第105話 寄生植物
この世界でのゴーレムと言われると、魔法で作りだす物のイメージが強く、種から出てくるというのはかなり不思議な物との事だ。
その謎は解明されていないものの、現れたゴーレムは埋めた者の言う事を聞くが、埋めた者の魔力に依存せず稼働するという素晴らしいアイテムだ。
鑑定魔法の結果も…
【ゴーレムの種…小さなゴーレムを生み出す種。生成されたゴーレムは、種を埋めた者の指示のみを聞く。非常に希少。】
鑑定魔法にもあるように大変希少な種で、ホイホイ使えるものでは無い。その上、生成されるゴーレムは掌サイズで、小さな可愛いゴーレムらしい。用途は限られてくるが、人を一人探すだけなら問題ないはずだ。むしろ、小さい分、色々な場所に入ってくれるため、見逃しは無くなるだろう。
種一個に対し、有効時間は十五時間。持っている種は三つ。これで見付からなければ……俺達は先を急ぐ。
冷たい言い方かもしれないが、冒険者の
東側へと移動した後、一度足を止め赤紫色の種を土に埋める。上から水魔法で水を掛けてやると…
「………あっ!今動きました!」
ニルは埋めた種がどうなるのか非常に興味があるらしく、モコモコと動き始めた土を観察している。
俺も実際に使うのは初めてなので、同じ様に見ていると、土から掌サイズの土人形がポコポコと出てくる出てくる。計で数十体の小さなゴーレムが生成された。
「これはなかなか…」
「可愛いですね!」
ニルの言ったことが全てだろう。何とも可愛らしいゴーレム達だ。地面から出てきては俺の前に整列していく。
整列が完了したところで、俺が草に囚われた人を探すように指示すると、テクテクと地面の上を散らばって歩き出す。
「魔法で作ったゴーレムとは何か違うのですか?」
「そうだな…魔法で作ったゴーレムは、指示した事をこなすだけだが、種で作ったゴーレムは、頭の中に居る感じがするな。」
「頭の中…ですか?」
魔法で作り出したゴーレムは、単純に生成された人形が指示を聞いてくれる。というものであるのに対し、ゴーレムの種から生成されたゴーレムには、何か繋がりを感じる。
流石に視覚を共有なんて離れ業は出来ないが、目的のものが見付かったかどうかという事が、考えただけで分かるのだ。不思議な感覚で説明が難しいが…例えるなら、ゴーレム達が頭の中にいて、何かあれば呼んでくれる…みたいなイメージだろうかとニルへの説明が意味不明になってしまった。
「不思議なアイテムですね…」
「もし今日見付からなければ、明日はニルが使ってみると良い。
それより、ターナさんを探そう。俺達も別でゴーレムを作って人手を増やすぞ。
これで二人だけで探すより余程効率的に探せるはずだ。」
「はい!」
俺とニルは、魔法陣を描き、ゴーレムを作り出す。
作り出したのは、細身で最も動きの軽快な戦闘用ゴーレム。中級魔法で作った、サイズ的にも能力的にも、最も扱い易いゴーレムだ。
見た目は大きさも形も人と同じ程度で、目や鼻や口は無く、本当に人型の土人形というだけのものだ。ただ、両腕の先端が石の刃になっていて、戦闘が可能。ただ、戦うのも、戦えという指示が必要で、指示しなければどれだけ破壊されようと反撃しない。その上、中級魔法一回でゴーレム一体。使い勝手が良いように見えて、悪く、戦闘ではまず使わない魔法だ。ただ、今回のように単純に人手が欲しい場合は実に有用である。
俺は中級土魔法、ソイルゴーレムによって四体のゴーレムを、ニルは二体のゴーレムを作り出す。
因みに、ゴーレムを生成する魔法は、初級魔法の、ソイルドールと上級魔法のグラウンドゴーレムもある。
ソイルドールで作られたゴーレムは、サイズも能力も半分以下で、小さな物を運ばせたり、子供の遊び相手くらいにしかならない。当然戦闘用とか作業用とかの区分も無い。
逆に上級魔法のグラウンドゴーレムで作られたゴーレムは、デカすぎる。五メートルはある人型で、最も素早い戦闘用でも、えっ?!と感じる程にノロマ。ゲーム時でも、ハズレ魔法と呼ばれる程の魔法だった。上級だと数も揃えることが出来ないし、一番使い勝手の良いのが中級魔法のソイルゴーレム、という事だ。
俺とニルはゴーレムに指示を出し、次は自分達の身の安全を確保する為の処置を行う。
「ご、ご主人様……まさかまたそれを……?」
「これを使えば少なくとも嗅覚の鋭い獣型のモンスターは寄ってこないだろう?」
使おうとしているのは、例の危険物。デビルツリーの樹液を用いた
このジャングルに入って何度か使ったが、ニルはその度に、なんとも言えない嫌そうな顔をする。俺も嫌なのだが…背に腹はかえられない。
獣型が近寄ってこない事は確認したが、昆虫にも嗅覚を
少しだけ手に持った瓶を見詰めてから、意を決して風マスクの魔具を耳に取り付ける。
「準備は大丈夫か?」
「う……はい……」
なぜ魔具を着けるのに、ニルがここまで嫌がるかというと、あまりの臭さに、服や装備にも臭いが付くからである。
念入りに魔法を駆使し、水や石鹸を使って洗っても、不快な臭いが残り、暫くの間付きっきりで洗濯して、やっと臭いが無くなる。
臭いが無くなったかは嗅いでみなければ分からず、これを使えば、必ず数回はあの嫌な臭いを嗅がなければならないと分かっているから、嫌がっているのだ。
「俺も嫌だが、数日は我慢だ。」
「…はい。」
諦めが
瓶の中に乾燥させた樹液の粉末と、火を着けたブラウンモールドの欠片を共に入れて置くだけ。これだけで簡単にモンスター避けが完成する。これなら瓶を土魔法で包んだりして熱が伝わらないようにすれば持ち運びも可能だし、どこかに置いても燃え移る心配もいらない。
燃え移る心配はいらないのだが…今、魔具を外せば地獄に行ってしまう。
「この辺りはゴーレム達に任せて、俺達はもっと奥に行こう。」
「分かりました。」
流石にニルにこの凶器を持たせるわけにはいかず、自分で持って先に進む。
今のところ、この臭いのお陰なのかモンスターには出会っていない。
「この辺りから始めるか…あまり離れ過ぎない様に気を付けるんだぞ。」
「分かりました。」
植物だらけのジャングルの中、ターナさんの捜索が始まった。
単純に危険なものを避けてジャングル内を移動するのとは全くの別物。草を掻き分け、木の棒で突く。日本に居た時、災害等で捜索隊の方々が山や川を捜索しているのを見たことがあるが、こんなに大変だったとは……この体のステータスがあっても、一日が終わるころには体が悲鳴を上げていた。
結論から言えば、今日はターナさんを発見出来なかった。そんなに簡単に発見できるとは思っていなかったが、手掛かりすら見付からないとなると、気持ちも少し暗くなってしまう。
そろそろ日が落ちるかという頃、捜索を打ち切って集合場所へと戻る。
「ドンナテ達はまだ来ていないみたいだな。」
「なかなか切り上げるタイミングを決められないのでしょうか…」
「そうだろうな……帰って来た時の為に、今日は横になれるように足場を作っておこう。」
「そうですね。」
俺とニルは木の上に登り、寝床を作っておく。今日もグリーンマンが出てくることを考えて、固定に
作業が終わりに近づいてきたとき、ドンナテ達四人が戻ってくる。その暗い顔を見れば、結果を聞かずとも、どうなったかは分かる。
下に降りて、出迎えてやると……
「……ただいまー……臭ぁぁぁぁ?!」
ペトロの暗い顔が嫌悪の顔へと変わる。獣人にはよく分かるらしい。他の三人は何が?という顔をしている。
どうやらまだ
「カイドーとニルが
「いや、間違ってはいないが、その言われ方傷付くぞ…?」
「でも
両手で鼻を抑えてプロメルテの後ろに隠れてしまう。
「何がそんなに
ドンナテが俺に近付いて、クンクンと
「あぁ……確かに何か変な
「しっかり洗ったつもりだったんだが…まだ
「そんなアイテムがあるのかい?」
「殺人級に
「そんなの使ったら、いくらドンナテでも許さないよ!!」
プロメルテの後ろから涙目で叫ぶペトロ。
「あー…そうだね。この反応は本当に
「俺とニルはもう一度洗ってから登るから先に登っていてくれ。」
「後十回は洗って!!」
ペトロが逃げるように上に登っていく。
「…ずっと
後ろからニルの悲しそうな声が聞こえてくる。
すまん。ニル。
暗かった雰囲気が少し和らいだのが、唯一の救いかもしれない…
その後、しっかりと体と服を綺麗にして、上に上がり、ペトロチェックをクリアした俺達は、簡素な食事を摂りながら今日の報告を行った。と言っても、何も見付からなかったという報告だが…
予想通りドンナテ達の方でも収穫は無かったらしく、明日の捜索範囲を決めて、その日は就寝した。
捜索に動きがあったのは、翌日昼過ぎの事だった。
俺とニルが昼食の為一度臭いを落とし、休憩していると、木々の葉の間から狼煙が見える。
「ニル!狼煙だ!」
ニルも空を見上げて狼煙に気付いた。
「行きましょう!」
ニルと共に狼煙の上がっている方向へと走っていくと、プロメルテが走り寄ってくる。
「カイドー!ターナの髪飾りが見付かったの!」
プロメルテの手の上に小さな銀色の髪飾りが乗っている。プロメルテの手は小刻みに震えている。
「ドンナテ達は散らばってこの辺りを探しているわ!お願い…カイドー達も…」
髪飾りをギュッと胸の前で握り、祈る様に言ってくる。
「当然だ。
ニル。この辺りを中心に調べるぞ。」
「はい!」
直ぐに俺とニルもゴーレムを使ってターナを捜索する。
掌に乗る程の小さな髪飾りが見つかったのは、本当に奇跡としか言えない。あんな小さな物がこの植物と泥濘の中に紛れていたら、普通は絶対に見付からない。
どんな状況で髪飾りを落としたかにもよるが、この付近をターナが通ったのは間違いない。
そして、遂にその時が来た。
日が暮れる少し前。
全員で一人の女性を探し回っていると、森の中にニルの声が響く。
「見付けました!!」
音に寄せられるモンスターの事も無視した全員に聞こえる声。
その声を聞いた四人は、焦って転けそうになりながら、ニルの声がした方へと駆けていく。
俺も直ぐに声の元に走っていくと、ニルが手を振ってここだと示してくれている。
大きくてグネグネとうねった根と幹を持った広葉樹。その幹の向こう側らしい。
近寄って行くと、何かを見たらしいプロメルテとペトロは、その場に座り込み、互いを抱き締め合って泣き崩れている。
セイドルとドンナテは、苦虫を噛み潰したような顔をして、拳を握り下を向いている。
手を振っていたニルは、やり切れないと言いたげな顔だ。
ゆっくりと幹の裏へと回り込み、そこに居たターナを見て、その表情の意味を悟った。
大きな広葉樹の幹に、立ったまま張り付き、その上からグリーンマンの体を覆っていた草や蔦と同じものがターナを縫い付けるように根を張っている。
前に見たグリーンマンより纏っている緑の量は少ないが、これを遠目に見ても人だとは思わないだろう。
「種の…ゴーレムが見付けました。」
ニルが見つけた経緯を教えてくれたが……見付けた時にはこの状態だったのだろう。
茶色の波打った肩まである髪に、青色の瞳。背は低くも高くもない。皮の手袋やローブ等も、ペトロが言っていた特徴と全て一致している。
彼女は広葉樹に
遅かった。
その場に居た全員がその結論に辿り着いていた。
いや、こんな広大なジャングルの奥地で遭難した人の遺体を発見出来たというだけで、奇跡といえる。
「「うわあぁぁぁぁ!!」」
友の死に耐え難い痛みを感じて泣くペトロとプロメルテ。
「クソ……僕がもっとしっかりしていれば…」
「いや…ターナを守るのは我の役目だった…」
自分を責めるドンナテとセイドル。
何も言えない……
せめて彼女達が心置きなく泣けるように、防音の風魔法を展開する。
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
ペトロとプロメルテの泣き声が、もう一度重なり響いた時……
ピクリとターナの右の
「……………」
いや、気のせいだ。彼女は完全に呼吸を止めている。動いたとしたら、寄生している植物のせいだろう。
「ターナぁぁぁぁぁぁ!!」
「死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
ピクッ!
いや!確実に動いた!
俺はターナの目の前に立っているセイドルとドンナテの間に割って入り、ターナの首元に手を伸ばす。
「おい!カイドー!ターナに触るんじゃねぇ!!」
「さすがの僕も怒るよ?!」
俺を退けようと手を伸ばしてきたセイドルとドンナテ。
「生きてる。」
俺の言葉を聞いて二人の手が止まる。
「生きてるぞ!」
間違いない、かなり弱いが、首から脈が感じられる。
「何っ?!!」
「脈がある!」
俺を押し退けたセイドルが、同じようにターナの首元に触れる。
「…………ある……確かに脈があるぞ!!」
ペトロとプロメルテが泣き止み、立ち上がる。
「ほ、本当?!」
「嘘じゃないよね?!」
セイドルと代わったドンナテが同じように脈を取る。
「……間違いない!脈があるよ!」
その言葉を聞いたペトロとプロメルテは、自分の頬を伝う涙を拭い取る。
「生きているなら助けられるよね?!」
「どうしたら助けられるの?!」
「………どうしたら……」
誰も知らない寄生型の植物。どうすればこの植物を彼女から追っ払う事が出来るのか…そんなこと知っている者はこの中にはいない。
「とりあえず木から剥がしてやろう!」
セイドルがそう言ってターナに手を伸ばす。
「待て!!」
俺の叫び声にセイドルがビクリと体を強張らせ手を止める。
「状況が把握出来ていないのに、安直な行動はよせ。」
「しかしこのままじゃ…」
「そうよ!こんな状態、ターナが
「今までその状態で生きていられたってことは、少なくともその状態が直ぐに死を
彼女が呼吸をしていないのに死んでいないとなると、どこかからか酸素を取り入れている事になる。その役割を
わざわざ木に張り付いているというのも、理由があるかもしれない。それを無理に引き千切るのは危険すぎる。
「そう……だね。今の僕達じゃまともな判断は出来ないみたいだ。カイドー。指示を出してくれないか?」
「…………」
ドンナテのお願いは……重たい願いだ……
「結果がどうなっても、恨んだりしない。約束する。
皆もそれでいいよね?」
ドンナテとしては、パーティのリーダーとして、今最もターナが生き残れる可能性が高い選択をしているのだろうが……
ドンナテの言葉に全員が頷く。
「嫌な役割を押し付けている事は分かっている。でも……お願いだよ。」
俺の目を見て懇願してくるドンナテ。
今の彼らに落ち着けと言っても、そんな事が出来ないことは分かっている。
「……分かった。」
引き受ける以外に選択肢は無さそうだ。
「ニル。」
俺はこの中で俺と同様に冷静に思考出来るニルと、ターナの状態を確認していく。
「木に張り付いている根は、中まで入り込んでいますね。
それに、内部に入った根の周囲が、カサカサに乾き切っています。」
木の幹を削って調べてくれたニル。
「水分を送り込む役割もあるのか…やっぱりこの根は固定の為だけじゃ無さそうだな。」
俺は逆にターナの皮膚を、
「根は皮下だけに張っているみたいだな…全身調べている時間はさすがに無いか…」
脈はまだあるが……かなりギリギリの状態…だと思う。
「どうだ…?」
「見た限り、この取り付いている植物は、ターナを殺そうとしていながら、生かそうともしてしている。」
簡単に言えば、呼吸や食事、水分の摂取を自分でしなくても生きられる状態になっているのだ。全身に張り巡らされた複雑な生命維持装置…とも取れる。
「これを排除して、彼女の体力が既に尽きていたら、そのまま死ぬことになると思う。」
「そんなっ!」
「ただ、排除しなければ、このまま徐々に体力が奪われ続け、確実に死ぬ。はずだ…」
「…………」
自信なんか俺にも無い。彼女の残りの体力がどれくらいかなんて、ゲームと違って数値で見られるわけじゃない。見立てが間違っている可能性もある。
「どうすれば良い?」
俺の言葉に、ドンナテが質問を返した。
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