第104話 イーグルクロウ
「謝罪は受けさせてもらうよ。一緒に木の上に居る仲だ。ギクシャクしたままで居るのは俺も嫌だからな。」
「…助かるよ。」
わざとらしさの無い、ホッとした仕草を見せるドンナテ。イケメンがやると何故かそれだけの仕草でも格好良く見える。
………やはり世の中は不公平だと思うんだ。
「俺達がここにいる理由については話したが、そっちは何の為にここに来たんだ?
自分で言っていたようにここは危険な場所だと思うが。」
「それなんだが…実は人を探しているんだ。」
「人を?」
「順を追って話すよ。まず、僕達がここに来た当初の目的は全く別で、この森の調査という冒険者ギルドからのクエストだったんだ。」
これだけの種類の植物やモンスターがいるとなると、有用な物も多いだろう。それを考えれば、当然の事か。
「この森の存在自体は、最近発見されてね。ギルドも公式には発表していない内容なんだ。」
「そうだったのか?」
「元々ここには森なんてなくてね。少なくとも二年前には無かったんだ。」
十年で徐々に変わったのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
そうなると…先程見たグリーンマンの能力のせいだろうか。急激に植物を成長させる能力…あれならば二年もあればこれくらいのサイズの森を作るのは簡単だろう。
「僕たちはこの森が出来た原因と、生態系や有用な物の回収をクエストとして受けて、ここに来たんだ。」
「それで?人探しってのは?」
「実は、僕達は五人組のパーティでね。もう一人、人族の女性が居たんだ。
ターナという名前の、茶髪青眼の魔法使いの人族の女性なんだが、数日前に森の中で
ドンナテは一度目を伏せた後、俺に目を向ける。
「悪いが、ここに入ってから人には会っていないな。」
「……そうか……」
「それで、そのターナという女性を探していたわけか。」
「逸れた時、森がやけに揺れて植物が爆発的に成長していたから、ここ数日はその揺れを目指して夜中に歩き回っていたんだよ。」
つまり、グリーンマンを探していたということか…
揺れと植物の成長の中心点を探していたら、その中心点に俺達が居たと……
ここ自体最近発見された場所で、人が居るとは向こうも思っていなかった。そこに人が現れ、仲間が消えた。
流れ的に考えればターナという女性を
Sランクの冒険者パーティともなれば、長く一緒に居る仲間だろうし、異常な警戒心の理由はそこにあったということだ。
「僕達もなかなか見付けられなくて、気が立っていたからね……言い
逆の立場で、ニルが消えていたら半殺しにしてでも話を聞き出してやろうと考えるだろう…と、思うと強くは責められないな。
「いや。そういう事情があったなら、強くは責めないさ。ここまでの事は一旦水に流そう。」
「ありがとう。」
「それで、そのターナという女性の手掛かりとかはあるのか?」
「いや…それが何も無くてね…」
四人共暗い顔だ。
数日前に
「き…きっと生きているわよ。あの子は諦めが悪いもの。今もきっとどこかでお腹空いたとか嘆いているわ。」
「そう……だよな。早く食い物を持って行ってやらないとな。」
セイドルが深緑色のバッグを手にして暗い顔をして、それを見たプロメルテも同じように暗い顔をする。恐らくターナの持ち物だろう。
二人は出来るだけ前向きな言葉を発するが、ペトロはじっと下を向いて何も言わない。
「逸れてから正確には何日経ったんだ?」
「夜が明けたら七日になる。」
一週間……先程の話からすると、ターナという女性は、食べる物を持っていない。水は魔法で確保できるかもしれないが、食べる物が無いとなると、生きていればかなりの空腹に苦しんでいるだろう。
食べられる物がこのジャングルの中で分かれば良いが、この辺りに生えているものを
一番絶望的なのは、魔法特化の者であることだ。戦闘において魔法特化の者は一人で戦う場合、こういう狭い場所では不利というのもあるが、一番は、彼ら四人に自分の位置を知らせるような魔法を使っていない事だ。
持ち物の中には逸れた時に自分の位置を知らせる為の
もし魔法を使えない程の怪我をしていたり、使えない状況だとしたら…それこそ絶望的だ。
「………まだ探すつもりか?」
「「「っ!!」」」
「待て!!」
プロメルテ、セイドル、ペトロが一瞬で殺気立ち、それをドンナテが制する。
「落ち着け。カイドーが敢えて口にしたことくらい分かるだろう。」
「………クソッ!」
セイドルが拳を枝に叩き付ける。
怒りで高所という事も吹き飛んでいるらしい。
「カイドー。僕達の為に言ってくれている事は分かっている。でも、まだ一週間だよ。簡単に諦められるわけがないだろう?」
「…………」
酷い事を言っている事は自覚している。だが、この森で、永遠に一人の女性を探し続けるのは無理だ。
見付からなければ、どこかで必ず切り上げる瞬間がやってくる。だが、その瞬間を彼ら自身が決めるのはとても勇気が必要で、とても辛い事だ。その瞬間を俺という他人が決めたなら、少しだとしても気持ちが楽になるはず…と、考えての一言だった。
それに、一週間という期間も大きい。元の世界では、遭難者の
それだけ一週間という時間は絶望的で、発見は困難という話だろう。
色々と考えると……ハッキリ言って、ターナという女性が生きているとはとても思えない。
自分に関係の無い相手だからこそ冷静にそう思ってしまうが、当人達としては諦め切れないだろう。それも分かっている。
そして、彼ら自身も、全ての分かった上で、捜索を続けているのだ。
「…そうか…」
そんな彼等に、俺から掛けてやれる言葉はもう無い。掛けて欲しい言葉も、恐らく無いだろう。
「…揺れと植物の成長についてだが、いくつか情報がある。」
「本当かっ?!教えてくれ!
「大した情報ではないから、謝礼は要らないさ。」
そう前置きして、俺はグリーンマンについて話をする。
俺達が見たグリーンマンの特徴や、先程俺達が出会った場所に、その体があったこと、そして、恐らくだが、植物の成長がグリーンマンの能力で、それによって
「グリーンマンか……」
「
「……また
引き止められた時から感じてはいたが、やはり力を借りたかったかのか…さっさと逃げる為とは言え、レッドスネークを瞬殺したのは
「いや……俺達も急いでいてな……」
「そっか…そうだよね……」
明らかな
ピコンッ!
【イベント発生!…ターナを救出しろ。
制限時間…三日
達成条件…ターナの救出
報酬…???
受諾しますか?
はい。 いいえ。】
ここでイベントか……受諾するか迷うタイミングだが…このイベントシステムが俺達に有利に働いている事はほぼ間違いない。受けるべきか…
ピコンッ!
【イベントを受諾しました。】
「……三日。」
「え?」
「三日だけ付き合ってやる。それで見付からなければ、俺達は先に進む。それでも良いなら。」
後ろからニルの溜息が聞こえてきそうだ。
「……本当かい?!ありがとう!助かるよ!」
ドンナテは本当に嬉しそうに喜ぶ。
ま、まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。少しの手助けくらいしてもバチは当たらないだろう。
「やると決めたからには、時間を無駄には出来ない。まずは日が昇り始めたら、グリーンマンの体を調べに行くぞ。」
「分かった!頼むよ!」
「……ご主人様は…いえ…それでこそご主人様…ですね。」
後ろからニルの小さな声。
俺も自分で分かっているのだが…イベントの事もあるし、引き受けてしまった後ではもう遅い。
「見失ったのはどの辺りなんだ?」
「この周辺だ。ずっと僕達は、揺れ……いや。グリーンマンを追ってきているからね。この辺りをグルグルしているよ。」
「つまり、グリーンマンはこの辺りをグルグルしているのか?」
「そうなるね。ここ一週間追ってきたけれど、日が落ちた後、この近辺のどこかからか動き始め、約一時間で動きを止める事だけは分かっているんだ。」
「どこかから?止まった位置からじゃ無いのか?」
「それが違うんだよー。毎回別の場所から始まるの。だからアタシ達もなかなか追い付けなくて困ってるんだよ。」
ペトロが耳を両方倒して落ち込む。
兎の獣人族ということは、彼女が
しかし、グリーンマンは一時間限定で現れ、しかも毎回ランダムな場所から発生。言い方が悪いかもしれないが、彼女の耳はあまり役に立たないだろう。
「グリーンマンの生態はほぼ謎だからな……やはりあの体を調べるのが先か…」
あれを調べて意味があるのかは分からないが、何かしらの手掛かりくらいは掴める…と信じるしかない。
登り始めた朝日を見て、俺達は木を下りる事にした。
セイドルがロープを握りしめて情けない声を出しながら下までゆっくりと下りたのは想像出来るだろう。
木を下りた後、直ぐにグリーンマンの体のあった場所へと向かうと、レッドスネークの死体はそこに無く、何かが持ち去った後のようだ。
肝心のグリーンマンの体は、全く変化なくその場に
「確かに…よく見ると人の形にも見えなくはないような……」
「アタシの鼻でもよく分からないよー。他の木と何も違わないよー?」
ペトロが木の匂いを嗅ぐが、これと言って特徴があるわけでは無いらしい。
一応、木の棒で体の中を探ってみるが、柔らかい、人の様なものは無さそうだ。
「……やっぱり一度切り開いてみないとだな…」
切り開こうとしていきなり、ウオオォォ!とかならないでくれよ……
薄明刀を握り、上段に構える。
「ふぅ……はっ!」
ザンッ!!
一呼吸置いてから
ピシッという乾いた音がして、取り込まれているグリーンマンの体と共に、木がゆっくりとズレていき、ズドンと上半分が地面に落ちる。
いきなりグリーンマンが動き出すという事も無さそうだ。
「す、すごぉー…」
「レッドスネークを斬った時もそうだったが…とんでもない刀だな。」
「今のは刀だけの問題では無いでしょう。」
「そうだね。僕も今のはカイドーの腕だと思うね。」
四人で凄く褒めてくれるけれど、別に持て
切断面に近付くと、木の幹やグリーンマンを構成していた草や蔦の中に、白い物が見える。
「何かあるな…」
「僕が取るよ。」
横から顔を出したドンナテが皮の手袋をして、その白い物を引っ張り出す。
バキバキッ!
「……これは……骨…だね。」
「骨?!」
ペトロが焦りの表情を見せる。
「大丈夫。これは恐らく人の骨ではないよ。何か…二足歩行する獣型のモンスターだね。人の骨の三倍はあるから間違いないと思うよ。」
「良かった……」
安心したのはペトロだけではなく、プロメルテが息を吐きながら小さく呟く。
「何故こんな物がこの中に…?」
「……多分、それは媒体よ。」
プロメルテが眉をひそめて考えを言葉にする。
「多分、グリーンマンというのは、生き物に寄生してその体を乗っ取り、自由に動かす植物型モンスターの事だと思うわ。
白骨化しても動けるのは……魔石から魔力を得ていたから……かしら。」
ゾッとする事を言われたが、俺も同じ結論に行き着いていた。
グリーンマンは、生き物に何らかの形で寄生する、もしくは、あの体に取り込む。それを栄養としているのか、それとも魔力を吸い取って森を成長させているのか…その両方か。
「そうなると、何故森を成長させているのか…という事が疑問ね。」
「森を成長させる事で、グリーンマンの得になる何かがあるはずだよな。」
「そうだね。
「アタシの鼻や耳じゃ、違いが分からないよ……」
流石はSランクの冒険者パーティ。俺とニルがいなくても、次々と意見を出し合って、問題に対する考察を次々と行い、結論を出していく。
「グリーンマンの生態は分かった…もしこれに捕まっているとしたら……」
助けられる可能性は、
グリーンマンが魔力を奪うとしたら、ターナ自身は魔法が使えない可能性も高い。
「グリーンマンが毎日夜更けに別々の場所に現れる理由は…こういう個体が沢山いる…と考えるのが正解かな。」
「じゃあ、あの森をグワーッてやる、やらないの違いは?」
「どうかしら……寄生されてから一定の時間が経った時、もしくは、寄生した宿主の魔力が尽きた時…って考えると、一番しっくりくるかしら。」
「それまではずっと囚われの身という事か?」
「そうだね…逆に言うと、体力の限界までは、生きている可能性があるって事だと思う。」
「体力が持つまで……」
「寄生した相手が死ぬのは、魔力を吸い取る意味でも、グリーンマンとしては不本意だろうから、なるべく生かしておくと思う。」
全てが、グリーンマンに囚われていたら…の仮定の上に成り立った話だが、今考えられる可能性としては、
既に死んでいて、魔法が使えないという可能性も十分有り得るが、僅かながら、ターナという女性が生きている可能性が出てきた。しかし、早く助けなければ危険な事に変わりはないが…
「どうする?手当り次第に探して見付かる広さじゃないよ?」
「……探すとしたら、動いていないグリーンマンだろうな。」
四人に全部話を任せていても辿り着きそうだが、一応口を出しておこう。
四人が今まで一週間、この森を練り歩いても、グリーンマンと遭遇しなかったという事は、森を成長させながら歩く時以外は動いていない可能性が高い。
全身が草や蔦に巻き付かれた状態で、ピクリともせずに森の中にいた場合、それが人だとは気が付かない。
もしかしたら、四人が探してきた場所に、ターナという女性が草に巻かれてじっとしていたかもしれない。
「そうなると、夜に動いているグリーンマンに近付く理由は無くなったね…」
「むしろ、こっちが囚われの身になる可能性があるし、極力近付かない方が良いだろうな。」
「……よし。一刻を争う事態だし、二手に別れよう。」
「ドンナテ?!」
ドンナテの提案は当然の流れだ。こんな広い森を六人で歩き回るより、ずっと効率よく調べることが出来る。
しかし、プロメルテはどうも賛成とはいかないらしい。
「プロメルテ。ターナの命が掛かっているんだよ?」
「そ、それは……そうだけど…」
どうしてもこの短時間で俺達を信用するのは抵抗があるらしい。エルフと人族の
「俺達は二人でも良いぞ?ここまで二人でやってきたしな。
そっちも、一人だけ俺達の間に入るとなると、連携とか色々とやりにくいだろうから、その方がむしろ互いの為に良いかもしれないぞ。」
「しかし……」
「こうしている間にも、ターナって女性は体力を奪われているはずだ。モタモタしている時間は無いぞ。」
「……分かった。ここは二人と別れてターナを探そう。」
俺の言葉に背中を押されたドンナテは、四人と二人で別れることを決める。
「特徴は茶髪に青い目の人族の女性だったな。」
こんな人気の無い場所で彼女の特徴を聞くのは、人違いを避ける為では無い。もし仮に、助けが間に合わず、体の一部のみが見付かった時に…分かるようにだ。
「うん。焦げ茶色のローブに、皮の手袋。深緑色のズボンを履いてて、髪に銀色の、小さな髪飾りを着けてるよ。」
「分かった。」
ペトロはターナという女性のことをよく見ているらしい。特徴をかなり細かく教えてくれた。俺が聞いた意味とは違い、ただただ見付けて欲しい一心で教えてくれた彼女の表情を見て、申し訳ない気持ちになる。
「何か見付けたら、魔法で知らせて欲しい。こっちも分かるように魔法を打ち上げるから。」
「了解した。集合はいつにする?」
「日が落ちる前、さっきの木の下にしよう。」
「よし。それじゃあ俺達は東から南にかけて調べていく。」
「それなら僕達は西から北に掛けて調べよう。」
「気を付けろよ。」
「ありがとう。そっちもね。」
「ああ。」
ドンナテと必要な情報を素早く擦り合わせ、ニルと共に東へと走る。
「ご主人様。どうやって探しますか?」
横を走るニルが俺に聞いてくる。
「目で確認していくのは、非効率ですし、見落としも多いと思いますが……それに、モンスターはどうしますか?」
ニルの心配は最もだ。草木が生い茂るこの中から、人が埋まった草だけを目で探すのは流石に難しい。
モンスターについては考えが無くはないけれど…
「そうだな…ターナを探すのには、これを使おう。」
インベントリを開いて取り出したのは小さな赤紫色の種。
「それは確か姉様から頂いた
ペネタ達エルフ族からは、木魔法の知識以外にも、いくつか面白い物を貰っている。その一つがこの種だ。
「こいつはとてつもなく希少な種らしくてな。植えて魔法で水をやると、ポコポコとゴーレムが産まれてくるらしい。」
「ゴーレムですか?」
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