第106話 寄生植物 (2)

「ターナからこの寄生植物を取り除く方法として、俺が思い付く方法は二つ。

一つはさっきセイドルがやろうとしていたように、単純に引き抜く。

もう一つは……焼き払う。」


「焼き払う?!」


プロメルテは驚愕きょうがくしている。当然だ。全身に張り巡らされた植物を焼き払うという事は、全身に火が回る。そんな事をしたら、健康な者でも確実に死に至る。


「もし、引き抜いて寄生植物の根が体内に残った場合、それが危険な物だとしたら、焼き払う事で皮下の根を取り除けるかもしれない。」


植物というのはとても強く、根の一部さえ残っていればまた生えてくる種類もある。例えば、今ターナの全身を覆っている植物によく似た、ドクダミという種類が日本にもあった。独特の臭気を持ち、白い花を咲かせ、蔦のようなくきと、葉で構成され横に広がっていく植物だ。

少しも根を残せないとなると、普通に引き抜いて根の先端が体内に残った…なんて事になれば、もうどこにあるのか分からなくなる。もしそれで体内に入って行ってしまったら、取り除くのは極めて困難だ。


「そんなの焼き払えても死ぬでしょ!」


「一応手はある。これは回復効果の高い傷薬だ。」


俺とニルは、昨夜のうちに、グリーンマンの足跡から取れる植物を使った傷薬をいくつか作っていた。

ホーンラビットの角と違い葉から水分を取り出し混ぜるだけ。簡単に作れるから、彼女の全身に塗る分は確保出来る。恐らく足りるだろう。俺が自分の傷に試した時は、十五分程度で治ったが、全身の火傷がどれくらいで完治するのかは分からない。そもそも完治するかも分からない。


「いくら回復効果の高い傷薬でも結局は傷薬でしょ!」


「分かっている。だから迷っているんだ。」


分からないことだらけだ。引き受けたは良いが……やはり重たい選択だ。


「引き抜いた時に、この寄生植物がどんな反応を示すのか分からない。もしかしたら、どちらかの方法しか試せない可能性もある。」


自分が焼かれようとしているのに、この植物が何もしないという事は無い…と思う。


「そんな…ターナを燃やすなんて……」


焼死というのは、基本的に火傷で死ぬことは少ない。一酸化炭素等の有毒ガスによる死因が多く、火傷を負っても、命は助かる事が多い、と聞いた事がある。

もし火傷を負っても死なないならば、この傷薬を塗り、全身にホワイトモールドの白布を巻き付ければ……それで助かるか分からないけれど…どの道を取っても、大きな賭けだ。

四人は不安と恐怖と期待と…様々な感情が表情に現れている。引き受けた以上、選択するしか無いのだが……


「ご主人様はどちらが良いとお考えですか?」


迷う俺に、ニルが問うてくる。


「………焼き払う方が良いと考えている。」


より確実な方法は皮膚ごと根を焼き払う方法という事は分かっている。ただ決められないだけだ。そんな俺の感情を、ニルも分かっているから敢えて聞いてきたのだ。


「それでは、焼き払った後の準備をしましょう。」


俺はニルに助けられてばかりだ。

一緒にその責任を背負う。そう言っているように俺には聞こえた。


「よし……ドンナテ達は、ターナを寝かせられるサイズの葉を最低二枚用意して、洗浄しておいてくれ。ニルはその上に傷薬を塗って、寝かせる為の下敷したじきに、もう一枚を上から被せるように用意。これで大まかな部分は一気に塗れるはずだ。残りの細かい部分は、手で塗るしかない。」


「分かった!直ぐに用意する!」


ドンナテとセイドルは直ぐに動き出したが、プロメルテとペトロはなかなか動き出せずにいる。俺の決定に従うのを躊躇ためらっているのだろう。本当にこれでいいのか?もっと良い方法は無いのか?と。ターナの顔に生気せいきが残っていればそれを考察しても良かったが、そんな時間は無さそうだ。


俺はまず、ターナの顔に土魔法で仮面のような物を作っていく。開いた目や、鼻、食道など、火から守らなければならない部分もある。その場所が焼けただれないようにするためだ。ただ、頬やひたい頭皮とうひなど、根が伸びてきている部分は覆い隠せない。慎重にその境目を見極めてTの字になるように保護していく。幸いな事は、彼女が呼吸をしていない事だ。熱や有毒ガスを吸い込む危険性は少ないし、仮面で覆っても窒素することは無いはずだ。


もう一つ、ターナの全身に一瞬で燃え移るように調理用の脂を塗り付けていく。全身がなるべく同時に燃焼していかなければ、部分的に治療不可能になる可能性もある。

服や手袋等、取り除ける部分の布地は破き、出来る限り取り除き、木に張り付いていて、容易に塗れない背中部分には溶かした脂を流した。多少の火傷はこれからやる事を考えると、小さな事だろう。


それが終わる頃にはニル達の準備も完了していた。


「火を着ける前に、いくつか注意点を話しておくぞ。」


「……ああ。頼むよ。」


ドンナテとセイドルは既に腹を決めているようだ。少しでも助かる可能性があるならば、それに賭ける。そう言いたげな顔をしている。


「まず、先程も言ったように、この植物に火を与えた時に、どんな反応をするか分からない。」


詳細不明という植物…いや、モンスターであるグリーンマン。攻撃を受けた場合の反応はいくつか考えられる。


例えば、大木とのリンクを捨てて、宿主やどぬしであるターナを操って逃げる。ただ、この可能性はほとんど無いと思う。

俺達が見たグリーンマンの動きは遅かった。中身が白骨化していたのもあるかもしれないが、見た限り、そもそも動きの速いモンスターではないと思う。

グリーンマンの反応として可能性が高いのは、反撃、もしくは宿主の変更。


「反撃は分かるが…宿主の変更というのは?」


「自身が死のうと言う時、近くの生き物へ乗り移るってことだ。可能性としては十分有り得ると思うぞ。」


自分が宿主にしているものを攻撃するものがいるとしたら、このジャングルでは、そのものを捕食する側、つまり、より強力なモンスターだろう。その方が寄生する側としても色々と都合が良い。ということもあるだろう。

寄生した後、宿主の死と共に自分も死んでしまうという事は無いと思う。


「もし、その宿主の変更とやらの対象になったりしたら…」


「ターナと同じ境遇になるだろうな。」


ゴクリと喉を鳴らすドンナテとセイドル。


ミイラ取りがミイラになったなんて、笑えない状況は御免だ。


「どうすれば良いかな…?」


「やる事は簡単だ。ターナに火を付けた後、どうなっても絶対に助けに向かわないこと。それだけだ。」


見た限り、大木に根を張っているが、寄生しているのはターナ。斬り裂いたグリーンマンも宿主は動物だった事を考えるに、植物に直接寄生する事は無い。となると、宿主を変える際にも、近くの動物に寄生するはず。もし、まだグリーンマンが死んでいないのに助けに入れば、その者に宿主を変える可能性が高い。


「それだけで良いのか…?」


「簡単に考えているかもしれないが、実際に自分の仲間が炎に包まれ、もし苦しむ様な動きをされたりしたら、それでも動かないと自信を持って言えるか?」


「それは………」


「俺がドンナテの立場なら飛び出してしまうかもしれない。

だから言う程簡単な条件ではない。

もし自信が無いなら、目の届かない所で待っていて欲しい。」


「…………いや。僕は大丈夫。カイドーの指示が無いうちは動かないって約束するよ。」


「我も約束する。」


「……分かった。動こうとしたら殴ってでも止めるからな。」


「なかなか過激な止め方だね。でも、もし僕が動こうとしたら、半殺しにしてでも止めてくれて構わない。」


ドンナテの表情を見るに、本気で言っている。それくらいターナを助けたいのだろう。


「ペトロとプロメルテは……下がっていてくれ。絶対に見ないようにな。」


未だ迷っている二人には刺激の強過ぎる光景になるだろうし、実際に見たら、思わず動き出してしまうかもしれない。


「……分かったわ…」


プロメルテとペトロは、少し離れた木の裏に移動する。


「…これで準備は整った。ニル。火をつけたら、辺りに燃え移らないようにだけ気をつけるぞ。」


「はい。」


ここまでやっておいて、火事になって全員焼死なんて洒落しゃれにならない。


「始めるぞ。」


火魔法で小さな火を作り出し、ターナの足元へと飛ばす。


ゴウッ!!


火は一瞬で勢いを増して炎となり、ターナの全身を包み込んでいく。


まず最初に、炎を避けようとターナの体に生えていた葉や蔦がグネグネと動き回る。体に根を張っている為、その場から動く事は出来ない為、徐々に炎に包み込まれ、ヘナヘナと下へと頭を下げていく。


ターナ自身は、現状動いておらず、ただ直立している。


「ま、まだか…?」


「まだだ。」


隣にいるドンナテが聞いてくる。

まだ全身の葉や蔦でさえ見えている。根を焼き尽くすまではまだまだ時間が掛かる。


ブチブチブチッ!


大木に張り付いていたターナが、根を引きちぎりながら前へと進む。

動き方はあやつり人形のようにカクカクとしていて、人の歩き方には見えない。


「まだなのか?!」


「まだだ!」


セイドルの焦った声。


目の前でターナが動き出した。もう良いのではないかと思ってしまう気持ちは分かる。分かるが、どう見てもあれはターナの意思で動いているのではなく、動かされている。


片手を前に突き出し、こちらへと向かってくる。


操られていると知らなければ、燃えている人が助けを求めて手を伸ばしているように見える。


「ターナ!」


「ダメだ!プロメルテ!」


後方に居たプロメルテが、ターナの動きを見てしまったのか、飛び出してきてしまう。

俺の言葉は届いていない。プロメルテの涙に濡れた目にはターナしか映っていない。


ドシュッ!!


ターナの指先から火にまみれた何かの塊が飛び出し、プロメルテの方へと飛んでいく。


「プロメルテ!」

ドンッ!


ドンナテの焦った声が届くより少し早く、横にいたペトロが、プロメルテに横から飛び付いて押し倒す。

火に塗れた塊は二人には当たらず、後ろにあった木に当たると、幹にめり込み、その後パラパラと解け根の様な物を幹に打ち立てる。


最初は種かと思ったが違う。あれは根を丸めて固めた物だ。確かに種を植え付けるよりずっと早く相手の体内に根として侵入できる。

あの根が宿主の意識を奪う何かを持っているとしたら、即座に相手を操れるわけだ。もし当たっていれば、プロメルテも危険な状態になっていただろう。


「下がれ!ペトロ!壁は作ってやるから引きってでも下がるんだ!」


俺とニルが二人を守るように土魔法で壁を作ると、その表面に飛ばされた根の塊が何個かめり込む。


「ニル!燃え移らないように頼む!」


「俺はグリーンマンを抑える!」


「分かりました!」


ニルは水魔法で、他に燃え移らないように火を消していき、俺はターナに取り付いているグリーンマンの宿主変更を阻止するべく土魔法で周囲を覆っていく。


ドスドスドスッ!


指先からだけでなく、全身から根の塊を飛ばしまくるグリーンマン。確かにこれだけ飛ばせば、何かに当たり、宿主の変更が可能になるだろう。こうして数を増やしているわけだ。森を増やしているのは、それに付随して増える動物の…つまり宿主になるものを増やすためか。


グリーンマンの飛ばす塊を止めていると、ターナの全身を包み込んでいた炎が、衣服の残り、髪や爪、皮膚を焼き、体内にある微量金属を燃やし様々な色の炎色反応えんしょくはんのうを引き起こす。

オレンジ色の炎の中に、青、赤、黄、緑。人が燃えているとは思えない色合いだ。においも……言葉には出来ない吐き気をもよおす臭いだ。


ゴウゴウと音を立てて燃え上がっていた炎に暴れていたグリーンマンだったが、突然根の塊を飛ばすのを止める。


「ドンナテ!セイドル!そろそろだ!」


そろそろ根まで焼け落ちる合図だと感じ、ターナの消火の為の水魔法を準備する。


ターナは、上げていた腕をスっと下ろすと、そのまま前のめりに倒れていく。


「今だ!!」


俺の合図と共にドンナテとセイドル、そして俺の水魔法が発動し、ターナの全身を包む火を瞬時に消していく。


「ターナ!!」


火が消えた後、直ぐに四人が駆け寄り、ターナの体を持ち上げようとする。


しかし、全身の皮膚が焼け爛れているため、ヌルヌルと滑り上手く持ち上げられないらしい。


「ニル!」


「持ってきました!!」


用意しておいた二枚の傷薬を縫ってある葉をターナのすぐ横に置き、転がして乗せる。

俺は直ぐにターナの顔から土で出来た仮面を外し、口元に手を当てる。


呼吸が戻っている!


「体の前面の汚れを落としたら直ぐにもう一枚の葉を被せるんだ!」


俺の言葉に反応した四人が、即座に言った通りの動きを見せる。


「ターナ!しっかりするのよ!助けるわ!絶対に助けるから!!」


プロメルテはターナの前面に着いている汚れを落としながら、必死にターナの名を呼び続ける。


傷薬を塗ってある葉を上から被せ、直ぐに外し、脇や首筋などの、傷薬が塗れていない部分に、手で傷薬を塗っていく。

熟れ過ぎたトマトの様な感触の中に、所々表面が炭化してザラザラした感触が混ざっている。

皮膚が無くなった下の色は真っ赤で、黒く焦げている部分もチラホラ見える。


「次は?!」


「隙間なくこの白布を貼っていくんだ!」


用意しておいたホワイトモールドの染み込ませてある白布をターナの全身に隙間なく貼っていく。当然、背中側にも同じ処置を施していく。


「次はどうしたら良い?!」


「後は……彼女の生命力に期待するしかない。」


「…………ターナ…」


四人は他よりはマシなターナの顔を見て複雑な顔をする。


「これだけ火を使ったからな…ここは危険かもしれない。板の上にのせて、木の上に運ぶぞ。」


「……分かった。」


板を吊り上げて木の上にターナを移動させる。


心配そうに見ている皆の前で浅い息を繰り返すターナ。

髪も眉毛も無くなり、全身に貼った白布には血がにじんでいる。

一週間以上何も食べていない彼女に、これを乗り越える力が残っていると良いが…

まさか、ルファナと別れて早々に、彼女の能力が必要に感じる時が来るとは……


「大丈夫でしょうか…?」


ターナの事を呼び続けるプロメルテ。その姿を見ながら、心配そうにニルが聞いてくる。


「………分からない。」


傷薬を塗ってからそろそろ十五分が経つ。だが、彼女の状態に変わりは無いように見える。


全身の火傷によって、体の水分を大きく失ったターナに、ペトロが少しずつ水を与え、ドンナテとセイドルは木の上でずっとウロウロしている。


十五分の時が経った。それでも、ターナの状況は変わっていない。


そこから更に十分が経った。


それでもターナの状況は変わっていないように見える。


「ターナ……ターナ……」


プロメルテは祈るようにターナの腕に触れて名を呼び続けている。


治療してから三十分の時間が経った。


「ターナ………お願い…目を…開いて…」


プロメルテの泣き声に近い、祈りの声。


俺の判断は間違っていたのかもしれない。

もっと別のやり方があったかもしれない。

そんな考えがひたすら頭の中を行ったり来たりしている。


「……………ぅ……」


「「ターナ?!!」」


微かに聞こえたターナの掠れた小さなうめき声。


ペトロとプロメルテが敏感びんかんに反応し、ターナの顔を覗き込む。


「…………み……ず……」


「水が欲しいんだね?!ゆっくり飲んで!」


ペトロが水をターナの口に注ぎ込むと、口の端から溢れた水が頬を伝って落ち、ターナの喉がコクコクと上下する。


「………みん…な……」


ターナは自分の顔を覗き込む四つの顔に本当に僅かな笑顔を返す。


「やっ…ぱり…助けて…くれた……」


「ターナ……ターナぁ…」


ターナの言葉に、プロメルテは耐えきれず、大粒の涙をボロボロと人の目もはばからずに流す。

それを皮切かわきりに、ペトロが大声で泣きじゃくり、ドンナテとセイドルは、鼻をすすりながら、目元を拭う。


「みん…な…」


ターナも、仰向けになった状態で、目の端から涙を流す。


彼女の言葉から、多分、操られていた時にも、意識は僅かだとしてもあったのだと思う。


皆とはぐれ、この暗く深いジャングルの中、たった一人、助けを呼ぶ声も出せず、あの木に縛り付けられていたのだ。一週間以上の間どんな思いで誰も居ないジャングルの中に居たのだろうか……

仲間がもう探すのを諦めてしまったかも、自分はこのまま一人で、ここで死んでいくのだろうか…そんな事が何度も頭をよぎったのではなかろうか。

それを考えてしまうと、三日と期限を切った自分の事が、人でなしに思えてしまう。


「ご主人様。」


ニルはそんな俺の、感情の機微きびに反応して、袖を握ってくる。


「私は………」


「分かってる。心配しなくても大丈夫だ。」


「……はい。」


イーグルクロウのは再会を喜び合い、一頻ひとしきり涙と笑顔を分かち合った。


ピコンッ!


【イベント完了…ターナを救出した。

報酬…真水刀しんすいとう

報酬はインベントリに直接転送されます。】


「そ、そうだ。ターナ。今回君を助けてくれたのは、ここにいるカイドーとニルなんだ。」


一旦落ち着いたドンナテが俺とニルを紹介する。


少しだけ顔を傾けたターナと目が合う。


「あり……がとう…ござい…」


「気にするな。それより今は体を治すことに集中しろ。あまり動いたりしないようにな。」


「……はい…」


「少し傷の状態を確認しても良いか?」


「もちろん…です‥」


確認させてもらったターナの全身火傷は、小さな傷とは違うため、今回使った効能こうのうの高い傷薬を使っても、三十分程度では完治することは無かった。

火傷の少ない部位については三十分程度で皮膚が再生し始めているようだが、それ以外の部分は、まだまだ時間が掛かりそうだ。

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