見るのは無理だ。嫌とかでなくてな。」
薄明刀には渡人のエンブレムが入っている。持った瞬間に俺の手元に戻ってきてしまう。
スラリと薄明刀を抜いて、セイドルの目の前に持っていく。これで見るだけなら大丈夫だろう。
「分かった。」
セイドルは何も聞かず頷くと、そのまま目を薄明刀へ移す。
「………こいつぁ凄いな…」
夜明け前の空色をした薄い刀身を色々な角度から見て感嘆の声を漏らす。
「僕は職人じゃないけど、これが凄い物だってことくらいは分かるよ。」
「よくこんな
「そんなに扱いの難しい刀なの?」
「難しいという言葉じゃ全く足らない程に、扱いが難しいだろうな。
多分、プロメルテだったら最初の一振で砕け散る。」
「セイドルが言うなら間違いないだろうね…僕もSランクになってそこそこ自信を持っていたけれど…上には上が居るんだね。」
「
セイドルが満足して目を離したのを見て、俺は薄明刀を鞘に戻す。
「しかし、俺の見た限り、そろそろその薄明刀。寿命だぞ。」
「えっ?!」
セイドルの言葉に耳を疑う。俺が手入れしていても欠けやヒビは一切見当たらなかった。
「その刀は、確かに斬れ味は最高級だが、薄過ぎる。耐久性は無いに等しい。
ここまで横方向の力を加えなかった事は驚きだが、縦方向の衝撃でも、徐々に内部構造が破壊されていくんだ。
目に見えない欠けやヒビが蓄積している。」
ドワーフの職人としての腕は、ゲームやアニメの定番と変わらず最上級。その職人が間違いないと言っている。これを疑うのは失礼というものだろう。
「……そうか。扱いの難しい刀ではあったけれど、結構気に入っていたんだがな。」
「これだけ美しい刀となると、気に入らない者の方が少ないだろう。だが、刀に限らず、武器や防具は使っていれば、いつか必ず壊れる時が来る。そういうものだ。
むしろここまでその気難しい刀を使えたんだ。薄明刀も
「ドワーフに言われると、重みが違うな……ありがとう。」
今まで何本か折ってしまったが、それら全ての武器にそれぞれの思い入れがあった。
俺は薄明刀に心の中でお礼を言って、一度だけ目を瞑った。
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